« 飛輪海小説『ステップアップ!』第36話~亞綸篇 | トップページ | 飛輪海小説『ステップアップ!』第38話~亞綸篇 »

飛輪海小説『ステップアップ!』第37話~東綸篇

37話「レッドカーペットの上で」~東綸篇  緑:亞綸 青:大東

 

 枕元に置いてあった携帯の着信音で目が覚める。ヤンさんからだった。ホテルの前に迎えに来てるから早く出てきてと言われた気がする・・・。寝ぼけていてハッキリとした記憶がない。

 いつの間に眠ってしまったんだろうか。4時半くらいまでは起きていたはずだ。莉莉を求めて反対側に腕を伸ばしてみても、ひんやりとしたシーツがあるだけだ。

 起き上がって周りを見回しても莉莉の姿も気配もなかった。時計を見るともう8時を過ぎていた。

「莉莉!」

 返事がない。ボクは寝不足でだるい体を引きずってクローゼットを開けてみる。中にはボクのジャケットとパンツ、莉莉に貸した白いシャツ、それにドレスがきちんとハンガーにかけられていた。ショップの紙袋の中をのぞいても莉莉の服がない。それに母さんがプレゼントした靴はきれいに箱に入っているけど、莉莉の靴はどこにもなかった。花束もないし、もちろんギターも消えている。

 ボクを起こさず莉莉は黙って行ってしまったみたいだ。ドレッサーのひき出しの中のプレゼントを取り出すと、急に虚無感に襲われる。昨日チャリティーで一緒に歌った感動がもう、遠い日のように感じる。あんなにボクたちは二人で一人って感じに繋がった気がしていたのに・・・ベッドにぬくもりさえも残さずに、莉莉は消えた。

 莉莉は眠ってしまう前、ボクが母さんを大切にしてないことを非難していたっけ・・・。またいつかみたいに、莉莉はボクを拒絶するんじゃないだろうか・・・。そんな不安ばかりがよぎっていく・・・。

 迎えに来ていたヤンさんのバンに乗り込む。

「遅いわよ阿布! ・・・何そのひどい顔! 寝てないの?」

「まあね・・・3時間ちょっとくらいかな」

「その紙袋は何? それ忠孝東路4段にあるドレスショップのじゃない?」

「・・・莉莉のドレスと靴が入ってる」

「莉莉って昨日の子よね? まさか今まで一緒だったの?」

 ため息まじりのヤンさんが運転席からボクにスポーツ新聞を投げてくる。ヤンさんが勘ぐるような甘い夜なんかじゃ断じてなかった。

 新聞の一面は開幕投手の完全試合の記事がデカデカと載っていた。昨日がプロ野球の開幕日だったらしい。芸能欄を開くと、ボクと莉莉が歌ってる写真が小さく写っていた。そしてもう一枚は莉莉の手を握って走っていくボクたちの後ろ姿だった。ボクの熱愛記事なんて、こんなものらしい。飛輪海だったころとは、もうこんなに扱いが違ってる。それに政治部のカメラマンがついでに撮ったものだ。さほどボクに興味もなかったからか、記事も簡単でありきたりでいい加減なものだった。そこらのでっちあげ報道と何も変わらない。

「助かったわ。大物政治家の入院と完全試合のおかげで炎亞綸どころじゃなかったみたいね。・・・でもちょっとくやしいわね。あんなにステキな二人の歌声を新聞では伝えられなくて」

「テレビでやってただろ?」

「テレビのあんな短いニュース映像なんかじゃ全然伝えきれてなかったわよ! 本当の歌声はあんなものじゃなかったのに!」

 ヤンさんが珍しく興奮気味に言う。

「今日のスケジュールは?」

「今からラジオの収録よ。私はその間、事務所で緊急会議だから。午後からは大東と授賞式のプレゼンター。その後はパーティーよ。多分、そこで芸能記者から質問攻めに合うだろうから対策会議なの」

「ふうん・・・」

「何よ、阿布ったら気のない返事して! いったい誰のために・・・ああ、もういいわ!」

 会議を開いたからといって、莉莉への不安が拭い去られるわけじゃない。それに莉莉に会いに行く時間なんて、とてもなさそうだ。

    *          *          *

 午後3時すぎ。スタイリストと控え室で着替えを済ませ、ヤンさんが来るのを待っていた。会議でどんなことが決まったんだろう。あれから莉莉に何度か電話してみたけど通じない。自分の運命を自分で決めることも確かめることも、今のボクには許されてないみたいだ。

