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飛輪海小説『ステップアップ!』第32話~莉綸篇

32話「マザー・コンプレックス」~莉綸篇  亞綸:緑  莉莉:赤

 ボクは最近、ヒロからの依頼で莉莉のあの歌の楽譜と歌詞を書いている。だから家にいるときはピアノの前にいることがほとんどだ。今まで書き溜めてきた言葉やポエムは、あの歌のために書かれたものなんじゃないかってくらいにしっくりくる。莉莉と出会ってからの言葉は、みんな莉莉のようにまっすぐだ。もちろんとまどいも、迷いもあったけれど、どれも正直な気持ちだ。

 それからピアノやギターを弾きながら何度も何度も歌ってみる。この曲を、莉莉のお母さんはきっと莉莉を思って作ったに違いない。だからボクが莉莉を思って書いた言葉と、この歌はこんなにも相性がいいんだ。

 ヒロは、この歌で莉莉をソロデビューさせるつもりなんだろうか・・・。

 

 そんなふうで、ボクはいつも莉莉のことで頭も胸もいっぱいだ。莉莉に逢いたくて逢いたくて仕方ないって感じだけど、そんな時に限って莉莉の仕事とボクのオフがぶつかって、週に3日くらいしか逢えないでいた。まともにデートしたことなんて一度もない。堂々と昼間にデートできないから、結局、人目を避けて夜にBaTでご飯を食べるか、莉莉の部屋で一緒にテレビを見たりする。

 だけど莉莉の部屋も、安心ならない。いい雰囲気になったときを狙ったかのように、隣の部屋の偉偉が飛び込んできたりするからだ。ボクたちは二人とも、ハードな仕事をしているせいで毎日疲れている。だから、偉偉が自分の部屋に戻っていっても、たいていはその後、テレビを見ながら一緒に眠ってしまうんだ。

 そんなわけで、偉偉が無事に帰ってきたことは嬉しいけど、やっかいな存在でもある。だけど今のボクはそんなこともひっくるめて、幸せだって思えるんだ。

 でも、まだ母さんに莉莉のことを紹介できないでいた。今日の午後からは莉莉のカウンセリングに久々に付き添うけど、その帰りにうちに連れて行きたいって思ってる。母さんに早く紹介できれば、ボクのうちですごすこともできるようになるからだ。

 だけど母さんは、莉莉をどう思うだろうか・・・。

 姉さんが亦儒と付き合い始めたときみたいに、手放しで喜んでくれるだろうか・・・。莉莉に父親がいないこと、母親を亡くしてること、施設で育ったこと、高卒だということ、資格もなく、無認可の託児所で働いているということ・・・それに心因性ぜん息でカウンセリングを受けていること・・・。

 どうして莉莉の負のイメージばかり挙げてしまってるんだろう。そんなこと莉莉という人間性には、関係ないことばかりなのに。

 なんだか母さんに莉莉の魅力を言葉で伝えることが難しく感じられた。でも一緒にいれば誰だって莉莉のことを好きになるはずだ。

 母さんは最近機嫌がいい。父さんといい感じに見えることからすると、父さんはきっと母さんにちゃんと思いを伝えたんだと思う。母さんが幸せなのはボクだって嬉しい。

 とにかく莉莉を会わせるなら、今を逃す手はない。

「母さん・・・今日なんだけど、夕方うちにいる?」

 ボクは朝から、なにげにキッチンをうろついて、やっとのことでそう切り出した。

「なあに? どうして?」

「・・・連れてきていいかな?」

 “彼女”をってハッキリ言えなかった自分がもどかしい・・・。

「誰を? お友達? もしかして呉尊が帰ってきてるの?」

「ううん、呉尊はまだブルネイだよ」

「あらそうなの・・・じゃあ大東かしら?」

 母さんはあからさまに残念そうだ。

「違うよ。初めて連れてくるから会ってほしいんだ」

 母さんの表情が曇る。

「まさか女の子じゃないでしょうね?」

 なんだか雲行きがあやしい・・・。

「え・・・そうだけど・・・」

「だめよ、私は会わないわ」

「なんでだよ!」

「会いたくないからよ!」

 なんなんだよ、その子供みたいな理由! ボクは食い下がる。

「すごくいい子なんだ。母さんも会えば気に入るよ!」

「あなたの見る目がないことは知ってるもの。前みたいにまた泣くことになるだけよ! ちゃんとあなたにふさわしいお嬢さんを考えているから私に任せておけばいいことよ!」

「母さんの言う“ふさわしいお嬢さん”ってなんだよ! ボクはもう25だ! 自分で相手くらい決められるんだ!

