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飛輪海小説『ステップアップ!』第38話~亞綸篇

38話「莉莉シンドローム」~亞綸篇

 授賞式が終わり、大東とはぐれてしまったボクは、一人控え室に戻る途中にたくさんの記者たちに取り囲まれる。

『炎亞綸! そろそろ話してくれませんか!

『彼女とはいつからお付き合いを!?

 まだヤンさんは来てないのか? ボクはノーコメントを通すしかないみたいだ。と、そのときだった。

「記者の皆さん、囲み会見でよろしければ正式に皆さんにご報告したいことがあります」

 そこに現れたのは、ヤンさんと、なぜかヒロだった。そしてその後ろには・・・

 莉莉? どうして!? 

 今日の莉莉はふわふわの髪をおろしていて、衣装もメイクもいつもに増して可愛いい。

 今から何を報告するって言うんだ? 何も聞かされていないボクはいったいどうすればいいんだ! 

「亞綸は初めは黙ってて。ヤンさんの話を理解してから、さしさわりのないコメントをするのよ。勘のいいあなたならそれくらい簡単でしょ?」

 ヒロがそうボクに耳打ちした。わかったよ! うまく口裏合わせればいいんだろ!

 

 ヒロ、ボク、莉莉、そしてヤンさんという並びで会見が始まった。

「皆さんが一番気になさっている、こちらの女性ですが・・・名前は黄莉莉といいます」

 莉莉が少し緊張したような笑顔でペコリとお辞儀する。フラッシュが一斉にたかれる。

『黄莉莉さんと炎亞綸の関係は?』『黄莉莉さんはデビューの決まった新人ですか?』

 記者たちは先走って質問してくる。

「シンガーソングライターである黄莉莉は、おっしゃるとおりデビューが決まっております。現在進行中の炎亞綸のソロプロジェクトに、何曲か参加するという形でですが」

『それは炎亞綸との新ユニットという意味ですか? じゃあ汪東城とはユニット解消ってことですよね?』

「いえ、汪東城はしばらく俳優業に専念するので、音楽活動は休止していますが、解消ではありません。炎亞綸と黄莉莉の新ユニットは期間限定ですから」

 ボクと莉莉が!? ユニット? 今、ヤンさんは確かにがそう言った。

 ボクらのツーショットを撮るためのフラッシュが眩しい。頭が真っ白で少しボーっとなってくる。

HIROさんはどうしてこの場にいるんですか? 今はフリーで活躍されているはずですよね?』

「たしかに以前、HIROは炎亞綸のスタイリストをつとめていましたが、今回はスタイリストの枠を越えて、このユニットを支えていってくれることになりました」

『つまりHIROさんはプロデューサーということですか?』

 ヒロがボクらの・・・プロデューサー!? 

『黄莉莉さんと炎亞綸は付き合ってるんじゃないですか? 昨夜マンションに帰らなかったってことはもしかして二人はずっと一緒だったんでは? そこんとこはっきりさせてくださいよ!』

 下世話な写真週刊誌の記者が確信をついてくる。ヤンさんがすぐさま否定する。

「それは決してありません! あくまで仕事上の関係でしかありません」

『ご本人のコメントをいただけませんかね! 彼女をどう思ってるんですか!?

 え? 隣のヒロに背中をつつかれる。なんて答えればいいんだ? ボクは嘘なんてつきたくない!

