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飛輪海小説『ステップアップ!』第34話~東雪篇

34話「桜色のスキャンダル()」~東雪篇  大東:青  櫻雪:ピンク

 

 パパラッチめ! オレは完全に油断していた。最近は他の既婚俳優の不倫スキャンダルにマスコミが集中していて、オレへの風当たりは弱まっていたからだ。全速力で走れば、カメラを持ったパパラッチに追いつけるはずだ。くそっ! 絶対に捕まえて画像消去してやる! オレは思い切り腕をのばし、男にとびかかる。オレと男は2,3回転してから切り株に激突して止まる。そしてオレは即座にカメラを取り上げ、撮られた写真を確認した。

 さっきのキス直前までの写真が連写されていて少し照れる。さらに戻すと、一本桜に来るまでのあいだ、恋人つなぎしていた手元のアップや、小さな渓谷を渡るときに、手を貸して櫻雪を引っ張りあげたときや、足をすべらせた櫻雪を抱きとめた瞬間の櫻雪の表情が、瑞々しく撮られていた。

 櫻雪、あの時こんな可愛い表情や、幸せそうな顔してたんだな。

「どうだ、オレのテクニック。恐れ入ったか! くそっ! イッテえな・・・」

 オレは運よく、どこにもケガなく済んだが、パパラッチは切り株に激突した左腕を痛そうにさすっている。テクニックもそうだが、なんていうか・・・こいつの写真には、愛情がこめられている気がした。普通、パパラッチはこんな撮り方しない。恋人つなぎのアップなんかは、背景をボカシて、桜のピンク色がまるでオーラのようになっている。

「おたくらのラブラブなオーラが恋人つなぎからあふれ出てんだよ。俺にはたしかにそう見えたんだ」

「それはどうも・・・」

 なんでオレが礼を言うんだ? しかもちょっと照れながら。

 さらに戻して見ていくと、今朝方ビルの入り口でのキスが古い映画のワンシーンみたいに撮られていた。レトロなビルでの、ノスタルジー漂うキス。この角度、絶妙だな・・・。実際にはキスできなかったけどな。そしてさらにさかのぼる。

 ・・・は? なんだよこれ! 夜か? それにこれは櫻雪じゃない・・・

・・・阿明だ・・・。日付は124日になっている・・・。

「おたくの社長がどんな手を使ったのか、お蔵入りになっちまった写真だ。噂では台北第一銀行の副頭取がもみ消したらしいけどな」

 馬傳一が? なんであいつがオレと阿明の抱擁写真をもみ消す必要がある?

「大東!」

 櫻雪が最悪のタイミングで現れた。思わずオレはカメラをうしろに隠す。

「あら、もしかしてあなた、あのときの・・・」

「俺を覚えてくれてたみたいだな。受付のお嬢さん」

 驚いたことに櫻雪とパパラッチは顔見知りのようだ。

「櫻雪、どういうことだ?」

 櫻雪は困った顔をして答えない。

「その写真、このお嬢さんはとっくに知ってるぞ。おたくの本命はこっちのお嬢さんだろ? その写真の女とはなんでもないことくらいわかってたさ。高額の報酬を得るためにでっちあげるのが俺の仕事だからな。それらしく撮ることなんて俺には簡単なことだ。まあ、俺としてはあの写真が世に出なくてホッとしたけどな。その写真の女、辰亦儒のカミさんなんだろ? そんなんで離婚にでもなったら子供がかわいそうだからな」

 阿明との写真は、スキャンダラスに撮られていた。不倫の香りがプンプンしている。だけど、阿明の苦しげでせつない表情が胸をうつ。このときの阿明は、確かに苦しんでいた。亦儒の浮気を疑い、疑っている自分を嫌悪していたはずだ。そんな阿明の表情をうまく捉えてるよな・・・。

「あんた、腕がいいのになんでこんなパパラッチまがいなことをしてるんだ?」

「俺だって好きでこんなことやってるんじゃねえよ」

 パパラッチは一枚の写真を見せる。そこには女性と幼い女の子が写っている。女の子は・・・普通の子とは違っているように見えた。

「俺の娘は治療費が必要なんだよ。それに保育所からは拒否されてカミさんは働けない。手っ取り早く稼ごうと思ったら、これが一番だろ? あんたにはわからんだろうな、底辺の人間の生活は。ギリギリの状況になると、プライドなんて持っていたことも忘れるさ。才能なんてあってもなくても運がなければゴミと同じだ」

