飛輪海小説『ステップアップ!』東綸篇

目次と登場人物~大東&亞綸篇

飛輪海小説『ステップアップ!』ヒロ&アミン篇を読んだことのない初めての方はコチラからどうぞhappy01

              

飛輪海小説第2弾『ステップアップ!』大東&亞綸篇 

構想期間2009年10月~

執筆期間2009年11月28日~

連載期間2010年1月22日~9月6日

設定期間2010年12月初旬~2011年3月20日fullmoon

clover あらすじ clover

亦儒と阿明(アミン)のサプライズ結婚から二年が過ぎた冬。

大東と亞綸はいまだ彼女ナシ。

そんな二人の前に現れた受付嬢の櫻雪(ユンシュエ)と保育士の莉莉(リーリー)。

大東は櫻雪の香水に惹かれて以来、彼女のことが気になる存在に。

亞綸は強引な莉莉にとまどいながらも彼女の歌声に魅せられて・・・。

一方、円満だと思われていた亦儒と阿明に夫婦の危機が訪れ、

仕事一筋の生活を送っていたヒロには新しい出会いが・・・。

そしてヒロを見守り続ける呉尊にも、恋のチャンスが訪れる!?

それぞれが恋愛に仕事に、さらにステップアップしていきます! 

clover 登場人物 clover

大東:ダートン(29) 汪東城。人気俳優、シンガー。

亞綸:ヤールン(25) 炎亞綸。人気俳優、シンガー。

櫻雪:ユンシュエ(?) 唐櫻雪。受付嬢。

莉莉:リーリー(23) 黄莉莉。保育士。シンガーソングライター志望。

呉尊:ウーズン(31) 人気俳優。日本でブレイク中。一年の半分はブルネイですごす。

亦儒:イールー(30) 陳奕儒。芸能界引退後実業家に。愛妻家で愛娘を溺愛。

禹哲:ユージャ(26) 唐禹哲。バーテンダー。シンガー志望。

偉偉:ウェイウェイ(6) 馬俊偉。大東ファン。託児所から度々脱走。

阿明:アミン(29) 呉香明。人気作家の明日香:ミンリーシャン。亦儒夫人。

ヒロ(28) 桐村裕恵。日本人トップスタイリスト。呉尊の元婚約者。裕惠を溺愛。

裕惠:ユーフイ(1) 陳裕惠。亦儒と阿明の一人娘。

傳一:チュアンイー(33) 馬傳一。銀行副頭取。

黑人:ヘイレン(33) 陳建州。人気タレント。ヒロの飲み友達。范范と婚約中。

范范:ファンファン(34) 范瑋琪。人気シンガー。チャリティー活動に熱心。

ヴァネス:(33) 呉建豪。日月潭でペンション経営。阿明の初恋の相手。

周渝民:チョウ・ユウミン(29) 陶芸家。鎌倉で修行中。

阿旭:アシイ(34) 言承旭。ヒロの元カレ。

家萱:ジアシュエン(26) 任家萱。ソプラノ歌手。院長の娘。亞綸のファン。

Makiyo(27)川島茉樹代。日本人タレント。ヒロの飲み友達。

*この小説はフィクションです。実在の人物とは関係ありません。下の画像は登場人物のイメージの参考にしてください。

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clover 目 次 clover

第1話「二人の恋愛観」~東綸篇(2010年1月22日)

第2話「櫻雪の香り」~大東篇(1月27日)

第3話「天使か悪魔か」~亞綸篇(2月2日)

第4話「偉偉の笑顔、櫻雪の涙」~大東篇(2月8日)

第5話「疑惑の亦儒」~東綸篇(2月13日)

第6話「天国と地獄」~大東篇(2月19日)

第7話「櫻雪と呉尊、大東の矛盾」~東雪篇(2月25日)

第8話「偉偉の功名」~東雪篇(3月1日)

第9話「月夜のミステイク」~大東篇(3月5日)

10話「聖夜のプロローグ」~東綸篇(3月9日)

第11話「聖夜のモノローグ」~東雪篇(3月13日)

第12話「聖夜の奇跡」~東綸篇(3月17日)

第13話「聖夜の悪夢」~東綸篇(3月21日)

第14話「聖夜のエピローグ」~東雪篇(3月26日)

第15話「聖夜の忘れ物」~裕綸篇(3月31日)

第16話「出口なき迷宮」~亞綸篇(4月5日)

第17話「嫉妬の行方」~裕綸篇(4月10日)

第18話「秘密の花園」~亞綸篇(4月15日)

第19話「大東と禹哲」~東裕篇(4月20日)

第20話「台北の長い夜」~東雪篇(4月25日)

第21話「ロミオとジュリエット」~東雪篇(4月29日)

黑人 生日快樂!(5月2日)

第22話「満月のバースデー」~東雪篇(5月05日)

第23話「unusuallyな夜」~亞綸篇(5月10日)

第24話「unusuallyな恋」~亞綸篇(5月15日)

第25話「壊れたハート」~亞綸篇(5月19日)

第26話「蜜月の縁(エニシ)」~大東篇(5月23日)

第27話「蜜月の香り」~東雪篇(5月30日)

第28話「天使の継承」~亞綸篇(6月4日)

第29話「幸せなキス」~亞綸篇(6月8日)

第30話「最後の審判」~東雪篇(6月14日)

第31話「二人の誓い」~ヒロ篇(6月19日)

『ステップアップ!』連載開始一周年♪(6月23日)

第32話「マザー・コンプレックス」~莉綸篇(6月25日)

第33話「桜色のスキャンダル(前)」~東雪篇(6月30日)

第34話「桜色のスキャンダル(後)」~東雪篇(7月6日)

第35話「ボクたちのハーモニー」~亞綸篇(7月12日)

第36話「ボクたちの不協和音」~亞綸篇(7月18日)

第37話「レッドカーペットの上で」~東綸篇(7月24日)

第38話「莉莉シンドローム」~亞綸篇(7月30日)

第39話「以心伝心」~東雪篇(8月5日)

ウィルバー生日快樂!(8月6日)

ヴァネス生日快樂!(8月7日)

藤岡くん生日快樂!(8月19日)

大東生日快樂!(8月24日)

第40話「エンジェル・ハート」~莉綸篇(9月1日)

禹哲生日快樂!(9月2日)

最終話「桜の樹の下で」~東雪篇(2010年9月6日)

あとがき(9月9日)

ピーター生日快樂!(9月13日)

あとがき2~大東(9月16日)

高以翔生日快樂!(9月23日)

あとがき3~亞綸(9月28日)

あとがき4~呉尊生日快樂!(10月10日)

あとがき5~禹哲(10月29日)

あとがき6~黑人&范范祝訂婚(11月6日)

あとがき7~亦儒生日快樂!(11月10日)

あとがき8~Selina加油!(11月14日)

あとがき9~亞綸生日快樂!(11月20日)

あとがき10~月食(12月21日)

あけおめ&川崎太熱レポ(1月14日)

ギャビー生日快樂!(2月19日)

今さらジェリー・・・SP予告編(2月28日)

*お願い*
 このお話に出てくる、人物名・地名・団体名などは、すべてフィクションです。

 私ミンクロは、相変わらず台湾には行ったことがございません。なるべくリサーチはしていますが、文化、慣習など、熟知しておりませんので、台湾の常識ではありえない状況があるかもしれません。

 台湾アイドル「飛輪海」などをモデルにさせてもらっていますが、このお話の中の彼らの言動、性格、設定、家族構成、人間関係、その他すべてが想像と創造と妄想でできております。

 ファンの方で、もし不快に思われる方がいらっしゃったら、本当にすみません。

 また、思いついたストーリーを勢いだけで書いている為、文章的におかしなところ、稚拙な表現などがあることをお許しください。

 なお、当ブログ内のすべてにおいて、転載を禁止します。

 作品はミンクロことアサギミントに著作権があります。

 

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飛輪海小説『ステップアップ!』最終話~東雪篇

最終話「桜の樹の下で」~東雪篇  ピンク:櫻雪 青:大東

 大東のお母さんは、HoneyMoonの香りを残して偉偉と散歩へでかけて行った。

 大東は縁側に座っている。私はどうしていいかわからず、庭へ出て桜を見上げた。丸い月が、桜の花と枝を照らし出していて幻想的だ。

「明日香の翻訳の仕事があるのに、呼び出して悪かったな」

 ・・・どうしてそんな他人行儀なことを言うんだろう。これが今の私たちの現実なの?

「ううん・・・息抜きも必要だから・・・」

 泣きそうな顔を見られたくなくて、背を向けたままで私は答えた。

「プレッシャーだろ? 大丈夫か?」

「大丈夫よ。ヒロも助けてくれてるの。良きアドバイザーがいてくれて心強いわ。納得がいくまで私の翻訳に付き合ってくれてる。いつも全力なのね、ヒロって」

 私は本心を隠すように、なるだけ明るく答える。本当はプレッシャーだらけだし、大東と離れていてどんなに心細かったか・・・。

「あいつはそういうヤツだからな」

「ヒロは本当にスゴイわ。ヒロほど走り続けてる女性って見たことがないもの。莉莉と亞綸のユニットのプロデュースもするんでしょ?」

「ああ。・・・今のあいつは立ち止まったら死んじまうんだろうな」

 ・・・阿明から少しだけ聞いたことがある。ヒロは婚約者と愛し合っていたのに別れてしまったって。それじゃあ気を紛らわすために仕事に打ち込んでいるということ? ヒロはその彼をまだ思い続けてるのだとしたら、禹哲に望みはないのかもしれない・・・。

「あなたのお母さんって、とっても粋でステキな方ね。人柄も、着ている服も」

「そうか? 一応デザイナーだったからな」

「そうだったの? あなたの自慢のお母さんなのね」

 大東は照れたのか少しあいまいに返事をした。そしてまた会話がとぎれてしまう。何か他に話すことなかったかしら・・・。そうだ・・・

「燕華ちゃんのこと・・・よかったわ。カメラマンの李さんと奥さん、喜んだでしょう?」

「ああ。莉莉のおかげだな」

 大東の思いやりと行動力のおかげでもあるって言ってあげたかった。でも私になんの相談もしてくれなかったとこに寂しさも感じてしまう。

 さっきから、私たちは他の人たちの話題ばかりだ。自分たちの現実に向かい合うのが怖いから? 縁側の大東と庭先の私との距離は、まるで私たちの心の距離のよう・・・。

 

 そのときだ。それまで風がなかったのに、一陣の風が庭を吹きぬけた。同時に私は無数の花ビラに包まれる。盛りを過ぎたソメイヨシノは激しく散る。まるで雪みたいに・・・。

「きれい・・・サクラフブキ・・・」

「フ・ブキ?」

 大東の声が、すぐうしろで聞こえた。私が舞い散る花びらにみとれているうちに、大東も庭へ出てきていた。

「櫻吹雪・・・サクラフブキって言うのよ、日本語で」

 そう言いながら思い切って振り返ると、大東は触れ合いそうなほど近くに立っていた。

「サクラフブキ・・・櫻吹雪か。風が櫻雪に見せるために吹いてくれたのかもな。それともオレのせいかな。オレがモタモタしてるから風が業を煮やしたんだ」

 大東がバツが悪そうな表情で両手をポケットに入れてそう言った。そんな大東を見ていると、抱きしめてあげたいようで、ちょっと突き放してみたいような、両極端な気持ちが沸き起こる。

「あのさ・・・この前はへんなヤキモチやいてすまなかった。いい加減、イヤになっただろ?」

 櫻雪は小さなため息をついた。そのため息がオレの心臓をするどく突き刺す。

「あなたがヤキモチやきなのはよく知ってるわ。でもあなたからそれをとったらあなたじゃなくなっちゃうでしょ?」

 オレは返す言葉がみつからない。

「私はファンや世の中の人たちが知らない素の汪東成が好きなの。ヤキモチやきで、涙もろくて、情に篤いあなたが好き」

 櫻雪が素のオレを好きだと言ってくれた。かっこ悪いオレ。男らしくないオレ。こんなオレでもいいのか? いいわけない。だけど・・・。オレの心が自問自答していると、まるでオレの背中を押すような風が再びサクラフブキを巻き起こす。

「櫻雪! 結婚してほしいんだ!」

 オレが勢いでそう言ってしまった。だけど櫻雪は何も答えない。驚いたのか、困っているのか? そりゃそうだ。結婚と恋愛はまったく違う。オレは恋愛対象にはなっても結婚対象ではないのか? 離婚を経験している櫻雪にとって、結婚への夢や希望などないに等しいのかもしれない。姑に苦労していたらしいから、おふくろにこだわるオレみたいな男を敬遠したって仕方がない。

 それとも、芸能人と結婚したくないとか? 先週みたいにパパラッチにつけまわされ、嫌気がさしたのかも知れない。この“汪東城”という存在に。

「早すぎたか? でも焦ってるわけじゃない。明日の週刊誌に載るからでもない。ずっと前から考えていたんだ!」

「条件があるの」

 櫻雪が静かにそう言った。

 条件? 普通結婚の条件と言ったら“家事の分担”か? そんなの当たり前にやってやる! それとも・・・まさか・・・おそらく結婚の条件のナンバーワンであろう、あのことか!?

 ・・・“親との別居”。間違いない。  

「大東のお母さんも一緒に暮らすっていうのが条件よ」

 オレは耳を疑った。結婚したオレの友達の中にも、そんな結婚の条件なんて聞いたことがない。大抵が親とは別居している。

「オレはプロポーズしたんだぞ。わかってるよな?」

 思考回路が故障したように、オレはとんちんかんなことを櫻雪に確認してみた。

「わかってるわ。素敵なプロポーズありがとう。サクラフブキの中でなんて、夢みたい」

「・・・だけどHoneyMoonをプレゼントできなかった」

「いいの。あれは大東のお母さんの手元にあるべきよ。私はあなたのお母さんから香れば充分だもの。ううん、あなたのお母さんから香るHoneyMoonのほうがいいの」

 櫻雪は凛とした涼やかな声で言った。

「・・・それじゃあ、OKなのか?」

「ええ。条件を叶えてくれるのなら」

 私の体は大東に強く抱きしめられた。体だけじゃなく心の距離がなくなった気がした。私、プロポーズを受けてしまったんだ。まさか今夜ここでプロポーズされるなんて、想像もしていなかったのに。

 

 だけど今、私が思い描くのは、このノスタルジックな家でのんびりすごす様子だ。

 

 大東のお母さんがいて、私はお母さんとお茶を飲みながらとりとめのない世間話をしているの。密かに香水の香りを楽しみながら、ママを思い出したりして。

 そしてソファには遊びつかれて肩を寄せ合って眠ってしまった大東と偉偉・・・。偉偉は大東から初めてもらった日本土産のゴジラをしっかりと抱きしめているの。 初めは怖がっていたのに、すっかりゴジラファンになってしまった偉偉。

 まるで本当の親子のようにそっくりな寝顔で並んで眠っている。

「何ニヤニヤしてるんだ?」

「内緒!」

 そう言って大東に背中を向けると、今度は後ろから抱きしめられる。

「櫻雪に妄想癖があったなんて初めて知ったよ」

「いやだ、そんなんじゃないわ」

「なあ、オレが一週間もおまえと離れていて平気だったと思うか?」

 後ろから抱きしめられると、首筋に大東の熱い吐息がかかって平常心ではいられない。

「全然平気じゃなかったさ。だから櫻雪のあのときの表情や声を思い出しながら耐えてたよ」

 大東が私を抱きしめてる腕にギュッと力を込めて耳元でそんなことを囁く。“あのとき”って・・・。

「首筋まで真っ赤になってる。何か勘違いしてるだろ? オレはただ、櫻雪が自分で作ったオムレツに卵の殻が入ってたときの表情とか、声を思い出したりしてただけなんだけどな。最高に笑えた、あのときの櫻雪は」

「だって砂みたいで・・・もう大東! 嫌い!!」

 大東の腕を振りほどくと、すぐに今度は正面から抱きしめられてしまう。

「怒った顔でも、見れないよりはましだ」

 そう言う大東の瞳は優しくて、本当は怒る気にもなれない。ひらひらと桜の花ビラが舞い散る中、大東の眼差しはしだいに熱を帯びてくる。まっすぐで動じない視線が、魔法の媚薬みたいに私の感覚を麻痺させる。

「唇に花ビラがついてる・・・」

 大東はそう言いながら熱い眼差しのまま顔を近づけてくる。大東の唇が私の下唇にそっと触れたかと思うと、そのまま意識が遠のきそうになる。

 私はトランス状態に陥ってしまったみたい。夢なのか現実なのかはっきりしない。意識が少し朦朧としている。大東のキスが、息遣いが、私を心地よくさせていく。

「もう一度言っていいか?」

 キスをやめた大東が何か言った。

「・・・え?」

「結婚しよう、櫻雪」

 大東の、シンプルだけど決意のこもったプロポーズの言葉に心が震える。

「ええ、いいわ。私、あなたとなら結婚したい。汪東成・・・あなたなしでは、もう生きられない」

 