 ヤンさんは会議が長引いているらしい。ボクは時間になりスタッフに連れられてリムジンに乗り込む。中にはすでに大東が乗っていた。

 二人で同時に大きなため息をつく。

「なんだよ、亞綸。そのため息は・・・」

「そっちこそ。大東のため息のほうが大きかっただろ!」

「まあな・・・」

 久しぶりに会ったけど、こんなに顔色の冴えない大東も珍しい。大東も櫻雪となんかあったのかも・・・。

「おまえもやるよな」

「何が?」

「何って、新聞見たぞ。熱愛スクープ、久々だな。わかりづらい写真だったけど、相手、莉莉だろ?」

 リムジンの運転手を気にしてか、大東は小声で話す。でも車体がこんなにも長いリムジンだから、運転席までは聞こえっこない。

「うん・・・」

「ま、しばらくはパパラッチに張りつかれて大変だろうけど、じきに納まるさ」

「大東・・・恋愛ってさ、盛り上がったと思ったら急に突き落とされたりしてさ・・・楽しいばかりじゃないよね・・・」

「ああ、忍耐あるのみだろ。オレだってさ・・・ってなんだよ亞綸、上手くいってるんじゃないのか?」

「いろいろあるんだよ、ボクだって」

「ふうん、そうか。おまえもか」

 二人揃ってまた大きなため息をつく。やっぱり大東もなんだ・・・。

 リムジンが止まり、ドアが開けられた。ボクたちはそれまでのため息はなかったことのように、颯爽とレッドカーペットへ踏み出した。炊かれるフラッシュ。ファンの歓声。群がる記者たち。差し出されるたくさんのマイク。次々とさまざまな質問を浴びせられる。

『炎亞綸! 昨日の歌姫との関係は?』

『昨夜は自宅に戻らず、どちらですごされたんですか? あの彼女と一緒だったんですよね?』

『彼女はいったい何者なんですか? また宣伝のためのでっち上げなんじゃないですか?』

 ボクは笑顔と無言を貫き通す。

 今日のところは記者たちは亞綸に任せよう。明日はわが身だ。

 だけど、オレはもう一週間も櫻雪と会ってもいなければメールさえも交わしていない。顔で笑って心で泣いて・・・か。オレは沿道の観客たちに最高の笑顔で手を振る。

「おい、亞綸。オレは莉莉に・・・」

 亞綸の肩を引き寄せて耳元で話そうとすると、オレの声は悲鳴に似た歓声でかき消されてしまった。莉莉のことであいつに話さないといけないことがあったが、まあいい、あとでゆっくり話そう。オレと亞綸は手を振りながらレッドカーペットを進んでいく。周りには数々の台湾スターたちが顔を揃えている。

 林志玲? 視線の先に林志玲の姿をみつけた。そうか、彼女はこの一年最もアジアで活躍した女優としての受賞だ。オレや亞綸は、今回はプレゼンターだ。だけど、来年は、絶対に貰う側になってみせる!

 そういえば、林志玲がいるならヒロも来ているかもしれないな。

「よっ!」

 誰かに肩を強く叩かれて、思わず前のめりになる。振り替えると黑人が范范を伴って笑顔で立っていた。

「大東、どうだった? 一本桜から見た山の景色、最高だったろ? 櫻雪も喜んだか?」

「あ、ああ。いい場所を教えてくれてありがとう、黑人」

「あら、黑人ったら私たちのとっておきのあの場所を教えてしまったのね? でも大東と櫻雪にだったら仕方ないわ。許してあげる」

 ケンカして、一週間も連絡を取ってないなんて、口が裂けても言えない。櫻雪を泣かせたなんて知られたら黑人に殺されそうだ。

「もう、黑人も范范も私を置いてかないでよ! あら! 大東、炎亞綸お久しぶり~!」

 Makiyoだった。

「炎亞綸ったら、あなたもやるじゃない?」

「え? まあね・・・」

 亞綸は苦笑いする。黑人と范范は亞綸の熱愛報道を知らないのか、キョトンとしている。そんなことを解さずMakiyoは辺りをキョロキョロと見回してから聞いてくる。

「それより、ねえ、ヒロを見なかった?」

「ヒロ? 来てるんだ! ボクは見てないよ。大東は?」

「オレもまだ見てない」

「そう、どこ行っちゃったのかしら」

「あとで会えるさ。昨日メールで知らせてきたんだから。なあ范范」

「ええ。わたしのウエディングドレスのデザイン画を今日見せてくれるって」

「それならパーティーでは会えるわね。・・・あら? あれ辰亦儒じゃなあい?」

 亦儒? まさかこんなところにいるわけない。・・・阿明!? 阿明だ。オレの視線の先にドレスアップした阿明の姿がある。その隣にはぴったりと寄り添う亦儒がいた。目が合うと、亦儒はにこやかに手を振りながら阿明を伴って近づいてくる。

