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飛輪海小説『ステップアップ!』SP~第一章

         第一章 「光と影」

阿明篇

 亦儒が呼んだ気がした。

「なあに!? 今、手が離せないの!」

 まだ何か言っている。アイメイクの最中にタイミングが悪すぎる。

「聞こえないったら!」

 リビングからこの寝室まで、数秒なんだから言いに来ればいいのに。早くメイクを終わらせて結婚式の会場に向かわないといけないんだから。

 

「ママ~!」

 もうすぐ3歳になる娘の裕惠(ユーフイ)が泣きじゃくりながら寝室に入ってきた。

「どうしたの? パパは?」

「パパ・・・会社に・・・行っちゃった・・・」

 会社? 信じられない。今日はヒロと呉尊の結婚式なのに! 

「ほら泣かないで。もうすぐおじいちゃまとおばあちゃまが迎えに来てくれるから」

荷物はこれと・・・これと・・・あ、紙オムツ!

そして今度は別の泣き声が聞こえてきた。凌晨(リンチェン)だ。陳凌晨(チェン・リンチェン)は一ヶ月前に生まれたばかりの私の息子だ。夜泣きもしない、とっても母親孝行な子なのに、こんなときに限って泣いたりするんだから。

凌晨が生まれてからすぐに始まった裕惠の“赤ちゃん返り”。夜泣きしたり抱っこをせがんだりするから、わたしは双子を生んだくらいの苦労をしている。それなのに亦儒は仕事優先で家族そろっての時間など、ほとんどないくらいだ。

「ママ! ママ~! 抱っこお!」

「裕惠いい加減にして! お姉ちゃんになったんでしょ!!」

「あらあら、大きな声出してどうしたの阿明! 裕惠を怒鳴るなんて」

 お母さんがやっと来てくれた。

「時間がないから、ねえ、お母さん、裕惠を連れて先に降りて行って。お父さんは?」

 そこへお父さんがまだ首の座らない凌晨をあやしながら入ってきた。

「私が裕惠を抱っこするからお母さんは凌晨を頼む。阿明、おまえは荷物を持っていきなさい」

 お父さんはそう言いながら抱いていた凌晨をお母さんに手渡すと、裕惠を抱っこして出て行った。

 

タクシーに乗ると眠気が襲う。裕惠の夜泣きと凌晨にミルクを飲ませるため、この一月、ちゃんと眠れてない。裕惠の赤ちゃん返りの夜泣きがひどくなったこのところ、亦儒はゲストルームで寝起きするようになったくらいだ。仕事があるから睡眠は大事だろうけど、以前よりさらに母子家庭みたいになっている気がする。

それにしても亦儒は、呉尊たちの結婚式に間に合うのかしら・・・。

       *        *        * 

 ホテルに到着して、わたしはすぐに新婦の控え室へ向かった。

 ヒロの仕度が終わったのか、控え室からアシスタントの女の子が出てきたところだ。

「あ、香明(シャンミン)さん! ヒロさん、とってもキレイですよ! 今、ちょうど仕度が済んでお一人ですからどうぞ」

 中に入ると、純白のウエディングドレスで振り返ったヒロが、窓からの太陽光で輝くばかりにキレイに見えた。

「どう? 阿明ったら惚れ直した?」

「うん、呉尊にヒロをとられるかと思うと嫉妬するくらいによ」

「大丈夫。台北にいるときは呉尊の目を盗んでちゃんと会いに行くから」

 ヒロは笑いながらハグしてくれる。

 ウエディングドレスは、もちろんヒロのデザインだ。今日、初めて見た。8月で29歳になったヒロは、光沢があって、スレンダーなラインのエレガントでシックなデザインのドレスがよく似合っていた。スクエアカットのノースリーブで、シンプルな美しさが、ヒロの凛とした一面を引き立てている。

「ねえ、阿明。裕惠と凌晨は?」

「二人とも眠ってる。裕惠ったらもうすぐ3歳なのに最近夜泣きがひどくて、あの子も寝不足なの。来る途中に眠っちゃって、今、お母さんが見てくれてるわ」

 去年までは、ヒロとわたしはまるで夫婦みたいだった。亦儒は仕事で帰りが遅くて、大抵はヒロと夕食を食べて、ヒロが裕惠とお風呂に入ってくれていたのだから。裕惠はヒロのことを“ヒロママ”と呼ぶくらいになついている。ヒロにとっても、ヒロの本名である“裕恵”からもらって名づけた裕惠(ユーフイ)は、目に入れても痛くない存在だ。

