飛輪海小説『ステップアップ!』

目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

飛輪海小説第1弾『ステップアップ!』ヒロ&アミン篇

構想期間:2009年4月~10月

執筆期間:2009年5月23日~10月

連載期間:2009年6月23日~10月17日

設定期間:2008年8月初旬~2011年9月3日          

★あらすじ★
 スタイリストのヒロは、飛輪海の呉尊と結婚を前提に同棲を始めて三ヶ月。  結婚後は家庭に入ることを呉尊と約束しているものの、スタイリストの仕事に未練が・・・。  そんな時に、二年前に別れたF4の言承旭と偶然再会し・・・。
 一方、炎亞綸の義理の姉で小説家のアミンは辰亦儒と婚約中。  結婚後も仕事を続けるつもりだが、スランプ中。  半年ほど疎遠になっていたケンカ友達の汪東城と、エレベーターに閉じ込められるアクシデントをきっかけに、二人は急接近する。 
       

★登場人物★

 ヒロ(25)桐村裕恵。呉尊と同棲中。日本人スタイリスト。

 アミン(26)呉香明。阿明(アミン)。亞綸の姉。亦儒と婚約中。小説家。

 呉尊(28)ヒロと付き合い始めてすぐにプロポーズ。

 大東(26)汪東城。アミンのケンカ友達。

 亦儒(27)辰亦儒。アミンの婚約者。本名・陳奕儒。

 亞綸(22)炎亞綸。アミンの血のつながらない弟。本名・呉庚霖

 阿旭(31)言承旭。ヒロの元カレ。

 志玲(34)林志玲。人気モデル。

 Makiyo(24)川島茉樹代。日本人タレント。

  ヴァネス(30)呉建豪。ペンション手伝い。アミンの初恋の人。

 
*下の画像はイメージです。 小説内の人物の参考にしてください。 クリックで拡大します(*^_^*)

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★目次★

第一話 「呉尊と朝食、ハプニング」~ヒロ篇(2009年6月23日)  

第二話 「亞綸とわたし、そして亦儒」~アミン篇  

第三話 「阿旭との再会」~ヒロ篇  

第四話 「大東とサラダ」~アミン篇

第五話 「呉尊の告白」~ヒロ篇 

第六話 「大東との思い出、亦儒の助言」~アミン篇  

第七話 「亞綸の疑い、阿旭とあの場所で」~ヒロ篇 

第八話 「エレベーターで大東と」~アミン篇  

第九話  「呉尊のディナー」~ヒロ篇 

第十話 「アミンの覚醒」~アミン篇・・・加筆しました(7月17日)

第十一話「呉尊の恋、亞綸との約束」~ヒロ篇

第十二話「大東のお母さん」~アミン篇

第十三話「パーティーで阿旭と」~ヒロ篇

第十四話「大東との新しい絆」~アミン篇・・・改訂しました(8月7日)

第十五話「呉尊、愛してる。亦儒の苛立ち」~ヒロ篇

第十六話「大東の献身、亦儒の嫉妬」~アミン篇

第十七話「暗闇の中で・・・呉尊の沈黙、ヴァネスとの再会」~リンク篇

第十八話「ヒロの迷い、亞綸の心配」~ヒロ篇

第十九話「ヴァネスのプロポーズ、日月潭の花火」~アミン篇

第二十話「亞綸の孤独」~ヒロ篇

第二十一話「亦儒と別荘で・・・」~アミン篇

第二十二話「太陽と月、亦儒とアミン」~アミン篇

第二十三話「披露パーティーのサプライズ」~ヒロ篇 

第二十四話「最後のキス」~ヒロ篇

第二十五話「珈琲の香り、月夜の夢」~ヒロ篇

第二十六話「私たちの三年間」~リンク篇

最終話「幸せのリベンジ」~ヒロ篇(2009年10月17日)

『ステップアップ!』あとがき

『ステップアップ!』あとがき2~登場人物

『ステップアップ!』あとがき3~大東

『ステップアップ!』あとがき4~亞綸

『ステップアップ!』あとがき5~ヴァネス

『ステップアップ!』あとがき6~亦儒

『ステップアップ!』あとがき7~阿旭(11月16日追記)

『ステップアップ!』あとがき8~呉尊

『ステップアップ!』あとがき9~脇役

『ステップアップ!』あとがき10~ヒロ&アミン

『ステップアップ!』あとがき11~月

『ステップアップ!』東綸篇~予告

あけましておめでとうございます

改名宣言? ミンクロです!

ショートストーリー『海でのはなし、』


*お願い*
 このお話に出てくる、人物名・地名・団体名などは、すべてフィクションです。

 私ミンクロは台湾には一度も行ったことがございません。よって現

実ではありえない状況があるかもしれません。

 台湾アイドル「飛輪海」などをモデルにさせてもらっていますが、このお話の中の彼らの言動、性格、設定、家族構成、人間関係、その他すべてが事実と異なります。(特に大東が都合上ツンデレっぽいキャラになってます)

 ファンの方で、もし不快に思われる方がいらっしゃったら、本当にすみません。

 また、思いついたストーリーを勢いだけで書いている為、文章的におかしなところ、 稚拙な表現などがあることをお許しください。

 なお、当ブログ内のすべてにおいて、転載を禁止します。

 作品はミントに著作権があります。

 

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飛輪海小説『ステップアップ!』最終話~ヒロ篇

  最終話「幸せのリベンジ」~ヒロ篇  初めての方はコチラからどうぞhappy01

  雑誌の対談が終わり、私はアミンに誘われて、レストランへ行くことになった。 今日はアミンと亦儒の結婚記念日だから、ディナーの予約がしてあるという。

 せっかくの二人の記念日に、お邪魔なようで気がひけたけれど、アミンが社交辞令でなく、本気で誘っていることが伝わり、一緒に行くことにした。

 レストランに向かうタクシーの中で、アミンがおかしなことを言い出した。

「そろそろヒロも結婚とか考えたりしないの?」

 ドキっとする。 さっき私が子供が欲しいとか思ってたことを見透かされた? 

「考えないこともないけど、相手がいないのはアミンも知ってるでしょ。」

「じゃ、ちょうどいい人知ってるから会って欲しいの! 今から・・・。」

今から!? もしかしてディナーに誘った目的はお見合いだったってこと!?

「アミン、突然そんなこと言われても・・・。」

「大丈夫よ! 亦儒の会社の仕事関係の人で本当にいい人なの。 日本語も話せるんだから!」

 日本語が話せるのはポイント高いけど・・・でもいきなりすぎる! 心の準備ができてない。 それに私はまだ・・・。 

 レストランのあるホテルに着いてしまってからも、私はその人と会うべきか迷っていた。 それに、ここってアミンと亦儒の結婚披露パーティーの会場だったホテルだ。 アミンたちにとってはいい思い出の場所なのだから、そこのレストランでお祝いをするのはあたり前よね・・・。 

 アミンに強引に引っ張っていかれ、レストランに入る。 支配人の出迎えをうけ、個室に案内される途中、店内に他の客がいないことに気付く。 

「本日は陳奕儒様の貸切りなので・・・。」と言う支配人。

 亦儒ったら私のお見合いごときにそんなお金かけないでよ! そこでようやく私は会うだけ会うことを仕方なく決意する。

 見合い相手が待っている部屋は目前だ。 ドアが開いていて、中から亦儒の軽快な声が響いてきた。

「本当にいいコだから会ってくれよ! 絶対に気に入るからさ。 英語もマレー語も話せるんだ。 料理もうまいし。 子供好きだ。 オマエにぴったりだろ?」

 どうやら相手のほうも私と同じで、だまし討ちにあったらしい。 

 なんだか緊張してきた。 このまま帰ってしまいたいくらいだ。 アミンは私を逃がさないためか、腕をしっかりとつかんでいる。

 相手の声が聞こえてくる。

「ボクは打ち合わせだって言うから来たんだ。 見合いなんてする気はないぞ!」

・・・嘘でしょ?

 足が震える。 心臓が爆発しそう・・・。

  私は部屋の入り口で震える足を止めた。 相手が私のほうに振り返る。

 彼と目が合ったまま声が出ない。

 彼も目を大きく見開いたまま立ち尽くしている。

「じゃ、ボクたちは他の店を予約してあるから、二人でごゆっくり!」

 亦儒は彼の肩をポンと叩き、私にウインクしてから、アミンと腕を組んで去っていった。

 私は頭の中が真っ白になってしまって、何を話せばいいのかわからないでいた。

 しばらくして沈黙をやぶったのは彼のほうだった。

「マレー語を話せるんだって?」

「・・・まだ少し・・・。 始めて一年くらいだから・・・。 日本語はどこで?」

「ジムに、日本人ハーフの有能なスタッフがいるんだ。 二年習ってるけど、やっぱり難しいよ。」

「・・・今は台北に?」

「昨日からね。 こっちにジムを出すことになったんだ。 亦儒の会社が共同出資してくれることになってね。 今日はその打ち合わせだって言うから・・・。」

「私もアミンにだまされたの。 ほら、今日はちょうど二人の結婚記念日でしょ? もう三年になるのよ。」

「そうか、あれから三年たつんだね・・・。 元気そうでよかったよ。 仕事、頑張ってるみたいだね。」

「えぇ。 呉尊も・・・。」

 呉尊・・・

 その名前を口にしたのは三年ぶりだ。 呉尊はあれから三年たつということも、今日がどういう日だったかも、忘れていたみたいだ。

  今日はアミンたちの結婚記念日でもあり、私と呉尊が別れた日でもあるってことを・・・。

 このどこかよそよそしい会話をいつまで続けなければいけないのだろう。

 料理はもう注文されていたようで、ウエイターがシャンパンを持って現れる。

 戸口に立って話していた私に、呉尊が椅子を引いて、座るよう勧めてくれる。

 そして呉尊が席についてから、シャンパンで乾杯をする。

「ヒロの活躍に。」

「じゃあ、呉尊の台北ジムに。」

「乾杯!」

 平静を装っているけれど、久しぶりに聞いた呉尊の声での「ヒロ」という響きに、胸が高鳴った。

 緊張していたけれど、アルコールのおかげで少しリラックスできそう。

「ブルネイのお父様はお元気なの? 仕事のほうも順調?」

「ああ、父は元気だよ。 この半年はブルネイで生活できて、父との時間も充分持てたよ。」

「でもジムが増えると呉尊の仕事もまた増えるんじゃないの? 大丈夫?」

「大丈夫さ。 ボクは忙しいくらいが丁度いいんだ。 それにブルネイのほうは、有能なスタッフがいるからね。 彼女に経営を任せているから心配ない。」

 彼女? 有能な日本人ハーフのスタッフって、女性なの? その人から日本語を? 

「いつまで台北にいられるの?」

 まるでずっといてほしいみたいな聞き方をしてしまった。 今さら否定するのもおかしいし・・・。

「実は明日までなんだ。 あさってから日本でドラマの撮影に入るんだよ。」

 ・・・そうだったんだ。 呉尊が日本語を習っていたのは、日本での仕事のため・・・。 

 今では呉尊は日本でもブレイクしていることは知っていた・・・。 日本の友人たちは、それまで台湾アイドルなんてまったく興味もなかったのに、最近では「裕恵は呉尊に仕事で会ったりしたことあるの?」「サインもらえない?」なんて電話をかけてきたりするくらいだ。 

 さすがに「一緒に住んでた。」なんてことは言えるわけもないので、「会ったことあるけど、最近はまったくないわ。」と言うしかなかった。 事実その通りだから。  

 

 呉尊が私のために日本語を習ってるのかもって、ちょっとでも期待してしまった自分がはずかしい。 それに、呉尊が信頼している有能な女性スタッフってどんな人なんだろう・・・。 経営まで任せてるなんて・・・。 二年も彼女から日本語を習ってるって・・・。 ジムで? それとも自宅で?  

 私と暮らしていたときは、日本語を教えて欲しいなんて一度も言ったことがなかった。 日本語のCDのレコーディング前だけは、必要に迫られて必死に覚えようとしたけれど。  

 私ったらさっきから何をウジウジ考えてるの! こんなの今の私らしくない! でも・・・。 

 とりとめもない会話が続き、料理もデザートをのこすのみとなってしまった。

 食事が終われば、当然このままさよならだ。 久しぶりに再会した元カップルが、懐かしんで食事を楽しんだだけ。 それ以上でもそれ以下でもない。

 それだけのことなのに、私はおいしいはずの料理も、味わうどころではなかった。 

 このまま別れてしまってもいいの? 本当に後悔しない?  時間がもうないと思えば思うほど、あせってしまう。 また緊張してきて喉がかわく。 呉尊もさっきから水ばかり飲んでいて、ついにピッチャーの水がなくなってしまった。

 呉尊がウエイターを呼ぶと、なぜか支配人が水のおかわりを持って現れた。

「お客様。 陳奕儒様からご伝言があります。 よろしいでしょうか?」

 私と呉尊は顔を見合わせる。 呉尊は「どうぞ。」と答えてから、グラスの水を口にふくんだ。

「それでは・・・コホン。」

支配人は厳粛な表情で一つ咳払いした。

「・・・・“もうプロポーズは済んだか? まだならさっさとしてしまえ! ”だそうです。」

 呉尊はそれを聞いたとたん、飲み込もうとしていた水でむせてしまい、激しく咳き込んだ。 

  いやだ亦儒ったらなんの冗談よ! 余計に気まずくなっちゃうじゃないの!