「姉さんたちどうしたの? 来るなんてボク、全然聞いてなかったんだけど」

「おまえな~! 最近、うちに寄りつかないのは誰だよ! こっちだって聞いてなかったぞ、昨日お義母さんのチャリティーで莉莉と歌ったんだって?」

 亞綸は阿明のマンションに行っていないって? 莉莉のおかげで、やっとシスコン卒業ってわけか。

「ボクだって歌うことになるなんて思ってなかったよ。成り行きだよ」

「わたしも行けばよかったわ。聴きたかったもの、小霖と莉莉の歌」

「それに加えて熱愛報道か・・・それもよしだな。ゲイ疑惑の払拭になる。なあ弟よ!」

 亦儒の冷やかしに、亞綸はあからさまに嫌そうな顔をした。

「それで、今日はなんだよ、二人揃ってさ」

 オレは阿明にそう聞いたのに亦儒が口を開く。

「ボクの愛するワイフが、栄えある第一回のこの授賞式で、作家部門で受賞したんだ。すごいだろ?」

 亦儒は阿明を満面の笑みで見下ろし、淡いパープルのドレスを着た阿明は亦儒の腕に自分の腕をからめている。幸せを絵に描いたような二人に、多少なりとも嫉妬する。

 久しぶりの公の場での3人揃った元飛輪海をとらえようと、カメラマンが集まりだす。呉尊がいれば完璧だったのにな。オレたちはしばらくスリーショットのサービスをしてから再び歩き出す。

 実は呉尊も受賞者の一人だ。最もアジアで活躍した俳優としてだ。欠席の呉尊にかわって、オレと亞綸がステージに上がることになっている。呉尊は親父さんがケガで入院したらしい。とことんヒロに会えない運命なんだろうか。

 報道陣や観客から死角になった建物に入ると、人目をはばかるようにして阿明がオレの元へ来る。

「いつかは本当にごめんなさい・・・わたし、酔っ払ってみっともないことしちゃって・・・。迷惑かけたから、ちゃんと大東に謝らなきゃってずっと思ってたの」

「ったく、亦儒が浮気なんてする訳ないだろ? それにおまえから謝られるのはなんか気持ち悪いよ。どうせなら感謝されたほうが嬉しいかもな」

「え? そっか・・・そうよね」

 阿明はしっかり向き直ってオレの目をまっすぐにみつめる。

「大東、あのとき一緒にいてくれてありがとう。大東が泣きたいときはわたしを呼んでね。いつでもどこでも何があっても駆けつけるから」

 阿明は少し神妙な顔でそう言った。社交辞令なんかじゃない、阿明の本気が伝わってくる。

「サンキュ・・・阿明」

「初めて言ったわね“阿明”って」

 あ・・・思わず口にしていた・・・。“呉香明”と呼び続けていたのは、オレなりのこだわりみたいなものに過ぎなかった。まわりで、こいつをそう呼ぶのは自分だけだっていう。

「いいからもう亦儒のとこへ戻れよ! あいつだって人間だ。嫉妬だってするだろ」

「亦儒が言ったのよ。大東にちゃんと謝ってこいって」

 そういうことか。いつだって亦儒は一枚も二枚も上だ。くやしいけどさ。

 阿明は亦儒に愛されてるという自信で、二倍も三倍も強くなっていくみたいだ。つまりオレの親友はますます頼りになるってことだ。

 正直言うと、今が一番泣きたい。だが阿明に泣きつくほどオレもプライドを捨てきれない。

 大切な人を失いかけているかもしれないのに、華やかなレッドカーペットの上で、笑顔で仕事をこなすしかないんだ。

 オレも亞綸も・・・。

第38話「莉莉シンドローム」亞綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

|

« 飛輪海小説『ステップアップ!』第36話~亞綸篇 | トップページ | 飛輪海小説『ステップアップ!』第38話~亞綸篇 »

飛輪海小説『ステップアップ!』東綸篇」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 飛輪海小説『ステップアップ!』第36話~亞綸篇 | トップページ | 飛輪海小説『ステップアップ!』第38話~亞綸篇 »