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飛輪海小説『ステップアップ!』第31話~ヒロ篇

31話「二人の誓い」~ヒロ篇

 BaTに一人で来るなんて、どうかしてる。まるで禹哲に会いに来てるみたいなものだ。でも現にそうなのだ。禹哲の今日の面接の結果が気になって仕方がない。今では携帯の番号も知っているのに、なんだか電話で聞くことがためらわれた。ダメだったとき、電話のほうが気まずい気がするから。禹哲のほうから、連絡があってもよさそうなのに、メールさえもよこさない。もしかしてダメだったから? ハッキリさせないと、眠れそうにない。だから会いに来てしまった。別に二人きりになるわけじゃないし・・・。

 バーカウンターにもフロアーにも禹哲の姿は見当たらない。カウンターの中にはたしかウィルバーとかいう“B”の中華の料理人が一人、シェーカーを振っている。禹哲がいるならウィルバーがシェーカーを振るなんてことしないはずだ。今夜は部屋にいるんだろうか。もしかして誰かとどこかで祝ってる? それとも、なぐさめてもらってる? 禹哲が誰とどこで何をしようと、私に気にする資格はない。ふったのは私なのだから。けれど、気にしてしまっている自分が嫌になる。何やってるんだろう、私・・・。

 もう帰ろうと心に決めたときだった。誰かが私の肩にポンっと手をのせた。禹哲!? 

 振りかえるとそこには、少し照れくさそうに笑った、とても懐かしい人が立っていた。

 それは阿旭だった。阿旭と会うのは二年半ぶりだ。“あの場所”で別れて以来、私たちは一度も会うことがなかった。もちろん、仕事先で遠めに見かけることはあったけれど、声をかけたり、わざわざ楽屋を訪ねたりはしなかった。

  私が結婚しなかったことを、阿旭は知っているんだろうか。

「久しぶりだね、ヒロエ」

「ホント、久しぶり・・・」

 なんだか名前を親しげに呼ぶことがためらわれた。呉尊への義理立てなのか、禹哲が原因なのか、自分でもわからない。

「あなたがここの会員だなんて、全然知らなかった」

「いいや、今夜が初めてだよ、この店に来たのは」

「誰かと一緒なの?」

 辺りを見回しても、それらしき人は見当たらない。

「いや、実はさっき別の店で黑人とMakiyoに会ってね。黑人から聞いたんだ、ヒロエが最近よく行く店があるって・・・。連れてきてもらうはずが、二人とも酔いつぶれちゃってね」

 阿旭は肩をすくめて、少しおどけた表情をした。じゃあ、私に会うためにここへ?

「驚いたよ。ヒロエが今も一人だって聞いて・・・」

「ごめんなさい・・・結果的にはだますことになってしまったけど・・・」

「ヒロエ、違うんだ、別に責めてるわけじゃない。原因はボクが余計な口出しをしたせいなんじゃないかって・・・仕事を続けるべきだって・・・」

 阿旭にどう答えればいいんだろう。呉尊が身をひいたのは、仕事のことだけが理由じゃない。阿旭のことも理由の一つだった。それに相手が呉尊だと阿旭は知っているのかわからない。

「お話中すいません。彼女とここで話したいってなら、会員登録をお願いできますか?

「禹哲・・・」

 天の助けとは言えないけど、名簿を持った禹哲が私と阿旭の間を裂くように割り込んできた。禹哲ったら、さっきまでいなかったはずなのに・・・。チラっとカウンターに目をやると、ウィルバーがニヤッと笑い、ウインクした。禹哲に連絡したのは彼にちがいない。ウィルバーも禹哲みたいに余計なことをサラッとやってくれる。類は友を呼ぶって、このことね。 

 阿旭は名簿に記入し終わると、どう見ても挑戦的で感じの悪い態度だった禹哲に、爽やかな笑顔で名簿を渡す。大人な阿旭に対して、禹哲がなんだか子供っぽく見えた。禹哲もそれを感じたのかバツが悪そうな顔をした。でもそんな禹哲でさえ、可愛いと思えてしまう。