 支配人はそれだけ伝えると、何食わぬ顔で、空いたお皿をさげて行ってしまった。

  私は呉尊の顔が見られない。 でも何か言わないと・・・。

「亦儒ったら何か勘違いしてるみたいね。」

  呉尊は、横を向いて咳をしながらこの場をやりすごそうとしているようにも見える。

  すぐにウエイターが最後のデザートの皿を持って現れる。

  皿にデザートらしきものは何ものっていない。 目の前に皿を置かれて、チョコレートソースで何か文字が書かれていることに気付く。

  “絶対にYes!って答えるのよ!”

 何?これ!? 思わず呉尊のほうのデザート皿も見ると、そこにはこう書かれていた。

“早くプロポーズしろ!” 

 呉尊は困りきったような表情を浮かべている。 そんな呉尊を見ていられない。 きっともう心に決めた人がいるんだ。 有能なブルネイ人女性。 そばでいつも助けてくれてる、なくてはならない人・・・。

「こんな手の込んだいたずらするなんて、亦儒も暇よね! デザートを楽しみにしてたのに、残念ね。」

 私は精一杯の笑顔でその場を取り繕った。 頑張れ自分! 私はもう昔の私じゃない! 独り立ちして三年、強くなったんだから! 

 そこへまた支配人が登場する。

「お客様、デザートは別室にて、ご用意させていただいております。 どうぞこちらへ・・・。」

 いったいどうなってるの?  呉尊が席を立ったので私も仕方なく着いていくことにする。 支配人はなぜかレストランを出てロビーに向かって歩いていく。 そしてエレベーターに乗り、最上階のボタンを押す。 最上階ってまさか・・・。

 私の予想通り、支配人に案内されたのは、三年前の、あのスイートルームだった。 支配人は「それでは私はここで・・・。」と言ってエレベーターへ戻って行った。

  呉尊と私が中に入ると、テーブルの上にはデザートではなく、メッセージカードが置かれているだけだった。

“ボクたちに、ユーフイを授けてくれたお礼さ! ごゆっくり! Calvin

「呉尊、これってもしかして高雄のサプライズのこと?」

「亦儒は、あれがボクたちの計画だったって気付いていたんだな。」

「亦儒だもん、それくらい見抜いて当然よね。」

  私たちは顔を見合わせると、思わず吹き出してしまった。

「あいつにはやられたよ! まったくこんな手の込んだサプライズ、よく考え付いたな!」

「二人とも絶対に許さないんだから!」

 いつの間にか私たち、前のように話せてる。 それだけで嬉しくて涙が出そう・・・。

「だけど、参ったな・・・。」

 呉尊はこの状況にまた困惑の表情を浮かべている。 心臓がギュッとなり今度は逆に泣きたい気分だ。

  呉尊は私のそんな気持ちをよそに、自分の小指にはめていた指輪をはずすと、私の左手をとった。 

 呉尊はまだ亦儒のいたずらに付き合うつもり? こんなこと冗談でしてほしくない・・・。  

「その指輪、亡くなったお母様の形見でしょ・・・」

「指輪のないプロポーズなんてカッコつかないだろ? まさかヒロに会えるなんて思ってもいなかったから・・・。 マンションに指輪を取りに帰ろうかどうしようかとずっと迷ってたんだ。 でもどうしても今プロポーズしたいんだ。」

 私は、呉尊に握られていた左手を強引に引っ込めて叫んだ。

「だめよ! 何言ってるの!? じゃあブルネイの彼女はどうするの!? 呉尊を信じて、留守を守ってくれてるんじゃないの! 一時の感情だけで、ブルネイの彼女を裏切らないであげて!」

 

  呉尊は今まで見た中で、一番目を大きくしている。 何を驚いているの? 

「・・・ブルネイに彼女なんていないよ。 誰がそんなこと言ったの?」

 え???? 誰が言ったっけ?

「もしかして、経営を任せてる女性スタッフのことを言ってるのかな?  彼女のことは有能で信頼してる。 人柄も申し分ないさ。  美人だしね。」

  やっぱり気になってるってこと? 呉尊は話し続ける。

「・・・でも今年五十歳になる、良妻賢母でもあるんだよ。」

 ・・・もしかして、私ったら・・・早とちりしちゃったの? 嘘! すごく恥ずかしい!

  じゃあ、さっきのって真剣な正真正銘のプロポーズだったってこと?

  呉尊は私の左手を取り直し、まっすぐに私の目をみつめる。

「ズットワスレラレナイデイタ・・・アイシテルンダ。 ヒロ・・・コンドコソ、ボクトケッコンシテクレナイカ?」

 呉尊の意外にも流暢な日本語でのプロポーズに、体の芯が頭の先から足の先までジンジンとしてしびれるくらいに喜びを感じる。 少し足が震える。 立ってるのがやっとかも。 しっかり裕恵! 頑張れ自分! 

  そして私は一呼吸置いてから、片言のマレー語で、こう答えた。

「・・・ワタシモ・アイシテル・・・ モウ、ハナサ・ナイデ。」

 呉尊は私の左手薬指に指輪をはめると、私の左手にキスをする。 

手だけ? ホッとしたとたん、なんだか物足りない。

「まだ信じられないよ・・・夢じゃないのか?」

「呉尊だって、私が他の誰かと結婚するとでも思ってたんでしょ? 呉尊ったらバカね。」

「本当に大バカだ。 ・・・なんだかヒロ、かわったんじゃないか?」

「そう? おかげさまで強くなったのかも。 でも呉尊は従順で家庭的な人がタイプなんじゃなかったの?」

 私って意地悪かも。 でもちょっとくらいはあのときの仕返しをしたっていいよね。

「参ったな・・・。 あのときはああ言うしかなかったんだ。」

「今の私は家庭的とは、きっと真逆よ。 それでもいいの? でも、呉尊のために“従順な妻”になってあげてもいいわよ。」

「いや・・・今のままでいい・・・。 今のままのヒロがいいんだ。」

 そう言いながら呉尊は私の腰に両腕をまわして引き寄せ、抱きしめる。

 呉尊の胸に耳と手をあてると、彼の心臓の鼓動が早くなっていくのがわかる。

  私が顔を上げると、呉尊は私の両頬をいとおしげにそっと手で包みこんだ。

  この瞬間をどんなに夢見たか知れない・・・。   

 私は呉尊をみつめ、つま先立ちになり目を閉じようとした・・・

「そうだ、ヒロはいつから子供好きになったんだ? 亦儒が言ってたけど。」

 もう! 呉尊ったらこのタイミングでそんなこと聞かなくっても!

「違うの。 子供好きってわけじゃなくて、ユーフイのことなの! ユーフイったらね、私のことヒロママって呼ぶのよ! すっごく可愛いの! 目はアミン似でぱっちりしてて、亦儒似で頭もいいのよ! 二歳なのに足し算が出来ちゃうの! それでね、服のセンスもいいのよ! コーディネートの問題を出すと、ちゃんとセンスのいい組み合わせのほうを選ぶんだから! 私にも似てるでしょ?」

 勢いよく一気に話す。 キスしたかったことも忘れて、ユーフイでテンションが上がってしまった。 

「じゃあ、子供はユーフイがいれば満足なんだね?」

「やだ、そんなこと言ってないでしょ! 私は絶対に絶対に男の子が欲しいんだから! 呉尊にそっくりな男の子を生みたいの!」

  私はそこまで言い切ってからハッとした。 呉尊の腕にしがみついてこんな恥ずかしいことを、まるで小さい子供がせがむように言ってしまった・・・。 

  呉尊はといえば、そんな私をなんだか嬉しそうな満足な表情で見ている。 

「本当に変わったんだな。 ヒロはずいぶん正直に甘えるようになったんだね。 他にも変わったところがないか確認してみようか?」

 呉尊はそう言うと私を軽々と抱き上げる。

「ヤダ! もう呉尊ったら展開早すぎよ!」

「三年も待ったんだ、ちっとも早くないだろ? それに男の子が欲しいって今、自分で言ったばかりじゃないか。」

「でもでも違うったら! 待ってったら! 呉尊ったらやっぱり今日がどんな日なのか忘れてるのね!」

  私の中では、ちゃんとキスしてからじゃないとすべてが始まらない気がしていた。 

  三年前のあのとき、この場所での悲しいキスから、時間が止まっていたのかもしれない。

  呉尊は、抱き上げていた私をゆっくりとおろしてくれる。 そしてまた私の腰に両腕をまわし、いたずらな笑みを浮かべながら言う。 

「忘れてないさ。 さっきはちょっと、とぼけてしまったけどね。 本当はどうやってもあの日のことは忘れられない。 ヒロがあんなにふうにキスしたこともね。」

 思わず赤面してしまう。 でもちゃんと覚えていてくれてたんだ。 今日がどういう日なのか。 そしてあのときの最後のキスも・・・。 

「ヒロ、もう待てないよ。 デザートを目の前にして、我慢の限界だ。」

「じゃ、まず味見してからにして!」

 私はそう言って、呉尊の首に腕をまわして目を閉じる。 キスを要求するなんて、こんなこと昔の私なら絶対にできなかった。 呉尊はちょっとクスリと笑ったような気がした。 目を閉じていても、呉尊の顔がだんだん近づいてくるのがわかる。 私のドキドキが加速していく・・・それなのに呉尊は私のおでこにキスをしたのだ。 私は思わずにらみつける。 

「もう! 呉尊ったら大キラ・・・」

 私が「大キライ」と言い終わらないうちに、私の唇は呉尊の唇でふさがれる。 

ふいうちのキスに胸が最大級にキュンとなる。 

 私がふいうちのキスによわいってこと・・・一度も言ったことなかったのに・・・呉尊は気がついてたのかな・・・。 ・・・もしかしてそのために・・・わざとじらしてた?・・・    

 

  呉尊はこの三年間のあいだ、何人の女優とキスしたんだろう・・・。 でも今の私は彼女たちにジェラシーなんて感じない。 

 

 だって呉尊の本当のキスはそんなものとは比べものにならないほど、チョコレートより甘くて、溶けてしまうくらい情熱的なのだから・・・。 

 

  今になってようやくわかったことがある。 

 三年前、この部屋でかわしたキスは“最後のキス”なんかじゃなかった。

 

  あれは私たちの次のステージの“始まりのキス”だったんだって。

 

            『ステップアップ!』アミン&ヒロ篇 THE END

   

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  目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

   目次と登場人物~大東&亞綸篇

   目次と登場人物~SP

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飛輪海小説『ステップアップ!』第二十六話~リンク篇

   第二十六話「私たちの三年間」~リンク篇

                  青:アミン篇緑:ヒロ篇  


 
結婚してちょうど三年がたつ。 飛輪海が一年にわたる解散コンサートを終え、亦儒が引退してからは二年。 わたしは今、二人目を妊娠中だ。

 二歳になる娘を溺愛する亦儒に、困り果てることもあるけれど、「一番愛しているのはアミンだよ。」と毎日言ってもらえるわたしは、申し分なく幸せだと言える。

 わたしたちの家は実家と同じで、来客が多い。 

 フリーのスタイリストになったヒロは、一番の常連客だ。 すごく忙しいくせに、少しでも時間があくとやってくる。 

 お目当てはわたしの娘のユーフイで、ヒロまで甘やかすものだから、子供部屋のクローゼットは、亦儒と、両家の祖父母からのおもちゃだけでなく、ヒロからのセンスのいい子供服でいっぱいだ。

 弟は、飛輪海解散後から、ソロ活動の仕事と平行して大東とユニットを組んでいる。 

 そしてたまにやってきて、娘と遊んでくれるのだけど、どうやら弟のお目当ては姪っ子よりも、頻繁に遊びに来るヒロのような気がしてならない。 

そして大東。 亦儒は半年に一度は大東を連れてくる。 共通の親友だから招待するのは当たり前だと言って。 それなのに、亦儒はいつも娘のユーフイを連れてすぐに出かけてしまい、のこされたわたしと大東は二人で、たまった半年分の話をする。 ときにケンカ口調で。  

わたしは作家としても、今、一番充実しているのかもしれない。

三年前連載していた小説は、単行本として出版され、ベストセラーになり、わたしは一躍人気作家の仲間入りを果たした。 

映画化の話もあったけれど、思い入れの強い作品だったし、順調すぎることがこわくて断ってしまった。

一人目の妊娠中は、日月潭の別荘にこもり、執筆に明け暮れた。 三食散歩つきの理想的な環境で、ヴァネスというよき協力者もいた。 もともと別荘での執筆を勧めてくれたのはヴァネスだった。 それにはこんないきさつがあった。  

婚約は正式に発表したものの、事務所の方針で妊娠、入籍は亦儒の引退まで極秘となった。 わたしは今まで通り、実家のマンション暮らしで、父の病院の産婦人科に、特別に時間外受診するなど、マスコミ対策で生活にも制約ができた。 

亦儒はそんなわたしのことを心配して、かなり悩んでいたらしい。

そしてそのことが、香港コンサート初日の、あの事件につながった。 

亦儒がわたしたちの入籍と妊娠のことを、ファンの前で報告してしまったのだ。

事務所に承諾も得ず、メンバーと相談してのことだったらしい。

そのときの亦儒は、胸のうちを切々と語り、客席のファンたちからは歓声と拍手が起き、翌日の新聞でも、好意的に亦儒を称える記事となった。

 “男らしい”“潔い”と好評で、事務所からもおとがめなしとなったのだ。 

そんなこともあって、結局は注目を集める結果となり、わたしの妊婦姿を撮ろうとするパパラッチがマンション付近をうろつきだし、落ち着かない生活は変わらなかった。

そんなとき、報道を見て心配してくれていたヴァネスやおじさんたちからの誘いもあって、わたしは静かにすごせる日月潭で執筆を続けることになったのだ。

ストーリーの内容は、台北のカメラマンと、台中でカフェを経営する女性の遠距離恋愛ものの予定だった。 それなのに、日月潭でペンションを経営する男を登場させて三角関係の話になっていったのは、ヴァネスの口車にのせられたからなのだ。 

