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飛輪海小説『ステップアップ!』SP~最終章

           最終章 「誓いの言葉」

大東篇

「可愛い寝顔ね・・・二人とも。見ていて飽きないわ」

 西太后ベッドの真ん中に眠っている偉偉と裕惠を、オレたちはさっきからずっと眺めていた。スタンドの灯りに浮かび上がる二人の寝顔は天使のように見える。

「阿明たち、今頃どのへんかしら?」

「うん・・・半分ぐらいのところじゃないかな」

「日月潭って阿明たちにとってどんな思い出があるの? 大東知ってる?」

「さあな・・・」

 詳しいことは知らない。3年前の夏、旅行先から戻らない阿明を心配した亦儒が、阿明を迎えに行ったのが日月潭だった。あの日、そこで何があったのかなんてオレにはわからない。ただ、あの日から阿明が、なんの迷いもためらいもなく亦儒に愛情をそそぐようになったってことだけは、イヤでもわかっていた。

 

 今日は呉尊とヒロの結婚式だったはずなのに、阿明と亦儒までもが二度目の式を行い、みんなの後押しで初めてのハネムーンへと旅立った。

 そういった成り行きで、オレたちは二人の愛娘である裕惠を預かることになり、櫻雪の家の超特大ベッド“西太后ベッド”に、四人で眠ることになったわけだ。

 それにしてもこのベッド、子供たちと四人でも充分な大きさだ。解体して結婚式前にオレのマンションに運び込むことになっているが、オレの部屋の半分を占めそうだ。部屋の隅には机を置いて、そこで翻訳の仕事をしている櫻雪をオレは眺めながら眠る日もあったりするはずだ。そう想像するだけで、オレの人生は幸せとしかいいようがない。

 そして今、偉偉と裕惠の寝顔を眺めている櫻雪はいつになく幸せそうだ。伏し目がちに微笑んでいるのがやけに色っぽく見えてドキッとさせられる。だけどオレたちの間には二人の天使たちが眠っていて、どうすることもできない。

「ねえ大東、裕惠と偉偉のこと、どう思う?」

「ん? どうって?」

「裕惠は偉偉のこと好きみたいよね? 初恋なんじゃないかしら」

「初恋? 早すぎるだろ! まだ1歳だぞ、裕惠は・・・」

「あら、年齢なんて関係ないわ。裕惠を見ていてわからなかった? そうよね、あなたは女の気持ちに鈍感だもの」

「だけど今の櫻雪の気持ちはよくわかってるつもりだけどな」

「なあに? ホントにわかってる?」

「ああ、オレのこと好きで好きで仕方ないって。だろ?」

「わかっちゃった? ふふっ」

 くったくなく笑う櫻雪の笑顔に、オレはもう抑えきれず、眠っている偉偉と裕惠の上に身を乗り出して櫻雪にキスをする。シャンプーの香りが拍車をかけ、キスをやめることは難しそうだ。

 櫻雪の魅力は、自分を飾らず、いつも正直なところだ。たまに強がることもあるけれど、さりげない心遣いができる大人のいい女だ。だが最近、いい女はいい女でも、“物分りのいい女”になってきた気がする。

 今も、オレが首筋に唇を這わせると、ためらいは感じられるものの抵抗はしない。櫻雪はいい意味で潔癖なところがあったはずだ。以前の櫻雪ならきっぱりとたしなめたにちがいない。“子供たちがいるんだから我慢して”と・・・。

 そう言わなくなった従順すぎる櫻雪は、オレにとってなんてラクで、都合のいい女になったんだろう。

櫻雪篇 

 首筋から耳元へと移っていく大東の唇が、少し命令口調で囁く。

「こっちへ来いよ、櫻雪」

 時々こんなふうに大東が主導権を握り、それに従うことが私は嫌じゃない。年下の彼に甘えることで、年齢差を忘れ、安心感を得られるからかもしれない。それに、もし私の意にそぐわないことだったとしても、彼の自尊心を傷つけたりがっかりさせるよりはずっといい。私と結婚することを後悔されたくない。彼のほうは失うものが多いのだから・・・。

 ためらいながらも、広いベッドの足元のほうからグルッと這うように近づいていくと、大東は笑みを浮べ招くように顎をひょいと動かした。私は吸い寄せられるように大東の腕の中にすべりこみ、抱かれ横たわる。今の私は、安心感を求めるあまりに、ひとりの女に戻って彼を受け入れるだけ。

 大東が再び唇を押し付けてくる。首筋に・・・肩に・・・私のすべてを知りつくしている大東の唇・・・。いつもの大東なら、子供が眠っているすぐ横でこんなことしないのに・・・。