「阿明、産後まだ一ヶ月なのにムリさせてごめんね。今日は亦儒と立会人代表、よろしくお願いします」

「ヒロこそうちの弟のことで忙しいのにドレス、準備期間たった二ヶ月でよく間に合わせたわね」

「デザインは前からできてたの。呉尊と戻れるなんて可能性、その頃は1%もなかったのにね。女の執念? でもこんなにも早く夢が叶うなんて、本当に阿明と亦儒のおかげよ」

 ヒロがペロっと舌を出してから笑った。

「あら、でも呉尊だって、ヒロのために一生懸命日本語勉強してたり、事務所との契約も結婚できるように変更してあったり、用意周到だったんでしょ? そうやって会えなかった三年間に二人はちゃんと愛を育んでたから、二人の強い思いが実を結んだのよ」

「あのね、呉尊ったら、自分の誕生日までに、もう一度一か八かプロポーズしようって決めてたらしいの。でもあなたと亦儒があんなサプライズを仕掛けたもんだから、あの日はかなりあせったって」

「あの計画、大変だったのよ! あそこ、人気レストランだから貸しきるのって三ヶ月も前に予約しないといけなかったんだから!」

そうなのだ。わたしと亦儒の結婚記念日であると同時にヒロと呉尊が別れた日でもあった三年前の9月3日。

今年のその日に二人を再会させるのに、どれだけ準備が大変だったか!

三ヶ月前からレストランを予約することから始まり、その日に合わせて呉尊をブルネイから呼び寄せるための亦儒の裏工作やら、ヒロに他の仕事が入らないように、もっと前からオファーのあったわたしとヒロの対談を、その日にしてもらえるように出版社に無理やり頼み込んだのだから。

9月3日という日を最高の記念日に変えるために。

 控え室のドアを誰かがノックした。

「ヒロ! 目を閉じてるから入ってもいいか?」

 呉尊の声だ。わたしは声をひそめる。

「ねえヒロ。呉尊ったら律儀に式までウェディングドレス姿を見ない気ね。わたし、いないふりしてるから」

 わたしが小声でそう提案すると、ヒロもいたずらっ子みたいな笑みを浮べて親指を立てた。

「呉尊! ドアを開けるわね! ちゃんと目を閉じててよ!」

「OK、ヒロ!」

 ヒロがドアを開けると、白いタキシード姿で目を閉じた呉尊が立っている。そしていきなりヒロを抱きしめた。

「やっと抱きしめられた・・・愛してる、ヒロ」

 呉尊の熱い抱擁を目の当たりにして、見てるこっちが照れくさい。

呉尊は先週まで日本で映画の撮影をして、それからブルネイへ帰り、昨夜お父さんやお姉さん一家、お兄さん一家を連れて台北へ戻ってきたらしい。それにヒロの家族も一緒だったから昨日は二人きりには一度もなれなかったみたいだ。

「ヒロ、キレイだ、すごく」

「見てないくせに」

「見なくたってわかるさ。本当にボクは幸せ者だ! 2011年11月9日! 今日と言う日を絶対に忘れない! 愛してるよ、ボクの女王様!」

 ヒロは思わぬ呉尊の勢いに、あせってるようだ。慌てて何かわたしに目配せしている。多分、ちょっと目を閉じててって意味? え? あ・・・

 呉尊がヒロにキスをした。それをヒロが拒む。

「呉尊・・・やだ・・・メイクが崩れちゃ・・・」

 再び呉尊の唇がヒロの唇と重なった。目をそらさなきゃって思うのに、釘付けになってしまう。人のキス現場に遭遇することなんて、初めてだ。それに呉尊ってドラマのときより本物のキスのほうがすごくワイルドでセクシーな感じ! ヒロはわたしが目を閉じてると信じてるのか、拒みきれなくてもう二人の世界に入り込んでしまっている。ヒロってこんなに女っぽい顔するんだ、呉尊とキスするときは・・・。なんだか体が熱くなる。わたしの小説のキスシーンはキレイすぎるって時々編集者からダメだしされる。だからちょっと参考になったかも・・・。

 

