唐禹哲小説『Kiss Me Now!』

目次と登場人物~飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now!』

 

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飛輪海小説『ステップアップ!』
スピンオフ
『Kiss Me Now!』 

構想期間:2011年3月~

執筆期間:2011年4月8日~

連載期間:2011年9月16日~

設定期間:2011年11月10日~12月下旬

cloverあらすじclover

2011年11月。呉尊とヒロの結婚で傷心の禹哲。

禹哲の悪口雑言に耐え忍ぶマネージャーのジニー。

今度は莉莉の父親問題に頭を悩ます亞綸。

クリスマスに結婚を控えた大東と櫻雪。

ブルネイで新婚生活をスタートさせた呉尊とヒロ。

落ち着きを取り戻しながらも新婚気分の亦儒と阿明。

愛のないキスからでも恋愛は始まる!?

“恋愛禁止”の禹哲とジニーが繰り広げる、キス&ラブワールド♪

clover登場人物clover

禹哲:ユージャ(27)唐禹哲。新人アーティスト。失恋傷心中。

ジニー,鶏女:ジィニュイ(26) 蘇季妮。禹哲のマネージャー。

小綜:シャオツォン(29) 鄭元暢。穏やかで大人な事務所の先輩。

エディ(29)彭于晏。明るくお調子者の事務所の先輩。


亞綸:ヤールン(25)炎亞綸。人気アーティスト、俳優。莉莉と交際中。

莉莉:リーリー(24)黄莉莉。新人シンガーソングライター。禹哲の妹分。亞綸と交際中。

大東:ダートン(30)汪東城。人気アーティスト、俳優。櫻雪と結婚目前。

櫻雪:ユンシュエ(34)唐櫻雪。禹哲の実姉。翻訳家。大東と婚約中。一児の母。

ヒロ(29)桐村裕恵。人気スタイリストHIRO。呉尊とブルネイで新生活スタート。

呉尊:ウーズン(32)呉吉尊。人気俳優。ヒロとついに結婚。

亦儒:イールー(31)陳奕儒。会社役員。阿明と結婚4年目。二児の父。


阿明:アミン(30)呉香明。人気作家の明日香。亦儒の愛妻で二児の母。亞綸の姉。


何監督:ホー(39)何潤東。映画監督。莉莉の父親疑惑あり。


ディラン(34)郭品超。人気俳優。大東の筋トレ仲間。


偉偉:ウェイウェイ(7)馬俊偉。櫻雪の息子。

裕惠:ユーフイ(2)陳裕惠。亦儒と阿明の愛娘。

凌晨:リンチェン(0)陳凌晨。亦儒と阿明の生まれたばかりの息子。

ウィルバー(31)潘瑋柏。BaTの新店長。歌って踊れるヒップホップ料理人(中華)。

:シャン(27)高以翔。BaTのイタリアン担当。

ギャビー(34)李鈞天。元パパラッチの人気カメラマン。

黑人:ヘイレン(34)陳建州。櫻雪の初恋。タレント。

范范:ファンファン(35)范瑋琪。黑人の愛妻。シンガーソングライター。

志玲:チーリン(38)林志玲。人気女優。HIROとの専属契約第一号。

阿蘭:アラン(享年24)黄如蘭。莉莉の亡くなった母親。

*この小説はフィクションです。実在の人物とは関係ありません。下の画像は登場人物のイメージの参考にしてください。

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clover目 次clover

飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.1「フェイクKISS」(9月16日)

飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.2「身代わりKISS」(9月24日)

飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.3「マンゴーKISS」(10月3日)

呉尊 生日快樂♪(10月10日)

飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.4「リアルKISS」(10月13日)

飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.5「ヤキモチKISS」(10月22日)

飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.6「ソルティKISS」(10月30日)

飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.7「KISS LESS」(11月05日)

亦儒 生日快樂♪(11月10日)

飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.8「投げKISS」(11月13日)

亞綸 生日快樂♪ (11月20日Up!)

飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.9「ドラマティックKISS」(11月21日)

飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.Final「Kiss Me Now !」new(12月08日Up!)

*お願い*~改訂版~  
 このお話に出てくる、人物名・地名・団体名などは、フィクションも混ざっています。

 私ミンクロは、相変わらず台湾には行ったことがございません。なるべくリサーチはしていますが、文化、慣習など、熟知しておりませんので、台湾の常識ではありえない状況があるかもしれません。

 台湾アイドル「飛輪海」や唐禹哲などをモデルにさせてもらっていますが、このお話の中の彼らの言動、性格、設定、家族構成、人間関係、その他ほとんどが想像と創造と妄想でできております。

 だから亞綸の“血の繋がらない姉”は実在しませんし、本当のご両親は初婚だと思われます。
 唐禹哲はお父さんは事故死されたようですが、お母さんはお元気だし、もちろん唐禹哲は施設育ちでもありません。
 ジョセフは小説の中で2011年12月に兵役に就く内容になっていますが、これもフィクションです。“兵役に早く就くべきだ”とミンクロが思っているわけでもありません。
 その他もろもろ、事実と異なる面が多々あることをご了承ください。

 ファンの方で、もし不快に思われる方がいらっしゃったら、本当にすみません。

 また、思いついたストーリーを勢いだけで書いている為、文章的におかしなところ、稚拙な表現などがあることをお許しください。

 なお、当ブログ内のすべてにおいて、転載を禁止します。

 作品はミンクロことアサギミントに著作権があります。

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飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.Final

              Ep.final Kiss Me Now !

 

ジニー篇

 大東の結婚式の翌日、エディからメールがあった。

“すぐに事務所へ来いよ! クビ撤回になったんだ!”

 どうして急に? 嬉しいってまだ素直には思えないでいる。アタシは訳も分からず事務所へ向かった。

「オレがイベントあちこち行ってて台北を離れてたせいでジニーの謹慎処分に気付かなかったんだ。それで小綜に連絡が遅れてさ」

 エディが嬉しそうに言う。

「まさか兵役中の小綜に連絡したの? アタシの処分のこと!」

 すっごく恥ずかしい・・・・・・。アタシが暴力未遂と担当のアーティストに手を出しただなんてこと!

「それしか方法がなかったんだ。オレだけが直訴したってムリだ。小綜の力がなきゃさ」

「ありがとうエディ・・・・・・本当にありがとう・・・・・・」

「オレより小綜さ。クビ撤回にしないと除隊後は別の事務所と契約するっておどしたからだよ。それに礼なら唐禹哲にも言えよ。あいつがわざわざ昨日の夜オレのいる台中まで車飛ばして頼みに来たんだからな」

「禹哲が!?」

「ああ・・・・・・。でも正直ショックだったよ。・・・・・・まさか、ジニーと禹哲がそんな関係になってたなんてさ・・・・・・」

 エディが何かつぶやいたみたいだけど、耳に入らない。だって禹哲がアタシの為にわざわざそんなこと? 結婚式のあとに? ふと乾杯のときに禹哲がシャンパンを飲まなかったことを思い出す。お姉さんの結婚式なのに「今日は飲まない」と言った意味が初めてわかった。

 責任感じてだよね? でも禹哲にそんな義理堅いところがあったなんて・・・・・・。担当になって半年ちょっとだけど、最近は仕事での信頼関係は築けてきてたからかもしれない・・・・・・。それ以上でもそれ以下でもない、きっと・・・・・・。

 アタシが禹哲の担当に戻れるわけではないけど、正式に解雇は撤回された。アタシは年明け1月にデビューする新人女性アーティストの付き人に降格処分となった。それでも全然かまわない。アタシはこの世界が心底好きなのだから。

 多分、禹哲と顔を合わせることはほとんどなくなると思う。

 今日、禹哲はどこで仕事なんだろう。そんなことさえ、今のアタシには分からない。だから禹哲がどんな気持ちでいるのかなんて、分かるはずない。

 夜になると高以翔から“無職でヒマならバイトに来てくれ”というメールがあった。月曜の夜なのにずいぶん盛況のようだ。

 駅の階段を昇っていると、ずっと下を向いていることに気がついた。アタシは上がりきったって外に出たときに思い切って夜空を見上げた。

 空は月もなく真っ暗だけど澄み切って見える。そういえば昨日辰亦儒が「今夜は新月だ」と言っていた。どういう意味だったのか、アタシには分からないけど、彼と奥さんである明日香との間で新月は、何か意味のあることなんだと思った。

 それにしても今夜はすごく冷えていて、駅からBaTまでの薄暗い夜道は寒さが身にしみた。首元が寒くてコートの襟を立ててみる。去年買ったネックウォーマーしてくればよかった。鮮やかなオレンジ色が気に入って買ったのに、一度も使う機会がなかったんだった。だって事務所の車移動が多くて、寒い夜道を歩くなんてことなかったから。

 BaTに着いて店内に入ると客はまばらだった。カウンター内でグラスを磨いている翔がアタシに気付くと、カウンター席を勧める仕草をした。そしてスツールに腰掛けると、すぐに温かいココアを出してくれる。

「寒かっただろ。だが思ったより元気そうだなジニー」

「ずいぶん鍛えられたもの、ここの元オーナーに」

「毎晩でもバイトするか?」

「実はね、事務所に戻れるの。だから今晩だけにしとく」

「そうか、よかったな。・・・・・・だが弱ったな。最近ウィルバーが休みがちでね。困った新オーナーだよ」

 翔はあご髭を触りながら苦笑した。

「早速だがジニー。V.I.Pルームを片付けに行ってくれる?」

「うん、任せて!」

 こんな簡単なことでも、誰かの役に立てることが嬉しかった。トレーを持って中二階への階段をかけ上がっていく。V.I.Pルームに入るのは、あの“身代わりキス”のとき以来だ。

 アタシと禹哲の初めてのキスの場所・・・・・・。

 そう思うだけで胸がキュっ締め付けられた。

  バカなアタシ。もういい加減、忘れなきゃ。

 

 ドアを開けると、ソファで脚を投げ出して横になっている男の靴が目に入る。

「しっ失礼しました!」

 思わずドアを閉めたけど、その靴に見覚えがあった。
 禹哲のお気に入りの靴だ。もう一度そっとドアを開けてみた。顔は見えないけど、確かにその靴は禹哲の靴だった。

 何? これどういうこと? 戸口で立ちつくしていると、大きく伸びをしてその男が起き上がった。

「やっと来たな。早く閉めて鍵かけろ」

 紛れもない禹哲だった。アタシは言われるがままに鍵をかけた。

 え? どうして鍵かけるの? 禹哲の威圧的な手招きに仕方なくソファに近づいていく。

「なんで昨日勝手に一人で帰った? 俺は会場に戻ってろと言っただろうが」

 アタシの気持ちなんか全然わかってない禹哲に、突如として怒りが込み上げてくる。

「そんなことアタシの勝手でしょ。どうせ誰かさんのことで頭が一杯でアタシのことほったらかしだったくせに!」

「ヒロのことか? 俺はただヒロに伝えたいことがあっただけだ」

「・・・・・・伝えられたの?」

「ああ・・・・・・」

「内容は聞きたくない! 絶対に! だいたい想像つくし!」

 言葉を遮ってアタシは床に膝をつき、ローテーブルの上のパスタ皿とコーヒーカップをガチャガチャとトレーに載せる。すぐ後ろのソファにいる禹哲の大きなため息が聞こえた。 

「オマエさ、なんか勘違いしてるだろ?」

「確信を持って言ってるんだから! 報われない恋なんてバカみたい! でも別にもう関係ないし! 誰を好きだろうが誰とキスしようが勝手にどうぞ! アタシはもうあなたといっさい関係ないんだから!」

 アタシさっきから何言ってんだろ。まるで元カレとケンカしてるみたいな。

「もういいのか? 他に言いたいことは?」

 禹哲のあきれたような物言いに、次の言葉が浮かばない。

 背を向けていて禹哲の表情は読み取れない。

 あ、そうだ・・・・・・。

「あの・・・・・・ありがと」

「は? なんだよ突然」

「わかってるくせに! 解雇撤回のことよ」

「別にオマエのためにやったわけじゃない。自分のためだ」

「わけ分かんない!」

「オマエにわけ分かんないとこで働かれると迷惑なんだよ!」

「禹哲のほうがわけ分かんない!」

 汚れてもいないテーブルを、おしぼりでひたすらゴシゴシと拭く。

「心配だからに決まってるだろうが! うちの事務所なら、他よりマシだろうが。うるせえお偉方がいてもな。ったくオマエいつまで勘違いしてんだ! 俺が毎日、一分一秒残らず、誰のこと思って息してると思ってんだ!」

 禹哲が一秒残らず思ってるのがアタシであるわけない。禹哲が毎日ずっと思い続けてるのは・・・・・・。

「ヒロさん・・・・・・なんでしょ?」

「いい加減にしろよ! ヒロには昨日“おめでとう”と“幸せになれ”と伝えただけだ。あいつと出会ったのがちょうど一年前のクリスマスだったしな。けじめつけてからでないと次に進めないんだ、俺は!

「次って・・・・・・?」

「オマエのことに決まってるだろうが!」

「嘘・・・・・・」

「ヒロはお見通しだったぞ。早くオマエのところへ行くように言われて会場に戻ったのに、オマエときたら帰ってやがった」

「だってわかるわけないじゃない! いっつも気まぐれなキスばっかりでアタシの気持ちなんかちっとも考えないくせに!」

 思わず振り返って禹哲に詰め寄る。

「じゃあどんなキスすれば伝わるんだ! 伝わらないんならもうしてやらないからな!」

 禹哲の真剣に怒る顔・・・・・・。

 ホントに本気なんだ。

 嘘みたい・・・・・・。

「どのキス? ねえどのキスから本気のキスだったの!?」

「は? どのキスって・・・・・・」

「絶対にヤキモチキスの時じゃないよね! その後のソルティキスだ! そうでしょ!」

「なんだよそのネーミングは! オマエいちいち名前付けてんのかよ!」

「だからどのキスなの!」

 禹哲は少し考えてから、照れかくしなのか面倒くさそうに言う。

「オマエがどんな名前付けてるかは知らないが・・・・・・MV撮影の後、車ん中でケンカになっただろ」

「・・・・・・リアルキス?」

「ああ、多分それ」

 嘘! リアルキスって3回目だ。身代わり、マンゴー、リアルキス・・・・・・。

「それって禹哲が自分で名前付けたって覚えてる?」

「はあ? マジかよ!」

「“俺のリアルキスはあんなもんじゃない・・・・・・”」

 アタシは禹哲の真似をして再現してみせた。禹哲の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。・・・・・・可愛い!

「何ニヤニヤして見てるんだ!」

「あんな頃からだったんだなあって」

「今思えばってことだからな! オマエがお嬢様女優に嫉妬して怒り狂ってるのがさ、俺に火をつけたっていうか、妙に可愛く感じたというか、なんか抑え切れなくてさ・・・・・・」

 アタシ、今きっと真っ赤だ。やけに素直な告白第二弾。リアルキスは失神するかと思うほど甘美だったことを思い出すだけでどうかなりそうだ。

「オマエはどうなんだよ!」

「え? アタシ? ・・・・・・言っとくけど今思えばだからね! わかった?」

「わかったから早く言えよ!」

「えっとねえ・・・・・・それはねえ・・・・・・多分・・・・・・」

「マンゴーキス!」

 二人同時で声が揃ってしまう。

「やっぱりな。しかもそのまんまのネーミングだな」

「なによ、自分だってそれしか思いつかなかったんでしょ!」

「それ以外つけようがないだろ。じゃあ“季妮(ジイニー)のエロキス”とでも命名してやろうか?」

「もうバカ!」

 恥ずかしくて再び背を向けるとすぐに、後ろから禹哲の腕が伸びてくる。そしてギュって音が聞こえそうなくらいに抱きしめられてしまう。

「怒るなよ蘇季妮・・・・・・季妮」

 耳元で禹哲がアタシの本名を正しい発音で甘く囁いた。呼び捨ての響きだけで、アタシもうダメ・・・・・・。

「あのとき、まんまとオマエの術中にはまったんだよな。やけに鄭元暢や彭于晏と仲良さげなのを見せ付けて嫉妬させただろ?」

「そんなつもりないってば」

 あのときから禹哲、嫉妬しちゃってたんだ。嫉妬されることに喜びを感じてしまう。禹哲はアタシの髪を優しく触り始める。

「俺らの初キスはマンゴー味だな」

 嘘みたい! 禹哲って究極のツンデレ男だったんだ。こんな恥ずかしいセリフ、平気で言えちゃうなんて・・・・・・。それにマンゴーキスは禹哲との初キスなんかじゃない。でもそれはアタシの胸の中に閉まっておいた。

 初キスはこの部屋での“身代わりキス”。でもあのときの禹哲の相手はアタシじゃなく、確かにヒロさんだった。だからノーカウント!

「あとで気付いたんだ。オマエがさ、好きでもない相手のキスを受け入れるような女じゃないってことをさ。しかもあんなエロく!」

「もう何度も言わないで! 大キライ!」

「嘘だ。死ぬほど好きなんだろ?」

 禹哲はアタシの頭のてっぺんに熱いキスをした。ズルイこんな反則技。

 さっきから髪を触られるたびに、心地よい魔法にかかっていくみたい。女の扱いに慣れてるって分かっていても、心も体も溶けていってしまいそう・・・・・・。

「ねえ、いつ気付いたの? アタシの気持ち・・・・・・」

「・・・・・・多分ドラマ撮影のときだ」

「どっち? アタシからしたご褒美キス?」

「・・・・・・そっちじゃない。後の方だ」

「ソルティキス? 嘘、恥ずかしい、アタシ涙で顔グチャグチャだった

「どっちもハズいネーミングだな」

 禹哲が笑い出す。もしかしてネーミングを知りたかっただけ? いい雰囲気にしておきながらひどすぎる。後ろから巻きついてる禹哲の腕が、さっきからアタシの唇に触れるたびにキスを連想してしまっていたのに・・・・・・。

「もう! ホントはいつなの! 教えてくれなきゃ・・・・・・」

 アタシは憎たらしくなってその腕に噛み付いた。

「わかった、わかった。教えてやるよ。・・・・・・謹慎中だ。オマエに会えなかった間に気付いたんだ。オマエがどれだけ俺を好きかって・・・・・・同時に俺がどれだけオマエを好きかってことにさ」

 アタシを抱きしめてる禹哲の腕にギュッと力が込められた。耳元でのストレートな告白に涙が出そうになる。

「それにしてもオマエ、マジにどMだな。俺にイビられるのがいいのか?」

 禹哲はアタシの首筋を甘噛みしてから優しく吸い上げた。そのドラキュラキスにゾクっとして思わず声をあげそうになる。でもなんだかじらされてるみたい。

「禹哲こそなんでアタシなんか?」

「オマエのキス顔、案外可愛いからな。苦しげな顔が妙にそそる」

「全然嬉しくない!」

「俺の場合やっぱキステクだろ?」

 禹哲の挑発に、もう限界かも。

「そうよ。だってアタシたちキスから始まったんだもの」

 アタシは体をゆっくりと禹哲のほうにむけながら彼の首にしがみついて言う。

「だから・・・・・・ねえ、キスして・・・・・・」

「ここで、今か? どうなっても知らないからな」

「どうなってもいいから早く! 今すぐキスして!」

 

 それからアタシたちは、数え切れないほどいろんなキスをした。ネーミングは・・・・・・もう全部秘密にしておこう。
 
アタシと禹哲だけの大切なキスなのだから。

                     『Kiss Me Now !』 Fin.

