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飛輪海小説スピンオフ『Kiss Me Now !』Ep.6

                        Ep.6 「ソルティKISS

 

ジニー篇

 あれから禹哲が初めて作曲した楽譜は、翌朝アタシが手直しして無事提出できた。そして編曲家や音楽プロデューサーから大絶賛された。あの曲は切なくて心に響くものがある。禹哲がどんな歌詞をつけるのかまだわからないけど、失恋ソングになる気がしていた。きっとHIROを思って書いたにちがいない。

 アタシと禹哲の関係は、相変わらずな部分と、不思議な連帯感とが半分半分になった気がする。
 でもあのヤキモチキス以来、一度もキスはしていない。そんな雰囲気になることを禹哲が避けている気もする。アタシの気持ちに気がついてしまったんだろうか。アタシは精一杯、なんでもない顔を演じているのに・・・・・・。

 

 今日は唐禹哲にとっての初めてのドラマ撮影初日だ。プロデューサーたっての希望で他の事務所の俳優との配役交代があったことが少し気がかりではあるけれど、この業界、そんなことは日常茶飯事だ。気にしてなんかいられない。

「ふん、大きい事務所のヤツは簡単に人の役を奪っていきやがる・・・・・・」

 アタシと禹哲がスタジオ入りすると、予想通り例の俳優が聞こえよがしに嫌味を言ってきた。

「おはようございます! 今日からよろしくお願いします!」

 禹哲は、アタシもびっくりするくらい大きな声で爽やかに挨拶した。その様子に相手も面食らった様子だ。芸能界で生きていく自覚が芽生えたの? なんだか禹哲の成長が誇らしい。

 このドラマのプロデューサーは女性で、女心を掴むステキなアイドルドラマを数々手がけている。アタシは十代の頃から彼女のドラマで育ったようなもので、“恋愛のバイブル”ともいうべき存在だ。彼女も、禹哲の潜在的な魅力を見抜いてくれたにちがいない。だからあの俳優も一緒に仕事をしているうちに、きっと納得してくれるはずだ。

 だけど撮影に入ってからも、彼とのギクシャクした感はぬぐえない。何かモメ事が起きなければいいけど・・・・・・アタシの嫌な勘は当たる確立が高い。そしてやっぱりその勘は当たってしまった。

 それは主役カップルの出会いのシーンで、その二人だけにカメラが向いている時だった。

 例の俳優が軽く伸びをしたかと思うと、体操するように腕を振り回したのだ。その腕が禹哲の口のあたりに激しくぶつかるのをアタシは確かに見た。

 禹哲は何事もなかったように演技を続け、笑顔でセリフを言っているけど、絶対にかなり痛かったはずだ。それなのに・・・・・・。

 アタシの胸はキュンとなる。そして心の中で「好き」ってつぶやいていた。

「カット! はいOK!

 禹哲の今日唯一のシーンが終わった。いい役だけれど、まだ端役に過ぎず、出番はかなり少ない。アタシは共演者に挨拶をしてから禹哲を連れて一旦楽屋に戻った。

 

「唐禹哲、よく我慢したわね。エライぞ、いい子いい子」

「俺はガキかよ、ッツ・・・・・・」

 禹哲が顔を歪めた。

「大丈夫? どこが痛いの?」

「たいしたことない。口ん中ちょっと切っただけだ」

 強がる禹哲にもっとキュンとして、アタシの母性本能はエスカレートしていく。アタシは禹哲の顎に片手を添えて言う。

「ほら、見せて、ア~ンして」

「だからガキじゃねえって」

 頬をサッと赤らめ、顔をそむけた禹哲に、さらにテンションが上がっていく。すねた子供のような唇をこんなにも愛おしく感じるなんて・・・・・・。

 両手で禹哲の頬を挟み自分に顔を向けさせると同時に、すねてとんがった禹哲の唇にそっと自分の唇を押し付けると、禹哲は驚いたのか少し口を開けた。アタシはその隙に彼の口の中の傷口を舌で探しあて、そっとなめてみてから唇をはずした。そして急いで、