 確かにそうだ。いくら才能があっても、運やコネ次第の世界だ。チャンスを掴む人間はほんの一握りだってことくらい、オレだってわかっている。そして、このパパラッチが、悪いやつじゃないってことも。

「そんなわけだが、残念ながらカメラはあんたの手の中だ。消去するなりカメラを壊すなり、好きにやってくれ」

「大東・・・」

 櫻雪がオレの腕を掴み、何か訴えかけるような目でみつめる。櫻雪のその表情で、迷っていたオレの腹が決まった。

「この写真、載るならいつ発売の週刊誌だ?」

「は? 明日発売号は間に合わねえから来週の月曜だ。なんでそんなこと聞く」

「一週間もあるのか。充分だな」

「おい、おたく何を言ってるんだ?」

「いいよな? 櫻雪」

 櫻雪は微笑んでからうなづいた。

「写真はオレが選ぶ。条件はそれだけだ。記事は好きに書けよ。見出しは“美人受付嬢と熱愛!”とか“真剣交際! 汪東城美女に骨抜き!”なんてどうだ?」

「もう大東ったら!」

「おい、おたくらのろけ過ぎだろ・・・それにしても正気か?」

 パパラッチは半分あきれ顔だ。

「それならさっさと、どの写真を使うか決めてくれ、汪東城」

 参ったな・・・どれもいい写りだ・・・。おっ、この櫻雪の横顔、キレイだな・・・そういえばオレ、櫻雪の写真を一枚も持ってない。

「それ、気に入ったのか?」

「いや・・・どれも気に入った」

「欲しいんだろ?」

「全部いいのか?」

「高いぞ」

「少しくらいまけてくれよ」

「大東ったら・・・藍鈞天(ラン・チュンティエン)さんも!」

 この状況に櫻雪はあきれたように笑っている。

「あんた、俺の名前を覚えていたんだな」

「忘れたくても忘れられないわ」

 パパラッチはオレに名刺を差し出した。そこには“李釣天(リー・チュンティエン)”と書かれている。

「李釣天? 藍鈞天じゃないのか?

「恨みをかいそうなヤバイ仕事のときは偽名の名刺を使ってるんだ。本名は李釣天だ」

「娘さんのお名前はなんて?」

「燕華だ。5歳になる」

「うちの偉偉の一つ下なのね」

「あんた、子持ちなのか?」

「ええ」

 李釣天は信じられないという表情でオレの顔を見る。

「櫻雪より先に偉偉にほれ込まれたんだ。オレ。でも子供のことを記事に書くのは、まだ待ってくれないか」

「ああ、わかった・・・」

「ねえ大東、もしかして莉莉の託児所なら燕華ちゃんを引き受けてくれるかもしれないわ!」

「そうだな、相談してみよう」

「まったく・・・おたくら、どんだけ人がいいんだ・・・」

 李釣天はそう言って男泣きした。

      *          *          * 

 李釣天さんは帰って行き、私たちは一本桜へ戻っていく。

 私たちはお弁当を食べながら、初めはさっきまでの出来事をあれこれ振り返って笑っていた。そのうちに、大東は傳一がスキャンダルをもみ消したことについて触れてきた。

「櫻雪が馬傳一に頼みに行ったんだろ? 偉偉の親権を引き替えにしたのか?」

「勝手なことしてごめんなさい・・・」 

「別に責めてるわけじゃない・・・」

 大東はそう言いながらも、なんだか不満そうだ。

「もうそんなこと絶対するな。オレに隠し事もしてほしくない。あの日、電話でいいからオレにちゃんと話して欲しかったよ」

「でも、あのときの大東には映画のことだけを考えて欲しかったから・・・。日本での撮影の前に余計な心配をかけたくなかったの」

「オレは櫻雪が思ってる以上に、ちゃんと大人なんだけどな。それより、元ダンナに二人きりでなんて会ってほしくない」

「二人きりだなんて・・・ただ銀行の応接室で会っただけよ」

「あいつはまだ櫻雪に未練があるんじゃないのか? 何かあってからじゃ遅いだろう!」

「何かって何? あの人に会ったこともないのにどうしてそんなふうに言うの? どんな人かあなたは知らないじゃないの!」

「いつかカフェで会ってたときのあいつを見てたら、心配になるさ! おまえを取り戻したくて必死に見えたぞ! それに偉偉に余計なことを吹き込んで丸め込んだヤツだろ! なんでそんなにあいつの肩を持つ!」

