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飛輪海小説『ステップアップ!』第40話~莉綸篇

40話「エンジェル・ハート」~莉綸篇  赤:莉莉 緑:亞綸

 もうすぐうちに着く。あれから亞綸は、タクシーに乗ったとたん、眠ってしまった。どれだけゆすっても亞綸は起きなくて、亞綸の家を知らないあたしは、仕方なく自分の住所を運転手さんに伝えた。

 亞綸はあたしの肩にもたれかかってよく眠っている。月明かりが車内に差し込むたびに浮かび上がる、亞綸の寝顔。まつ毛に縁取られた亞綸の閉じたまぶた、なんだか女の子みたいに可愛い。女のあたしが嫉妬してしまうくらい。

 まぶたにかかっている長くなった前髪が一筋・・・少し開いた口が妙に色っぽく見える。亞綸は子供っぽくて色気のないあたしなんかのどこが好きなんだろ・・・。よく考えたら信じられないことに思えてくる。今はよくても、いつか亞綸は去っていくかも・・・。

 昨日、亞綸と歌い、亞綸のお母さんとすごした一日が、今では嘘みたいにどんよりと曇って思える。なんだか以前のあたしに戻ってしまったみたい。亞綸と一緒に歌うって決めたはずなのに・・・。

 ビルの前に着くと、亞綸が突然目を覚まし、お金を払ってくれた。タクシーを降りた亞綸の足取りはしっかりしている。

「もう! 亞綸ったら泥酔したふりしてたの!?」

「莉莉、公園を散歩しないか?」

 亞綸はあたしの荷物を持つと、反対側の手であたしの手を取って歩き出す。月光に照らされて現れたあたしたちの影もしっかりと手を繋いでる。亞綸はなぜだか何も話さず黙って歩いてる。遊具のある場所から噴水のある場所へ。そして茂みの奥へとあたしたちはゆっくり歩いていく。

 そして“秘密の花園”へとたどり着く。

 そう・・・あたしたちが初めて出会った場所だ。

 “秘密の花園”は、月明かりで銀色に浮かび上がって見える。少女像は月のスポットライトの中で今にも歌い出しそう・・・。

「今夜は花壇が花でいっぱいだな」

 それまで黙っていた亞綸が、花の香りを吸い込むように深呼吸した。一面のオンシジュームが黄色い波のようにそよ風になびいてる。

 あたしの心に一輪の花が咲く。少し心があったかくなった気がした。 

「莉莉、母さんと一緒に過ごすプラン、考えたよ」

 亞綸が突然そんなことを言い出した。

「今度の休みは莉莉も合わせてとって、母さんのボランティア活動を手伝おう。これなら母さんも喜ぶし、莉莉とも一緒にすごせるだろ?」

 どうしてそんなことを言い出したのか、よくわからないけど、なんてステキな提案!

「亞綸のお母さん、きっと喜ぶと思う。だってお休みの日があっても、ちっとも亞綸が一緒にいてくれないって嘆いていたもの。でもそれってあたしのせいでもあるかなって責任感じちゃってたの」 

「莉莉のせいじゃないよ。母さんだって忙しくしてて、ボクと休みが合うことなんて滅多にないからお互い様だよ。暇があればボクよりも、裕惠に会いたいみたいだし。孫の世話やボランティアに生きがい感じてるんだよ」

