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飛輪海小説『ステップアップ!』第39話~東雪篇

39話「以心伝心」~東雪篇  ピンク:櫻雪 青:大東

 私は訳も分からず、ヤンさんのバンに乗せられ、どこかへ連れて行かれようとしている。明日香のベストセラー“非・以心傳心”の日本語訳という大きな仕事を任され、毎日が必死だった。大東とあんな別れ方をした翌日に降って湧いた夢のような話。私はその夢の中をさまようことで、大東のことを考えないようにしていた。そう、私は現実から逃げていた。

「ねえ、偉偉、どこへ向かってるの?」

「ボク、知らないよ」

「櫻雪、ボクも知らないんだ」

「あたしも・・・」

「あら、知ってるのはどうやらわたしだけみたいねえ」

 ヤンさんは得意げに言う。

「あれ? この道って、もしかして・・・」

 亞綸が何か気付いたみたい。

「阿布!」

 ヤンさんにたしなめられて、亞綸は黙ってしまう。

「さあ、着いたわよ。ここでみんな降りて」

 そこは、古い日本家屋の前だった。

「ヤンさんは降りないんですか?」

「わたしはただの運転手よ。門を入ったらすぐ右の庭に入っていってね。・・・まったく面倒ばかり起こして。恋愛のことは最初っからわたしに相談していればよかったのよ。呉尊や亦儒みたいにね。明日は莉莉も亞綸と事務所へ来てちょうだい。櫻雪、しばらくシフトを組んでスタッフにも受付をやらせるから、明日は休みなさい。それじゃあね」

「ヤンさん・・・ありがとうございます! お疲れ様でした」

「おしっこ!」

 降りた途端に偉偉が叫ぶ。

「櫻雪、あたしたちがトイレに連れて行くから先にお庭に行ってて! ほら、亞綸ったらボーっとしてないで! トイレどこ?」

「え? あ、玄関入って廊下の突き当たりだったかな・・・」

「お邪魔しま~す」

 

 私だけ一人残され、訳がわからないまま、庭へ入っていく。古い日本家屋だけれども、日本風の庭は手入れが行き届いている。

 一片の花ビラが舞い落ちてきた。上を見上げると、そこには大きな桜の木が枝を広げていた。

 ソメイヨシノ・・・? 懐かしさが胸いっぱいに広がる。

「今年は開花が遅くてね」

 女性の声がした。振り返ると縁側に初老の女性が腰掛けている。

「今週も花冷えで今日までなんとかもってくれてよかったよ」

「こんばんは。勝手にお邪魔してしまってすみません・・・」

 私がその女性に近づいていくと、あの懐かしい香りが漂ってきた。この人はもしかして・・・。

「あの私・・・」

「櫻雪さんでしょう?」

「え? はい。初めまして・・・あの・・・」

「そうそう、あの子は今、近くの酒屋まで飲み物を買いに行っているのよ。お料理は今朝から腕によりをかけてわたしが作ったのよ。日本の花見のようなお料理とはいかなかったけど、どうぞ食べていってちょうだいな」

 縁側に置かれたテーブルにはたくさんの料理が並べられている。台湾料理の他にも、ハンバーグや太巻きも用意されていた。

「ありがとうございます。とっても美味しそう。こんなふうに私もごちそうを作れるといいんですけど・・・あ・・・私ったら手ぶらでお邪魔してしまって・・・」

「気にすることじゃないよ。これだけの料理と、満開の桜があれば充分だからね」

「綺麗なソメイヨシノですね」

「亡くなった主人も、この桜が自慢で毎年春を心待ちにしていてね。だからマンションに越してからもこの家を売らずにいるんだよ」

「そうだったんですか・・・」

 亡くなったご主人を思う表情に胸が苦しくなる。私も両親を思い出してしまう。

「櫻雪さんも、ご両親を亡くされてるそうね」

「ええ・・・」

「そういえばお子さんは? 偉偉ちゃんも来てるんじゃないのかい?」

 そうだった。まだトイレなのかしら・・・。

「わあ! すごいご馳走だね! これ全部おばあちゃんが作ったの?」

 偉偉が部屋の奥から駆け寄ってくる。

「偉偉ったら、まずご挨拶でしょ!」

「あ、そうだった! おばあちゃん、初めまして! ボク、馬俊偉です!」

「元気なご挨拶だねえ! 初めまして。わたしはね・・・」

「知ってるよ! 大東の母さんでしょ!」

 もしかして、このことを知らなかったのは私だけ?