そこでまた誰かがノックする。二人はとっさに唇を離す。わたしはすぐに二人に背中を向けて見ていなかったふりをした。

「は、はい!」

 ヒロがあせった様子で返事をした。

「ヒロ? ・・・莉莉(リーリー)も一緒だけど入っていい?」

 弟の声だ。

「やだ、亞綸と莉莉よ。呉尊、私のメイク大丈夫? ああ! ダメダメ! 目を開けないでね!」

 ヒロは慌てて呉尊を目隠しする。

「とりあえず呉尊は退場! いい?」

「ああ、わかったよ。ボクの女王様の命令は絶対だからね、じゃあ、続きはまたあとの楽しみにとっておくよ」

 ヒロは素早く鏡でメイクをチェックをして乱れを直してから、ドアを開けて呉尊の背中を押して外へ追いやった。もちろん弟と莉莉は驚いた顔をしている。

「やあ、莉莉、阿布! 今日は来てくれてありがとう。じゃあ、またあとで!」

 呉尊はそれだけ言ってそそくさと去っていった。

「ねえヒロ。呉尊、ああやってずっと目をつぶってたの?」

 弟がそう可笑しそうに呉尊を見送っている。

「キャー! ヒロ、すごくキレイ!! おめでとう!」

「ありがとう、莉莉!」

「たしかに、今までで一番キレイだよ、ヒロ」

 弟はそう言いながら、ヒロの口元をジッと見ている。弟のことだから、もしかして見抜いてしまったのかも。二人がキスしてたこと。いつか、わたしと大東がキスした夜も、あの子はそんな目でわたしの口元を・・・唇を見ていた。大東と・・・エレベーターでキス・・・やだ、変なこと思い出しちゃった。顔が熱い。そんなときに弟と目が合ってしまう。

「姉さんいたの? え? いつからそこに?」

「えっと・・・さっきから・・・かな?」

弟が驚くのも仕方ない。二人がキスしてたはずのこの部屋に、わたしがいたとなれば変に思うに決まってる。

「姉さん、大丈夫? なんか顔が赤いよ。熱あるんじゃない?」

 弟は近寄るとすぐにわたしのおデコに手を当てた。キスされるかと思ったくらい、弟は顔を近づけてさりげなくそんなことをやってのける。弟の手のぬくもりがわたしをドキドキさせて余計に顔が赤くなりそうだ。今日のわたし、なんかヘンだ。

「大丈夫よ小霖(シャオリン)。そうだ、今日の二人のミニライブ、楽しみにしてるわね!」

わたしは弟を避けるように話をはぐらかす。

「今日の莉莉の衣装も素敵よ」

「でしょ?」 

 スタイリストのヒロが自慢げに答える。元のふわふわロングも可愛かったけど、デビューをきっかけにバッサリ切ったショートは、莉莉の別の魅力を引き出したように思う。それにボーイッシュなほうが、亞綸ファンから反感をかいにくいのも事実だ。ヒロのプロデュースの才能にただただ感心してしまう。

 6月に発売した弟のアルバムは、出だしは好調だったのに関わらず、すぐに売れ行きが停滞してしまった。元々炎亞綸のファンだった人が買っても、それ以上の広がりがなかったからだ。だけどそのアルバムをヒロが何(ホー)監督に持ち込んだのだ。そして気に入った何監督が、大東主演の映画『非・以心傳心』のエンディングや挿入歌に使ってくれたおかげで、公開前後から急速にまたアルバムが売れ始めた。そして今では話題の人気ユニットになっていた。

でも実際のところ、莉莉は3曲のデュエットとコーラスを数曲担当しただけで、ジャケットにさえも登場していない。フォトブックにワンカットだけ何気なく写っているくらいなのが控え目で良かったのか、ファンからは支持されているみたいだ。それに二人の恋の噂も人気に拍車をかけているらしい。

 そして大東が歌う主題歌も4週連続チャート入りしているし、映画自身も観客動員数一位をキープしていた。わたしの書いた小説が、大東、ヒロ、小霖、莉莉・・・もちろん何監督のおかげで、生き生きとした映像作品に生まれ変わったのだ。こんな作家冥利に尽きる幸せなことはない。

 それに、今からヒロたちの披露宴で、弟と莉莉のミニライブを観られるなんて!