 櫻雪はまるで催眠術にでもかかったように、甘い声で答えた。櫻雪の唇と眼差しはオレを求めている。

 オレの唇は再び、櫻雪の唇と重なる。

 互いの気持ちが一つになるなんて、もうありえないと思っていた。一度すれ違ったオレたちにとって、奇跡のような瞬間だ。

 以心伝心・・・。櫻雪の心が伝わってくる。櫻雪は汪東城としてのオレでなく、汪東成を見ていてくれてるんだと確信できる。

 オレたちは、桜の木の下で寄り添いながら、散りゆく桜を見上げた。

 満月だったのか? こんなに穏やかな満月の夜も珍しい。

 ほのかに浮かび上がる桜がキレイだ。そして桜を見上げている櫻雪はもっとキレイだ。

「それにしても偉偉、遅いな」

「ええ、お母さんも」

 櫻雪が“お母さん”と言った。それまでは“大東のお母さん”と言っていたはずだ。

 そしてオレたちは、二人になんて報告するかを相談したんだ。

 この幸せな時間を、オレは一生忘れない。

「母さん! 大東!」

 偉偉が桜の舞い散る庭へ駆け込んでくる。両腕に白いメットを抱えながら。

「お帰りなさい。・・・偉偉、おばあちゃんは?」

「今、門のとこまで一緒だったんだけどね、先にマンションに帰って休みたいんだって! ボクたちはこのおうちで泊まっていけばいいって。お布団は干して敷いてあるって!」

 母さんは、何も話さなくてもすべてを受け入れてくれたんだ。オレと母さんの以心伝心は年季が入ってきたみたいだ。

「ねえ大東! バイクにかかってたこのヘルメット、中になんて書いてあるの?」

 偉偉の質問に、櫻雪が不思議そうな顔でヘルメットの中を覗きこみ、一字ずつ口にする。

「“東”“偉”・・・“雪”・・・」

「ボクたちの名前だね! これ母さんのヘルメットでしょ? 桜が描いてあるもんね」

「ああ、そうだ偉偉。この前、櫻雪にプレゼントしたんだ」

「それじゃ、大東と母さんがバイクに乗ってるとき、ボクも一緒に乗ってるみたいだね!」

「オレと櫻雪が二人で出かけたら本当は寂しいのか?」

「寂しくなんかないよ! ボク、もうすぐ7歳だよ! 大東と母さんがラブラブなほうが嬉しいから平気だもん!」

「そうか。・・・じゃあ、一人で留守番中に雷が鳴っても平気なんだな。それに地震があるかもしれない」

 偉偉の表情が曇った。

「・・・大東イジワルだ! ボクが雷と地震が大嫌いだって母さんから聞いて知ってんだろ!」

「じゃあ・・・うちの子になるか?」

「え!?」

 偉偉の目はまんまるで、いつもの二倍になる。

「うちの子になれば、オレの母さんが一緒にいてくれる」

「おばあちゃんが?」

「おばあちゃんと留守番じゃ、いやなのか?」

 偉偉はブルンブルンと首を横に振る。

「ボク、おばあちゃんのこと大好きになったよ! それに母さんと同じ匂いがするんだもん」

「よし、じゃあオレの息子になってみるか?」

 偉偉はやっと実感したのか、笑顔とも泣き顔ともつかないようなクシャクシャな顔になる。そして目から大粒の涙がポロポロとこぼれ出した。

 オレまで鼻の奥がツーンとしてくる。やばい・・・泣きそうだ・・・。櫻雪もオレの背中で泣いているみたいだ。

「ホントはね・・・母さんと・・・大東がケンカしちゃったから・・・もうダメかもしれないって思ってた・・・」

「なんだよ偉偉。男と男の約束だろ? 二人で櫻雪を幸せにするって」

 オレは鼻をすすりながら言うしかなく、父親の権威も何もない。

「うん! 一緒に幸せにする! だから母さん笑ってよ!」

 櫻雪が泣きながら偉偉を抱きしめた。オレはそんな櫻雪を抱きしめる。泣きながら・・・笑いながら・・・。

 

 オレたちはきっとこれからも泣いたり笑ったりしながら、幾度となく満月の夜を迎えるんだろう。 

 月のように心が満ち欠けすることもあるかもしれない。だけど、目に見えなくても必ず存在する月のような愛情で、オレは家族を守り、支え続けたいんだ。

オレの父さんみたいに、いつまでも・・・。

       

         飛輪海小説『ステップアップ!』大東&亞綸篇 Fin.

 

 長い間ご拝読いただき、本当にありがとうございましたhappy02 

 しばらく、あとがきなどをUpしながら『ステップアップ!SP』の準備に取り掛かろうと思ってますhappy01 

 その後の彼らの幸せぶりをみせつけるような特別篇にする予定ですので、お楽しみにshine

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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飛輪海小説『ステップアップ!』第40話~莉綸篇

40話「エンジェル・ハート」~莉綸篇  赤:莉莉 緑:亞綸

 もうすぐうちに着く。あれから亞綸は、タクシーに乗ったとたん、眠ってしまった。どれだけゆすっても亞綸は起きなくて、亞綸の家を知らないあたしは、仕方なく自分の住所を運転手さんに伝えた。

 亞綸はあたしの肩にもたれかかってよく眠っている。月明かりが車内に差し込むたびに浮かび上がる、亞綸の寝顔。まつ毛に縁取られた亞綸の閉じたまぶた、なんだか女の子みたいに可愛い。女のあたしが嫉妬してしまうくらい。

 まぶたにかかっている長くなった前髪が一筋・・・少し開いた口が妙に色っぽく見える。亞綸は子供っぽくて色気のないあたしなんかのどこが好きなんだろ・・・。よく考えたら信じられないことに思えてくる。今はよくても、いつか亞綸は去っていくかも・・・。

 昨日、亞綸と歌い、亞綸のお母さんとすごした一日が、今では嘘みたいにどんよりと曇って思える。なんだか以前のあたしに戻ってしまったみたい。亞綸と一緒に歌うって決めたはずなのに・・・。

 ビルの前に着くと、亞綸が突然目を覚まし、お金を払ってくれた。タクシーを降りた亞綸の足取りはしっかりしている。

「もう! 亞綸ったら泥酔したふりしてたの!?」

「莉莉、公園を散歩しないか?」

 亞綸はあたしの荷物を持つと、反対側の手であたしの手を取って歩き出す。月光に照らされて現れたあたしたちの影もしっかりと手を繋いでる。亞綸はなぜだか何も話さず黙って歩いてる。遊具のある場所から噴水のある場所へ。そして茂みの奥へとあたしたちはゆっくり歩いていく。

 そして“秘密の花園”へとたどり着く。

 そう・・・あたしたちが初めて出会った場所だ。

 “秘密の花園”は、月明かりで銀色に浮かび上がって見える。少女像は月のスポットライトの中で今にも歌い出しそう・・・。

「今夜は花壇が花でいっぱいだな」

 それまで黙っていた亞綸が、花の香りを吸い込むように深呼吸した。一面のオンシジュームが黄色い波のようにそよ風になびいてる。

 あたしの心に一輪の花が咲く。少し心があったかくなった気がした。 

「莉莉、母さんと一緒に過ごすプラン、考えたよ」

 亞綸が突然そんなことを言い出した。

「今度の休みは莉莉も合わせてとって、母さんのボランティア活動を手伝おう。これなら母さんも喜ぶし、莉莉とも一緒にすごせるだろ?」

 どうしてそんなことを言い出したのか、よくわからないけど、なんてステキな提案!

「亞綸のお母さん、きっと喜ぶと思う。だってお休みの日があっても、ちっとも亞綸が一緒にいてくれないって嘆いていたもの。でもそれってあたしのせいでもあるかなって責任感じちゃってたの」 

「莉莉のせいじゃないよ。母さんだって忙しくしてて、ボクと休みが合うことなんて滅多にないからお互い様だよ。暇があればボクよりも、裕惠に会いたいみたいだし。孫の世話やボランティアに生きがい感じてるんだよ」

「そうなんだ。ねえ、お母さんっていつもあんなに元気なの?」

「え? そうだな。好きなんだよ、イベントとかパーティーとかにぎやかなことがさ」

「昨日ちょっとだけ呉先生とのこと聞いちゃった。今度デートするんだって!」

「父さんと母さんがデート? ふうん、いい年した夫婦が何言ってんだろうな」

「年齢なんて関係ないでしょ! 亞綸ってそういう考えの人なんだ」

「ち、違うよ! ただ自分の親のことだからさ、なんか照れくさくてそう言っただけだよ」

 亞綸は少しぶっきらぼうにそう言った。あたし、余計なこと言っちゃったかな・・・。

「そういうものなんだね、親子って。・・・わかってあげられなくてごめんね、亞綸・・・」

「そんなのいいよ。謝るようなことじゃないだろ」

 なんだか調子が狂う。莉莉がボクに気を使ったり謝ったりするなんてさ。莉莉の変化にとまどわずにはいられない。

「そうだ。ねえ、亞綸ったらいつのまに作詞したの? 全然知らなかったからヒロから楽譜を受け取ったときはびっくりしちゃった!」

「ヒロから依頼されたときはボクだってびっくりしたよ。ずっとノートに書き溜めてた言葉を繋ぎ合わせたんだ。莉莉とお母さんのことを想いながら」

 莉莉は潤んだ瞳でボクを見上げる。

「あの曲だけは、特別すぎて自分で作詞することがどうしてもできなかったの。亞綸の言葉ってハートが温まるね。あたしじゃ思いつかないような言葉がすごく新鮮だった。でもタイトルとサビのフレーズって、亦儒が聴いたらびっくりするだろうね!」

「うん、きっと印税要求してくるよ」

 莉莉が少し笑う。ボクも自然と笑顔になる。

「ピアノのアレンジも、あたしのギターを生かすようにしてくれてたね。すごくすごくステキな楽曲に完成させてくれて嬉しかった! ありがとう亞綸・・・」

 莉莉がこんなに喜んでくれて、感謝されて、最高に気分がいい。このタイミング、最高のシチュエーションだ。ボクは昨夜渡せなかったプレゼントをポケットから取り出そうとした。

「ねえ亞綸聞いて!」

 意を決したような莉莉に、ボクはプレゼントをポケットに戻す。

「昨日の夜のことなんだけど、なんだか・・・あのね・・・記憶があんまりないの・・・食事して、部屋に行ってテレビを見たのは覚えてるけど、その後くらいから・・・」

「緊張したりテンションあがったりで、疲れてたんだろ? 悪酔いしても仕方ないよ」

 じゃあ、母さんのことでからんだことも、覚えてなかったのかもしれない。

「・・・ごめんね、何か迷惑かけたりしなかった?」

「そんなことないよ。ただいつもより・・・」

「いつもより何?」

「いつもより、可愛かった。甘えたり、だだこねたりして、子供みたいにね」

「やだ、子供みたいに? でもそれだけ?」

「あ、ちょっと暴れたけどね」

「嘘! ・・・でもそれだけ?」

 莉莉は何を心配してるんだろう? それ以外に何かあったかな・・・。

「ごめんね亞綸! あたし、覚えてないの。朝、目が覚めて、すごくショックだったの・・・亞綸との“初めて”を覚えてないなんて、すごくすごく悲しくて・・・」

え!? 今、なんて言った? ボクとの“初めて”がなんとかって・・・?

「莉莉、落ち着けよ。“初めて”ってなんのこと言ってるんだ?」

“初めてのお泊り”のわけないよな。もう単なるお泊りは何度もしてるからさ。

“初めてのデート”のことか? だけど食事したことは覚えてるって自分で言っていた。

「・・・朝、起きたら、亞綸は何も着てなくて、あたしは亞綸のシャツを着てて・・・でも本当になんにも覚えてないの! 大切な思い出にしたかったのに・・・あたし、サイテーだよね・・・怒った? 怒っていいよ」

 そうか・・・そう言えばシャワーのあと、バスローブを着てそのまま寝てしまったんだ。替えの下着がないからバスローブの中には何も着ていなくて、朝目覚めたらバスローブは床に落ちていた・・・。つまり寝ているうちに、いつのまにか裸になっていたんだ。それを見た莉莉は誤解したってことか!

 莉莉の懺悔的告白に、ボクはなんて答えてあげればいいんだろう。勘違いとはいえ、ボクとの初めてを覚えてないことに、こんなにもショックを受けている莉莉を・・・

 ボクは思いっきり抱きしめた。抱きしめずにはいられなかった。

「・・・亞綸? 痛いよ・・・やっぱり怒ってる?」

「怒ってるさ、ボクが今までどんな思いでいたと思う?」

「亞綸ごめんね・・・」

 ボクは莉莉にキスしたくて仕方ない。今はどんな言葉よりも、キスが一番わかりあえるはずだ。ボクが怒ってなんかいないことを、ボクの心臓が莉莉中心でしか鼓動しないことを、莉莉なしでは止まってしまうことをキスで伝えたい・・・。そう思って抱きしめていた腕を緩めようとしたときだった。

「亞綸・・・ポケットに何か入ってる?」

「え? あ、忘れてた・・・」

 ちょっと拍子抜けだけど、ボクは気を取り直してジャケットのポケットからプレゼントの箱を取り出し、莉莉の手の上に載せた。

「開けていい?」

 莉莉は瞳をキラキラさせて聞いた。

「うん。初めてのちゃんとしたプレゼントだろ? 昨日、お店でずいぶん悩んだよ。危うく正体がばれるところだったけど、また日本人片言作戦でうまくごまかしたよ。“ボク、日本人デス~”ってね」

 莉莉が笑った。やっぱり莉莉は笑っているのが一番いい。なんだか楽しくなってきた!

「ハートのネックレス? わあ天使の羽!? 可愛い!!」

 莉莉が目を輝かせた。ハートから天使の羽が生えているプラチナのネックレス。ボクはそれを取り出し、莉莉の首のうしろに手をまわしてつけてやる。

「これなら託児所にもしていけるだろ?」

 莉莉がボクの体をギュッと抱きしめた。

「あたし、亞綸から貰ってばかりだね。巾着も、ステキな歌詞も、このネックレスと同じくらい、大事な贈り物だもん。あたしはまだ何もプレゼントしてないね・・・」

「ボクは莉莉からいろんなものを貰ってるよ。それは目で見えないけれど、どれもボクにとって大事なプレゼントなんだ」

 莉莉の顔をのぞきこむと、莉莉は少し泣きそうな顔をしていた。

「泣くなよ・・・感動したのか?」

 茶化したように言うと今度はすねたような顔になる。ころころとよく変わる表情、ホント、莉莉は見ていて飽きない。

「なあ、莉莉。一年も前からボクのために曲を書いてたってホント?」

「うん。亞綸と初めて出会った日が解散の日だったんだよね。でもそれから飛輪海のCDを買って何度も何度も聴いたの。亞綸の声質も、声域もファルセットやフェイクの特徴も、何もかも知ってるんだから」

 だから歌いやすかったんだな。禹哲は絶対的に上手いけど、莉莉の曲はボクのほうがしっくりきてるんじゃないかってずっと思ってた。

「でも亞綸の声域も声量も一年前とは断然違ってきたよね! 昨日、あの歌を一緒に歌ったとき、背中がゾクゾクしちゃった! ボイトレ頑張ってただけあるよね」

 ボイトレの成果でもあるけど、それだけじゃないことは自分でもわかってる。莉莉がそばにいて、一緒に歌ってくれるからなんだ。

「ボクとの“初めてのキス”、覚えてる?」

 莉莉が真っ赤になったのが月明かりでもわかる。

「・・・それだけは忘れたいけど・・・ちゃんと覚えてる・・・」

 あれはクリスマスの夜、場所はBaTだった。平手打ちされてから「サイテー!!」と罵られ、襟元を掴まれての強引なキス。そして「これはお別れのキス。もう二度と現れないで!」と天使の微笑みでの悪魔のような捨てゼリフ。

 あれほどボクの心を掻き乱した出来事はない。今では憤りを通り越して、甘美な体験にさえ思えてしまうくらいだ。

 ボクが思い出し笑いをすると、莉莉はあのときを再現するように、にらみつけながらボクの左頬をゆっくりとなでるような平手打ちの真似をする。

「亞綸ったらイジワル・・・」

 莉莉のすねた顔。笑顔の次に好きなんだ。

 そのとんがった唇がキスしたくなるくらい可愛いから・・・。 

 さあ、いつ本当のことを話そうか・・・。心は結ばれていても、まだ体は結ばれてないってことを・・・。そして最高の初めてをプレゼントしたいって思ったんだ。

 亞綸は部屋の前まで来ても、なかなかキスもしてくれない。気持ちのタイミングが行き違っちゃうことが多いあたしたち。

 すねてるのがやっと伝わったのか、あたしをなだめるように髪を撫でてくれる。それからゆっくりと体をかがめて顔を近づけてくる。

 なんだかちょっとくやしくて、焦らしちゃおうかと思ったけど、あたしは自然と背伸びして求めるように惹きよせられてしまう・・・。

 それなのに、亞綸はあたしの唇を通りすぎて胸元のエンジェルハートに唇を当てて、可愛く“チュッ”という音をさせた。

 今日の亞綸はちょっとイジワルだ。

「莉莉の唇、さっきよりとんがってるぞ」

 思わず両手で唇を隠す。亞綸がおかしそうな笑みを浮べた。

「莉莉の理想の“初めてのキス”をプレゼントしてやるよ。リクエストは?」

 あたしが“初めて”にこだわるせい? リクエストさせるなんて、優しいようでやっぱりイジワルだ。

 だけど“初めてのキス”のやり直しって魅力的な提案に、心が揺らぐ。だって思い返してみても、あたしたちのキスってほとんどがあたしからの強引なキスなんだもん。やっぱりあたしは女だから、ちょっとくらい強引に奪われたいって思う・・・。想像するだけでなんだかドキドキしてきた。