そして、ヴァネスの妹のメロディーのカフェと、ヴァネスのペンションを、小説の中で実在どおり忠実に描いたせいか、それまでが話題になり、台中と日月潭にカフェとペンションを探しに来る人が後をたたなかったらしい。 

後にドラマ化され、弟、炎亞綸カメラマン役で主演、呉尊がペンション経営者役で友情出演することになるとは、執筆中には想像もしていなかった。 

そしてカフェとペンションでの撮影を、快く承諾してくれたメロディーとヴァネスには感謝している。

今ではドラマのロケ地として有名になり、繁盛しているとか。

なんだかすべて、ヴァネスの思う壺だったのではないかと思うこともある。  

そして産休を経て、復帰作となった作品は父子家庭の若き父親と幼い娘の話で、映画化され、この秋の公開を待つばかりだ。

今日は、働く女性の雑誌の対談のため、台北市内のオシャレなカフェに来ている。

対談の相手はトップスタイリストのキリムラヒロエだ。 最近では”HIRO“と呼ばれ、業界で知らない人はいないらしい。 

ヒロは林志玲が出演したハリウッドとアジア合作映画のプロモーション活動時のスタイリストをつとめ、その後、海外からのオファーを数多く獲得した。 その大物女優の名前を挙げだしたらきりがないくらいだ。 

スタイリストの中には、ヒロのことをやっかんで「運がいいだけ」という人もいるらしいけれど、絶対にそうじゃない。 努力をおしまない勉強家で、今では英語もマスターしているし、マレー語も勉強中だ。 

だから、来台する海外スターが、英語と日本語と中国語の話せるヒロを指名するのは当たり前なのだ。 

それにヒロは「スタイリストは自分のセンスを押し付けるだけじゃだめなの。」とよく言っている。 ヒロは言葉だけでなく、相手の好みやそのときの気持ちを理解する、不思議な感覚を持っている気がする。

三年前のあの出来事も、あとから打ち明け合い、わたしたちの意外な共通点や、わたしの思いを感じ取ってくれていたことに驚かされた。

対談の進行役の女性と、仕事先から少し遅れて駆けつけたヒロが現れる。

「アミン! 遅れてごめんね!」

「いいのよ。 ヒロ、あいかわらず忙しそうね。」

『さて、それでは早速始めましょうか。』

『お二人は五年来のご友人ということですが、お互いの第一印象は?』

 進行役の女性の質問に、私たちは顔を見合わせた。 そして同時に笑い出す。

 あれは、飛輪海の三人と一緒に、初めて亞綸とアミンの家に招待されたときだった。

 アミンのお母さんが急用で出かけてしまったらしく、アミンは夕食の準備に一人で追われていた。 私は挨拶も早々に、自己紹介をする間もなく、手伝いをすることになった。 

当時の私は、まだ今ほどに専門的な単語を知っていたわけでなく、台湾独自の調味料や、食材名にわからない物がたくさんあった。 

それなのに、アミンの指示が早口の中国語でばんばん飛びかい、しかも時間がなくてあせっているアミンの指示が、「あれとって!」とか「それを適当に!」とかいうアバウトなものになっても、瞬時に理解し、日本人の私が、作ったことも見たこともない料理でもこなしていく様子が、神業的ですごかったと、飛輪海のあいだでは、語り草になっていた。 

手伝いに入ろうとエプロンまでしていた呉尊に、「二人のあいだに入る隙がないくらい、絶妙なコンビネーションだった。」と言わしめたほどだ。 私たちのことを“ソウルメイト”だと言う人もいる。 

いつかの占い師らしき人も、そんな意味合いのことを言っていたっけ・・・。

呉尊・・・。 私たちは、ちょうど三年前のアミンと亦儒の披露パーティー以来、一度も会っていない。

アミン原作の亞綸と呉尊が共演したドラマで、スタイリストとしてのオファーをもらったとき、迷っているうちに林志玲からのオファーが入り、ドラマのほうを断らざるをえなくなってしまった。

それからも、同じ業界にいるのに偶然でも会うことがなかった。 縁が切れるとは、こういうことなのかって思い知らされた。

もちろん、対談でこんなにあらいざらい話したわけではない。 飛輪海の四人が関わっている部分をはぶいて話しただけ。 

アミンは”明日香(ミンリーシャン)”というペンネームを使っていて、結婚前は亞綸の姉であること、亦儒の婚約者であることは公表されていなかった。 バレたのは訳あって、結婚後二年ほどしてからだ。

私と出会う前から親日家だったアミンは、本名の”香明”と”日本”を掛け合わせて”明日香(ミンリーシャン)というペンネームを高校時代から使っていたらしい。飛輪海の同名タイトルの歌が作られたときは、あまりの偶然に四人とも驚いていたっけ。

「HIROさんは多くの国内外のスターをてがけていて、交友関係も広いと思いますが、一番親しい芸能人はどなたですか?」

誰のことをあげればいいか迷ってしまう。 今でも亞綸とは、アミンの家に行けば自然と会うし、林志玲は案外気さくで素敵なお姉さん的存在だ。 でもやっぱりMakiyoかも。 Makiyoとは今では飲み友達だ。 アミンはお酒が弱くてあまり飲めないせいもあって、初めてできた飲み友達がMakiyoだった。 

この三年をなんとか乗り切れたのは、アミンのあたたかい手料理と、可愛いユーフイが癒してくれること、そして、たまにMakiyoと飲んで日本語で思いっきりしゃべってストレス解消していたからなんだと思う。 

だけど、Makiyoには時々痛い目に合わせられることがある。 

あれは二年位前、Makiyoのいきつけの店で飲んでいたときだ。 仕事で翌朝早いから帰りたいと言ったのにMakiyoがちっとも帰してくれない。 

そこにMakiyoが友人のヘイレンを呼び出し、ヘイレンはどこかで飲んでいたらしく、すっかりできあがった状態でやってきたのだ。  私はヘイレンとは初対面だったけど、ヘイレンの彼女のファンファンことファン・ウェイチーの大ファンだった。  以前、亞綸がドラマで共演したことがあって、その頃何度か会ったことがあったからだ。

ファンファンは私にとって、最も尊敬すべき憧れの女性だ。  そんな彼女のパートナーであるヘイレンと彼らの活動には以前から興味があり、わたしは帰るのをやめて、もう少し付き合うことにしたのだ。  

でもそれが間違いの始まりだった・・・。  私は三人で盛り上がっているうちに、いつの間にか眠ってしまったのだ。  

そして、息苦しさで目が覚めるとMakiyoの姿はなく、代わりに酔いつぶれたヘイレンの巨体が私の体に覆いかぶさっていたのだ。

そこへいきなりカメラのフラッシュとシャッター音が響きわたる。 私は一瞬にして酔いが醒めた。 頭の中には、週刊誌の見出しが飛び交う。 

“トップスタイリストとヘイレン密会”

“スタイリスト、ファンファンから略奪愛!” 

“ヘイレン二股愛! おしどりカップルの危機!”

最悪だ! 尊敬するファンファンを傷つけるだけでなく、いずれは呉尊の耳にも入るんじゃないかと思うと、ゾッとした。

思わずヘイレンの両頬を往復ビンタするけれど、目覚める様子がない。

私は迷う間もなく、のしかかっているヘイレンを思いっきり蹴り上げた。

「ヘイレン! パパラッチよ! なんとかして!」

そのあとのヘイレンはすごかった。 巨漢のヘイレンは寝ぼけたままパパラッチをあっという間に撃退したのだ。 

もちろんカメラのデータは全部削除させて。   

 

私とヘイレンを置いて帰ったMakiyoには、翌日さんざん文句を言ってやった。 そしてたくさんおごってもらい、チャラにはしてあげたけど、実はまだ根に持っている。  だから一番仲のいい芸能人だけど、絶対にMakiyoの名前をあげてやるもんか。 

「林志玲です。 彼女は私を信頼してくれてますし、本当に素敵な女性ですね。」

 私のイメージもこのほうがいいでしょ?

『先生の作品が映画化され、スタイリストとして参加されたときのエピソードを聞かせてもらえますか?』 

 そう、もうすぐ公開される映画はアミンの原作で、なんと大東が映画初主演なのだ。 

アミンは、今では出演俳優を指名できるくらいの人気作家となっていた。

映画の仕事は、私の新境地だった。 大東は、別れた妻に幼い娘を押し付けられる若き父親役で、その心境の変化を服装で表現することのおもしろさを私は知った。

一度、アミンの家で偶然に大東と鉢合わせたことがあった。 もちろん亦儒がいるときにだ。

「アミンとボクの共通の親友だから招待して当たり前だろ?」と言う亦儒。 

それから「たまに来てもらって、ボクたちの幸せを確認してもらうついでに、しっかり見せ付けておかないとね。」と冗談なのかどうかわからないことを言う。

しかも大東を呼んでおきながら、亦儒はいつも愛娘のユーフイを連れて出かけてしまうらしいのだ。 「ボクに何か不満があるなら、大東に愚痴を聞いてもらえばいいんだ。」と亦儒は笑って言う。 「ボクってとことんMだろ?」って・・・どれも本音だと、私にはなんとなくわかるので、思わず私も笑ってしまった。

アミンの娘のユーフイは、私にとっても娘同然だ。 可愛くて仕方がない。 名前も私と同じ漢字で“裕惠”なのだ。 

亦儒はいまだに知らないらしいけど、ユーフイが生まれるきっかけを作ったのは、何を隠そう、私と呉尊だった。

今では、私も早く子供が欲しいと思ってしまう。 結婚相手もいないのに・・・。

          最終話「幸せのリベンジ」~ヒロ篇につづく・・・

 目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

   目次と登場人物~大東&亞綸篇

   目次と登場人物~SP

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飛輪海小説『ステップアップ!』第二十五話~ヒロ篇

     第二十五話「珈琲の香り、月夜の夢」~ヒロ篇

翌日から、もう私の仕事は山積みだった。  

 事務所での引き継ぎから、これまでお世話になった人やショップへのあいさつ回り、その他にもマーキーがいろいろ気を配ってくれたおかげで、すべてがスムーズにすすんだ。

そして呉尊不在のマンションで荷物をまとめたり、元のアパートへの引越しの手配は、亦儒とアミンが力になってくれた。

極秘の婚約だったために、ほとんど、はめることのなかったエンゲージリングと、マンションの合い鍵は郵送することにした。

亞綸はこの数日、一度も事務所に現れなかった。 大東は事務所最後の日、ダンボール一箱分の荷物を、タクシーまで運んで見送ってくれた。 

「ヒロ、頑張れよ。 呉尊の考えることはオレにはよく理解できないけど、応援してるからさ。」

「うん。 大東は大東らしく頑張って! そしたらいつかきっといい人が現れるわよ!」

「いいから早く行けよ。 じゃあな!」

 大東はそれだけ言うと、タクシーのドアを閉めて、一度も振り返らずに事務所に戻っていった。

 明日からは林志玲の仕事が始まる。 エージェントと期間限定の契約を結び、すぐに打ち合わせに入ることになっていた。

 忙しければ忙しいほど気が紛れる。 不思議と私は今回のことで一度も泣いていない。 悲しいとか、寂しいとか、思う余裕もないのかもしれない。 そんな感情を持ち合わせていることさえ、今はわからないでいた。

*    *    *

 今日はなんだか疲れたな・・・。 打ち合わせが長引き、新しいスタッフと食事に行くことになってしまったのだ。

林志玲との仕事に高揚感を期待しすぎていたのかもしれない。 ただ淡々とこなしていただけの自分がいた。 こんなに無感情になっている自分のことさえ何も感じない。

 もうすぐアパートに着くという頃に、タクシーから夜空を見上げると、いつもよりひときわ明るく丸い月が浮かんでいた。

「満月かな・・・。」

 無意識につぶやいていた。

「満月ですよ、お客さん。 満月の夜には、時々とんでもない客を拾うことがあってね~。

時々肝を冷やすこともありますよ。 満月には犯罪が多発するとか言いますからね。」

「あの、戻ってもらってもいいですか? 行天宮まで・・・。」

 今夜が満月だったなんて・・・。 私はあの約束を思い出してしまった。

「行天宮ですか? もうすぐ目的地ってときに、こりゃまたここから正反対じゃないですか。 まあ、こっちとしては客も拾えそうないい場所までですから、ありがたいですけどね。」

       

           *    *    *

 行天宮の前でタクシーを降り、月明かりの中、ただ使命感だけであの家に向かっている。 阿旭に会いたいという気持ちからではない。 あの場所へ行かなければいけないという絶対的な使命感・・・。 

鉄の門扉をゆっくり開けると、一ヶ月前とは違ってきしむ音がしない。 油を差してくれたんだ。 玄関の鍵は開いていた。 でも灯りはついていない。 電気をつけずにそのまま、すぐ右側にあるリビングに入っていく。  そして私は戸口で立ち止まり、部屋の中を見渡した。 月明かりで部屋はとても明るかった。 そして家具やカーペット、その他のほとんどの物が運び出されたことを知る。 一ヶ月前は、阿旭と暮らしていたときのままだったのに、今、私の目の前にあるこの部屋には、長いすと、小さなテーブルしか残されていなかった。 テーブルの上にはダンボール箱が一つ置かれていた。

部屋に阿旭の姿はない。

私は長いすに腰掛けて、がらんとしてしまった部屋を見渡す。 でも今は阿旭との思い出に対して、感傷的なものは何も沸いてはこない。 

この長いすは清の時代のアンティークで、私と阿旭のお気に入りだった。 それなのに私が一度、阿旭がいれてくれたコーヒーをこぼしてしまったことがあった。 阿旭は、「コーヒーのいい香りがするね。」と、文句の一つも言わないでくれた。 

 いつの間にか少し感傷的になってしまっている・・・。 でも今は何も考えたくない。 

履いていたミュールをぬいで、長いすに横になる。 そうすると月がよく見えた。 月の光がまぶしすぎて目を閉じる。 コーヒーの香りがまだ残っているみたい・・・。 なんだか安心するな・・・。  私はいつの間にか眠りに堕ちていった・・・。

足音が聞こえる。 床に響く靴の音。 懐かしい響き・・・阿旭だ。 夢なのか現実なのかわからない。 体が動かないし目を開けることすらできない。 それなのに阿旭の様子が目で見てるみたいによくわかる。 いつか私がプレゼントしたシャツを着ている。 阿旭はそのシャツを脱いで、長いすの前で膝まづき、私にかけてくれた。 そして私の顔をみつめ、私の髪を触っている。 それから阿旭の手が私の頬のラインをゆっくりなで・・・親指で下唇を何度も確かめるようになぞっている。 それなのに、手の暖かさが伝わってこない。 夢だから? 