目次と登場人物~Kiss Me Now !
目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

目次と登場人物~大東&亞綸篇

目次と登場人物~SP

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飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.9

              Ep.9 「ドラマティックKISS

ジニー篇

 

 勢いよく飛びこんできたのは莉莉だった。

 莉莉はなんの迷いもなく飾ってあった花瓶の花を抜き取り持ち上げると、その中の水をケンカの渦中に一気に浴びせかけた。そばに立てかけてあった自分のギターに構うことなく! 

 突然のことに誰もが呆然と立ち尽くしている。言葉も出ない。そこで最初に口を開いたのは他でもない、莉莉だった。

「なんか様子がおかしいと思って急いで帰ってきて正解ね! あたしをわざわざコンビニに買出しにやらせておいて、その間になんのケンカよ二人とも!」

 ちゃっかりと寸前によけて水難を逃れた禹哲と、体半分浴びてしまった亞綸は目も合わせず、顔をそむけてどちらも口を開かない。全身びしょ濡れの大東も、莉莉の件は亞綸の意見を尊重しているのか黙っていた。

 亞綸は前髪から雫を滴らせながら、左手に莉莉のびしょ濡れのギターを持ち、右手で莉莉の腕を掴んで言う。

「帰ろう」

「帰らない」

「いいから帰るんだ!」

「いや!」

 そんな押し問答の途中に、また誰かが現れた。

「大東、いるかな?」

 一瞬にしてその場は凍りつく。

 それは何潤東、その人だった。

 大東は慌てて進み出る。

「何監督! 今日は来てもらえるとは思ってなかったから嬉しいですよ」

「大東、本当におめでとう・・・・・・どうしたそんなに濡れて! この部屋で雨でも降ったのか?」

「はは・・・・・・ちょっとした余興があって・・・・・・。今日は最後までゆっくりしていってください」

「実はもう行かないとダメなんだ。少しでもお祝いを言いたくて来てみたんだが、来てよかったよ。さっきちょうど炎亞綸と黄莉莉の歌も聴けたからね」

 そう言って何監督は莉莉に笑顔を向けた。これってすごくまずい展開のような・・・・・・。

「黄莉莉、やっと君に会えたね。まずは感謝するよ。君の曲は本当に素晴らしい」

「いえ・・・・・・監督の映画もステキでした。挿入歌に選んでもらえて、本当に本当に嬉しかったです!」

「それはよかった。・・・・・・それで、ちょっと聞きたいんだが、君のお母さんは・・・・・・」

「わああ!」

 急に亞綸が叫び声をあげた。その拍子に持っていたギターが手から離れたのか、床に激しく転がり落ちた。それまではギターを気にも留めていないようだった莉莉が、我に返ったように濡れたギターを拾い抱えて座り込んだ。

「ママ、ごめんね。大事なギターを・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」

 そのとき、ギターの穴の中に何か白いカードのようなものがチラリと見えた。思わず部屋の中に足を踏み入れたけど、アタシは自分でそれを取り出すことをためらった。アタシは莉莉にとってほんの知人にすぎない部外者だ。だからそばにいたヒロさんにそっとカードのことを知らせた。

 ヒロさんはしゃがみこんで、弦の隙間からその白いカードを指ではさんで抜き出した。みんなの目は一斉にそこへ注がれる。禹哲も亞綸も立ち尽くしたまま見下ろしている。だけど当の莉莉だけはまだ気がついていないようだった。

「莉莉、ギターの中に入ってたの。あなたが先に見るべきよね?」

 ヒロさんがそう言って白いカード・・・・・・ううん、それは明らかに写真だった。少し古そうな一枚の写真。ヒロさんはそれを裏向きのまま差し出した。

 莉莉は訳がわからない様子で顔を上げると、写真を手に取りゆっくりと表に向ける。アタシは好奇心からもう一歩部屋の中へ入っていく。その少しピンぼけしたその写真にはきれいな若い女の子が、男の人の首に手をまわしてホッペをくっつけて写っていた。

 その男の人は20代半ばくらいに見える。それに、どこかで見たような面影がある。ううん、どこかどころじゃない。会ったことはまだ一度もないけれど、アタシなんかでもよく知ってる人にそっくりだ。台湾人でこの顔を知らない人なんていない。彼をキライだって人も聞いたことがない・・・・・・。いわゆる国民的スターだ。

 莉莉は動揺しているのか、していないのか、無表情だった。そしてヒロさんは莉莉の様子を見計らいながら聞く。

「莉莉、この若い女の子って莉莉の?」

「そう・・・・・・ママ」

 何監督は歩み寄ってひざまづき、写真を凝視する。

「・・・・・・これは阿蘭だ・・・・・・やっぱりキミは阿蘭の娘なんだね?」

 何監督は感慨深げに言う。だけどそれもつかの間だった。監督は写真の日付部分を読み上げる。

1986年7月・・・・・・まだボクと付き合っていた頃だ。だけどこの月の終わりに彼女は消えたんだ。それでボクはカナダ留学を決意して、秋には台湾を離れたからよく覚えてる」

 何監督は力なく立ち上がり、窓辺まで行くと、月もない真っ暗な空の闇を見上げた。

 誰も何も言えなかった。その写真の二人は、男女の関係が何もないようには見えなかったから。特に、莉莉のママは、多分この人のことを愛してたんだとアタシは思った。

 しゃがみこんでいた莉莉はゆっくり立ち上がり、亞綸の肩におでこをくっつけながら少し低い声で言う。

「あたし、この翌年の4月生まれなの・・・・・・」

「莉莉・・・・・・」

 亞綸は莉莉を抱きしめた。

「霖、あたし大丈夫だから・・・・・・。どんな真実でも受け止める」

 ヒロさんはびしょ濡れになった大東と、まだお色直しの済んでいない櫻雪さんに「さあ、 早く着替えて会場に戻らないと!」と言って部屋から出ていこうとする。多分遠慮したんだろう。でもアタシも部外者であることを思い出し、一緒に出ようとすると、「アナタはここにいてあげて」とヒロさんは囁いてアタシをそっと部屋の中に押し戻しドアを閉めた。

 アタシなんかがいてもいいのか戸惑いながらも、禹哲の少し後ろにそのまま立っていた。でも多分、禹哲はアタシがここにいることに気付いていない。アタシがあげた唯一の叫び声も、ヒロさんの声だと思っているはずだ。

 亞綸と莉莉は中央で抱き合い、窓際で腕と脚を組み、外をみつめている何監督の横顔は切なげだ。

 

 莉莉は亞綸の腕の中で、安心したようにゆっくりと語り出した。

「ママは、このギターをとっても大事にしてたの・・・・・・。いつかこのギター一本で歌手デビューするんだって希望を持ってた。だけどだんだん、食べるので・・・・・・生きるので精一杯毎日が続いたの・・・・・・ママは遅くまで働いて、疲れきってた・・・・・・。作曲なんて、ちっともできなくなって・・・・・・でもね、それでもママは歌うことだけはやめなかったの。時々、この人の歌も歌ってた。ラジオで彼の曲がかかると、耳をくっつけて嬉しそうに聴いてたのを覚えてる、あたし・・・・・・」

 そして一呼吸おいてから莉莉は覚悟を決めたように聞く。

「この人写真の人があたしのパパなのかな? この人は、本当に・・・・・・あの彼なの?」

 誰も答えられない中、今度は禹哲が聞く。

「何監督。あなたは莉莉の母親から何か聞いてたんじゃないですか?」

「ああ・・・・・・。阿蘭は、路上でよく歌ってたんだ。それでレコード会社のプロデューサーを名乗る若い男に声をかけられてから、頻繁に会うようになっていったんだ。その男も、歌手デビューを目指していると阿蘭は言っていた・・・・・・ボクは彼女がその男の話をするのがイヤだったからよく覚えてるんだ」

「蘇季妮(スー・ジーニィ)。オマエ、どうせ芸能界のサクセスストーリーとか詳しいんだろ?」

 禹哲が振り向きもせずにいきなりアタシに振ってくる。心臓が止まるかと思った。アタシがいること、知ってたんだ・・・・・・。ずっとアタシに背中を向けていたのに。

 もちろん芸能界大スキなアタシは知っている。この場で隠しても仕方ないよね。ネットで調べれば誰でもすぐにわかることだもん。

「彼は香港から台湾大学に留学してその後中退。歌手を志しレコード会社で仕事をするうちに、ついに26歳でデビューを果たしたって・・・・・・。多分、彼の今の年齢から計算すると、時期も何監督の話と一致するみたい」

「確か子供は二人いたよな。いつ結婚したんだ?」

「デビュー前の25歳で結婚したはず、レコード会社の同僚のアメリカ人女性と・・・・・・」

 アタシと禹哲のそんな会話を黙って聞いていた何監督がようやく口を開く。

「そのプロデューサーにはアメリカ人のフィアンセがいると、聞きもしないボクに阿蘭は言い訳したこともあった。ボクが彼に嫉妬していることに気付いたんだろうな」

 莉莉も亞綸も黙ったまま聞いていた。それから禹哲は遠慮なくストレートに聞いてくる。

「子供は今、何歳なんだ?」

 莉莉の手前、すごく言いづらい。

「多分、娘さんのほうは莉莉よりちょっと若いくらいだと思う」

 でも愛妻家で家庭円満なイメージの強い彼が、結婚直前まで17歳の少女とそんな関係だったなんて考えられない。

「何監督。顔色が悪いですね。あなたは当時まだ15歳だったとはいえ、莉莉の母親と付き合ってたんですよね?」

「ああ・・・・・・」

「じゃあ単刀直入に聞きます。あなたが莉莉の父親である可能性はあるんですか?」

「やめろ禹哲!」

 亞綸がたまらず声を上げた。

「・・・・・・それより先に教えて欲しい、阿蘭は・・・・・・阿蘭は今どうしているんだ?」

 何監督の表情は切実だ。そういえば彼はいまだ独身のはず。

「ママは・・・・・・母は亡くなりました。あたしが7歳のときです」

 何監督は悲痛な表情を浮べた。

「そうだったのか・・・・・・もう阿蘭には会えないのか・・・・・・」

「それで、どうなんですか? まさか死人に口なしとか?」

「そんなつもりはない! ・・・・・・ただ、今となってはよく覚えてないんだ。ボクは逃げてるわけじゃない。彼女との間に、もちろんそういうことはあったんだ。忘れるわけはないだろ、ボクは本当に彼女を愛していたんだ! でもそれはただ一度だけのことで、それが何月だったのかは、まったく覚えていないんだ」

「そうですか・・・・・・。すみません、引き止めてしまって。仕事の約束があるんですよね? 莉莉、平気か?」

「うん、大丈夫。禹哲、ありがと。何監督も・・・・・・ありがとうございます。母のこと、いつかもっと話してくださいね」

「もちろんだよ。いつでも事務所に訪ねてくるといい」

 そう言って監督は莉莉に名刺を渡し、控え室から出て行こうとした。だが振り返り言う。

「君がボクの娘であったらどんなにいいかと、心から思うよ。きっと自慢の娘だ」

 莉莉は少し力なく笑顔を作って監督の背中を見送っていた。

 何監督が出て行ってしまうと、この控え室には、亞綸と莉莉と禹哲とアタシの四人きりだ。

 亞綸は莉莉をギュッと抱きしめた。

「あたし、パパのことは考えないようにして生きてきたのに・・・・・・いきなり二人も候補が現れるなんて、サンタさんってすごく気前いいのね」

「うん、そうだな」

「でもあたし、これからどうすればいいの? 今頃迷惑な話でしょ? どちらにとっても」

「何潤東の用事ってのは本当はクリスマスデートじゃないのか? まさか仕事じゃないだろう、こんな時間に」

「ああ、先月姉さんに思いっきり失恋して、吹っ切れたとこだろうね」

「阿明に失恋? 何監督が? 霖、どういうこと、意味わかんない」

「莉莉はどっちが理想の父親なんだ?」

 禹哲が余計なことを聞いた。

「・・・・・・わかんない」

 アタシなら・・・・・・迷っちゃうな・・・・・・何潤東は長身でモデルみたいにステキだけど・・・・・・。でもギターの中にわざわざ写真を隠して貼っておくなんて、莉莉の母親はよほどもう一人の彼のこと好きだったにちがいない。もっとこのギターに手がかりは入ってないのかな。アタシはギターの裏に貼ってあるステッカーを何の気なしに触った。あ、少しめくれ上がってる。濡れたせいではがれてきたんだ。アタシはそのめくれたステッカーの下に指が触れ、何かザラッとしてることに気がついた。ゆっくりとめくり上げると、その下には何か英文字が彫られていた。筆記体で・・・・・・W・a・k・・・・・・。めくれた部分はそこまでしか読めない。でもこれは彼の名前の広東語読みに違いなかった。このギターはきっと彼から貰ったものなんだ。莉莉のお母さんは、このギターをどんな思いで弾いていたんだろう。

「父親の名前でも書いてあったのか?」

「え? うん・・・でもまだ莉莉の父親かどうかはわからないでしょ」

 あまりにもビッグネーム過ぎて、誰も彼の名前を口に出来ずにいた。あの禹哲でさえだ。

 もしあの彼が父親なら、大スキャンダルになってしまう。

 亞綸が手を差し出したから、アタシはギターを手渡した。亞綸はギターを裏返し、ステッカーを全部剥がした。莉莉はそっと彫られた文字に触れる。

「このギター、個性的なデザインだろ。いつかボクたちが彼と同じステージに上がれば気付いてもらえるときが来るかもしれない・・・・・・」

「うん」

「それまで、新しいステッカーを貼っておこう」

 莉莉の美声は母親だけじゃなくて、父親ゆずりでもあったのかもしれない。莉莉の透き通っているのに幾重にも重なったような不思議な温かみのある声はきっと二人をミックスした奇跡の声なんだと思った。ギターの音色も、作曲の才能も、きっと父親ゆずりにちがいない。

「あたし、このままパパがわからなくても平気。だって霖パパも李先生も、本当のパパみたいにいつも優しくて娘のように気にかけてくれてるもん」

「うん。そうだったな」

「それに、霖がいてくれる・・・・・・」

「・・・・・・あのさ、二人ともそろそろ遠慮してどっか行ってよ」

「え!?」

 微笑ましい二人の様子に、ついみとれてしまっていたけど亞綸に言われてハッとする。

「ったく勝手なこと言いやがって。おい、行くぞ、鶏女!」

 また“鶏女”に逆もどりだ。でもそう呼ばれてホッとする。禹哲を追いかけるようにアタシは出て行きながらそっと振り返ると、亞綸と莉莉は・・・・・・もうキスをしてる! でもすっごくドラマティック・・・・・・。

 ドラマティックキスを横目に部屋の外に出てドアを閉めると、ちょうど隣の控え室からヒロさんが出てきた。心臓がチクリとした。廊下にはアタシたち3人しかいない。

「莉莉は大丈夫?」

「・・・・・・ああ。そっちは?」

「うん、さっき着替え終わって二人は会場に戻った。それでちょっと片付けてたとこ。東城衛が演奏で場つなぎしてくれてたんだって、助かっちゃった・・・・・・久しぶりね、禹哲」

 ああ、神様。どうしてアタシはこんな場面に居合わせてしまったのでしょう。気まずいどころじゃなく、あらゆる内臓という内臓が、ナイフで切り刻まれるような感覚だ。どう見てもこの二人、過去に何かあったようにしか思えない。

「ちょっといいか? 話がある」

 禹哲は親指を立てて控え室の中を指した。後ろからだから表情は見えない。

「え? でも・・・・・・」

 明らかにアタシを気にしているヒロさん。アタシの顔、そんなに動揺してる?

「オマエは戻ってろよ」

「うん・・・・・・」

 行かないでって言えなかった。言える訳ない。そして二人はそのまま控え室に入っていった。アタシは会場に戻ろうとしたけれど、その向こう隣の控え室に入っていく。そこはアタシがヒロさんにスタイリングしてもらった部屋だ。そこでドレスを急いで脱ぎ、自分の服に着替える。髪は飾りだけはずして鏡の前に置く。あっという間にシンデレラから一般庶民に逆戻りだ。まだ八時にもなってないのに・・・・・・。

 隣の部屋で禹哲とヒロが何をしてるのか、知りたくもなかった。早くここから逃げ出して、禹哲のことを考えなくても済むどこかへ消えてしまいたかった。借りていたドレスをハンガーにかけ、ハイヒールを揃えておき、アタシはすぐ部屋を出て角を曲がったところのエレベーターまで走っていく。

 下から上がってくるエレベーターが、妙に遅く感じた。やっとドアが開き、飛び込むと、中から出てきたキャップをかぶった男の人と思い切りぶつかってしまった。

「すみません! 大丈夫ですか?」

「す、すいません! アタシが悪いんです! 慌ててたから」

「いや、ボクも慌ててたので・・・・・・」

「大丈夫なので行ってください!」

「それじゃあ・・・・・・」

 アタシは焦っていたせいでろくに顔も見ず、彼の後姿を見送った。カジュアルなジーンズ姿に、スーツを入れるガーメントバッグを持ったその後姿には見覚えがあった。

 今の呉尊っ!? このままだと禹哲と鉢合わせちゃう!

