« 禹哲生日快樂! | トップページ | 飛輪海小説『ステップアップ!』東綸篇あとがき »

飛輪海小説『ステップアップ!』最終話~東雪篇

最終話「桜の樹の下で」~東雪篇  ピンク:櫻雪 青:大東

 大東のお母さんは、HoneyMoonの香りを残して偉偉と散歩へでかけて行った。

 大東は縁側に座っている。私はどうしていいかわからず、庭へ出て桜を見上げた。丸い月が、桜の花と枝を照らし出していて幻想的だ。

「明日香の翻訳の仕事があるのに、呼び出して悪かったな」

 ・・・どうしてそんな他人行儀なことを言うんだろう。これが今の私たちの現実なの?

「ううん・・・息抜きも必要だから・・・」

 泣きそうな顔を見られたくなくて、背を向けたままで私は答えた。

「プレッシャーだろ? 大丈夫か?」

「大丈夫よ。ヒロも助けてくれてるの。良きアドバイザーがいてくれて心強いわ。納得がいくまで私の翻訳に付き合ってくれてる。いつも全力なのね、ヒロって」

 私は本心を隠すように、なるだけ明るく答える。本当はプレッシャーだらけだし、大東と離れていてどんなに心細かったか・・・。

「あいつはそういうヤツだからな」

「ヒロは本当にスゴイわ。ヒロほど走り続けてる女性って見たことがないもの。莉莉と亞綸のユニットのプロデュースもするんでしょ?」

「ああ。・・・今のあいつは立ち止まったら死んじまうんだろうな」

 ・・・阿明から少しだけ聞いたことがある。ヒロは婚約者と愛し合っていたのに別れてしまったって。それじゃあ気を紛らわすために仕事に打ち込んでいるということ? ヒロはその彼をまだ思い続けてるのだとしたら、禹哲に望みはないのかもしれない・・・。

「あなたのお母さんって、とっても粋でステキな方ね。人柄も、着ている服も」

「そうか? 一応デザイナーだったからな」

「そうだったの? あなたの自慢のお母さんなのね」

 大東は照れたのか少しあいまいに返事をした。そしてまた会話がとぎれてしまう。何か他に話すことなかったかしら・・・。そうだ・・・

「燕華ちゃんのこと・・・よかったわ。カメラマンの李さんと奥さん、喜んだでしょう?」

「ああ。莉莉のおかげだな」

 大東の思いやりと行動力のおかげでもあるって言ってあげたかった。でも私になんの相談もしてくれなかったとこに寂しさも感じてしまう。

 さっきから、私たちは他の人たちの話題ばかりだ。自分たちの現実に向かい合うのが怖いから? 縁側の大東と庭先の私との距離は、まるで私たちの心の距離のよう・・・。

 

 そのときだ。それまで風がなかったのに、一陣の風が庭を吹きぬけた。同時に私は無数の花ビラに包まれる。盛りを過ぎたソメイヨシノは激しく散る。まるで雪みたいに・・・。

「きれい・・・サクラフブキ・・・」

「フ・ブキ?」

 大東の声が、すぐうしろで聞こえた。私が舞い散る花びらにみとれているうちに、大東も庭へ出てきていた。

「櫻吹雪・・・サクラフブキって言うのよ、日本語で」

 そう言いながら思い切って振り返ると、大東は触れ合いそうなほど近くに立っていた。

「サクラフブキ・・・櫻吹雪か。風が櫻雪に見せるために吹いてくれたのかもな。それともオレのせいかな。オレがモタモタしてるから風が業を煮やしたんだ」

 大東がバツが悪そうな表情で両手をポケットに入れてそう言った。そんな大東を見ていると、抱きしめてあげたいようで、ちょっと突き放してみたいような、両極端な気持ちが沸き起こる。

「あのさ・・・この前はへんなヤキモチやいてすまなかった。いい加減、イヤになっただろ?」

 櫻雪は小さなため息をついた。そのため息がオレの心臓をするどく突き刺す。

「あなたがヤキモチやきなのはよく知ってるわ。でもあなたからそれをとったらあなたじゃなくなっちゃうでしょ?」

 オレは返す言葉がみつからない。

「私はファンや世の中の人たちが知らない素の汪東成が好きなの。ヤキモチやきで、涙もろくて、情に篤いあなたが好き」

 櫻雪が素のオレを好きだと言ってくれた。かっこ悪いオレ。男らしくないオレ。こんなオレでもいいのか? いいわけない。だけど・・・。オレの心が自問自答していると、まるでオレの背中を押すような風が再びサクラフブキを巻き起こす。

「櫻雪! 結婚してほしいんだ!」

 オレが勢いでそう言ってしまった。だけど櫻雪は何も答えない。驚いたのか、困っているのか? そりゃそうだ。結婚と恋愛はまったく違う。オレは恋愛対象にはなっても結婚対象ではないのか? 離婚を経験している櫻雪にとって、結婚への夢や希望などないに等しいのかもしれない。姑に苦労していたらしいから、おふくろにこだわるオレみたいな男を敬遠したって仕方がない。

 それとも、芸能人と結婚したくないとか? 先週みたいにパパラッチにつけまわされ、嫌気がさしたのかも知れない。この“汪東城”という存在に。

「早すぎたか? でも焦ってるわけじゃない。明日の週刊誌に載るからでもない。ずっと前から考えていたんだ!」

「条件があるの」

 櫻雪が静かにそう言った。

 条件? 普通結婚の条件と言ったら“家事の分担”か? そんなの当たり前にやってやる! それとも・・・まさか・・・おそらく結婚の条件のナンバーワンであろう、あのことか!?