そして阿旭の顔が私の顔に近づいてきて・・・阿旭の唇が私の唇に重なった。 これはきっと夢にちがいないと思った。 これが現実であるはずがないから・・・。 

それまで無感情だった私の心臓が一度だけトクンとなった気がした。 それからどんどん鼓動が早くなり、しだいに唇に温もりを感じるようになる。 阿旭の唇だ・・・私はこの部屋で何度阿旭とのキスに胸を高鳴らせたかわからない・・・。

阿旭の唇が離れ、彼の気配が消えていった・・・。 そして私は深い眠りに堕ちていく・・・。

コーヒーの香りと懐かしい声で目が覚める。 

「ヒロエ、起こしてごめん。 ここで夜を明かすわけにはいかないだろ?」

「阿旭・・・」

 夢を見た気がする。 どんな夢だったかは思い出せない・・・。 

体を起こすと体にかけてあった何かが落ちる。 阿旭のシャツ? これって・・・。 私が昔プレゼントしたシャツだ。 白いコットンシャツに白の絹糸で刺繍がはいっている。 阿旭、まだ着てくれてたんだ。

「今何時?」

「九時過ぎだ。 コーヒーいれたんだけど飲む?」

「うん・・・。」

 私は長いすから立ち上がり、シャツを背もたれにかけて、出窓の“あの場所”から月を見上げる。

「今夜の月もきれいだ。」 

そのシャツを着た阿旭が隣に立ち、ソーサーにのせたコーヒーを私に差し出す。

「ありがとう。」

「待ちくたびれて眠ってしまったんだね。 すまなかった。 コーヒー豆を買いに行っていたんだ。 いつもの店が閉まっていて、少し足をのばしたんだ。」

「ううん、いいの。 ちょっと疲れてただけよ。」

「今日からだったね、林志玲の仕事。」

「知ってたの? やっぱり阿旭が動いてくれたからだったのね。」

「それは違うよ。 ヒロエの実力だ。 僕はただ・・・。」

 ただ何? 阿旭はなぜか言うのをためらっている。

「呉尊に頼んだだけだ。 ヒロエが以前ボクのスタイリストのアシスタントだったから力になってあげたいと話してね。」

「・・・何を頼んだの?」

「ヒロエには言わない約束なんだ。」

「お願い、教えて・・・。」

「・・・ヒロエの事務所側にうまく取り計らって欲しいと頼んだんだよ。 契約のこともあるだろうから。 林志玲にパーティーで会ったときの話もしたんだ。 ヒロエの才能を生かす場所は、今の事務所ではないと。 それと・・・。」

「それと・・・?」

「ヒロエの婚約者はどんな男なのか聞いたんだ。 仕事を理解して認めてくれる男なのか・・・。 ヒロエがどんなに仕事を続けたがっているかわかっているのかってね。」

「なんて・・・彼はなんて答えたの?」

「ヒロエの婚約者をよく知っているって言っていたよ。 自分からも相手に話をしてみると言ってくれた。」

 呉尊がそんなことを?・・・。

「ボクが余計なことをしてしまったのはよくわかっているよ。 でも、ヒロエの相手は仕事を許してくれたんだね?」

「・・・とても応援してくれてるわ・・・。」

「いい人なんだな・・・。 ヒロエは幸せなんだね?」

「・・・えぇ。」    

「・・・安心したよ。」

 阿旭はそう言うと残っていたコーヒーを飲み干してから、何か決心したように話し続ける。

「・・・この家を手放すことにしたんだ。」

 そうだろうと思っていたので驚きはしなかった。

「取り壊されるそうだ・・・もうかなりいたんでいたからね。」

「そう・・・。 じゃあちゃんとお別れしないと・・・。」

 私はいつも腰掛けていた出窓の“あの場所”を手で触りながら「今までありがとう、さようなら。」とつぶやいた。

 それから部屋の中をぐるりと一周して名残惜しむ。 そして戸口に立ち、離れたところからあの場所に立っている阿旭にむかって言う。

「阿旭、今までありがとう。 あなたに出会えて本当によかった。」

「ボクもだ。」

阿旭は月の光でシルエットになり、表情まではわからなかった。

「コーヒーおいしかったわ。 ごちそうさま。」

「よかった・・・、ちゃんと豆から挽いてサイホンでいれたのは二年ぶりだったんだ・・・。」

「私、もう帰るね・・・。」

「あぁ・・・。」

「さようなら。」

「さよなら・・・。」

榮星公園を、月を見ながら歩く。

やっと阿旭に、ちゃんと言えた。 「ありがとう。」と「さようなら。」を・・・。 二年もかかってしまったけど・・・。 阿旭もこれで気持ちが楽になるといいけど・・・。 仕事のことで呉尊や林志玲にはたらきかけてくれたのも、きっと私に対する自責の念からだと思う。

「あなた、ちょっといいかしら?」

誰もいないと思っていたのに、声をかけられ少しびっくりする。

初老の女性だった。  

「あなた、この一ヶ月ほどで、いろんなことが大きく変わってしまったわね。」

占い師? ここは占い横丁に近いから。 でも少し警戒してしまう。

「どんなことが変わったっていうんですか?」

「魂を分かつ女性と同じ運命をたどる・・・もう出会っているでしょう。 あなたたちは、生まれ育ったところが違う国でも、出会う運命でいたのだから。 そして二人は同じ時期に同じような出来事が起き、同じように苦しむけれど、同じように幸せな人生をたどる運命だった。」

 アミンのことを言っているのだと思った。 だけど・・・

「いいえ。 彼女は最高の幸せをつかんだけれど・・・私にのこされたのは仕事だけです。 同じなんかじゃないわ。」

 私が否定すると、占い師はため息をついてから言う。

「あなたは人の心を感じる力を持っているのに、自分に関することでその力を使えていないのね。 あなたを思って身をひいた男性たちの気持ちをちゃんと理解しきれていない。 だけどいつかその気持ちを理解し、信じ続ければ、あなたの幸福もおのずと訪れるでしょう。」

 身を引いた男性たち? 

呉尊が言っていたことの意味が少しわかった気がした。

“ヒロを幸せにできるのはボクじゃなかった”と言っていた呉尊。

阿旭の気持ちに気付いてしまったからだということ。

阿旭のほうが私を理解し、私を自由にできると呉尊は考えたの?

そうやって身を引くことが呉尊の愛し方なの?

私の気持ちなんておかまいなしに・・・

呉尊の気持ちも、阿旭の気持ちも、自分の気持ちでさえも、ありのままではない気がしてはがゆかった。

辺りを見回すと、占い師の姿がない。 

いったいなんの占いだったんだろう。 生年月日も、名前も聞かれていない。 手相も見せてないし顔だって月明かりでやっと見えるくらいだったのに・・・。

誰もいなくなった公園でなら、泣けるのかもしれない・・・。

今までだって、別に我慢していたわけではなかった。

ただ、今なら泣いてもいいと思った。

今なら素直に泣けるって・・・。

二人の私を思う気持ちに、今の私は心が押しつぶされそうだ。 

自分だけがつらいんじゃない。 呉尊も・・・阿旭だって・・・。 

涙があふれだす。

誰の胸も借りずに、一人で泣くことが、今の私には必要だった・・・。

   第二十六話「私たちの三年間」~リンク篇につづく・・・

 目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

   目次と登場人物~大東&亞綸篇

   目次と登場人物~SP

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飛輪海小説『ステップアップ!』第二十四話~ヒロ篇

第二十四話「最後のキス」~ヒロ篇

 披露パーティーが終わり、大東は用があると言って先に帰って行った。 きっと一人で飲みなおすに違いない。  


 控え室には、私と呉尊、亦儒とアミン、そして亞綸の五人が残っていた。

「亦儒のサプライズには本当に驚かされたよ。」

 呉尊が亦儒の胸に軽くパンチを打ち込む。


「呉尊だけ連絡つかないから困ったよ。 大東と亞綸はきのうのうちに相談できたんだけどね。」


「ボクが反対するわけないだろ。 アミン、おめでとう。 疲れたんじゃないか? 大丈夫?」


「ありがとう。 この前まで時々気分が悪くなることがあって変だなって思ってたんだけど、今は安定期に入ったみたいだから平気よ。 呉尊、忙しいのに帰国してくれたんでしょ?」


「ああ、明日にはまた大陸に戻るよ。」


「そうなの!? でも今夜はマンションに帰れるのよね?」

 私がそう聞いても呉尊は返事をしてくれない。 そしてみんなに向かってこう切り出した。


「実は、ヒロはフリーのスタイリストになることになったんだ。」

 呉尊ったら、今そんな話をしなくても・・・。


「それってもしかして林志玲が関係ある? 林志玲からオファーがあったんだね!」

 亞綸は少し興奮気味だ。


「ヒロ、すごいじゃない!」


「ヒロのセンスを林志玲も認めたんだな!」

 アミンと亦儒も手放しで喜んでくれる。


「林志玲の仕事だけじゃない。 この先たくさんのオファーがあると思うんだ。 
そうなるとヒロは事務所をやめることになる。 亞綸はそれでもいいか?」

 呉尊の問いかけに、亞綸は神妙な顔つきになる。


「うん。 ボクはヒロがやりたいことをやってほしいから、それでもいいよ。」

 亞綸・・・。 

「それから・・・。」

呉尊はそう言って一呼吸置いた。 

「ボクとヒロは婚約を解消することにしたんだ。」

 何?  呉尊、今、なんて言ったの? 


「呉尊、おまえなんの冗談だよ?」 

亦儒は冷静だった。 私もある意味冷静だった。 まるで自分のことではないような感覚で、みんなの様子を見ている余裕があった。


 隣にいたアミンは真っ青になって立ち尽くしている。 亦儒はアミンをゆっくりと椅子に座らせる。 アミンは私の腕を強くつかんで何か言いたげな瞳で私を見上げる。 私は小さな声で「大丈夫だから。」とだけ言う。


「冗談なんかじゃない。 ボクたちはお互いに別々のやるべきことがある。 それぞれの道を歩いたほうがいいってことに気がついたんだよ。 ボクはヒロにはふさわしくないし、ヒロはボクの理想の妻にはなれない。」

 呉尊、それがあなたの“決めたこと”だったの? 考えないようにしていたけれど、呉尊がこんなことを言い出すんじゃないかってどこかでわかっていた気がする。


「呉尊! なんだよそれ! ヒロがそんなこと思うわけないだろ! ヒロがどれだけ呉尊を思ってるか、ボクは知ってるんだ! いくら呉尊でも、ヒロを傷つけると、ボクが許さないぞ!」

 
 亞綸は呉尊に殴りかかりそうなくらいの勢いだ。 亦儒は二人のあいだに入るけど、口を挟む様子はなく、成り行きを見守っている。 


「呉尊はヒロが他の男と結婚しても平気なのか! ボクは呉尊だから、呉尊が相手だから諦められたのに・・・。」

 
 亞綸・・・?