「あの!!」

 アタシは考える暇もなく呼び止めた。振り返った彼は、まさしく呉尊だった。

「はい?」

「あ、あの・・・・・・えっと・・・・・・そうだ! アタシさっきヒロさんにドレス借りたんですけど、もう帰らなくちゃいけなくて、でもお礼を言えなくて、だから、その、お礼を伝えてもらえますか?」

「えっと、キミの名前は?」

「え? ア、アタシ、唐禹哲のマネージャーの蘇季妮です」

「蘇季妮さんだね? それじゃあ」

 もっと時間稼がないと!

「あの!! ファンなんです、握手してもらっていいですか?」

「はい」

 呉尊はにっこりと笑ってしっかりと手を握ってくれた。急いでるはずなのに嫌な顔ひとつしない。

「ヒロさんって、本当にステキな人ですね」

「キミもそう思う? ボクもだよ」

 サラッと奥さんを賞賛する呉尊もなんてステキなんだろう。二人は本当にお似合いの夫婦だ。アタシもいつかこんなステキな結婚できるのかな・・・・・・。

 そんなこと呑気に考えてる場合じゃなかった。でももうこれ以上引止められない。呉尊は大東の披露宴の為に駆けつけたんだから・・・・・・。

 アタシは呉尊に別れを告げてエレベーターに乗った。どうか彼が禹哲と鉢合わせませんように! 

 禹哲はヒロさんに何を話したんだろう。話だけで済んだのかな・・・・・・。エレベーターと一緒に急降下していくアタシのテンション。

 職を失い、恋を諦めた今日という日を、アタシは一生忘れない。

 だけどこんなクリスマスの夜に泣いたら負けだ。

 アタシは笑い飛ばして新年を迎えてやるんだから!

          Ep.Final「Kiss Me Now !」へつづく・・・・・・ 

目次と登場人物~Kiss Me Now !
目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

目次と登場人物~大東&亞綸篇

目次と登場人物~SP

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飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.8

                   Ep.8「投げKISS」

禹哲篇

 なんでアイツを帰らせなかったのか・・・・・・今さら後悔しても遅いか・・・・・・。ただ、今の俺はヒロに思いを伝えることを優先させるべきだ。チャンスは今日しかない。今日こそはっきりとヒロに告げてやる。

 鶏女のヤツ、なかなか戻ってこないな・・・・・・。やっぱり帰ったのか? そのほうが俺としては都合がいい。アイツがいると、なんか調子が狂う。

 それに呉尊もまだ現れないのも、なお好都合だ。だがヒロと二人きりになるチャンスはあまり期待できそうにない。俺はこの会場内で実行するしかないのか? ヒロは姉貴と阿明、莉莉と一緒に写真を撮っている。

「なあ、そんな熱い視線を、誰に送ってるんだ? まさかボクの奥さんじゃないよなあ?」

 突然、そう絡んできたのは、少し酔ってるのか上機嫌な陳奕儒だった。めんどくさい男につかまったな・・・・・・。

「阿明は魅力的だから、さぞ心配でしょうね、陳奕儒」

「だろ? だけど禹哲。残念ながら阿明はボクしか見えてないんだよ!」

 はい、はい。わかってるさ、言われなくても。

「櫻雪は大東だけ、莉莉は亞綸、ヒロは呉尊・・・・・・。残念だったな、あそこの美女たちは一途過ぎて、さすがの唐禹哲でもおとせないだろうなあ」

 なんだよ、酔ったふりしてヒロのことを釘刺しに来たのか? っていうか姉貴は関係ないだろうが!

「そうだそうだ! 俺の奥さんも、おまえなんかには見向きもしないぞ!」

 今度は陳建州か。なんでもう泥酔してるんだ・・・・・・。

「ごめんなさいね、禹哲。黑人ったら、櫻雪さんが幸せになれるからって嬉しくて呑むピッチ早過ぎちゃって」

 嬉しさ半分、寂しさ半分ってわけか。

「俺の奥さん! 愛してるよ~!」

 陳建州が范瑋琪にキスをした。さすがにあの巨体を拒むことが出来ないことをわかっているのか、范瑋琪はおとなしくキスに応えていた。キスが終わると范瑋琪は「ごめんなさいね」と詫びてから陳建州を引っぱって席へ戻っていった。

 気がつくと陳奕儒は阿明と子供のところへ戻っていた。莉莉の姿は消えていて、姉貴は大東の母親と一緒だった。どうやらヒロの姿をまた見失ったようだ。

 次の瞬間、照明が暗くなったかと思うと、一箇所にライトが当たる。そこにはグランドピアノとイスが一つ用意されていた。マイクはピアノとイスの横に一つずつセッティングされている。亞綸と莉莉が歌うことは聞いていた。 

 司会の脩が、紹介すると亞綸と、ギターを抱えた莉莉が現れ、それぞれのイスに腰掛けた。

 亞綸はピアノに設置されたマイクに向かい、話し出す。

「呉庚霖です。そして黄莉莉」

 莉莉がぺこりと頭を下げる。

「ボクの三番目の兄と櫻雪を、歌で祝福させてください・・・・・・」

 亞綸はソロアルバムから続けて3曲歌い、くやしいが客たちは二人のハーモニーに聴き入っていた。姉貴なんかは泣きそうだ。だが、誰もが期待しているであろう、あの曲をまだ歌っていない。最後までもったいつける気だな。

「最後に・・・・・・この曲を選びました。それではもう一人・・・・・・」

 東城衛の戒がスタンドマイクをセンターに置く。

「もう一人・・・・・・唐禹哲!」

 俺!? 聞いてないぞ!!

 拍手の嵐と声援に自然と立ち上がってしまう。職業病か・・・・・・ったく! 俺が姉貴の披露宴をぶち壊しに出来ないことをわかってて、亞綸のやつめ! 

 俺がスタンドマイクの前に立つとすぐに亞綸が前奏を弾き始める。

 ・・・・・・やっぱりこの曲か・・・・・・ったくなんで俺がこいつらのヒット曲を歌わなきゃならないんだ。それにこいつら、俺が歌詞を知らなかったらどうする気だ?

ジニー篇

 会場に戻ると、禹哲が歌っていた。でも禹哲の歌じゃない。これは亞綸と莉莉の『百万回言っても足りないくらい愛してる』だ。

 最後まで全部歌えるの? 歌詞カードもないのに・・・・・・分かってればカンペを作っておいたのに・・・・・・やだ、アタシったら、まだマネージャー気分が抜け切れてない・・・・・・。

 でもそんな心配をよそに、禹哲はまるで自分の持ち歌のように感情を込めて、だけど適度にクールに歌い上げている。妹同然の莉莉の初ヒット曲だから、きっと嬉しくて何度も何度も聴いたに違いない。ホントにいいお兄ちゃんなんだなって思った。その後ろでギターを弾きながら、安心した表情で莉莉は歌っている。

 いいな、莉莉は・・・・・・。頼りになるお兄ちゃんと魅力的な彼氏に守られてて・・・・・・。

 一瞬、歌に集中してた禹哲の表情が変わった気がした。動揺してるみたい。もしかしてヒロさん? あたりを見渡し、よく目を凝らすと、入り口付近にヒロさんが立っているのが見えた。隣には誰か背の高い男の人がいる。呉尊が来たの? ううん、あれは呉尊じゃない。・・・・・・もしかして何潤東? 映画監督の? 

 あ、ピアノ、タッチミスした。亞綸まで様子がおかしくなってる。どうしちゃったんだろう・・・・・・。

 よかった、なんとか持ち直したみたい。

 三人の声が重なると、また全然違う味わいがある。禹哲が二人のハーモニーの邪魔になったらどうしようって、本当はちょっと心配してた。あれだけヒットしてみんなの耳になじんでる曲に、禹哲の声が加わっても、違和感があるんじゃないかって・・・・・・。でも三人は自然とバランスをとって歌ってるんだ。これを聴けたことは幸せなことだ。出席してよかったって心から思えた。

 歌い終わると、禹哲は「大東、二人を幸せにしろよ」とちょっとキザなこと言ってから観客に投げキッスをした。会場中の女性客が甲高い悲鳴をあげる。一瞬、禹哲と目が合った気がしたけど、それは多分たまたまで、その投げキッスは単なるステージパフォーマンスにすぎない。そう思いたかった。でも本当はそれがヒロさんに向けてのものだと認めたくなかっただけ。

 櫻雪さんはポロポロと涙をこぼしていて、偉偉がティッシュでその涙を拭いてあげている。アタシまでもらい泣きしちゃう。

 三人は席に戻らず、そのまま会場を出て行った。そして新郎新婦はお色直しで退席する。もちろんスタイリストのヒロさんもだ。

 アタシは知り合いが誰もいない状況になった。頼みの綱のギャビーは忙しく各テーブルをまわって撮影しているし・・・・・・。帰ろうかな・・・・・・。でもそれも失礼だし・・・・・・。

「楽しんでる? えっと、ジニーだったかな? 唐禹哲のマネージャーの」

 嘘っ! 見上げるとそこには微笑みを浮べた辰亦儒が立っていた。 

「はい、蘇季妮(スー・ジーニイ)です! 飛輪海のCDも本も全部持ってます! 明日香の本は全部読みました!」

 アタシったら舞い上がってこんな場所でバカみたいなこと言ってる。だって大東の婚約披露パーティーでは一度も話す機会がなかったから。ずっと亞綸ファンだったけど、やっぱり他のメンバーでも目の前にするとテンションが上がってしまう。

 アタシが一人でいたから気にかけてくれたのかな。優しいんだ・・・・・・イメージ通り。

「それは嬉しいな。どうもありがとう。妻も喜ぶよ。今頑張ってるから」

「じゃあ新作の予定があるんですね!」

「うん、今日も親友の大東の披露宴なのに早く帰って書きたくて仕方ないってさ。インスピレーションが冴えててアイデアがどんどん溢れてくるらしいよ。今夜は新月だってのに」

 “新月”? どういうことだろ。そう言えば明日香の小説には“新月”とか“満月”とか、よく月の描写が出てくる。

「ケルビン! ちょっと来てちょうだ~い!」

「ごめん、マーキーに呼ばれちゃったよ。話せて楽しかったよ。それじゃあ」

「あ、はい。こちらこそ楽しかったです」

 辰亦儒のスラッとした後姿を見送る。もしかしてあの人が香港人スタイリストのマーキー? 独特な感性で最近話題になってる人気スタイリストだ。最近ヒロさんに続いてフリーになったんだっけ。

 今日の彼? 彼女? どっちでもいいけど、今日のマーキーの服装、噂どおりかなりユニークだ。  

 

 アタシはまた一人ぼっちでかなり居心地が悪く、身の置き所がなくなった。とりあえず行きたくもないトイレへ向かってる。

 あれ、どっちだろ? たしか着替えた控え室のそばにあったはず・・・・・・。

 廊下を進んでいくとドアが少し開いている控え室がある。そこを通り過ぎるとき、中から禹哲の声が聞こえた気がした。アタシは立ち止まってのぞいてみる。

「何潤東は来ないはずじゃなかったのか!」

「ボクに文句言っても仕方ないだろ!」

「仕方ないだあ? どうするか決めたのか!?」

「・・・・・・それは・・・・・・まだだけどさ・・・・・・」

「何潤東が莉莉に母親のことを確認しに来たらどうする! そこでいきなり親子だとわかったとき、何潤東の反応が最悪だったら莉莉は傷つくんだぞ!」

「じゃあ、先に莉莉に伝えればいいのか! 何監督が確認に来るかどうかもわかんないのに!?」

 なんなの、この会話・・・・・・。たしか莉莉は父親の名前さえも知らないって言ってたはず。でも二人はまるで何監督が父親だという前提で話してる。

「よく聞けよ炎亞綸! 真実を受け止める強さを、今の莉莉は持ってるだろ? 後はおまえが支えればいいことだろうが!」

「バカ言うなよ! せっかく、やっとここまでぜん息の症状も落ち着いたのに、また逆戻りだよ! ボクはこのまま莉莉は知らないほうがいいと思うんだ! 何監督と接触させなければいいだけだ!」

「莉莉はおまえの物じゃないぞ! 一人の人間として真実を知る権利があるだろうが!」

 禹哲はものすごい剣幕で亞綸の腕を掴んだ。亞綸はそれを振り払う。

「うるさい! 莉莉が死んだらどうすんだよ! ボクは発作が怖いんだ! もうあんな思いするのはイヤなんだ!! 禹哲は莉莉が死んだって困らないから言えるんだ!!」

「おまえ!!」

 禹哲は亞綸の襟を掴みあげる。すごい剣幕だ。どうしよう、止めないと! そのときだった。アタシを押しのけて誰かが控え室へと飛び込んでいった。そして二人の間に入って力ずくで引き離した。

「いい加減にしろ!! おまえら隣の控え室までまる聞こえだぞ!!」 

 それは大東だった。誰かがアタシの肩にそっと手を置いた。振り返るとそれはヒロさんで、「大丈夫よ」という顔で頷いた。後ろに立っている櫻雪さんは泣いている。

「どけよ大東! 俺はこいつを殴ると決めたんだからな!」

「いいよ! 殴りたければ殴れよ! そのかわり莉莉に黙ってろよ!」

「うるさい!」

 禹哲が大東の制止を振り切って再び亞綸に殴りかかる。

「やめてえ!!!」

 アタシのこの叫び声よりも先に、また誰かが部屋へと飛びこんでいった。

 

 それはまるでスローモーションのように見えた。

           Ep.9「ドラマティックKISS」へつづく・・・・・・

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飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.7

                             Ep. KISS LESS

ジニー篇

 謹慎八日目。今日の会議でアタシの最終処分が決まった。

 解雇。

 キスの件と、よそのマネージャー暴行未遂の責任で。その相手事務所側も多少の非があったことを認め、解雇までは求めていないとのことだったけど、キスの件はアタシの非だ。元々アタシが唐禹哲に対して毅然とした態度をとれなかったことが招いたのだから。

 夕方、荷物を取りに行くと、他のスタッフからの憐れみや好奇の目にさらされた。

「元気でね」

「あなたも」

 そんなやりとりを幾度も重ね、事務所を出ようとしたときだった。

「おい」

 たった一週間しか聞いていないだけなのに、とても懐かしく感じる声に呼び止められた。

 振り返ると、相変わらずアタシには無愛想な顔しか見せない禹哲がタキシード姿で立っていた。ステキ・・・・・・。今日はクリスマス。お姉さんと大東の結婚式の日だ。クビになったばかりのこんなときでも胸が高鳴るほどステキに見える。でもアタシはなんでもない風を装って答える。

「何か用?」

「オマエの最後の仕事だ。俺を結婚式の会場まで送れ」

 腕を引っぱられながら外で待っていたタクシーに無理矢理乗せられる。そのくせ、車内では何も話しかけない禹哲。アタシたちはただ、それぞれ窓の外を眺めていた。胸がいっぱいで言葉なんて何も浮かばない。

 左腕のケガはすっかりよくなったからか、前のように禹哲はアタシの右側にいる。アタシを守ってくれてるって思うだけで充分幸せだ。

 禹哲が何か言いかけた気がした。だけどそんなときに限って禹哲の携帯が鳴った。

「俺・・・・・・今そっちに向かってるところだ・・・・・・ちゃんと間に合うからさ。・・・・・・ああ、うん。・・・・・・じゃあ、あとで」

 お姉さんからの電話かな? それとも? ・・・・・・今日の招待客を、アタシは知っていた。婚約披露パーティーのときに名簿を見せてもらったから。その中に、桐村裕恵という名前も入っていた。あの人気スタイリストHIROの本名だ。もちろん旦那様の呉尊も、揃ってブルネイから出席する。だから禹哲のテンションが下がって当然だ。

 禹哲は再び黙ってしまった。

 

 会場までは気まずくて長いようで、あっという間だった。また禹哲が何か言いかけた気がしたけど、アタシにタクシーチケットを無造作に手渡すと「じゃあな」と言ってタクシーを降りたから、アタシも「じゃあね」とだけ言った。これがアタシたちの最後の会話になるんだと覚悟した。タクシーが出発しても、アタシはバックミラーで禹哲の姿を目で追っていた。

 姿が見えなくなったところで、禹哲が携帯を忘れていることに気がついた。

「すみません、アタシもここで降ります」

 アタシはタクシーチケットを渡してタクシーを降り、急いで禹哲の後を追った。そしてどんな巡り会わせなんだろう。ホテルのエントランスに入ってすぐ、目の前にHIROが現れた。HIROの画像を検索して何度も見たことがあったから、すぐに彼女だとわかった。

「あの・・・・・・HIROさんですよね? この携帯、唐禹哲の忘れ物なんですけど、渡していただけますか?」

「え? ええ、わかりました。あの、アナタのお名前は?」

 アタシ、こんな声なのかな? だったらステキな声よね。ちょっと嬉しくなる。

「ヒロ! 呉尊の飛行機出発が遅れたってホント? あれ? ジニー?  遅かったじゃない待ってたんだから」

 待ってた? アタシは早くこの場を去りたいのに、運悪く莉莉が現れた。

「莉莉、紹介してもらえる?」

「あ、そっか。ヒロはジニーと会うの初めてだよね。ジニーは禹哲のマネージャーなの」

 莉莉はHIROにそう紹介してくれた。まだアタシの解雇を知らないようだ。

「あの、アタシこれで帰ります」

「え? どうして? ジニーも出席してくれるって櫻雪から聞いてるよ」

「アタシ、櫻雪さんの社交辞令だとばかり思って・・・・・・それにこんな格好じゃ・・・・・・」

 アタシはチェックのシャツにデニム姿で、とても華やかな芸能人の披露宴に出席できるような服装じゃない。

「そんなことなら心配ないわ。さあこっちに来て!」

 

 アタシはあれから無理矢理二人に連れてこられ、今、控え室にいる。

「やだヒロ! このドレス、ジニーにすごく似合ってる! 髪形もステキ!」

「そうでしょ? きっと似合うんじゃないかって思ったのよ! 私いつも二着用意してくるの。よかったわ役に立って」

「あの、アタシやっぱり出席なんてできない! 禹哲に叱られちゃうから!」

「禹哲にそんなことさせないから大丈夫よ。ねえ莉莉!」

「そうそう、あたしとヒロがいれば、禹哲なんて全然怖くないってば」

 ノックが聞こえて誰かが入ってくる。それは亞綸だった。

「莉莉! こんなとこにいたのか! ・・・・・・あれ? ジニー?」

 亞綸がマジマジとみつめてくるから恥ずかしくなる。

「ジニーすごく似合ってるよ。じゃあまた後で! 莉莉、リハやるから行くぞ!」

「は~い」

 莉莉はさっさと出て行ってしまった。嘘! HIROと二人っきり!?