 ・・・大東らしくない。どうしたの? 大東の手が私のパジャマのボタンを外そうとする・・・。

「大東・・・ねえ・・・待って・・・」

 大東は何も答えない。私の言葉も、気持ちも彼には届いていない・・・こんなの、違う・・・ こんなの・・・

「やめて!!」

 ふと我に返ると、大東はベッドの下にころがり落ちていた。

 私は大東の体を思い切り突き飛ばしていたのだ。

「やっと櫻雪らしさが戻ったな。予想以上に力いっぱいやってくれたけどさ」

 大東は起き上がりながら可笑しそうに笑っている。頭の中が混乱して収拾がつかない。大東はそんな私を再び抱きしめる。

「もうあんなまねしないから安心しろ」

 ・・・もしかして・・・わざとあんなこと? どうして?

「オレの一番好きな櫻雪に戻ってくれて嬉しいよ」

 一番好きな・・・? 拒絶して突き飛ばした私を? こんな私が一番好きなの?   

「悪かった、本当に。だけどさ、そうさせたのはオマエだからな」

「大東ったら! もう嫌い! 大嫌い!」

 抗おうにも本気で抱きしめる大東の腕の力には、抵抗できない。

「イヤなときは嫌いって言えばいいさ。だけどその後に何倍も好きにさせてみせるからな」

 どこからそんな自信が? もう怒る気も失せていく。なんだろうこの脱力感。今まで何を肩肘はっていたんだろう。ありのままでいられる方法を、大東が教えてくれた気がした。

 マリッジブルー・・・。黑人に言われときはピンとこなかったけど、気付かないうちに、私にも訪れていたみたい。

 でも、もう大丈夫。大東、ありがとう・・・また何倍も好きにさせてくれて・・・。 

「ケンカはだめだよ!」

 偉偉の声にドキっとする。だけど偉偉の瞼は閉じていて、再び寝息をたてていた。

「なんだよ、寝言か? 驚かせるなよ」

「ねえ、偉偉って、最近どんどん大東に似てきた気がする。きっとあなたの真似ばかりしてるからよね」

「それじゃあ偉偉も鈍感なのか? 裕惠は前途多難だな。女の気持ちに鈍感な男を好きになったわけだろ?」

「そうね。裕惠が可哀想だわ。私たちでなんとかしてあげないと」

「ああ、裕惠が泣くのは見たくない。亦儒に殺されそうだしな」

「ボクのせいじゃないもん!」

 また偉偉の寝言だった。目を見合わせて思わず吹き出す大東と私。

「やっぱりもう一人ほしいな」

「え?」

「偉偉に兄弟を作ってやりたい。オレは一人っ子だったからな。弟でも妹でもいい。櫻雪はどう思ってる?」

「・・・私ももう一人ほしい」

 大東の子供を私が産むんだ。どんなに幸せだろう。私たちは来月、12月25日に結婚する。私たちが気持ちを確かめ合ったクリスマスからちょうど一年の記念日でもある。

「ボク、汪俊偉・・・」

 また偉偉が寝言を言った。汪は大東の姓だ。大東を見るともう目に涙をためていた。そんな大東がたまらなく好き・・・。

「櫻雪・・・絶対にオマエたちを幸せにするからな」

 大東はかすかに声を震わせながら決意するように言う。

 大東の腕の中で、彼のぬくもりと熱い吐息を感じながら、今だって充分幸せだって心から思えた。

 大東に出会えたことで、私と偉偉の家族というパズルの、欠けていた部分が埋まっていく気がする。今では偉偉はすっかりおばあちゃんっ子だ。弟の禹哲も、支えてくれるみんなのおかげで夢を一歩一歩実現させている。

 来年には単独のライブも予定されているらしい。大東とは義兄弟であり、親友であり、ライバルでもある。二人の会話を聞いていると、口ゲンカしてるようにしか聞こえないけど、気持ちではお互いに励ましあっているみたいだ。素直じゃないところ、二人は本当にそっくりだ。

「何、ニヤニヤしてるんだ?」

 大東が私の顔をのぞきこむ。

「だって幸せなんだもの」

「もう一度だけキスしていいか?」

「そんなの聞くことじゃないって言ったで・・・」

 大東は再び唇を重ねてくる。

 

 ケンカするたびに何倍も好きにさせるなんて、大東はズルイ。

 

 でもそうやって私たちは、もっともっと幸せになっていけるはず。

 

 だって大東も同じ気持ちだって、このキスで伝わってくる。

 