「亞綸・・・ヒロを幸せにできるのはボクじゃなかったんだ。 ボクは自分のことばかりで、ヒロの幸せを考えようとしていなかったことに気がついたんだ。 ヒロをもっと理解しようとしていなかった。 亞綸のほうがボクよりヒロを幸せにできるのかもしれないな・・・。」


「バカ言うなよ! そんなわけないだろ!」

 
 亞綸はそう叫ぶと、荒々しくドアを開けて走り去っていった。

   

 私と呉尊は亦儒の配慮で、このホテルのリザーブしてあったスウィートルームで話し合うことになった。 部屋のテーブルには“陳奕儒様・呉香明様 ご結婚おめでとうごさいます”というカードが置いてあり、綺麗なフルーツ盛りが用意されていた。

「ボクはわがままだから、ヒロをずっとそばに置いておきたいと思ってしまうんだ。 仕事をしていいと、最初はものわかりのよい夫を演じながら、きっといつかはヒロを苦しめることになる・・・。 ボクにはずっとそばにいてくれるような、従順で家庭的な妻が、キミには自由を与えてくれる器の大きい男が必要なんだ。 わかってくれるね?」 

呉尊がこうと決めたら意見を変えないことを、私はよくわかっていた。 


 私を思っているからこその苦渋の決断だとも、よくわかっているつもりだけれど、冷静に私をさとす呉尊を見ていると、その自信さえもなくなってくる。

もう私を必要としていない。 もう私を愛してない。 もう私を抱きしめてもくれない。

もうキスも・・・。

  

「最後にお願いがあるの。」

 私はそう言ってから、自分で“最後”と決断した自分に少し驚いた。


「私・・・」

言葉にしてお願いすることにはためらいがあった。 でも私はもう今さらヤマトナデシコなんてイメージ、どうでもいいと覚悟を決めた。

 
 私は呉尊の肩に手をのせると、少しずつ背伸びをして、呉尊の唇にゆっくりと自分の唇を重ねた。

 
 自分の心臓の音が呉尊に聞こえるんじゃないかと思うくらいドキドキしている。 呉尊は、始めはとまどっていたと思う。 だけど振袖姿の、しかも草履で背伸びして不安定な私の体を、帯のところでしっかりと支えてくれていた。 


 そして呉尊のほうからの、堰を切ったような情熱的なキスに、私は迷うことなく応え続けた。 


今までで一番激しく、せつない呉尊のキスを一身に受け、心から思った。

呉尊が今この瞬間、私を愛してくれてなくてもいい。

たとえ、呉尊が他の人と結婚してしまってもかまわない。

そしていつか私のことを忘れてしまってもいい。

でもこの“最後のキス”だけは永遠に覚えていて欲しいって・・・

      
   第二十五話「珈琲の香り、月夜の夢」~ヒロ篇につづく・・・


   目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

   目次と登場人物~大東&亞綸篇

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飛輪海小説『ステップアップ!』第二十三話~ヒロ篇

第二十三話「披露パーティーのサプライズ」~ヒロ篇 

夜明け前の日月潭は、まだ薄暗く、朝もやが立ち込めていた。 

その中で亦儒とアミンのロマンチックなキスシーンを目の当たりにしている。   亞綸は少し泣いているのかもしれない。 私も涙が止まらない。 

それだけ嘘みたいに美しい風景と、感動的でドラマチックなキスだから。 

アミン、亦儒、よかったね。 

そんなときアラームが鳴り始めた。 

亞綸があわてて携帯のアラームを止める。

腕時計を見ると、ちょうど午前四時。 

亦儒はアラームで私と亞綸に気付いたようだ。

キスをやめると少し照れくさそうにこっちを見て笑っている。 

でもしっかりアミンのことは抱きしめたまま。

           

         *    *    *

 

亦儒の運転で、車は走り出した。 助手席にアミン、うしろに私と亞綸。 

車の中は、チキンのいいにおいがする。 ものすごく朝早いのにヴァネスが持たせてくれたサンドウィッチだった。 ヴァネスが夕べから漬け込んだチキンの照り焼きサンドらしい。 食べるのが楽しみだ。 ヴァネスには、何から何までお世話になってしまって感謝の気持でいっぱいになる。 

「落ち着いたら一緒にお礼を言いに行かないといけないな。」

 亦儒とアミンは二人でそう話し合っていた。

亞綸は車が走り出してしばらくすると眠ってしまった。  私の肩にもたれるようにして。 泣いていた私が眠るまで起きていてくれたのかもしれない。 亞綸がちょっぴり大人になったように感じる。  でも寝顔はやっぱりあどけないかな。

そう、実はゆうべ私はあのまま泣きながら亞綸と一緒に眠ってしまったのだ。 そして・・・ 

・・・目が覚めるとちょうど三時だった。 よく眠っている亞綸を起こさないように、私は隣の亞綸の部屋のシャワールームを使うことにした。 

亞綸の胸であんなに泣いてしまったことは思い出すだけではずかしかった。 あとで亞綸にどんな顔して会えばいいんだろう。

シャワールームから出て、バスローブを着る。 ドライヤーで髪を乾かしながら、鏡を見ると、思ったより目が腫れていないことにホッとする。 でも絶対に気まずい。 亞綸どう思ったかな・・・。 髪を乾かし終わったところで私はあることに気がついた。 亞綸の部屋のドライヤーが壊れてないってこと! 亞綸ったら!

「おはよ~ヒロ・・・ 早いね・・・あ・・・」

 眠そうな亞綸が現れる。 

「亞綸! だましたのね!」

「あ、ばれた? でも怒ってないで早くメイクしないと遅刻するよ~。」

 やだ! 最悪だ。 ノーメイクでバスローブ姿を亞綸に見られてしまったという事実。 ゆうべから見られたくない姿ばかりを見られてる。 

 そのあと、亞綸はゆうべのことには触れてこなかった。 でも亞綸だってあんな姿は不本意だったにちがいない。

亞綸ったら、もしかして寝たふりしてたりして。 

 

「ねえアミン、昨日、亦儒ったら、ひどい顔してたでしょ? 目の下に、こ~んなクマつくっちゃって! 辰亦儒のアイドルらしからぬ顔! その顔を見て大東の怒りも収まっちゃうくらいだったもん。 この何日か、アミンのことで眠れてなかったみたいよ。」

「そんなにひどい顔だったんだ。 だからわたしを避けるみたいにして顔をちゃんと見せなかったのね。 部屋もすぐに暗くしたのもそういうことだったんだ。」

「ヒロ、余計なこと話すなよ。」

「それに、脅迫メールを読んだときもね~。」

「おいヒロ!」

「何? 脅迫メールって?」

「ヴァネスから”アミンをもらう”ってメールがあったの。 亦儒ったらあわてちゃって大変! そこへ、亞綸が“ヴァネス兄貴は手がはやい”だの“百戦錬磨”だの大げさに煽り立てるから・・・。」

「これ以上暴露して、もし事故ったらヒロのせいだぞ!」

「はいはい、このへんでやめとこうかな~。」

 

台北に近づくにつれて、道路は渋滞し始めたけど、イベント会場にはリハーサル十五分前に入ることが出来た。

控え室には、マーキーとヤンさんがやきもきして待っていた。 

私は亞綸、マーキーが亦儒のスタイリングを超特急で終え、ステージに向かう。

ステージのそでで、大東とアミンが何か話していた。 三人のリハが始まってから、アミンを捜すと、アミンは舞台裏の隅のほうで泣いていた。 

「心配かけちゃってたんだね。 大東にいっぱい怒られちゃった。 ヒロも、本当にゴメンナサイ・・・。」 

 アミンは日本語で何度も謝ってくれた。 どんなに心配していたか、アミンに伝わってよかったね、大東。

          *    *    *  

 婚約披露パーティーの日がやってきた。 無事にこの日を迎えることができたことが信じられない気もする。 今日は何事も起きなければいいけれど・・・。

 

最近アミンのことで頭がいっぱいだった私は、実は昨日まで自分の衣装を考えるのをすっかり忘れていた。

そこで思いついたのが、台湾に持ってきていたのに、ずっとタンスのこやしになっていた振袖だった。 台湾の夏は暑いし、多少動きにくいけれど、アミンの晴れの日だから思い切って着ることにしたのだ。 でも、ウーズンに振袖姿を見てもらいたいのが本音かも。  

 

呉尊はパーティーに間に合うように帰国するらしい。 あれから私には何も連絡してくれなかった。 今日、呉尊に会ったら、何から話せばいいんだろう。 私はどうしたいんだろう・・・。

 

今は午後四時。 無事メディアの記者会見が五時半、パーティーは六時から始まる予定だ。 自分の着付けを無事終え、アミンの控え室にドレスやメイク道具を運びいれる。 アミンのスタイリングは四時半の予定なのに、時間がきても現れない。 亦儒もまだ姿が見えなかった。 本当にいったいどれだけ気をもませたら気が済むんだろ、あの二人は!

 

ニ十分遅れで姿を現した二人に、文句を言ってる暇はない。 私はたすきで振袖のたもとをくくりあげ、戦闘開始だ。 亦儒に衣装を渡して別室に行ってもらい、何か言いたげなアミンにかまわず、へアメイクさんにヘアスタイリングをしてもらっている間に、アミンのメイクをほどこす。

 あとはドレスを着せるだけ。 結局仮縫いの衣装合わせ以来、一度もアミンに袖を通してもらうことなくこの日を迎えてしまった。 淡いパープルの、上品でシンプルなデザインのこのドレス、絶対にぴったりで似合うはずだ。  そのはずだった・・・・・・でもなんだかおかしい・・・。 背中のファスナーをなんとか閉めることはできたんだけど、ウエスト部分が予定外にぽっこり出ている。 日月潭のペンションで食べ過ぎたの? でもおなかだけが妙に出ている。 アミンの顔を見ると、照れくさそうに笑っていた。 アミンは私の耳元に顔を寄せてあることをこっそり教えてくれた。

「ウソ! ホンマニ!?」

 思わず日本語で聞き返してしまう。

「昨日わかったの。」

「それって、もしかして高雄のイベントに行ったときの・・・?」

「ヒロと呉尊のせいだからね! ううん、おかげかな。」

「どういたしまして・・・ってそれよりどうしよう! このドレスだと、シンプルすぎておなか目立っちゃうじゃない。 あ~何か考えないと! 」

 落ち着け私! 何か解決策があるはずよ! マスコミに絶対にばれない秘策!  ストールを前に垂らす? ううんそれじゃ横から見たら意味ないし。 どこから見てもわからないようにしないと! 

 そうだ、ウエスト部分を着物のおはしょりみたいにつまんでバルーン状にして、何か紐で結んで・・・いい紐みつけてこないと!  私はふと自分の帯に気がついた。  銀色の組紐の帯締めが目に入る。 これだ!

 私は帯締めをほどいて抜き取り、アミンのウエストに巻きつけドレスをたくしあげ、横で結び目を作ってみた。

「いいかも!」

 ウエストでたくしあげた分、せっかくのロングドレスが短くなってしまった。 これじゃ靴も見えてしまう。 見えないと思ってシンプルなハイヒールにしたんだけど・・・。 かかとが十三センチもあるハイヒールはアミンにはよくないし。

 それに、ウエストをバルーンにして丈が短くなったから、大人っぽさよりフェミニンな感じに切り替えないといけない。

 私が履いてきたシルバーのサンダルがあった!  今日おろしたてのサンダルで、かかとも低めだし、色も合う。 あみあげになっているのがなんだか妖精っぽく見えそうだ。

亦儒とアミンの会見が始まった。 苦労のかいがあってなんとか納得のいく出来ばえになり安堵する。 亦儒は、離れた場所から見ていた私に親指を立ててウインクしてくれた。 私も親指を立ててニッコリスマイルで返す。  

 

控え室に片付けに戻ると、呉尊が待っていた。

「呉尊! おかえりなさい。」

「ヒロ? 綺麗だね! 驚いたよ、誰かと思った! キ・モ・ノ?」

「そう、キ・モ・ノ!」

 呉尊の以前と変わらない様子にホッとする。 やっぱり振袖を着てよかった! 

「なんだか少し痩せたみたい。 撮影大変だったの?」

「そんなことより、ヒロ、まだフリーになることの返事をしてないんだって?」 

「私どうすればいいの? 明日までには返事をしないといけないんだけど迷ってるの。」

「せっかくのオファーなんだ。 ボクは反対しないよ。 林志玲の晴れ舞台に協力してあげればいい。 でもやるからには中途半端なことはしないで、林志玲の仕事にしばらく集中するべきだよ。 ボクはヒロを応援するから。」

「呉尊・・・ありがとう。」

 私は呉尊の気持ちが嬉しかったのと、久しぶりに会えた喜びで呉尊の胸に飛び込もうとしたけどノックの音で躊躇する。

「ヒロ、パーティーが始まるぞ。 呉尊! 戻ったんだな。 元気か?」

 大東だった。  大東はもうあのことを知っているはずだ。 今、どんな気持ちでいるんだろう。

 パーティーは事務所のスタッフ、二人の友達数人と家族という、ごく内々のものだった。   

 亞綸は乾杯のあと、急ピッチに飲んでいたかと思えば、久しぶりに会えた呉尊をつかまえて、嬉しそうにあれこれ話したり、アミンの友達に頼まれて一緒に写真を撮ったりしてご機嫌な様子だ。

 アミンと亞綸のお母さんも、亞綸と競うようにして呉尊と嬉しそうに話している。 アミンのお母さんは呉尊の大ファンなのだ。 親子で呉尊を取り合っている様子がおかしくて仕方がない。  

 私はアミンと亦儒の友達が来ている手前、あまり呉尊のそばにはいられない。

 そして 

「ボクたち、今日入籍しました!

