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飛輪海小説『ステップアップ!』第36話~亞綸篇

36話「ボクたちの不協和音」~亞綸篇

 ソロアルバムのレコーディングを終えてタクシーでホテルに向かう。莉莉と一緒に歌ったあとだったせいか、今日のレコーディングは思った以上に上手くいった。だけど、道路が渋滞していて、少し遅れて7時すぎにホテルに到着する。ボクは走ってレストランに入ると支配人が待ち構えていた。

「呉庚霖様、お連れ様がお待ちです」

「支配人、ちょっと待って。これさ、いいタイミングで料理と一緒に出してよ」

 ここはボクたち家族がよく利用するレストランで、支配人とは気心が知れている。

「いいタイミングとはどのタイミングのことで?」

「支配人に任せるよ」

「かしこまりました。今夜はお母様から承った特別のコースになっております」

「そうなんだ。あ、いつもの個室でしょ? 一人で行くからいいよ」

 ボクは一秒でも早く莉莉に会いたかったんだ。初めてのまともなデートだし、莉莉を驚かせたくて、ボクは走っていって、ノックもしないでドアを開ける。

「サプラ~イズ!・・・ごめん遅れ・・・て・・・」

 窓際に、背中が大きくあいたドレスを着た女性が窓の外を見るようにして立っていた。

「す、すいません! 間違えました!」

 ボクは慌ててドアを閉めようとしたときだった。

「亞綸! あたしだってば!」

 え!? ・・・ボクは閉めかけたドアを恐る恐る開けてみる。窓際にいた女性は、こちらを向いて立っている。

 それは、いつだって一番ボクをドキドキさせることができる、莉莉だった。今だってこんなにドキドキしている。なぜなら、莉莉は、今まで見たこともないくらいにドレスアップして、ちょっと照れくさそうに笑っていたんだ。ボクはただ呆然と突っ立っていた。

「やだ、亞綸ってば! あたしがわかんないの?」

 莉莉の声にハッとする。

「え・・・だってさ・・・莉莉、どうしたんだ? その格好・・・」

 莉莉は、淡いクリームイエローで膝上丈の、ホルターネックのドレスを着ていた。華奢でヌーディーなハイヒールサンダルを生脚で履いていて、髪はシックにまとめてある。春先にしてはかなり露出の高い格好にドキドキしないわけない!

「ステキでしょ? あたしじゃないみたいで驚いた? おばちゃんが・・・亞綸のお母さんが選んで買ってくれたの。サロンにまで連れてってくれて、髪、こんなに大人っぽくセットしてもらっちゃった! 初めてよ、こんなの! どう?」

「どうって・・・なんて言ったらいいのか・・・」

「全然似合ってない?」

 莉莉の表情が曇る。そうじゃないんだ、そうじゃなくて、なんでこんなに露出が多いのかってことだよ! 背中は大きくあいていて、細いループが二本ずつクロスしてついてるだけだ。そのうえ胸元も深めのV字のホルターネック・・・。まるでマリリンモンローみたいだ。あんなに大きいわけじゃないけどさ。ってこんなの選ぶなんて母さん、どうかしてるよ! まるで超セクシーな妖精って感じだ。これじゃ平常心ではとても食事できそうにないよ! 

「上着とかないのか?」

「え? あるけど、このボレロ、着たほうがいい?」

「うん・・・寒いだろ?」

「こんなステキなお店で食事するのも、あたし初めてよ! ちょっと緊張しちゃう」

 ボクは別の意味で緊張するよ。莉莉、ボレロを着ていても胸は隠せてないし・・・。クリスマスのときの大東の気持ちが痛いほどわかるよ。

 他に客がいない個室だからマシだけどさ、支配人や、ウェイターが見るかもしれない・・・。 

「亞綸のお母さんがね、食事がすんだらお茶しにいらっしゃいって誘ってくれたの。デザートにエッグタルトを焼いて待ってるって!」

 特別のコースってそういうことか。デザート抜きになってるんだ。母さんがうちに招待するだなんて、莉莉のことを本当に気に入ってくれてるってことだ。

「母さんと二人でいても退屈だっただろ?」

「ううん! すごく楽しかった! 今まで、親子で楽しそうに買い物してる人を街で見かけると、本当はすごくうらやましかったの。亞綸のお母さんったらね、優しいだけじゃないの。“早くしなさい!”とか“困った子ねえ”とか言ってくれるの!」