 だから私たちの以心伝心のキスで大東に伝えたい。

 

 あなたなしでは生きられないくらい、愛してるって・・・。 

  

ヒロ篇

「ヒロ、もう携帯をしまったらどうかな?」
 ホテルの部屋にようやく戻り、ベッドに寝そべってメールをうっていると、呉尊はさっきから子供みたいにちょっかいをかけてくる。

「だって友達に返事を送らないと・・・」

「やっと二人きりになれたっていうのに、ボクの大事な奥さんは旦那様より携帯が大事みたいだね」

「だってせっかく日本から来てくれた友達なんだから・・・それに阿明たちのことも気になるもの」

 一番の気がかりは亞綸からの返事が来ないことだ。あれからどうなったんだろう。

 それにしても呉尊ったら脚をマッサージしてくれてるのは嬉しいけれど、披露宴が終わってからちっとも一人にしてくれない。

「ねえ、呉尊が先にシャワー使ってくれば?」

「ダメだ。今夜はずっと一緒にいようって約束だろ? 脚、だいぶむくんでるな。高いヒールでつらかっただろ?」

「うん、ちょっとね・・・」

 呉尊は手馴れた手つきで私のふくらはぎを丹念にほぐしてくれる。

「ボクみたいな夫も持ってよかっただろ?」

「ええ、・・・とっても幸せよ」

 携帯を打ちながら適当に返事をしていると、呉尊はひょいと私の手から携帯を取り上げる。

「呉尊ったら返して! お願いもう少しだけ!」

「ちゃんとボクを見て本気で話さない罰だ」 

 呉尊はそう言って携帯を枕の下に隠すと、私をベッドに押さえつけた。呉尊の怒ったふりの表情が可愛くて、噴出しそうになるのを必死でこらえる。

「ごめんなさい、ダーリン許してくれる?」

 私は芝居がかった言い方で甘えてみるけど、呉尊は眉間にしわを寄せたままだ。

「すぐには許さない」

 呉尊はそう言って押さえつけたままキスをする。彼のキスはやっぱり魅力的。もうメールなんてどうだっていい・・・。クールな表情でどうしてこんなにも甘いキスができるんだろう。罰どころかこれはご褒美? 3年もの間、この甘いご褒美なしで、どうやって頑張ってこられたのかわからない。ただ、この日を夢見て走り続けていたのかもしれない。

 3年前の別れのキスもこの部屋だった。2ヶ月前の突然のプロポーズも・・・。そして今、結婚初夜も・・・。

 私たちの大事な節目にこの部屋は欠かせなくなってしまったみたい。 

「呉尊、少し話を聞いて欲しいの」

「なんだい?」

 呉尊は気持ちをそがれたことに不満を見せることもなく真剣な目でみつめてくれる。

「私は日本人だからブルネイ人になり切れないと思うの。でもブルネイ人の心や、生活、文化を大切にしていきたいの。・・・だってあなたの故郷だから」

「うん。ヒロならきっとそうしてくれると思っていたよ。ボクも日本をもっと理解していきたいから教えて欲しい」

「お義父さまのことも大切にするって誓う」

「仕事に影響が出ないくらいでいいから。仕事は受けた以上は責任を持ってやり遂げるべきだよ」

「ありがとう・・・。でも今は仕事より私、早く欲しいの。・・・あなたとの赤ちゃん・・・」

「ボクそっくりの男の子を欲しいって、いつか言っていたね?」

「男の子でも女の子でもいいの。だから来年は誰とも長期契約しないつもり。ねえ呉尊、早く赤ちゃん作ろうね!」

「そういうことなら協力を惜しまないよ。一刻も早く実行しよう」

 呉尊はそう言って着ていたTシャツを脱ぎさった。え!? ウソ!?  

「ちがっ・・・今すぐって意味じゃなくて!」

「今すぐじゃダメなのか?」

 2ヶ月ぶりに間近で見る呉尊の上半身に動揺してしまう。あの再会の夜の時よりも、今のほうがなんだか照れてしまう。あの夜はプロポーズされた後だったし、3年ぶりで無我夢中だった・・・。

「・・・ダメじゃ・・・ないけど・・・」

 ダメなわけない。もちろん今夜はそのつもりだったけど、まるで私が誘ったみたいな展開なんだもの・・・。

 

 呉尊は笑顔を見せ、ゆっくりと私の髪を一度なでてから再びキスで私を溶かしてゆく・・・。

 呉尊の広い海のような大きな愛に包まれて、私の新しい船出は幸福と希望に満ち溢れている。

 “遠く離れていても、抱きしめていても、同じように愛し、守り抜くことを誓います”