「ほら、言ってみろよ!」

「強引に奪って!」

 急かされて思わず口にしてしまう。

「ふうん・・・」

 亞綸は目を細めてそう言ったまま黙ってしまう。

 やだ、あたしMっぽいこと言っちゃった! 顔から火が出そうなくらい熱くなる。

「亞綸やっぱり今のなし!」

 あたしは亞綸の腕の中から逃れようと身をひるがえす。すると亞綸はあたしの手首を強く掴んで引き戻す。

「やだやだ! 嘘だってば!」

 自分のペースじゃないと、恋愛もキスも上手くできない。始まりも終わりも、いつだってあたしは自分で決めていた。自分でリードすることで、傷つくことを避けていた。

「暴れるなよ・・・」

 亞綸はアルコールが入ってるせいなのか、いつもと全然違って強引だ。

 亞綸の左手はあたしの背中を強く抱き寄せ、右手があたしの顎を持ち上げる。濃いまつ毛に縁取られた瞳が・・・口角が少しあがったキュートな唇が、どんどん近づいてくる。

 あたし、どうにかなっちゃいそうなくらい心臓がバクバクいってる! 思わずうつむいてしまっても、亞綸はあたしの顔を両手ではさんで引き戻す。そして唇は奪われるように重なった。強くドアに押し付けられ、呼吸できないくらい繰り返されるキスに、あたし、溺れそう・・・。

 亞綸のキスがこんなにもワイルドなのって初めてだ。その激しさについていくのが精一杯・・・。 

 でも大好きな人を、もっと信じてついていきたい・・・。亞綸なら、信じたい・・・信じられる。

 そう強く思うと同時に、体の余分な力が抜けていく。あたしは亞綸の呼吸に、キスに、気持ちに・・・自然に合わせて亞綸のキスを一身に受ける。亞綸の前で、気負うことなんて一つもない。あたしはあたしのままでいいんだ。

 莉莉がボクに身を委ねてくれた気がした。いろいろあったボクたちだけど、一つ一つ乗り越えてきた。これからは、もっと身近に感じながら、莉莉とのいろんな“初めて”を一緒に経験していくんだ。つらいことは半分ずつにして、ドキドキわくわくな楽しいことは二人でなら二倍になる。

 まずその前に莉莉に本当のことを伝えないと・・・。ボクはキスをやめて、莉莉のふわふわな髪に触れながら呼吸を整えた。

「どうしたの?」

 莉莉はキスをやめたことに不満顔だ。でも真実を知れば喜ぶはずだ。

「昨日、実はさ、莉莉は先に眠っちゃって何にもなかったんだ」

 ぼくは一気にそう言い切った。

「え?・・・」

「仕方ないよ。いろいろあって疲れてたんだからさ」

 ボクの腕を掴んでいた莉莉の手に、力がこもる。

「亞綸・・・どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」

「・・・え?」

 ボクは“悪魔な莉莉も悪くない”って思ったことを、数秒後には後悔することになる。

 だけど、こんなことを繰り返しながら、ボクと莉莉は気持ちを深め合っていくんだ。

“あの歌”のタイトルにもなってる“百万回言っても足りないくらい愛してる”って言えるくらいにね。

最終話「桜の樹の下で」~東雪篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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飛輪海小説『ステップアップ!』第39話~東雪篇

39話「以心伝心」~東雪篇  ピンク:櫻雪 青:大東

 私は訳も分からず、ヤンさんのバンに乗せられ、どこかへ連れて行かれようとしている。明日香のベストセラー“非・以心傳心”の日本語訳という大きな仕事を任され、毎日が必死だった。大東とあんな別れ方をした翌日に降って湧いた夢のような話。私はその夢の中をさまようことで、大東のことを考えないようにしていた。そう、私は現実から逃げていた。

「ねえ、偉偉、どこへ向かってるの?」

「ボク、知らないよ」

「櫻雪、ボクも知らないんだ」

「あたしも・・・」

「あら、知ってるのはどうやらわたしだけみたいねえ」

 ヤンさんは得意げに言う。

「あれ? この道って、もしかして・・・」

 亞綸が何か気付いたみたい。

「阿布!」

 ヤンさんにたしなめられて、亞綸は黙ってしまう。

「さあ、着いたわよ。ここでみんな降りて」

 そこは、古い日本家屋の前だった。

「ヤンさんは降りないんですか?」

「わたしはただの運転手よ。門を入ったらすぐ右の庭に入っていってね。・・・まったく面倒ばかり起こして。恋愛のことは最初っからわたしに相談していればよかったのよ。呉尊や亦儒みたいにね。明日は莉莉も亞綸と事務所へ来てちょうだい。櫻雪、しばらくシフトを組んでスタッフにも受付をやらせるから、明日は休みなさい。それじゃあね」

「ヤンさん・・・ありがとうございます! お疲れ様でした」

「おしっこ!」

 降りた途端に偉偉が叫ぶ。

「櫻雪、あたしたちがトイレに連れて行くから先にお庭に行ってて! ほら、亞綸ったらボーっとしてないで! トイレどこ?」

「え? あ、玄関入って廊下の突き当たりだったかな・・・」

「お邪魔しま~す」

 

 私だけ一人残され、訳がわからないまま、庭へ入っていく。古い日本家屋だけれども、日本風の庭は手入れが行き届いている。

 一片の花ビラが舞い落ちてきた。上を見上げると、そこには大きな桜の木が枝を広げていた。

 ソメイヨシノ・・・? 懐かしさが胸いっぱいに広がる。

「今年は開花が遅くてね」

 女性の声がした。振り返ると縁側に初老の女性が腰掛けている。

「今週も花冷えで今日までなんとかもってくれてよかったよ」

「こんばんは。勝手にお邪魔してしまってすみません・・・」

 私がその女性に近づいていくと、あの懐かしい香りが漂ってきた。この人はもしかして・・・。

「あの私・・・」

「櫻雪さんでしょう?」

「え? はい。初めまして・・・あの・・・」

「そうそう、あの子は今、近くの酒屋まで飲み物を買いに行っているのよ。お料理は今朝から腕によりをかけてわたしが作ったのよ。日本の花見のようなお料理とはいかなかったけど、どうぞ食べていってちょうだいな」

 縁側に置かれたテーブルにはたくさんの料理が並べられている。台湾料理の他にも、ハンバーグや太巻きも用意されていた。

「ありがとうございます。とっても美味しそう。こんなふうに私もごちそうを作れるといいんですけど・・・あ・・・私ったら手ぶらでお邪魔してしまって・・・」

「気にすることじゃないよ。これだけの料理と、満開の桜があれば充分だからね」

「綺麗なソメイヨシノですね」

「亡くなった主人も、この桜が自慢で毎年春を心待ちにしていてね。だからマンションに越してからもこの家を売らずにいるんだよ」

「そうだったんですか・・・」

 亡くなったご主人を思う表情に胸が苦しくなる。私も両親を思い出してしまう。

「櫻雪さんも、ご両親を亡くされてるそうね」

「ええ・・・」

「そういえばお子さんは? 偉偉ちゃんも来てるんじゃないのかい?」

 そうだった。まだトイレなのかしら・・・。

「わあ! すごいご馳走だね! これ全部おばあちゃんが作ったの?」

 偉偉が部屋の奥から駆け寄ってくる。

「偉偉ったら、まずご挨拶でしょ!」

「あ、そうだった! おばあちゃん、初めまして! ボク、馬俊偉です!」

「元気なご挨拶だねえ! 初めまして。わたしはね・・・」

「知ってるよ! 大東の母さんでしょ!」

 もしかして、このことを知らなかったのは私だけ?

「おばさん、久しぶり! 元気そうだね?」

「あらまあ亞綸、ホント、久しぶりだねえ。ちっとも顔を出さないから忘れかけてたよ」

「ええ! ひどいなあ!」

「あら、そちらの可愛いお嬢さんが、今、話題の莉莉さんだね? やるじゃないか亞綸」

 莉莉が話題? なんのこと?

「そうだろ? 今度ユニット組むことになったんだ。だってさ、大東はここんとこ芝居のことばっかだからさ。すごいご馳走だね。こんなにあるんだったら姉さんたちも連れてくればよかったよ」

「・・・阿明は元気? 時々手紙をよこすけど、忙しいんだろう?」

「うん、今日の授賞式で最優秀作家賞をもらったんだ。ボクがプレゼンターで渡したんだよ。ほら、なんでだか最近週刊誌にバレちゃったからさ、明日香(ミン・リーシャン)が姉さんだってこと」

 亞綸は知らない。阿明が明日香だって記事は、私が社長に託されて週刊誌にリークしたってことを。大東と阿明のスキャンダルを防ぐために・・・。

「阿明に伝えておくれ。映画のことでは大東のためにいろいろ骨を折ってくれたそうだから、感謝してるとね。顔を見せて欲しいところだけど、我慢しようかねえ」

 懐かしむようでいて、どこか寂しげな表情。阿明のことを娘のように思ってるみたい・・・。きっと娘になることを望んでたはず。

「わたしとしたことが、櫻雪さんにつまらない話を聞かせてしまったね」

「いいえ、そんなこと・・・」

「わたしは明日香の小説の大ファンなんだよ」

「私もです。それに阿明はいい友人で、いろいろ助けてもらってます」

「おばさん、櫻雪は姉さんの映画化した本の日本語訳をしてるんだよ」

「“非・以心傳心”のかい? それじゃあ日本でも発売されるんだね?」

「日本でもベストセラーになれば映画の日本公開も夢じゃないかもね」

 亞綸の言葉は少しプレッシャーに感じる。私の翻訳にかかっているってことだから。

「櫻雪さんも、息子の力になってくれていて、本当に感謝しているんだよ」

「いえ、私は何も・・・」

「わたしにはわかるんだよ。ずっと自分一人でストイックに頑張ってきたあの子が、今は櫻雪さんや偉偉ちゃんがいるから頑張れてるってことをね」

「なんだよ? オレのいないところで勝手に誰の話をしてんだよ!」

 大東が庭に現れた。一週間ぶりに聞く大東の声、一週間ぶりに見る大東の姿・・・。大東はお母さんに言われるがままに私の隣に座った。

「遅かったじゃないか東成。さあ食べようかねえ。偉偉ちゃん、おなかすいただろう?」

「うん! おばあちゃん、このハンバーグ食べていい?」

「ああいいよ。これは偉偉ちゃんのために特別に作ったんだよ。おばあちゃんが皿にとってあげようねえ」

 偉偉のために? 大東の顔を見るけど、私を見てくれない。でも偉偉の好物をお母さんに伝えてくれてたのね。

「ほらほら亞綸も、莉莉さんに何かとってあげなさいな。東成、あんたもだよ! 櫻雪さんの好きなものくらいわかるだろ?」

 大東は鼻の頭をかきながらしばらく料理を眺めてから、お箸で太巻きを皿にのせて私に差し出した。

「ありがとう・・・」

「台湾人の太巻きだから期待しないほうがいいぞ」

「本当に失礼な息子だよ! ちゃんと知り合いの日本人教わって作ったんだからね! 世間では孝行息子で通ってるらしいけど、これが本性だからねえ」

 みんなで笑う。さっきまで車の中では、どこか緊張感のあった亞綸と莉莉も、楽しそうに笑っていた。

「おい偉偉、コーラ飲むだろ?」

「うん!」

「じゃあ、コップ持ってこっちこいよ」

 偉偉があぐらをかいていた大東の膝に座る。

「おまえもうすぐ小学校にあがるんだろう? 膝に座るなんて、まだまだガキだな」

 そう言いながらも大東も嬉しそうに笑ってる。今まで父親の膝に座ったことなんか偉偉は一度もなかった。そんな偉偉が迷わず大東の膝に座ったことに私も驚いた。

「大東! ボク、ビール!」

「亞綸、おまえは自分でつげ」

 大東はそう言いながら、私のグラスに烏龍茶を注いでくれる。でも相変わらず目を合わせてくれない。

 櫻雪の視線を感じる。それだけで鼓動が速まるし頭がのぼせそうだ。櫻雪の声をもっと聞きたいのに、自分からはなかなか話しかけられない、不甲斐ないオレ・・・。すぐ隣にいるのにこんなにも距離を感じる。

 オレは昨日のことを櫻雪に報告したくて、莉莉に話しかける。おそらく亞綸も気にかけてるはずだ。

「莉莉、昨日はサンキュ。託児所が引き受けてくれて助かったよ。莉莉のおかげだ」

「ううん。そういえば燕華ちゃん、今日早速お友達ができたの」

「大東! ボクは燕華ができないことを手伝ってあげたよ!」

 偉偉が自慢げに言う。

「燕華は他の子より成長も覚えるのもゆっくりだからな。いろいろ助けてやれよ偉偉」

「燕華ちゃんって、カメラマンの李釣天さんのところの? よかった、託児所で引き受けてもらえたのね」

 櫻雪がホッとしたように言った。本当は櫻雪に一番に報告したかったことだ。だけどみんなの前では素直にそう言えない。

「東成、人助けになるようなことをしたのかい?」

「李釣天という人の奥さんが、子供の受け入れ先がなくて働けないっていうんだ。それで莉莉の勤めている託児所に、その李さん一家と一緒に頼みに行ったんだよ。そのとき莉莉が面接に立ち会ってくれてさ。受け入れを迷っていた所長を説得してくれたんだ」

「・・・なんだそれで大東と・・・」

 亞綸が小声でつぶやいたのを、オレは聞き逃さなかった。オレと莉莉のことを気にしていたのはわかっていた。“ボクの彼女に気安く触るな”って目でにらまれれば鈍いオレでもさすがに気付く。

 だけど莉莉があんまり献身的で一生懸命だから、オレも昨日だけで莉莉のファンになっちまったみたいだ。まあ、“可愛い妹”みたいな気持ちだから、許せよ亞綸。

「東成。子育てしながら女が働くのは並大抵のことじゃないよ。おまえはいいことをしたねえ」

 おふくろに褒められるなんて久しぶりだ。もしかして櫻雪のことも気にかけてくれてるのかもしれない。

「あ、そうか。だから昨日病院のイベントに遅刻したのか、莉莉?」

「うん・・・所長はいい人だから保育士の負担のことも考えて決めかねてたんだと思う。現状だと保育士を増やす余裕がないみたい。それなのにあたしの芸能活動を認めてくれたの」

 無認可で行政からの補助がないからってことか・・・。だけどああいう託児所が、働く母親の最後の砦になるんだろうな・・・。ついこの間まで、オレには無関係だと思っていた世界が、今では現実の問題として目の前にある。

 

 オレたちは桜そっちのけで料理を食べつくした。亞綸と母さんでビール瓶を3本あけたけれど、オレは思うところがあってコップ一杯にとどめた。櫻雪と莉莉は一滴も飲まなかったようだった。

「大東、あたしたちそろそろ帰るね」

 莉莉がきちんと座りなおすとそう切り出した。

「そうか。タクシーを呼ぶよ。亞綸を頼めるか?」

「ボクは全然酔ってないぞ! 大東はもっと飲め!」

「わかったわかった」

 オレがそうなだめている間に、櫻雪はタクシー会社に電話をしてくれたようだった。

 ほどなくして二人はタクシーで帰っていった。亞綸があんなにも酔ったのを見たのは解散コンサートの打ち上げ以来だ。

「ふう~・・・私も酔っ払ったようだねえ、すっかり弱くなったみたいだ。偉偉ちゃん、酔い覚ましにおばあちゃんを散歩に連れて行ってくれないかい?」

 亞綸と莉莉が帰るとすぐにおふくろが言う。

「うん! ボクが連れてってあげるよ! 母さん、行って来るね!」

「え? ええ、気をつけていってらっしゃいね」

 

 そうしてオレたちは二人きりになった・・・。

 莉莉とおふくろが気を利かせてくれたことくらい、わかっている。

 今夜の花見に協力してくれた、すべての人に感謝しよう。

 

 オレの心が、櫻雪に伝わるだろうか。以心伝心・・・。

 だけど大事なことは、やっぱり言葉で伝えなければいけないんだ。

 

第40話「エンジェル・ハート」~莉綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

ウィルバー生日快樂! ヴァネス生日快樂! 

藤岡くん生日快樂! 大東生日快樂! 

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飛輪海小説『ステップアップ!』第38話~亞綸篇

38話「莉莉シンドローム」~亞綸篇

 授賞式が終わり、大東とはぐれてしまったボクは、一人控え室に戻る途中にたくさんの記者たちに取り囲まれる。

『炎亞綸! そろそろ話してくれませんか!

『彼女とはいつからお付き合いを!?