「え? それが嬉しいのか?」

「そうよ! ・・・おかしい?」

 ソムリエがやってくる。とにかく早く戻って欲しくて、彼がすすめるワインをテイスティングもしないでボトルごと置いていってもらう。どうせ母さん持ちなんだから今日のギャラ代わりに丁度いい。

 莉莉にワインをついでやると、一気に飲み干してしまった。

「り、莉莉、大丈夫か?」

「ノドかわいてたの。すごく美味しい! おかわり!」

「ピッチ早すぎるぞ! ゆっくり飲めよ」

「大丈夫! あたし、結構強いんだから!」

 テンションが上がりすぎていてないか? 

 

 続いてやってきたウェイターは、オードブルの説明を長々と話すから気が気じゃなかった。どうも莉莉寄りの立ち位置なのが気にいらない。

 そう言えば支配人はあれから姿を見せないな。

 料理も、メインを食べ終わろうとしてるのに、莉莉へのプレゼントはいっこうに現れない。そこでメールの着信音が鳴った。母さんからだ。

“マンション前は報道陣でいっぱいよ。今夜はそのままホテルに泊まりなさい”

 え? ホテルに泊まれって? ええっ!!

 ヤンさんからのメールもある。

“報道陣が騒いでるから絶対に捕まらないで! 捕まっても、ノーコメントを通しなさい!

 そこへ支配人がやっと現れた。

「お母様からお電話があって、お二人のお部屋を手配いたしました」

 仕事が早いよ、支配人・・・。

 席から立ち上がった莉莉は、ふらついて倒れこむ。だけどそばにいた支配人がすぐに支えてくれた。

「莉莉、酔ってるだろ。歩けるか?」

 ボクは支配人から莉莉を奪い返す。支配人とはいえ、男には違いないからさ。

「大丈夫、だいじょ~ぶ~! ヒールが慣れてないからだってばあ!」

 しなだれかかる莉莉の腰に手をまわし、支えながら支配人の後をついていく。莉莉は支配人の存在を気にすることもなく、エレベーターの中でボクにしっかり抱きついてくる。

「亞綸、大好き~!!

 ボクの莉莉は酔うと、天使半分、小悪魔半分になるみたいだ。

      *          *          *

「わあ! お部屋もステキ~! あたしこんな部屋に泊まるの初めて~!」

「莉莉様、お気に召していただけましたか?」

「お部屋サイコ~! 支配人さんもサイコ~!」 

「支配人、ここは莉莉の部屋? ボクの部屋は隣かな?」

「お二人のお部屋です。莉莉様のギターとコートとお荷物はこちらのクローゼットに・・・。・・・それでは私は失礼いたします・・・」

 それだけ言うと支配人は出て行ってしまった。

 ・・・ってことは今夜は莉莉と正真正銘二人っきりってことだ! 嘘だろ!? 降って湧いたようなまさかの展開! この状態を特に気にもしてない様子の莉莉はテレビをつけた。

「亞綸! 見て見て! あたしたちが映ってる~!」

 芸能ニュースだろうか。ボクたちが歌ってるところが映っていた。予想はしてたけど、やっぱり止められなかったんだな。明日のスポーツ新聞にはボクたちの熱愛スクープが一面を飾るのか・・・。でも今はそれどころじゃない。

 莉莉はベッドの上に飛び乗って前のめりで見てるから、胸がさ・・・。ボクはとても冷静じゃいられない・・・。

 なんかこの部屋、暑いな・・・。ボクはネクタイをはずし、ジャケットを脱いで椅子にひっかける。そしてシャツの襟元をゆるめボタンを胸元まで外しながら、莉莉のそばに座り、革靴を脱いでから一緒にテレビを見るふりをする。ボクたちのニュースは終わり、他のニュースが始まった。さりげなく莉莉の肩に腕をまわすと莉莉はボクの胸に頭を預けてくる。

「あ~あ・・・亞綸のお母さんのエッグタルト、食べたかったなあ・・・」

 莉莉はそう言いながら、またボクの体をギュッと抱きしめてきた。酔ってるせいか、今夜の莉莉は子供みたいに甘えてくる。ドレスはかなりセクシーなのに、言動はまるで子供。それが妙なギャップでボクはますます冷静でなんかいられない。