「楽しみよね、ジニー。禹哲と二人が一緒に歌うなんて、最初で最後になるかも」

 え? 禹哲も歌うの? アタシは何も聞いてない・・・・・・。でも当たり前だ。もうアタシはマネージャーじゃないんだから・・・・・・。

「あ、これって禹哲に内緒なんだった。サプライズで歌わせるって莉莉たち、すごく張り切ってたから」

 なんだ、そうだったんだ。ホッとするアタシがいる。でもアタシが知らない禹哲を、この人は知ってるんだと思うと、やっぱりへこむ。

「ほらジニー、ちゃんと鏡を見て。このドレス、アナタが着るためにデザインされたみたいに似合ってるわよ」

 まるでアタシを励ますようにHIROは褒めてくれる。落ち込んでるの、もしかして気付いてる?

 ヒロさん・・・・・・なんてステキな人・・・・・・。禹哲が忘れられなくて当然だ。

 

 ヒロさんに連れられてアタシは会場に入る。彼女は隣のテーブルで、アタシのテーブルには禹哲と莉莉、亞綸の席札が置かれていた。まだ誰も席にいない。少しホッとする。 

「ジニー!」

 名前を呼ばれて振り返るとフラッシュがたかれる。誰?

「ギャビー! 台北に戻ってたの?」

 そこにはカメラマンのギャビーがいた。最近、小綜のお気に入りのカメラマンで、その関係で禹哲の写真も担当してもらっていた。ここしばらくはアジア中を駆け巡ってたらしいけど。

「どうしてここに? え? 結婚式の仕事もしてるの?」

「まさか。特別な友人に頼まれた時だけだ。今、まとも以上の仕事が出来てるのは、汪東城のおかげだからな」

「そうだったんだ・・・・・・」

「どうした? 今日は浮かない顔だな。せっかくのドレスが泣くぞ」

 ギャビーが私に向けてもう一枚シャッターを押すと、ちょうどBGMが変わる。前にはいつの間にか大東が立っていた。どうやら新婦入場みたいだ。ギャビーは入り口にファインダーを向ける。

 禹哲はどこへ行ったんだろう・・・・・・。

 扉が開くと、輝くばかりに美しい櫻雪さんが現れた。そして、新婦をエスコートしているのは・・・・・・え? 禹哲? 禹哲だ・・・・・・。普通は父親の役目のはずだ。

「ギリギリセーフ!」

 亞綸と現れた莉莉が隣の席に座った。

「ねえ莉莉。禹哲のお父さんは?」

「え? ジニー知らなかったの? 禹哲と櫻雪の両親は随分前に事故で亡くなったの」

 言葉が出ない。全然知らなかった。アタシは禹哲の過去を、ほとんど知らない。

 普段あまり笑顔を見せない禹哲が、笑顔でお辞儀をする。櫻雪さんと腕を組みながら、ゆっくりと客席の間を歩いていく。櫻雪さんの長いケープの両端を握ってついてくる男の子と女の子を、時折振りかえって気づかいながら。

「ふふ、偉偉(ウェイウェイ)と裕惠(ユーフイ)、可愛い」

「莉莉。あの子供たちは?」

「偉偉は櫻雪の子で、裕惠は阿明と亦儒の娘なの」

 櫻雪さん子供がいたんだ!  

「バツ一なの?」 

「櫻雪は禹哲の学費のために結婚したの。両親が亡くなったあと、櫻雪はお父さんの親友に引き取られたけど、禹哲は施設。その親友はお金持ちで、そこの息子は櫻雪に夢中だったらしいの。櫻雪は自分と弟の境遇の違いを嘆いて、それで好きでもない人と結婚してまで禹哲のためになりたかったみたい。あたしね、施設で禹哲に妹みたい守られながら育ったの。この前までママに捨てられたと思い込んで生きてきたんだけど、最近、亞綸のおかげでママはあたしを捨てたんじゃないってことがわかったの。そうやって禹哲と亞綸が支えてくれてるから、今のあたしがあるの」

 

 禹哲と莉莉、そして櫻雪の意外な真実。ううん、意外じゃなく、納得の真実だ。初め莉莉のことを、禹哲の片思いの相手なんだって勘違いしてたことを思い出す。それほどの二人の親密さの理由が、今初めて明らかになった。禹哲はお姉さんを守れなかった分、莉莉を守ってきたんだってこと、今のアタシには分かりすぎるくらいに分かる。亡くなったお父さんとの約束を、禹哲はしっかり守ってきたんだ。

「莉莉聞いていい? あなたのお母さんやお父さんは?」

「・・・・・・ママはあたしが小さい頃に亡くなってたの。でもその時ママの死を知ることができなくて・・・・・・だからあたしは捨てられたと思ってしまったの。パパは・・・・・・会ったこともなければ、どこの誰かも知らないんだあ」

 明るく話す莉莉にアタシの胸は締め付けられる。アタシの両親は元気なのに、親不孝なアタシは旧正月にしか帰ってあげてない。

 そうこうしているうちに、だんだんと禹哲たちが近づいてくる。どうか今はまだ気付かれませんように! 

「櫻雪! こっち向いて!」

 ああっ! 莉莉が呼ぶ声で禹哲もこっちを見た。思わず顔をそむけ、後からこっそり禹哲の反応を伺うと、どうやら気付いていない様子でホッとする。いずれバレることなんだけど・・・・・・。

 禹哲から大東へと櫻雪さんは手渡され、禹哲は大東の耳元で何かを囁いてから、席に着くためにこちらへ歩いてくる。きっと嫌味の一つ二つ、大東に言ったんだろうけど、アタシは今それどころじゃなく、言い訳も思いつかないでいる。

 禹哲は莉莉に一声かけると、まるでアタシが見えないかのように通り過ぎ、隣に座った。完全無視ってこと? それとも気がつかなかっただけ? 胸がチクリと痛んだ。

 式は人前式で、高校時代からの友達の東城衛のメンバーが司会と式の進行をしている。なんてお似合いな二人! 誓いの言葉を櫻雪さんの息子さん・・・・・・偉偉だっけ? その偉偉が誓いの言葉を堂々と読み上げてる。櫻雪さん泣いてる・・・・・・。いろいろあったんだろうな。きっと・・・・・・。あ、大東も泣きそうになってる。けっこう涙もろいんだ。アタシも泣いちゃいそう・・・・・・。

 偉偉が指輪の入ったケースを差し出すと、二人は指輪の交換をした。それからやっぱりキスでしょ? 

 キス・・・・・・。もう一生キスできないかも、アタシ・・・・・・。だってもう一生恋なんて出来そうにない気分だから。勇気を出して横目で禹哲の顔を盗み見る。こんな近くで生の顔を見るのは、もうこれで最後になるかもしれないと思ったから。

 明日からの禹哲は遠い世界の人で、アタシはただの一般人になる。

 禹哲はどこかをじっとみつめていた。その視線の先が、大東と櫻雪さんじゃないことはすぐにわかった。確認するのも怖かったけど、アタシは確認しずにはいられなかった。

 禹哲の切なげな横顔。胸がズキン、ズキンと何度も痛くなる。禹哲の熱い視線の先には、きっとあの人がいるはずだ。

 あの人・・・・・・HIRO、ヒロさん・・・・・・。

 禹哲の視線の先には、やっぱりヒロさんがいた。二人を祝福し、優しい微笑みをたたえたヒロさんの姿は、女のアタシでもみとれるくらいだ。禹哲の周りって、すごくきれいな人ばかり。アタシなんか振り向いてもらえるわけがないって、身にしみた。

 我慢していた涙がポロリとこぼれ落ちる。

 でもよかった・・・・・・。涙に気付かれても、結婚式に感動してるって思われるだけだから。

 アタシは新郎新婦へと視線を移す。彼らの横には、いつの間にか辰亦儒が立っていた。手にはシャンパングラス。そして周りの人たちにつられるようにしてアタシも立ち上がった。急いでナプキンで涙を拭いていると、辰亦儒が何かお祝いの言葉を述べて、「乾杯!」と言う。アタシは慌てて持っていたナプキンを置いてグラスに手を延ばすと、勢いでうっかり倒してしまった。それも禹哲の方へ! アタシはこの失態に声も出ない。

「大丈夫?」

 禹哲は倒れたグラスを立てて、「俺は飲まないから」と言って自分のグラスをアタシに渡すと、すぐにウェイターを呼んでくれた。禹哲は、うつむいているアタシに気付いていないんだと思った。なんだか情けなくなる。たった半年とはいえ、ほとんど毎日一緒にいたのに気付いてもらえないなんて。キスだってしたのに・・・・・・だんだん悔しくなってきた。

「・・・・・・大丈夫じゃないです」

 アタシはうつむいたまま思わずそう答えていた。

「オマエ、なんで・・・・・・」

 さすがに声で気付いたみたい。アタシは顔を上げて一気にシャンパンを飲み干してから禹哲を睨みつけた。

 禹哲は、アタシが今まで見た中で一番驚いた顔をしていた。あんまりその顔がびっくりしてるから、思わず吹き出してしまったくらいだ。

「わ、笑い事じゃないだろ!」

「だって、禹哲の顔、面白すぎるんだもん!」

「なんでここに!」

「あ、そうそう忘れてた! はい、これ!」

 アタシはバッグから禹哲の携帯を取り出してテーブルに置いた。

「俺の? あ、タクシーか・・・・・・」

 落としたことにも気付いてなかったみたい。そんなにも誰かさんのことばかり考えてたんだ・・・・・・。

「なんだ、そのドレス」

「ああ、これ? ステキでしょ? HIROが・・・・・・ヒロさんが貸してくれたの」

 禹哲は絶句してしまう。なんか面白くなってきちゃった。アタシとHIROが親しくなったなんて、禹哲的には冷や汗ものだろうから。別にアタシはヘンなこと告げ口したりなんかしないけど。

「それに、アタシ櫻雪さんから招待受けてたのよね。禹哲も知ってたんでしょ?」

「え? いや・・・・・・それは・・・・・・」

 禹哲をシドロモドロにさせられるなんて、なんだか気分がいい。

「アタシが出席するとそんなにも迷惑?」

「ジニー、やる~! 禹哲なんかやっつけちゃえ!」

 隣の莉莉が加勢してくれるから、心強い。どうやら式が終わって、披露宴までしばらく歓談の時間のようだった。新郎新婦と写真を撮ってる人もいる。

「いいな~アタシも一緒に撮りたい! ギャビーに撮ってもらっちゃお!」

「鶏女、ちょっと来い!」

 アタシは仕方なく禹哲の背中を追って会場を出る。そして人目のつかない場所まで来ると、禹哲は振り返る。

「ねえ、似合う? 誰だかわからないほど見違えたでしょ? 全部ヒロさんのおかげだけど。やっぱりトップスタイリストってすごいよねえ! 美人だし! あの呉尊を射止めたのも当然だよね」

 アタシ、禹哲を煽ってる。ちょっと酔いがまわってきてるとはいえ、こんなこと言ったら禹哲にもっと嫌われるの、わかってるのに・・・・・・。

「旦那様は遅れてくるみたいだけど、二人が並んだらすご~くお似合いなんだろうな~! 絶対に誰も割り込めないって感じ! 早く見てみたいな~!

 一気に考えもなしにしゃべり続け、ついにアタシは言葉が浮かばなくなり黙って禹哲の顔色を伺った。

「それだけ言ったら気が済んだか?」

 禹哲は顔色ひとつ変えず冷ややかだ。

「・・・・・・ごめん、アタシ、やっぱり帰る」

「別に・・・・・・」

「え?」

「別に帰れとは言ってない。姉貴が望んだことだ。俺がとやかく言うことじゃない。先に戻るから、落ち着いたら席に戻れよ」

 禹哲が背を向ける。ねえ、どっちが本心なの? どうすればあなたの本心がわかるの? アタシじゃヒロさんの代わりにはなれない? アタシ、身代わりだって構わない・・・・・・だから禹哲・・・・・・いつもみたいにキスして! そう心の中で叫んでいた。

 気付くとアタシは禹哲の背中に抱きついていた。禹哲はしばらくそのままでいたけど、キスもしなければ振り向いてもくれなかった。アタシの心の叫びは届かない。

 そしてアタシがゆっくりと体を離すと、禹哲は何も言わずに会場へと戻って行った。

               Ep.8「投げKISS」へつづく・・・・・・

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飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.6

                        Ep.6 「ソルティKISS

 

ジニー篇

 あれから禹哲が初めて作曲した楽譜は、翌朝アタシが手直しして無事提出できた。そして編曲家や音楽プロデューサーから大絶賛された。あの曲は切なくて心に響くものがある。禹哲がどんな歌詞をつけるのかまだわからないけど、失恋ソングになる気がしていた。きっとHIROを思って書いたにちがいない。

 アタシと禹哲の関係は、相変わらずな部分と、不思議な連帯感とが半分半分になった気がする。
 でもあのヤキモチキス以来、一度もキスはしていない。そんな雰囲気になることを禹哲が避けている気もする。アタシの気持ちに気がついてしまったんだろうか。アタシは精一杯、なんでもない顔を演じているのに・・・・・・。

 

 今日は唐禹哲にとっての初めてのドラマ撮影初日だ。プロデューサーたっての希望で他の事務所の俳優との配役交代があったことが少し気がかりではあるけれど、この業界、そんなことは日常茶飯事だ。気にしてなんかいられない。

「ふん、大きい事務所のヤツは簡単に人の役を奪っていきやがる・・・・・・」

 アタシと禹哲がスタジオ入りすると、予想通り例の俳優が聞こえよがしに嫌味を言ってきた。

「おはようございます! 今日からよろしくお願いします!」

 禹哲は、アタシもびっくりするくらい大きな声で爽やかに挨拶した。その様子に相手も面食らった様子だ。芸能界で生きていく自覚が芽生えたの? なんだか禹哲の成長が誇らしい。

 このドラマのプロデューサーは女性で、女心を掴むステキなアイドルドラマを数々手がけている。アタシは十代の頃から彼女のドラマで育ったようなもので、“恋愛のバイブル”ともいうべき存在だ。彼女も、禹哲の潜在的な魅力を見抜いてくれたにちがいない。だからあの俳優も一緒に仕事をしているうちに、きっと納得してくれるはずだ。

 だけど撮影に入ってからも、彼とのギクシャクした感はぬぐえない。何かモメ事が起きなければいいけど・・・・・・アタシの嫌な勘は当たる確立が高い。そしてやっぱりその勘は当たってしまった。

 それは主役カップルの出会いのシーンで、その二人だけにカメラが向いている時だった。

 例の俳優が軽く伸びをしたかと思うと、体操するように腕を振り回したのだ。その腕が禹哲の口のあたりに激しくぶつかるのをアタシは確かに見た。

 禹哲は何事もなかったように演技を続け、笑顔でセリフを言っているけど、絶対にかなり痛かったはずだ。それなのに・・・・・・。

 アタシの胸はキュンとなる。そして心の中で「好き」ってつぶやいていた。

「カット! はいOK!

 禹哲の今日唯一のシーンが終わった。いい役だけれど、まだ端役に過ぎず、出番はかなり少ない。アタシは共演者に挨拶をしてから禹哲を連れて一旦楽屋に戻った。

 

「唐禹哲、よく我慢したわね。エライぞ、いい子いい子」

「俺はガキかよ、ッツ・・・・・・」

 禹哲が顔を歪めた。

「大丈夫? どこが痛いの?」

「たいしたことない。口ん中ちょっと切っただけだ」

 強がる禹哲にもっとキュンとして、アタシの母性本能はエスカレートしていく。アタシは禹哲の顎に片手を添えて言う。

「ほら、見せて、ア~ンして」

「だからガキじゃねえって」

 頬をサッと赤らめ、顔をそむけた禹哲に、さらにテンションが上がっていく。すねた子供のような唇をこんなにも愛おしく感じるなんて・・・・・・。

 両手で禹哲の頬を挟み自分に顔を向けさせると同時に、すねてとんがった禹哲の唇にそっと自分の唇を押し付けると、禹哲は驚いたのか少し口を開けた。アタシはその隙に彼の口の中の傷口を舌で探しあて、そっとなめてみてから唇をはずした。そして急いで、

「単なる大人のご褒美よ」

 そう高飛車に早口で言ってみた。照れもあったし、アタシの本心を悟られたくなかったから。だけど予想に反して禹哲の顔は赤くなるどころか、少し冷めたような目でアタシを見ていた。

「ご褒美というより、罰ゲームだな」

 禹哲はそう言って苦笑いを浮べた。

「か、監督さんに帰る前に挨拶してくる・・・・・・」

 やだやだ! バカバカ、恥ずかしい! 何やってんだろ! 楽屋を飛び出すと、廊下には例の俳優の女マネージャーが、他の共演者のマネージャーたちと一緒にいるところに出くわしてしまった。

「あの唐禹哲って、才能もないうえに女たらしで、とっかえひっかえ遊んでるって噂ですよ! その上、役を奪い取るためにプロデューサーとホテルにまで行ったとか」

 アタシはツカツカとその女マネージャーに歩み寄ると、自然と手を振り上げた。そして思い切りその手を彼女の頬めがけて振り下ろした時だった。

 誰かがアタシの手首を掴んだ。それは禹哲だった。禹哲はそのままアタシを楽屋の中にひっぱり込みバタンとドアを閉めると、怒りに満ちた表情をアタシに向けた。

「バカか! さっき俺が我慢した意味がなくなるだろうが!」

「だって!」

 言い訳の言葉を捜す。でも急にノドがつまって涙が溢れ出した。

「だって禹哲がとっかえひっかえ遊んでるって・・・・・・昔はそうだったかもしれないけど、ヒック・・・・・・今は、今の禹哲はそんなこと絶対しないのに! 禹哲が好きなのはたった一人の人だもん! ずっとずっと思い続けてるだから! 才能だって、絶対に絶対にあるんだから!」

 禹哲は掴んでいた手首を引き寄せると、アタシの体を強く抱きしめた。キスされたことは幾度かあっても、こんなふうにただ抱きしめられたのは初めてだ。まるで泣いてる子供をなぐさめるようにアタシの肩を強く、それでいて優しく抱いてくれている。アタシが泣き止むまでずっと・・・・・・。