「そうなんだ。ねえ、お母さんっていつもあんなに元気なの?」

「え? そうだな。好きなんだよ、イベントとかパーティーとかにぎやかなことがさ」

「昨日ちょっとだけ呉先生とのこと聞いちゃった。今度デートするんだって!」

「父さんと母さんがデート? ふうん、いい年した夫婦が何言ってんだろうな」

「年齢なんて関係ないでしょ! 亞綸ってそういう考えの人なんだ」

「ち、違うよ! ただ自分の親のことだからさ、なんか照れくさくてそう言っただけだよ」

 亞綸は少しぶっきらぼうにそう言った。あたし、余計なこと言っちゃったかな・・・。

「そういうものなんだね、親子って。・・・わかってあげられなくてごめんね、亞綸・・・」

「そんなのいいよ。謝るようなことじゃないだろ」

 なんだか調子が狂う。莉莉がボクに気を使ったり謝ったりするなんてさ。莉莉の変化にとまどわずにはいられない。

「そうだ。ねえ、亞綸ったらいつのまに作詞したの? 全然知らなかったからヒロから楽譜を受け取ったときはびっくりしちゃった!」

「ヒロから依頼されたときはボクだってびっくりしたよ。ずっとノートに書き溜めてた言葉を繋ぎ合わせたんだ。莉莉とお母さんのことを想いながら」

 莉莉は潤んだ瞳でボクを見上げる。

「あの曲だけは、特別すぎて自分で作詞することがどうしてもできなかったの。亞綸の言葉ってハートが温まるね。あたしじゃ思いつかないような言葉がすごく新鮮だった。でもタイトルとサビのフレーズって、亦儒が聴いたらびっくりするだろうね!」

「うん、きっと印税要求してくるよ」

 莉莉が少し笑う。ボクも自然と笑顔になる。

「ピアノのアレンジも、あたしのギターを生かすようにしてくれてたね。すごくすごくステキな楽曲に完成させてくれて嬉しかった! ありがとう亞綸・・・」

 莉莉がこんなに喜んでくれて、感謝されて、最高に気分がいい。このタイミング、最高のシチュエーションだ。ボクは昨夜渡せなかったプレゼントをポケットから取り出そうとした。

「ねえ亞綸聞いて!」

 意を決したような莉莉に、ボクはプレゼントをポケットに戻す。

「昨日の夜のことなんだけど、なんだか・・・あのね・・・記憶があんまりないの・・・食事して、部屋に行ってテレビを見たのは覚えてるけど、その後くらいから・・・」

「緊張したりテンションあがったりで、疲れてたんだろ? 悪酔いしても仕方ないよ」

 じゃあ、母さんのことでからんだことも、覚えてなかったのかもしれない。

「・・・ごめんね、何か迷惑かけたりしなかった?」

「そんなことないよ。ただいつもより・・・」

「いつもより何?」

「いつもより、可愛かった。甘えたり、だだこねたりして、子供みたいにね」

「やだ、子供みたいに? でもそれだけ?」

「あ、ちょっと暴れたけどね」

「嘘! ・・・でもそれだけ?」

 莉莉は何を心配してるんだろう? それ以外に何かあったかな・・・。

「ごめんね亞綸! あたし、覚えてないの。朝、目が覚めて、すごくショックだったの・・・亞綸との“初めて”を覚えてないなんて、すごくすごく悲しくて・・・」

え!? 今、なんて言った? ボクとの“初めて”がなんとかって・・・?

「莉莉、落ち着けよ。“初めて”ってなんのこと言ってるんだ?」

“初めてのお泊り”のわけないよな。もう単なるお泊りは何度もしてるからさ。

“初めてのデート”のことか? だけど食事したことは覚えてるって自分で言っていた。

「・・・朝、起きたら、亞綸は何も着てなくて、あたしは亞綸のシャツを着てて・・・でも本当になんにも覚えてないの! 大切な思い出にしたかったのに・・・あたし、サイテーだよね・・・怒った? 怒っていいよ」

 そうか・・・そう言えばシャワーのあと、バスローブを着てそのまま寝てしまったんだ。替えの下着がないからバスローブの中には何も着ていなくて、朝目覚めたらバスローブは床に落ちていた・・・。つまり寝ているうちに、いつのまにか裸になっていたんだ。それを見た莉莉は誤解したってことか!

 莉莉の懺悔的告白に、ボクはなんて答えてあげればいいんだろう。勘違いとはいえ、ボクとの初めてを覚えてないことに、こんなにもショックを受けている莉莉を・・・

 ボクは思いっきり抱きしめた。抱きしめずにはいられなかった。

「・・・亞綸? 痛いよ・・・やっぱり怒ってる?」

「怒ってるさ、ボクが今までどんな思いでいたと思う?」

「亞綸ごめんね・・・」

 ボクは莉莉にキスしたくて仕方ない。今はどんな言葉よりも、キスが一番わかりあえるはずだ。ボクが怒ってなんかいないことを、ボクの心臓が莉莉中心でしか鼓動しないことを、莉莉なしでは止まってしまうことをキスで伝えたい・・・。そう思って抱きしめていた腕を緩めようとしたときだった。