「単なる大人のご褒美よ」

 そう高飛車に早口で言ってみた。照れもあったし、アタシの本心を悟られたくなかったから。だけど予想に反して禹哲の顔は赤くなるどころか、少し冷めたような目でアタシを見ていた。

「ご褒美というより、罰ゲームだな」

 禹哲はそう言って苦笑いを浮べた。

「か、監督さんに帰る前に挨拶してくる・・・・・・」

 やだやだ! バカバカ、恥ずかしい! 何やってんだろ! 楽屋を飛び出すと、廊下には例の俳優の女マネージャーが、他の共演者のマネージャーたちと一緒にいるところに出くわしてしまった。

「あの唐禹哲って、才能もないうえに女たらしで、とっかえひっかえ遊んでるって噂ですよ! その上、役を奪い取るためにプロデューサーとホテルにまで行ったとか」

 アタシはツカツカとその女マネージャーに歩み寄ると、自然と手を振り上げた。そして思い切りその手を彼女の頬めがけて振り下ろした時だった。

 誰かがアタシの手首を掴んだ。それは禹哲だった。禹哲はそのままアタシを楽屋の中にひっぱり込みバタンとドアを閉めると、怒りに満ちた表情をアタシに向けた。

「バカか! さっき俺が我慢した意味がなくなるだろうが!」

「だって!」

 言い訳の言葉を捜す。でも急にノドがつまって涙が溢れ出した。

「だって禹哲がとっかえひっかえ遊んでるって・・・・・・昔はそうだったかもしれないけど、ヒック・・・・・・今は、今の禹哲はそんなこと絶対しないのに! 禹哲が好きなのはたった一人の人だもん! ずっとずっと思い続けてるだから! 才能だって、絶対に絶対にあるんだから!」

 禹哲は掴んでいた手首を引き寄せると、アタシの体を強く抱きしめた。キスされたことは幾度かあっても、こんなふうにただ抱きしめられたのは初めてだ。まるで泣いてる子供をなぐさめるようにアタシの肩を強く、それでいて優しく抱いてくれている。アタシが泣き止むまでずっと・・・・・・。

 それから禹哲は抱きしめていた手をゆるめると「汚ったねえ顔」と無表情で言いながらティッシュをアタシの顔に押し付け涙と鼻水を拭いてから今度は覗き込むようにみつめてきた。それは少し眉間にしわを寄せたような真剣な、初めて見たような表情だった。そして顔を傾けゆっくりと唇を近づけてくる。自然と目を閉じるとすぐに唇が重なり、まるで全身の血が駆け巡るくらいに沸き立つ気がした。

 こんないとおしげなキス初めて・・・・・・これはアタシへのご褒美キスなの? アタシの口の中は涙で少ししょっぱくて、禹哲のキズの血の味と混じりあっていくソルティキス・・・・・・。

「な、何やってんだ! おまえたち!!」

 その大声にアタシは心臓が止まりそうになった。その声の持ち主こそが、禹哲に恋愛禁止で契約させた上司張本人なのだ。

       *       *       *

 一週間の謹慎。それがアタシに科せられた最初の処分だった。他の事務所のマネージャーへの暴行未遂と、所属タレントにキスした契約違反。

 アタシはその間、何をするでもなく家に閉じこもってたり、一人で街をブラブラしてすごしていた。今日で七日目。

 後悔はしていない。多分、この仕事を失うことになるだろうけど、アタシは絶対に後悔しない。そう自分に言い聞かせるだけの毎日。

 禹哲が契約解除にならないのなら、アタシはそれでいい。アタシの代わりはいくらでもいるけど、禹哲の代わりに値する人なんてこの世にはいないから。

 気がつくと、禹哲のダンスレッスンスタジオのそばまで来ていた。今日はレッスンの日なのかそうでないのか、今のアタシには分からない。禹哲のスケジュールを把握しない日が来るなんて、考えもしなかった。バッタリと出くわさないうちに離れないと。