『黄莉莉さん! あなたは炎亞綸を一人の男性として見てしまうことはないんですか?』

 莉莉は慣れない雰囲気に圧倒されているに違いない。ボクがフォローしないと・・・。

「あたしは! ・・・あたしは炎亞綸を尊敬しています。この一年、彼のために曲作りをしてきました。発売されたら是非聴いてください!」

 え!? ホントに? ボクための曲だったって? 知らなかった・・・。それに莉莉が堂々とコメントしたのにボクときたら・・・。

『炎亞綸! 黄莉莉さんはこう言ってますがあなたはどうなんですか?』

「黄莉莉は才能があると思います。可愛い妹のような存在であり、ボクも尊敬してますよ」

 ボクも覚悟を決めて、笑顔でさらりと言ってのける。今はただ、この場を凌ぐしかない。

 会見を終えたボクたちは無言で控え室に戻る。ヒロは林志玲の控え室へ行ってしまった。ボクとの距離をつくって、ヤンさんの後ろをついてくる莉莉に声をかけられない。

「小雨!!

 そう叫んでから駆け寄ってきたのは偉偉だった。

「偉偉? なんでここにいるんだよ!」

「さっき、ヒロが託児所に莉莉を迎えに行ったら、ついてきちゃったらしいのよ」

 そうヤンさんが説明してくれる。

「ヒロが迎えに? 莉莉とユニットだなんて、いったいいつからこんな話になったんだよ! ボクは全然きいてなかったぞ!」

「阿布、落ち着いて。正式に決まったのは今日の会議でよ。でもヒロは前から社長に黄莉莉とのユニットを進言していたらしいのよ。それが昨日のハプニングをきっかけに一気に進展したってわけ」

 ボクはてっきり、ヒロは莉莉を禹哲の事務所に入れて、Unusuallyを復活させるんじゃないかって思っていた。莉莉がデビューしたいなら、それが一番いいって漠然と思っていたし。

「ヤンさん・・・ヒロがプロデューサーってホントなの?」

「そうよ阿布。もちろん総合プロデューサーは変わらないけど、ヒロはアドバイザーと言うか、実質的な意味でのプロデューサーね。社長とあの嫌味なプロデューサーが昨日の二人のVTRを見て、あの歌声に驚いてたわ。それでヒロが今日の会議に呼ばれて決定したってわけ。ヒロも莉莉も一年契約になると思うけど・・・」

 ボクと莉莉がユニットを組むって言われても、正直すぐにはピンとこない。もちろん心の奥底ではずっと願っていたことではあるけれど。

「阿布。今後の二人のことなんだけど、会うのは自由よ」

「え?」

「喜びなさいよ。事務所公認でデートを許すって言ってるのよ」

「意味わかんないよ」

「つまり、話題性優先ってことね。そのかわり、交際を肯定も否定もしないという条件でよ。否定しても疑われるし、肯定したって“やらせ”だって言われちゃうだけでしょ」

 そういうことか。あの嫌味なプロデューサーの考えそうなことだ。

 

 そういえば、なぜか莉莉の姿が見えない。部屋を見回すと、隅のほうのつい立の陰に、莉莉らしき姿がチラリと見えた。もう着替えも済んだみたいなのに出てこないなんて、ボクから隠れてるとしか思えない。そこまで嫌われるようなことをした覚えなんかない。

「もしかしてイヤなの? 阿布」

「・・・イヤじゃないけど、莉莉は・・・莉莉はどうなんだよ」

「莉莉は承諾したからここにいるんでしょ」

 ボクを避けてる莉莉が承諾したって聞かされても説得力にかける。

「小雨! 莉莉お姉ちゃんも、本物の歌手になるの?」

 偉偉が素朴な質問をした。

「ボクに聞くなよ。莉莉に聞けばいいだろ!」

 ちょうどそこへヒロと大東が戻ってきた。

「何? 亞綸ったら偉偉相手にそんなムキになって」 

「ああ! 大東! 大東大東!!