「この前、あの人とちゃんと話し合ったわ! 彼は最後には自分が悪者になってでも身を引いてくれたのよ!」

「この前? いつどこで会ったんだよ!」

 私はすぐに答えることをためらった。

「・・・調停のあと・・・公園前で彼が待ってたの・・・」 

「あいつ、身を引く代わりに今度はどんな条件を突きつけてきたんだ!」

 大東は苛立ちを隠さない。あまりの剣幕に私は言葉がみつからない。

「何かされたのか? 本当のこと言ってくれよ!」

 今の大東に何を言っても無駄な気がした。でもそれなら大東だって!

「私の身の潔白を証明するものなんて何もないわ・・・あなたが“信じてくれる”こと以外・・・。大東だってパパラッチに撮られた日、阿明と何もなかったと証明できるの?」

 阿明とのことは、責めないでおこうと決めていたはずなのに・・・。

「疑ってたのか? だからあの夜、電話さえもくれなかったんだな。オレは空港でずっと待ってたんだ」

 返事ができない。疑わなかったと言ったら嘘になるから。

 私たちは、それから何も言わずにお弁当を食べ続ける。せっかく作ったお弁当も、味がわからないほどだ。大東もただ機械的に食べているようにしか見えない。食べ終わり、お弁当を片付けると大東はすぐに立ち上がる。

「もう、帰ろう・・・」

 大東はそれだけ言うと、私のリュックを持って先に歩き出す。私はピクニックシートを急いでたたみ、大東のあとを追いかけて行く。行きの私たちは手を繋いでいたはずだ。それなのに、帰りの私たちにはこんなにも距離ができてしまっている。景色も桜も、すべてが色あせていく。

 バイクに乗ってからも、つかまっていた大東の背中から、温かみは伝わってこない。私は耐えきれず、信号待ちのときにバイクから降りてしまう。私はヘルメットをとり、精一杯の笑顔をつくる。でも大東の目は見られない。

「今日はありがとう・・・このヘルメットも嬉しかった。この近くのお店で買い物していきたいから、ここで降りるわ。大東はこのまま仕事に行って。それじゃ」

「は? おい! 櫻雪!」

 私はヘルメットを大東に渡して走り去る。最後の強がった笑顔を、涙で台無しにしたくはなかったから。路地を通り抜け、MRTの駅へ駆け込む。買い物したいなんてもちろん嘘だ。あのままバイクに乗っていたら、号泣してしまいそうだった。どうしてあんなケンカになってしまったんだろう。もうこのままダメになってしまうかもしれないと思えて怖くなった。

 オレの呼びかけを無視して櫻雪は走り去っていった。すぐに人ごみに紛れてしまって、姿を見失う。

 久しぶりにケンカらしいケンカをした。初めはあんなふうに言うつもりはなかったのに、結果的には責めてしまった。

 オレだってちゃんとわかってる。櫻雪はオレや阿明の名誉を守るのに必死だったに違いない。だからといって馬傳一を頼るなんてどうかしてる。ただでさえ、オレが原因で櫻雪は偉偉を失いかけたことを知って複雑なのに、馬傳一への嫉妬までおまけでついたきた。

 自分の器の小ささに、嫌気がさしてくる。

 受け取ったヘルメットの中に、ひとひらの花ビラをみつける。櫻雪の髪についていたものだろう。いつものオレなら、すぐに花ビラに気がついて、とってやったに違いない。それくらいに、オレはいつも櫻雪だけを見ていた。だけど今日のオレは嫉妬と苛立ちで櫻雪を直視できなかった。

 ヘルメットの内側に密かに記した三文字が、急にむなしく思えてきた。オレなんかが、二人を守ってやるなんて、思い上がりだったのかもしれない。

 空を見上げると灰色の雲が立ち込めていた。一雨来そうだな・・・。

 櫻雪の泣き顔が見えた気がした。

 

第35話「ボクたちのハーモニー」~亞綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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