 まだヤンさんは来てないのか? ボクはノーコメントを通すしかないみたいだ。と、そのときだった。

「記者の皆さん、囲み会見でよろしければ正式に皆さんにご報告したいことがあります」

 そこに現れたのは、ヤンさんと、なぜかヒロだった。そしてその後ろには・・・

 莉莉? どうして!? 

 今日の莉莉はふわふわの髪をおろしていて、衣装もメイクもいつもに増して可愛いい。

 今から何を報告するって言うんだ? 何も聞かされていないボクはいったいどうすればいいんだ! 

「亞綸は初めは黙ってて。ヤンさんの話を理解してから、さしさわりのないコメントをするのよ。勘のいいあなたならそれくらい簡単でしょ?」

 ヒロがそうボクに耳打ちした。わかったよ! うまく口裏合わせればいいんだろ!

 

 ヒロ、ボク、莉莉、そしてヤンさんという並びで会見が始まった。

「皆さんが一番気になさっている、こちらの女性ですが・・・名前は黄莉莉といいます」

 莉莉が少し緊張したような笑顔でペコリとお辞儀する。フラッシュが一斉にたかれる。

『黄莉莉さんと炎亞綸の関係は?』『黄莉莉さんはデビューの決まった新人ですか?』

 記者たちは先走って質問してくる。

「シンガーソングライターである黄莉莉は、おっしゃるとおりデビューが決まっております。現在進行中の炎亞綸のソロプロジェクトに、何曲か参加するという形でですが」

『それは炎亞綸との新ユニットという意味ですか? じゃあ汪東城とはユニット解消ってことですよね?』

「いえ、汪東城はしばらく俳優業に専念するので、音楽活動は休止していますが、解消ではありません。炎亞綸と黄莉莉の新ユニットは期間限定ですから」

 ボクと莉莉が!? ユニット? 今、ヤンさんは確かにがそう言った。

 ボクらのツーショットを撮るためのフラッシュが眩しい。頭が真っ白で少しボーっとなってくる。

HIROさんはどうしてこの場にいるんですか? 今はフリーで活躍されているはずですよね?』

「たしかに以前、HIROは炎亞綸のスタイリストをつとめていましたが、今回はスタイリストの枠を越えて、このユニットを支えていってくれることになりました」

『つまりHIROさんはプロデューサーということですか?』

 ヒロがボクらの・・・プロデューサー!? 

『黄莉莉さんと炎亞綸は付き合ってるんじゃないですか? 昨夜マンションに帰らなかったってことはもしかして二人はずっと一緒だったんでは? そこんとこはっきりさせてくださいよ!』

 下世話な写真週刊誌の記者が確信をついてくる。ヤンさんがすぐさま否定する。

「それは決してありません! あくまで仕事上の関係でしかありません」

『ご本人のコメントをいただけませんかね! 彼女をどう思ってるんですか!?

 え? 隣のヒロに背中をつつかれる。なんて答えればいいんだ? ボクは嘘なんてつきたくない!

『黄莉莉さん! あなたは炎亞綸を一人の男性として見てしまうことはないんですか?』

 莉莉は慣れない雰囲気に圧倒されているに違いない。ボクがフォローしないと・・・。

「あたしは! ・・・あたしは炎亞綸を尊敬しています。この一年、彼のために曲作りをしてきました。発売されたら是非聴いてください!」

 え!? ホントに? ボクための曲だったって? 知らなかった・・・。それに莉莉が堂々とコメントしたのにボクときたら・・・。

『炎亞綸! 黄莉莉さんはこう言ってますがあなたはどうなんですか?』

「黄莉莉は才能があると思います。可愛い妹のような存在であり、ボクも尊敬してますよ」

 ボクも覚悟を決めて、笑顔でさらりと言ってのける。今はただ、この場を凌ぐしかない。

 会見を終えたボクたちは無言で控え室に戻る。ヒロは林志玲の控え室へ行ってしまった。ボクとの距離をつくって、ヤンさんの後ろをついてくる莉莉に声をかけられない。

「小雨!!

 そう叫んでから駆け寄ってきたのは偉偉だった。

「偉偉? なんでここにいるんだよ!」

「さっき、ヒロが託児所に莉莉を迎えに行ったら、ついてきちゃったらしいのよ」

 そうヤンさんが説明してくれる。

「ヒロが迎えに? 莉莉とユニットだなんて、いったいいつからこんな話になったんだよ! ボクは全然きいてなかったぞ!」

「阿布、落ち着いて。正式に決まったのは今日の会議でよ。でもヒロは前から社長に黄莉莉とのユニットを進言していたらしいのよ。それが昨日のハプニングをきっかけに一気に進展したってわけ」

 ボクはてっきり、ヒロは莉莉を禹哲の事務所に入れて、Unusuallyを復活させるんじゃないかって思っていた。莉莉がデビューしたいなら、それが一番いいって漠然と思っていたし。

「ヤンさん・・・ヒロがプロデューサーってホントなの?」

「そうよ阿布。もちろん総合プロデューサーは変わらないけど、ヒロはアドバイザーと言うか、実質的な意味でのプロデューサーね。社長とあの嫌味なプロデューサーが昨日の二人のVTRを見て、あの歌声に驚いてたわ。それでヒロが今日の会議に呼ばれて決定したってわけ。ヒロも莉莉も一年契約になると思うけど・・・」

 ボクと莉莉がユニットを組むって言われても、正直すぐにはピンとこない。もちろん心の奥底ではずっと願っていたことではあるけれど。

「阿布。今後の二人のことなんだけど、会うのは自由よ」

「え?」

「喜びなさいよ。事務所公認でデートを許すって言ってるのよ」

「意味わかんないよ」

「つまり、話題性優先ってことね。そのかわり、交際を肯定も否定もしないという条件でよ。否定しても疑われるし、肯定したって“やらせ”だって言われちゃうだけでしょ」

 そういうことか。あの嫌味なプロデューサーの考えそうなことだ。

 

 そういえば、なぜか莉莉の姿が見えない。部屋を見回すと、隅のほうのつい立の陰に、莉莉らしき姿がチラリと見えた。もう着替えも済んだみたいなのに出てこないなんて、ボクから隠れてるとしか思えない。そこまで嫌われるようなことをした覚えなんかない。

「もしかしてイヤなの? 阿布」

「・・・イヤじゃないけど、莉莉は・・・莉莉はどうなんだよ」

「莉莉は承諾したからここにいるんでしょ」

 ボクを避けてる莉莉が承諾したって聞かされても説得力にかける。

「小雨! 莉莉お姉ちゃんも、本物の歌手になるの?」

 偉偉が素朴な質問をした。

「ボクに聞くなよ。莉莉に聞けばいいだろ!」

 ちょうどそこへヒロと大東が戻ってきた。

「何? 亞綸ったら偉偉相手にそんなムキになって」 

「ああ! 大東! 大東大東!!

 偉偉が大東に抱きつく。

「偉偉、おまえここで何やってる!」

 大東は片膝をついて、偉偉の肩をつかみ目をしっかりとみつめて聞いた。いつの間にか大東は父親っぽくなってる気がする。

「託児所にね、ヒロが莉莉お姉ちゃんを迎えに来たから、ボクもついて来たんだよ! 大東に会いたかったんだもん!」

「どうして日曜なのにおまえ、託児所にいたんだ? 櫻雪はどうした?」

「大東・・・もしかして櫻雪と連絡とってないの? 櫻雪は今、阿明の本の翻訳を任されて忙しいのよ。だから日曜でも莉莉に頼んで託児所に預けてたんだって」

「そうなのか・・・」

 大東はそう、一言だけつぶやいた。

 ヒロの説明で、ボクもなんとなく事情が飲み込めてきた。大東と櫻雪はケンカしてるんだってこと。ベストセラー作家である姉さんの本の翻訳だなんて、すごい仕事だ。それを櫻雪は大東に話してないなんて、よっぽどのケンカに違いない。偉偉は大東にしがみついて訴える。

「ねえ大東! あのね、母さん頑張ってるんだよ! でもジムショの仕事と日本語にする仕事と、どっちも頑張っててすごく大変なんだよ! ボク心配なんだ・・・」

「ん? 莉莉? どうしたんだ、そんな隅っこで」

 大東がつい立の向こうにいた莉莉に声をかけた。それまで隠れるみたいにしていた莉莉が出てくる。

「莉莉、昨日はありがとな」

 大東はそう言って莉莉の頭に手を載せて、莉莉のふわふわの髪をクシャっとしたんだ! そして莉莉は顔をちょっと赤くして、嬉しそうに笑った・・・。ボクの胃の中に熱い塊のようなものがグルグルころがるような気がした。そしてノドはカラカラだ。

“昨日はありがとな”ってなんだ! いつもならボクにだけ向けるような、はにかんだ笑顔を今は目の前で大東に見せている。

 二人が会話してるところを見たのはこれが初めてだ。いつの間に二人はそんな親密な間柄になったんだろう。他の男にたやすく髪を触らせる莉莉に腹がたつ。胃の中を、暴れまわる熱い塊のせいで吐き気さえ覚えた。

「大東! ボクの話ちゃんと聞いてよ!」

 偉偉が大東に怒ったように詰め寄っていく。

「わかったよ、偉偉、そう怒るなって。少し待ってろよ。莉莉、ちょっといいか?」

 あろうことにも、大東は、彼氏であるボクに断りもなく、ボクの彼女である莉莉を連れ去ろうとしている! 

「あ、亞綸、悪い、莉莉を借りてくな」

 かろうじて礼儀を守った大東だけど、それよりもいろんな意味で気が気じゃない! ボクとは目も合わせようとしない莉莉のことを、ボクはどうすることもできずにいた。

「大東は、ボクや母さんのことなんて、もうどうでもよくなっちゃったのかな・・・」

 偉偉は半泣きだ。ボクだって泣きたいくらいだ!

「二人ともなんて情けない顔してるのよ」

 ヒロは偉偉の頭をなでてやる。でもボクの頭はなでてくれない。ヒロに堂々と甘えられる偉偉がうらやましい。だけど一応大人の男なんだから強がるしかない。

「別になんでもないよ! それより、まさかヒロがこんなサプライズをしかけてくるなんて思いもしなかったよ。ボクになんにも相談なしだなんてさ」

 ヒロに言いがかりをつけるなんて、幼稚だってわかってる。

「大東はしばらく俳優に専念することになるだろうから、亞綸はこの一年は歌で勝負かけないとね。今年に入ってあんなにレッスンを頑張ってきたんじゃない、私だって力になりたいもの、特別な亞綸のためだから。わかってるでしょ?」

 ヒロがそんなふうに、ちゃんとボクのことも考えてくれてただなんて、思いもよらなかった。ボクはヒロにとって“特別”な存在だって言われて、有頂天になりそうだ。ごめんヒロ。ヒロがボクのことなんてどうでもいいんだって、ちょっとでもスネてた時期があったこと、ヒロには黙ってよう。

 

「あ、そういえばMakiyoと范范がヒロを捜してたよ」

「いけない、忘れてた! 偉偉、亞綸、私、ちょっと行ってくるね」

 出て行ったヒロにかわって、莉莉が戻ってきた。

「偉偉、大東が呼んでるよ。パーティー会場においしいアイスクリームがあるんだって!」

 半泣きの偉偉とは対照的に、莉莉はご機嫌だ。大東と何してたんだろ・・・。

「・・・アイスクリーム?」

「食べたくなあい?」

「・・・食べたい!」

「じゃあ、行こう偉偉」

「うん!」

 ・・・裏切られた気分だ。偉偉のやつアイスクリームなんかでごまかされてさ! 

「莉莉、わたしが偉偉を連れて行くから、あなたは少し阿布と話しなさい。偉偉、ヤンおばちゃんと行こうか?」

「うん、行こう! おばちゃん!」

 ヤンさんの気転なのか、突然、莉莉と二人きりにされてしまった。はっきり言ってかなり気まずい。

「あのさ・・・ドレス、忘れてっただろ?」

 ショップの紙袋を莉莉の前に置く。

「・・・ありがとう炎亞綸・・・」

 莉莉の他人行儀な言い方に、ぞっとする。莉莉に聞きたいことはたくさんある。でもこんなに構えている莉莉に、何から聞けばいいのか・・・。

「託児所はやめるのか?」

「え? ううん・・・。レコーディングとか発売イベント中は休まないといけないけど・・・」

「そっか・・・」

 どうして今朝一人で出て行ったのか、どうしてボクを避けてるのか、昨日大東と何があったのか・・・そんな聞きたいことが聞けない。

「あのさ()!」

 同時に同じことを言ってしまう。ドラマでよくあるシチュエーションだ。お互いに聞きたいことがあるのにゆずり合うってやつ。

「何? 莉莉、先に言えよ」

「え? あたしは後でいい・・・亞綸言って!」

 セオリー通りの会話。始終この調子じゃらちがあかない。そこへ戻ってきた偉偉がいきなりこう言った。

「小雨! パーティー抜け出して母さんを迎えに行くんだ! 手伝って!」

「え!? なんだって? 櫻雪を? なんでだよ!」

「いいから! ほら、莉莉お姉ちゃんもさ!」

「え? う、うん!」

 偉偉は、ボクと莉莉の手をひっぱって走り出す。外へ出ると、夕暮れの中、ヤンさんのバンが待っていた。

「もう乗りかかった船よ! 早く乗って! 記者たちに気付かれたら面倒だから!」

 ボクと莉莉は訳も分からずバンに乗り込む。ボクと莉莉の間に座っていた偉偉は、すぐに助手席へと移動するから、ボクと莉莉は隣り同士で座っている。

「ねえ、偉偉のおうちはどっちなの? 教えてもらえる?」

「ううんとね・・・う~ん・・・ボク道がわかんない! 小雨、どっち?」

「ヤンさん、そこを右に曲がって大通りを北進してくれる?」

「まったく・・・阿布が櫻雪のうちを知ってるなんてどういうこと? 莉莉と大東も知り合いで、莉莉と櫻雪も知り合いなの? ヒロも莉莉と親しくて、じゃあヒロと櫻雪も?」

「ヤンおばちゃん、ボクもみんなと仲良しなんだよ! 香明お姉ちゃんと亞瑟王もだよ! ボクすごいでしょ?」

「そういえば、阿布のお姉さんである明日香が櫻雪をうちに紹介したんだったわね。もしかしてそれがことの始まりなの?」

 そうだ。ヤンさんの言うとおりだ。櫻雪が事務所に入ったから偉偉が現れるようになって、偉偉を追いかけて莉莉も現れた。それでボクと大東の平穏なプライベートが、あっという間にかき乱されていった。

 それが今のボク・・・莉莉なしでは生きられない、莉莉シンドロームの始まりだったんだ。

第39話「以心伝心」~東雪篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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飛輪海小説『ステップアップ!』第37話~東綸篇

37話「レッドカーペットの上で」~東綸篇  緑:亞綸 青:大東

 

 枕元に置いてあった携帯の着信音で目が覚める。ヤンさんからだった。ホテルの前に迎えに来てるから早く出てきてと言われた気がする・・・。寝ぼけていてハッキリとした記憶がない。

 いつの間に眠ってしまったんだろうか。4時半くらいまでは起きていたはずだ。莉莉を求めて反対側に腕を伸ばしてみても、ひんやりとしたシーツがあるだけだ。

 起き上がって周りを見回しても莉莉の姿も気配もなかった。時計を見るともう8時を過ぎていた。

「莉莉!」

 返事がない。ボクは寝不足でだるい体を引きずってクローゼットを開けてみる。中にはボクのジャケットとパンツ、莉莉に貸した白いシャツ、それにドレスがきちんとハンガーにかけられていた。ショップの紙袋の中をのぞいても莉莉の服がない。それに母さんがプレゼントした靴はきれいに箱に入っているけど、莉莉の靴はどこにもなかった。花束もないし、もちろんギターも消えている。

 ボクを起こさず莉莉は黙って行ってしまったみたいだ。ドレッサーのひき出しの中のプレゼントを取り出すと、急に虚無感に襲われる。昨日チャリティーで一緒に歌った感動がもう、遠い日のように感じる。あんなにボクたちは二人で一人って感じに繋がった気がしていたのに・・・ベッドにぬくもりさえも残さずに、莉莉は消えた。

 莉莉は眠ってしまう前、ボクが母さんを大切にしてないことを非難していたっけ・・・。またいつかみたいに、莉莉はボクを拒絶するんじゃないだろうか・・・。そんな不安ばかりがよぎっていく・・・。

 迎えに来ていたヤンさんのバンに乗り込む。

「遅いわよ阿布! ・・・何そのひどい顔! 寝てないの?」

「まあね・・・3時間ちょっとくらいかな」

「その紙袋は何? それ忠孝東路4段にあるドレスショップのじゃない?」

「・・・莉莉のドレスと靴が入ってる」

「莉莉って昨日の子よね? まさか今まで一緒だったの?」

 ため息まじりのヤンさんが運転席からボクにスポーツ新聞を投げてくる。ヤンさんが勘ぐるような甘い夜なんかじゃ断じてなかった。

 新聞の一面は開幕投手の完全試合の記事がデカデカと載っていた。昨日がプロ野球の開幕日だったらしい。芸能欄を開くと、ボクと莉莉が歌ってる写真が小さく写っていた。そしてもう一枚は莉莉の手を握って走っていくボクたちの後ろ姿だった。ボクの熱愛記事なんて、こんなものらしい。飛輪海だったころとは、もうこんなに扱いが違ってる。それに政治部のカメラマンがついでに撮ったものだ。さほどボクに興味もなかったからか、記事も簡単でありきたりでいい加減なものだった。そこらのでっちあげ報道と何も変わらない。