 それから禹哲は抱きしめていた手をゆるめると「汚ったねえ顔」と無表情で言いながらティッシュをアタシの顔に押し付け涙と鼻水を拭いてから今度は覗き込むようにみつめてきた。それは少し眉間にしわを寄せたような真剣な、初めて見たような表情だった。そして顔を傾けゆっくりと唇を近づけてくる。自然と目を閉じるとすぐに唇が重なり、まるで全身の血が駆け巡るくらいに沸き立つ気がした。

 こんないとおしげなキス初めて・・・・・・これはアタシへのご褒美キスなの? アタシの口の中は涙で少ししょっぱくて、禹哲のキズの血の味と混じりあっていくソルティキス・・・・・・。

「な、何やってんだ! おまえたち!!」

 その大声にアタシは心臓が止まりそうになった。その声の持ち主こそが、禹哲に恋愛禁止で契約させた上司張本人なのだ。

       *       *       *

 一週間の謹慎。それがアタシに科せられた最初の処分だった。他の事務所のマネージャーへの暴行未遂と、所属タレントにキスした契約違反。

 アタシはその間、何をするでもなく家に閉じこもってたり、一人で街をブラブラしてすごしていた。今日で七日目。

 後悔はしていない。多分、この仕事を失うことになるだろうけど、アタシは絶対に後悔しない。そう自分に言い聞かせるだけの毎日。

 禹哲が契約解除にならないのなら、アタシはそれでいい。アタシの代わりはいくらでもいるけど、禹哲の代わりに値する人なんてこの世にはいないから。

 気がつくと、禹哲のダンスレッスンスタジオのそばまで来ていた。今日はレッスンの日なのかそうでないのか、今のアタシには分からない。禹哲のスケジュールを把握しない日が来るなんて、考えもしなかった。バッタリと出くわさないうちに離れないと。

 街を歩いていると、CDショップに脚が自然と向く。禹哲の数少ないCDを、目に付くところに並び替えるのが日課だった。店内に女の子たちが楽しげな様子で入ってくる。早速禹哲のCDに目を留める彼女たち。

「唐禹哲って優しそうなのにどこかミステリアスでいいよね~絶対に大失恋とか経験してそう。それで、いまだにその人だけのこと思ってるとか」

「そうそう! そんな感じ~!」

 禹哲って案外わかりやすいヤツなんだ。ミステリアスどころか完全に見抜かれちゃってるじゃない。

 でも禹哲の本音なんて、そばにいるほど分からなくなるものだけど、ただひねてるだけじゃないってことだけは、今のアタシにはわかる。お姉さんと全然雰囲気が違うのも、何か過去に理由がある気がしていた。そのミステリアスな部分がアーティスト唐禹哲の魅力の一つなのだけど、アタシにとって素の唐禹哲も、いつまでも心を掴めないミステリアスな存在のままなのかもしれない。

禹哲篇

「ねえねえ禹哲! 今、魯肉飯買って戻る途中で誰を見たと思う?」

 新しく担当マネージャーになった古株の孫さんは、噂好きのウザイおばさんだ。俺への処罰がまさかこんな形になるとはな。おそらく道で有名人でもみかけたんだろう。ハードなダンスレッスンで腹ペコの俺は答えずに好物の魯肉飯をかきこむ。 

「なんとジニーよ! あの蘇季妮!」

 俺は危なくむせそうになった。

「元気がなかったわね~。声をかけるのもためらわれたわよ! っていうか道の反対側だったから声もかけられなかったんだけどね」

「俺、マンゴーアイス食べたくなったから買ってくるよ。孫さんも食べる?」

「え? あら行ってくれるの? じゃあお願い・・・・・・って返事も聞かずに飛び出してったわ・・・・・・」

 魯肉飯の店がある通りの反対側を、ひたすら走る。アイツに一度がつんと文句を言ってやらないと気がすまない。

 ここらへんで鶏女が寄りそうな店・・・・・・アイツがよく天津葱抓餅を買っていた店を覗くが姿はない。くそ、もう当てがない。俺はアイツのことをほとんど知らない。だが数件先のCDショップが目に入る。あそこでよく、俺のCDが売れているかをチェックしていたはずだ。店に飛び込むが、やはり姿はなかった。

 こんなに走ったのは久しぶりだ。息が切れてしばらく手を膝につき、治まってから顔を上げると、目の前の一番目立つ場所に俺の顔がずらりと並んでいる。新発売でもないのになんで・・・・・・。

「あっ! またあのコ、勝手に並べかえってったな。よっぽどの唐禹哲ファンなんだな」

 店長らしき男から俺は思わず身を隠す。

「ああ、店長。そういえばさっき来てましたよ。あのコ、よその店でも並べ替えてるのを見たことありますよ、オレ」

 どんな地道な作戦だ、鶏女のヤツ! アイツ、あれから俺が電話しても出やしない。前まではそんなこと一度だってなかったはずだ。俺の電話を無視するなんていい度胸だ。チマチマメールを打つ気にもならなければ、アパートを訪ねるのもなんだか気がひける。第一、なんで俺がアイツを追っかけるようなまねしなけりゃならないんだ! 

 このままクビになるのを指くわえて待ってるだけの鶏女に腹が立つ。それだけじゃない、アイツは上司に「アタシが無理矢理キスしました。処分はアタシ一人が受けます」と言ったらしい。恩着せがましいウザイまねしやがって! このままじゃ俺の怒りは収まらず、アイツを怒鳴りつけずにはいられない。アイツに会って、目の前で!

              Ep.7「KISS LESS」へつづく・・・・・・

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飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.5

              Ep.5 「ヤキモチKISS

禹哲篇

 

 5杯目ともなるとウィルバーは酒を出し渋るようになった。また俺が酔いつぶれるのを食い止めるためだろうが、これじゃ飲んだ気がしない。

 鶏女の楽しげで、いつもと違う甘ったるい声が俺の耳について仕方ない。別にアイツが他の男といるのが気に入らないわけじゃない! 俺が楽しくもないのにアイツだけが楽しんでるのが気に入らないだけだ。それに今は俺のマネージャーのくせに、その俺をほったらかしってのはおかしいだろ!

 

 たまらず俺は席を立ち、トイレへ向かった。だがトイレの前に来ると、中から汪東城と炎亞綸の声がする。

「なんか相談あるんだろ?」

「・・・・・・別に・・・・・・」

「本当か?」

「・・・・・・自分で解決するからいいよ」

「ならいいけどな」

「ありがと・・・・・・」

「ん? 何がだ?」

「別に」

「わけわかんねえな、おまえは」

 

 なんなんだよ、このむずがゆい会話は! トイレでする話か? おかげで俺はトイレの外で立ち聞き状態だ。  

「なあ亞綸。あのジニーって子さ・・・・・・」

「声のこと?」

「ああ。びっくりするくらい似てるよな」

「うん。やっぱ大東も思ってた?」

「禹哲のやつ、幸か不幸かってとこだな」

 ・・・・・・うるせえ、ほっとけよ!

ジニー篇

 カウンターで飲んでいた禹哲の姿が見えなくなった。もう帰っちゃったの? 

「どうかした?」

「ううん、なんでもないです。あのアタシ、飲み物もらってきます」

「ボクが行くから待ってて。何がいい?」

「え? あ、えっとトマトジュースで」

 小綜はすごく優しくてやることすべてがスマートだ。でも本当はアタシ、カウンターに行くための口実だった。ウィルバーに禹哲のことを聞きに行くための。

 別に禹哲が気になるわけじゃない! ちゃんと見張っておかないと、どこかのアイドルをお持ち帰りしてパパラッチされちゃうなんてことになりかねないからだ。

「あの・・・・・・ジニーさん?」

 振り向くと、そこには大東の婚約者の櫻雪さんが立っていた。つまり禹哲のお姉さん。

「は、初めまして! いつも弟さんにはお世話になっています! マネージャーの蘇季妮です!」

「いえ、こちらこそ、あんな弟のマネージャーを根気強く続けてもらって、本当に感謝しているのよ、ジニーさん。ジニーって呼んでもいいかしら?」

「も、もちろんです!」 

 ああ、なんてキレイで上品なの! とても禹哲と血が繋がってるとは思えない。

「ねえジニー。あの子、口が悪いでしょ? 亞綸や莉莉から聞いたんだけれど、アナタのこともヘンなあだ名で呼んでるみたいでごめんなさいね」

「いえ、もう慣れたから平気です」

「弟の肩を持つ訳じゃないんだけど、アナタだけは理解してあげて欲しいの」

「何をですか?」

「禹哲は、ああ見えてすごく不器用なのよ。人一倍、男は女を守るものだって思ってるのに、その表現方法が下手なのね。多分アナタにも伝わってないくらいに」

 櫻雪さんの言い方からすると、アタシは気付いていないだけで禹哲に守られてることになる。そんな訳ないけど。

「父がね、幼い禹哲によく言って聞かせてたの。女を守れなければ男じゃじゃないって。だからだと思うんだけど、あの子っていつも右側にいるでしょ? 歩く時も、車の中でも」

「あ、そういえばそうかな」

 でも車は左ハンドルだから禹哲が座る助手席は右側で当たり前だ。

「あの子、左利きだからなのよ。自分の利き腕の方に女性がいないと落ち着かないみたい」

「そうだったんだ・・・・・・アタシったらマネージャーなのに全然わかってなくて」

 アタシはとりあえず理解したふりをした。

「これからもずっと禹哲のことよろしくお願いします。結婚式にもぜひ禹哲と一緒に出席してね」

「え! そんなアタシなんかが・・・・・・」

 その時、誰かが急にアタシの背中に抱きついた。

「ヒロ! 台湾に帰ってたんだ~!」

 振り返るとそれは亞綸の天使、黄莉莉だった。けっこう酔ってるみたい。

「うそ! ジニー!? やだ、あたしてっきりヒロの声だって勘違いしちゃって! あっ!」

 黄莉莉はしまったとばかりに自分の口を手で押さえた。

 HIROの声? アタシの声をHIROの声と聞き間違えたってこと? 櫻雪さんは「もう、莉莉ったら!」と黄莉莉をたしなめている。そういえばいつか禹哲の携帯に黄莉莉が出た時も、アタシの声を聞いた彼女は「ヒロ?」って聞いた気がする。そうだ、ずっと前、小綜の付き人の頃一度だけ林志玲(リン・チーリン)に会えた時も、「友人と声がとても似てるわ」と驚かれたんだった。あれはHIROのことだったんだ。

「ジニー、莉莉、話してるとこ悪いな。櫻雪を借りてくよ」

 大東が櫻雪さんを連れて行ってしまうと、黄莉莉もそれに便乗して亞綸のところへ逃げるように戻って行った。でもそれでよかった。今のアタシに、愛想良く話すなんてこと、出来そうにないから・・・・・・。

 次から次へと疑問が浮かんでくる。禹哲はアタシの声質がウザイんじゃなかったってこと? それならHIROを思い出したくなくてあんなに嫌がってたことになる。

 忘れたくても忘れられないHIROの声・・・・・・。初めてアタシにキスしたとき、酔ってたうえに暗がりだった・・・・・・だから禹哲はアタシの声を聞いてHIROだと勘違いしたんだ・・・・・・あの時の禹哲は、身代わりキスの相手が誰でも良かったわけじゃない・・・・・・好きで好きで仕方なくて諦められなかったHIROをやっと取り戻したって、きっと酔って錯覚したんだ・・・・・・。だからあんなに切なくて優しくて愛のあるキスだった・・・・・・。

 でも禹哲はしらふで、はっきりとアタシだってわかってる時でもそんなふうにキスしてくれた・・・・・・あの車でのリアルキスみたいに。アタシをウザイって本気で思ってたら、あんなキス、できないよね? ・・・・・・でもアタシの声を聞くと、禹哲のキスはいつも激しくなる気がした。目を閉じていれば、キスの相手がHIROだって錯覚できるから?

「ジニー? 大丈夫? 気分でも悪いのか?」

 いつの間にか戻っていた小綜が、心配そうな表情でアタシをみつめていた。

「いえ、大丈夫です・・・・・・」

「やっぱり顔色が悪い。家まで送るよ」

「はい・・・・・・」

禹哲篇

 出入り口のところで、鄭元暢が鶏女にコートをかけている。紳士的な完璧なエスコートだ。鄭元暢と来たんだから鄭元暢と帰るのは当たり前だ。だが俺のマネージャーのくせになんの挨拶もなく帰ることはないだろうが。明日のスケジュールの再確認とか、いつもならしつこいほどするくせに今に限ってしないとなると、鶏女のヤツ、何かやましい気持ちでもあるんじゃないのか? いくら紳士的で草食系な鄭元暢でも、兵役前だぞ! ちょっとでもその気を見せれば肉食に変貌するかもしれない。まさかそれを期待してるんじゃないだろうな!

 俺は思わず鶏女の元に向かおうとしたときだ。後ろから汪東城が追い越していく。

「小綜! もう帰るのか? 一年は会えなくなるんだからもう少しいてくれよ! 禹哲、おまえが代わりにジニーを送ってけよ」

「は? あ、ああ・・・・・・」

 なんだか拍子抜けだ。鶏女が二人に挨拶しているうちに、先に外へ出ると、鄭元暢が呼んだと思われるタクシーが待っていた。挨拶を済ませ出てきた鶏女は無表情で無言だ。俺は少しムカつきながらも先にタクシーに乗り込んだ。

 走り出してからも鶏女はずっと無言で俺と目も合わせようとしない。鄭元暢と帰れずがっかりしてるのか!? そんなに鄭元暢と一夜限りを楽しみたかったのか!!

ジニー篇

 アタシのアパートの前に着くと、なぜか禹哲は運転手に料金を払ってタクシーから降りてきた。すごく不機嫌な顔だ。そして先に降りていたアタシの腕を強く掴んで歩き出した。

「痛い! 放してよ!」

 禹哲の手を思い切り振り払うと、一瞬、禹哲の表情が歪んだような気がした。だけど禹哲はすぐに背を向け、階段を先に上がっていく。

「話があるから部屋にあがるぞ」

「え? 何言ってんの! いやよ!」

「じゃあタクシーの中で聞けばよかったのか? それともここで大声で聞こうか? そんなに鄭元暢と一夜限りを楽しみたかったのかってな!」

「やだ! こんなとこでヘンなこと叫ばないでよ! 小綜に迷惑かけちゃうじゃないの!」

 

 アタシは仕方なく禹哲を部屋にあげた。ドアを閉めたとたん、壁に押し付けられ、禹哲の執拗な質問攻めが始まった。

「あのまま、あいつとどこへ行くつもりだったんだ!」

「小綜とアタシがどこへ行ったって関係ないでしょ!」

「関係なくない! 恋愛禁止はあいつも一緒だろうが!」

「小綜がアタシなんか好きなわけないじゃない!」

「当たり前だ! オマエがあいつに気があるのがみえみえなんだよ!」

「いったいどこがよ!!」

「顔赤くしたり、甘えたような声出してただろうが!!」

「アタシがどんな顔してどんな声出したって勝手じゃない!」

「あいつも男だぞ! やることはやるんだよ! あんな声出しやがって、自分から誘ってるようなもんだろうが!」

「何よさっきから声、声って! じゃあこの声ではっきり言えばいいんでしょ! 小綜好き! アタシは小綜が大好きー! 小綜愛してるーー!」

「やめろ! もういい!」

 やめない! 全部禹哲が悪いんだから! きっと聞きたくないはずだ。HIROと同じ声が他の男を好きだって言うのを!

「小綜ステキ! 小綜優しい! 小綜一番愛してる!」

「黙れ!」 

 アタシだってホントはしたくない、こんなHIROに嫉妬してるみたいな嫌がらせ! でもきっと禹哲はキスでアタシの口を塞ぐ・・・・・・。だからアタシはそれまで言い続ける!

「小綜好きになっちゃったの! キスして!」

 その瞬間、禹哲の唇は、強くアタシの唇に押し付けられた。

 ずっと待ってた・・・・・・期待通りの、激しくて、せつなくて、苦しいくらいのヤキモチのキス・・・・・・。禹哲のHIROへの思いが、どんどんアタシの体の中に注ぎ込まれていく・・・・・・。苦しい・・・・・・でも・・・・・・アタシはそれでもいい。キスされないよりはずっといい。身代わりだっていい・・・・・・。どうしてこんなにキスを求めちゃうの? 全然わかんない・・・・・・アタシ、いつからこんな女になっちゃったんだろ・・・・・・。禹哲のせいだ・・・・・・全部禹哲の・・・・・・。

「あ・・・・・・」

 禹哲は突然唇を放す。どうしちゃったの・・・・・・?

