飛輪海小説『ステップアップ!』SP

目次と登場人物~飛輪海小説『ステップアップ!』SP

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飛輪海小説第3弾『ステップアップ!』SP

構想期間:2010年8月~2011年3月

執筆期間:2010年9月3日~3月27日

連載期間:2011年3月1日~3月28日

設定期間:2011年11月9日~10日

cloverあらすじclover

時は飛輪海解散コンサートから2年後の2011年11月。

呉尊とヒロの婚約解消から3年が経ち、

ついに復縁した二人の結婚式を迎えようとしていた。

夫婦間に新たなさざ波の立った亦儒と阿明。

結婚式を翌月のクリスマスに控えた大東と櫻雪。

新ユニットで順調に人気が出だした亞綸と莉莉。

4人が織り成す、それぞれの愛の形の最終章。

clover登場人物clover

呉尊:ウーズン(32) 人気俳優。ヒロとの挙式直前。

亦儒:イールー(30) 陳奕儒。芸能界引退後実業家に。阿明と結婚4年目。

大東:ダートン(30) 汪東城。映画俳優として成功。櫻雪と婚約中。

亞綸:ヤールン(25) 炎亞綸。莉莉と新ユニットで売り出し中。

ヒロ(29) 桐村裕恵。日本人トップスタイリスト。呉尊と挙式直前。

阿明:アミン(29) 呉香明。人気作家の明日香:ミンリーシャン。亦儒夫人。

櫻雪:ユンシュエ(33) 唐櫻雪。受付嬢。大東と婚約中。

莉莉:リーリー(24) 黄莉莉。保育士であり、シンガーソングライター。亞綸と交際中。

偉偉:ウェイウェイ(7) 馬俊偉。櫻雪の愛息。大東のファン。

裕惠:ユーフイ(2) 陳裕惠。亦儒と阿明の愛娘。

凌晨:リンチェン(0) 陳凌晨。亦儒と阿明の生まれたばかりの息子。

ギャビー(34) 李鈞天。元パパラッチの人気カメラマン。 

何監督:ホー(39) 何潤東。明日香原作で大東主演映画の監督。

黑人:ヘイレン(34)陳建州。櫻雪の初恋。タレント。

范范:ファンファン(35)范瑋琪。黑人の愛妻。シンガーソングライター。

Makiyo(28)川島茉樹代。日本人タレント。ヒロの飲み友達。

志玲:チーリン(38)林志玲。人気女優。ヒロとの専属契約第一号。

禹哲:ユージャ(26)唐禹哲。櫻雪の実弟。新人アーティスト。BaTのオーナー。

ウィルバー(31)潘瑋柏。BaTの新店長。歌って踊れるヒップホップ料理人(中華)。

翔:シャン(27)高以翔。BaTのイタリアンとフレンチのシェフ。

*この小説はフィクションです。実在の人物とは関係ありません。下の画像は登場人物のイメージの参考にしてください。

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clover目 次clover

飛輪海小説『ステップアップ!』SP~第一章「光と影」(3月1日)

飛輪海小説『ステップアップ!』SP~第二章「秘密と真実」(3月7日)

飛輪海小説『ステップアップ!』SP~第三章「過去と未来」(3月16日)

范范 生日快樂!(3月18日)

飛輪海小説『ステップアップ!』SP~最終章「誓いの言葉」(3月28日)

SPあとがき(3月30日)

黑人生日快樂♪(5月2日)

祝福♪黑人&范范(5月7日)

大東 生日快樂♪ そして予告♪(8月24日)

*お願い* 
 このお話に出てくる、人物名・地名・団体名などは、すべてフィクションです。

 私ミンクロは、相変わらず台湾には行ったことがございません。なるべくリサーチはしていますが、文化、慣習など、熟知しておりませんので、台湾の常識ではありえない状況があるかもしれません。

 台湾アイドル「飛輪海」などをモデルにさせてもらっていますが、このお話の中の彼らの言動、性格、設定、家族構成、人間関係、その他すべてが想像と創造と妄想でできております。

 ファンの方で、もし不快に思われる方がいらっしゃったら、本当にすみません。

 また、思いついたストーリーを勢いだけで書いている為、文章的におかしなところ、稚拙な表現などがあることをお許しください。

 なお、当ブログ内のすべてにおいて、転載を禁止します。

 作品はミンクロことアサギミントに著作権があります。

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飛輪海小説『ステップアップ!』SP~最終章

           最終章 「誓いの言葉」

大東篇

「可愛い寝顔ね・・・二人とも。見ていて飽きないわ」

 西太后ベッドの真ん中に眠っている偉偉と裕惠を、オレたちはさっきからずっと眺めていた。スタンドの灯りに浮かび上がる二人の寝顔は天使のように見える。

「阿明たち、今頃どのへんかしら?」

「うん・・・半分ぐらいのところじゃないかな」

「日月潭って阿明たちにとってどんな思い出があるの? 大東知ってる?」

「さあな・・・」

 詳しいことは知らない。3年前の夏、旅行先から戻らない阿明を心配した亦儒が、阿明を迎えに行ったのが日月潭だった。あの日、そこで何があったのかなんてオレにはわからない。ただ、あの日から阿明が、なんの迷いもためらいもなく亦儒に愛情をそそぐようになったってことだけは、イヤでもわかっていた。

 

 今日は呉尊とヒロの結婚式だったはずなのに、阿明と亦儒までもが二度目の式を行い、みんなの後押しで初めてのハネムーンへと旅立った。

 そういった成り行きで、オレたちは二人の愛娘である裕惠を預かることになり、櫻雪の家の超特大ベッド“西太后ベッド”に、四人で眠ることになったわけだ。

 それにしてもこのベッド、子供たちと四人でも充分な大きさだ。解体して結婚式前にオレのマンションに運び込むことになっているが、オレの部屋の半分を占めそうだ。部屋の隅には机を置いて、そこで翻訳の仕事をしている櫻雪をオレは眺めながら眠る日もあったりするはずだ。そう想像するだけで、オレの人生は幸せとしかいいようがない。

 そして今、偉偉と裕惠の寝顔を眺めている櫻雪はいつになく幸せそうだ。伏し目がちに微笑んでいるのがやけに色っぽく見えてドキッとさせられる。だけどオレたちの間には二人の天使たちが眠っていて、どうすることもできない。

「ねえ大東、裕惠と偉偉のこと、どう思う?」

「ん? どうって?」

「裕惠は偉偉のこと好きみたいよね? 初恋なんじゃないかしら」

「初恋? 早すぎるだろ! まだ1歳だぞ、裕惠は・・・」

「あら、年齢なんて関係ないわ。裕惠を見ていてわからなかった? そうよね、あなたは女の気持ちに鈍感だもの」

「だけど今の櫻雪の気持ちはよくわかってるつもりだけどな」

「なあに? ホントにわかってる?」

「ああ、オレのこと好きで好きで仕方ないって。だろ?」

「わかっちゃった? ふふっ」

 くったくなく笑う櫻雪の笑顔に、オレはもう抑えきれず、眠っている偉偉と裕惠の上に身を乗り出して櫻雪にキスをする。シャンプーの香りが拍車をかけ、キスをやめることは難しそうだ。

 櫻雪の魅力は、自分を飾らず、いつも正直なところだ。たまに強がることもあるけれど、さりげない心遣いができる大人のいい女だ。だが最近、いい女はいい女でも、“物分りのいい女”になってきた気がする。

 今も、オレが首筋に唇を這わせると、ためらいは感じられるものの抵抗はしない。櫻雪はいい意味で潔癖なところがあったはずだ。以前の櫻雪ならきっぱりとたしなめたにちがいない。“子供たちがいるんだから我慢して”と・・・。

 そう言わなくなった従順すぎる櫻雪は、オレにとってなんてラクで、都合のいい女になったんだろう。

櫻雪篇 

 首筋から耳元へと移っていく大東の唇が、少し命令口調で囁く。

「こっちへ来いよ、櫻雪」

 時々こんなふうに大東が主導権を握り、それに従うことが私は嫌じゃない。年下の彼に甘えることで、年齢差を忘れ、安心感を得られるからかもしれない。それに、もし私の意にそぐわないことだったとしても、彼の自尊心を傷つけたりがっかりさせるよりはずっといい。私と結婚することを後悔されたくない。彼のほうは失うものが多いのだから・・・。

 ためらいながらも、広いベッドの足元のほうからグルッと這うように近づいていくと、大東は笑みを浮べ招くように顎をひょいと動かした。私は吸い寄せられるように大東の腕の中にすべりこみ、抱かれ横たわる。今の私は、安心感を求めるあまりに、ひとりの女に戻って彼を受け入れるだけ。

 大東が再び唇を押し付けてくる。首筋に・・・肩に・・・私のすべてを知りつくしている大東の唇・・・。いつもの大東なら、子供が眠っているすぐ横でこんなことしないのに・・・。

 ・・・大東らしくない。どうしたの? 大東の手が私のパジャマのボタンを外そうとする・・・。

「大東・・・ねえ・・・待って・・・」

 大東は何も答えない。私の言葉も、気持ちも彼には届いていない・・・こんなの、違う・・・ こんなの・・・

「やめて!!」

 ふと我に返ると、大東はベッドの下にころがり落ちていた。

 私は大東の体を思い切り突き飛ばしていたのだ。

「やっと櫻雪らしさが戻ったな。予想以上に力いっぱいやってくれたけどさ」

 大東は起き上がりながら可笑しそうに笑っている。頭の中が混乱して収拾がつかない。大東はそんな私を再び抱きしめる。

「もうあんなまねしないから安心しろ」

 ・・・もしかして・・・わざとあんなこと? どうして?

「オレの一番好きな櫻雪に戻ってくれて嬉しいよ」

 一番好きな・・・? 拒絶して突き飛ばした私を? こんな私が一番好きなの?   