「兄さん間に合うかな? トラブルがあって会社に行ったんだろ?」

「嘘!? 亦儒、まだ来てないの? ねえ阿明ホント!?」

「え? うん、まだ・・・だと思う。連絡ないからわからないけど」

「よっぽど大変な事態なんじゃない? 毎日“百万回言っても足りないくらい愛してる!”って電話してくる亦儒が阿明に電話してこないなんて」

 ヒロに、そう言われて胸がギュッと苦しくなった。だって亦儒から、その言葉をもうずっと聞いていない気がしたから。

「じゃあボクと莉莉は機材確認してくるよ。ヒロ、ホントにおめでとう」

 弟と莉莉はかわるがわるヒロとハグして出て行った。

「ヒロ、わたしもそろそろ行くわね。子供たちが起きてるといけないから・・・」

「早く私も裕惠をギュってしたいわ。もう一ヶ月も会ってないんだもん」

「ええ。裕惠も楽しみにしてたわ、ヒロママの花嫁姿を。・・・ホントにキレイよ、ヒロ。またあとでね」

 わたしは必死に気持ちを立て直しながらヒロとハグして新婦控え室を後にした。 

 

そうだ。わたしと亦儒、ずっとまともに話してない。寝室も別で、キスどころか、ハグさえも、それに目を合わせることもなくなっている。そんなことにも気付かずにいたわたし・・・。平気だったから? ううん、気付いてしまった今は全然平気じゃない。でも気付く前は気にもしてなかった、そんなこと。わたし、亦儒を見失っていたみたい・・・。どうしよう・・・。亦儒もわたしを見失っていたら、どうすればいいの・・・。言いようのない不安と孤独感に押しつぶされそうになる。

まるで光と影のように対照的なヒロとわたしの現実・・・。

「阿明!」

 櫻雪(ユンシュエ)だった。その後ろには大東と偉偉(ウェイウェイ)がいる。

「・・・櫻雪。この前は凌晨の出産祝いありがとう。大東も・・・」

「どういたしまして。阿明、もしかして具合が悪いんじゃない? 顔色が悪いわ。産後まだ一ヶ月でしょ?」

櫻雪に促されて、わたしはロビーにあるアンティーク調の長椅子に腰掛けた。

「大丈夫よ櫻雪・・・なんでもないの・・・ヒロの控え室へ行くんでしょ? とってもキレイだったわ、早く見に行ってあげて」

「そうなの? 楽しみだわ。・・・ねえ、大東。私、偉偉と先にヒロに会ってくるわ・・・だから大東は・・・」

「ああ」

 櫻雪が大東に何か小声で話している。

 

気付くとわたしは大東と二人きりでいた。大東は何を言うでもなく、ただわたしの隣に座っていた。一人分座れるくらいの間を空けて。

「また大東たちに心配かけちゃってるね。ごめんね、大東」

「ったく毎度毎度で慣れてるよ。今さら気にするな」

 久しぶりに昔みたいな口調の大東に、なんだかホッとした。

「大東・・・何も聞かないでくれて・・・ありがとう」

「おまえが言いたくない気がしただけだ」

 大東って、こんなに気の利く人だったかな・・・。きっと櫻雪の影響ね。

大東の言うとおり、亦儒のこと、しらふではとてもじゃないけど大東には話せない。話したくない。

この冬、酔っ払って、大東に泣きついたときのことは、今思い出しても落ち込むくらいだ。多分わたし、この冬のことだけじゃなくて、あの夏のこともまだ少し負い目を感じてる。

3年前の夏、あのエレベーターの中では、あの瞬間だけは、わたしは大東とのキスに全身で喜びを感じていた。あとで大東を苦しめることになるなんて、考えもしないで・・・。

でも今はただ、親友として一緒にいてくれる大東がわたしの孤独感を紛らわせてくれる。ちゃんと距離をとって、最善を尽くす大東。今も、わたしに一度も触れようとはしない。大東は櫻雪と婚約しているのだから当たり前だ。

そのときだった、どこかでシャッターを切る音がした。大東がわたしの顔を隠すようにしてわたしの頭を抱きかかえた。

「やめろ! やめてくれ!」

 大東が叫ぶ。もしかして、これってパパラッチなの!?

「せっかくいい雰囲気だから記念に撮ってやろうと思ったのにな。汪東城!」

 やっぱりパパラッチ!? どうしよう!