 ・・・“親との別居”。間違いない。  

「大東のお母さんも一緒に暮らすっていうのが条件よ」

 オレは耳を疑った。結婚したオレの友達の中にも、そんな結婚の条件なんて聞いたことがない。大抵が親とは別居している。

「オレはプロポーズしたんだぞ。わかってるよな?」

 思考回路が故障したように、オレはとんちんかんなことを櫻雪に確認してみた。

「わかってるわ。素敵なプロポーズありがとう。サクラフブキの中でなんて、夢みたい」

「・・・だけどHoneyMoonをプレゼントできなかった」

「いいの。あれは大東のお母さんの手元にあるべきよ。私はあなたのお母さんから香れば充分だもの。ううん、あなたのお母さんから香るHoneyMoonのほうがいいの」

 櫻雪は凛とした涼やかな声で言った。

「・・・それじゃあ、OKなのか?」

「ええ。条件を叶えてくれるのなら」

 私の体は大東に強く抱きしめられた。体だけじゃなく心の距離がなくなった気がした。私、プロポーズを受けてしまったんだ。まさか今夜ここでプロポーズされるなんて、想像もしていなかったのに。

 

 だけど今、私が思い描くのは、このノスタルジックな家でのんびりすごす様子だ。

 

 大東のお母さんがいて、私はお母さんとお茶を飲みながらとりとめのない世間話をしているの。密かに香水の香りを楽しみながら、ママを思い出したりして。

 そしてソファには遊びつかれて肩を寄せ合って眠ってしまった大東と偉偉・・・。偉偉は大東から初めてもらった日本土産のゴジラをしっかりと抱きしめているの。 初めは怖がっていたのに、すっかりゴジラファンになってしまった偉偉。

 まるで本当の親子のようにそっくりな寝顔で並んで眠っている。

「何ニヤニヤしてるんだ?」

「内緒!」

 そう言って大東に背中を向けると、今度は後ろから抱きしめられる。

「櫻雪に妄想癖があったなんて初めて知ったよ」

「いやだ、そんなんじゃないわ」

「なあ、オレが一週間もおまえと離れていて平気だったと思うか?」

 後ろから抱きしめられると、首筋に大東の熱い吐息がかかって平常心ではいられない。

「全然平気じゃなかったさ。だから櫻雪のあのときの表情や声を思い出しながら耐えてたよ」

 大東が私を抱きしめてる腕にギュッと力を込めて耳元でそんなことを囁く。“あのとき”って・・・。

「首筋まで真っ赤になってる。何か勘違いしてるだろ? オレはただ、櫻雪が自分で作ったオムレツに卵の殻が入ってたときの表情とか、声を思い出したりしてただけなんだけどな。最高に笑えた、あのときの櫻雪は」

「だって砂みたいで・・・もう大東! 嫌い!!」

 大東の腕を振りほどくと、すぐに今度は正面から抱きしめられてしまう。

「怒った顔でも、見れないよりはましだ」

 そう言う大東の瞳は優しくて、本当は怒る気にもなれない。ひらひらと桜の花ビラが舞い散る中、大東の眼差しはしだいに熱を帯びてくる。まっすぐで動じない視線が、魔法の媚薬みたいに私の感覚を麻痺させる。

「唇に花ビラがついてる・・・」

 大東はそう言いながら熱い眼差しのまま顔を近づけてくる。大東の唇が私の下唇にそっと触れたかと思うと、そのまま意識が遠のきそうになる。

 私はトランス状態に陥ってしまったみたい。夢なのか現実なのかはっきりしない。意識が少し朦朧としている。大東のキスが、息遣いが、私を心地よくさせていく。

「もう一度言っていいか?」

 キスをやめた大東が何か言った。

「・・・え?」

「結婚しよう、櫻雪」

 大東の、シンプルだけど決意のこもったプロポーズの言葉に心が震える。

「ええ、いいわ。私、あなたとなら結婚したい。汪東成・・・あなたなしでは、もう生きられない」

 