「悪かった、本当に。だけどさ、そうさせたのはオマエだからな」

「大東ったら! もう嫌い! 大嫌い!」

 抗おうにも本気で抱きしめる大東の腕の力には、抵抗できない。

「イヤなときは嫌いって言えばいいさ。だけどその後に何倍も好きにさせてみせるからな」

 どこからそんな自信が? もう怒る気も失せていく。なんだろうこの脱力感。今まで何を肩肘はっていたんだろう。ありのままでいられる方法を、大東が教えてくれた気がした。

 マリッジブルー・・・。黑人に言われときはピンとこなかったけど、気付かないうちに、私にも訪れていたみたい。

 でも、もう大丈夫。大東、ありがとう・・・また何倍も好きにさせてくれて・・・。 

「ケンカはだめだよ!」

 偉偉の声にドキっとする。だけど偉偉の瞼は閉じていて、再び寝息をたてていた。

「なんだよ、寝言か? 驚かせるなよ」

「ねえ、偉偉って、最近どんどん大東に似てきた気がする。きっとあなたの真似ばかりしてるからよね」

「それじゃあ偉偉も鈍感なのか? 裕惠は前途多難だな。女の気持ちに鈍感な男を好きになったわけだろ?」

「そうね。裕惠が可哀想だわ。私たちでなんとかしてあげないと」

「ああ、裕惠が泣くのは見たくない。亦儒に殺されそうだしな」

「ボクのせいじゃないもん!」

 また偉偉の寝言だった。目を見合わせて思わず吹き出す大東と私。

「やっぱりもう一人ほしいな」

「え?」

「偉偉に兄弟を作ってやりたい。オレは一人っ子だったからな。弟でも妹でもいい。櫻雪はどう思ってる?」

「・・・私ももう一人ほしい」

 大東の子供を私が産むんだ。どんなに幸せだろう。私たちは来月、12月25日に結婚する。私たちが気持ちを確かめ合ったクリスマスからちょうど一年の記念日でもある。

「ボク、汪俊偉・・・」

 また偉偉が寝言を言った。汪は大東の姓だ。大東を見るともう目に涙をためていた。そんな大東がたまらなく好き・・・。

「櫻雪・・・絶対にオマエたちを幸せにするからな」

 大東はかすかに声を震わせながら決意するように言う。

 大東の腕の中で、彼のぬくもりと熱い吐息を感じながら、今だって充分幸せだって心から思えた。

 大東に出会えたことで、私と偉偉の家族というパズルの、欠けていた部分が埋まっていく気がする。今では偉偉はすっかりおばあちゃんっ子だ。弟の禹哲も、支えてくれるみんなのおかげで夢を一歩一歩実現させている。

 来年には単独のライブも予定されているらしい。大東とは義兄弟であり、親友であり、ライバルでもある。二人の会話を聞いていると、口ゲンカしてるようにしか聞こえないけど、気持ちではお互いに励ましあっているみたいだ。素直じゃないところ、二人は本当にそっくりだ。

「何、ニヤニヤしてるんだ?」

 大東が私の顔をのぞきこむ。

「だって幸せなんだもの」

「もう一度だけキスしていいか?」

「そんなの聞くことじゃないって言ったで・・・」

 大東は再び唇を重ねてくる。

 

 ケンカするたびに何倍も好きにさせるなんて、大東はズルイ。

 

 でもそうやって私たちは、もっともっと幸せになっていけるはず。

 

 だって大東も同じ気持ちだって、このキスで伝わってくる。

 

 だから私たちの以心伝心のキスで大東に伝えたい。

 

 あなたなしでは生きられないくらい、愛してるって・・・。 

  

ヒロ篇

「ヒロ、もう携帯をしまったらどうかな?」
 ホテルの部屋にようやく戻り、ベッドに寝そべってメールをうっていると、呉尊はさっきから子供みたいにちょっかいをかけてくる。

「だって友達に返事を送らないと・・・」

「やっと二人きりになれたっていうのに、ボクの大事な奥さんは旦那様より携帯が大事みたいだね」

「だってせっかく日本から来てくれた友達なんだから・・・それに阿明たちのことも気になるもの」

 一番の気がかりは亞綸からの返事が来ないことだ。あれからどうなったんだろう。

 それにしても呉尊ったら脚をマッサージしてくれてるのは嬉しいけれど、披露宴が終わってからちっとも一人にしてくれない。

「ねえ、呉尊が先にシャワー使ってくれば?」

「ダメだ。今夜はずっと一緒にいようって約束だろ? 脚、だいぶむくんでるな。高いヒールでつらかっただろ?」

「うん、ちょっとね・・・」

 呉尊は手馴れた手つきで私のふくらはぎを丹念にほぐしてくれる。

「ボクみたいな夫も持ってよかっただろ?」

「ええ、・・・とっても幸せよ」

 携帯を打ちながら適当に返事をしていると、呉尊はひょいと私の手から携帯を取り上げる。

「呉尊ったら返して! お願いもう少しだけ!」

「ちゃんとボクを見て本気で話さない罰だ」 

 呉尊はそう言って携帯を枕の下に隠すと、私をベッドに押さえつけた。呉尊の怒ったふりの表情が可愛くて、噴出しそうになるのを必死でこらえる。

「ごめんなさい、ダーリン許してくれる?」

 私は芝居がかった言い方で甘えてみるけど、呉尊は眉間にしわを寄せたままだ。

「すぐには許さない」

 呉尊はそう言って押さえつけたままキスをする。彼のキスはやっぱり魅力的。もうメールなんてどうだっていい・・・。クールな表情でどうしてこんなにも甘いキスができるんだろう。罰どころかこれはご褒美? 3年もの間、この甘いご褒美なしで、どうやって頑張ってこられたのかわからない。ただ、この日を夢見て走り続けていたのかもしれない。

 3年前の別れのキスもこの部屋だった。2ヶ月前の突然のプロポーズも・・・。そして今、結婚初夜も・・・。

 私たちの大事な節目にこの部屋は欠かせなくなってしまったみたい。 

「呉尊、少し話を聞いて欲しいの」

「なんだい?」

 呉尊は気持ちをそがれたことに不満を見せることもなく真剣な目でみつめてくれる。

「私は日本人だからブルネイ人になり切れないと思うの。でもブルネイ人の心や、生活、文化を大切にしていきたいの。・・・だってあなたの故郷だから」

「うん。ヒロならきっとそうしてくれると思っていたよ。ボクも日本をもっと理解していきたいから教えて欲しい」

「お義父さまのことも大切にするって誓う」

「仕事に影響が出ないくらいでいいから。仕事は受けた以上は責任を持ってやり遂げるべきだよ」

「ありがとう・・・。でも今は仕事より私、早く欲しいの。・・・あなたとの赤ちゃん・・・」

「ボクそっくりの男の子を欲しいって、いつか言っていたね?」

「男の子でも女の子でもいいの。だから来年は誰とも長期契約しないつもり。ねえ呉尊、早く赤ちゃん作ろうね!」

「そういうことなら協力を惜しまないよ。一刻も早く実行しよう」

 呉尊はそう言って着ていたTシャツを脱ぎさった。え!? ウソ!?  

「ちがっ・・・今すぐって意味じゃなくて!」

「今すぐじゃダメなのか?」

 2ヶ月ぶりに間近で見る呉尊の上半身に動揺してしまう。あの再会の夜の時よりも、今のほうがなんだか照れてしまう。あの夜はプロポーズされた後だったし、3年ぶりで無我夢中だった・・・。

「・・・ダメじゃ・・・ないけど・・・」

 ダメなわけない。もちろん今夜はそのつもりだったけど、まるで私が誘ったみたいな展開なんだもの・・・。

 

 呉尊は笑顔を見せ、ゆっくりと私の髪を一度なでてから再びキスで私を溶かしてゆく・・・。

 呉尊の広い海のような大きな愛に包まれて、私の新しい船出は幸福と希望に満ち溢れている。

 “遠く離れていても、抱きしめていても、同じように愛し、守り抜くことを誓います”

 また呉尊の誓いの言葉が甦る。

 

 そして私も心に誓う。昔から変わらないこの思い。

 

 呉尊・・・ずっとずっと愛してる。   

 

阿明篇 

 亦儒の運転する車に乗って、わたしは今、日月潭へ向かっている。ハネムーンに行っていないわたしたちに、両方の両親が小旅行を勧めてくれたのだ。亦儒は明日するはずだった契約を、取引先の都合で急きょ、今日済ませてしまっていて、なんの問題もなく休暇をとれる状況だった。

 赤ちゃん返りのひどかった裕惠は、すっかり元に戻っていて、それどころか少し大人びたことを言うようになっていた。「ユーフイはもうお姉ちゃんだから大丈夫なの。ママがいなくても平気だもん!」と言ってのけたのだ。どうやら偉偉に恋をしてしまったらしい。裕惠の初恋の相手が、大東の養子になろうとしている偉偉だなんて、わたしの環境はいつも小説の世界みたいだ。

 そして、もともと凌晨は粉ミルクだし、おばあちゃんによくなついているから、わたしたちの遅すぎるハネムーンにはなんの支障もない。

 これまでのマイナス要因が、すべて好転してプラスになっていく。 

「裕惠と凌晨、もう眠ってるかしら?」

「心配ないさ。それより向こうに着くまで少し眠るといいよ。ゆうべもあまり眠れてないんだろ?」

「そうだけど・・・何か話さない? 最近ほとんど話もしてなかったから・・・」

「そうか。そうだったな・・・。じゃあ別荘に着いたらゆっくり休もう」

「ちょうど李のおじさまが家族ですごしたばかりだったから、掃除が行き届いているみたい。亦儒はあの別荘久しぶりよね?」

3年ぶりだ。李先生はよくあそこに泊まるの?」

「ううん・・・もう十何年ぶりみたい。ママが亡くなってから、わたしやお父さんも行かなくなったから・・・。おじさまはその頃から、頻繁にうちへは来ていたのよ。でもそれがわたしやお父さんの心のケアのために来てくれていたって、最近になってようやくわかったの。お母さんと小霖が家族になってからも、いろいろ気にかけてくれていたのね。わたしや小霖が不安定だったことも、お父さんの精神的な“かせ”や、そんなお父さんを見守るしかなったお母さんのことも、おじさまは長い間心配してくれていたんだって」

「莉莉もすっかりよくなったようだな。李先生の長年の“心のかせ”も少しずつとれていってるんじゃないかな?」

「そうなの。だからこのへんで家族でゆっくり旅行でもしたらってお父さんが勧めたんですって」

「李先生はこれまでたくさんの徳を積んできたんだ。きっとこれからは穏やかな日々が続いていくよ」

 メールの着信音が鳴る。ヒロからのお礼のメールだった。

「ヒロからよ。ふふっ、ラブラブな写メ付きよ。こんなに顔寄せ合ってる」

「呉尊のやつ、3年分の春がいっぺんに来たみたいな笑顔だな。明日の午後にブルネイに発つんだって? ブルネイの披露宴のあとにハネムーンか・・・どこだっけ?」

「北欧よ。フィンランドとスウェーデン」

 そんなふうにわたしたちはしばらく人の話ばかりしていた。それでも亦儒の柔らかな声を、そばで独り占めできているだけで、今のわたしには充分すぎるほどだ。

        *         *         *

 気がつくとわたしの体にはブランケットがかけられていた。いつの間にか眠ってしまったみたい。車は止まっていて、運転席に亦儒の姿がない。外は暗くて、どこにいるのかさえわからなかった。車の外へ出ると空気が冷たくて、慌ててブランケットで体を包む。

 空は雲がたちこめていて、西の空の雲間から月明かりが差し込んでいる。歩いていくと目がしだいに慣れていく。そこは、いつかの思い出の湖畔だった。亦儒の姿がぼんやりと見えてくる。スラッとして背の高いこの人が、わたしの伴侶となった日から、もう3年と2ヶ月の月日が流れていた。わたしにとっての彼は、太陽であり、月でもあったと思う。

「亦儒・・・」

「阿明、目が覚めたのか・・・こっちへおいで」

 亦儒は手を伸ばして引き寄せると、わたしの体を後ろから包み込むように抱きしめてくれた。・・・あったかい・・・。

 それだけでわたしの不安が晴れて行く。その気持ちを反映するように雲に隠れていた月が顔をのぞかせた。亦儒は何も変わってなかった。それなのに・・・。

「亦儒・・・わたし・・・」

「本当にごめん、また不安にさせてしまった・・・。披露宴のあと、散々どやされたよ。ヒロと大東に・・・・・・」

「違うの・・・亦儒のせいじゃないわ。あなたのことを、ちゃんと見ていなかった自分のせいなの」

「ボクだって見ていなかっただろ? 阿明に隠し事をしてることがつらくて、いつの間にか避けてしまっていた」

「三日間もよ」

「三日分の三倍尽くせば許してくれるかな?」

「それじゃ足りない・・・」

「三百万回愛してるって言っても足りない?」

 亦儒を見上げると月明かりの中、わたしを見下ろす亦儒の瞳が優しい。三年前のあのときも、ここでこんなふうに亦儒は優しい目でみつめてくれた。あの日の月は、繊月という細く儚げな光だったけど、今の月は満月のように丸く輝いている。まるでわたしたちが重ねてきた歳月のようだ。