「おい、明日までなのか、作曲の締め切り・・・・・・」
 
え? すぐには頭が切り替えられない・・・・・・でも、そう言えば編曲の人が12月1日の午前中には見せて欲しいって言ってたような・・・・・・。

「このカレンダーにそう書いてあるぞ・・・・・・」

 振り返って後ろの壁のカレンダーを見る。そこには確かにそう書いてあった。

「明日って12月1日・・・・・・だよね?」

 アタシと禹哲は抱きあったまま、一瞬無言で見つめ合った・・・・・・。

「禹哲! どこまで書けてるの!?」

「この一週間でほとんど書き上げた。後はCメロ書き直すだけだ」

「完成させられるの!?」

「寝ないでも完成させるに決まってるだろ!」

「早く行って!」

 そう言って禹哲の腕を強く掴むと、禹哲は腕を押さえうめき声と共に顔を歪ませた。とっさに禹哲の袖を強引にまくり上げると、打撲のような紫のアザが腫れ上がっていた。

「何これ! いつやったの?」

「さあな」

 触ると少し熱を持っていた。

「早く脱いで!」

「はあ? いやに積極的だな。やっとその気になったか」

「バカ! 靴よ!」

 アタシは禹哲の反対側の腕を引っぱり、部屋にあげるとソファに座らせた。救急箱から取り出した湿布を腕に貼り、ネットをかぶせると禹哲はニヤリとした。

「いやに手馴れてるな。そういうプレイが趣味か? ナース服あるなら着て見せろよ」

「テニス部だっただけよ。筋肉疲労とか打撲とか、日常茶飯事だったから」

「なるほどな」

「明日病院行きなさいよ! ほらもう帰って!」

「ったく女ならもう少し優しく言えないのか? 婚期逃すぞ」

 禹哲はそう毒舌を吐きながら靴を履くとドアを開け、出て行く寸前に振り返った。

「おい!」

「何よ! まだ言い足りないの!」

「楽譜、また手直ししてくれよ、編曲家に見せる前にさ。じゃあな」

 禹哲はそれだけ言って出て行った。気付いてたんだ。アタシが楽譜直したこと・・・・・・。

 なんだろ、このあったかい気持ち。今までの禹哲に感じたことのない、不思議な気持ち。ヤキモチキスの後味の悪さを帳消しにするような、そんな気持ちだ。

 ふと禹哲の痛めたのが利き手の左腕だったことにアタシは気付いた。

 そうだ、この前のリアルキスの後だ。急ブレーキを踏んだとき、アタシを守ろうとして腕をハンドルで・・・・・・。

 禹哲が後部座席に座らないわけが、初めてわかった気がした。助手席に座るのはアタシが左側の運転席にいるから? でもさっきのタクシーの後部座席では、先に乗り込んでアタシの左側に座っていた。だけどそれは左腕をケガしてたからだったんだ。

 櫻雪さんの言っていたことが、すべて腑に落ちていく。 

 今まで見えていなかった禹哲の優しさが、アタシの胸いっぱいに広がって、さっき感じたあったかさと混ざり合っていく。 

 禹哲の顔を思い浮かべたとたん、アタシの心臓がキュっと締め付けられた。

 この感じ、あの時と一緒だ。あの時と・・・・・・。アタシはあの時から無意識に禹哲に惹かれていってたんだ。あの時の禹哲のあのキスがきっかけで・・・・・・。アタシの心臓が激しく鼓動し始めた。

 アタシは禹哲に守られてた・・・・・・愛されてなくても、今のアタシはそれだけで充分だ。アタシも禹哲を守ってあげたい。

 でも、今のアタシは、禹哲が無事に楽譜を書き上げることを祈ることしかできない。

                 Ep.6「ソルティKISS」へつづく・・・・・・

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飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.4

              Ep.4 「リアルKISS」 

ジニー篇

 あれから一週間ほど、アタシと禹哲の間には、これといって何も起きなかった。二人きりになることも少なく、なってもたいてい禹哲は平然と仮眠をとっていた。アタシ一人が意識しちゃってるみたいでなんだかくやしい。

 この前のマンゴーキスはいったいなんだったんだろう。

 答えは二つに一つ。一つは単にマンゴーアイスを少しでも味わいたかったから。もう一つは最後の一個を食べてしまったアタシへの嫌がらせ。

 今日の仕事はMVの撮影だ。相手役のコはどうやら関係者の娘さんで、唐禹哲みたいな駆け出しのアーティストの相手役には不満があるらしい。そういうわけでのフェイクキス、つまりキスしたように見える演技を要求されている。

「ねえ、ちゃんと歯を磨いたんでしょうね?」

 禹哲は撮影前なのに余裕でゲームをしている。緊張感まるでなし。

「フェイクだろ? 磨く必要ないだろうが。それにお偉いさんの娘かなんだか知らないけどキス拒否って、何様だよ」

「バカ! シーッ! 聞こえたらどうすんのよ!」

「あ~っ! オマエのせいでゲームオーバーだ! うるさいんだよ、オマエの声のほうが!」

 結局、禹哲は歯も磨かずに撮影に入る。出会いのシーンと別れのシーンはロケで別撮りの為、今日は部屋のセットでの中盤のキスシーンのみの撮影だ。禹哲にとって、初のキスシーンだからか、アタシ一人落ち着かない。当の禹哲はマイペースに役を淡々とこなしていくのに、アタシはキスシーンが近づくにつれてなぜかイライラがつのる気がした。たかがフェイクのキスシーンに、あたしが動揺だなんてありえない。

 憧れてた小綜のドラマ撮影に同行したときでさえ、林依晨とのキスシーンには、ドキドキしてみとれてしまっただけだったのに・・・・・・。

 撮影監督が二人を呼び出し、次のシーンの説明をしている。その身振りの様子から、次のシーンがキスシーンだとわかった。禹哲の様子は相変わらずだけれど、ふと相手役のコの顔を見ると、少し蒸気している気がした。フェイクとはいえ、若い新人の女の子なのだから緊張するのはあたりまえだ。

「アクション!」

 監督の声で、そのフェイクキスのシーンが始まった。

 ソファで眠っている彼女に、近づく禹哲。気付いて目を覚ます彼女はキスを受け入れるように再び目を閉じる・・・・・・そこで覆いかぶさるようにしてキスをしようとする禹哲・・・・・・。

 アタシからの角度は二人の口元が丸見えの場所だ。ゆっくりと禹哲が彼女の唇に、自分の唇を近づけていく・・・・・・なんだか他人のプライベートなキスを覗き見している錯覚に陥る。すごくリアルでイヤな感じ・・・・・・。彼女の表情、まるで恋してるみたい。これって演技なの? 新人とは思えないくらい・・・・・・ふと禹哲が彼女のことを“けっこう可愛い”って言っていたことを思い出す。さらに嫌な予感がしたその時だった。すっと彼女は禹哲の首に腕をまわしたと思うと、二人の唇が重なり濃密なまでのキスを交わし始めた。禹哲もそのキスに確実に応えてる・・・・・・。

 アタシは目を逸らしてしまう。心臓に何かがつき刺さったように痛みが走った。

「カット!」

 二人はすぐには離れずに、3秒は続けていたような気がした。直視は出来ない・・・・・・。それから禹哲は「大丈夫?」と彼女を気づかうような言葉をかけてから戻ってきた。アタシは何事もなかったように「はい、コーヒー」と言って無表情に禹哲に手渡してからすぐに、相手の男性マネージャーのところに走っていった。

「すみません、予定と変わってしまって・・・・・・どうお詫びをしたらよいか・・・・・・」

「いやあ、あれはうちも同罪ですから気になさらないでください。いい雰囲気で撮影が進んだようで、気持ちがのったんでしょう。彼のリード、なかなかよかったですよ。一瞬だけでも恋しちゃいますよ、あれじゃあ、なあ?」

「いやだ、もう! 知らない!」

 相手役のコは真っ赤になって照れながらも、チラっと禹哲のいる方に視線を送った。当の禹哲は気にもしてないようで、アタシの痛む心は少し癒された。って何それ、そんなわけない! 関係ない、アタシがそんなこと! まるで嫉妬していたみたいじゃない! 

 帰りの車の中はBGMがひたすら流れているだけだった。話す心境になんてなれない。なぜかいつも助手席に座る禹哲が恨めしい。後ろに座ってくれればまだ楽なのに。

「いやに静かだな」

「・・・・・・アタシの声はうざくて聞きたくもないはずじゃあ?」

「いつもなら文句の一つも言うはずなのに、何も言わないのも気持ちわりいぞ」

「ご勝手に気持ち悪くなってて!」

「はは~ん」

「・・・・・・何よ」

「嫉妬だな?」

「はあ? バカじゃないの」

「演技のキスだぞ」

「そうは見えなかったけど!」

「あのコが勝手にその気になって押し付けてきただけだろ。俺の責任じゃない」

「舌絡めてたくせに言い逃れする気!」

 やだ、アタシ露骨なこと! 

「おい! 赤だぞ!」

 え!? とっさに急ブレーキを踏むと、アタシの体は勢いよく前に倒れこむ!

「バカ! シートベルトくらいちゃんと締めとけよ!!」

 気付くとアタシの体は禹哲の左腕に支えられ、そのおかげでハンドルに顔をぶつけずに済んでいた。

 ・・・・・・シートベルト締め忘れるなんて、アタシ、どうしちゃったんだろ・・・・・・。

「オマエは知らないだろうが俺のリアルキスはあんなもんじゃないぞ」

 禹哲は自分のシートベルトを外すとすぐさま、アタシのシートを倒しながら唇を押し付けてきた。ヤダ! 他のコとキスしたあとなんて!

 そう心では拒絶しながらも、アタシは体中に電流が走ったようで、呼吸も忘れて彼の唇を受け入れていた。

 切なくて、優しくて・・・・・・まるで愛されてるって錯覚しちゃいそうなキス・・・・・・。アタシは知ってる。このキス・・・・・・あの夜の身代わりキスと似てるもの・・・・・・。でも誰のことを思って・・・・・・キスしてるの? HIROだってわかってる・・・・・・。それでもやめられない・・・・禹哲・・・・・・・。

「禹哲・・・・・・」

 アタシの声にならない声をさえぎるようにキスは突然激しくなる。意識が朦朧としてきた・・・・・・何がどうなってるのかさえわからない。でもこれだけはわかってる。アタシはただ、求めてた。ずっとこんなキスを待ってたんだって。アタシはもう禹哲のキスの虜だ・・・・・・。誰を思っていてもいい。今、禹哲の本物のキスは、アタシだけのものなんだから!

 車のクラクションが鳴り響き、禹哲は唇を離す。呼吸はみだれ、すぐには目も開けられない。

「おい、発進しろよ。後ろ、うるさいから」

 いつも通りの禹哲の口調に、体中が醒めていく。

「う、うん・・・・・・」

 アタシはぐったりとした体を無理矢理シートと共に起こす。

 

 それからアタシたちはマンションに着くまで何も話さなかった。相変わらずのまるで何もなかったかのような禹哲の様子に、前の時よりも落胆している自分に気付く。

 そして着いてからも翌日のスケジュール確認を済ますと、禹哲はあっさりと車を降りていった。

 途端にせき切った様に涙があふれ出す。

 さっきまでのアタシの高揚感は、微塵もない。アタシは馬鹿だ。キスに溺れるなんて。自分をこんなに嫌悪したことはない。ホントは愛されてもないのにあんなこと・・・・・・。

 禹哲にとってはあれくらいのこと、なんでもないんだと、アタシは思い知らされた。アタシHIROの身代わりにも値しない、あの新人のコと同じ、単なる通過点に過ぎない女なんだと・・・・・・。

禹哲篇

 部屋に戻ってからも、蘇季妮(スー・ジィニイ)の泣き顔が頭にこびりついていた。あの時振り返りさえしなければアイツのあんな顔見ずに済んだのにな。

 アイツは根っからの芸能界好きだ。マネージャーという仕事を手放すくらいなら、好きでもない俺のキスでも受け入れるしかなかったんだろう。

 バカなことをした・・・・・・今さら気付かされた。アイツはそこらのカンタンな女じゃない。

「イテっ・・・・・・」

 冷蔵庫を開けた左腕に痛みが走った。くそ、さっきより痛みが増している。よりにもよって利き腕やっちまった。俺は缶ビールを取り出すと、仕方なく右手でタブを開けた。

 缶ビールを口にしながら、ふとキーボードの上に置きっぱなしになっていた楽譜が目に留まる。もうこの一ヶ月ほどは、作曲する気にもなれずそのまま適当に放置してあった。その楽譜がきちんと順番に並べ揃えられていた。いったい誰が? 俺以外にこの部屋に入ったのは考えるまでもなく蘇季妮ただ一人だ。

 なんでアイツ、バラバラになっていた楽譜を順番にできたんだ? まだ誰にもちゃんと見せたことも聞かせたこともないはずなのに・・・・・・。よく見ると、何箇所か手を加えたような音符がある。きっとこの部屋が薄暗かったせいで、俺が青いペンで楽譜を書いていることに気がつかなかったんだろう。アイツは黒のペンで書き加えていた。

 俺は施設育ちで、ちゃんとした音楽教育は受けていない。楽譜の書き方は独学の自己流だ。アイツはそれなりの家庭の娘なんだろう。ピアノか何かを習っていたに違いない。

 だけどまるでこの曲を知ってるかのように、きちんと訂正されている。どうしてだ?

「禹哲・・・・・・」アイツの声が頭の中でリフレインする。あの声を聞くと冷静でいられなかった。あの声を打ち消したくて仕方なかった・・・・・・。

 くそっ、もう考えるのはよそう。アイツのやることなすこと、俺の冷静さをかき乱す。だけどその反面、俺をホッとさせる気の置けなさが心地いいのも否定できないでいる・・・・・・。

ジニー篇

 ドアフォンが鳴った。ドアを開けると、そこには禹哲が立っていた。アタシのアパートを訪ねてくるなんて初めてのことだ。ただでさえ車でのことが気まずいのに・・・・・・。

「な、何? 急にどうし・・・・・・」

 左腕で抱き寄せられたかと思うと、アタシの唇はもう奪われていた。その激しさに耐えられないアタシの体をを禹哲のもう片腕が支え、アタシはそのままベッドに押し倒されていた。

「ジニー、もう自分の気持ちを抑えきれない・・・・・・俺にはオマエだけだ・・・・・・好きだ」

 嘘! 禹哲がアタシ「を好きだなんて・・・・・・そんなの信じられない!

「嘘じゃない。信じろよ」

 禹哲ったらアタシ「の心の中をこんなにもわかってくれてるなんて・・・・・・。でも・・・・・・でもHIROは?

「ヒロなんか過去のことだ。今の俺にはオマエだけしか見えない」

 禹哲は耳元でそう甘い声で囁いた。禹哲じゃないみたい・・・・・・。なんだかかえって怖くなる。とまどいの気持ちが胸の奥で渦巻く気がした。

 え!! 気付くといつの間にか禹哲は何も着ていない。いつの間に脱いだの? ここはベッドの上で、アタシの上にいる禹哲は裸で、でもまだ心の準備ができてない・・・・・・だってアタシは禹哲のこと、大嫌いなはずだし、こんなにもドキドキしちゃうけど、それはキスが上手だからってことだけで! それにこのシチュエーションなら誰だってドキドキしちゃうはずよね!?

「顔が赤いな・・・・・・可愛いよ、ジニー・・・・・・いいだろ?」

 禹哲のへんに甘い言葉になんだか寒気がしてきた。アタシの知ってる俺様キャラの禹哲はアタシにこんなこと言わない! 絶対に! 「もったいつけんなよ、減るもんじゃないし」くらい言ってのけるはずだ。え? 嘘! アタシも何も着てない!

「オマエのすべてが欲しいんだ・・・・・・」

 迫り来る裸の禹哲! やだ! こんなことありえない!! 絶対に!!!!

「あれ・・・・・・?」

 目をゆっくり開けると、そこには巨大なクマのぬいぐるみの顔が・・・・・・。去年の創立記念パーティーのビンゴ大会でもらったものだ。窓の外は明るくなっている。・・・・・・夢?

 ぬいぐるみ抱きしめて禹哲とのあんな夢を見ちゃうアタシって、相当どうかしてる。

 でも、唇が重なったときの感触、すごくリアルだった・・・・・・。 

 

 今日で11月も最後の日だ。今日は禹哲と会う仕事がないことに少しホッとする。車の中でのリアルキス以来、私たちの間には何事もない。もう禹哲はアタシをいじめることに飽きたのかもしれない。アタシが嫌がればこそ楽しめた無理矢理キスも、アタシが二度も受け入れてしまったことで、彼はきっと冷めてしまったにちがいない。

 これでよかったんだ、これで・・・・・・。それなのに、アタシはまたキスされることを待ちのぞんでるみたいだ。

 ううん、そんなはずない、そんなはず絶対にない!

 

                

禹哲篇

「ちゃんと来たな、弟!」

 背中を汪東城に思いっきり叩かれ、飲んでいた酒でむせる・・・・・・。カウンターのウィルバーはチャンスとばかりに厨房へ消えた。俺の経営に関する小言から解放されてホッとしてるにちがいない!

「・・・・・・まだ弟じゃないっつうの。姉貴の気が変わるかもしれないだろうが」

「それが婚約披露飲み会で言うセリフかよ。まあいい、来てくれたんだからな」

 普通はパーティーだろうが。飲み会程度の店で悪かったな。そこらのホテルよりは旨いものを出してるつもりだ。

「仕方ないだろ、姉貴の頼みだからな。だけどなんで今さら婚約披露だよ、しかも今日急にメールで召集って」

「式の当日来られないヤツもいるだろ? ここなら気軽に集まれるしな。・・・・・・おまえ一人で来たのか?」

「悪いか」

「いいや。多分一人だろうと思ってたさ。まだヒロから立ち直れてないって噂だからな」

 汪東城は少し出来上がっているのか、なれなれしく俺の肩に腕をまわしてきた。俺の左腕に痛みが走る。

「うるさい。いてもこんなところに連れてくるか!」

 俺は痛みをこらえて何気に汪東城の腕を振り払った。

「亞綸は莉莉と来てるぞ」

「あいつらはとっくに公認だろうが」

「亦儒は阿明とあっちにいるぞ」

「問題外だ」

 そこへ新たに誰かが店内に入ってきた。よく見るとそれは鄭元暢だ。

「小綜! 来てくれて嬉しいよ。忙しいのにありがとう」

「大東、おめでとう! 結婚式に出席できないのが残念だよ。悪いな本当に」

 鄭元暢は来月、入隊が決まっている。一年はおさらばだ。

「今夜来てくれただけで充分さ。あ・・・・・・誰だよ、紹介してくれよ小綜」

 どうやら鄭元暢は女連れのようだ。俺は恋愛禁止でもあいつはいいのか? いったいどんな女と付き合ってるんだ? 汪東城の体が邪魔で顔が見えない。最近余計な筋肉つけすぎだぞ! 

「あ! ジニー! あれ? 今夜は小綜と一緒なんだ?」

 俺より先に炎亞綸が声をあげる。ジニーだって? ジニーってまさか鶏女? 蘇季妮のことか!?

 思わずスツールから降りて、俺はその女の顔を見る。そこにはまぎれもなく鶏女の顔があった。いつもよりちゃんとメイクして、俺の前では着たこともない、そんな服持ってたのかよっていうキレイめファッションに身を包んだ鶏女がちょっと照れたような表情で鄭元暢の隣に立っている。

「阿布は知り合いみたいだね。大東は覚えてないかな? ボクの前の付き人だった蘇季妮だよ」

 鄭元暢はそう言いながら、なにげなく鶏女の腰に腕をまわした。そのなにげなさになぜか苛立つ。

「ああ! ドラマの現場で何度かみかけたよ。・・・・・・あれ? キミ最近どっかで会わなかった?」

「ええ。あの・・・・・・このビルの階段で・・・・・・」

「ああっ! ぶつかって落ちそうになった子だ!」

「あのときは助けていただいてありがとうございました!」

 そんなことがあったのか? あ、莉莉の部屋に俺を迎えに来た朝か。

「それで、今、二人は付き合ってるのか?」

 んなわけないだろ、汪東城! 