「それで、僕の値踏みはできたのかな? どんな厳しい判定でも受け入れる覚悟だよ」

 阿旭も負けてない・・・大人な余裕を見せつけてるみたい。挑発に乗るなんて、なんか、らしくない・・・。禹哲は冷静で公平にジャッジするのかな。

「あなたがチャリティーに熱心なのは知っている。芸能活動はさておき、評価してやるよ」

 禹哲は不機嫌な態度で名簿に“T”と記入した。まだ紹介者の欄は、未記入になっている。

「紹介者は、ヒロエでいいだろ?」

 阿旭が私に親しげに聞いてくる。

「いいけど、でも黑人は?」

「黑人よりもヒロエのほうが僕のことを、わかってるだろ?」

 阿旭ったらもう、わざととしか思えない。禹哲に誤解されそう・・・事実だけれどもう過去のことよ! そう叫びだしたかった。

「もう5年も前のことですよね? “ヒロ”があなたのスタイリストのアシスタントだったのは」

 禹哲? 知ってたの? でも一緒に暮らしていたことまでは知らないはず。

それに禹哲が私のこと“ヒロ”って、ちゃんと呼んだのを初めて聞いた。

「ヒロエ、カウンターでいいかな? 久しぶりに話したい」

 阿旭は禹哲の挑発を無視してさりげなく私の腰に手をまわす。禹哲はすねた子供みたいな顔して店を出て行ってしまった。私は、禹哲に会いに来たのに・・・。

「なんだか追いかけたそうな顔だな」

 阿旭の言葉にドキッとする。

「彼、唐禹哲っていうんだけど、シンガーとしてデビューできるようにサポートしてきたの・・・今日、その結果が出たはずだから、それを聞きたくて・・・それだけのことよ・・・」

「本当にそれだけ?」

 それだけじゃないことは自分でもわかってる。でも私はきっぱり答えた。

「それだけよ。デビューが決まれば私はお役御免だから」

「がんばってるみたいだね」

「ええ、出来ることを精一杯やってるわ。眠るのも惜しいくらいに」

「ヒロエはスタイリストたちの注目の的だからね。アンディがいつも噂してるよ」

「アンディ、懐かしい・・・」

 アンディは、昔のアシスタント仲間だ。彼がゲイ仲間のマーキーを紹介してくれたおかげで、私はこの台湾でスタイリストを続けてくることができたようなものだ。アンディがいなければ、5年前阿旭と別れたときに、きっと日本に帰っていた・・・。呉尊に出会うこともなく・・・。

「後悔してないんだね? 二年前、結婚しなかったことを」

「後悔なんかしてない。だから阿旭、あなたには感謝の気持ちでいっぱいよ」

「それが聞けただけでも、ここへ来た甲斐があったよ。・・・ヒロエ」

「何?」

「まだ思い続けてるんだろ? なかなかいないからな、あんないいヤツは」

 やっぱり阿旭は知ってるんだ、呉尊だってことを。私は笑顔でうなずく。

「キミなら仕事の成功だけでなく、幸せを掴むこともできると信じてるよ」

「ありがとう・・・阿旭・・・」

「さっきは僕も大人げない真似をしたな。彼のところへ早く行ってやれよ。きっとキミを待ってる」

「阿旭、本当にありがとう。会いに来てくれて嬉しかった」

 私は阿旭にハグしてから駆け出した。外へ出る前に振り返ると、阿旭は笑顔をつくってから手を振ってくれた。私も笑顔で手を振り返す。阿旭、あなたも幸せになってね。

 禹哲の部屋のある2階まで一気に駆け上がると、すぐに息があがった。完全に運動不足。禹哲の部屋の前で何度も深呼吸をして息を整え、禹哲との一戦に備えてからドアを開けようと前のめりになると同時にいきなりドアが開く。

「イッタ~イ!」

 おでこを思い切りぶつけた。思わず日本語と涙が出るくらいに。

「こんなとこで何やってる? 言承旭はどうした?」

「関係ない! 私はあなたに会いに来たんだから!」

 あ、やだ、勘違いさせるようなこと・・・。後悔しても遅すぎた。

 禹哲は左手だけで私の後頭部を抱えるようにして抱きしめる。ぶつけたおでこを、禹哲の胸にうずめるような格好になっている。なんだかこうしてると、痛みが消えたような気がする。抵抗するべきなんだろうけど、そのままでいた。

「別に勘違いしてないからな・・・」

 私の心の声が聞こえたかのように、禹哲は耳元で囁いた。もしかして最終面接・・・

「・・・ダメだったの?・・・」

「バ~カ、せっかく今からあんたが喜ぶ報告でもしに行こうかと思ってたのに、俺を信じてなかったとはな・・・」

 え? ってことは・・・

「さっきは嫉妬した。あんなつまらん態度とって嫌な思いさせて悪かったな・・・これじゃ芸能界でやってけないだろ? ガキみたいな俺からは今日で卒業だ。それを証明したくて言承旭に頭下げにいこうと思ったんだがな・・・」