「阿明、気付いてたかな? 凌晨って名前、ここでの夜明けを忘れたくなくてあの子につけたんだ」

「そうだったの?」

 ・・・子育てでいっぱいになっていて、気付く余裕もなかったみたい。わたしたちの大切な思い出なのに・・・。

 東の空が少しずつ白んでくる。夜明けが近い。

 一刻一刻と変わってゆく湖畔の風情に、あのときのことが走馬灯のように甦る。   どんなにこの人のことを愛していると思い知らされたか・・・。

 あのときを再現するようにわたしたちは唇を重ねた。

 心も体も、亦儒で満たされていく・・・。

「亦儒・・・ありがとう。ウエディングドレス・・・すごく嬉しかった」

「ボクが見たかっただけだよ。キレイだった・・・ボクの花嫁さんは世界一キレイだ」

 亦儒はそう言ってわたしの手の甲に唇を押し付けた。

「あれ? この腕時計、はめてきてくれたんだね」

「亦儒が日月潭に行こうって言ってくれたから・・・」

 ジョルジオ・ロッシの手巻き式サン&ムーン。亦儒からの初めてのプレゼントだ。文字盤の月は隠れ、太陽が現れていた。

「やっぱりキミの細い手首にはこれ、大きすぎたかな」

「あなたの大きな愛の証なんでしょ? ・・・あっ!」

「どうした?」

「・・・亦儒・・・」

「ん?」

「・・・ハッピーバースデー」

 亦儒は驚いた顔で腕時計の文字盤を覗き込む。ちょうど山際から太陽が顔を出し、亦儒の顔はオレンジ色に照らされていた。

「11月10日・・・? 今日はボクの誕生日か! 忘れてたよ」

「・・・わたしもよ。プレゼントも用意してないわ。ごめんなさい・・・」

「こうやって一緒に過ごせてるのが何よりのプレゼントだろ? ほら、見てごらん」

 亦儒に促されて湖畔を見ると、薄紫とオレンジ色が混ざるように染まった空と、たなびく雲、そして朝日が湖面に映り、静かに煌めいていた。あまりの美しさに言葉にならない。

「亦儒・・・わたし・・・」

 涙が溢れ出し、言葉が続かない。

「キミが泣いたらボクが笑わせるから。これからもずっとボクのそばにいてくれるね?」

 亦儒はわたしの涙を指ではらう。

「愛してるよ、ボクの月の女神様。阿明・・・百万回・・・」

 わたしはいつもの愛の言葉をキスでさえぎった。

「・・・何も言わなくても、わかってるわ。もうわたしは大丈夫。一人で勝手に不安になったりしないわ」

 亦儒はわたしの決意を微笑んで聞いていた。そして再び私を背中から抱きしめると、耳元であの歌をハミングし始めた。

 朝日に染まって移りゆく日月潭の景色を眺めながら、亦儒のハミングが心地よく耳に響いてくる。莉莉のお母さんから莉莉へ、そして小霖へと歌い継がれた歌が、今では台湾中で歌われているなんて不思議。亦儒もわたしへのラブソングとして歌ってくれてる。こうやって人と人は歌で繋がっていけるのね。わたしの小説も、大東の映画も、きっと人と人を繋げてくれると信じてる。

 そしてわたしの笑顔も、家族を繋ぎ合わせるために必要なんだと思った。

 わたしの太陽である亦儒のそばで、未来永劫、笑顔でい続けることを心に誓う。

 だから来世でもまた出会って恋におちて、そして結婚しようね。亦儒。

                        Fin.

目次と登場人物~SP

目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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飛輪海小説『ステップアップ!』SP~第三章

                         第三章 「過去と未来」

亞綸篇

 化粧室・・・化粧室はどこだ! 莉莉は確かに言った。「まさかあのときの?」って! 

 あのときってどのときだ? 莉莉のうちで出演した番組を一緒に見たときか? でも確かあのときはちゃんと・・・じゃあ、父さんと母さんが旅行でいなかったとき? いや違う、あのときも・・・そうだ! 先月イベントでシンガポールに行ったとき、莉莉が初めての海外で興奮してて眠れないってボクの部屋にこっそり来て・・・。そのとき持って来てなくて、さすがに買いにも行けなくて・・・だけどさ、莉莉がはしゃいでるのがあんまり可愛いからさ・・・ついつい・・・。その時のことで思い当たることがいくつもある・・・。

 イヤな汗がどっと吹き出てくる。あれだけヤンさんに“大事な時期だから気をつけるように”と釘を刺されていたのに・・・。

 父親になる覚悟なんて、まだ一度もしたことがない。結婚でさえまだ考えたこともなかったのに!

 化粧室の前まで来ると、ちょうど莉莉が出てきたところだった。ボクに気がつくと莉莉は作り笑顔を浮べた。

「莉莉・・・吐いたのか?」

「ちょっとだけ吐き気がしただけだってば」

「父さんを連れてくる! それから病院へ行こう!」

「大丈夫だってば! 呉先生は外科のお医者さまでしょ? それに阿明のウエディングドレス姿を見られて嬉しかったのね。ご機嫌でたくさん飲んでたじゃない」

「それじゃあ他の先生に診てもらおう! 姉さんの担当医だった先生なら信用できる!」

「やだ小霖ったら! 阿明の担当医って、産婦人科でしょ? それに病院なんて大げさだってば! やっと演奏も終わったから落ち着いてお料理食べようと思ったのに~」

「何言ってんだ! もっと自分のこと大事にしろよ! 自分だけの体じゃ・・・」

「あら! あなたたちそんなところで何やってるの?」

 母さんだった。ボクは“自分だけの体じゃないんだぞ!!”って言葉を飲み込む。

「小霖ママ! 阿明ったらとってもキレイだった~!」

 莉莉は母さんの腕に自分の腕をからめて甘えている。

「本当に驚いたわ。ヒロやあなたたちがあんなサプライズをたくらんでたなんて、もう!」

「あたしたちも今日知ったの。小霖ママ、泣いちゃったの?」

「莉莉の歌声だけでも泣けてしまうのに、娘のウエディングドレス姿が見られただなんて・・・もう感激しちゃって・・・メイク直さないといけないわ。あら、莉莉。あなたも直しなさい、メイク道具貸してあげるから」

「小霖、先に戻ってて!」

 莉莉たちは嬉しそうに、まるで母娘みたいな調子で二人は化粧室へ入ってしまった。

 もしかしてボクを避けた? 莉莉は気付いてるんじゃないのか? もし本当にそうだったらどうする? 莉莉なら産むって言うに違いない。だけど託児所の子供たちの世話とは訳が違うんだ!

 ボクだって子育てなんて・・・。姪っ子の裕惠のことは可愛いけど、たまに可愛がるのと育てるのが全然違うことくらいはわかってる。

 会場に戻ると、亦儒兄さんがボクのところにシャンパンを持って現れた。

「どこ行ってたんだ? 捜してたんだぞ。ほら、飲めよ。ステージお疲れさん!」

 兄さんは、愛する妻のウエディングドレス姿を見られて、幸せの絶頂って感じだ。可愛い子供が二人もいて、仕事も順調で・・・。

「この後、仕事だから飲めないよ。・・・ねえ兄さん・・・結婚ってそんなに幸せ?」

「は? そんなわかりきったこと聞くなよ亞綸! 阿明と毎日一緒にいられて、裕惠と凌晨の寝顔が毎日見られるんだ。充分すぎるくらいに幸せだ」

 わかりきってたさ、もちろん。ただ自信満々に結婚は幸せだって答える兄さんを見たかったんだ。

 それからすぐ、兄さんはボクの父さんに呼ばれて行ってしまった。ボクはシャンパンの瓶を持って大東の隣の席に座る。

「大東、父親になる自信ってある?」

「亞綸、なんだよ来るなり! あるも何も、なりたいからなるんだ。自信とかは後からついてくるもんだろ?」

「じゃあさ偉偉に聞くけど、大東っていい父さんになりそう?」

 そう尋ねると、偉偉は困ったような顔をする。

「う~ん・・・ねえ小雨、“いい父さん”ってどんなの? 今のトコ大東は“いい大東”だよ。それに絶対に“父さん”って呼ばなきゃいけないの?」

 自分のことを振り返っても、ボクと父さんも同じだったかも。ボクの父さんは“いいお医者さん”から“いい父さん”に急になったわけじゃない。自然とそうなっていったはずだ。

「亞綸ったら、結婚式で結婚に憧れたの? もう子供のことまで考えてるなんて」

「おまえ気が早いな」

 大東と櫻雪がからかうように笑う。

 笑えばいいさ。現実問題なのに、今まで考えたことがなかったから、頭の中の整理がつかない。“いい夫”と“いい父親”にいっぺんになるなんてさ。

 そんなボクに、可愛い姪っ子の裕惠が小声で尋ねる。

「ねえおじちゃま! ユーフイも可愛いお嫁しゃんになれる?」

「それって誰のお嫁さんだい? 可愛い裕惠」

「内緒だもん!」

 いつもみたいに膝にのせてぎゅっと抱きしめてやろうと思ったのに、裕惠はスルリとボクをかわす。相手がボクじゃなくて偉偉だってことくらい、とっくにわかってる。だけどそんなに露骨に避けなくてもいいだろ! 

「やあ、炎亞綸! すっかり遅くなってしまったよ。台南までロケハンに行っていてね」

 誰かと思えば、何(ホー)監督だ。欠席かと思ってたけど、なんとか間に合ったみたいだ。

「ホーさん。お久しぶりです。この度は本当にありがとうございました。感謝しています」

「いや、こっちこそ感謝してるよ。エンドロールにいい歌をありがとう。ヒロが巡り合わせてくれたおかげだから、ちゃんと“ありがとう”と“おめでとう”を言いたくてね、今日はなんとか駆けつけたんだが・・・」

 何監督は周りを見渡す。

「見事にみんな正装だ。普段着で着てしまって場違いだな」

 何監督は黒の皮のジャケットにジーンズという、いつものスタイルだ。

「日本の披露宴は正装が当たり前らしいですよ」

「そういえば招待状に書いてあったかな? ・・・そうだ、黄莉莉って子は来てるのか?」

「莉莉・・・ですか? あ、今、あそこでボクの母と姉と一緒です」

「姉って、あれは明日香(ミン・リーシャン)じゃないのか? 姉? それにどうしてウエディングドレスを?」

「ホーさん、知らなかったんですか? 明日香はボクの姉です」

 何監督の顔色が変わった。そう言えば、監督って明日香の熱狂的ファンだって噂だ。雑誌のインタビューで“昨今の恋愛小説家の中では稀有の存在だ”とまで賞賛していたし。

「・・・彼女も・・・今日結婚したのか・・・」

「いえ、3年前に結婚したんだけど、わけあってウエディングドレスを着られなくて。それで今日サプライズで着ることになったんです」

「そ、そうだったのか・・・サプライズってのはヒロが仕組んだんだろ? 彼女らしいプロデュースだな。ただのスタイリストじゃないとは思ってたが・・・はあ・・・そうか・・・」

 大きなため息だな。なんでもないふりをしてるけど、何監督が狼狽していることは隠しようがなかった。監督とは一度ドラマの仕事したことがあったけど、相変わらずゴシップに疎いみたいだ。だから姉さんの相手があの“辰亦儒”だってことも知らなさそうだ。