「助かったわ。大物政治家の入院と完全試合のおかげで炎亞綸どころじゃなかったみたいね。・・・でもちょっとくやしいわね。あんなにステキな二人の歌声を新聞では伝えられなくて」

「テレビでやってただろ?」

「テレビのあんな短いニュース映像なんかじゃ全然伝えきれてなかったわよ! 本当の歌声はあんなものじゃなかったのに!」

 ヤンさんが珍しく興奮気味に言う。

「今日のスケジュールは?」

「今からラジオの収録よ。私はその間、事務所で緊急会議だから。午後からは大東と授賞式のプレゼンター。その後はパーティーよ。多分、そこで芸能記者から質問攻めに合うだろうから対策会議なの」

「ふうん・・・」

「何よ、阿布ったら気のない返事して! いったい誰のために・・・ああ、もういいわ!」

 会議を開いたからといって、莉莉への不安が拭い去られるわけじゃない。それに莉莉に会いに行く時間なんて、とてもなさそうだ。

    *          *          *

 午後3時すぎ。スタイリストと控え室で着替えを済ませ、ヤンさんが来るのを待っていた。会議でどんなことが決まったんだろう。あれから莉莉に何度か電話してみたけど通じない。自分の運命を自分で決めることも確かめることも、今のボクには許されてないみたいだ。

 ヤンさんは会議が長引いているらしい。ボクは時間になりスタッフに連れられてリムジンに乗り込む。中にはすでに大東が乗っていた。

 二人で同時に大きなため息をつく。

「なんだよ、亞綸。そのため息は・・・」

「そっちこそ。大東のため息のほうが大きかっただろ!」

「まあな・・・」

 久しぶりに会ったけど、こんなに顔色の冴えない大東も珍しい。大東も櫻雪となんかあったのかも・・・。

「おまえもやるよな」

「何が?」

「何って、新聞見たぞ。熱愛スクープ、久々だな。わかりづらい写真だったけど、相手、莉莉だろ?」

 リムジンの運転手を気にしてか、大東は小声で話す。でも車体がこんなにも長いリムジンだから、運転席までは聞こえっこない。

「うん・・・」

「ま、しばらくはパパラッチに張りつかれて大変だろうけど、じきに納まるさ」

「大東・・・恋愛ってさ、盛り上がったと思ったら急に突き落とされたりしてさ・・・楽しいばかりじゃないよね・・・」

「ああ、忍耐あるのみだろ。オレだってさ・・・ってなんだよ亞綸、上手くいってるんじゃないのか?」

「いろいろあるんだよ、ボクだって」

「ふうん、そうか。おまえもか」

 二人揃ってまた大きなため息をつく。やっぱり大東もなんだ・・・。

 リムジンが止まり、ドアが開けられた。ボクたちはそれまでのため息はなかったことのように、颯爽とレッドカーペットへ踏み出した。炊かれるフラッシュ。ファンの歓声。群がる記者たち。差し出されるたくさんのマイク。次々とさまざまな質問を浴びせられる。

『炎亞綸! 昨日の歌姫との関係は?』

『昨夜は自宅に戻らず、どちらですごされたんですか? あの彼女と一緒だったんですよね?』

『彼女はいったい何者なんですか? また宣伝のためのでっち上げなんじゃないですか?』

 ボクは笑顔と無言を貫き通す。

 今日のところは記者たちは亞綸に任せよう。明日はわが身だ。

 だけど、オレはもう一週間も櫻雪と会ってもいなければメールさえも交わしていない。顔で笑って心で泣いて・・・か。オレは沿道の観客たちに最高の笑顔で手を振る。

「おい、亞綸。オレは莉莉に・・・」

 亞綸の肩を引き寄せて耳元で話そうとすると、オレの声は悲鳴に似た歓声でかき消されてしまった。莉莉のことであいつに話さないといけないことがあったが、まあいい、あとでゆっくり話そう。オレと亞綸は手を振りながらレッドカーペットを進んでいく。周りには数々の台湾スターたちが顔を揃えている。

 林志玲? 視線の先に林志玲の姿をみつけた。そうか、彼女はこの一年最もアジアで活躍した女優としての受賞だ。オレや亞綸は、今回はプレゼンターだ。だけど、来年は、絶対に貰う側になってみせる!

 そういえば、林志玲がいるならヒロも来ているかもしれないな。

「よっ!」

 誰かに肩を強く叩かれて、思わず前のめりになる。振り替えると黑人が范范を伴って笑顔で立っていた。

「大東、どうだった? 一本桜から見た山の景色、最高だったろ? 櫻雪も喜んだか?」

「あ、ああ。いい場所を教えてくれてありがとう、黑人」

「あら、黑人ったら私たちのとっておきのあの場所を教えてしまったのね? でも大東と櫻雪にだったら仕方ないわ。許してあげる」

 ケンカして、一週間も連絡を取ってないなんて、口が裂けても言えない。櫻雪を泣かせたなんて知られたら黑人に殺されそうだ。

「もう、黑人も范范も私を置いてかないでよ! あら! 大東、炎亞綸お久しぶり~!」

 Makiyoだった。

「炎亞綸ったら、あなたもやるじゃない?」

「え? まあね・・・」

 亞綸は苦笑いする。黑人と范范は亞綸の熱愛報道を知らないのか、キョトンとしている。そんなことを解さずMakiyoは辺りをキョロキョロと見回してから聞いてくる。

「それより、ねえ、ヒロを見なかった?」

「ヒロ? 来てるんだ! ボクは見てないよ。大東は?」

「オレもまだ見てない」

「そう、どこ行っちゃったのかしら」

「あとで会えるさ。昨日メールで知らせてきたんだから。なあ范范」

「ええ。わたしのウエディングドレスのデザイン画を今日見せてくれるって」

「それならパーティーでは会えるわね。・・・あら? あれ辰亦儒じゃなあい?」

 亦儒? まさかこんなところにいるわけない。・・・阿明!? 阿明だ。オレの視線の先にドレスアップした阿明の姿がある。その隣にはぴったりと寄り添う亦儒がいた。目が合うと、亦儒はにこやかに手を振りながら阿明を伴って近づいてくる。

「姉さんたちどうしたの? 来るなんてボク、全然聞いてなかったんだけど」

「おまえな~! 最近、うちに寄りつかないのは誰だよ! こっちだって聞いてなかったぞ、昨日お義母さんのチャリティーで莉莉と歌ったんだって?」

 亞綸は阿明のマンションに行っていないって? 莉莉のおかげで、やっとシスコン卒業ってわけか。

「ボクだって歌うことになるなんて思ってなかったよ。成り行きだよ」

「わたしも行けばよかったわ。聴きたかったもの、小霖と莉莉の歌」

「それに加えて熱愛報道か・・・それもよしだな。ゲイ疑惑の払拭になる。なあ弟よ!」

 亦儒の冷やかしに、亞綸はあからさまに嫌そうな顔をした。

「それで、今日はなんだよ、二人揃ってさ」

 オレは阿明にそう聞いたのに亦儒が口を開く。

「ボクの愛するワイフが、栄えある第一回のこの授賞式で、作家部門で受賞したんだ。すごいだろ?」

 亦儒は阿明を満面の笑みで見下ろし、淡いパープルのドレスを着た阿明は亦儒の腕に自分の腕をからめている。幸せを絵に描いたような二人に、多少なりとも嫉妬する。

 久しぶりの公の場での3人揃った元飛輪海をとらえようと、カメラマンが集まりだす。呉尊がいれば完璧だったのにな。オレたちはしばらくスリーショットのサービスをしてから再び歩き出す。

 実は呉尊も受賞者の一人だ。最もアジアで活躍した俳優としてだ。欠席の呉尊にかわって、オレと亞綸がステージに上がることになっている。呉尊は親父さんがケガで入院したらしい。とことんヒロに会えない運命なんだろうか。

 報道陣や観客から死角になった建物に入ると、人目をはばかるようにして阿明がオレの元へ来る。

「いつかは本当にごめんなさい・・・わたし、酔っ払ってみっともないことしちゃって・・・。迷惑かけたから、ちゃんと大東に謝らなきゃってずっと思ってたの」

「ったく、亦儒が浮気なんてする訳ないだろ? それにおまえから謝られるのはなんか気持ち悪いよ。どうせなら感謝されたほうが嬉しいかもな」

「え? そっか・・・そうよね」

 阿明はしっかり向き直ってオレの目をまっすぐにみつめる。

「大東、あのとき一緒にいてくれてありがとう。大東が泣きたいときはわたしを呼んでね。いつでもどこでも何があっても駆けつけるから」

 阿明は少し神妙な顔でそう言った。社交辞令なんかじゃない、阿明の本気が伝わってくる。

「サンキュ・・・阿明」

「初めて言ったわね“阿明”って」

 あ・・・思わず口にしていた・・・。“呉香明”と呼び続けていたのは、オレなりのこだわりみたいなものに過ぎなかった。まわりで、こいつをそう呼ぶのは自分だけだっていう。

「いいからもう亦儒のとこへ戻れよ! あいつだって人間だ。嫉妬だってするだろ」

「亦儒が言ったのよ。大東にちゃんと謝ってこいって」

 そういうことか。いつだって亦儒は一枚も二枚も上だ。くやしいけどさ。

 阿明は亦儒に愛されてるという自信で、二倍も三倍も強くなっていくみたいだ。つまりオレの親友はますます頼りになるってことだ。

 正直言うと、今が一番泣きたい。だが阿明に泣きつくほどオレもプライドを捨てきれない。

 大切な人を失いかけているかもしれないのに、華やかなレッドカーペットの上で、笑顔で仕事をこなすしかないんだ。

 オレも亞綸も・・・。

第38話「莉莉シンドローム」亞綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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飛輪海小説『ステップアップ!』第36話~亞綸篇

36話「ボクたちの不協和音」~亞綸篇

 ソロアルバムのレコーディングを終えてタクシーでホテルに向かう。莉莉と一緒に歌ったあとだったせいか、今日のレコーディングは思った以上に上手くいった。だけど、道路が渋滞していて、少し遅れて7時すぎにホテルに到着する。ボクは走ってレストランに入ると支配人が待ち構えていた。

「呉庚霖様、お連れ様がお待ちです」

「支配人、ちょっと待って。これさ、いいタイミングで料理と一緒に出してよ」

 ここはボクたち家族がよく利用するレストランで、支配人とは気心が知れている。

「いいタイミングとはどのタイミングのことで?」

「支配人に任せるよ」

「かしこまりました。今夜はお母様から承った特別のコースになっております」

「そうなんだ。あ、いつもの個室でしょ? 一人で行くからいいよ」

 ボクは一秒でも早く莉莉に会いたかったんだ。初めてのまともなデートだし、莉莉を驚かせたくて、ボクは走っていって、ノックもしないでドアを開ける。

「サプラ~イズ!・・・ごめん遅れ・・・て・・・」

 窓際に、背中が大きくあいたドレスを着た女性が窓の外を見るようにして立っていた。

「す、すいません! 間違えました!」

 ボクは慌ててドアを閉めようとしたときだった。

「亞綸! あたしだってば!」

 え!? ・・・ボクは閉めかけたドアを恐る恐る開けてみる。窓際にいた女性は、こちらを向いて立っている。

 それは、いつだって一番ボクをドキドキさせることができる、莉莉だった。今だってこんなにドキドキしている。なぜなら、莉莉は、今まで見たこともないくらいにドレスアップして、ちょっと照れくさそうに笑っていたんだ。ボクはただ呆然と突っ立っていた。

「やだ、亞綸ってば! あたしがわかんないの?」

 莉莉の声にハッとする。

「え・・・だってさ・・・莉莉、どうしたんだ? その格好・・・」

 莉莉は、淡いクリームイエローで膝上丈の、ホルターネックのドレスを着ていた。華奢でヌーディーなハイヒールサンダルを生脚で履いていて、髪はシックにまとめてある。春先にしてはかなり露出の高い格好にドキドキしないわけない!

「ステキでしょ? あたしじゃないみたいで驚いた? おばちゃんが・・・亞綸のお母さんが選んで買ってくれたの。サロンにまで連れてってくれて、髪、こんなに大人っぽくセットしてもらっちゃった! 初めてよ、こんなの! どう?」

「どうって・・・なんて言ったらいいのか・・・」

「全然似合ってない?」

 莉莉の表情が曇る。そうじゃないんだ、そうじゃなくて、なんでこんなに露出が多いのかってことだよ! 背中は大きくあいていて、細いループが二本ずつクロスしてついてるだけだ。そのうえ胸元も深めのV字のホルターネック・・・。まるでマリリンモンローみたいだ。あんなに大きいわけじゃないけどさ。ってこんなの選ぶなんて母さん、どうかしてるよ! まるで超セクシーな妖精って感じだ。これじゃ平常心ではとても食事できそうにないよ! 

「上着とかないのか?」

「え? あるけど、このボレロ、着たほうがいい?」

「うん・・・寒いだろ?」

「こんなステキなお店で食事するのも、あたし初めてよ! ちょっと緊張しちゃう」

 ボクは別の意味で緊張するよ。莉莉、ボレロを着ていても胸は隠せてないし・・・。クリスマスのときの大東の気持ちが痛いほどわかるよ。

 他に客がいない個室だからマシだけどさ、支配人や、ウェイターが見るかもしれない・・・。 

「亞綸のお母さんがね、食事がすんだらお茶しにいらっしゃいって誘ってくれたの。デザートにエッグタルトを焼いて待ってるって!」

 特別のコースってそういうことか。デザート抜きになってるんだ。母さんがうちに招待するだなんて、莉莉のことを本当に気に入ってくれてるってことだ。

「母さんと二人でいても退屈だっただろ?」

「ううん! すごく楽しかった! 今まで、親子で楽しそうに買い物してる人を街で見かけると、本当はすごくうらやましかったの。亞綸のお母さんったらね、優しいだけじゃないの。“早くしなさい!”とか“困った子ねえ”とか言ってくれるの!」

「え? それが嬉しいのか?」

「そうよ! ・・・おかしい?」

 ソムリエがやってくる。とにかく早く戻って欲しくて、彼がすすめるワインをテイスティングもしないでボトルごと置いていってもらう。どうせ母さん持ちなんだから今日のギャラ代わりに丁度いい。

 莉莉にワインをついでやると、一気に飲み干してしまった。

「り、莉莉、大丈夫か?」

「ノドかわいてたの。すごく美味しい! おかわり!」

「ピッチ早すぎるぞ! ゆっくり飲めよ」

「大丈夫! あたし、結構強いんだから!」

 テンションが上がりすぎていてないか? 

 

 続いてやってきたウェイターは、オードブルの説明を長々と話すから気が気じゃなかった。どうも莉莉寄りの立ち位置なのが気にいらない。

 そう言えば支配人はあれから姿を見せないな。

 料理も、メインを食べ終わろうとしてるのに、莉莉へのプレゼントはいっこうに現れない。そこでメールの着信音が鳴った。母さんからだ。

“マンション前は報道陣でいっぱいよ。今夜はそのままホテルに泊まりなさい”

 え? ホテルに泊まれって? ええっ!!

 ヤンさんからのメールもある。

“報道陣が騒いでるから絶対に捕まらないで! 捕まっても、ノーコメントを通しなさい!

 そこへ支配人がやっと現れた。

「お母様からお電話があって、お二人のお部屋を手配いたしました」

 仕事が早いよ、支配人・・・。

 席から立ち上がった莉莉は、ふらついて倒れこむ。だけどそばにいた支配人がすぐに支えてくれた。

「莉莉、酔ってるだろ。歩けるか?」

 ボクは支配人から莉莉を奪い返す。支配人とはいえ、男には違いないからさ。

「大丈夫、だいじょ~ぶ~! ヒールが慣れてないからだってばあ!」

 しなだれかかる莉莉の腰に手をまわし、支えながら支配人の後をついていく。莉莉は支配人の存在を気にすることもなく、エレベーターの中でボクにしっかり抱きついてくる。

「亞綸、大好き~!!