 街を歩いていると、CDショップに脚が自然と向く。禹哲の数少ないCDを、目に付くところに並び替えるのが日課だった。店内に女の子たちが楽しげな様子で入ってくる。早速禹哲のCDに目を留める彼女たち。

「唐禹哲って優しそうなのにどこかミステリアスでいいよね~絶対に大失恋とか経験してそう。それで、いまだにその人だけのこと思ってるとか」

「そうそう! そんな感じ~!」

 禹哲って案外わかりやすいヤツなんだ。ミステリアスどころか完全に見抜かれちゃってるじゃない。

 でも禹哲の本音なんて、そばにいるほど分からなくなるものだけど、ただひねてるだけじゃないってことだけは、今のアタシにはわかる。お姉さんと全然雰囲気が違うのも、何か過去に理由がある気がしていた。そのミステリアスな部分がアーティスト唐禹哲の魅力の一つなのだけど、アタシにとって素の唐禹哲も、いつまでも心を掴めないミステリアスな存在のままなのかもしれない。

禹哲篇

「ねえねえ禹哲! 今、魯肉飯買って戻る途中で誰を見たと思う?」

 新しく担当マネージャーになった古株の孫さんは、噂好きのウザイおばさんだ。俺への処罰がまさかこんな形になるとはな。おそらく道で有名人でもみかけたんだろう。ハードなダンスレッスンで腹ペコの俺は答えずに好物の魯肉飯をかきこむ。 

「なんとジニーよ! あの蘇季妮!」

 俺は危なくむせそうになった。

「元気がなかったわね~。声をかけるのもためらわれたわよ! っていうか道の反対側だったから声もかけられなかったんだけどね」

「俺、マンゴーアイス食べたくなったから買ってくるよ。孫さんも食べる?」

「え? あら行ってくれるの? じゃあお願い・・・・・・って返事も聞かずに飛び出してったわ・・・・・・」

 魯肉飯の店がある通りの反対側を、ひたすら走る。アイツに一度がつんと文句を言ってやらないと気がすまない。

 ここらへんで鶏女が寄りそうな店・・・・・・アイツがよく天津葱抓餅を買っていた店を覗くが姿はない。くそ、もう当てがない。俺はアイツのことをほとんど知らない。だが数件先のCDショップが目に入る。あそこでよく、俺のCDが売れているかをチェックしていたはずだ。店に飛び込むが、やはり姿はなかった。

 こんなに走ったのは久しぶりだ。息が切れてしばらく手を膝につき、治まってから顔を上げると、目の前の一番目立つ場所に俺の顔がずらりと並んでいる。新発売でもないのになんで・・・・・・。

「あっ! またあのコ、勝手に並べかえってったな。よっぽどの唐禹哲ファンなんだな」

 店長らしき男から俺は思わず身を隠す。

「ああ、店長。そういえばさっき来てましたよ。あのコ、よその店でも並べ替えてるのを見たことありますよ、オレ」

 どんな地道な作戦だ、鶏女のヤツ! アイツ、あれから俺が電話しても出やしない。前まではそんなこと一度だってなかったはずだ。俺の電話を無視するなんていい度胸だ。チマチマメールを打つ気にもならなければ、アパートを訪ねるのもなんだか気がひける。第一、なんで俺がアイツを追っかけるようなまねしなけりゃならないんだ! 

 このままクビになるのを指くわえて待ってるだけの鶏女に腹が立つ。それだけじゃない、アイツは上司に「アタシが無理矢理キスしました。処分はアタシ一人が受けます」と言ったらしい。恩着せがましいウザイまねしやがって! このままじゃ俺の怒りは収まらず、アイツを怒鳴りつけずにはいられない。アイツに会って、目の前で!

              Ep.7「KISS LESS」へつづく・・・・・・

目次と登場人物~Kiss Me Now !
目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

目次と登場人物~大東&亞綸篇

目次と登場人物~SP

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