「実はそうなんだ」

「ええっ!」

 鄭元暢のカミングアウトに思わず俺は声をあげてしまった。しかも顔を真っ赤にした鶏女と、亞綸の三人同時にだ。そして鄭元暢が大声で笑い出す。

「冗談、冗談! 連れがいないのも寂しいから、ちょうど事務所でタイミングよく会ったジニーを誘ったんだよ」

「びっくりさせないでよ小綜! でもボクより驚いてたのは禹哲だけどさ。ね! 禹哲」

「う、うるさいぞ、炎亞綸! 俺のマネージャーが看板スターとスキャンダル起こしたら大問題だろうが! それだけのことだ!」

「キミ、禹哲のマネージャーなのか。扱いが大変だろうけどこれからもオレの義弟をよろしくな、ジニー」

「は、はい! 本当に扱いが大変だけどがんばります!」

 汪東城と鶏女の言葉に周りが大笑いする。どういう意味だ! ここに鶏女を連れてきた鄭元暢を恨まずにはいられない。

「そんな怖い顔しないの! お祝いの場なんだから」

 鶏女が小声で俺をたしなめると、俺が言い返す前に亞綸に呼ばれて行ってしまった。聞けよ鶏女!

「いい子だよな、ジニーは」

 鄭元暢が俺に話しかけてきた。

「・・・・・・そうですか?」

「今度、ボクのマネージャーになってもらおうかな、兵役から戻ったら」

「は? や、やめたほうがいいですよ、やること雑だし、うるさいし・・・・・・それに・・・・・・」

「これも冗談、冗談! 手放したくないならちゃんと捕まえておかないと、ボクがほっておかないけどな」

 何を言ってるんだ、この男。どういう意味だ? おい! ・・・・・・と俺が鄭元暢に詰め寄りかけた時だった。店内のBGMが急に止まり、ハッピーバースデーの曲が流れ始めた。ステージにライトが集まると“亦儒&亞綸生日快樂”と書いてあるでかいケーキを載せたワゴンを姉貴と莉莉が押してステージに現れた。事情を察した招待客たちはすぐさま声を合わせて歌い始めた。

「サプラーイズ! 亦儒、亞綸! 早くステージに上がれよ!」

 汪東城が二人を手招きすると、陳奕儒は満面の笑みで、亞綸は照れくさそうにステージに上がる。

 そういえば陳奕儒は誕生日に3年遅れのハネムーンへ行っていたんだったな。亞綸は今年もバースデーライブをやったせいで、身内ではちゃんと誕生祝いをやっていないと莉莉が言っていた。

「二人とも、今夜はオレたちの婚約披露会に来てくれてサンキュ。今日が誕生月最後の日だ。遅くなったけど、兄弟、ハッピーバースデー!」

 おい、やることが大げさだし寒いぞ汪東城。おかげで鄭元暢に真意を聞き損ねたじゃないか! 

 俺はまた一人、カウンターで飲み続ける。楽しげに鄭元暢に寄り添う鶏女を尻目に・・・・・・。

                    Ep.5「ヤキモチKISS」へつづく・・・・・・

目次と登場人物~Kiss Me Now !

目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

目次と登場人物~大東&亞綸篇

目次と登場人物~SP

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飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.3

                 Ep.3 「マンゴーKISS

ジニー篇

「起きろ!」

 誰かがアタシを起こす声がする。まだ眠いのに誰? アタシを起こすのは・・・・・・。

「おい! 鶏女(ジイニュイ)!!」

 ・・・・・・禹哲?

 ぼんやりと禹哲の顔が見える。相変わらず不機嫌そうな・・・・・・。

 禹哲!?

 アタシは飛び起きた。

 何? ここどこ? 禹哲がなんで!?

「なんでオマエが俺んちのソファーで寝てるんだ!」

「え? 禹哲んち? そうだ! 亞綸が泊まってけって! だってバッグをね!」

「ああ、うるさい! イッテエ・・・・・・また二日酔いかよ・・・・・・まあだいたいのことは予想つく。俺を送ってきてそのまま送り狼ってとこだろ! 俺の寝顔見て思わず唇奪ったりしてないだろうな!」

「バッカじゃないの! バッグをBaTに忘れてきたから仕方なく泊まったの! 誰が送り狼よ、狼はそっちでしょ!」

「はあ?」

 ヤバッ! もしかして覚えてない? 身代わりキス!

「冗談よ! 何もなかったってば!」

「あってたまるか! ・・・・・・そういえば昨日言ってたよな。キスは恋愛じゃないって? 期待に応えて狼になってやろうか? 俺、デビュー以来、契約守っていい子にしてたから結構たまってるんだよなあ・・・・・・」

 禹哲はそう言いながら狼が忍び寄るような格好でソファにあがってくる。

「だから酔ってなくてもキス魔になるかもな、誰かれかまわずにさ!」

 禹哲が跳びかかると同時にアタシは身をひるがえして・・・・・・ソファから落ちた。

「痛ったあ・・・・・・」

「バ~カ。マネージャーならキスくらい体張れよな。俺が外で問題起こして責任取らされるのはオマエだろ? 事務所はなんだかんだ言って俺を手放さないだろうからな」

 大した自信だ。でもクビになるなら道連れにするんだから!

 平静を装いながらも心臓だけは勝手にドキドキして止まらない。逃げなかったらキスされてた? だけどキスを“それくらい”と言ってのける唐禹哲に腹が立つ。アタシにとってキスは恋愛において聖域だったのに! 昨日それを奪っておいきながら全然覚えていないのにはもっと腹が立つ。

 あ、そういえば、事務所に朝バッグを届けさせるって亞綸言ってたっけ。

 今何時だろ・・・・・・。時計が見当たらない。

 そばにあったリモコンでテレビを付けるとタイミングがいいのか悪いのか、ちょうど呉尊の極秘結婚の話題が終わったところだった。本当に結婚しちゃったんだHIROと。禹哲は画面を一瞥したけど不機嫌な顔で何も言わない。

 そうだ、時間・・・・・・画面の時計は8:08だ。

「うそ、8時過ぎてる! アタシ事務所行かないと!」

「シャワー一緒に浴びてくか?」

 禹哲が着ていた黒のシャツを脱ぎ捨てた。禹哲の上半身なんて見慣れてるはずなのに、思わず目を逸らす。この部屋で二人きりだとまた心拍数が上がりそうだ。

「お一人でどうぞ! 事務所まで走ってくと何分かかる?」

「知るか。歩きで10分だ」

「ちゃんと午後からの打ち合わせ来てよね! じゃあね!」

「おい!」

 振り返ると何か袋が飛んでくる。とっさにキャッチして中身を見るとクロワッサンと牛乳パックだった。

「ありがとう!」

 もう禹哲の姿はなく、シャワールームの扉が閉まる音がした。

「いってきます!」

 何これ? まるで同棲してるみたいじゃない。

 アタシは禹哲の部屋を急いで後にした。

 着替えもメイクもなんとか間に合った。事務所のメイク道具と衣装をこっそり拝借しちゃった。他の女子社員が朝帰りの時に使う手を、まさかこのアタシがすることになるなんて。

「高(カオ)さん!」

 受付から連絡をもらってロビーへ行くと、目立ちすぎるくらい背の高い高以翔(カオ・イーシャン)が待っていた。

「はい、昨夜の忘れ物のガラスの靴ならぬガラスのバッグ」

「わざわざごめんなさい。夜のお仕事なんだからまだ眠いでしょ?」

「いいや。なあ、あれからオーナーの部屋に泊まったんだって?」

「べ、別に何もなかったんだから!」

 ヤバっ! 受付嬢がヘンな目で見てる。

「高さん、こちらへどうぞ! コーヒーでも飲んでいって」

「サンキュー、ジニーちゃん。それと、高さんってのは勘弁してくれ。あだ名みたいだろ? 翔(シャン)でいいよ」

「ジニー! ジニー! ねえ、誰よ? 背が高くて渋くってすっごくステキじゃない?」

 高さん、じゃなくて翔をロビーの片隅の接待席に案内してからコーヒーを淹れに行く途中、受付嬢に呼び止められる。

「え? 行きつけのバーのマスターってとこかな」

 なあんて、まだ一回しか行ったことないないけど。それにマスターだかバーテンだか知らないし。

「おい、あの男、誰だって? どこと契約してるんだ? モデルだろ?」

 スカウト担当の同僚からも質問攻めだ。それほどに目を引く逸材ってこと?

「えっと・・・・・・モデルじゃないと思います。バーテンかな?」

 たしかに尋常じゃないかっこよさかも。組んでる脚、長っ!

「翔、なんかみんなが色めきたってて、このままだとスカウトされちゃうくらいの勢いかも」

「そう? 面倒だから飲んだらさっさと帰るよ」

 翔はコーヒーを飲み干すと、「じゃあ!」と言って長いコンパスで颯爽と帰っていった。

「あれ? なんだよ、帰っちゃったのか? ジニー、しっかり引き止めておいてくれよ!」

 そんなこと言われたって、スカウトはアタシの範疇じゃないもん!

禹哲篇

 昼過ぎにはやっと頭痛も治まり、事務所での打ち合わせのあとジムに行く。鶏女のやつ、ずっと俺を避けやがって。

 ジムに来るのは久しぶりだ。汪東城がしつこく誘ってくるから仕方なく指定してきた時間に来てやった。それに二日間のアルコール漬けの体を覚ますのに調度いい。

「オレだって、櫻雪(ユンシュエ)が頼むから仕方なく誘ってんだよ」

 汪東城がランニングマシーンで走りながら不機嫌に言った。

「何も言ってないだろうが」

「そんな顔してたからわかるんだよ! 仕方なく来てやった顔! 櫻雪は心配してんだ、こんな恩知らずな弟でもな」

「こんな恩知らずな弟がいやなら、姉貴との結婚やめたらどうだ?」

「死んだってやめないね。今じゃ偉偉もオマエよりオレのほうになついてるしな~」

 まるで子供のケンカだな。炎亞綸もこんな兄貴じゃ相談する気にもならないわけだ。だが一応伝えといてやるか。

「炎亞綸が悩んでたぞ。なんとかしてやれよ」

「は? あいつ、悩むのが趣味なんだよ。悩んでない時のほうが少ないくらいだ。ほっとけばいいさ」

 なるほどね。こんなもんか、兄弟みたいなものってのは。

「昔と違って、自分で解決する力を持ってるはずだ。それを見守るのがオレのやり方だ。・・・・・・それで今度は何を悩んでるんだ?」

「結局気になるのかよ! 本人から聞く気がないならいいさ。俺が勝手に話せるような類の話じゃない」

「大東! 紹介しろよ」

 いいタイミングで郭品超(クオ・ピンチャオ)が現れた。芸歴も年も相当上。まともな挨拶しとくか。

「初めまして、郭さん。唐禹哲と言います」

「ディランでいいよ。タメ口でいいし。“愛我”聴いたよ。大東からCD貰ったからな。こいつあちこちで配ってるみたいだぞ。炎亞綸のCDと一緒にな。いい兄貴を持ったな」

「ディラン、余計なこと言わないでくれよ!」

 汪東城が慌ててたしなめた。

 へえ、あいつがね。案外おせっかいなんだな。

 兄貴、か・・・・・・。

 そう悪くはない存在かもな。

       *       *       *

 あれから忙しくて飲みに行く暇もない。ただ仕事場と家を往復するだけの日々を過ごしていた。どこかよそよそしく事務的だったアイツも、ここのところ、以前のような口うるさい鶏女に戻っていた。

 今日は同じ事務所の同世代三人での撮影で鄭元暢(チェン・ユエンチャン)と彭于晏(ポン・ユウイェン)は先にスタジオ入りしていた。

「新人なのに遅れてすみません! ほら、禹哲もあやまって!」

 鶏女が俺のわき腹を肘でつついくる。やめろ、弱いんだ、そこは。

「遅れてすみませんでした」

「いいよ、前の仕事が押したんだろ? 仕方ないさ。なあエディ」

「そうそう、気にしなくていいよ、ジニー!」

 なんだ、彭于晏は鶏女狙いか。物好きもいるもんだな。

「小綜(シャオツォン)、久しぶりに一緒にお仕事できて嬉しいです!」

 おいおい、鶏女は鄭元暢狙いか? 身の程を知れよ。

「ジニー、がんばってるみたいだね。またボクの付き人に戻ってほしいけれど、今はもう立派なマネージャーだね。なあ禹哲?」

「ええ、ジニーはよくやってくれてますよ、小綜」

 うるさいだけの鶏女なんざ返して欲しけりゃいつでも返してやるよ。まあ俺の決めることじゃないから残念だったな鄭元暢。

「ジニー、今度はオレのマネージャーも頼むよ~」

 そう言って彭于晏まで争奪戦に加わってくる。彭于晏のマネージャーはフィギュア好きのオタクらしいから、こんな鶏女でもよく見えるんだろう。

「アタシなんか、まだ全然ダメなんです。でも二人にそう言ってもらえて感激です!」

 鶏女め、何本気に受け取ってんだ、バ~カ。

「あの・・・・・・小綜、もう風邪は治りましたか?」

「え? うん、もうすっかりいいよ。・・・・・・知っててくれたんだね」

「このサプリ、とってもいいので予防の為にのんでみてくださいね、また風邪ひかないように。もうすぐドラマの撮影に入るんですから」

「ありがとう、ジニー! 相変わらず優しいんだね」

 なんなんだ、鶏女のやつ。もう関係のない鄭元暢のスケジュールから体調管理まで気にする必要なんてないだろうが! 俺にはそんなサプリ、見せたことすらないぞ!

「あ、そうだ禹哲!」

「・・・・・・なんだよ」

 俺にもサプリか? ついでならいらないっつうの!

「何してんの、早くスタイリングしてきてよ。ただでさえ待たせてるんだから」

 ・・・・・・なんなんだ、この対応の違いは!!

 

 俺が戻ると、鶏女は彭于晏と楽しげな様子だ。

「エディのドラマ始まったね! エディの役、おもしろいね。すごくよかった!」

「見てくれたのか! そんなによかった? どのへんが一番よかったかジニーの意見聞きたいなあ」

「たくさんあるけど、あ、でもそれより、撮影前に居眠りでもしちゃったの? なんかほっぺたに跡が付いてたのみつけちゃったんだけど!」

「うわ、よく見てるのな。待ち時間長くてさ、ついつい眠っちゃってさ」

「もう、エディったら!」

 そう言って二人は笑いあう。・・・・・・他のヤツのチェックし過ぎだろ! おまえ、いったい誰のマネージャーだ! 

「おい、鶏女!・・・・・・」

「唐禹哲さん、カメラマンがお待ちですのでお願いしま~す!」

「え? あ、はい・・・・・・」

「彭于晏さんも一緒にお願いします!」

「ほ~い! じゃあな、ジニー!」

「エディ、がんばってね!」

 おいおい、言う相手が違うだろうが!! 

 

 

ジニー篇

「ジニー、入るよ~」

 ノックと共にエディが控え室に入ってきた。手には大好物のマンゴーアイス!

「差し入れだぞ、これ、好きだろ?」

「うん、大好き!」

 エディがなぜかちょっと照れたような顔をした気がした。なんで? 

「でもさ、もう一個しかないから禹哲がまだ撮影してる間に食べちゃいな」

「うん、うん、そうする!」

「ちゃんとカップはわからないように捨てとけよ!」

「うん! ありがと、エディ!」

 ばれないように急いで食べなきゃね。いっただきま~す! 

 

 急ぎながら堪能したマンゴーアイスも、あと一口というところで、ノックも声もなくドアが開いた。

 それは大口開けて、最後の一さじを堪能しようと口に入れる一歩手前だった。

「鶏女、なんだそれは」

 禹哲がヅカヅカと近づいてくる。 

「おい、俺の分はどこだ。早くよこせよ」

「もうないわよ~!」

 アタシはその最後の一さじを急いで口に入れた。

「オマエ!」

 スプーンを持った手首を禹哲につかまれたアタシは、そのまま力強く壁に押さえ付けられて、ドンッと鈍い音が響いた。禹哲の顔が近い。

「暴れて騒ぐと、隣にバレるからな」

 え!? 

 気付くとアタシの冷えた唇に禹哲の温かな唇が押し付けられていた。

 驚きのあまりに声をあげてしまったけど口を塞がれていてうめき声にしかならない。抵抗しようと押さえつけられてる手首に力を入れてもビクともしない。

 薄い壁伝いに「なんだ? 今の振動」と隣部屋のエディのマネージャーの声が聞こえてきた。

 みつかったらアタシだけ解雇? そんなの、ヤダ・・・・・・そう思ったとたんに力が抜けていく。

 禹哲はソフトクリームを舐めたり唇ではむようにしてアタシの唇を吸う。こんなキス初めてだ。されるがまま、力なくうっすらと目を開けていると禹哲と目が合った。恥ずかしくなって目を閉じると、時折聞こえる禹哲のキスの音が耳に響いて、なんだか溶けていくようなヘンな気分になっていく。

 上唇から下唇、下唇から上唇に移る度に禹哲の温かな舌がアタシの冷えた舌に触れてくる。ためらってるの? じらしてるみたいに触れるだけなんて・・・・・・。HIROのせい? 胸がキュっとなる。あの夜の身代わりキスが、どんなに熱く、どんなに激しかったか・・・・・・。耐え切れず口を開くと禹哲の温かな舌は、すぐにアタシの冷えた舌を包み込む・・・・・・。まるで味わうみたいな禹哲の舌に、アタシは自然に合わせるように受け入れ、絡ませて・・・・・・。

 トントン。

 ドアがノックされると同時に禹哲の体はアタシからサッと離れた。

「すいません唐禹哲さん。次の準備が整いました」

「すぐ行きます!」

 まるで何事もなかったように禹哲はスタッフに返事をして戸口へ向かう。

 アタシは全身の力が抜けたように、壁にもたれたままヘナヘナと座り込んでしまう。

 何? なんだったの? 禹哲の背中をうつろな目で追うと、禹哲が振り返って嘲笑するように言う。

「おまえ、ガサツで色気ないわりにはエロいキスするのな」

 瞬間的に火が付いたように顔が熱くなる。アタシはそばにあったクッションを禹哲に投げつけたけど、もう禹哲の姿はない。 

 冷静に感想言うなんてサイテー!  脅迫しといて・・・・・・あんなふうに・・・・・・ズルイよ唐禹哲・・・・・・。心も、頭も混乱している。

 

 だけど、

 あの時、

 アタシの唇は、

 完全に禹哲を求めちゃってた・・・・・・。

 Ep.4「リアルKISS」へつづく・・・・・・

目次と登場人物~Kiss Me Now !