 亦儒の爆弾発表に知らなかった人たちはどよめく。 呉尊もそのうちの一人みたい。

「実は来年にはパパとママになります!」

 呉尊は目を大きくして、「ホントに?」と口パクで少し離れた場所にいた私に聞いてくる。

アミンは今、四ヶ月目に入ったところだそうだ。 スタイリングしながら昨日からのいきさつを聞いたけれど、昨日まで妊娠に気付かなかったというアミンには驚かされた。 遅れることがよくあるらしいので仕方ないと言い張ったアミン。 亦儒は迷うことなく籍を入れようと言ってくれたって。 今日遅刻したのは、社長に直談判し、そのあと二人で婚姻届を出しに行っていたからだったらしい。 

「そういうことなら、婚約披露パーティーでなく、今からは結婚披露パーティーに変えさせていただきます!」

司会役の亦儒の友人がそう宣言した。

亦儒は幸せの絶頂という感じで、目じりなんか下がりっぱなしだ。 考えてみれば、こんなに幸せなカップルもいないかも。 一番気持ちが通じ合った直後のオメデタ発覚、入籍、披露パーティー。 私と呉尊も幸せな結婚ができるのかな。 私たちはまだ日取りさえも決まっていない。 呉尊を見ると、なんだかぼんやりしている。 私が取り皿にとっておいた料理にも手をつけていない。 疲れてるのかな。

 

私がアミンのドレスのウエストの帯締めを結びなおしていると、少し酔った様子の亞綸がやってきた。

「結婚、おめでとう。 亦儒なら絶対に幸せにしてくれるよ。 ・・・姉さん。」

 亞綸はそれだけ言うと足早に去っていった。

 亞綸がアミンにむかって「姉さん」と言ったのを始めて聞いた。 アミンからも「姉さん」と呼ばれないことを相談されたこともあった。 そんな亞綸が“姉さん”と呼べるようになったんだ。

 アミンは感極まったようで、口元を両手で覆っている。 こぼれ落ちた涙を、亦儒がニコニコしながらハンカチで拭いてあげているのが微笑ましい。

 

大東、今日はほとんど飲んでないみたい。 すべてを冷静に受け止めているようにも見えた。

「この前の大東、すごくかっこよかったよ。」

「なんのことだよ。」

「別に~。」

  “あとのことはオレに任せて早く迎えに行ってこいよ!”と亦儒の背中を押した大東。 

 男の引き際を心得ていて、本当にかっこよかったな。

 アミンのお父さんと亦儒のお父さんは、始めの頃からずっと二人でビールを飲んでいた。 そしてアミンのお父さんは泣いていて、「よかったよかった」と同じことばかりを言っている。 そのそばで亦儒のお父さんが「本当に申し訳ない」と何度も誤り続けていた。 

 私の予感通り、“何事も起こらなければいい”という願いが、いとも簡単に破られてしまったけれど、“オワリヨケレバ、スベテヨシ”だ。  

ドレスのリフォームのことも満足している。 私ってピンチに強くなってきてるのかな。 ピンチをすごくエキサイティングで楽しかったって思えるんだから。

   

この仕事、やっぱりやめられない。

 

天職なんだって心から思えた瞬間だった。

    

      第二十四話「最後のキス」~ヒロ篇につづく・・・

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飛輪海小説『ステップアップ!』第二十二話~アミン篇

    第二十二話「太陽と月、亦儒とアミン」~アミン篇
 

 目が覚めると三時だった。 亦儒の寝息は深くてまだ目覚める様子はない。 わたしは身支度して、先に湖畔のベンチへ向かうことにした。


 書置きには
“最後に夜明け前の日月潭を見ておきたいから先に行ってます。”
 そう書いておいた。

 思い出のベンチに腰かけ、辺りをゆっくり見渡す。 夜明け前にここへ来るのは、昔、ママと一緒に来て以来だ。 まだ薄暗く、湖面には朝もやが深く立ち込めていた。 山際が薄紫色に染まっている。 空には白く細い糸のような月が、空の隙間のように存在していた。 ホッとした。 新月は終わったみたい。
 

  時間がたつごとに、どんどん変化していく日月潭は、どの景色を切り取っても違う味わいの絵になりそうだ。 その一枚一枚を全部文章で表現できるかな・・・。
 
  刻一刻と変わってゆく日月潭に魅了され、わたしはうしろからの足音に気付かないでいた。 ふと気付くと、亦儒がベンチの横に立っていた。 亦儒は気持ちよさそうに伸びをする。

「ふうっ、きれいだなぁ。 アミンが早起きしてでも見たいわけだ。 あれ、月だろ? あんなに細い月、初めて見たよ。」

「“繊月”って言うの。 わたし、繊月を見るのが好きなの。」

「アミンは新月が嫌いだからだろ?」

「・・・知ってたの?」

「昨日が新月なのも知ってたよ。 だから心配で気が気じゃなかった。 アミンが必要以上にマイナス思考になる日だから。」
 そう言いながら亦儒は優しい眼差しで、しっかりとわたしの目をみつめながら隣に腰掛けた。

「アミンは無意識だろうけど月のことをよく口にしてたよ。 だから初めはてっきり月が好きなんだって思ってて、月が出てるときに電話するときは、ベランダに出て月を見ながら話してたんだよ。 アミンも今、同じ月を見てるのかなって思いながら。 でもだんだんわかってきたんだ。 満月のときはすごく元気なのに、月が細くなるにしたがって元気がなくなっていく。 新月の日は元気なふりしててもボクにはわかったよ。 アミンの絶望感や不安な気持ちが。」
 
 亦儒はわたしの手をとり、もう片方の手をのせてしっかりと握る。

「もう見えない月にこだわるのはやめにしないか? 見える月はきれいだろ?  それでいいじゃないか。 ボクの月の女神さん。」
 
 亦儒は続ける。

「日月潭は太陽の形の“日潭”と、月の形の“月潭”が合わさって“日月潭”なんだろ? まるでボクたちのことみたいじゃないか? ボクがサンシャインでアミンが月の女神。 ボクたちが一緒にいるのは日月潭と同じで運命なんだ。」
 
 その瞬間、雷にでも打たれたようにわたしは心が震える感覚におそわれた。
 
 亦儒の一言一言が心と体にしみわたっていくようだった。

 昨日は一度も目を合わせてくれなかった亦儒。 だけど今日の亦儒のまなざしは、わたしだけにふりそそぐ太陽みたいだ。
 
 それなのにわたしは、何かやましい気持ちを抱えたままで、今の亦儒はまぶしすぎる。 でも大東のことをどう話せばいいのかわからない・・・。

「あれ? 止まってる。」

 亦儒は、握っていたわたしの右手の腕時計を見てそうつぶやいた。
 
 夜中の十二時前で腕時計は止まっていた。 亦儒はポケットから自分の携帯を取り出し、時間を確認すると、わたしの止まっていた腕時計のねじを巻いて時間を合わせてくれた。

「よし、午前三時五十二分。 これで月から太陽の絵に変わった。 ボクたちの夜明けだね。 まだ本当の太陽は出てないけど。」
 
 そう言って笑う亦儒の笑顔こそがわたしの太陽だって、そう伝えたいのに・・・。


 この腕時計は男物で「これを見て一日に何度もボクのことを思い出してほしいから」と言って、亦儒がプレゼントしてくれたものだった。  ジョルジオ・ロッシの手巻き式サン&ムーン・・・。 文字盤の窓に、午前は太陽、午後は月の絵が現れる。 手巻きは面倒だという人もいるだろうけど、亦儒はいろんな思いを込めてこの腕時計を選んでくれていたことに気付く。
 
 明けない夜はない。 必ず日は昇り、希望の光が差してくる。 わたしが落ち込んだときの絶望感から早く抜け出して欲しいという願いが込められていたんだ。
 
 そして恋愛も、ときには面倒なこともあるけど、自分で解決していかないと。
 
 やっぱり大東のこと、このままにはできない。 わたしは決意した。

「大東のことだけど・・・。」
 
 そうわたしが切り出すと、亦儒はわたしの唇を指で軽く押さえる。

「あのときのボクは嫉妬の塊みたいになってたんだ。 ボクがずっとアミンの精神面と小説を支えてきたって自負があったからね。 アミンの作品に、ボク以上に影響を与えたのが大東なんじゃないかって考えると・・・。 それくらいにあの最終回の内容は衝撃的だったんだ。 それで大東に嫉妬してしまった。 でもあんなふうな気持ちになったことが初めてだったから、どうその気持ちを処理していいかわからなくなって、アミンを無視したり、大東にぶつけてしまったんだ。
 あんなみっともない態度とって、アミンにどう向き合えばいいのかしばらくわからないでいたよ。 だから電話もできなかった。」
 
 亦儒はそこまで話すとベンチから立ち上がり日月潭に向かって話し続けた。

「実はさ、大東とアミンが思い合ってたのをずっと前から気付いてたんだ。 ホントにあきれるくらいに不器用な二人を見ていて、早くくっつけばいいのにって思ってた。 初めはね。」
 
 知ってたんだ。 大東のケンカ友達でいることは、楽しくもあったけど、つらいこともあった。 女扱いされてなくて、恋愛圏外女を演じなければいけなかったこと。 落ち込んでいたわたしを、幾度となく笑わせてくれていたのは、全部知っていて、わたしを励ますためだったんだ。

「だけどいつからか、このままお互いの気持ちに気付かないでほしいって思い始めたんだ。」
 
 亦儒は振り返ってわたしに向かって両手を差し出した。 わたしはその手を取ってベンチから立ち上がる。

「つまり、大東を健気に思い続けていたアミンを好きになったってこと。 だから今さら二人のことで、とやかく言えないんだ。 というか逆に大東に感謝しないとね。 ボクってかなりMなのかもしれないな。 他の男を思ってるアミンがたまらなく愛しいんだ。」
 
 亦儒らしいポジティブシンキングに納得させられる。 でも、わたしの気持ちを楽にしてくれようとしているのかもしれない。
 
 それに、そうじゃないのに! 今のわたしは前とは全然違ってる! 
 
 わたしはあふれ出すような思いを心にとどめておくことができなくなっていた。

「亦儒、わたし・・・尊敬してるとか、大事にしてくれるからとか、そんなことじゃないの。 全然違うの、前とはたくさんたくさん違ってるの。 だから亦儒は誤解してる・・・今のわたしは・・・。」
 
 何から伝えればいいのかわからなくなる。 そんなわたしの手をとったまま亦儒は優しい表情で見おろしている。

「何が違うか言ってみてくれないか。」

「あのね、亦儒の手に触れてるだけで、こんなにドキドキしてるの、わかってる?」

「うん。 それから?」

「わたしは絶対にイヤなの、もしあなたが他の人のこと少しでも考えたら・・・絶対にイヤだと思う。 今、想像しただけでイヤなんだもん。 だから絶対に絶対に他の人のこと好きにならないでね!」

「そんなことあるわけないだろ。 それから?」

「亦儒はわたしのことなんでもわかってるつもりかもしれないけど、一つだけ間違ってることがあるの。」

「それって何?」

「今のわたしの心の中にいるの、亦儒は自分じゃないって思ってるかもしれないけど、間違ってる・・・。」

「ボクでも間違うことがある?」

「そうよ! 絶対にまちがってる! わたしのことはわたしが一番わかってる!」

 でもなんて言えば一番伝わるかわからない。 支離滅裂で作家として情けないくらい、幼稚な言葉しか出てこない。

 でも胸がいっぱいで・・・。

「なんだか泣きそうなの・・・どうしよう・・・でもちゃんと言いたいの・・・亦儒にちゃんと言葉で伝えたいの!」

「ボクも聞きたいよ。 アミンの言葉がちゃんと聞きたい。」

 
 わたしはゆっくりと深呼吸して息を整えてから、亦儒を見上げる。

「・・・好きなの・・・あなたが誰よりも・・・好き・・・。」
 
 つないでいた両手を強く引き寄せられ、わたしの唇に亦儒の唇が重なる・・・。

 この世に、こんなに甘美な瞬間が存在するなんて、想像もつかなかった・・・亦儒のキスを、こんなふうに感じたのは初めてだ・・・お互いの気持ちが重なって、溶け合うようなキス・・・。

 
 わたしはずっと長い暗闇の中にいた気がする。 いつも一人だと感じていた。

 でも本当は違ってた。 わたしを助けてくれていた人がたくさんいた。

 そのことに気付かせてくれたのが亦儒。 わたしを導いてくれる太陽だ。

 太陽がなければ月が輝けないように、わたしには亦儒が必要なんだ。

 これから亦儒と一緒に生きていくことを・・・幸せになることを誓いたい。

 今がわたしと亦儒が幸せになる、大事な夜明け前なのだから・・・。

第二十三話「披露パーティーのサプライズ」~ヒロ篇につづく・・・

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飛輪海小説『ステップアップ!』第二十一話~アミン篇

      第二十一話「亦儒と別荘で」~アミン篇

 別荘まで手をつないで歩いてきた。 亦儒たちが日月潭に来たいきさつは詳しくは聞かなかった。 でもヴァネスが連絡してくれたことは確か。

 わたしがこの一週間どんな生活をしていたかを簡単に話し、ヴァネスのことも少しだけ話した。 あとはただ黙って夜の散歩を楽しんだ。 花火を観たり、手をつないで散歩するなんてこと、今までできなかったから。

 別荘に入るといい匂いがする。 もしかしてビーフシチュー?  キッチンの鍋にはわたしが夕べから仕込んだビーフシチューが入っていた。 テーブルにはオードブルとサラダ、パンなどが一人分きれいに並べてあった。 きっとヴァネスが用意してくれたんだろう。 

「わたしはもう同じものを夕方ペンションで食べたの。 亦儒は運転してて何も食べてないんでしょ?」

「ホントだ、もう腹ペコで倒れそうだ~。

 亦儒はおなかに手を当てて、よろけるマネをする。

 

 ビーフシチューを温め直して、味見をしようと小皿を口元に持っていくと、亦儒がうしろから小皿を横取りして味見する。

「うまい! このビーフシチュー、アミンが作ったんだろ?」

「どうしてわかったの?」

 ペンションを手伝っていたことは話したけど、料理を作っていたとは言っていなかったのに。

「一度、アミンんちで食べたことあっただろ? うまかったからよく覚えてるよ。」

 亦儒はそう言いながら小皿を返して、うしろからわたしの腰の辺りに腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。

 あれはまだ付き合う前だったはず。 一年も前のことなのに亦儒はちゃんと味まで覚えていてくれている。 かくし味にこだわりがある得意料理を褒められて嬉しくなる。

 