「おばさん、久しぶり! 元気そうだね?」

「あらまあ亞綸、ホント、久しぶりだねえ。ちっとも顔を出さないから忘れかけてたよ」

「ええ! ひどいなあ!」

「あら、そちらの可愛いお嬢さんが、今、話題の莉莉さんだね? やるじゃないか亞綸」

 莉莉が話題? なんのこと?

「そうだろ? 今度ユニット組むことになったんだ。だってさ、大東はここんとこ芝居のことばっかだからさ。すごいご馳走だね。こんなにあるんだったら姉さんたちも連れてくればよかったよ」

「・・・阿明は元気? 時々手紙をよこすけど、忙しいんだろう?」

「うん、今日の授賞式で最優秀作家賞をもらったんだ。ボクがプレゼンターで渡したんだよ。ほら、なんでだか最近週刊誌にバレちゃったからさ、明日香(ミン・リーシャン)が姉さんだってこと」

 亞綸は知らない。阿明が明日香だって記事は、私が社長に託されて週刊誌にリークしたってことを。大東と阿明のスキャンダルを防ぐために・・・。

「阿明に伝えておくれ。映画のことでは大東のためにいろいろ骨を折ってくれたそうだから、感謝してるとね。顔を見せて欲しいところだけど、我慢しようかねえ」

 懐かしむようでいて、どこか寂しげな表情。阿明のことを娘のように思ってるみたい・・・。きっと娘になることを望んでたはず。

「わたしとしたことが、櫻雪さんにつまらない話を聞かせてしまったね」

「いいえ、そんなこと・・・」

「わたしは明日香の小説の大ファンなんだよ」

「私もです。それに阿明はいい友人で、いろいろ助けてもらってます」

「おばさん、櫻雪は姉さんの映画化した本の日本語訳をしてるんだよ」

「“非・以心傳心”のかい? それじゃあ日本でも発売されるんだね?」

「日本でもベストセラーになれば映画の日本公開も夢じゃないかもね」

 亞綸の言葉は少しプレッシャーに感じる。私の翻訳にかかっているってことだから。

「櫻雪さんも、息子の力になってくれていて、本当に感謝しているんだよ」

「いえ、私は何も・・・」

「わたしにはわかるんだよ。ずっと自分一人でストイックに頑張ってきたあの子が、今は櫻雪さんや偉偉ちゃんがいるから頑張れてるってことをね」

「なんだよ? オレのいないところで勝手に誰の話をしてんだよ!」

 大東が庭に現れた。一週間ぶりに聞く大東の声、一週間ぶりに見る大東の姿・・・。大東はお母さんに言われるがままに私の隣に座った。

「遅かったじゃないか東成。さあ食べようかねえ。偉偉ちゃん、おなかすいただろう?」

「うん! おばあちゃん、このハンバーグ食べていい?」

「ああいいよ。これは偉偉ちゃんのために特別に作ったんだよ。おばあちゃんが皿にとってあげようねえ」

 偉偉のために? 大東の顔を見るけど、私を見てくれない。でも偉偉の好物をお母さんに伝えてくれてたのね。

「ほらほら亞綸も、莉莉さんに何かとってあげなさいな。東成、あんたもだよ! 櫻雪さんの好きなものくらいわかるだろ?」

 大東は鼻の頭をかきながらしばらく料理を眺めてから、お箸で太巻きを皿にのせて私に差し出した。

「ありがとう・・・」

「台湾人の太巻きだから期待しないほうがいいぞ」

「本当に失礼な息子だよ! ちゃんと知り合いの日本人教わって作ったんだからね! 世間では孝行息子で通ってるらしいけど、これが本性だからねえ」

 みんなで笑う。さっきまで車の中では、どこか緊張感のあった亞綸と莉莉も、楽しそうに笑っていた。

「おい偉偉、コーラ飲むだろ?」

「うん!」

「じゃあ、コップ持ってこっちこいよ」

 偉偉があぐらをかいていた大東の膝に座る。

「おまえもうすぐ小学校にあがるんだろう? 膝に座るなんて、まだまだガキだな」

 そう言いながらも大東も嬉しそうに笑ってる。今まで父親の膝に座ったことなんか偉偉は一度もなかった。そんな偉偉が迷わず大東の膝に座ったことに私も驚いた。

「大東! ボク、ビール!」

「亞綸、おまえは自分でつげ」

 大東はそう言いながら、私のグラスに烏龍茶を注いでくれる。でも相変わらず目を合わせてくれない。

 櫻雪の視線を感じる。それだけで鼓動が速まるし頭がのぼせそうだ。櫻雪の声をもっと聞きたいのに、自分からはなかなか話しかけられない、不甲斐ないオレ・・・。すぐ隣にいるのにこんなにも距離を感じる。