  ボクは捨て台詞のようにそう吐き捨てて家を飛び出した。そしてマンション近くに呼んであったタクシーに乗り込み、ボクはいろいろ考えをめぐらせる。母さんは誰のことを言ってるんだろうか。医者の娘? まさか李おじさんとこの? それとも・・・まさかヴァネスの妹のメロディってことはないよな。この前、なぜだか“最近のわたし”ってタイトルで写メが送られてきたんだ。ちょっときわどいポーズで上から撮ってあるから、思わずすぐに削除してしまった。何かの拍子で莉莉に見られたら誤解を招くからね。

     *          *         *

 

 仕事が長引いたせいで、ボクは遅れて病院へ向かった。

 足早にロビーを通りぬけ、心療内科のある病棟へ向かう途中、ボクは思いがけず母さんの姿をみつけた。誰かと一緒のようだ。よく見ると、それは院長の末娘だった。たしか二年間の声楽の留学から戻ってきたばかりのはずだ。ボクのファンだってことで、彼女の留学直前に一度だけ食事に行ったことがあった。母さんに頼まれて仕方なくだったけど、キレイな子だし、正直悪い気はしなかった。

 そういえば、今度彼女の帰国を祝うリサイタルを開くから、ボクに出席するようにって母さんが言ってたけど・・・まさか・・・。

 ボクは思わず、そばにあったドリンクコーナーに身を隠す。母さんたちが通り過ぎてから、ボクは莉莉の元へ急いだ。

 結局、カウンセリングに半分ほど付き添うことができたけど、ボクはその間、言い知れぬ不安でいっぱいになっていた。母さんの行動力は並大抵じゃないからだ。

 李おじさんはボクに話があると言って莉莉を先に退室させてから聞いてくる。

「庚霖・・・キミは何か不安をかかえているのか?」

「え?」

「何かあるなら話しなさい。キミが不安げだと、莉莉までもが不安になってしまうだろう」

「すいません・・・でもなんでもないですから。気をつけます」

 ボクはすぐ顔に出るってみんな言う。そういうとこがまだまだ子供なんだ。ちょっと情けない。

 廊下に出ると、待っていた莉莉は、少し遠慮がちにボクに尋ねる。

「今日、本当に亞綸の家に行ってもいいの?」

「莉莉ごめん・・・母さん今日はでかけるって言ってた。だからまた今度な」

「そっか・・・それなら仕方ないよね」

 嘘じゃない。現に母さんは病院に来ているんだから。でも李おじさんの言うとおりだ。莉莉にボクの不安が伝わっている気がする。

 ボクは気持ちを切り替えて笑顔できく。

「莉莉、小児病棟の子供たちのところには行った?」

「うん、カウンセリングの前に。最近、いろんなリクエストしてくるから、流行ってる歌を託児所の子供たちに教えてもらって練習してるの」

「託児所でも歌ってるのか?」

「なんだか不思議。一人で歌うことが怖くなくなるなんて、少し前までは思いもしなかった。ううん、一人じゃないかな。みんな一緒に歌ってくれるから、すごく心強いの」

 天使の莉莉が、子供たちのことを嬉しそうに話してくれる。

 莉莉は、子供たちのために歌うことで、同時に自分のことも癒しているって李おじさんが言っていた。

 

 病院の裏口から外へ出ると、夕暮れ時で顔がようやく見えるくらいだった。今日は幾分暖かだ。もう春だから。

「少し歩こうか」

 ボクは莉莉の手を握って、路地のほうへ歩き出す。

 亞綸の手はあったかくて、あたしの不安は少しずつ消えていく。なんだか今日の亞綸は少しヘンだった。でももう平気。つないだ手から、亞綸の思いがいっぱい伝わってくる。

 亞綸のお母さんは、いったいどんな人なんだろう。いつか会えたら、何を話せばいいんだろう。昨日からいろいろ考えてはいたけれど、どれもくだらなく感じていた。だから今日会えなくてよかったかもってホッとしてしまっている。

 あたしのこと、好きになってくれるといいな・・・。あたしはきっと亞綸のお母さんを好きになる。もうそれだけはわかってる。だって亞綸を育てた人なんだもん。

 亞綸はお母さんを大事にしてるのかな? 「お母さん」って呼べる人がいる幸せに、亞綸はちゃんと気付いてる? もし亞綸がお母さんを困らせたり、悲しませたりしていたら、あたしが許さない。そんなときは、あたしが亞綸を叱ってあげなきゃって思う。