「・・・そういえば黄莉莉って子は新人なのか?」

 何監督は平静を装って聞くけどあきらかに元気がない。

「ええ。ボクのソロワークのサポートメンバーで、コーラスと作詞作曲も担当してます」

「じゃあ、あの曲も彼女の曲?」

「あれは・・・作詞はボクで作曲は黄莉莉です・・・」

 本当は莉莉の母親の作った曲だけど、覚えていないフレーズをところどころ莉莉が補っていた為、表向きは全部莉莉の作曲となっていた。

 そして何監督は懐かしむような遠い目をして話し出す。

「いや、実は昔、あの曲に似たメロディの鼻唄を歌っていた人がいてね。もう24年前のことだからうろ覚えだけどね」

 24年前? ・・・莉莉の生まれる一年前か・・・。

「誰なんですか? それは」

「15歳くらいのときに組んでたアマチュアバンドのメンバーでね、彼女は年上で、ボクは憧れていたんだ」

 そうだった。何監督はデビューは歌手で、俳優を経て監督になったんだった。

「ホーさんはその人と付き合ってたとか?」

「どうかな? ボクはそのつもりで有頂天になってだんだけど、ある日急に姿を消してしまって音信不通だよ。愛称で呼んでいたから本名も知らなければ家も知らなくてね」

「じゃあ、それから会ってないんですか?」

「ボクは翌年にカナダ留学を控えていて彼女のことを捜せず、そのままになってしまったよ」

「似てるんだよ、彼女の歌声に」

「え?」

「黄莉莉の歌声が、彼女の声に聞こえてしまうんだ・・・阿蘭の声に・・・」

 アラン? ドキリとした。莉莉の母親の名前が黄如蘭(ファン・ルーラン)だから。

「もしかして阿蘭の娘なんじゃないかと疑いたくなるくらいだ。彼女何歳?」

 ボクは返事を迷った。迷ったあげくに・・・。

「えっと・・・20歳・・・だったかな?」

 思いっきりサバを読んでしまった。莉莉の本当の年齢は23歳だ。とっさの嘘に内心ドキドキだ。監督とアランという女性が付き合っていたのが24年前だって言うから、思わず嘘をついてしまった。監督が莉莉の父親である可能性がある以上、今この場でそれがはっきりさせるべきじゃないと思ったからだ。

「それじゃあ、あれから結婚して娘が生まれたのかもしれない。彼女の母親の名前を聞いてみてくれないか? いや、僕が自分で聞けばいいのかな?」

 そう来たか。なんとか今は阻止しないと・・・。ってどうすればいいんだ! とその時だった。照明が落ちて、ヒロと呉尊にスポットライトが当たる。立ち上がった何監督はもう一度腰をおろす。

 二人の挨拶は、多分感動的だったんだろう。ヒロの家族も呉尊の家族も、いや、ボクの家族もすべての出席者が涙を浮べている。

 だけどボクは、莉莉のことと父親問題で、かなり気が動転していて、まったく二人の挨拶が耳に入らなかった。

 どうすればいい? せっかく莉莉の精神状態が安定してきたのに、今度は父親登場なんて・・・。とりあえず逃げるか? 時計を見ると、テレビの収録の時間が迫っていることに気がついた。

「ヤンさん! 時間!」

 ボクは隣のテーブルのヤンさんとマーキーに腕時計を指差しながら口パクで伝える。するとヤンさんの顔色が変わった。そりゃそうだ。大物司会者のバラエティー番組だ。待たせるわけにはいかない。

「ホーさん、すみません。ボクと莉莉は仕事へ向かわないといけないので、これで失礼します!」

「え? あ? そうか。じゃあまた次の機会にでも・・・」

 ボクは莉莉の腕を引っぱって出入り口まで行き、ヒロと呉尊に手を振って挨拶もそこそこに会場を後にした。

 

「本日は呉吉尊様のご婚儀、大変おめでとうございます」

 振り返るとレストランの支配人がにこやかに立っていた。支配人に会うのは莉莉が酔っ払って一泊したとき以来だ。

「支配人、久しぶりだね」

「呉庚霖様も黄莉莉様もお変わりなく。またご一緒にいらしてくださるのをお待ちしております」

「うん。じゃあ、急ぐから!」

「小霖、誰だっけあの人」

 莉莉はあの日酔っ払ったせいで、支配人のことを覚えていないようだった。

 それにしてもこのホテルで今までいろんなことがあったな。呉尊とヒロが再会したのも、ここだっていうし。

 それよりも、これから莉莉のためにどうすればいいのか、じっくり考える時間が必要だ。明日にでも心療内科の李おじさんに相談しに行こう。次から次へと難題ばかりだ。

「小霖、どうしたの?」

「なんで? どうもしないよ・・・急ごう、走るぞ!・・・じゃない、走ったらダメだ!」

「でも急がないと!」

「バカ、転んだらどうするんだよ!」

「・・・うん」

 莉莉はボクの勢いに驚いたのか、素直にボクに従った。

 まだなんの覚悟もできていないくせに、思わず口に出た。覚悟なんてどうやってできるものなんだろう。現在進行形のボクでさえ、こんなにもとまどうことなのに、きっと何監督にとっては覚悟以前の問題だ。

 ボクの頭の中は、自分のことと何監督のことが混ざり合って、混乱するばかりだった。

         *      *      * 

 

 番組収録も無事に終わり、ボクはそのまま莉莉の家に行った。ヤンさんはボクが莉莉の家に行くと言うといい顔をしないけど、ブツブツ言いながらもいつも送ってくれる。

「じゃあ、二人ともお疲れ様。明日7時に迎えに来るから。撮影があるんだからちゃんと眠って疲れをとりなさいよ! いい?」

 ヤンさんはいつものように遠まわしに釘を刺す。

「あんたたち! アツアツの呉尊とヒロに当てられてないでしょうねえ? でもあんたたちの初夜じゃないんだからね! じゃあおやすみ~いい夢を~」

 マーキーは相変わらずストレートに釘を刺す。一週間休暇を取っているヒロの代わりに、マーキーがついてくれることになったのはいいけど、ヒロの用意したこだわりの衣装に自分なりのアレンジを入れようとしてくるから困ってしまう。ボクの悩みはいろんな意味で尽きない。

 結婚式の引き出物を車から降ろしていると、莉莉はボクが注意する暇もなく、階段を駆け上がっていった。転んだらと思うとヒヤヒヤなボクの心配をよそに・・・。

        *        *        *

「小霖、やっぱりヘン!」

「え?」

 ベッドに座って考え込んでいると、莉莉は洗った髪をタオルで拭きながら隣に座ってボクの顔をのぞき込む。

「なんだか浮かない顔してる。もしかしてヒロが結婚しちゃって寂しいんだ?」

 莉莉はちっとも自分の置かれてる状況をわかっていない。

 何監督だってそうだ。まさか自分が23年も前に父親になってるとは思ってもいないはずだ。

「キレイだったな~ヒロと阿明・・・呉尊も亦儒も素敵な旦那様で、二人とも幸せだね」

 莉莉は結婚式の余韻に浸って瞳を輝かせている。やっぱり女の子ってのは結婚に憧れて、結婚に幸せを求めるものなんだろうか。

 ボクはもうあれこれ考えたり迷うのはやめにした。ボクがしっかり男らしく決めないといけないんだ。何があっても莉莉との子供を諦めることなんて出来ない。事務所には誠意を持って謝るしかない!

「莉莉・・・明日一緒に病院へ行こう」

「小霖ったらまだ言ってる~。もうなんともないってば!」

 取り合わない莉莉を強く抱き寄せ唇を重ねる。ボクのありったけの気持ちを証明したかったんだ。ボクは我を忘れたようにキスする。

「小霖・・・ダメ・・・その気になっちゃうよ・・・」

 莉莉は唇を引き離して、そう拒絶しながらも、すぐ自分から唇を重ねてくる。

「やっぱりダメ! 明日、朝早いし・・・撮影だし・・・」

「守りたいんだ! ・・・莉莉のことも、お腹の子のことも! 愛してるから!」

 ボクは思わず莉莉の言葉をさえぎってそう叫んでいた。

だけど莉莉は何も答えない。しばらく抱きしめていると、おそるおそる莉莉は口を開く。

「・・・もしかして小霖・・・赤ちゃんできちゃったって・・・思ってる?」

「だから明日病院に!」

「違うの・・・」

「隠すなよ! ちゃんとボクが守るから・・・」

「だから、もう違うってば!!」

 莉莉は語気を強めてそう叫ぶと、ボクから体を引き離した。

え?・・・・・・

「違うって? でもシンガポールの夜にさ・・・」 

「シンガポールの夜?」

 莉莉はすぐに思い出したのか、顔を真っ赤にした。

「ホントに違うんだってば・・・だってシンガポールから帰ってきてすぐに来たもの・・・アレ」

「嘘だろ? じゃあ“あのとき”ってどのときなんだよ!」

「あのとき?」

「会場を飛び出す前に言ってただろ? “まさかあのときの”って!」

「それは・・・昨日の夜のことだってば。マンゴープリン・・・昨日の夜食べちゃったの。ちょっとすっぱいかなって思ったけど・・・」

「まさか差し入れでもらった、あのマンゴープリン?」

 あれっていつ貰ったんだっけか? ずいぶん前だったような・・・。それじゃあ・・・

「・・・食あたりなのか? 本当に?」

「だってどうしても食べたくなったんだもん! 忙しくてすっかり冷蔵庫にあるのを忘れてたの。食べ物を捨てるなんて出来ないし、それに行列のできるお店で有名なマンゴープリンなんだから! あ、でも食あたりはしてなかったみたい。披露宴のお料理食べたらすぐに気持ち悪いの治ったもん。緊張とお腹すき過ぎのせいだったみたい」

 なんだよ・・・なんなんだ・・・。じゃあボクは父親になることもなければ結婚もまだまだ先ってことなのか? 力も気も抜けてボクはそのままベッドに倒れこむ。

 そんなボクの隣で、莉莉も横になってボクをじっとみつめてくる。

「小霖、さっきのってプロポーズだった?」

「ん?」

「“守りたい”って言ったじゃない、あたしと赤ちゃんを。それに“愛してる”って」

「え? あ・・・うん・・・」

「勘違いからのプロポーズだから忘れてあげる。・・・でもすっごく嬉しかった・・・あたしも愛してる・・・」 

 莉莉は瞳をうるませてゆっくりと顔を近づけてくる。

「キスだけ・・・ね・・・」

 ・・・そんなのムリだ。唇が重なって、その柔らかさに、ぬくもりに。気持ちを確かめ合ったばかりのボクたちの思いは一つになって、もう止められない。

 莉莉のパーカーのファスナーをゆっくりおろすと、胸元にはボクがプレゼントしたエンジェルハートのペンダントが光っている。下着をつけていないことは服の上からの感触でわかっていた。

 そんないいところで莉莉の携帯が鳴る。まさか出ないよな。

「小霖ストップ! ん? ウィルバー?」

 無情にも携帯に出る莉莉。一生恨んでやる潘瑋柏(パン・ウェイボー)

「・・・下で禹哲が酔いつぶれちゃったんだって・・・」

BaTで? 禹哲が?」

「今から翔(シャン)と二人でここまで連れてくるって」

 嘘だろ!? 最悪だ。禹哲が酔いつぶれた理由はわかってる。気持ちもわかる。

 だからといってなんでボクらが面倒みないといけないんだ!! 