 ボクの莉莉は酔うと、天使半分、小悪魔半分になるみたいだ。

      *          *          *

「わあ! お部屋もステキ~! あたしこんな部屋に泊まるの初めて~!」

「莉莉様、お気に召していただけましたか?」

「お部屋サイコ~! 支配人さんもサイコ~!」 

「支配人、ここは莉莉の部屋? ボクの部屋は隣かな?」

「お二人のお部屋です。莉莉様のギターとコートとお荷物はこちらのクローゼットに・・・。・・・それでは私は失礼いたします・・・」

 それだけ言うと支配人は出て行ってしまった。

 ・・・ってことは今夜は莉莉と正真正銘二人っきりってことだ! 嘘だろ!? 降って湧いたようなまさかの展開! この状態を特に気にもしてない様子の莉莉はテレビをつけた。

「亞綸! 見て見て! あたしたちが映ってる~!」

 芸能ニュースだろうか。ボクたちが歌ってるところが映っていた。予想はしてたけど、やっぱり止められなかったんだな。明日のスポーツ新聞にはボクたちの熱愛スクープが一面を飾るのか・・・。でも今はそれどころじゃない。

 莉莉はベッドの上に飛び乗って前のめりで見てるから、胸がさ・・・。ボクはとても冷静じゃいられない・・・。

 なんかこの部屋、暑いな・・・。ボクはネクタイをはずし、ジャケットを脱いで椅子にひっかける。そしてシャツの襟元をゆるめボタンを胸元まで外しながら、莉莉のそばに座り、革靴を脱いでから一緒にテレビを見るふりをする。ボクたちのニュースは終わり、他のニュースが始まった。さりげなく莉莉の肩に腕をまわすと莉莉はボクの胸に頭を預けてくる。

「あ~あ・・・亞綸のお母さんのエッグタルト、食べたかったなあ・・・」

 莉莉はそう言いながら、またボクの体をギュッと抱きしめてきた。酔ってるせいか、今夜の莉莉は子供みたいに甘えてくる。ドレスはかなりセクシーなのに、言動はまるで子供。それが妙なギャップでボクはますます冷静でなんかいられない。

「エッグタルトは、また今度な・・・」

 莉莉のあごに指をそえてボクのほうをむかせる。

「絶対ね! でも~・・・ねえねえ亞綸! 今からでもこっそり行ってみな~い? 変装とかして~!」

「ダメだ。今夜は絶対に戻らないように言われてる」

「な~んだ、つまんな~い! そうだ! そういえばね、お母さんったらね!」

 母さんの話はもういい。はしゃぎっぱなしの莉莉の唇をキスで塞ごうとすると、莉莉の指でボクの唇は押し戻された。

「もう! 亞綸ったらちゃんと聞いてよ!」

「母さんの話なんかどうでもいいだろ!」

「どうでもよくない! 亞綸はもっとお母さんを大切にするべきよ!」

「今は母さんより莉莉のほうが大切なんだ!」

 ボクはそのまま体重をかけるようにして莉莉を押し倒す。

 ベッドに仰向けになった瞬間の莉莉の凍りついたような表情。・・・いつかと同じだ・・・。

「亞綸なんか大っ嫌い!! 大嫌い、大嫌い! 大嫌い!!

 莉莉は握り拳でボクの胸を連打する。

「り、莉莉・・・やめろ・・・」

 莉莉の両手首をつかんでベッドに押さえ込むと莉莉の目からは怒りの涙が溢れ出す。

「亞綸は何もわかってない! 全然わかってない!!

 泣かせるつもりなんてなかった。莉莉の涙でボクは急に冷静になる。

 莉莉があんなに、はしゃいでいたのは、母さんとのデートが本当に嬉しかったんだろう。

「莉莉、悪かったよ・・・母さんの話、ちゃんと聞くからもう泣くな」

 ボクはベッドに強く押さえつけていた手首を放して、そっと指で涙をぬぐってやる。

「じゃあ・・・お母さんをちゃんと大切にする?」

「するよ。ちゃんと大切にする」

「どんなふうに?」

「え? えっと・・・今度何かプレゼントでもしようかな」

「それだけ~? 大東はお母さんと海外旅行に行ったりしてるのに、物を贈るだけなの?」

「でも、もう年内は長期休暇は望めないよ・・・来年の旧正月まではムリだ」

「そうじゃない! 海外旅行とか、そんなんじゃなくて!」

 どうして母さんのことでこんなにもめなきゃなんないんだろう。酔ってる莉莉を、最初は可愛いと思ったけれど、からみ酒か・・・少しめんどくさくなってきた。

 さっきまでのハーモニーが不協和音へと変化していくみたいだ。

「明日までにちゃんと考えておくからさ」

「ホントに?」

「本当だ」

「よかった!」

 莉莉はベッドに仰向けになったまま、満足げにニッコリと笑う。ボクはその笑顔にホッとする。

 はあ・・・もう一度仕切り直しだ。キスさえも拒まれて、その先のことはなんだか、遥か遠くに思えてくる。

 だけどボクはゆっくりと、恐る恐る顔を近づけていく。そのときだった。

「ああああっ!」

 莉莉が今度は急に叫びだした。

「な、何? どうした?」

「ドレス、クシャクシャになっちゃう!!

 莉莉はボクを跳ね除けてベッドから飛び起きると、突然ドレスのホルターネックをほどきだす。莉莉はもちろん上半身は下着をつけていない。はらりとドレスが落ちてゆく。

「わ! 莉莉、待った!」

 ボクは寸前のところで莉莉に背中をむける。嘘だろ・・・まだ今夜はキスもしてないのに、なんか順序がまたおかしくなってきた・・・。

「亞綸、ハンガーとって~!」

 ボクは言われるがままにハンガーを取りにいき、うしろを向いたまま莉莉に渡す。そして着ていた白いワイシャツを、急いで男脱ぎして莉莉のほうへ投げた。

「それ、早く着ろよ!」

 なんで付き合ってんのに、こんな気をつかってんだろ・・・。

「亞綸のシャツ、おっきい~! 見て見て~」

 莉莉がボクの前に立ちはだかる。胸元が少しはだけた男モノのシャツを着た小柄な莉莉が、長いそでをブラブラさせている図・・・。

 ・・・可愛すぎる・・・。その可愛すぎて、且つセクシーな莉莉がボクの前でクルリと一回転したときだ。莉莉の体がベッドの反対側にグラリと傾き、ボクはとっさに莉莉の腕を掴んで引き寄せ、ベッドに一緒に倒れこんだ。

「ったく、危ないだろ! 酔ってるんだから・・・さ・・・」

 ボクの腕の中の莉莉は、少し潤んでいて、うっとりとしたような目で見つめていた。それから莉莉はゆっくりと目を閉じた・・・。

 こんなにボクをドキドキさせる女の子は、やっぱり他にはいない。ボクは莉莉に完全に惚れている。

 ボクは莉莉の唇にかかったみだれ髪を指で丁寧によけてから、すぐに唇を重ねた。

 

 ・・・だけど・・・なんか変だ・・・。

 まさか・・・。まさかそんなわけないよな・・・。キスをやめて莉莉の顔を眺めてみる。

 ・・・眠ってる・・・。

 莉莉の寝息・・・。あどけない寝顔・・・。莉莉は、間違いなく眠っていた・・・。

 はあ・・・。ボクはゴロリと半回転して、莉莉の隣に仰向けになる。

「イテっ・・・」

 何か硬いものが背中の下にある。羽毛の掛け布団の下から、手探りでその硬いものを取ると、それは支配人に預けたプレゼントの箱だった。

 何やってんだか・・・。すべてがタイミングがずれていて、おまけに空回りしっぱなしだ。

 支配人任せにしたのがそもそも間違いだった。ベッドの中に隠すなんて、センスがなさすぎだ。真面目そうに見えてけっこうスケベおやじなのか? 

 ボクはプレゼントの箱をドレッサーの引き出しに隠し直す。明日の朝、堂々とプレゼントするために。 

 それから、ベッドの端で眠ってしまった莉莉の体を抱き上げ、きちんと真ん中に寝かせる。暖房を切ったせいで、ずいぶん寒くなってきた。さすがに上半身、何も着ていないと冷えてくる。ボクは熱いシャワーを浴びて煩悩を洗い流してから再び莉莉の隣に横になる。

 莉莉が母さんに「早くしなさい!」とか「困った子ね~」と言われて喜んでいたことを思い出す。

 そうか・・・そうなんだ。全然おかしくない。ボクは父さんや姉さんに対して同じような気持ちでいるからよくわかる。姉さんが最近、気を使わずになんでも言ってくれるようになったことを、ボクも嬉しいと感じていた。父さんが厳しい口調で注意してくれるとなぜかホッとした。血は繋がっていなくても、家族なんだって思える瞬間だからだ。

 母親との思い出が少ない莉莉にとって、そんな気の置けない家族の日常みたいな言葉がなにより嬉しいんだ。そう考えると、今日は母さんに対して感謝しないといけないな。

 莉莉の寝顔を見ていると、なんだか幸せな気持ちになってくる。莉莉がこんなにも安心したような顔して眠ってるのを初めて見た気がする。これも母さんのおかげなんだろうな・・・。くやしいけど否定できない。

「おばちゃん・・・」

 莉莉が寝返りをうちながら言う。莉莉の寝言には、もう慣れっこだ。これまで何度も聞かされている。

「もう一つ・・・食べたいな・・・」

 きっと母さんのエッグタルトを食べてる夢を見てるに違いない。なんだか愛おしくて、思わず莉莉の髪に触れると、莉莉の目が開いた。ボクはあわてて、裕惠を寝かしつけるときみたいに、莉莉の背中を優しくトントンとたたいてやる。そして子守唄は、あの歌だ。

 せっかく母さんと一緒にエッグタルトを食べてる夢を見てるんだ。だからもっと続きを見せてやりたいと思ったんだ。莉莉は再び夢の中へと戻っていく。

 もうこの状態だと、ボクは眠れないことは確定だ。

 スタンドの灯りを消すと窓の外がいやに明るい。差し込んだ月明かりが、莉莉の顔を浮かび上がらせる。

 仕方ないから朝まで莉莉の寝顔を楽しむことに覚悟を決める。

 それも案外悪くない。

 ・・・ボクはそう思うことにした。

第37話「レッドカーペットの上で」~東綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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飛輪海小説『ステップアップ!』第35話~亞綸篇

35話「ボクたちのハーモニー」~亞綸篇  

 午前は雑誌の仕事で、そこから午後の仕事場所へヤンさんのバンで向かうところだ。莉莉は午後から仕事が休みらしいけれど、ボクは午後も握手会やらレコーディングの仕事があって会いに行くこともできない。それからボクは車の中でウトウトしてしまい、ヤンさんに揺り起こされる。

「え? ヤンさん、仕事ってここ?」

 そこは父さんの勤める病院だった。今日はここで母さん主催のチャリティーがあるはずだ。

「あなたを連れてきて欲しいってお母様に頼まれちゃったのよ。どうして言ってくれなかったの? チャリティーリサイタルで数十人と握手するくらいなら仕事を調整すれば、なんとでもなるのに」

 ただのチャリティーじゃない。院長の末娘の任家萱(レン・ジアシュエン)とボクを引き合わせるために母さんが画策した陰謀だ! 母さんはヤンさんまで丸め込むなんて、やることが周到だよ、まったく!

 ホールに行くと、母さんのチャリティー活動に賛同してくれている人たちや、家萱の友達らしきセレブな女の子たちがたくさん集まっていた。ボクのことを遠巻きにしてヒソヒソ噂するのは勘弁して欲しいよ。そこへ母さんが少し慌てた様子でやってくる。

「あらあら! ヤンさん本当にありがとう! 早く来てもらえて助かったわ! ちょっと出演者の到着が遅れているの。握手会を先に始めてもらいたいんだけれど、大丈夫かしら、ヤンさん」

 ボクと母さんは冷戦中だ。もう一週間も口をきいていない。だから母さんはわざとらしくヤンさんにばかり話しかける。

「もちろん大丈夫よね? 阿布?」

「ヤンさんが言うなら別に始めてもいいよ」

 どうやら任家萱は遅刻のようだ。ホッとした。握手会をさっさと済ませて帰ってしまえば、彼女と会わずに済むかもしれない。

 握手会もあと数人というところで、任家萱の姿が目に入った。ボクのあてが外れた。彼女はブルーのドレス姿でピアノ伴奏者と何か打ち合わせをしている。見ていたボクに気がついた彼女は、長いドレスを少し持ち上げてお姫様のように挨拶をしてくれた。

 そして握手会が終わると彼女はボクのところへ駆けつける。

 任家萱は近くで見ると、二年前とはあきらかに違っていた。驚いた・・・。この前はチラっと見かけただけでよくわからなかったけど、さすが二年もイタリアに留学していただけのことはある。すごく綺麗になったし、洗練されていてブルーのドレスもよく似合っている。快活に輝いた瞳は、ちょっと目を合わせるのが照れくさいくらいだ。

「呉庚霖、お久しぶりね! また会えて嬉しいわ! お元気?」

「ああ・・・元気だよ! キミも元気そうだね」

 ありきたりな返事しかできないことに、軽く落ち込む。

「おばさまがステキなリサイタルを開いてくださって光栄だわ。チャリティーに少しでもお役にたてるんですもの」

「家萱! よかったわ間に合って! あなたたち、二年ぶりで積もる話もあるでしょうけど、家萱、すぐに始めてもらえるかしら?」

「ええ、おば様。それじゃあ庚霖、私の留学の成果を観て行ってね」

 家萱はにっこりと微笑むとドレスの裾を翻し、ピアノのほうへ歩いていく。拍手に迎えられピアノの横に立つと、クリーム色の大理石の床に、鮮やかなブルーのドレスがよく映え、彼女の美しさが際立って見えた。

 このホールは小児病棟のある5階から最上階の6階までの吹き抜けになっている。ガラス張りの天井からは優しい光が差し込んでいて今にも天使が降りてきそうだ。だから時々ここで歌っている莉莉にぴったりの場所なんだ。でも今日ばかりは、まるで家萱のために用意された場所に思えてしまう。それくらい、彼女は堂々とその場に立っていた。まるで女神のように。

 母さんが彼女を紹介して歌が始まる。歌声も容姿に劣らずきれいで、ソプラノの高音が耳に心地よく響く。普段の話し声とは別人のような彼女の美声にただただ聞き惚れた。お嬢様育ちで、留学も気まぐれなものだと思っていたけれど、ちゃんと頑張ってきたんだな。

「ねえ、小霖。家萱ったら綺麗になったでしょう?

 母さんは満足そうな笑顔を浮かべている。まずい展開だ。完全に母さんのペースに持ち込まれてる。

「母さん、ボクの役目は終わったよね? だからもう帰るよ」

「え? ダメよ! 何を言ってるの! 次の仕事まで、まだ一時間はあるはずでしょう? ちゃんと最後まで聴いていって、母さんの顔を立ててちょうだい! あなた目当てのお客様だっていらっしゃるんだから! それにこの花束をあとで渡す役目も残ってるのよ!」

 小声だけれど、すごい気迫の母さんのせいで、ボクはしばらく帰れそうにない。花束を渡すなんて聞いてなかったぞ! 家萱とボクの間を取り持ちたいのが見え見えだ。だからなのか、母さんはさっきから落ち着かず、ソワソワして見える。家萱の歌を聴いているのかいないのか、別のところを気にして見ている気がした。

 彼女が最後の歌を歌い終わる頃だった。ボクは母さんの視線の先に、意外すぎる姿をみつけた。

 それは莉莉だった。李おじさんのところにカウンセリングに来たんだろうか? それとも小児病棟の子供たちのために歌いに? 莉莉はお母さんの形見のギターを抱えている。今日、いつものこのホールで、チャリティーがあることを知らずに来てしまったんだろう。莉莉はボクがいることに、まったく気付いていないようだった。いつもと違う雰囲気に、戸惑っている莉莉の元に、今すぐにでも駆けつけたい衝動に駆られた。だけど大勢の人前でそんなことはできない。

 そんなふうに葛藤していると、ボクの隣にいたはずの母さんが、いつの間にか莉莉のほうへ向かっていた。母さんは、莉莉のことを遅れてきたお客さんとでも勘違いしたんだろう。そして母さんが莉莉に話しかけると、莉莉はホッとしたような表情を浮かべ、笑顔になっている。ボクもなぜだかホッとする。 

 そこでちょうど家萱のラストの歌が終わり、拍手が沸き起こる。

 

 莉莉は緊張した面持ちでギターを持って母さんの隣に立っていた。センターには、いつの間にか椅子が用意されている。

 いったいこれから何が起こるんだろうか? 莉莉は用意された椅子に腰掛けた。

 手にはお守りが握られている。そして母さんがこう紹介したんだ。

「皆さんは、多分、彼女をご存じないでしょう」

 母さんの知り合いや、家萱の家族、友人たちはうなづいている。

「実は、私も彼女のことを、よくは知りません」

 そこへ小児病棟の子供たちがナースに連れられてやってくる。

「ボクたちは知ってるよ! 莉莉お姉ちゃんだよ!」

 母さんはにっこりと微笑み、話し続ける。

「そうです。子供たちにはおなじみの、黄莉莉さんです」

 ボクは耳を疑った。今、母さんは“黄莉莉”とフルネームで呼んだからだ。

「莉莉さんは、このホールで時折歌ってくれています。それが子供たちにとって、どんなに安らぎになり、励みになったことでしょう」

 母さんは莉莉を知っている? いつからなんだ? 莉莉は緊張からか、ボクの存在にまったく気付いていないようだった。

「莉莉さんの歌には、心があります。天使のような歌声を、どうぞお楽しみください」

 莉莉はいつものようにお守りの巾着袋をしっかりと握っている。ボクからもらったからという理由だけで、莉莉は一年以上大事にしてくれていた。莉莉は目を閉じて気持ちを落ち着けているようだった。