「亞綸・・・ポケットに何か入ってる?」

「え? あ、忘れてた・・・」

 ちょっと拍子抜けだけど、ボクは気を取り直してジャケットのポケットからプレゼントの箱を取り出し、莉莉の手の上に載せた。

「開けていい?」

 莉莉は瞳をキラキラさせて聞いた。

「うん。初めてのちゃんとしたプレゼントだろ? 昨日、お店でずいぶん悩んだよ。危うく正体がばれるところだったけど、また日本人片言作戦でうまくごまかしたよ。“ボク、日本人デス~”ってね」

 莉莉が笑った。やっぱり莉莉は笑っているのが一番いい。なんだか楽しくなってきた!

「ハートのネックレス? わあ天使の羽!? 可愛い!!」

 莉莉が目を輝かせた。ハートから天使の羽が生えているプラチナのネックレス。ボクはそれを取り出し、莉莉の首のうしろに手をまわしてつけてやる。

「これなら託児所にもしていけるだろ?」

 莉莉がボクの体をギュッと抱きしめた。

「あたし、亞綸から貰ってばかりだね。巾着も、ステキな歌詞も、このネックレスと同じくらい、大事な贈り物だもん。あたしはまだ何もプレゼントしてないね・・・」

「ボクは莉莉からいろんなものを貰ってるよ。それは目で見えないけれど、どれもボクにとって大事なプレゼントなんだ」

 莉莉の顔をのぞきこむと、莉莉は少し泣きそうな顔をしていた。

「泣くなよ・・・感動したのか?」

 茶化したように言うと今度はすねたような顔になる。ころころとよく変わる表情、ホント、莉莉は見ていて飽きない。

「なあ、莉莉。一年も前からボクのために曲を書いてたってホント?」

「うん。亞綸と初めて出会った日が解散の日だったんだよね。でもそれから飛輪海のCDを買って何度も何度も聴いたの。亞綸の声質も、声域もファルセットやフェイクの特徴も、何もかも知ってるんだから」

 だから歌いやすかったんだな。禹哲は絶対的に上手いけど、莉莉の曲はボクのほうがしっくりきてるんじゃないかってずっと思ってた。

「でも亞綸の声域も声量も一年前とは断然違ってきたよね! 昨日、あの歌を一緒に歌ったとき、背中がゾクゾクしちゃった! ボイトレ頑張ってただけあるよね」

 ボイトレの成果でもあるけど、それだけじゃないことは自分でもわかってる。莉莉がそばにいて、一緒に歌ってくれるからなんだ。

「ボクとの“初めてのキス”、覚えてる?」

 莉莉が真っ赤になったのが月明かりでもわかる。

「・・・それだけは忘れたいけど・・・ちゃんと覚えてる・・・」

 あれはクリスマスの夜、場所はBaTだった。平手打ちされてから「サイテー!!」と罵られ、襟元を掴まれての強引なキス。そして「これはお別れのキス。もう二度と現れないで!」と天使の微笑みでの悪魔のような捨てゼリフ。