「ヴァネスって人、いい人だな。」

 耳元で聞こえる亦儒の優しい声が心地いい。

「うん。」

 わたしのために亦儒をよんでくれたヴァネス。 あのプロポーズはサプライズのためのお芝居だったのかな。

「アミンの初恋の相手だって? 結婚の約束してたとか?」

「やだ、ヴァネスから聞いたの? 子供のときのことよ!」

 いい人で終わらないのがヴァネスらしいところ。

「彼に怒られたよ。 もう一度アミンを泣かせたら、取り戻しに行くってさ。」

「・・・そんなこと言ってたんだ・・・。」

 ヴァネス・・・涙が出そうになる。

「わ、泣くなよ! ヴァネスが来るぞ!」

 二人で笑い合う。 ヴァネスのことならこんなふうに話せるのに、肝心の大東のことには触れられないわたしたち。 このままでいいのかな・・・。

 でも今さら切り出せない。   

「アミン、なんだか新婚みたいだな・・・。」

 ホントだ。 キッチンに二人で立っていると、そんな気分になってくる。 でもそう思うとちょっと緊張してきてしまう。 このあと、どうなるんだろ・・・。 

「あ、そうだ、ボクが食べてる間に、先にシャワー使っておいでよ。」

 亦儒の意外な言葉に内心驚く。 せっかく二人きりになれたんだから、こんな時こそ一緒に入りたがると思っていたのに。 なんだか亦儒の様子がおかしい気がしてきた。 よく考えたら目を一度も合わせてない。 面と向かって話してないということ? まだわだかまりがあるからなのかな・・・。

 

 シャワーを浴びながら、あれこれ考えるとますます緊張してくる。

 わたしと亦儒は、お互い実家だから、ほとんど二人きりで会ったことがなかった。 どちらかの家で食事をすることは何度かあったけれど、二人きりで会ったのは片手で数えられるくらい。 だから、そういうことになったのは、はっきり言えば二回しかない。

 初めてのときのことを思い出してしまう。 付き合い始めて二ヶ月になる頃、亦儒のうちに夕食に招待されたときだった。 てっきり亦儒のお母さんが夕食を作ってくれていると思っていたら、亦儒の両親とお姉さんは、遠方の親戚の結婚式に行っていて帰らないっていう。  そんな高校生みたいな真似をした亦儒が、律儀に慣れない手つきで一生懸命チンジャオロースーを作ろうとしていた。  テレビ番組で一度作ったから大丈夫って言いながらも、危なっかしくて、結局包丁で指を切ってしまった亦儒。  

 わたしは絆創膏を貼ってあげながら、そんな亦儒のことをなんだか急に愛おしくなっちゃって、その指にキスをしてしまった。 そしたら亦儒がキスしてきて・・・。 

だけどキッチンでのキスにはいろんなお邪魔虫がひそんでいた。 

 まず第一のお邪魔虫は炊飯ジャーだった。  炊き上がりのお知らせが鳴り始めたのだ。

急な展開のキスに、まだとまどっていたわたしは照れ隠しもあって「かき混ぜないと・・・」って言ったけど亦儒はとりあってくれない。 

 そしてわたしがだんだんうしろに下がっていくうちに、冷蔵庫の前まで来てしまった。 そして亦儒が冷蔵庫の扉に手をついたときだった。 亦儒は扉にくっついていたキッチンタイマーのボタンを押してしまったらしく、わたしの耳元でアラームが鳴り出したのだ。 これが第二のお邪魔虫。 

 わたしはおかしくおかしくて仕方なくなり、笑いが止まらなくなってしまった。

亦儒は「まいったな・・・、ぶちこわしだよ。 計画通りにはいかないってことか・・・。」そう嘆いたあと、急にわたしを抱き上げた。 それから亦儒の部屋に連れていかれて・・・。

 それまでは、なんでも相談にのってくれる頼りになるやさしいお兄さん的存在だった亦儒の、違う一面を見た日だった。

 さっきキッチンで、亦儒も思い出したりしたのかな。 あの時のこと・・・。

でもこのあと、どうなるんだろ・・・。 明日は四時には出発してイベントに間に合うように台北に帰らなければいけない。 睡眠時間八時間はムリでも、少しでも長く亦儒には休んでもらわないと。 

 わたしがシャワールームから出ると、お皿を洗い終わった亦儒が、わたしと顔を合わせる間もなくシャワールームに入っていった。 

 ベッドメイキングしてあるベッドは、わたしがこの一週間使っているダブルベッド一つのみ。 とりあえず、同じベッドでいいよね? 

 髪を乾かして、歯をみがいて、ベッドに入っても、なかなか出てこない亦儒。

 待ってる間、二度目のときのことを思い出してしまう。 

 ある日、ヒロから、「一度飛輪海のイベントって参加してみたくない?」と誘われ、高雄までヒロと二人で行ったことがあった。 握手会ではヒロのコーディネイトした完璧な変装で、わたしとヒロは飛輪海の四人に気づかれることなくクリアー。 亦儒が“サンシャインスマイル”をふりまいているのを遠くから見たけれど、自分の番のときはうつむいてばれないように必死だったっけ。

 そのあと、ヒロがとってくれたホテルに着くと、なぜかフロントも通らずに直接部屋までわたしを連れて行くヒロ。 チェックインは? ルームキーは?と不思議に思ってついていく。 そしてある部屋まできて、ヒロがノックすると、中から呉尊が出てきて、「やあアミン! 久しぶり。 あ、さっき握手したっけ。」と言う。 「じゃ、私はこの部屋だから。 アミンはむこうのほうの505号室だから。 おやすみ~」って・・・。 呆然としながらも、言われたとおり505号室をノックすると、出てきたのは亦儒だった。 そのときわたしの口から出た言葉といえば、「来ちゃった。」だ。 こんなよくドラマに出てくるようなセリフを言うしかないくらい、わたしは動揺していたのだ。 自分の小説には絶対に使いたくないフレーズ。 あとでヒロに聞いたけど、どうやら亦儒が呉尊に、なかなかわたしと二人で会えないということを愚痴ったらしい。 それで同棲し始めていた呉尊とヒロが不憫に思ったらしく、こんなサプライズを考えてくれたのだ。

 あのときの亦儒の喜びようはすごかった。 わたしがわざわざ会いに来てくれたと思ってすごく感動してくれたみたい。 いまだに亦儒は、呉尊たちの計画だったとは知らないでいるけど。

 亦儒がやっとシャワールームから出てくる。 着替えを持ってきてないからペンションのバスローブ姿だ。 わたしときたら、色気のないスウエット上下。 しかもノーメイク。 何か話さないと気まずい・・・。

「すっぴん見ないでね。」

「ああ・・・じゃあこっちのソファで寝ようかな?」

 やだ、まるで一緒に寝るのを拒否しちゃったみたい。 見ないでって言っちゃったから余計に目も合わせてくれないかも。 

「だめよ! それじゃぐっすり寝れないでしょ? こっち来て!」

 キャーこれじゃわたしが誘ってるみたい?

 ちらっと亦儒の様子をうかがうと、何か迷ってる様子の横顔。 それからルームライトのあかりを下げて薄暗くしてくれる。

「これならよく見えないから大丈夫だろ?」

 そういえば、高雄のホテルのときもこうやってぎりぎりまで暗くしてくれたんだった。

 また思い出しちゃった! もしかして亦儒も? このスウェット、あのときも着てたし!

 そう思った瞬間、亦儒の体が近づいてくる。 まだ心の準備できてないったら! 心臓爆発しそう!

「ごめん、そこのボクの携帯とって! 明日三時半にアラーム鳴るようにしとかないと・・・。」

 なんだ・・・。 ホッとしたようなガッカリしたような・・・。 ううんガッカリしてないったら! 

「おやすみアミン・・・。」

「・・・おやすみ・・・。」

 おやすみのキスもないなんて・・・。 亦儒が何を考えてるのかわからないのが不安・・・。 ホントにもう怒ってないの? なんだか寝付けないかも。 思わず小さくため息をついてしまう。

「あのさ、アミン・・・。 キスしたいけど、やめとくだけだから・・・。 ここのとこあんまり寝てなくてさ。 明日事故らないようにしたいから寝とかないと。  この状況で自分を抑える自信ないからさ・・・。 さっきちょっと近づいただけでもう・・・・。」

 亦儒はわたしのことなんでもわかってくれてる。 わたしの不安を取り除こうとして、あんなことまで言ってくれたのにわたしったら自分のことばかり・・・。 すごく自分がイヤだ・・・そう思ったときだった。 

 亦儒の右手がわたしの左手をぎゅっとにぎりしめた。

 亦儒の優しさがスーッとわたしの自己嫌悪をやわらげていく。

 しばらくして亦儒の寝息が聞こえてくる。 もう眠っちゃったの?  

 本当に疲てたんだね。

 心配かけてごめんなさい。

 おやすみ、亦儒・・・。

第二十二話「太陽と月、亦儒とアミン」~アミン篇につづく・・・

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   目次と登場人物~大東&亞綸篇

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飛輪海小説『ステップアップ!』第二十話~ヒロ篇

                  第二十話「亞綸の孤独」~ヒロ篇

 私と亞綸は、ヴァネスという人の勧めで、彼のペンションに泊めてもらえることになった。

 アミンが幼い頃からの知り合いで、別荘の管理人の息子さんらしい。 亞綸は「兄貴」と呼んで慕っているようだった。 

 そして今、遅めの夕食までごちそうになっているところだ。

「すいません、急なのに泊めていただいて。」

「かまわないよ、こっちが呼び出したようなもんだし。 それに食中毒のせいでキャンセルが出てさ、部屋はがらあきなんだよ。」

 え? 食中毒? スプーンを持った手を思わず止める。 多分驚きが顔にも出ていたんだろう。

「あ、ちがうちがう! うちがじゃないよ! お客が別のところでね。」

「ヴァネス兄貴、驚かさないでよ!」

「ちなみに、このビーフシチューはアミンが作ったんだ。 うまいだろ。」

「そうやって姉さんのこともペンションでこき使ってたんだ。」

 でもアミンはきっと気がまぎれたにちがいない。 

「あの・・・どうしてあんなメールを?」

 実は亞綸の携帯にヴァネスから脅迫メールが届いたのだ。 みんなでアミンの行方を心配いている最中だった。

“アミンは預かった。 返して欲しければ相手の男を連れて来い。 

 すぐに来なければアミンはオレがもらう。         兄貴より”

 湖を寂しげにみつめるアミンの後姿の写メつきで。

 

「驚いたよ~、兄貴からメールもらうなんて三年ぶりだったし、内容が内容だしさ。 ホントどうしてだよ。」

「どうしてもこうしてもないさ、文面どおりだ。」

「じゃ、“オレがもらう”ってのは?」

「今日、アミンにプロポーズしたんだ。」

「プロポーズ!? 兄貴が姉さんに!?」

「ま、結局ジャックの本当の兄貴にはなりそこねたみたいだけどな。」

 
 
 
 食事が済んだあと、私と亞綸はそれぞれの部屋でゆっくり休むことにした。

 明日のイベントは午前中からリハーサルが始まる。 一人のこってくれた大東や、楽しみにしているファンのためにも、なんとか間に合うように台北に戻らないといけない。 

 ここのところ、どうやらあまり眠れていなかった亦儒の疲労はピークにきていたようだ。 亦儒、明日は早いから、今夜はよく眠れるといいんだけれど・・・。

 目覚ましのアラームをセットしようと携帯を見ると、大東からの着信だらけに気付く。 いけない! 大東に連絡するの忘れてた! 

 大東も、本当は一緒に来たかったに違いない。 それなのに我慢して残ってくれた。 もし三人とも行って、イベントに間に合わないようなことがあったら大変なことになるからだ。 大東のプロ根性は半端じゃない。   

 亞綸は「ボクに来た脅迫状だぞ! ボクが行かないと別荘の場所もわからないくせに!」そう子供みたいにごねてついてきたのだ。

 

 大東に電話したら、すごく怒っていた。 亞綸も連絡してなかったらしい。 アミンの無事と、二人はもう大丈夫だと思うって伝えたら、「そうか。」と一言だけつぶやき、「絶対に明日遅れるなよ!」と言って切られてしまった。 ごめんね、大東。

 シャワーを浴びようと思い、Tシャツを脱ごうとしたときだった。 ノックの音と「入っていい?」と亞綸の声が聞こえ、あわてて脱ぐのをやめる。

 亞綸はもうシャワーを浴びたみたいで、ペンションのバスローブを着ている。 髪はまだ濡れていた。 刺激的すぎる姿に内心ドキっとする。

「ボクの部屋のドライヤー壊れてるみたいでさ、ヒロのほうの貸してよ。」

 なんだそんなこと?