 だから、・・・ってことは・・・

「じゃあ・・・合格したってこと?」

「当たり前だろ」

「本当にホント?」

「しつこいぞ」

「どうしてもっと早く連絡してくれなかったの? BaTでお祝いできたのに・・・莉莉も櫻雪も、何やってるんだろ」

「まだ二人には言ってない。あんたに一番に直接会って伝えたかったからな・・・」

 禹哲・・・。

 私は禹哲の腕の中が心地よくて抜け出せないでいる。

 それにこうしていれば、私の表情は禹哲からは見えない。

「・・・私が来なかったらどうするつもりだったのよ」

「あんたなら来ると思ってた」

「相変わらず自信過剰ね」

「そうでもないさ。正直を言えば、あんたのことに関しては予測不可能だ。俺の強い願望があんたを引き寄せてるだけかもな」

 禹哲のちょっと弱気な一面に、気持ちがぐらついた。

「これからも俺の仕事してくれるんだろ?」

「何言ってるの、新人がスタイリストを選べるわけないでしょ!」 

「そうだな・・・言ってみただけだ。最後の悪あがきってやつだ」

 私は知っている。レコード会社の最終面接で、禹哲は誓約書にサインしたから合格したんだってことを。すべての女性関係を清算し、契約の3年間、恋愛禁止だという誓約書。年齢的にも後がない禹哲を採用するには、彼らも覚悟が必要なのだ。多額の費用をかけて売り出す新人に、失敗は許されない。禹哲が合格したということは、その条件をのんだということだ。

 私もレコード会社の担当者から釘を刺されていた。禹哲を売り出したければ身を引いてほしいと。担当者は、禹哲が私に特別な好意を持っていることを見抜いていた。だから今日の最終面接には私は別の仕事でいけないと禹哲に嘘をついた。

 禹哲も本当は気がついてるはずだ。一度は何もかも捨てないと、成功するのは難しい世界だってこと。どっちにしても、私と禹哲の契約はここまでだ。

 私は今日から、もう新しい仕事に向けて動き出している。かなり手ごわい傲慢プロデューサーを説得するのに、かなり手間と時間がかかりそうだけれど・・・。

「お店は・・・BaTはどうするの?」

「ウィルバーに任せるつもりだ」

「彼なら適任ね」

 良くも悪くも禹哲に似たところがあるから。

「住むところもレコード会社が用意してくれることになった」

「そう・・・莉莉のこと、心配じゃない?」

「あいつは俺がいなくても、もう一人でも大丈夫だ。亞綸がついてるしな」

 フルネームでなく“亞綸”と呼ぶのを初めて聞いた気がする。禹哲に認めてもらえたのね。

「あなたも、もう一人でも大丈夫よね。ううん、一人じゃない、たくさんのスタッフがあなたを支えていくんだから」

 私がそう言うと、禹哲は私の額の少しコブになったところに、唇を押し当てる。そしてそれまで手持ち無沙汰にしていた右手を、私の背中にまわして強く抱きしめた。

「言っただろ、俺はあんた一人がいてくれれば充分なんだ・・・。すぐにあんたを・・・HIROを指名できるくらいに売れてやるよ。・・・そのときまでにちゃんと元カレと、より戻しておけよ。じゃないと今度はもう逃がさないからな」

 禹哲はそう言うと、言葉とは裏腹に強く抱きしめていた両腕を緩める。そして左手で私のサイドの髪をかきあげると耳にかけ、付けていた呉尊のピアスを軽く指ではじく。

「見てろよ、すぐに追いついてやる! 歌もダンスも俺のほうが上だ。映画にだって出てやる! 誓ってな!

 相手が阿旭だって勘違いしてる? それとも呉尊だってこと知ってるの? よくわからないけれども、禹哲のモチベーションが上がるのならどちらでもよかった。

 禹哲のためにできる、私の最後の仕事を、全力でやり遂げたかった。

 

 禹哲は最後まで、決して私の唇にキスしようとはしなかった。

 薄暗く、静まりかえった廊下で、互いの体温のぬくもりを感じながら、私は禹哲の心臓の音を聞いていた。

「ありがとう・・・ヒロ・・・」

「うん・・・ありがと・・・禹哲」

 感謝の言葉を交わしてから、互いに体をゆっくりと離す。それと同時に冷えた空気がサッと私の体と心までをも冷静にさせる。

 私は禹哲と目も合わせず、別れの言葉も口にしないで、そのまま立ち去った。禹哲の見送っている視線を背中に感じる。私は振り返らずに廊下を曲がって階段を静かに降りていく。そして踊り場の辺りで、禹哲がドアを閉める音を聞いた。

 不思議にも、寂しいとは感じなかった。私たちの間に、絆のようなものを感じてるからかもしれない。ふと、阿明と大東のことを思い出す。あの二人の関係に、少し似てるような気がした。

 きっと・・・必ずいつかまた、禹哲と巡り会う。

 そのときの為にも、私は禹哲に負けないよう、一段でも上のレベルを目指そうと心に誓った。

第32話「マザー・コンプレックス」~莉綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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