「おまえなあ! 驚かせるなよ!」

 え? 誰なの? わたしは大東の胸に顔を押し付けられるようにして抱きしめられていて、それが誰なのかわからない。

「あ、阿明・・・大丈夫だ、こいつはオレの専属カメラマン・・・みたいなもんだよな? なあ李鈞天!」

「ギャビーって呼べって言ってるだろうが!」

「ちょっと人気カメラマンになったからって気取るなよ。そうそう、亞綸のソロアルバムのジャケ写とフォトブックもギャビーが撮ったんだよな」

「おい、汪東城。いつまで抱きしめてるんだ。彼女、苦しそうだぞ。おまえの筋肉に締め付けられてさ」

「悪い! 大丈夫か?」

 やっと大東の腕の中から介抱されて、わたしは大きく深呼吸する。だけどドキドキが止まらない。小霖と莉莉が言ってた面白いカメラマンってこの人なんだ。

「初めまして、ギャビーさん。わたしは・・・」

「辰亦儒の奥さんだろ? 初めましてじゃないんだけどな」

「え!?」

 わたし、全然記憶にない・・・この人のこと。

「その話、蒸し返すなよギャビー。それより今日の結婚式、ちゃんと撮ってくれよ。腕だけは信じてるからな」

 わたし、いつこの人と会ったんだろう・・・大東にうやむやにされてしまってなんだかスッキリしない。

「大東! あ、ギャビーも? ここで何やってんの? あれ、姉さん、やっぱり調子悪いの?」

「ちょっと疲れてるみたいだ。・・・亞綸、おまえ歌うんだろ? 準備いいのか?」

「うん、もう済んだよ」

「じゃあ阿明を連れてってやれ。オレはヒロのとこに顔出すからさ。ギャビー、式の前のヒロを撮ってやってくれよ」

  大東は「じゃあな」と言って立ち上がる。もう行ってしまうの? ホントはもう少し一緒にいてほしいのに・・・。“ドキドキ”の余韻を残したまま大東は去っていった。

 その余韻が冷めない間に、弟はわたしのそばに腰掛けた。

「姉さん、さっきより顔が赤い・・・やっぱ熱・・・」

 弟はそう言いながらおでことおでこをくっつけた。あまりに自然すぎて、抵抗できない。抵抗するほうが意識してるみたいで、かえっておかしい気がしたから。

今度こそ本当にキスしちゃいそうなシチュエーションで、わたしの鼓動は加速する。今にも唇が触れてしまいそう・・・。この子のキスってどんな感じなんだろ・・・やだ、もっとドキドキしちゃう! わたし、恋愛小説家のくせに、こんな感情からしばらく遠ざかっていた。こんなの、ずっと忘れていた。亦儒とは子供たちの“両親”でしかなく、ドキドキなんてしなくなってしまっていた。それなのに、大東や弟はわたしをこんなにもドキドキさせるなんて・・・。

 弟は平気でお母さんにキスするのに、わたしには一度もしたことがない。別にしてほしいとか思ってるんじゃない。されても困るし。わたしたち、血が繋がってないんだし・・・。

「キスするみたいでドキドキする?」

「え!?」

 反射的に小霖から顔を遠ざける。

「ほら、姉さん、ドキドキしてるときの顔、可愛いからすぐわかる」

「もう、小霖ったらからかわないで!」

 恥ずかしくてうつむくしかない。小霖から可愛いなんて言われたのは初めてだ。

「・・・だけど大東の前でそんな顔するなよ」

「やだ何言ってるの!」

「大東もだ。さっき妙に早口でしゃべりまくってさ、意識してんのバレバレなんだよ」

 気付かなかった・・・。大東はもうなんとも思ってないって思ってた。小霖が言うと妙に真実味を帯びてくる。大東もドキドキしてたの?・・・そう思い返すだけでまた鼓動が速くなる。

「またその顔・・・」

 小霖がイラついた様子でポツリとつぶやく。わたしは思わず手で顔を覆った。

「兄さんの前ではそういう顔しなくなったよな。最近」

 小霖はよく莉莉を連れてうちに夕食を食べに来ていた。うちや実家か、BaTならパパラッチに撮られる心配がないからだ。それに莉莉は子供たちの世話をしてくれて、わたしもとても助かっていた。先週は、珍しく亦儒が帰っているときに二人も来ていたのだけど、まさか小霖がそんなことに気付いていたなんて・・・。

 でも仕方ない。最近、ほとんど家にいない亦儒が悪いんだ。今だって、亦儒はそばにいてくれない・・・。親友の結婚式より仕事を選ぶような人に変わってしまったんだ。そう・・・わたしより仕事が大事な人に・・・。

飛輪海小説『ステップアップ!』SP~第二章「秘密と真実」へつづく・・・

目次と登場人物~SP

目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

目次と登場人物~大東&亞綸篇

 

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