ドライヤーを渡そうとしたのに、受け取らず、ひょいっとベッドに飛び乗る亞綸。

「ついでだからヒロが乾かしてよ。」

 この子ったらまったく! どこか修学旅行気分の亞綸にしばらく付き合うことにした。 私はベッドに腰掛けて、亞綸の髪を乾かし始める。

「花火きれいだったな~。 ヒロと一緒に観れてよかったよ。」

「そうね。 亦儒とアミンの仲直りには絶好のシチュエーションよね。」

「二人の話はしないでよ! 今は思い出したくない。」

 そっか、そうだよね。 今ごろ二人は・・・って考えると気が気じゃないよね。 まだ割り切れないでいる亞綸のシスターコンプレックス。

 でも今夜はもう一歩、踏み込んでみようかな。 私の部屋に来たこと後悔するかも。

「亦儒じゃ不満なの? 嫌いじゃないんでしょ?」

「・・・好きとか嫌いとかの問題じゃない・・・。 亦儒のことは好きだし尊敬してるよ・・・。」

 少しすねたような声で答える亞綸。 私はしばらく黙って髪を乾かし続ける。 亞綸のもどかしさが伝わってきた。 自分で自分の感情をコントロールできないでいるもどかしさ。 どうしてあげればいいんだろう。 

 髪が乾いてドライヤーを置いても、私はそのまま亞綸の髪をなで続けた。 まるで幼い子供にいいコいいコするように・・・。 ベッドの上でひざを抱える亞綸は本当に子供みたい。 

「アミンと一緒にいられなくなると寂しい?」

「・・・うん。」

「好きなのね?」

「・・・うん。」

「アミンをとられたくないのよね? 誰にも。」

「・・・うん。」

「でもずっと結婚できなければいいとは思ってないんでしょ?」

「・・・うん。」

「幸せになってほしいよね?」

「うん。」

「祝福してあげられるよね?」

「・・・多分・・・。」

「亞綸、偉いね。」

 突然亞綸に抱きしめられ、少し驚いたけれど私はそのままでいることにした。

「いつも子供扱いだな、ヒロは・・・。」

「・・・イヤなの?」

「・・・イヤじゃない。 ヒロの子供扱いは心地いいから。」

 しばらく私も亞綸も黙っていた。 それから口火を切ったのは亞綸だった。

「・・・ヒロも・・・幸せになるんだろ?」

「私も幸せになるつもりよ。」

 本当は、何が私の幸せなのかを見失っていた。 仕事をしながら会えない日々が続く結婚生活なのか、仕事を諦めてずっと呉尊と一緒にいられることが幸せなのか・・・。

「なんでボクの好きな人はボクから離れていくんだろ。 ヒロはブルネイだろ? 解散したら、呉尊も亦儒も今みたいに会えなくなる・・・。」

「何言ってるの、亦儒はお兄さんになるのよ。 すぐ近くのマンションに住むんでしょ? 私と呉尊だって、一年の半分は台北よ。 遊びにくればいいじゃない。 それに大東がいるでしょ。」

「そんなの全然ちがうよ。 ヒロだって本当はわかってるくせに。」

 そう、わかってる。 一緒に住んでた家族から離れて、別の家族を作るって、それは一番大切な人が変わるってこと。 四人は飛輪海という絆で結ばれていたけど、その絆が現実から思い出になってしまう寂しさ・・・。

 感受性の強い亞綸が、一番切実に感じていたんだ。 私にしか甘えることができなかったのに、もっと早く気付いてあげてればよかった。 

    

 私はよくアミンと姉妹にまちがわれる。 顔は似てないけど、雰囲気や考え方、話し方が似ているらしい。 それまで周りには男性タレントやニューハーフのスタイリストが多くて、話し方が男っぽかったりオカマっぽいのが混ざってると言われていた私が、アミンの中国語をお手本にするようになったからだろう。 

 亞綸が私にこだわるのも、私がアミンに似ているからかもしれない。

 

私が今すぐフリーのスタイリストになるって言ったら、亞綸はどうなってしまうだろう・・・。 

 呉尊、私はいったいどうすればいいの? どうしてあなたは林志玲のオファーを受けることに賛成なの?  なぜ連絡をくれないの?

 いろんな思いが交差して、胸がいっぱいになる。 自然と涙があふれ出して止まらない。

「ヒロ? 泣いてるの? どうしたの?」

 私を抱きしめていた亞綸の胸で、今度は私が子供みたいに泣いてしまってる。

 何か言おうとしても言葉にならなくて・・・。 我慢しようとすると余計にしゃくりあげてしまう。

「好きなだけ泣けよ。」
 

 亞綸の腕にぎゅっと力が入るのがわかった。 亞綸の男っぽい一面が珍しく顔を出す。 それまで子供みたいだった甘えん坊の亞綸はもういない。


     第二十一話「亦儒と別荘で」~アミン篇へつづく・・・

    目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

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飛輪海小説『ステップアップ!』第十九話~アミン篇

      第十九話「ヴァネスのプロポーズ、日月潭の花火」~アミン篇

 日月潭に来てから何日たったんだろう。 ペンションの食事の準備を手伝いながら、他の時間は湖畔や林の中をのんびりと散歩する毎日に、すっかり慣れきっていた。 

 
 宿泊客の若い女の子は誰もがヴァネスに関心があるみたいだった。 中にはヴァネス目当てで泊まりに来ている女の子もいるくらいだ。 

 食事の時間、ウエイターをつとめるヴァネスに対する女の子たちの熱い視線に、

「ハーイ!」とウインクや投げキッスでこたえるヴァネス。 昔のヴァネスからは想像できない。

 
 そんな話をヴァネスの妹のメロディーにしていると、ヴァネスが横やりを入れてくる。 


「ジェラシーって言うんだよ、そういうの。 大丈夫! アミンを一番愛してるよ!」

 
 ヴァネスはハグをしようと両手を大きく広げてわたしにむかってくる。 

「兄さんったら、そんな調子じゃアミンはおとせないわよ!」

 
 わたしはメロディーが経営している、台中市内のカフェに来ていた。 次の小説のことをヴァネスに話したら、自慢の4WDの車をとばして連れてきてくれたのだ。 雰囲気もよくて次回作のカフェのモデルにうってつけお店だった。 街の様子からお店の外観、内装の細部まで、いったい何十枚シャッターを切ったことだろう。 写真を撮っている間は亦儒のことも忘れて無心になれた。      

 
 そして、今まさにこのカフェに来ている女の子たちも、ヴァネスを見て色めきたっている。 タンクトップ姿のヴァネスの鍛えた体はどこへ行っても注目の的にちがいない。 

 

 この間三十歳になったばかりのヴァネス。


「まだ嫁をもらわない息子にペンションはまかせられない!」とヴァネスのお父さんはため息をついていたっけ。 


「ねえアミン、母さんがこの前電話してきたわよ! 兄さんの嫁候補が現れたって!」


「それって誰? どこに?」


「アミンのことに決まってるじゃない! 料理もできて器量よし! 言うことないって~」


「オレはいつでもOKだよ。 アミンとの約束を信じてずっと待ってたんだからさ! どうか結婚してださい!」

 
 ヴァネスが胸に左手をあて、もう片方の手を広げて大げさにプロポーズのまねごとをする。 ヴァネスの軽口にも、すっかり慣れてしまった。 いちいちむきになって相手をしていたら日が暮れてしまう。  


「それより、アミン! ジャックはちっとも別荘に来てくれなくなったわね。 やっぱり飛輪海って人気があるから忙しいのよね?」


「飛輪海? なんだそれ? ジャックとなんの関係があるんだ?」


 “ジャック”は弟のアメリカ時代の英語名だ。 弟は幼い頃、前のお父さんの仕事の都合でアメリカで暮らしていた。 

 
 弟は高校生のときや、大学に入ってからも、デビューまではよく友達と一緒に別荘に泊まりに行っていた。 食事はペンションで食べていたらしいので、ヴァネスたちと知り合っていた。 

 
 どうやらヴァネスは飛輪海を知らないみたい。  


「兄さん、ホントに知らないの? 飛輪海ってすごく人気のあるアイドルなんだから! 炎亞綸って名前、聞いたことない? ジャックったら前より断然素敵になっちゃって! あ~炎亞綸に会いた~い!」


「生意気なガキだったぞ。 “兄貴”って呼ばせてウエイターに使ってたけどな。 だけどジャックがいると泊まりに来てる女の子はみんなあいつに夢中で面白くなかったな。」


「アミンは当然一緒に住んでるんでしょ? 血の繋がらない姉弟ってどんな感じ?」

 
 メロディーは興味津々な顔で聞いてくる。 返答に困る。 なんとも思わないと言ったら嘘になるからだ。 初めて会った十二歳のころから弟はみんなが振り返るくらいの美少年だったし、わたしの高校の同級生たちがこぞってうちに遊びに来たがったくらいだ。 

 
 十年たって慣れたとはいえ、今だって弟に上半身何も着ない姿で部屋をうろうろされると、ドキドキしてしまう。 なんとも思わないふりをしているけれど・・・。  


「あのなメロディー・・・、あんなガキの一人や二人、アミンの理想からは程遠いぞ。」


「アミンの理想って?」


「もちろんオ・レ!」


「はいはい! もう勝手に言ってて! ねえ兄さん、そういえば今夜花火大会でしょ?」

 
 今度ばかりはヴァネスのナルシストな軽口に助けられたかも。


「宿泊客満室でしょ? あたしペンションの手伝いに行こうか? アミンにばかり手伝わせたら悪いもの。」


「あぁ、そうそう言い忘れてた。 いつも花火大会に泊まりに来るツーリングの奴らが、昨日の宿泊先で食中毒になったらしくてさ、今朝電話があったんだ。 だから五部屋キャンセルだ。」


「うそ! 五部屋も? じゃ一年で一番忙しい今日が暇になっちゃったんだ!」


「だからこんなところで油うってるんだろうが。」


「こんなところで悪かったわね!」

 二人を見ていると漫才みたいであきない。 こういうなんでも言い合える兄妹ってちょっとうらやましい。

            *    *    *

 台中から日月潭へ戻る車の中で、ヴァネスとの会話が途絶えたときだった。


「今夜、一緒に花火を見ないか? あのベンチで。」

 
 どうしたんだろう。 いつも勝手に現れて勝手に去っていく気ままなヴァネスなのに。


「どうしたの? そんなあらたまって。」


「そのとき返事を聞かせてくれないか。」


「何の返事?」


「プロポーズの。」

 
 まさか本気だったの? 全部冗談だと思ってた・・・。 運転しているヴァネスの横顔は真剣だった。 行きの車の中では、前もろくに見ないでわたしに向かってちょっかいばかりかけていたヴァネス。 今はウィンクもハグも軽口もない。 どう答えていいのかわからなかった。


「小説はここでだって書けるだろ。」


「でもわたしには・・・」


「アミンを泣かせてばかりで迎えにも来ないヤツのことは関係ない。」

 
 わたしが毎日湖畔のベンチで泣いているのをヴァネスは知ってたんだ・・・。  


「このままじゃ日月潭がオマエの涙でしょっぱくなっちまいそうだ。」

 
 外の景色は山林が続いている。 次々と過ぎ去っていく木々。 窓から入ってくる風が冷たくて気持ちいい。 ヴァネスは本気だ。 

             *    *    *

 太陽が沈み、花火の打ち上げが始まった。 ヴァネスは数少ない宿泊客の給仕と片付けを終えてから駆けつけると言っていた。 ひとり湖畔のベンチの近くで花火を見ながらヴァネスを待っていた。 

 
 夜空は漆黒のスクリーンとなって花火を鮮やかに映し出す。 月の姿はない。 今夜が新月だということにはもちろん気付いていた。


 ヴァネスのこと、亦儒のこと・・・抱えきれなくなりそうで不安になる。 最近のわたしは新月というだけで気持ちが落ち込んでいってしまう。 そんな時にいつも助けてくれた亦儒はいない・・・。 携帯も、亦儒からかかってこないことを確認したくなくて電源を切ったままだった。 そんな後ろ向きな自分がイヤになった。 


 涙が頬をつたう。 日月潭がしょっぱくなるって言ったヴァネスを思い出し、口元が緩んだ。 まだ思い出し笑いができるんだ。 そう思うと少し元気がでてきた。 ヴァネスのおかげだね。 いつまでも新月のせいになんかしてられない。


 うしろから小石を踏む足音が聞こえる。 ヴァネスがやってきた。 ちゃんとヴァネスの気持ちにこたえないと。 わたしは涙をふき、振り返らず、花火の音に負けないように、大きな声でまっすぐ日月潭に向かって叫んだ。 


「わたし、もう泣かなーい! 明日台北に帰るー! 彼の気持ちを取り戻せるように頑張るからー!」


 叫び終わると同時にうしろから抱きしめられる。 

 

 

 

 

 

 
 それがヴァネスでないことはすぐにわかった。

 

 

 

 

 

 
 
  亦儒・・・。
 

 

 

 

 どうしてここに? 

 
 車をとばしても四時間はかかるのに。 

 

 すごくすごく会いたかった。

    

 

 でもなんて言っていいか、言葉がみつからない。

 

 
 
 わたしたちは、ただだまって花火を観ていた。

 

 最後にあがった大きな花火の火の粉がすべて消えてしまってからも、わたしたちは名残惜しむようにしばらくそのままでいた。 


 それから亦儒は抱きしめていた腕をほどくと、わたしの右手を恋人つなぎみたいに握ってゆっくりと歩き出した。

 

 そばにとめてあった亦儒の車に戻ると、フロントガラスのワイパーに、メモがはさんである。

 
”明朝四時、ここに集合! 時間厳守よ! 
 私達はペンションに泊まるから。      ヒロ

 安全運転のため睡眠八時間厳守! 同室厳禁!     庚霖“

 
 メモにはそう書いてあった。 ”庚霖”は弟の本名だ。 ヒロと弟も来てくれてることを初めて知る。


「八時間厳守ってなんだよ! アイツ、オレにもう寝ろってか?  同室厳禁ってどういう意味だよ!」


 久しぶりに聞いた亦儒の第一声がこんな言葉だったから、おかしくて仕方ない。 


「笑ったな。 アミン。」


「そういう亦儒も笑ってる。」


 笑顔でいられること。 つないだ手があったかいこと。 今はそれが何よりも嬉しかった・・・。

   第二十話「亞綸の孤独」~ヒロ篇につづく・・・
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   目次と登場人物~大東&亞綸篇

   目次と登場人物~SP          日月潭の画像はコチラ

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