 数分して、泥酔した禹哲がウィルバーと高以翔(カオ・イーシャン)の間に吊られ、ひきずられるようにして現れた。

「来てたのか、炎亞綸。ちょうどいい、オーナーをよろしくな」

「悪いな、いいところを邪魔してさ。それじゃごゆっくり」

 二人はそう言って、ほとんど意識のない禹哲の体を強引に預けると、さっさと行ってしまった。

 重っ! どこがちょうどいいんだウィルバーめ! 何がごゆっくりだ高以翔!

 やっとのことでソファに禹哲を寝かせる。莉莉が布団をかけながら心配そうに言う。

「ねえ・・・禹哲がこんなに飲んじゃうのって初めてよ。どうしちゃったのかな」

 莉莉は知らないんだ。禹哲がどんなにヒロを思っていたかを・・・。

 それにしても案外不器用なヤツなんだな、禹哲って。いまだに引きずってたんだ。

 だけど過去は変えられなくても、未来は変えられる。

 失恋は消せなくても、これから新しい出会いはきっとある。全部禹哲次第だ。

 

 莉莉の過去は、父親が存在しなくても成立したけど、未来に父親は必要になるだろうか。ボクの過去と未来は、莉莉なしでは語れない。

 過去から未来へと繋ぐ、現在の自分を、今は精一杯生きるだけだ。

 

 気がつくと莉莉は、ソファで寝息をたてている禹哲の枕元に突っ伏して眠っていた。

 兄と妹同然の二人に、今でこそ嫉妬も何もないけど、とんだお邪魔虫の登場に多少なりとも腹がたつ。

 禹哲の両頬を指でつまんでひっぱってみる。すると禹哲の閉じた瞼の端から一粒の涙がこぼれ落ちた。思わずつまんでいた頬を放す。痛かったのかな? それとも・・・。

 だけど禹哲は再び穏やかな寝息をたて始めた。どんな夢を見ていたんだろう。

 

 それから莉莉を抱き上げ、ベッドに寝かせた。

 莉莉のあどけない天使の寝顔に癒され、ようやく気持ちが落ち着いてきた。結婚式のことや、久しぶりに4人がそろったことが、今になって甦ってくる。

 呉尊とヒロは今頃二人きりになれたんだろうか。ヒロはやっと幸せになれるんだ。

 亦儒兄さんと姉さんは今日の再出発でもっと幸せになってほしい。

 そして大東と櫻雪は、来月結婚する。いろいろあったみたいだけど、偉偉と三人できっと幸せになるはずだ。今頃上の階の部屋で、ボクと同じように天使の寝顔に癒されてるにちがいない。

 気がつくと、ボクはあの歌を口ずさんでいた。もともと裕惠に子守唄代わりに聞かせていた歌だった。

 するとボクの口からこんな言葉が自然に飛び出した。

「莉莉、百万回言っても足りないくらい、愛してる」

 そしてボクは、

 ボクの天使の唇に、

 ありったけの愛をこめてキスをする。

飛輪海小説『ステップアップ!』SP~最終章「誓いの言葉」へつづく・・・

目次と登場人物~SP

目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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飛輪海小説『ステップアップ!』SP~第二章

          第二章  「秘密と真実」

阿明篇

 小霖(シャオリン)に連れられ招待客の控え室へ戻ると、裕惠(ユーフイ)と凌晨(リンチェン)はもう起きていた。それどころか裕惠は泣いている。凌晨は莉莉の腕の中で笑っていた。

「ママ!」

 飛びつく裕惠を抱きしめる。

「兄さんは?」

 小霖が母にそう聞くと、母の表情が曇る。

「それがまだなのよ・・・亦儒ったら携帯にも出なくて」

「おまえたち、亦儒は仕事中なんだから、むげに電話するんじゃないぞ」

「父さん、陳家は? 亦儒兄さんの両親とお姉さんも招待されてるんだろ?」

「ああ、大東のお母さんと一緒にさっき挨拶にみえてね、陳社長が申し訳ないと詫びてくださったよ・・・明日が納期だったはずの仕事が、今日に繰り上がったらしい。亦儒の大事なプロジェクトのようだから仕方がないだろう」

「お客様。そろそろ始まりますので、ご準備ください」

 ホテルの係りの女性は、小霖を見ると目を輝かせた。

「わかりました。どうもありがとう」

 小霖はとびきりの笑顔で答えた。係りの女性は顔を赤らめて立ち尽くしている。 炎亞綸にそんな笑顔をされたら、誰だってこうなるに決まってる。

 亦儒はまだ現れないのに、呉尊とヒロの結婚式は始まろうとしていた。

 

 呉尊とヒロは、人前式を行う。呉尊が無宗教だからじゃない。みんなへの感謝の表れだ。とっても二人らしい選択だなって思った。それなのに、立会人代表である亦儒が来ていないなんて・・・。

 円卓の席につく。回りを見渡すと、もうほとんどの招待客が集まっていた。まだ公になっていないせいで、ホントに極親しい人たちだけしか招待されていない。

 わたしのテーブルは、小霖、莉莉(リーリー)、大東、櫻雪(ユンシュエ)、偉偉(ウェイウェイ)、裕惠・・・そして亦儒が座ることになっている。禹哲(ユージャ)は仕事で欠席らしい。禹哲はデビューして半年になるけど、今では恩人の結婚式に出られないくらい忙しいみたい。ヒロの努力のおかげで今の禹哲があるはずなのに、欠席する禹哲が少し薄情にさえ思える。前にそう言ったら、ヒロはただ笑っていた。いつか京都のお寺で見た、観音菩薩のような優しいけど寂しげな笑み・・・。今思えばヒロと禹哲の間に、何かあったからなのかもしれない。そんな気がした。

 

 隣のテーブルにはわたしの両親、生後一ヶ月の凌晨、大東のお母さん、亦儒の両親、お姉さんがいる。挨拶をしにいくと、お義父さんとお義母さんが申し訳なさそうに亦儒の不在をわたしに謝ってくださった。そして大東のお母さんに出産祝いのお礼を言うと、手をしっかりと握って映画のお礼を何度も何度も言ってくれるものだから、ヒロの式が始まる前から泣きそうになってしまった。

 大東の映画俳優としての成功は、大東の才能と努力あってのことだ。わたしはそれを発揮できる場所を提供しただけに過ぎない。

 

 それから、わたしの後ろのテーブルには、マネージャーのヤンさん、スタイリストのマーキーさん、林志玲(リン・チーリン)Makiyo、そして5月に結婚した黑人(ヘイレン)、范范(ファンファン)夫妻が顔をそろえていた。

 そしてその新婚の黑人、范范夫妻が仲良く寄り添うようにやってきた。

「大東、櫻雪。次は君たちの番だな」

「来月のクリスマスですってね。ステキ! 幸せになってね」

「ありがとう、ふたりみたいな夫婦になれるようにがんばるわ」

「大東、櫻雪を泣かすなよ。櫻雪、マリッジブルーになってないか?」

「心配ないさ、なあ櫻雪!」

「ええ」

 櫻雪はにっこりと笑った。大東と櫻雪、幸せそうでうらやましい。黑人と范范夫妻も・・・。

 あさって、またブルネイで披露宴が行われるため、今日は日本式の進行になっている。

 日本では、うしろの両端に親族のテーブルがそれぞれ用意されるらしいけれど、呉尊のたっての希望で、一番前に親族席を持ってくる台湾式になっていた。

 服装はヒロの家族に失礼がないようにと、日本式で招待客もきちんとした服装だ。台湾では普段着で気軽に参加する人もいるくらい、わりと簡単な食事会気分の人が多い。

 日本の映画やドラマで見る女性は、結婚式では着物やドレスを着ていて、素敵だなって思っていた。だからわたしもドレスを新調して今日と言う日にのぞんだ。でも、以前なら一番に褒め称えてくれていた亦儒は、今はそばにいない・・・。 

 

 会場内の音楽が変わった。気がつくといつの間にか呉尊が数メートル先に立っている。呉尊はわたしを見て、にっこり笑ってうなずいた。不安げな顔をしていたからなのかもしれない。会場の照明が落ちて、扉にスポットライトが当たる。扉が開くと、ヒロがお父さんであろう人と腕を組んで立っていた。お父さん似ってヒロが言ってたのを納得してしまうくらい似ている。だけどどうしよう・・・すぐに人前式が始まってしまうのに亦儒はまだ来ない・・・。

 ヒロは時間を引き伸ばそうとしてくれているのか、ゆっくりすぎるくらいゆっくり歩いている。わたしのそばを通ったとき、そっとヒロが耳打ちする。

「来たわよ、あなたのダーリンが」

 え? ふと亦儒の気配を感じた。振り返ると後ろに亦儒が拍手をしながら立っていた。

「遅れてごめん」

 亦儒はわたしの耳元でそう言った。間に合ったのね・・・よかった・・・。何にホッとしたのか自分でもわからない。でも亦儒は笑顔だけど、わたしの目を見てはくれなかった。そんなことの一つ一つがまたわたしを不安にさせる。

 それでも式は粛々と進行していく。ヒロはお父さんから呉尊に委ねられ、わたしは亦儒に促されて二人の前へと進み出る。ヒロ、本当にキレイ・・・。いいな・・・ウエディングドレスって、こんなにも女をキレイに見せるんだ。・・・わたしは着ることのできなかったウエディングドレスへの未練が、沸々と湧いてくる。婚約披露パーティーの前日にわかった妊娠。そのせいで急に婚約披露パーティーはそのまま結婚披露宴と変わってしまった。ヒロのデザインしてくれたあのパープルのカクテルドレスは素敵だったけど、やっぱり白いドレスを着ることが夢だった・・・。

「さあ、席に戻ろう」

 亦儒の声で我に返る。いつの間にか人前式は終わっていた。わたしったら自分の想いにとらわれていて何も覚えていない・・・。大切な親友の大事な式だったのに・・・。会食が始まっても料理がノドを通らない。ただ、機械的に裕惠の料理を取り分けて、嫌がる裕惠の口へ運んでいた。

「もう食べたくない! こんなのキライ!」

 裕惠は毎日こんな調子だった。前はあんなに聞き分けのいい子だったのに・・・いつまでこんなことが続くんだろう・・・。

「嫌いなら何も食べなければいいわ!」

「やだもん! ユーフイ食べるもん!」

 裕惠が泣き出した。隣の席の莉莉が裕惠をなだめている。亦儒は他のテーブルをまわっていて席をはずしていたけど、そんなことはどうでもいい。わたしは迷わず席を立ち、泣いている裕惠を置いて会場を後にした。

 

 さっきのアンティークの長椅子までたどり着くと崩れ落ちるように腰掛ける。もうすでに自己嫌悪だ。以前のわたしはこんなに短気じゃなかった。もっとちゃんと裕惠に向き合っていたのに、今では逃げ出すことしか思いつかなかった。何やってるんだろ・・・。これじゃ亦儒だけじゃなくて、子供たちからもそっぽを向かれてしまう・・・。涙が零れ落ちてシルバーグレーのドレスにいくつものシミを作っていく。