 オレは昨日のことを櫻雪に報告したくて、莉莉に話しかける。おそらく亞綸も気にかけてるはずだ。

「莉莉、昨日はサンキュ。託児所が引き受けてくれて助かったよ。莉莉のおかげだ」

「ううん。そういえば燕華ちゃん、今日早速お友達ができたの」

「大東! ボクは燕華ができないことを手伝ってあげたよ!」

 偉偉が自慢げに言う。

「燕華は他の子より成長も覚えるのもゆっくりだからな。いろいろ助けてやれよ偉偉」

「燕華ちゃんって、カメラマンの李釣天さんのところの? よかった、託児所で引き受けてもらえたのね」

 櫻雪がホッとしたように言った。本当は櫻雪に一番に報告したかったことだ。だけどみんなの前では素直にそう言えない。

「東成、人助けになるようなことをしたのかい?」

「李釣天という人の奥さんが、子供の受け入れ先がなくて働けないっていうんだ。それで莉莉の勤めている託児所に、その李さん一家と一緒に頼みに行ったんだよ。そのとき莉莉が面接に立ち会ってくれてさ。受け入れを迷っていた所長を説得してくれたんだ」

「・・・なんだそれで大東と・・・」

 亞綸が小声でつぶやいたのを、オレは聞き逃さなかった。オレと莉莉のことを気にしていたのはわかっていた。“ボクの彼女に気安く触るな”って目でにらまれれば鈍いオレでもさすがに気付く。

 だけど莉莉があんまり献身的で一生懸命だから、オレも昨日だけで莉莉のファンになっちまったみたいだ。まあ、“可愛い妹”みたいな気持ちだから、許せよ亞綸。

「東成。子育てしながら女が働くのは並大抵のことじゃないよ。おまえはいいことをしたねえ」

 おふくろに褒められるなんて久しぶりだ。もしかして櫻雪のことも気にかけてくれてるのかもしれない。

「あ、そうか。だから昨日病院のイベントに遅刻したのか、莉莉?」

「うん・・・所長はいい人だから保育士の負担のことも考えて決めかねてたんだと思う。現状だと保育士を増やす余裕がないみたい。それなのにあたしの芸能活動を認めてくれたの」

 無認可で行政からの補助がないからってことか・・・。だけどああいう託児所が、働く母親の最後の砦になるんだろうな・・・。ついこの間まで、オレには無関係だと思っていた世界が、今では現実の問題として目の前にある。

 

 オレたちは桜そっちのけで料理を食べつくした。亞綸と母さんでビール瓶を3本あけたけれど、オレは思うところがあってコップ一杯にとどめた。櫻雪と莉莉は一滴も飲まなかったようだった。

「大東、あたしたちそろそろ帰るね」

 莉莉がきちんと座りなおすとそう切り出した。

「そうか。タクシーを呼ぶよ。亞綸を頼めるか?」

「ボクは全然酔ってないぞ! 大東はもっと飲め!」

「わかったわかった」

 オレがそうなだめている間に、櫻雪はタクシー会社に電話をしてくれたようだった。

 ほどなくして二人はタクシーで帰っていった。亞綸があんなにも酔ったのを見たのは解散コンサートの打ち上げ以来だ。

「ふう~・・・私も酔っ払ったようだねえ、すっかり弱くなったみたいだ。偉偉ちゃん、酔い覚ましにおばあちゃんを散歩に連れて行ってくれないかい?」

 亞綸と莉莉が帰るとすぐにおふくろが言う。

「うん! ボクが連れてってあげるよ! 母さん、行って来るね!」

「え? ええ、気をつけていってらっしゃいね」

 

 そうしてオレたちは二人きりになった・・・。

 莉莉とおふくろが気を利かせてくれたことくらい、わかっている。

 今夜の花見に協力してくれた、すべての人に感謝しよう。

 

 オレの心が、櫻雪に伝わるだろうか。以心伝心・・・。

 だけど大事なことは、やっぱり言葉で伝えなければいけないんだ。

 

第40話「エンジェル・ハート」~莉綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

ウィルバー生日快樂! ヴァネス生日快樂! 

藤岡くん生日快樂! 大東生日快樂! 

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