 偉偉が大東に抱きつく。

「偉偉、おまえここで何やってる!」

 大東は片膝をついて、偉偉の肩をつかみ目をしっかりとみつめて聞いた。いつの間にか大東は父親っぽくなってる気がする。

「託児所にね、ヒロが莉莉お姉ちゃんを迎えに来たから、ボクもついて来たんだよ! 大東に会いたかったんだもん!」

「どうして日曜なのにおまえ、託児所にいたんだ? 櫻雪はどうした?」

「大東・・・もしかして櫻雪と連絡とってないの? 櫻雪は今、阿明の本の翻訳を任されて忙しいのよ。だから日曜でも莉莉に頼んで託児所に預けてたんだって」

「そうなのか・・・」

 大東はそう、一言だけつぶやいた。

 ヒロの説明で、ボクもなんとなく事情が飲み込めてきた。大東と櫻雪はケンカしてるんだってこと。ベストセラー作家である姉さんの本の翻訳だなんて、すごい仕事だ。それを櫻雪は大東に話してないなんて、よっぽどのケンカに違いない。偉偉は大東にしがみついて訴える。

「ねえ大東! あのね、母さん頑張ってるんだよ! でもジムショの仕事と日本語にする仕事と、どっちも頑張っててすごく大変なんだよ! ボク心配なんだ・・・」

「ん? 莉莉? どうしたんだ、そんな隅っこで」

 大東がつい立の向こうにいた莉莉に声をかけた。それまで隠れるみたいにしていた莉莉が出てくる。

「莉莉、昨日はありがとな」

 大東はそう言って莉莉の頭に手を載せて、莉莉のふわふわの髪をクシャっとしたんだ! そして莉莉は顔をちょっと赤くして、嬉しそうに笑った・・・。ボクの胃の中に熱い塊のようなものがグルグルころがるような気がした。そしてノドはカラカラだ。

“昨日はありがとな”ってなんだ! いつもならボクにだけ向けるような、はにかんだ笑顔を今は目の前で大東に見せている。

 二人が会話してるところを見たのはこれが初めてだ。いつの間に二人はそんな親密な間柄になったんだろう。他の男にたやすく髪を触らせる莉莉に腹がたつ。胃の中を、暴れまわる熱い塊のせいで吐き気さえ覚えた。

「大東! ボクの話ちゃんと聞いてよ!」

 偉偉が大東に怒ったように詰め寄っていく。

「わかったよ、偉偉、そう怒るなって。少し待ってろよ。莉莉、ちょっといいか?」

 あろうことにも、大東は、彼氏であるボクに断りもなく、ボクの彼女である莉莉を連れ去ろうとしている! 

「あ、亞綸、悪い、莉莉を借りてくな」

 かろうじて礼儀を守った大東だけど、それよりもいろんな意味で気が気じゃない! ボクとは目も合わせようとしない莉莉のことを、ボクはどうすることもできずにいた。

「大東は、ボクや母さんのことなんて、もうどうでもよくなっちゃったのかな・・・」

 偉偉は半泣きだ。ボクだって泣きたいくらいだ!

「二人ともなんて情けない顔してるのよ」

 ヒロは偉偉の頭をなでてやる。でもボクの頭はなでてくれない。ヒロに堂々と甘えられる偉偉がうらやましい。だけど一応大人の男なんだから強がるしかない。

「別になんでもないよ! それより、まさかヒロがこんなサプライズをしかけてくるなんて思いもしなかったよ。ボクになんにも相談なしだなんてさ」

 ヒロに言いがかりをつけるなんて、幼稚だってわかってる。

「大東はしばらく俳優に専念することになるだろうから、亞綸はこの一年は歌で勝負かけないとね。今年に入ってあんなにレッスンを頑張ってきたんじゃない、私だって力になりたいもの、特別な亞綸のためだから。わかってるでしょ?」

 ヒロがそんなふうに、ちゃんとボクのことも考えてくれてただなんて、思いもよらなかった。ボクはヒロにとって“特別”な存在だって言われて、有頂天になりそうだ。ごめんヒロ。ヒロがボクのことなんてどうでもいいんだって、ちょっとでもスネてた時期があったこと、ヒロには黙ってよう。

 