「阿明」

 顔を上げるとそこには純白のドレスに身を包んだヒロが、菩薩様のような微笑をたたえて立っていた。

「さあ、阿明、こっちへ来て」

 ヒロはわたしの手を引っぱっていく。

「ヒロ! どこへ行くの!?」

 連れられて行った場所はヒロの控え室だった。

「ヒロは戻って! 新婦がいないなんて・・・」

「大丈夫、もうすぐ亞綸と莉莉のライブが始まるから。さあ、準備始めよっか」

「何を?」

 ヒロは答えずに笑ってる。そして間仕切りのアコーディオンカーテンをゆっくりと開ける。

 ドレスだ・・・。カーテンの向こうには、真っ白なドレスが架かっていた。

 それは“わたしのウエディングドレス”だとすぐにわかった。ヒロを抱きしめ、言葉にならなくて涙だけが溢れてくる。ヒロが優しくわたしの背中をポンポンと叩く。

「ほら、スタイリング開始! メイク直すから涙はしばらく我慢しなさい」

 どちらが年上なのかわからない。誕生日がくれば、わたしのほうが一つ上で30歳になるのに、年下のヒロがいつもわたしを支えてくれている。

 なんてステキなウエディングドレスなんだろう! ヒロのスレンダーなドレスとは対照的に、お姫様みたいに膨らんだラインのスウィートなデザインだ。

 子供の頃、お嫁さんになることを夢見て、ママに話して聞かせた物語に出てくるわたしのウエディングドレスは、きっとこれだったんだと思った。これはわたしが思い描いていた理想のウエディングドレス・・・。

 ヒロはいつのまに準備してくれていたんだろう。自分のことだけでも大変だったはずなのに。

「ねえ、ヒロ・・・亦儒も今頃このサプライズに驚いてるよね・・・喜んでるかな?」

 ヒロは最後の仕上げのベールを、結い上げた髪に慎重につけてくれている。スタイリングが終わりに近づくほどに、緊張してくる。亦儒が驚きはしても喜んでいるかどうかが気になって仕方がない。

「そうねえ・・・亦儒は驚きもしてなければ、まだ喜んでもいないんじゃない?」

 わたしの心臓は止まった。ノドがカラカラになって言葉が出ない。

「だってね阿明、もともと亦儒が言い出したことなんだから」

 止まっていた心臓が急激に鼓動し始める。

「・・・亦儒が? どういうこと、ヒロ! 亦儒が何を言い出したの?」

「亦儒が阿明のウエディングドレス姿を見たいって言ったのよ」

「いつ? いつそんなことを?」

「一ヶ月前かな。凌晨が生まれたちょっと後。呉尊のマンションにフィットネスゾーン台北ジムの資料を亦儒が持ってきてくれたとき。亦儒が私たちの前でそう言ったから、すぐにデザイン画を見せたの」

「すぐに? え? でもデザイン画がどうしてあったの?」

「春頃に自分のドレスをデザインしてたら、阿明のドレスのアイデアがどんどん湧いてきちゃったのよ。だから対になってるの。ほら、イメージやラインはまったく違うけど、生地は一緒でしょ?」

 本当だ。しかも立ち上がって並ぶと私たちのドレスは一枚の絵のように、パールや刺繍が繋がっていた。

「亦儒がそのデザインを気に入ってくれて、その場で正式にウエディングドレスを注文してくれたから、もう工房に頼んであって縫製中よって伝えたの。さすがにその時の亦儒は驚いてたわね」

 ・・・亦儒がこのドレスを・・・。

 

ヒロ篇

「二人へのサプライズにしようと思ってたのに、亦儒は驚く側から仕掛ける側に変わったってわけ。だから今頃、ドキドキして楽しみにしてるんじゃない?」

「・・・嘘みたい・・・信じられない・・・」

「亦儒からのプレゼントよ。もう泣かなくていいから。何も心配しないで、阿明」

「だって・・・もうずっと目も合わせてないの、わたしたち・・・。それにいつもの言葉も言ってくれなくなったし」

「嘘!? “百万回言っても足りないくらい・・・”ってあの亦儒が言わなくなったの? いつから?」

3日前・・・多分」

 ・・・3日? たった3日が“もうずっと”なの!? 阿明の常識はずれな感覚に、どれほど亦儒に愛されてきたかが想像できる。ううん、想像を超えてる。

「阿明・・・あなたは今、世界で一番幸せで一番きれいな花嫁よ。だからもう泣いたら許さないわよ。はい笑顔!」

 私が寄り目にして変顔を作ってみせると、ようやく阿明も笑顔になる。

「わたし、今本当に世界一幸せよ。だからヒロは二番目でいい?」

「やっぱりダメ! 私が世界一だから!」

「わたしだったら!」

 阿明の溢れるような自然な笑顔をやっと見ることができた。それにしても、亦儒が一番悪い! 阿明をこんなに不安にさせるなんて、亦儒らしくない。

 会場の扉の前でスタンバイする。私が阿明をエスコートして入場するのだ。二人とも膨らんだドレスではエスコートしにくいから、私のドレスはスレンダーライン、阿明はプリンセスラインにしてある。それなら、もし産後の阿明のウエストが元に戻ってなくても充分隠せるから、そこまで計算済みだったのだ。

 係りの人がドアを開ける。聞こえるピアノとギターの音色。この歌しかない。阿明と亦儒を祝福する歌は。亞綸と莉莉の生のハーモニーがBGMだなんて、贅沢すぎる? 亦儒は満面の笑顔で待っていると思っていたら、泣きそうな顔をしていた。感無量? きっと彼なりにつらかった一ヶ月だったのかもしれない。愛する妻に隠し事をしていたせいで、自然と避けてしまっていたのだろう。隠し事の前科があったからなおさらだ。私と呉尊が考えたサプライズプランに巻き込んだことを、少しだけ申し訳なく思う。

 ゆっくりと各テーブルをまわっていく。私たちのウエディングドレスのファッションショー気分。阿明と亦儒のご両親も嬉しそう。

 亦儒に阿明を手渡すと、二人はみつめあってやっと笑顔になる。呉尊が亦儒にマイクを渡した。そこでちょうどあの歌のサビの部分になる。

“百万回言っても~足りないくらい愛してる~”

 亦儒はしっかりと阿明の目をみつめながらあの得意の愛の言葉を歌い上げる。

 亞綸と莉莉には、このサプライズのことを今日伝えた。初め私は亦儒に歌わせるつもりなんてなかった。それなのに二人ともノリノリでアイデアを出してきて、結局こんなベタ過ぎる演出になってしまったのだ。でも、ちょっと寒いくらいのほうが亦儒らしいかなって思えてきた。亞綸と莉莉は嬉しそうに演奏してコーラスに徹してくれている。

 実は亦儒に歌ってもらうことは亦儒自身には知らせていなかった。それくらいは亦儒にもサプライズがないとつまらない。だけどさすが亦儒。“昔取った杵柄”って日本の言葉があったはずだけど、まさにそれ! 堂々と歌い上げてしまった。

 歌い終わると亦儒は阿明を抱き寄せ額にキスをした。会場中が歓喜の声と拍手に包まれる。なんだか自分のことよりも二人のことで胸がいっぱいになってしまう。そのときだ。暖かくて大きな手が私の肩を抱き寄せ、私の額にも唇が押し当てられた。見上げると呉尊が微笑んで見下ろしている。さっきの人前式での誓いの言葉が甦る。

“遠く離れていても、抱きしめていても、同じように愛し、守り抜くことを誓います”

 呉尊の言葉には優しさと力強さがこもっていて、私の胸をうった。私の指には今、一つ目のエンゲージリングと、呉尊のお母さんの形見のリングである二つ目のエンゲージリング、そしてマリッジリングの三つの指輪が輝いている。

 このサプライズを、亞綸と同じく今日知らされたばかりの大東が、緊張した面持ちで凌晨を抱っこして亦儒に近づいていく。首の座らない赤ちゃんに慣れてない大東は、亦儒に手渡すとホッとした様子だ。そして櫻雪と偉偉の間で手を繋いで現れたのは、赤ちゃん返り真っ最中の裕惠だ。

 裕惠は櫻雪から花束を受け取ると、偉偉に送り出されて、阿明の前にトコトコと歩み寄る。ママが急に消えて泣いてたんじゃないかって心配してたけど、なんだか様子が違う。阿明がしゃがんで目線を合わせると、裕惠は持っていた花束を可愛らしく阿明に手渡して、ハグしてホッペにキスまでしたのだ。完璧なまでに役目を果たしている。阿明はポロポロと涙をこぼして裕惠を抱きしめた。阿明は裕惠を抱き上げる。そして阿明の涙を拭いてあげる亦儒!

 なんて感動的なの! このサプライズ、何から何まで大成功だ。カメラマンのギャビーは幸せな家族の姿にレンズを向けている。ギャビーのことだから、きっと素敵に撮ってくれてるにちがいない。

 そしてステージから降りた亞綸も加わって、私たちの目の前には飛輪海の四人が久しぶりに顔を揃えていた。なんだか胸が熱くなる。ギャビーは、もちろんその瞬間も逃さずシャッターを切り続ける。

 気がつくと櫻雪がもう一つ花束を持っている。私、櫻雪に一つしか花束を預けなかったはずだけど・・・。櫻雪は花束を裕惠に渡すと、私のほうを指差した。裕惠は大きな花束を抱えてトコトコと歩いてくる。そして偉偉は呉尊の腕を引っぱってきて、私の横に並ばせた。阿明がそのまま小さくなったような可愛い裕惠が、私たちの前に来ると花束を差し出した。

「ヒロママ、尊お兄ちゃま、ゴケッコンおめでとうございましゅ」

 花束を受け取ると、私にもハグとキスをしてくれる。

 呉尊が裕惠を抱き上げる。裕惠は呉尊の腕に腰掛けるようにして肩につかまっている。

「ヒロママ、とってもキレイね!」

「裕惠こそ、とっても可愛いわ! ヒロママと阿明ママの自慢の娘よ!」

 櫻雪を見ると、大東と一緒に笑顔でこっちを見ている。二人からのサプライズってわけね。それにしても裕惠ったら、すっかりいいお姉ちゃんになったように見える。赤ちゃん返りがひどいって聞いていたけど・・・。呉尊が裕惠を床に降ろすと、「バイバイ」と言ってすぐに走り去っていく。そしてなぜだか裕惠は偉偉に駆け寄った。しかも偉偉に頭を撫でられて真っ赤になってる。裕惠ったらあんなに嬉しそうな顔して! 

「裕惠のやつ、おじちゃまのお嫁しゃんになる!って言ってたくせに、ホント浮気者だよな」

 亞綸がそうぼやく。呉尊はそんな亞綸の肩に腕をまわして言う。

「阿布、おまえがそんなこと言えた義理じゃないだろう? 心変わりしたのは、おまえのほうが先だったんだろ? 浮気者はおまえも一緒だ」

「浮気じゃないよ! 莉莉のことは本気だ!」

 亞綸が莉莉にぞっこんなことくらい、周りの人間はみんな知っている。莉莉のこととなると、全部顔に出ちゃうんだから。

 それにしても裕惠の初恋の相手が、大東の息子になろうとしている偉偉だなんて・・・。もし裕惠と偉偉が結婚したら、阿明と大東は親同士だから親戚になってしまう。ふふっ、まさかそんなことになったりしないかな。さすがに。

「莉莉、亞綸、素敵なステージどうもありがとう。でもあんまり見られなかったけど」

 私が改めて御礼を言うと、二人はみつめあって笑った。

「ヒロあってのあたしたちだもん、披露宴で歌わせてもらえて、すっごく嬉しかった! ヒロも阿明もキレイすぎて感動的で歌いながら泣いちゃった! ね、小霖!」

 最近、莉莉は亞綸のこと、本名の愛称で呼ぶようになった。亞綸のお母さんとも本当の母娘みたいだし、互いの家に頻繁に泊まり合ってるくらいだから安泰かな、この二人も。

 いつかきっと結婚して、ステキな家庭を作るんだろうな。不安定だった亞綸を変えてくれた莉莉に、感謝の気持ちでいっぱいになる。亞綸は私にとって弟みたいな存在なのだから。そんなふうに思い巡らせていたときだった。莉莉が口元を押さえて少し前かがみになった。

「やだ、まさかあのときの?」

 莉莉はそうつぶやいてから急に会場から出て行ってしまった。なんだか気分が悪そうだったけど・・・、えっ・・・このシチュエーションって・・・もしかして・・・。

 亞綸の顔を見ると、ただ呆然と見送っている。

「亞綸、何してるの! 早く追いかけて!」

「・・・え? 莉莉、どこ行ったんだろ」

「化粧室に決まってるでしょ! 早く!」

 亞綸はあわてて出て行った。だけどまさか、そんなことって!? 二人にとって、今が一番大事なときなのに!