 帰ったらまずBaTでごはんを食べよう。なんだか禹哲のパスタが食べたくなってきた。今夜は禹哲がいるといいけど・・・。

 禹哲はもうすぐ引っ越してしまう。あたしにとってお兄ちゃんみたいな存在だった禹哲。いつもあたしのことを心配したり叱ってくれた禹哲。少し遠いところへ行ってしまうけど、寂しいとは思わない。禹哲の夢がやっと叶ったんだから。

 でもそう思えるのは亞綸がいてくれるからかもしれない。亞綸と出会ってからだ。あたしが生きてるってすごくすごく感じるようになったのって。

 つらかったり寂しかったり、泣いたり、いっぱい悩んだりもしたけれど、嬉しくって、楽しくって、二人で笑って歌って・・・ドキドキして・・・。恋愛がこんなに楽しいなんて初めてだ。今まではずっと恋愛を楽しむことを避けてきた。好きになっても、不安でつらかった。好きだって言われると怖くなって逃げ出していた。

 そんなあたしに、サヨナラできたのは、亞綸の優しさと愛情のおかげなんだと思う。

 亞綸、大好きよ。本当にありがとう・・・。

 

「ん? 何? どうした?」

 繋いでいた莉莉の手が、ボクの手をギュッと握った気がして莉莉の顔を見る。

ドキっとした。

 莉莉がちょっと潤んだようなキラキラした瞳でボクを見上げていたからだ。

「キスするぞ、そんな顔してると」

「こんな道ばたで? そんな度胸もないくせにい!」

 莉莉が久々にちょっと小悪魔な一面をのぞかせたようで、なんだか嬉しくなる。それって、ヘンだよな。

 この道は、路地とは言っても大学帰りの学生なんかが時々自転車で通り抜けていく。一人の女子大生が、ボクたちを追い越してから自転車を止めて振り返って見ている。ボクはキャップのツバを下げ、顎にかけていたマスクを口元に戻す。

「もう! サトシったら! 風邪ひいてるんだから早く家に帰って寝たほうがいいよ!」

 莉莉が突然、悪魔のときみたいな大きな声でボクをたしなめながら、背中を強く叩いた。

「ワカッタヨ。ゴメンナサイ!」

 ボクはとっさに声色を変え、テキトーな日本語で返事をする。莉莉の気転が可笑しくって、笑いをこらえるのに一苦労だ。

 ボクたちを見ていた女子大生は「な~んだ」って顔をして、自転車で去っていった。その数秒後、ボクたちは思いっきり笑い出す。

「誰だよ、サトシってさ! 日本人? どこでそんな名前覚えたんだよ」

「亞綸ったら知らなかった? あたしツマブキサトシのファンなんだから」

 それは聞き捨てならない。

「ボクのファンじゃなかったのか? この浮気モノめ!」

「キャア!」

 笑って逃げようとする莉莉を、ボクはビルの壁に両手をついて逃げられないように捕まえた。だけどキャップのツバと、マスクが邪魔でキスなんて不可能だ。完全なる誤算・・・。

 莉莉は「もう仕方ないな~」と、ちょっとあきれたような顔をしてから、ボクのキャップのツバを上に持ちあげ、マスクを顎の下にずらすとすぐに、ボクの両頬を掴まえるようにしてキスをする。小悪魔な莉莉も、もう彼女の完全なる一部になっているのかもしれない。・・・ということは、一人の彼女で、二人と付き合ってるような気分? ボクって得してる? ゾクゾクするような、小悪魔莉莉の積極的なキス・・・

「あ! キチュしてるよ! あの人たち、キチュしてる!」

 小さな女の子の声がして、ボクはあわててキスをやめてキャップを深くかぶる。 その子の母親は、困ったような表情で、女の子を連れて足早に通り過ぎていった。

「ボクたちって、なんか呪われてるのか? 毎度毎度ジャマばかりだな」

 ボクがおどけたように笑うと莉莉もつられて笑い出す。

 莉莉が笑ったときの声が好きだ。莉莉の笑い声が聞けるなら、ボクはいつだってピエロになってもいい。

 早く莉莉を母さんに紹介できたらいいのに・・・。母さんにこんなにこだわるなんて、意外にボクってマザコンなのかもしれない。大東みたいなマザコン的発言は絶対にしたくないけどね。

 でもやっぱり、母さんには莉莉を認めて欲しい。そして好きになって欲しいんだ。

第33話「桜色のスキャンダル」~東雪篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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