 櫻雪はまるで催眠術にでもかかったように、甘い声で答えた。櫻雪の唇と眼差しはオレを求めている。

 オレの唇は再び、櫻雪の唇と重なる。

 互いの気持ちが一つになるなんて、もうありえないと思っていた。一度すれ違ったオレたちにとって、奇跡のような瞬間だ。

 以心伝心・・・。櫻雪の心が伝わってくる。櫻雪は汪東城としてのオレでなく、汪東成を見ていてくれてるんだと確信できる。

 オレたちは、桜の木の下で寄り添いながら、散りゆく桜を見上げた。

 満月だったのか? こんなに穏やかな満月の夜も珍しい。

 ほのかに浮かび上がる桜がキレイだ。そして桜を見上げている櫻雪はもっとキレイだ。

「それにしても偉偉、遅いな」

「ええ、お母さんも」

 櫻雪が“お母さん”と言った。それまでは“大東のお母さん”と言っていたはずだ。

 そしてオレたちは、二人になんて報告するかを相談したんだ。

 この幸せな時間を、オレは一生忘れない。

「母さん! 大東!」

 偉偉が桜の舞い散る庭へ駆け込んでくる。両腕に白いメットを抱えながら。

「お帰りなさい。・・・偉偉、おばあちゃんは?」

「今、門のとこまで一緒だったんだけどね、先にマンションに帰って休みたいんだって! ボクたちはこのおうちで泊まっていけばいいって。お布団は干して敷いてあるって!」

 母さんは、何も話さなくてもすべてを受け入れてくれたんだ。オレと母さんの以心伝心は年季が入ってきたみたいだ。

「ねえ大東! バイクにかかってたこのヘルメット、中になんて書いてあるの?」

 偉偉の質問に、櫻雪が不思議そうな顔でヘルメットの中を覗きこみ、一字ずつ口にする。

「“東”“偉”・・・“雪”・・・」

「ボクたちの名前だね! これ母さんのヘルメットでしょ? 桜が描いてあるもんね」

「ああ、そうだ偉偉。この前、櫻雪にプレゼントしたんだ」

「それじゃ、大東と母さんがバイクに乗ってるとき、ボクも一緒に乗ってるみたいだね!」

「オレと櫻雪が二人で出かけたら本当は寂しいのか?」

「寂しくなんかないよ! ボク、もうすぐ7歳だよ! 大東と母さんがラブラブなほうが嬉しいから平気だもん!」

「そうか。・・・じゃあ、一人で留守番中に雷が鳴っても平気なんだな。それに地震があるかもしれない」

 偉偉の表情が曇った。

「・・・大東イジワルだ! ボクが雷と地震が大嫌いだって母さんから聞いて知ってんだろ!」

「じゃあ・・・うちの子になるか?」

「え!?」

 偉偉の目はまんまるで、いつもの二倍になる。

「うちの子になれば、オレの母さんが一緒にいてくれる」

「おばあちゃんが?」

「おばあちゃんと留守番じゃ、いやなのか?」

 偉偉はブルンブルンと首を横に振る。

「ボク、おばあちゃんのこと大好きになったよ! それに母さんと同じ匂いがするんだもん」

「よし、じゃあオレの息子になってみるか?」

 偉偉はやっと実感したのか、笑顔とも泣き顔ともつかないようなクシャクシャな顔になる。そして目から大粒の涙がポロポロとこぼれ出した。

 オレまで鼻の奥がツーンとしてくる。やばい・・・泣きそうだ・・・。櫻雪もオレの背中で泣いているみたいだ。

「ホントはね・・・母さんと・・・大東がケンカしちゃったから・・・もうダメかもしれないって思ってた・・・」

「なんだよ偉偉。男と男の約束だろ? 二人で櫻雪を幸せにするって」

 オレは鼻をすすりながら言うしかなく、父親の権威も何もない。

「うん! 一緒に幸せにする! だから母さん笑ってよ!」

 櫻雪が泣きながら偉偉を抱きしめた。オレはそんな櫻雪を抱きしめる。泣きながら・・・笑いながら・・・。

 

 オレたちはきっとこれからも泣いたり笑ったりしながら、幾度となく満月の夜を迎えるんだろう。 

 月のように心が満ち欠けすることもあるかもしれない。だけど、目に見えなくても必ず存在する月のような愛情で、オレは家族を守り、支え続けたいんだ。

オレの父さんみたいに、いつまでも・・・。

       

         飛輪海小説『ステップアップ!』大東&亞綸篇 Fin.

 

 長い間ご拝読いただき、本当にありがとうございましたhappy02 

 しばらく、あとがきなどをUpしながら『ステップアップ!SP』の準備に取り掛かろうと思ってますhappy01 

 その後の彼らの幸せぶりをみせつけるような特別篇にする予定ですので、お楽しみにshine

目次と登場人物~大東&亞綸篇

|

« 禹哲生日快樂! | トップページ | 飛輪海小説『ステップアップ!』東綸篇あとがき »

飛輪海小説『ステップアップ!』東綸篇」カテゴリの記事

コメント

感動しました(´;ω;`)!!
これからの更新も楽しみにしてます( ^ω^ )heart02

投稿: Light | 2010年9月 9日 (木) 22時30分

>Lightさん

最後まで読んでくださって感激です!happy02

一作目は夏、二作目は冬~春、SPは・・・残るは秋?

でもしばらくはあとがきにお付き合いくださいね~happy01

投稿: ミンクロ | 2010年9月10日 (金) 11時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 禹哲生日快樂! | トップページ | 飛輪海小説『ステップアップ!』東綸篇あとがき »