 私の考え及ばない事態が起きてしまったのかもしれない。

 こんなはずじゃなかった。

 二人をこんなふうにプロデュースするつもりなんて・・・。

 まったくの想定外な展開に、

 私はただ、とまどうしかなかった。

飛輪海小説『ステップアップ!』SP~第三章「過去と未来」へつづく・・・

目次と登場人物~SP

目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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飛輪海小説『ステップアップ!』SP~第一章

         第一章 「光と影」

阿明篇

 亦儒が呼んだ気がした。

「なあに!? 今、手が離せないの!」

 まだ何か言っている。アイメイクの最中にタイミングが悪すぎる。

「聞こえないったら!」

 リビングからこの寝室まで、数秒なんだから言いに来ればいいのに。早くメイクを終わらせて結婚式の会場に向かわないといけないんだから。

 

「ママ~!」

 もうすぐ3歳になる娘の裕惠(ユーフイ)が泣きじゃくりながら寝室に入ってきた。

「どうしたの? パパは?」

「パパ・・・会社に・・・行っちゃった・・・」

 会社? 信じられない。今日はヒロと呉尊の結婚式なのに! 

「ほら泣かないで。もうすぐおじいちゃまとおばあちゃまが迎えに来てくれるから」

荷物はこれと・・・これと・・・あ、紙オムツ!

そして今度は別の泣き声が聞こえてきた。凌晨(リンチェン)だ。陳凌晨(チェン・リンチェン)は一ヶ月前に生まれたばかりの私の息子だ。夜泣きもしない、とっても母親孝行な子なのに、こんなときに限って泣いたりするんだから。

凌晨が生まれてからすぐに始まった裕惠の“赤ちゃん返り”。夜泣きしたり抱っこをせがんだりするから、わたしは双子を生んだくらいの苦労をしている。それなのに亦儒は仕事優先で家族そろっての時間など、ほとんどないくらいだ。

「ママ! ママ~! 抱っこお!」

「裕惠いい加減にして! お姉ちゃんになったんでしょ!!」

「あらあら、大きな声出してどうしたの阿明! 裕惠を怒鳴るなんて」

 お母さんがやっと来てくれた。

「時間がないから、ねえ、お母さん、裕惠を連れて先に降りて行って。お父さんは?」

 そこへお父さんがまだ首の座らない凌晨をあやしながら入ってきた。

「私が裕惠を抱っこするからお母さんは凌晨を頼む。阿明、おまえは荷物を持っていきなさい」

 お父さんはそう言いながら抱いていた凌晨をお母さんに手渡すと、裕惠を抱っこして出て行った。

 

タクシーに乗ると眠気が襲う。裕惠の夜泣きと凌晨にミルクを飲ませるため、この一月、ちゃんと眠れてない。裕惠の赤ちゃん返りの夜泣きがひどくなったこのところ、亦儒はゲストルームで寝起きするようになったくらいだ。仕事があるから睡眠は大事だろうけど、以前よりさらに母子家庭みたいになっている気がする。

それにしても亦儒は、呉尊たちの結婚式に間に合うのかしら・・・。

       *        *        * 

 ホテルに到着して、わたしはすぐに新婦の控え室へ向かった。

 ヒロの仕度が終わったのか、控え室からアシスタントの女の子が出てきたところだ。

「あ、香明(シャンミン)さん! ヒロさん、とってもキレイですよ! 今、ちょうど仕度が済んでお一人ですからどうぞ」

 中に入ると、純白のウエディングドレスで振り返ったヒロが、窓からの太陽光で輝くばかりにキレイに見えた。

「どう? 阿明ったら惚れ直した?」

「うん、呉尊にヒロをとられるかと思うと嫉妬するくらいによ」

「大丈夫。台北にいるときは呉尊の目を盗んでちゃんと会いに行くから」

 ヒロは笑いながらハグしてくれる。

 ウエディングドレスは、もちろんヒロのデザインだ。今日、初めて見た。8月で29歳になったヒロは、光沢があって、スレンダーなラインのエレガントでシックなデザインのドレスがよく似合っていた。スクエアカットのノースリーブで、シンプルな美しさが、ヒロの凛とした一面を引き立てている。

「ねえ、阿明。裕惠と凌晨は?」

「二人とも眠ってる。裕惠ったらもうすぐ3歳なのに最近夜泣きがひどくて、あの子も寝不足なの。来る途中に眠っちゃって、今、お母さんが見てくれてるわ」

 去年までは、ヒロとわたしはまるで夫婦みたいだった。亦儒は仕事で帰りが遅くて、大抵はヒロと夕食を食べて、ヒロが裕惠とお風呂に入ってくれていたのだから。裕惠はヒロのことを“ヒロママ”と呼ぶくらいになついている。ヒロにとっても、ヒロの本名である“裕恵”からもらって名づけた裕惠(ユーフイ)は、目に入れても痛くない存在だ。

「阿明、産後まだ一ヶ月なのにムリさせてごめんね。今日は亦儒と立会人代表、よろしくお願いします」

「ヒロこそうちの弟のことで忙しいのにドレス、準備期間たった二ヶ月でよく間に合わせたわね」

「デザインは前からできてたの。呉尊と戻れるなんて可能性、その頃は1%もなかったのにね。女の執念? でもこんなにも早く夢が叶うなんて、本当に阿明と亦儒のおかげよ」

 ヒロがペロっと舌を出してから笑った。

「あら、でも呉尊だって、ヒロのために一生懸命日本語勉強してたり、事務所との契約も結婚できるように変更してあったり、用意周到だったんでしょ? そうやって会えなかった三年間に二人はちゃんと愛を育んでたから、二人の強い思いが実を結んだのよ」

「あのね、呉尊ったら、自分の誕生日までに、もう一度一か八かプロポーズしようって決めてたらしいの。でもあなたと亦儒があんなサプライズを仕掛けたもんだから、あの日はかなりあせったって」

「あの計画、大変だったのよ! あそこ、人気レストランだから貸しきるのって三ヶ月も前に予約しないといけなかったんだから!」

そうなのだ。わたしと亦儒の結婚記念日であると同時にヒロと呉尊が別れた日でもあった三年前の9月3日。

今年のその日に二人を再会させるのに、どれだけ準備が大変だったか!

三ヶ月前からレストランを予約することから始まり、その日に合わせて呉尊をブルネイから呼び寄せるための亦儒の裏工作やら、ヒロに他の仕事が入らないように、もっと前からオファーのあったわたしとヒロの対談を、その日にしてもらえるように出版社に無理やり頼み込んだのだから。

9月3日という日を最高の記念日に変えるために。

 控え室のドアを誰かがノックした。

「ヒロ! 目を閉じてるから入ってもいいか?」

 呉尊の声だ。わたしは声をひそめる。

「ねえヒロ。呉尊ったら律儀に式までウェディングドレス姿を見ない気ね。わたし、いないふりしてるから」

 わたしが小声でそう提案すると、ヒロもいたずらっ子みたいな笑みを浮べて親指を立てた。

「呉尊! ドアを開けるわね! ちゃんと目を閉じててよ!」

「OK、ヒロ!」

 ヒロがドアを開けると、白いタキシード姿で目を閉じた呉尊が立っている。そしていきなりヒロを抱きしめた。

「やっと抱きしめられた・・・愛してる、ヒロ」

 呉尊の熱い抱擁を目の当たりにして、見てるこっちが照れくさい。

呉尊は先週まで日本で映画の撮影をして、それからブルネイへ帰り、昨夜お父さんやお姉さん一家、お兄さん一家を連れて台北へ戻ってきたらしい。それにヒロの家族も一緒だったから昨日は二人きりには一度もなれなかったみたいだ。

「ヒロ、キレイだ、すごく」

「見てないくせに」

「見なくたってわかるさ。本当にボクは幸せ者だ! 2011年11月9日! 今日と言う日を絶対に忘れない! 愛してるよ、ボクの女王様!」

 ヒロは思わぬ呉尊の勢いに、あせってるようだ。慌てて何かわたしに目配せしている。多分、ちょっと目を閉じててって意味? え? あ・・・

 呉尊がヒロにキスをした。それをヒロが拒む。

「呉尊・・・やだ・・・メイクが崩れちゃ・・・」

 再び呉尊の唇がヒロの唇と重なった。目をそらさなきゃって思うのに、釘付けになってしまう。人のキス現場に遭遇することなんて、初めてだ。それに呉尊ってドラマのときより本物のキスのほうがすごくワイルドでセクシーな感じ! ヒロはわたしが目を閉じてると信じてるのか、拒みきれなくてもう二人の世界に入り込んでしまっている。ヒロってこんなに女っぽい顔するんだ、呉尊とキスするときは・・・。なんだか体が熱くなる。わたしの小説のキスシーンはキレイすぎるって時々編集者からダメだしされる。だからちょっと参考になったかも・・・。

 

そこでまた誰かがノックする。二人はとっさに唇を離す。わたしはすぐに二人に背中を向けて見ていなかったふりをした。

「は、はい!」

 ヒロがあせった様子で返事をした。

「ヒロ? ・・・莉莉(リーリー)も一緒だけど入っていい?」

 弟の声だ。

「やだ、亞綸と莉莉よ。呉尊、私のメイク大丈夫? ああ! ダメダメ! 目を開けないでね!」

 ヒロは慌てて呉尊を目隠しする。

「とりあえず呉尊は退場! いい?」

「ああ、わかったよ。ボクの女王様の命令は絶対だからね、じゃあ、続きはまたあとの楽しみにとっておくよ」

 ヒロは素早く鏡でメイクをチェックをして乱れを直してから、ドアを開けて呉尊の背中を押して外へ追いやった。もちろん弟と莉莉は驚いた顔をしている。

「やあ、莉莉、阿布! 今日は来てくれてありがとう。じゃあ、またあとで!」

 呉尊はそれだけ言ってそそくさと去っていった。

「ねえヒロ。呉尊、ああやってずっと目をつぶってたの?」

 弟がそう可笑しそうに呉尊を見送っている。

「キャー! ヒロ、すごくキレイ!! おめでとう!」

「ありがとう、莉莉!」

「たしかに、今までで一番キレイだよ、ヒロ」

 弟はそう言いながら、ヒロの口元をジッと見ている。弟のことだから、もしかして見抜いてしまったのかも。二人がキスしてたこと。いつか、わたしと大東がキスした夜も、あの子はそんな目でわたしの口元を・・・唇を見ていた。大東と・・・エレベーターでキス・・・やだ、変なこと思い出しちゃった。顔が熱い。そんなときに弟と目が合ってしまう。