「エッグタルトは、また今度な・・・」

 莉莉のあごに指をそえてボクのほうをむかせる。

「絶対ね! でも~・・・ねえねえ亞綸! 今からでもこっそり行ってみな~い? 変装とかして~!」

「ダメだ。今夜は絶対に戻らないように言われてる」

「な~んだ、つまんな~い! そうだ! そういえばね、お母さんったらね!」

 母さんの話はもういい。はしゃぎっぱなしの莉莉の唇をキスで塞ごうとすると、莉莉の指でボクの唇は押し戻された。

「もう! 亞綸ったらちゃんと聞いてよ!」

「母さんの話なんかどうでもいいだろ!」

「どうでもよくない! 亞綸はもっとお母さんを大切にするべきよ!」

「今は母さんより莉莉のほうが大切なんだ!」

 ボクはそのまま体重をかけるようにして莉莉を押し倒す。

 ベッドに仰向けになった瞬間の莉莉の凍りついたような表情。・・・いつかと同じだ・・・。

「亞綸なんか大っ嫌い!! 大嫌い、大嫌い! 大嫌い!!

 莉莉は握り拳でボクの胸を連打する。

「り、莉莉・・・やめろ・・・」

 莉莉の両手首をつかんでベッドに押さえ込むと莉莉の目からは怒りの涙が溢れ出す。

「亞綸は何もわかってない! 全然わかってない!!

 泣かせるつもりなんてなかった。莉莉の涙でボクは急に冷静になる。

 莉莉があんなに、はしゃいでいたのは、母さんとのデートが本当に嬉しかったんだろう。

「莉莉、悪かったよ・・・母さんの話、ちゃんと聞くからもう泣くな」

 ボクはベッドに強く押さえつけていた手首を放して、そっと指で涙をぬぐってやる。

「じゃあ・・・お母さんをちゃんと大切にする?」

「するよ。ちゃんと大切にする」

「どんなふうに?」

「え? えっと・・・今度何かプレゼントでもしようかな」

「それだけ~? 大東はお母さんと海外旅行に行ったりしてるのに、物を贈るだけなの?」

「でも、もう年内は長期休暇は望めないよ・・・来年の旧正月まではムリだ」

「そうじゃない! 海外旅行とか、そんなんじゃなくて!」

 どうして母さんのことでこんなにもめなきゃなんないんだろう。酔ってる莉莉を、最初は可愛いと思ったけれど、からみ酒か・・・少しめんどくさくなってきた。

 さっきまでのハーモニーが不協和音へと変化していくみたいだ。

「明日までにちゃんと考えておくからさ」

「ホントに?」

「本当だ」

「よかった!」

 莉莉はベッドに仰向けになったまま、満足げにニッコリと笑う。ボクはその笑顔にホッとする。

 はあ・・・もう一度仕切り直しだ。キスさえも拒まれて、その先のことはなんだか、遥か遠くに思えてくる。

 だけどボクはゆっくりと、恐る恐る顔を近づけていく。そのときだった。

「ああああっ!」

 莉莉が今度は急に叫びだした。

「な、何? どうした?」

「ドレス、クシャクシャになっちゃう!!

 莉莉はボクを跳ね除けてベッドから飛び起きると、突然ドレスのホルターネックをほどきだす。莉莉はもちろん上半身は下着をつけていない。はらりとドレスが落ちてゆく。

「わ! 莉莉、待った!」

 ボクは寸前のところで莉莉に背中をむける。嘘だろ・・・まだ今夜はキスもしてないのに、なんか順序がまたおかしくなってきた・・・。

「亞綸、ハンガーとって~!」

 ボクは言われるがままにハンガーを取りにいき、うしろを向いたまま莉莉に渡す。そして着ていた白いワイシャツを、急いで男脱ぎして莉莉のほうへ投げた。

「それ、早く着ろよ!」

 なんで付き合ってんのに、こんな気をつかってんだろ・・・。

「亞綸のシャツ、おっきい~! 見て見て~」

 莉莉がボクの前に立ちはだかる。胸元が少しはだけた男モノのシャツを着た小柄な莉莉が、長いそでをブラブラさせている図・・・。

 ・・・可愛すぎる・・・。その可愛すぎて、且つセクシーな莉莉がボクの前でクルリと一回転したときだ。莉莉の体がベッドの反対側にグラリと傾き、ボクはとっさに莉莉の腕を掴んで引き寄せ、ベッドに一緒に倒れこんだ。