「あ、そういえばMakiyoと范范がヒロを捜してたよ」

「いけない、忘れてた! 偉偉、亞綸、私、ちょっと行ってくるね」

 出て行ったヒロにかわって、莉莉が戻ってきた。

「偉偉、大東が呼んでるよ。パーティー会場においしいアイスクリームがあるんだって!」

 半泣きの偉偉とは対照的に、莉莉はご機嫌だ。大東と何してたんだろ・・・。

「・・・アイスクリーム?」

「食べたくなあい?」

「・・・食べたい!」

「じゃあ、行こう偉偉」

「うん!」

 ・・・裏切られた気分だ。偉偉のやつアイスクリームなんかでごまかされてさ! 

「莉莉、わたしが偉偉を連れて行くから、あなたは少し阿布と話しなさい。偉偉、ヤンおばちゃんと行こうか?」

「うん、行こう! おばちゃん!」

 ヤンさんの気転なのか、突然、莉莉と二人きりにされてしまった。はっきり言ってかなり気まずい。

「あのさ・・・ドレス、忘れてっただろ?」

 ショップの紙袋を莉莉の前に置く。

「・・・ありがとう炎亞綸・・・」

 莉莉の他人行儀な言い方に、ぞっとする。莉莉に聞きたいことはたくさんある。でもこんなに構えている莉莉に、何から聞けばいいのか・・・。

「託児所はやめるのか?」

「え? ううん・・・。レコーディングとか発売イベント中は休まないといけないけど・・・」

「そっか・・・」

 どうして今朝一人で出て行ったのか、どうしてボクを避けてるのか、昨日大東と何があったのか・・・そんな聞きたいことが聞けない。

「あのさ()!」

 同時に同じことを言ってしまう。ドラマでよくあるシチュエーションだ。お互いに聞きたいことがあるのにゆずり合うってやつ。

「何? 莉莉、先に言えよ」

「え? あたしは後でいい・・・亞綸言って!」

 セオリー通りの会話。始終この調子じゃらちがあかない。そこへ戻ってきた偉偉がいきなりこう言った。

「小雨! パーティー抜け出して母さんを迎えに行くんだ! 手伝って!」

「え!? なんだって? 櫻雪を? なんでだよ!」

「いいから! ほら、莉莉お姉ちゃんもさ!」

「え? う、うん!」

 偉偉は、ボクと莉莉の手をひっぱって走り出す。外へ出ると、夕暮れの中、ヤンさんのバンが待っていた。

「もう乗りかかった船よ! 早く乗って! 記者たちに気付かれたら面倒だから!」

 ボクと莉莉は訳も分からずバンに乗り込む。ボクと莉莉の間に座っていた偉偉は、すぐに助手席へと移動するから、ボクと莉莉は隣り同士で座っている。

「ねえ、偉偉のおうちはどっちなの? 教えてもらえる?」

「ううんとね・・・う~ん・・・ボク道がわかんない! 小雨、どっち?」

「ヤンさん、そこを右に曲がって大通りを北進してくれる?」

「まったく・・・阿布が櫻雪のうちを知ってるなんてどういうこと? 莉莉と大東も知り合いで、莉莉と櫻雪も知り合いなの? ヒロも莉莉と親しくて、じゃあヒロと櫻雪も?」

「ヤンおばちゃん、ボクもみんなと仲良しなんだよ! 香明お姉ちゃんと亞瑟王もだよ! ボクすごいでしょ?」

「そういえば、阿布のお姉さんである明日香が櫻雪をうちに紹介したんだったわね。もしかしてそれがことの始まりなの?」

 そうだ。ヤンさんの言うとおりだ。櫻雪が事務所に入ったから偉偉が現れるようになって、偉偉を追いかけて莉莉も現れた。それでボクと大東の平穏なプライベートが、あっという間にかき乱されていった。

 それが今のボク・・・莉莉なしでは生きられない、莉莉シンドロームの始まりだったんだ。

第39話「以心伝心」~東雪篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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