 どうしてボクに話してくれなかったんだろう。ヒロは来てないみたいだけど知ってたんだろうか。莉莉のことだから、誰にも言わないで一人で頑張ろうとしているのかもしれない。

 莉莉は目を開けると、ひとつ深呼吸をした。

「皆さん、今日は遅刻してしまってすみませんでした。本当はあたしが前座みたいなもので、先に歌うはずでした。・・・彼女のステキな歌の後ですごく緊張しています。3曲歌います。どうか聴いてください」

 ギターの音色で始まり、いつもなら禹哲が歌うパートを莉莉が歌いだす。ちょっとゴスペル調のこの歌は、このホールにぴったりの曲だ。ボクは、横のほうに用意してもらった特別席からお客さんの反応をを見ていた。ほとんどの人の目が二倍くらい大きく見開かれ、口をポカンと開けるか手で覆っている。

「やだ、何? どこから声が聞こえてくるの? 天井? なんかスゴイ」

 横にいたヤンさんが感嘆の声をあげた。

 ホールの吹き抜けの天窓から、まるで太陽が降り注ぐように聴こえてくる莉莉の歌声。みんな完全に引き込まれている。ボクだってこの歌を、ここまで魅力的に歌う莉莉を始めて見た。

 2曲目は、ボサノヴァ調のほのぼのした曲で、つい口ずさみたくなるのを我慢する。この曲、ボクもけっこう自信あるんだけどな・・・。

「阿布、この歌知ってるの?」

 ドキっとする。いつの間にか口ずさんでしまっていたみたいだ。

「え? ・・・知らないよ。今覚えただけ・・・」

「この莉莉って子、なんなの? まだどこからもデビューしてないわよね?」

「え? 多分・・・」

 ヤンさんは興奮気味だ。なんだかボクが誇らしい気持ちになる。「ボクの彼女なんだ」って教えてあげたいくらいだ。

 3曲目は・・・ラストはやっぱりあの曲だ。16年前この病院で亡くなった莉莉のお母さんは、死の間際まで歌い続けていたんだ。前奏の途中でボクと莉莉の視線がぶつかった。莉莉はかすかに驚いた顔をしたけれど、ボクが笑うと莉莉もすぐに笑顔になる。おとついヒロに詩を付けた楽譜を渡してあった。だから、もしかして・・・。

  莉莉が歌いだす。もう“Lalala”じゃない。ボクの言葉が、莉莉の歌声にのってお客さんに届けられる。なんだかちょっと照れくさいけど、心臓が震えるみたいな喜びがこみ上げてきた。

 莉莉が歌い終わると、子供たちの沸きあがるような歓声とお客さんのため息まじりの拍手に包まれる。

 家萱が拍手しながら莉莉の元へ歩み寄る。

 家萱が莉莉にハグしてから客席に向かっておじぎすると雨のような拍手に包まれた。そして母さんがボクの元へ走ってくる。

「小綸! 花束贈呈よ! 早く行って!」

 え? まさか莉莉の目の前で、家萱に花束を渡せって!? ボクはとまどいながらも二人のほうへ向かって歩き出すしかない。花束は一つ。家萱にだけ渡すなんて・・・、じゃあ莉莉はどうするんだよ! ボクは顔で笑って、心では叫びだしたいくらいに叫んでた。

 ボクが近づいていくと、莉莉は嬉しそうに微笑んだ。でも渡す相手は莉莉じゃないんだ。莉莉、ごめん!

 家萱まであと少しというところで、ボクのうしろから誰かが追い越していった。

Selina! Bravo!!

 え? セリーナ? ブラーヴォ? その男は外国人で、家萱に花束を渡すと熱い抱擁と同時に額にキスをした。ボクは内心あっけにとられながらも、臨機応変に笑顔で莉莉に花束を渡してハグをする。

「亞綸、どうしてここに?」

 右側のハグで莉莉が聞く。

「莉莉こそなんでここに?」

 左側のハグでボクが聞く。

「あ! お兄ちゃんだ! ねえ! 莉莉お姉ちゃんと一緒に歌って! さっきの歌、お兄ちゃんも歌ってよ!」

 小児病棟の子供たちが騒ぎ出す。この子たちのリクエストに、ボクは応えたいって強く思った。母さんはこの展開に目を丸くしている。ヤンさんも同じだ。

 莉莉を見ると笑ってうなずいた。ボクはピアノへ向かう。莉莉はギターを持って再び椅子に座った。子供たちは歓喜の声をあげ、ファンの子達はざわめいた。アイコンタクトでボクのピアノと莉莉のギターが同時に始まる。歌詞は頭に入っていた。ボクが作詞したんだから当然だ。

 初めは莉莉が先だよって視線を送ると、莉莉は迷わず先に歌いだす。ボクはコーラスとハモリに徹する。久しぶりに莉莉と歌う楽しさ。ボクたちの声が重なりあって、一つになるのって、すごく気持ちいいんだ。

 2番はボクがメインで歌い、莉莉がハモってくれる。ボクの莉莉への思いが、言葉とメロディーで伝わっているだろうか。

 最後のサビはハモらないでユニゾンにしてある。何度も繰り返し、一番二人の気持ちが高まったときに転調して最後の一回を歌い上げる! 

 一瞬、歌い終わってもまだ現実に戻れていない感覚だった。少し間をおいてからのお客さんの歓声で現実に引き戻された。ボクは椅子から立ち上がりゆっくり莉莉のほうへ歩いていく。ボクが手を差し出すと、莉莉は手をのせて立ち上がった。

 たかれるフラッシュと数台のテレビカメラが目に入る。いつのまにかボクたちを撮影していたみたいだ。記者たちが数名つめよってくる。

「庚霖! 莉莉! こっちだ!」

 いつから見ていたのか、李おじさんがボクたちを手招きする。

「あなたたちどこへ行くの!?

 母さんとヤンさんまでもがボクたちについてくる。

 ボクは莉莉の手をしっかりと握って走り出す。

 ボクたちは数分後には心療内科病棟の李おじさんの部屋にいた。

「運が悪かったね。さっき、有名な政治家が緊急入院したんだ。それで急遽記者会見が開かれることになってね。それにしてもいい歌だった! もうすっかり二人の歌になっていたんだな」

 李おじさんは、冷蔵庫からミネラルウォーターを二本取り出すと、ボクと莉莉に差し出した。

「奥さんたちにはコーヒーでもお淹れしますよ」

「私は未婚ですけど!」

 ヤンさんが顔を少し赤くして否定する。

「いや、それは失礼した」

「李先生、私はもうなにがなんだか・・・どうして小霖が莉莉の歌を歌えるのかも・・・」

 母さんは訳がわからなくて混乱しているようだった。ボクだって平静を装っているけど内心はかなり動揺していた。

「とにかく、呉の奥さんは気持ちを整理するために、二人を引き合わせる紹介をしてみたらどうだね?」

 さすがに診療内科医の李おじさんは心得てる。

「え? ええ・・・あのね莉莉。この子は・・・炎亞綸は・・・私の息子なのよ」

「亞綸が? おばちゃんの・・・息子さん? いつから?」

 莉莉は動揺したのか、おかしなことを言うからボクは飲んでいたミネラルウォーターを噴出しかける。母さんもおじさんもヤンさんまでもが笑い出す。いや、そんなことより、莉莉は母さんのことを親しげに“おばちゃん”と呼んでいる。どういうことなんだ?

「莉莉。もちろんこの子は生まれたときから私の息子よ」

 莉莉が信じられないって顔で「本当に?」と聞くから「本当だよ」と答える。

「小霖・・・。こちらは黄莉莉さん。最近できた私のステキなお友達よ」

 今度はボクが動揺して、母さんの言ってることがすぐには理解できない。

「・・・お友達? 誰と誰が?」

「私と莉莉がよ!」

 母さんはなぜか得意げだ。莉莉を見ると、莉莉までもが得意げに笑ってる。莉莉と母さんが友達?

「嘘だろ!!」

「嘘じゃないわよ、ねえ莉莉! 今日、小霖にどうしても会わせたくって、それでヤンさんに仕事って形で頼んだのよ」

「それじゃ母さんが言ってた“ふさわしい人”って任家萱じゃないのか?」

「え? 小霖ったら何言ってるの、彼女にはさっきのイタリア人の婚約者がいるのよ! 今が一番幸せなときよね。だから家萱ったら、あんなに綺麗になっちゃって!」

 そういうことだったのか!

「亞綸、“ふさわしい人”って何? さっきのきれいな人がどうかしたの?」

「え? あのさ・・・えっと・・・」

 なんて答えればいいのか・・・全部ボクの早とちりだ。 

「阿布・・・それで、あなたたち二人はいったいどういう関係なの?」

 そばでずっと気をもんでいたヤンさんが、ストレートな質問をしてくる。ボクと莉莉はみつめあって笑顔になる。

「小霖! もしかしてあなたがうちに連れてきたい女の子って・・・莉莉のことなの?」

「おばちゃん、あのね、あたし・・・ずっと会いたかったの。いつも考えてた。亞綸のお母さんはどんな人なのかなって・・・。すごくすごく会いたくって。でもあたしなんかじゃ、がっかりされるかなって不安で・・・」

 莉莉は感極まったのか泣き出した。

「あらあら莉莉。泣かなくていいのよ!」

 母さんはそう言って、莉莉を抱き寄せた。

「私はあなたが大好きなのよ! あなたみたいに思いやりのある子はなかなかいないわ。初めてあなたがあのホールで歌ってるのを見たときから、私はあなたのトリコなんですからね!」

「・・・おばちゃん・・・本当に?」

「ええ、本当よ。あなたと小霖をどうやって引き合わせるかを考えるのがどんなに楽しかったか! あなたたちならきっとすぐに惹かれあうに決まってるってわかってたんですもの。小霖に“ふさわしい人”はあなたしか考えられなかったわ。この子にないものをあなたはたくさん持ってるもの。親の心、子知らずって言うでしょ? あなたがいればもう少し母親を思いやってくれるようになるわ。ねえ、もうキスとかしてる仲かしら?」

「母さん!!」

 母親にボクたちのそんなことには触れてなんかほしくない! だけど、ボクの心配は取り越し苦労に終わったみたいだ。莉莉が持ってる目に見えない素敵なものを、母さんはちゃんと見ていてくれたんだ。

「母さん、ヤンさん。ボクは莉莉とのことを報道されても、否定なんかしないからね」

「当たり前じゃない」

 母さんは笑って言った。

「とにかく社長に相談しましょう」

 ヤンさんはマネージャーらしい意見を言った。

「さあさあ、とにかく、二人が幸せになることが一番だ。私たちはこれからも見守っていこうじゃないか」

 李おじさんが言った。

「李先生は前から莉莉をご存知だったのね?」

「母さん。李おじさんは主治医なんだ、莉莉の・・・」

「・・・そうだったのね。どうか莉莉をよろしくお願いします」

 まるで自分の娘のことのように母さんは頭をさげた。ボクはなんだか涙が出そうになってうしろを向く。

「阿布・・・次の仕事があるわ。そろそろ・・・」

「そうだね。ごめん、もうボクは行くよ。母さん、莉莉のこと頼んでいい?」

「もちろんよ! 二人のために7時にいつものレストランを予約してあるからあなたは直接行ってちょうだいね。阿明と亦儒の披露パーティーをしたホテルよ。それまで私は莉莉に付き合うわ。お買い物でもして時間をつぶしましょう、莉莉」

「ありがとう! おばちゃん」

 母さんはホント、手回しがいいよ。チャリティーのイベントだけじゃなく、息子の恋愛のお膳立てまでしてあるんだからさ。

 ボクたちは、記者たちの目を盗んで救急の搬送口から外に出て、それぞれの目的地へ向かった。ボクとヤンさんは次の仕事場へ、母さんと莉莉はタクシーで忠孝東路4段へ買い物に。

 莉莉はいつもよりはしゃいで見えたっけ。あんなに嬉しそうな莉莉を見ていると、ボクも嬉しくなる。

 それにずっと悩みの種だった母さんとの問題もあっけなく解決したわけだ。

 ボクと莉莉のハーモニーを邪魔するものは、もう何もない。そんな気がしていた。この時までは・・・。

第36話「ボクたちの不協和音」~亞綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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飛輪海小説『ステップアップ!』第34話~東雪篇

34話「桜色のスキャンダル()」~東雪篇  大東:青  櫻雪:ピンク

 

 パパラッチめ! オレは完全に油断していた。最近は他の既婚俳優の不倫スキャンダルにマスコミが集中していて、オレへの風当たりは弱まっていたからだ。全速力で走れば、カメラを持ったパパラッチに追いつけるはずだ。くそっ! 絶対に捕まえて画像消去してやる! オレは思い切り腕をのばし、男にとびかかる。オレと男は2,3回転してから切り株に激突して止まる。そしてオレは即座にカメラを取り上げ、撮られた写真を確認した。

 さっきのキス直前までの写真が連写されていて少し照れる。さらに戻すと、一本桜に来るまでのあいだ、恋人つなぎしていた手元のアップや、小さな渓谷を渡るときに、手を貸して櫻雪を引っ張りあげたときや、足をすべらせた櫻雪を抱きとめた瞬間の櫻雪の表情が、瑞々しく撮られていた。

 櫻雪、あの時こんな可愛い表情や、幸せそうな顔してたんだな。

「どうだ、オレのテクニック。恐れ入ったか! くそっ! イッテえな・・・」

 オレは運よく、どこにもケガなく済んだが、パパラッチは切り株に激突した左腕を痛そうにさすっている。テクニックもそうだが、なんていうか・・・こいつの写真には、愛情がこめられている気がした。普通、パパラッチはこんな撮り方しない。恋人つなぎのアップなんかは、背景をボカシて、桜のピンク色がまるでオーラのようになっている。

「おたくらのラブラブなオーラが恋人つなぎからあふれ出てんだよ。俺にはたしかにそう見えたんだ」

「それはどうも・・・」

 なんでオレが礼を言うんだ? しかもちょっと照れながら。

 さらに戻して見ていくと、今朝方ビルの入り口でのキスが古い映画のワンシーンみたいに撮られていた。レトロなビルでの、ノスタルジー漂うキス。この角度、絶妙だな・・・。実際にはキスできなかったけどな。そしてさらにさかのぼる。

 ・・・は? なんだよこれ! 夜か? それにこれは櫻雪じゃない・・・

・・・阿明だ・・・。日付は124日になっている・・・。

「おたくの社長がどんな手を使ったのか、お蔵入りになっちまった写真だ。噂では台北第一銀行の副頭取がもみ消したらしいけどな」

 馬傳一が? なんであいつがオレと阿明の抱擁写真をもみ消す必要がある?

「大東!」

 櫻雪が最悪のタイミングで現れた。思わずオレはカメラをうしろに隠す。

「あら、もしかしてあなた、あのときの・・・」

「俺を覚えてくれてたみたいだな。受付のお嬢さん」

 驚いたことに櫻雪とパパラッチは顔見知りのようだ。

「櫻雪、どういうことだ?」

 櫻雪は困った顔をして答えない。

「その写真、このお嬢さんはとっくに知ってるぞ。おたくの本命はこっちのお嬢さんだろ? その写真の女とはなんでもないことくらいわかってたさ。高額の報酬を得るためにでっちあげるのが俺の仕事だからな。それらしく撮ることなんて俺には簡単なことだ。まあ、俺としてはあの写真が世に出なくてホッとしたけどな。その写真の女、辰亦儒のカミさんなんだろ? そんなんで離婚にでもなったら子供がかわいそうだからな」

 阿明との写真は、スキャンダラスに撮られていた。不倫の香りがプンプンしている。だけど、阿明の苦しげでせつない表情が胸をうつ。このときの阿明は、確かに苦しんでいた。亦儒の浮気を疑い、疑っている自分を嫌悪していたはずだ。そんな阿明の表情をうまく捉えてるよな・・・。

「あんた、腕がいいのになんでこんなパパラッチまがいなことをしてるんだ?」

「俺だって好きでこんなことやってるんじゃねえよ」

 パパラッチは一枚の写真を見せる。そこには女性と幼い女の子が写っている。女の子は・・・普通の子とは違っているように見えた。

「俺の娘は治療費が必要なんだよ。それに保育所からは拒否されてカミさんは働けない。手っ取り早く稼ごうと思ったら、これが一番だろ? あんたにはわからんだろうな、底辺の人間の生活は。ギリギリの状況になると、プライドなんて持っていたことも忘れるさ。才能なんてあってもなくても運がなければゴミと同じだ」

 確かにそうだ。いくら才能があっても、運やコネ次第の世界だ。チャンスを掴む人間はほんの一握りだってことくらい、オレだってわかっている。そして、このパパラッチが、悪いやつじゃないってことも。

「そんなわけだが、残念ながらカメラはあんたの手の中だ。消去するなりカメラを壊すなり、好きにやってくれ」

「大東・・・」

 櫻雪がオレの腕を掴み、何か訴えかけるような目でみつめる。櫻雪のその表情で、迷っていたオレの腹が決まった。

「この写真、載るならいつ発売の週刊誌だ?」

「は? 明日発売号は間に合わねえから来週の月曜だ。なんでそんなこと聞く」

「一週間もあるのか。充分だな」

「おい、おたく何を言ってるんだ?」

「いいよな? 櫻雪」

 櫻雪は微笑んでからうなづいた。

「写真はオレが選ぶ。条件はそれだけだ。記事は好きに書けよ。見出しは“美人受付嬢と熱愛!”とか“真剣交際! 汪東城美女に骨抜き!”なんてどうだ?」

「もう大東ったら!」

「おい、おたくらのろけ過ぎだろ・・・それにしても正気か?」

 パパラッチは半分あきれ顔だ。

「それならさっさと、どの写真を使うか決めてくれ、汪東城」

 参ったな・・・どれもいい写りだ・・・。おっ、この櫻雪の横顔、キレイだな・・・そういえばオレ、櫻雪の写真を一枚も持ってない。

「それ、気に入ったのか?」

「いや・・・どれも気に入った」

「欲しいんだろ?」

「全部いいのか?」

「高いぞ」

「少しくらいまけてくれよ」

「大東ったら・・・藍鈞天(ラン・チュンティエン)さんも!」

 この状況に櫻雪はあきれたように笑っている。

「あんた、俺の名前を覚えていたんだな」

「忘れたくても忘れられないわ」

 パパラッチはオレに名刺を差し出した。そこには“李釣天(リー・チュンティエン)”と書かれている。

「李釣天? 藍鈞天じゃないのか?