 あれほどボクの心を掻き乱した出来事はない。今では憤りを通り越して、甘美な体験にさえ思えてしまうくらいだ。

 ボクが思い出し笑いをすると、莉莉はあのときを再現するように、にらみつけながらボクの左頬をゆっくりとなでるような平手打ちの真似をする。

「亞綸ったらイジワル・・・」

 莉莉のすねた顔。笑顔の次に好きなんだ。

 そのとんがった唇がキスしたくなるくらい可愛いから・・・。 

 さあ、いつ本当のことを話そうか・・・。心は結ばれていても、まだ体は結ばれてないってことを・・・。そして最高の初めてをプレゼントしたいって思ったんだ。

 亞綸は部屋の前まで来ても、なかなかキスもしてくれない。気持ちのタイミングが行き違っちゃうことが多いあたしたち。

 すねてるのがやっと伝わったのか、あたしをなだめるように髪を撫でてくれる。それからゆっくりと体をかがめて顔を近づけてくる。

 なんだかちょっとくやしくて、焦らしちゃおうかと思ったけど、あたしは自然と背伸びして求めるように惹きよせられてしまう・・・。

 それなのに、亞綸はあたしの唇を通りすぎて胸元のエンジェルハートに唇を当てて、可愛く“チュッ”という音をさせた。

 今日の亞綸はちょっとイジワルだ。

「莉莉の唇、さっきよりとんがってるぞ」

 思わず両手で唇を隠す。亞綸がおかしそうな笑みを浮べた。

「莉莉の理想の“初めてのキス”をプレゼントしてやるよ。リクエストは?」

 あたしが“初めて”にこだわるせい? リクエストさせるなんて、優しいようでやっぱりイジワルだ。

 だけど“初めてのキス”のやり直しって魅力的な提案に、心が揺らぐ。だって思い返してみても、あたしたちのキスってほとんどがあたしからの強引なキスなんだもん。やっぱりあたしは女だから、ちょっとくらい強引に奪われたいって思う・・・。想像するだけでなんだかドキドキしてきた。

「ほら、言ってみろよ!」

「強引に奪って!」

 急かされて思わず口にしてしまう。

「ふうん・・・」

 亞綸は目を細めてそう言ったまま黙ってしまう。

 やだ、あたしMっぽいこと言っちゃった! 顔から火が出そうなくらい熱くなる。

「亞綸やっぱり今のなし!」

 あたしは亞綸の腕の中から逃れようと身をひるがえす。すると亞綸はあたしの手首を強く掴んで引き戻す。

「やだやだ! 嘘だってば!」

 自分のペースじゃないと、恋愛もキスも上手くできない。始まりも終わりも、いつだってあたしは自分で決めていた。自分でリードすることで、傷つくことを避けていた。

「暴れるなよ・・・」

 亞綸はアルコールが入ってるせいなのか、いつもと全然違って強引だ。

 亞綸の左手はあたしの背中を強く抱き寄せ、右手があたしの顎を持ち上げる。濃いまつ毛に縁取られた瞳が・・・口角が少しあがったキュートな唇が、どんどん近づいてくる。

 あたし、どうにかなっちゃいそうなくらい心臓がバクバクいってる! 思わずうつむいてしまっても、亞綸はあたしの顔を両手ではさんで引き戻す。そして唇は奪われるように重なった。強くドアに押し付けられ、呼吸できないくらい繰り返されるキスに、あたし、溺れそう・・・。

 亞綸のキスがこんなにもワイルドなのって初めてだ。その激しさについていくのが精一杯・・・。 

 でも大好きな人を、もっと信じてついていきたい・・・。亞綸なら、信じたい・・・信じられる。

 そう強く思うと同時に、体の余分な力が抜けていく。あたしは亞綸の呼吸に、キスに、気持ちに・・・自然に合わせて亞綸のキスを一身に受ける。亞綸の前で、気負うことなんて一つもない。あたしはあたしのままでいいんだ。

 莉莉がボクに身を委ねてくれた気がした。いろいろあったボクたちだけど、一つ一つ乗り越えてきた。これからは、もっと身近に感じながら、莉莉とのいろんな“初めて”を一緒に経験していくんだ。つらいことは半分ずつにして、ドキドキわくわくな楽しいことは二人でなら二倍になる。

 まずその前に莉莉に本当のことを伝えないと・・・。ボクはキスをやめて、莉莉のふわふわな髪に触れながら呼吸を整えた。

「どうしたの?」

 莉莉はキスをやめたことに不満顔だ。でも真実を知れば喜ぶはずだ。

「昨日、実はさ、莉莉は先に眠っちゃって何にもなかったんだ」

 ぼくは一気にそう言い切った。

「え?・・・」

「仕方ないよ。いろいろあって疲れてたんだからさ」

 ボクの腕を掴んでいた莉莉の手に、力がこもる。

「亞綸・・・どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」

「・・・え?」

 ボクは“悪魔な莉莉も悪くない”って思ったことを、数秒後には後悔することになる。

 だけど、こんなことを繰り返しながら、ボクと莉莉は気持ちを深め合っていくんだ。

“あの歌”のタイトルにもなってる“百万回言っても足りないくらい愛してる”って言えるくらいにね。

最終話「桜の樹の下で」~東雪篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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