目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.2

                                Ep.2 「身代わりKISS

禹哲篇

 仕事が終わり、鶏女(ジィニュイ)の運転で俺はいったんマンションに戻った。車にはスタイリストも同乗していたせいで、鶏女イジメの続きは明日へ持ち越しだ。

 いいストレス発散をみつけたはいいが、今日はまだ消化不良だ。俺は自分の部屋の前まで来たが、思い直しもう一度エレベーターへ向かった。

 

 BaTは金曜の夜だというのに客がまばらだ。昨夜よりはましだが。

  新オーナーのウィルバーの経営努力が足りないようだから一喝しておくか。だがカウンター内にはイタリアン担当の高以翔(カオ・イーシャン)だけでウィルバーの姿は見当たらない。

「ウィルバーは?」

「今夜は休みだ。明日花連で友人の結婚式があるとかで」

 俺のストレス発散の矛先がまた一つ減った。どいつもこいつも結婚式か。

「高、昨日は悪かったな。悪酔いしたみたいだ」

「ハハッ、酔いつぶれるなんてあんたらしくない。もっと視野を広げろよ。未婚の女はこの台北に五万といるぞ。ヒロだけが女じゃないだろ」

 俺が睨みつけると、高以翔は首をすくめて厨房へ逃げていった。何がわかる。ヒロほどの女にはおそらくもう二度と巡りあえない。あいつはいつもまっすぐで、筋金入りのいい女だ。あいつの物怖じしない目、決意の表われた唇、俺のハートを揺さぶる声・・・・・・。

「高、シーフードのパスタ作ってよ。あと白ワインいいのある?」

 カウンター席の俺の隣に炎亞綸が腰掛ける。高のやつ、電話したな。

「禹哲、また飲み過ぎないでよ」

 俺の周りにはおせっかいなヤツが多すぎる。

「俺にかまうな。莉莉の部屋に戻れ」

「莉莉は今日久しぶりに託児所なんだ。もうすぐ帰ってくるけどね」

 あいつ、やっぱり保育士の仕事が好きなんだな。 

「そうだ禹哲。ギャビーから昨日の写真もらったけど見る? ・・・・・・わけないよね」

 好きな女と他の男の結婚写真を誰が見たがるかよ。まさか俺にそんなもの見せるためにわざわざ来たのか? いや、何か別の目的があるに違いない。 

 

「禹哲・・・・・・あのさ」

「俺に聞くな」

「・・・・・・まだ何も言ってないだろ!」

「言わなくてもわかる。面倒な相談事ならごめんだ。三馬鹿兄貴の誰かに聞け」

「禹哲に聞きたいんだよ」

「汪東城に電話しろ。あいつのことだ、また姉貴んちにいるかもしれない」

「大東に? 電話とかメールとかしたことないよ、この一、二年」

「は? なんでだ」

「なんか電話だと照れくさいっていうか・・・・・・。会った時には言いたいこと言い合えるけどさ。それにボクがウジウジ悩むの、大東は嫌うんだ。昨日もボクの悩みを一蹴されたばっかだから、もう相談する気にもなんないよ。あ、その悩みのほうはもう解決したから心配しなくていいよ」

 誰も心配してないっつうの。

 ・・・・・・まあ、炎亞綸と汪東城はどこか似たもの同士だからな。密かに張り合ってるくらいがお互いのいい刺激になってるのかもしれない。

「陳奕儒は本当の義理の兄貴だし、前から相談にのってもらってたんじゃないのか?」

「・・・・・・ゆうべから新婚旅行だよ」

「は? 阿明と一緒にか?」

「他の誰と行くんだよ! 日月潭に行ったんだ。三年も経ってやっとの新婚旅行にさ」

 俺はあえてもう一人の兄貴のことには触れなかった。聞くまでもない。もう一人の兄貴は今頃ヒロを連れてブルネイだ。

「それに、莉莉の問題だから、やっぱ最初に禹哲に相談するのが筋だろ?」

「莉莉がどうかしたのか? また調子が悪いのか?」

 俺がそう詰め寄ると、亞綸は覇気のない表情で頬杖をつきながらため息をつく。

「違うよ。今のところは元気だよ。心身ともに」

「今のところってどういうことだ?」

「禹哲は、何潤東監督って知ってる?」

「ああ、汪東城の主演映画を撮った監督だろ? 莉莉になんの関係がある」

「昨日、結婚式で会ったんだよ。その時、何監督が言ったんだ。莉莉の歌声にそっくりなコと昔付き合ってたって」

 俺は飲んでいたブランデーを、ゴクリと音をさせて飲み込んだ。

「本名も住所も知らないのに、ある日いなくなってしまったそのコは“アラン”って呼ばれていたらしいよ」

 莉莉の母親の名はたしか黄如蘭(ファン・ルーラン)。愛称が“阿蘭(アラン)”だとしたら・・・・・・。炎亞綸が何を言おうとしてるかは想像出来た。だが何潤東は何歳だ? 

「いくらなんでも莉莉の父親には若すぎるだろ!」

「アランってコは年上のバンドメンバーで、何潤東監督が15歳のときに付き合ってたって。でもアランが突然姿を消しちゃって、親に勧められるままにカナダ留学したんだって」

 妊娠を隠して身を引いたってことか。何潤東が父親である可能性は大だな。だが莉莉に不確かなまま告げるわけにはいかない。亞綸はやっと安定してきている莉莉の精神を乱すようなまねは避けたいはずだ。それでも莉莉には知る権利があるが、下手に動くと、マスコミの格好の餌食だしな。

 くそっ、ただでさえ俺が弱ってるときに、こんなややこしい状況になるなんて・・・・・・。

「亞綸、診療内科の李先生はなんて言ってるんだ?」

「今、アメリカだよ、学会で・・・・・・。 禹哲・・・・・・ボク、どうすればいいんだろ・・・・・・。ああ、なんでヒロは何監督にボクたちの歌を聴かせたんだろ! こんなに悩むことになるなら、映画挿入歌にならないほうがよかったよ」

 こいつ、またヒロのこと思い出させやがって! もう、今夜も飲むしかない!

ジニー篇

 携帯が鳴った。意外にも唐禹哲からだ。

「何? かけてくるなんて珍しい」

『ジニー? ボクがわかる? 今朝会ったんだけど』

 え!? うそ、この声、忘れもしない炎亞綸!

「は、はい! 炎亞綸さんですよね?」

 思わず声が裏返ってしまった。今朝、心地いいステキな声だって言われたばかりなのに・・・・・・。炎亞綸がクスッと笑ったのが受話器から聞こえる。

『亞綸でいいよ、ジニー』

“ジニー”って二回も呼んでくれた! 亞綸が“ジニー”って! でも、あれ? 禹哲の携帯からなんで?

「あの、禹哲は?」

『今、トイレ。でもこのぶんだと、また酔いつぶれちゃいそうだから、そうなる前に連れて帰ってくれないかな? 二晩続けて邪魔されたくないからね。今、BaTなんだ。ねえジニー、頼める?』

        *       *       *

 仕事を片付けてから急いでBaTに駆けつけ、カウンターで飲んでいる禹哲の様子をアタシはそっと伺っていた。禹哲のただならぬ様子に、どんな顔して登場すればいいのかためらわれた。アタシが出て行けば、怒鳴られるのは分かりきってる。プライベートまで干渉されたくないって日ごろから釘をさされているから、なかなか覚悟が決まらない。

「わっ!」

 他の客が、暗がりで身を潜めていたアタシに驚きの声をあげた。

「キミ、こんなところで何やってるんだ?」

「す、すいません! ごめんなさい!!」

 カウンターを見ると、禹哲が振り向いてこちらを見ていた。アタシはとっさに階段を駆け上がり、目の前のドアを開け、その部屋に逃げ込んだ。

 中は薄暗い間接照明だけで、高級そうな大きなソファーがどっしりと構えていた。しばらくするとドアがゆっくりと開き、禹哲がふらつきながら入ってきた。もう隠れようがない。

「唐禹哲、飲みすぎよ。もう帰ろう。送るから」

「いやだ、帰らない・・・・・・おまえも帰らせない!」

 そう言うと同時に、禹哲はアタシを抱きしめ唇を押し付けてきた。

 アタシは突然の出来事になす術もない。禹哲のむさぼるような野生的なキスに、体中の力が抜けていく・・・・・・。 

うしろのソファに倒れこむと、アタシの体は禹哲に押さえつけられて身じろぎひとつ出来ない。

 このままアタシ、禹哲と・・・・・・? アタシ抵抗しないと・・・・・・。

「よ、酔ってるの? やだ、離して!」

「おまえがいないとダメなんだ俺は・・・・・・ヒロ」

 禹哲が悲痛な声で囁き、再び激しくアタシの唇を塞いだ。アタシの心臓がキュっと締め付けられると同時にまた全身の力が抜けていく。

 “ヒロ”・・・・・・。名前なの? 日本人? 誰?・・・・・・。あの強気で自信過剰な唐禹哲を、こんなふうにしてしまうヒロって・・・・・・。

 アタシが抵抗しなくなったせいか、禹哲から荒々しさは消え、切ないくらい優しいキスに変わっていた。

 禹哲のキスを一身に受けながら、その苦しみから少しでも禹哲を救ってあげたいって心から思った。アタシ、マネージャーなのに何もわかってあげられてなかったんだ。

 だから、アタシ、もうこのままどうなってもいい・・・・・・。

 

 そう思ったときだった。禹哲の唇の動きは止まり、アタシの肩の上にゴロリと頭を横たえた。そしてアタシの耳元で聞こえる寝息。

 嘘でしょ・・・・・・。

 アタシの決死の覚悟はいったいなんだったの?

 でも、ホッとした・・・・・・。

 こんなこと、愛がなければ救いになんかならないから・・・・・・。

 

「キミ、大丈夫? 気分悪いのか?」

 階下のカウンターまで降りていくと、身長が190はありそうな口ひげの男が心配そうにアタシを見下ろして聞いた。

「だ、大丈夫です・・・・・・あの、唐禹哲が上の部屋で眠ってしまって・・・・・・アタシ、彼のマネージャーなんですけど・・・・・・あの・・・・・・わかります? 唐禹哲って新人のアーチストで・・・・・・」

 さっきの動揺からか、しどろもどろになってしまう。

「唐禹哲はこの店のオーナーだよ。お嬢さん」

「え!?」

「正確に言えば“元オーナー”。ちょっと待ってな。2階から炎亞綸が降りてくるから」

「え? あ、はい・・・・・・」

「待ってる間にこの名簿にテキトーに書いといて」

 そう言って背の高いお兄さんはアイスティーと名簿を目の前に置く。アタシはさっきのとんでもない出来事でノドがカラカラだったから、一気に飲み干した。

 BaT会員名簿? パラパラとめくると、

“陳奕儒 会社役員 T 紹介者:呉香明

と書いてあるのが目に入った。これって飛輪海だった辰亦儒のことだ。呉香明(ウー・シャンミン)って炎亞綸のお姉さんで辰亦儒の奥さんだよね? 

 呉香明のページを見てみると“呉香明(明日香)”と書いてある。職業は作家? ・・・・・・嘘! あの人気作家の明日香(ミン・リーシャン)ってこと? アタシ彼女の小説、全部読んでる! 亞綸と呉尊のドラマとか、最近の大東の主演映画にもなったよね、明日香の小説って。

 ページをめくると他にも黑人や范范の名前もある。紹介者はHIRO? アタシは急いでHIROのページを捜す。

 あった! 

HIRO(桐村裕恵) スタイリスト T 紹介者:炎亞綸”

・・・・・・HIROってスタイリスト? え? じゃあ、あのHIROってこと? 林志玲(リン・チーリン)のお気に入りスタイリストのHIRO? 来台する世界のセレブも指名するあのHIRO? じゃあ禹哲が呼んでたのは彼女のこと? 

 それにしてもこの“T”って何?

「ジニー! おまたせ」

 亞綸が現れた。“亞綸”って呼んでいいんだよね。アタシの方が一つ上なんだし。

「こんばんは。亞綸、聞いていい? この“T”とか“B”って何?」

「う~ん・・・・・・ジニーは多分・・・・・・というか禹哲ならきっと“B”って言うだろうね、キミのこと」

「え?」

「禹哲基準だからね、いまだに。“T”はその業界でトップ、“B”は駆け出しの新人や、まだ成し遂げてない底辺の人間。それがボトムって意味なんだ。ごめんねジニー」 

「ううん、気にしないで。アタシ、マネージャーとして新人だし、まだまだだって自覚してるから」

「でも“B”のほうがいいよ。飲食全部タダになるからさ」

「ホント!?」

「ホントだよ」

 亞綸はにっこり笑った。なんて可愛いの・・・・・・。

「ほら、ボクだっていまだに“B”なんだよ。さすがにもう“T”に更新してもらわないとね。でも肝心の禹哲が酔いつぶれちゃってるから今日はムリかな」

 

 しばらく話してから、見た目通り“高(カオ)”なお兄さんと亞綸がVIPルームから禹哲を運び出して、タクシーに乗せてくれた。それからアタシも乗り込むと、続いて亞綸も乗り込んできた。え?

「ジニーだけじゃ、部屋まで運べないだろ? 運転手さん、松山区までお願いします」

 そう言ってまたにっこり笑った。この笑顔、暗がりでもすごいオーラ・・・・・・。それに比べてうちの禹哲ときらた、こんなに酔いつぶれてダメダメ状態だし・・・・・・。

 禹哲も“B”だってこと、亞綸が教えてくれた。アタシがいつか唐禹哲を亞綸みたいなオーラのある“T”にしてあげること、できるのかな・・・・・・。才能はあるもん。二重人格は許せないけど、才能だけは認めてる。今作ってる曲、時々口ずさんでるのをこっそり聞いちゃってるけどホントにいい曲なんだもん。

「ねえ亞綸。HIROって・・・・・・HIROと唐禹哲って何かあったの?」

「うん・・・・・・多分明日にでも記事になっちゃうと思うから言うけど、昨日、ヒロと呉尊の結婚式だったんだ」

 呉尊? 呉尊!? あのHIROとあの呉尊が結婚!? えーーーー!

「ヒロは以前ちょっとの間、禹哲のスタイリストをやってて、禹哲はヒロにベタぼれだったんだ」

 禹哲がHIROを・・・・・・。

 じゃあ失恋でヤケ酒ってことなのね、昨日も今日も・・・・・・。

 なんだか複雑な思いだ。さっきアタシをHIROだと間違えてあんなこと・・・・・・。

「そんなに禹哲のことが気になる?」

「やだ、違うってば! マネージャーとしてよ! 恋愛禁止の契約だから」

「へえ・・・・・・でもキミたちけっこう仲良しに見えたよ。今朝のやりとり」

「どこが!? いつもうるさがられてるのに! アタシの声が気に障るって」

「キミの声が? ステキな声なのに・・・・・・。そうかなるほどね~。大丈夫。禹哲もかなりジニーのこと気になってるってことだよ。禹哲が毒舌になるってことは、無意識にでも好意を持ってる証拠だよ。どうでもいい相手にはネコかぶってるから」

 そうなんだ・・・・・・。でも全然嬉しくなんかないんだから!

 

        *       *       *

 

 唐禹哲のマンション前でタクシーを待たせて、亞綸はアタシと一緒に唐禹哲を部屋の前まで運んでくれた。

 そこでアタシはあることに初めて気がついた。

「アタシ、バッグお店に忘れてきちゃった・・・・・・」

 きっとあの部屋だ。禹哲があんなことするから・・・・・・。

「ジニー、禹哲の鍵は?」

 禹哲はジャラジャラと腰から下げてるチェーンの先に鍵をつけている。アタシはその鍵でドアを開け、禹哲を二人で中に運び入れベッドに寝かせた。

「アタシも一緒にお店に戻らないと」

「もう遅いからここに泊まっていけばいいよ。バッグは明日の朝、事務所に届けさせるから。じゃあおやすみジニー!」

「え? あの、亞綸!!」

 亞綸は帰ってしまった。お金もケータイも鍵もバッグの中だ。アタシは禹哲のマンションにお泊りするしかないってこと???

 部屋にあがったのは初めてだ。イメージ通り、黒やグレーで統一されたシンプルな部屋。間接照明で薄暗い感じ、ちょっとナルシストな唐禹哲らしい。キーボードの上には書きかけの楽譜が乱雑に置いてある。

 この曲、よく口ずさんでるやつだ。初めての作曲なのか、楽譜を書くのに悪戦苦闘してるっぽい。あ、この小節、音符の拍、足りてない・・・・・・えっと、確かこのフレーズは・・・・・・うん、これでよし! それにこっちは、付点八分音符なはず。

 唐禹哲、よく眠ってる。つらいことで思い悩まなくていいのは眠ってるときだけなんだろうな・・・・・・。寝顔をじっくり見るのなんて初めてだ。 

 禹哲の唇・・・・・・この唇がアタシの唇に・・・・・・。

 やだやだ! バカバカ! 何思い出してんの!

「唐禹哲のバカ! 二重人格のキス魔、サイテー」

 そう悪態をつくと、聞こえたのか禹哲の唇がかすかに動く。

「ヒロ・・・・・・」

 禹哲の寝言にアタシの胸がキュンっとなった。眠っていても、忘れられないHIROへの禹哲の思いに、胸が締め付けられる。まるで恋しちゃったときみたいに。ううん、もちろんそんなのは錯覚に決まってる! 

 アタシも寝て忘れよう! 禹哲のベッドから一番離れたソファーで、アタシは禹哲のダウンジャケットにくるまって横になる。

 あんなキスなんか一晩眠っちゃえば忘れちゃえるんだから!

 Ep.3「マンゴーKISS」へつづく・・・・・・
目次と登場人物~Kiss Me Now !

目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

目次と登場人物~大東&亞綸篇

目次と登場人物~SP

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