 また呉尊の誓いの言葉が甦る。

 

 そして私も心に誓う。昔から変わらないこの思い。

 

 呉尊・・・ずっとずっと愛してる。   

 

阿明篇 

 亦儒の運転する車に乗って、わたしは今、日月潭へ向かっている。ハネムーンに行っていないわたしたちに、両方の両親が小旅行を勧めてくれたのだ。亦儒は明日するはずだった契約を、取引先の都合で急きょ、今日済ませてしまっていて、なんの問題もなく休暇をとれる状況だった。

 赤ちゃん返りのひどかった裕惠は、すっかり元に戻っていて、それどころか少し大人びたことを言うようになっていた。「ユーフイはもうお姉ちゃんだから大丈夫なの。ママがいなくても平気だもん!」と言ってのけたのだ。どうやら偉偉に恋をしてしまったらしい。裕惠の初恋の相手が、大東の養子になろうとしている偉偉だなんて、わたしの環境はいつも小説の世界みたいだ。

 そして、もともと凌晨は粉ミルクだし、おばあちゃんによくなついているから、わたしたちの遅すぎるハネムーンにはなんの支障もない。

 これまでのマイナス要因が、すべて好転してプラスになっていく。 

「裕惠と凌晨、もう眠ってるかしら?」

「心配ないさ。それより向こうに着くまで少し眠るといいよ。ゆうべもあまり眠れてないんだろ?」

「そうだけど・・・何か話さない? 最近ほとんど話もしてなかったから・・・」

「そうか。そうだったな・・・。じゃあ別荘に着いたらゆっくり休もう」

「ちょうど李のおじさまが家族ですごしたばかりだったから、掃除が行き届いているみたい。亦儒はあの別荘久しぶりよね?」

3年ぶりだ。李先生はよくあそこに泊まるの?」

「ううん・・・もう十何年ぶりみたい。ママが亡くなってから、わたしやお父さんも行かなくなったから・・・。おじさまはその頃から、頻繁にうちへは来ていたのよ。でもそれがわたしやお父さんの心のケアのために来てくれていたって、最近になってようやくわかったの。お母さんと小霖が家族になってからも、いろいろ気にかけてくれていたのね。わたしや小霖が不安定だったことも、お父さんの精神的な“かせ”や、そんなお父さんを見守るしかなったお母さんのことも、おじさまは長い間心配してくれていたんだって」

「莉莉もすっかりよくなったようだな。李先生の長年の“心のかせ”も少しずつとれていってるんじゃないかな?」

「そうなの。だからこのへんで家族でゆっくり旅行でもしたらってお父さんが勧めたんですって」

「李先生はこれまでたくさんの徳を積んできたんだ。きっとこれからは穏やかな日々が続いていくよ」

 メールの着信音が鳴る。ヒロからのお礼のメールだった。

「ヒロからよ。ふふっ、ラブラブな写メ付きよ。こんなに顔寄せ合ってる」

「呉尊のやつ、3年分の春がいっぺんに来たみたいな笑顔だな。明日の午後にブルネイに発つんだって? ブルネイの披露宴のあとにハネムーンか・・・どこだっけ?」

「北欧よ。フィンランドとスウェーデン」

 そんなふうにわたしたちはしばらく人の話ばかりしていた。それでも亦儒の柔らかな声を、そばで独り占めできているだけで、今のわたしには充分すぎるほどだ。

        *         *         *

 気がつくとわたしの体にはブランケットがかけられていた。いつの間にか眠ってしまったみたい。車は止まっていて、運転席に亦儒の姿がない。外は暗くて、どこにいるのかさえわからなかった。車の外へ出ると空気が冷たくて、慌ててブランケットで体を包む。

 空は雲がたちこめていて、西の空の雲間から月明かりが差し込んでいる。歩いていくと目がしだいに慣れていく。そこは、いつかの思い出の湖畔だった。亦儒の姿がぼんやりと見えてくる。スラッとして背の高いこの人が、わたしの伴侶となった日から、もう3年と2ヶ月の月日が流れていた。わたしにとっての彼は、太陽であり、月でもあったと思う。