「恨みをかいそうなヤバイ仕事のときは偽名の名刺を使ってるんだ。本名は李釣天だ」

「娘さんのお名前はなんて?」

「燕華だ。5歳になる」

「うちの偉偉の一つ下なのね」

「あんた、子持ちなのか?」

「ええ」

 李釣天は信じられないという表情でオレの顔を見る。

「櫻雪より先に偉偉にほれ込まれたんだ。オレ。でも子供のことを記事に書くのは、まだ待ってくれないか」

「ああ、わかった・・・」

「ねえ大東、もしかして莉莉の託児所なら燕華ちゃんを引き受けてくれるかもしれないわ!」

「そうだな、相談してみよう」

「まったく・・・おたくら、どんだけ人がいいんだ・・・」

 李釣天はそう言って男泣きした。

      *          *          * 

 李釣天さんは帰って行き、私たちは一本桜へ戻っていく。

 私たちはお弁当を食べながら、初めはさっきまでの出来事をあれこれ振り返って笑っていた。そのうちに、大東は傳一がスキャンダルをもみ消したことについて触れてきた。

「櫻雪が馬傳一に頼みに行ったんだろ? 偉偉の親権を引き替えにしたのか?」

「勝手なことしてごめんなさい・・・」 

「別に責めてるわけじゃない・・・」

 大東はそう言いながらも、なんだか不満そうだ。

「もうそんなこと絶対するな。オレに隠し事もしてほしくない。あの日、電話でいいからオレにちゃんと話して欲しかったよ」

「でも、あのときの大東には映画のことだけを考えて欲しかったから・・・。日本での撮影の前に余計な心配をかけたくなかったの」

「オレは櫻雪が思ってる以上に、ちゃんと大人なんだけどな。それより、元ダンナに二人きりでなんて会ってほしくない」

「二人きりだなんて・・・ただ銀行の応接室で会っただけよ」

「あいつはまだ櫻雪に未練があるんじゃないのか? 何かあってからじゃ遅いだろう!」

「何かって何? あの人に会ったこともないのにどうしてそんなふうに言うの? どんな人かあなたは知らないじゃないの!」

「いつかカフェで会ってたときのあいつを見てたら、心配になるさ! おまえを取り戻したくて必死に見えたぞ! それに偉偉に余計なことを吹き込んで丸め込んだヤツだろ! なんでそんなにあいつの肩を持つ!」

「この前、あの人とちゃんと話し合ったわ! 彼は最後には自分が悪者になってでも身を引いてくれたのよ!」

「この前? いつどこで会ったんだよ!」

 私はすぐに答えることをためらった。

「・・・調停のあと・・・公園前で彼が待ってたの・・・」 

「あいつ、身を引く代わりに今度はどんな条件を突きつけてきたんだ!」

 大東は苛立ちを隠さない。あまりの剣幕に私は言葉がみつからない。

「何かされたのか? 本当のこと言ってくれよ!」

 今の大東に何を言っても無駄な気がした。でもそれなら大東だって!

「私の身の潔白を証明するものなんて何もないわ・・・あなたが“信じてくれる”こと以外・・・。大東だってパパラッチに撮られた日、阿明と何もなかったと証明できるの?」

 阿明とのことは、責めないでおこうと決めていたはずなのに・・・。

「疑ってたのか? だからあの夜、電話さえもくれなかったんだな。オレは空港でずっと待ってたんだ」

 返事ができない。疑わなかったと言ったら嘘になるから。

 私たちは、それから何も言わずにお弁当を食べ続ける。せっかく作ったお弁当も、味がわからないほどだ。大東もただ機械的に食べているようにしか見えない。食べ終わり、お弁当を片付けると大東はすぐに立ち上がる。

「もう、帰ろう・・・」

 大東はそれだけ言うと、私のリュックを持って先に歩き出す。私はピクニックシートを急いでたたみ、大東のあとを追いかけて行く。行きの私たちは手を繋いでいたはずだ。それなのに、帰りの私たちにはこんなにも距離ができてしまっている。景色も桜も、すべてが色あせていく。

 バイクに乗ってからも、つかまっていた大東の背中から、温かみは伝わってこない。私は耐えきれず、信号待ちのときにバイクから降りてしまう。私はヘルメットをとり、精一杯の笑顔をつくる。でも大東の目は見られない。

「今日はありがとう・・・このヘルメットも嬉しかった。この近くのお店で買い物していきたいから、ここで降りるわ。大東はこのまま仕事に行って。それじゃ」

「は? おい! 櫻雪!」

 私はヘルメットを大東に渡して走り去る。最後の強がった笑顔を、涙で台無しにしたくはなかったから。路地を通り抜け、MRTの駅へ駆け込む。買い物したいなんてもちろん嘘だ。あのままバイクに乗っていたら、号泣してしまいそうだった。どうしてあんなケンカになってしまったんだろう。もうこのままダメになってしまうかもしれないと思えて怖くなった。

 オレの呼びかけを無視して櫻雪は走り去っていった。すぐに人ごみに紛れてしまって、姿を見失う。

 久しぶりにケンカらしいケンカをした。初めはあんなふうに言うつもりはなかったのに、結果的には責めてしまった。

 オレだってちゃんとわかってる。櫻雪はオレや阿明の名誉を守るのに必死だったに違いない。だからといって馬傳一を頼るなんてどうかしてる。ただでさえ、オレが原因で櫻雪は偉偉を失いかけたことを知って複雑なのに、馬傳一への嫉妬までおまけでついたきた。

 自分の器の小ささに、嫌気がさしてくる。

 受け取ったヘルメットの中に、ひとひらの花ビラをみつける。櫻雪の髪についていたものだろう。いつものオレなら、すぐに花ビラに気がついて、とってやったに違いない。それくらいに、オレはいつも櫻雪だけを見ていた。だけど今日のオレは嫉妬と苛立ちで櫻雪を直視できなかった。

 ヘルメットの内側に密かに記した三文字が、急にむなしく思えてきた。オレなんかが、二人を守ってやるなんて、思い上がりだったのかもしれない。

 空を見上げると灰色の雲が立ち込めていた。一雨来そうだな・・・。

 櫻雪の泣き顔が見えた気がした。

 

第35話「ボクたちのハーモニー」~亞綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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飛輪海小説『ステップアップ!』第33話~東雪篇

33話~「桜色のスキャンダル(前)」東雪篇 青:大東  ピンク:櫻雪

 偉偉が戻ってから一週間がたとうとしている。大陸でのCM撮影やイベント続きで、櫻雪たちにはほとんど会っていない。それでも、以前とは違って、会えない時間は、会えたときの楽しみの増幅剤だと思えるようになっていた。

 だけどこのままにしておけない。オレは台北に戻ったこの足で、今から事務所の社長に直談判しに行くところだ。

 ロビーを横切り、受付の櫻雪にさりげなく尋ねる。

「社長いる?」

「え? ええ、いらっしゃるけど・・・」

 オレは櫻雪に「サンキュ」と言ってウインクする。一緒だったヤンさんはそんなオレに気がついたのか、エスカレーターを上がる途中にオレを尋問する。

「大東。正直に答えて。あなたもしかして櫻雪に気があるの?」

「YES!

 オレは前を向いたまま振り返らずに、きっぱり答える。

「じゃあ言っておくけど、彼女はバツ一で子供がいて四つも年上よ。ひいちゃうでしょ?」

「NO!」

「まさか知ってたの?」

「YES!」

「もう! YES・NOクイズじゃないんだからちゃんと答えなさい、汪東城!」

 オレはエスカレーターを降りると、ヤンさんに向かって答えた。

「オレは櫻雪のすべてを受け入れてる。今から社長に認めてもらいに行くところだ。隠していて悪かった、ヤンさん」

 ヤンさんは神様に祈るようなポーズをとる。エレベーターに乗りこむとヤンさんはさらに詰め寄る。

「大東、何も今じゃなくてもいいじゃないの? 映画の公開もまだ決まってないのに、そんなスキャンダルが公になったら・・・」

「スキャンダル? 何も悪いことはしてない」

 オレはヤンさんの制止を振り切り、エレベーターを降りると、社長室へ向かう。

「大東!」

 社長室をノックして返事を待たずにドアを開ける。

「失礼します」

「汪東城? 戻ったのか・・・」

 プロデューサーが先客か。タイミング悪いな・・・。だけどオレの決意は固い。

「社長。お話があります」

「最近、私に直談判するのが流行っているのかな?」

「まったく月に一度はこういう場面に遭遇している気がするな。今度はなんなんだ」

 プロデューサーがため息を大きくつく。オレの他にも、こんなマネするヤツがいるのか。

 大東は社長になんの用があるんだろう。今日は衣装合わせに来ただけのはずなのに。

 ヤンさんとエスカレーターで何かもめているように見えたのが気になっていた。私には笑顔を見せてくれたし、ウインクまでしてくれたけど・・・。 

 

 小一時間ほどしてから大東とヤンさんが降りてくる。ヤンさんは、受付の前で立ち止まり、私に何か言おうとしたように見えたけど、首を振ると何も言わずに立ち去っていった。

「偉偉は元気か?」

「ええ・・・。ねえ、ヤンさんの様子がヘンよ。何かあったの?」

「ジャブを軽く打っておいただけだ。気にするな」

「え?」

 大東は二度目のウインクをして去っていく。

 社長に渋られることはわかっていた。オレの事務所との契約はまだ一年ほど残っている。あと一年は方針に従うべきだってことも承知している。数々のCM契約だって、プロデューサーと作り上げたイメージで勝ち得たものだから、勝手には変えられない。“クールでセクシーな遊び人”。そんな汪東城が映画では別の一面を見せるってのがプロデューサーのもくろみなのだから、映画のキャラクターと汪東城が同じであっては価値が下がってしまうと言われてしまった。全部もっともな言い分だ。社長も、このことに関してはプロデューサーの意見を尊重していた。

 とりあえず、ジャブは打っておいた。早く次の手を考えないといけない。櫻雪と偉偉を不安にさせるようなことは二度としたくない。

 大東は何を考えているんだろう。あれから数日たつけれど、大東は国内を飛び回っていて一度も会えていない。電話で毎日、話してはいるけれど、私は大東を信じているから何も聞かないことにした。

 明日の日曜は、大東が昼間はオフになったから、三人で出かけようと言ってくれたのに、偉偉は禹哲と遊園地に行く先約があった。私は翻訳の仕事の締め切りが近くて、土日は翻訳にあてていたけれど、なんとか今日までにほとんど仕上げてしまった。手直しは明日の夜に頑張れば大丈夫。

 私はお弁当作りに初挑戦する。このところ、料理の手際もよくなって、腕もあがったと禹哲は褒めてくれる。もうすぐ禹哲は引っ越してしまうから、その前にもっと教わっておけばよかった。弟とはいえ、少し遠い存在になってしまうようで寂しくなる。でも、あの子は、逆境に打ち勝って、自分の未来を切り開いてきた。私は何もしてあげられなかったけど、家柄、財産、学歴なんてものがなくても、あの子が自分の身一つで勝負できる力を蓄えてきていたことに、驚き、誇らしくもある。  ヒロとは、どうなったのか気になるけれども、今の禹哲なら、もう何も心配いらない。

 日曜の朝、禹哲も手伝ってくれて、四人分のお弁当が出来上がった。天気はもちろん晴れ。偉偉は予定通り禹哲と遊園地に。私と大東は、人が多い遊園地は避けて、郊外の山へピクニックへ行く。もちろんこの時期、花見客でどこの山もにぎわっているけれど、黑人(ヘイレン)がとっておきの場所を教えてくれたらしい。

 大東がバイクで迎えに来る。下に降りていくと、大東はピンクのラインの入った白いフルフェイスのヘルメットを差し出した。

「もっと気の利いた渡し方をしたかったけどな。せっかく二人でバイクで行くことになったんだから、このタイミングしかないだろ?」

 ヘルメットを受け取りよく見ると、桜の絵がペイントされていることに気付く。もしかして・・・。

「オレがデザインしたんだ。日本の桜は、こんな淡いピンクが普通なんだろ?」

 ピンクのラインも、桜のイラストも、ソメイヨシノのような淡いピンクだ。

「白は、雪?」

「バレたか。感動してくれた?」

 私の名前をイメージしてデザインしてくれたヘルメットに、感動しないわけない。それにこれが大東からの初めてのプレゼントなのだから・・・。

 私の目は自然と潤んできてしまう。そんな目で大東を見上げてしまったからなのか、大東は私の腕を掴み、ビルの少し陰になった場所に引き入れると、壁に私を押し付けた。明るい時間にこんなところで? 誰かに見られたらと思うと気が気じゃない。少し抵抗してみたけど大東は余裕の笑顔を見せ、私の唇を強引に奪おうとする・・・。そのときだ。

「おはようございます。櫻雪さん」

 大東はとっさに背を向ける。ビルの管理人のおばあさんが、新聞を取りに来たのだ。この場所はちょうど郵便受けコーナーなのだから仕方がない。

「お、おはようございます! いいお天気ですね」

 私は自分のうちの郵便受けの中をのぞくふりをしながら、取り繕うように挨拶した。

 おばあさんはこのビルが建てられた頃に、生まれたって話してくれたことがあった。ご主人に先立たれ、今は一人でビルを守っている。

「驚いたな」

 おばあさんが管理人室へ入っていと、大東はそう言って手の甲で額の汗をぬぐう仕草をしてから笑う。

「それじゃ、続きを・・・」

「ほら、大東! 早く出発しないと!」

 私はキス防止のためにヘルメットをかぶり、渋る大東の腕を引っ張っていく。

    *          *          *

 山は春の陽気に包まれていて、絶好のピクニック日和だ。人けのない場所を選び、バイクを停める。私たちはそこから歩いて奥へ進んでいく。途中には小川が流れていたり、つつじや桜が時折見られた。そして黑人から聞いたって言う穴場にたどり着く。そこには濃いピンクの一本桜が枝を大きく広げていて、そこから眺める景色は、若葉と桜やつつじが織り成すカーペットのようだ。

「日本人は桜を見ながら呑んだり食べたりして騒ぐんだろ?」

「そう、ハナミ!“花見”。日本にいるとき、一度だけパパの会社の花見に参加したことがあるの」

「このリュックから、うまそうな匂いがするよな。弁当作ってきてくれたんだろ?」

「気付いてた? もう食べる?」

「食べる前にさ・・・」

 私が一本桜の下にピクニックシートを広げると大東はそこへ仰向けでねころがる。

「こっち来いよ」

 大東は腕を広げて私を呼ぶ。誰もいないのはわかっていても、なんだか外だとためらってしまう。

「早く来いよ」

 大東のそばに座ると、すぐに押し倒される。桜のピンクと青空のコントラストをバックに大東の唇が近づいてくる。目をとじ、大東の吐息を感じながら、私の唇は大東の唇を待ち焦がれる。そのときだった。

「誰だ!」

 大東は私の上から起き上がると、そう怒鳴った。私もすぐに体を起こし、大東の視線の先を見る。10メートルほど先のところに、カメラを構えた男がいた。男はシャッターを何枚も切り続ける。

 大東が走り寄ると、男はすぐに逃げ出した。

「櫻雪! ここで待ってろ!」

 男を追っていく大東の背中を見送りながら、私は激しく動揺していた。カメラマンに写真を撮られたということが、重くのしかかってくる。私の存在が公になれば、大東に迷惑をかけることになるかもしれない。そう思うと不安で仕方ない。何も悪いことはしていないのに、どうして? 

 私たちは、二人の時間を楽しむことさえ許されないなんて・・・

第34話「桜色のスキャンダル(後)」~東雪篇へつづく・・・
目次と登場人物~東綸篇

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