「姉さんいたの? え? いつからそこに?」

「えっと・・・さっきから・・・かな?」

弟が驚くのも仕方ない。二人がキスしてたはずのこの部屋に、わたしがいたとなれば変に思うに決まってる。

「姉さん、大丈夫? なんか顔が赤いよ。熱あるんじゃない?」

 弟は近寄るとすぐにわたしのおデコに手を当てた。キスされるかと思ったくらい、弟は顔を近づけてさりげなくそんなことをやってのける。弟の手のぬくもりがわたしをドキドキさせて余計に顔が赤くなりそうだ。今日のわたし、なんかヘンだ。

「大丈夫よ小霖(シャオリン)。そうだ、今日の二人のミニライブ、楽しみにしてるわね!」

わたしは弟を避けるように話をはぐらかす。

「今日の莉莉の衣装も素敵よ」

「でしょ?」 

 スタイリストのヒロが自慢げに答える。元のふわふわロングも可愛かったけど、デビューをきっかけにバッサリ切ったショートは、莉莉の別の魅力を引き出したように思う。それにボーイッシュなほうが、亞綸ファンから反感をかいにくいのも事実だ。ヒロのプロデュースの才能にただただ感心してしまう。

 6月に発売した弟のアルバムは、出だしは好調だったのに関わらず、すぐに売れ行きが停滞してしまった。元々炎亞綸のファンだった人が買っても、それ以上の広がりがなかったからだ。だけどそのアルバムをヒロが何(ホー)監督に持ち込んだのだ。そして気に入った何監督が、大東主演の映画『非・以心傳心』のエンディングや挿入歌に使ってくれたおかげで、公開前後から急速にまたアルバムが売れ始めた。そして今では話題の人気ユニットになっていた。

でも実際のところ、莉莉は3曲のデュエットとコーラスを数曲担当しただけで、ジャケットにさえも登場していない。フォトブックにワンカットだけ何気なく写っているくらいなのが控え目で良かったのか、ファンからは支持されているみたいだ。それに二人の恋の噂も人気に拍車をかけているらしい。

 そして大東が歌う主題歌も4週連続チャート入りしているし、映画自身も観客動員数一位をキープしていた。わたしの書いた小説が、大東、ヒロ、小霖、莉莉・・・もちろん何監督のおかげで、生き生きとした映像作品に生まれ変わったのだ。こんな作家冥利に尽きる幸せなことはない。

 それに、今からヒロたちの披露宴で、弟と莉莉のミニライブを観られるなんて!

「兄さん間に合うかな? トラブルがあって会社に行ったんだろ?」

「嘘!? 亦儒、まだ来てないの? ねえ阿明ホント!?」

「え? うん、まだ・・・だと思う。連絡ないからわからないけど」

「よっぽど大変な事態なんじゃない? 毎日“百万回言っても足りないくらい愛してる!”って電話してくる亦儒が阿明に電話してこないなんて」

 ヒロに、そう言われて胸がギュッと苦しくなった。だって亦儒から、その言葉をもうずっと聞いていない気がしたから。

「じゃあボクと莉莉は機材確認してくるよ。ヒロ、ホントにおめでとう」

 弟と莉莉はかわるがわるヒロとハグして出て行った。

「ヒロ、わたしもそろそろ行くわね。子供たちが起きてるといけないから・・・」

「早く私も裕惠をギュってしたいわ。もう一ヶ月も会ってないんだもん」

「ええ。裕惠も楽しみにしてたわ、ヒロママの花嫁姿を。・・・ホントにキレイよ、ヒロ。またあとでね」

 わたしは必死に気持ちを立て直しながらヒロとハグして新婦控え室を後にした。 

 

そうだ。わたしと亦儒、ずっとまともに話してない。寝室も別で、キスどころか、ハグさえも、それに目を合わせることもなくなっている。そんなことにも気付かずにいたわたし・・・。平気だったから? ううん、気付いてしまった今は全然平気じゃない。でも気付く前は気にもしてなかった、そんなこと。わたし、亦儒を見失っていたみたい・・・。どうしよう・・・。亦儒もわたしを見失っていたら、どうすればいいの・・・。言いようのない不安と孤独感に押しつぶされそうになる。

まるで光と影のように対照的なヒロとわたしの現実・・・。

「阿明!」

 櫻雪(ユンシュエ)だった。その後ろには大東と偉偉(ウェイウェイ)がいる。

「・・・櫻雪。この前は凌晨の出産祝いありがとう。大東も・・・」

「どういたしまして。阿明、もしかして具合が悪いんじゃない? 顔色が悪いわ。産後まだ一ヶ月でしょ?」

櫻雪に促されて、わたしはロビーにあるアンティーク調の長椅子に腰掛けた。

「大丈夫よ櫻雪・・・なんでもないの・・・ヒロの控え室へ行くんでしょ? とってもキレイだったわ、早く見に行ってあげて」

「そうなの? 楽しみだわ。・・・ねえ、大東。私、偉偉と先にヒロに会ってくるわ・・・だから大東は・・・」

「ああ」

 櫻雪が大東に何か小声で話している。

 

気付くとわたしは大東と二人きりでいた。大東は何を言うでもなく、ただわたしの隣に座っていた。一人分座れるくらいの間を空けて。

「また大東たちに心配かけちゃってるね。ごめんね、大東」

「ったく毎度毎度で慣れてるよ。今さら気にするな」

 久しぶりに昔みたいな口調の大東に、なんだかホッとした。

「大東・・・何も聞かないでくれて・・・ありがとう」

「おまえが言いたくない気がしただけだ」

 大東って、こんなに気の利く人だったかな・・・。きっと櫻雪の影響ね。

大東の言うとおり、亦儒のこと、しらふではとてもじゃないけど大東には話せない。話したくない。

この冬、酔っ払って、大東に泣きついたときのことは、今思い出しても落ち込むくらいだ。多分わたし、この冬のことだけじゃなくて、あの夏のこともまだ少し負い目を感じてる。

3年前の夏、あのエレベーターの中では、あの瞬間だけは、わたしは大東とのキスに全身で喜びを感じていた。あとで大東を苦しめることになるなんて、考えもしないで・・・。

でも今はただ、親友として一緒にいてくれる大東がわたしの孤独感を紛らわせてくれる。ちゃんと距離をとって、最善を尽くす大東。今も、わたしに一度も触れようとはしない。大東は櫻雪と婚約しているのだから当たり前だ。

そのときだった、どこかでシャッターを切る音がした。大東がわたしの顔を隠すようにしてわたしの頭を抱きかかえた。

「やめろ! やめてくれ!」

 大東が叫ぶ。もしかして、これってパパラッチなの!?

「せっかくいい雰囲気だから記念に撮ってやろうと思ったのにな。汪東城!」

 やっぱりパパラッチ!? どうしよう!

「おまえなあ! 驚かせるなよ!」

 え? 誰なの? わたしは大東の胸に顔を押し付けられるようにして抱きしめられていて、それが誰なのかわからない。

「あ、阿明・・・大丈夫だ、こいつはオレの専属カメラマン・・・みたいなもんだよな? なあ李鈞天!」

「ギャビーって呼べって言ってるだろうが!」

「ちょっと人気カメラマンになったからって気取るなよ。そうそう、亞綸のソロアルバムのジャケ写とフォトブックもギャビーが撮ったんだよな」

「おい、汪東城。いつまで抱きしめてるんだ。彼女、苦しそうだぞ。おまえの筋肉に締め付けられてさ」

「悪い! 大丈夫か?」

 やっと大東の腕の中から介抱されて、わたしは大きく深呼吸する。だけどドキドキが止まらない。小霖と莉莉が言ってた面白いカメラマンってこの人なんだ。

「初めまして、ギャビーさん。わたしは・・・」

「辰亦儒の奥さんだろ? 初めましてじゃないんだけどな」

「え!?」

 わたし、全然記憶にない・・・この人のこと。

「その話、蒸し返すなよギャビー。それより今日の結婚式、ちゃんと撮ってくれよ。腕だけは信じてるからな」

 わたし、いつこの人と会ったんだろう・・・大東にうやむやにされてしまってなんだかスッキリしない。

「大東! あ、ギャビーも? ここで何やってんの? あれ、姉さん、やっぱり調子悪いの?」

「ちょっと疲れてるみたいだ。・・・亞綸、おまえ歌うんだろ? 準備いいのか?」

「うん、もう済んだよ」

「じゃあ阿明を連れてってやれ。オレはヒロのとこに顔出すからさ。ギャビー、式の前のヒロを撮ってやってくれよ」

  大東は「じゃあな」と言って立ち上がる。もう行ってしまうの? ホントはもう少し一緒にいてほしいのに・・・。“ドキドキ”の余韻を残したまま大東は去っていった。

 その余韻が冷めない間に、弟はわたしのそばに腰掛けた。

「姉さん、さっきより顔が赤い・・・やっぱ熱・・・」

 弟はそう言いながらおでことおでこをくっつけた。あまりに自然すぎて、抵抗できない。抵抗するほうが意識してるみたいで、かえっておかしい気がしたから。

今度こそ本当にキスしちゃいそうなシチュエーションで、わたしの鼓動は加速する。今にも唇が触れてしまいそう・・・。この子のキスってどんな感じなんだろ・・・やだ、もっとドキドキしちゃう! わたし、恋愛小説家のくせに、こんな感情からしばらく遠ざかっていた。こんなの、ずっと忘れていた。亦儒とは子供たちの“両親”でしかなく、ドキドキなんてしなくなってしまっていた。それなのに、大東や弟はわたしをこんなにもドキドキさせるなんて・・・。

 弟は平気でお母さんにキスするのに、わたしには一度もしたことがない。別にしてほしいとか思ってるんじゃない。されても困るし。わたしたち、血が繋がってないんだし・・・。

「キスするみたいでドキドキする?」

「え!?」

 反射的に小霖から顔を遠ざける。

「ほら、姉さん、ドキドキしてるときの顔、可愛いからすぐわかる」

「もう、小霖ったらからかわないで!」

 恥ずかしくてうつむくしかない。小霖から可愛いなんて言われたのは初めてだ。

「・・・だけど大東の前でそんな顔するなよ」

「やだ何言ってるの!」

「大東もだ。さっき妙に早口でしゃべりまくってさ、意識してんのバレバレなんだよ」

 気付かなかった・・・。大東はもうなんとも思ってないって思ってた。小霖が言うと妙に真実味を帯びてくる。大東もドキドキしてたの?・・・そう思い返すだけでまた鼓動が速くなる。

「またその顔・・・」

 小霖がイラついた様子でポツリとつぶやく。わたしは思わず手で顔を覆った。

「兄さんの前ではそういう顔しなくなったよな。最近」

 小霖はよく莉莉を連れてうちに夕食を食べに来ていた。うちや実家か、BaTならパパラッチに撮られる心配がないからだ。それに莉莉は子供たちの世話をしてくれて、わたしもとても助かっていた。先週は、珍しく亦儒が帰っているときに二人も来ていたのだけど、まさか小霖がそんなことに気付いていたなんて・・・。

 でも仕方ない。最近、ほとんど家にいない亦儒が悪いんだ。今だって、亦儒はそばにいてくれない・・・。親友の結婚式より仕事を選ぶような人に変わってしまったんだ。そう・・・わたしより仕事が大事な人に・・・。

飛輪海小説『ステップアップ!』SP~第二章「秘密と真実」へつづく・・・

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