「亦儒・・・」

「阿明、目が覚めたのか・・・こっちへおいで」

 亦儒は手を伸ばして引き寄せると、わたしの体を後ろから包み込むように抱きしめてくれた。・・・あったかい・・・。

 それだけでわたしの不安が晴れて行く。その気持ちを反映するように雲に隠れていた月が顔をのぞかせた。亦儒は何も変わってなかった。それなのに・・・。

「亦儒・・・わたし・・・」

「本当にごめん、また不安にさせてしまった・・・。披露宴のあと、散々どやされたよ。ヒロと大東に・・・・・・」

「違うの・・・亦儒のせいじゃないわ。あなたのことを、ちゃんと見ていなかった自分のせいなの」

「ボクだって見ていなかっただろ? 阿明に隠し事をしてることがつらくて、いつの間にか避けてしまっていた」

「三日間もよ」

「三日分の三倍尽くせば許してくれるかな?」

「それじゃ足りない・・・」

「三百万回愛してるって言っても足りない?」

 亦儒を見上げると月明かりの中、わたしを見下ろす亦儒の瞳が優しい。三年前のあのときも、ここでこんなふうに亦儒は優しい目でみつめてくれた。あの日の月は、繊月という細く儚げな光だったけど、今の月は満月のように丸く輝いている。まるでわたしたちが重ねてきた歳月のようだ。

「阿明、気付いてたかな? 凌晨って名前、ここでの夜明けを忘れたくなくてあの子につけたんだ」

「そうだったの?」

 ・・・子育てでいっぱいになっていて、気付く余裕もなかったみたい。わたしたちの大切な思い出なのに・・・。

 東の空が少しずつ白んでくる。夜明けが近い。

 一刻一刻と変わってゆく湖畔の風情に、あのときのことが走馬灯のように甦る。   どんなにこの人のことを愛していると思い知らされたか・・・。

 あのときを再現するようにわたしたちは唇を重ねた。

 心も体も、亦儒で満たされていく・・・。

「亦儒・・・ありがとう。ウエディングドレス・・・すごく嬉しかった」

「ボクが見たかっただけだよ。キレイだった・・・ボクの花嫁さんは世界一キレイだ」

 亦儒はそう言ってわたしの手の甲に唇を押し付けた。

「あれ? この腕時計、はめてきてくれたんだね」

「亦儒が日月潭に行こうって言ってくれたから・・・」

 ジョルジオ・ロッシの手巻き式サン&ムーン。亦儒からの初めてのプレゼントだ。文字盤の月は隠れ、太陽が現れていた。

「やっぱりキミの細い手首にはこれ、大きすぎたかな」

「あなたの大きな愛の証なんでしょ? ・・・あっ!」

「どうした?」

「・・・亦儒・・・」

「ん?」

「・・・ハッピーバースデー」

 亦儒は驚いた顔で腕時計の文字盤を覗き込む。ちょうど山際から太陽が顔を出し、亦儒の顔はオレンジ色に照らされていた。

「11月10日・・・? 今日はボクの誕生日か! 忘れてたよ」

「・・・わたしもよ。プレゼントも用意してないわ。ごめんなさい・・・」

「こうやって一緒に過ごせてるのが何よりのプレゼントだろ? ほら、見てごらん」

 亦儒に促されて湖畔を見ると、薄紫とオレンジ色が混ざるように染まった空と、たなびく雲、そして朝日が湖面に映り、静かに煌めいていた。あまりの美しさに言葉にならない。

「亦儒・・・わたし・・・」

 涙が溢れ出し、言葉が続かない。

「キミが泣いたらボクが笑わせるから。これからもずっとボクのそばにいてくれるね?」

 亦儒はわたしの涙を指ではらう。

「愛してるよ、ボクの月の女神様。阿明・・・百万回・・・」

 わたしはいつもの愛の言葉をキスでさえぎった。

「・・・何も言わなくても、わかってるわ。もうわたしは大丈夫。一人で勝手に不安になったりしないわ」

 亦儒はわたしの決意を微笑んで聞いていた。そして再び私を背中から抱きしめると、耳元であの歌をハミングし始めた。

 朝日に染まって移りゆく日月潭の景色を眺めながら、亦儒のハミングが心地よく耳に響いてくる。莉莉のお母さんから莉莉へ、そして小霖へと歌い継がれた歌が、今では台湾中で歌われているなんて不思議。亦儒もわたしへのラブソングとして歌ってくれてる。こうやって人と人は歌で繋がっていけるのね。わたしの小説も、大東の映画も、きっと人と人を繋げてくれると信じてる。

 そしてわたしの笑顔も、家族を繋ぎ合わせるために必要なんだと思った。

 わたしの太陽である亦儒のそばで、未来永劫、笑顔でい続けることを心に誓う。

 だから来世でもまた出会って恋におちて、そして結婚しようね。亦儒。

                        Fin.

目次と登場人物~SP

目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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