「ったく、危ないだろ! 酔ってるんだから・・・さ・・・」

 ボクの腕の中の莉莉は、少し潤んでいて、うっとりとしたような目で見つめていた。それから莉莉はゆっくりと目を閉じた・・・。

 こんなにボクをドキドキさせる女の子は、やっぱり他にはいない。ボクは莉莉に完全に惚れている。

 ボクは莉莉の唇にかかったみだれ髪を指で丁寧によけてから、すぐに唇を重ねた。

 

 ・・・だけど・・・なんか変だ・・・。

 まさか・・・。まさかそんなわけないよな・・・。キスをやめて莉莉の顔を眺めてみる。

 ・・・眠ってる・・・。

 莉莉の寝息・・・。あどけない寝顔・・・。莉莉は、間違いなく眠っていた・・・。

 はあ・・・。ボクはゴロリと半回転して、莉莉の隣に仰向けになる。

「イテっ・・・」

 何か硬いものが背中の下にある。羽毛の掛け布団の下から、手探りでその硬いものを取ると、それは支配人に預けたプレゼントの箱だった。

 何やってんだか・・・。すべてがタイミングがずれていて、おまけに空回りしっぱなしだ。

 支配人任せにしたのがそもそも間違いだった。ベッドの中に隠すなんて、センスがなさすぎだ。真面目そうに見えてけっこうスケベおやじなのか? 

 ボクはプレゼントの箱をドレッサーの引き出しに隠し直す。明日の朝、堂々とプレゼントするために。 

 それから、ベッドの端で眠ってしまった莉莉の体を抱き上げ、きちんと真ん中に寝かせる。暖房を切ったせいで、ずいぶん寒くなってきた。さすがに上半身、何も着ていないと冷えてくる。ボクは熱いシャワーを浴びて煩悩を洗い流してから再び莉莉の隣に横になる。

 莉莉が母さんに「早くしなさい!」とか「困った子ね~」と言われて喜んでいたことを思い出す。

 そうか・・・そうなんだ。全然おかしくない。ボクは父さんや姉さんに対して同じような気持ちでいるからよくわかる。姉さんが最近、気を使わずになんでも言ってくれるようになったことを、ボクも嬉しいと感じていた。父さんが厳しい口調で注意してくれるとなぜかホッとした。血は繋がっていなくても、家族なんだって思える瞬間だからだ。

 母親との思い出が少ない莉莉にとって、そんな気の置けない家族の日常みたいな言葉がなにより嬉しいんだ。そう考えると、今日は母さんに対して感謝しないといけないな。

 莉莉の寝顔を見ていると、なんだか幸せな気持ちになってくる。莉莉がこんなにも安心したような顔して眠ってるのを初めて見た気がする。これも母さんのおかげなんだろうな・・・。くやしいけど否定できない。

「おばちゃん・・・」

 莉莉が寝返りをうちながら言う。莉莉の寝言には、もう慣れっこだ。これまで何度も聞かされている。

「もう一つ・・・食べたいな・・・」

 きっと母さんのエッグタルトを食べてる夢を見てるに違いない。なんだか愛おしくて、思わず莉莉の髪に触れると、莉莉の目が開いた。ボクはあわてて、裕惠を寝かしつけるときみたいに、莉莉の背中を優しくトントンとたたいてやる。そして子守唄は、あの歌だ。

 せっかく母さんと一緒にエッグタルトを食べてる夢を見てるんだ。だからもっと続きを見せてやりたいと思ったんだ。莉莉は再び夢の中へと戻っていく。

 もうこの状態だと、ボクは眠れないことは確定だ。

 スタンドの灯りを消すと窓の外がいやに明るい。差し込んだ月明かりが、莉莉の顔を浮かび上がらせる。

 仕方ないから朝まで莉莉の寝顔を楽しむことに覚悟を決める。

 それも案外悪くない。

 ・・・ボクはそう思うことにした。

第37話「レッドカーペットの上で」~東綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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