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飛輪海小説『ステップアップ!』第29話~亞綸篇

29話「幸せなキス」~亞綸篇

 しばらく動けずにいたボクの肩に、李おじさんは、ポンと優しく手を置いた。ボクはゆっくりと莉莉の腰に手をまわし、倒れそうな莉莉の体を支えながら病室を出た。そして禹哲は先に帰ったと、父さんから聞かされた。

「おい、おまえの息子は立派だったぞ! “百万回言っても足りないくらいに愛してる”なんて言葉、なかなか言えることじゃない。私は感動したよ」

 李おじさんは、重苦しい雰囲気を壊したかったのか、少し茶化すようにそう言った。

「庚霖、おまえがそんなことを言うようになったとはな」

 父さんも、そんな李おじさんの気持ちをくんだように笑って言った。

「いや・・・それは亦儒兄さんの受け売りで・・・本当は恥ずかしいよ」

「呉、おまえは立派な息子が二人もいるんだ。ちゃんと見習って、おまえもそろそろ今夜辺り奥さんに愛を告白してもいいんじゃないのか? それでおまえのカウンセリングはおしまいにしよう」

 李おじさんの言ってる意味がすぐにはわからなかった。・・・父さんがカウンセリングを受けていたって? もしかして、亡くなった前の奥さんのことで父さんはずっと苦しんでいたんだろうか? ボクの母さんと再婚したことで罪悪感が増していたんだとしたら? それで一度も母さんに“愛してる”って言えずにいたんだろうか・・・。

 昔、母さんが泣きながら父さんに言った気がする。「愛してるなんて言葉はいらないから一緒にいさせて!」って・・・。

 その数日後にボクと母さんは父さんの家に引っ越したんだ。そしてボクは呉庚霖になった。

 父さんは「そうだな・・・そろそろ今夜辺りだな」と穏やかな笑顔で静かに言った。ボクたちの会話をそばでずっと聞いていた莉莉にも、少しだけど笑顔が戻ってきていた。

 禹哲が何を言ったかはわからないけど、父さんはボクと莉莉が二人きりになれる部屋を用意してくれていた。外科部長室だ。ボクは電気を付けずに、窓際に立ち、夜の景色を眺めながら莉莉の肩を抱いていた。莉莉はボクの胸に頭を預けるように寄りそっている。莉莉の部屋から追い出された日が、遠い昔に感じた。

 月って、半分でもこんなにも明るいんだ・・・。月明かりに浮かぶ、莉莉の物憂げな表情にボクはつい見とれていた。でも莉莉が一度も泣いていないことにボクはふと気付いたんだ。

 ボクはポケットに入れたままだった莉莉のお守りの巾着袋を取り出して、そっと莉莉の手にのせた。そしてボクの口からは、なぜだかわからないけど、こんな言葉が飛び出した。

「ハッピーバースデー・・・莉莉」

 すると莉莉は、お守りを胸にしっかりと抱いて、堰を切ったように泣き出した。子供みたいに泣きじゃくる莉莉を、ボクはしっかり抱きしめる。

 

 今日という日が・・・2月25日という日がこれまで莉莉にとってどんな日だったのか・・・これからどんな意味を持つ日になるのかは、今のボクにはまだわからないけど、今までとは違った意味で、莉莉の生まれ変わる日になってほしいって祈るような気持ちだったんだ・・・。

      *          *          *

 莉莉と遅めの夕食を食べにBaTへ行く。禹哲の姿はなく、イタリアンの高(カオ)にリゾットをつくってもらった。決して食欲があるわけじゃないけど、本場の腕前はさすがに絶品だ。莉莉も「おいしい!」と目を丸くして、ボクたちは目と目を合わせて笑顔になる。

「なんかあんたら、いい雰囲気だな。俺はお邪魔虫か?」

 カウンターにいた中華のウィルバーがニヤニヤして言う。そんなふうに見える? ボクたち。 

「ほら見ろよ。鬼鬼(グイグイ)のやつ、すねてやがる。いつもならこのカウンターが定位置なのに、わざわざカウンターから一番遠い席に一人にすわってるだろ? 炎亞綸、おまえも罪作りなことするよな」

 え? なんで? ボクのせい? この話が厨房まで聞こえていたのか、珍しく日本料理のフジオカが厨房の外へ出てきたかと思うと、料理の皿を持って鬼鬼のところへ一直線だ。

「おいおい、フジオカのやつ、新作の試食させて、あれでなぐさめてるつもりか? だけど今度はあの二人がいい雰囲気になるかもな」

 シャイなフジオカがこんなことするなんて、鬼鬼のことを好きに違いない。みんな、ちょっと早い春が来たってこと?

   

 食事が済むとすぐ、莉莉を部屋まで送って行く。だけどボクはドアの前でどう別れればいいのか迷っていた。それとも今夜は一緒にいるべきなんだろうか・・・。というよりも一緒にいたいというのが本音なのかもしれない。

 李おじさんは、莉莉の治療は終わったわけじゃないと言っていた。罪のない母親を恨んでいたことへの罪悪感から、不安定になるかもしれないと・・・。ゆっくりゆっくり時間をかけて治していこうって。だけど今夜の莉莉のことをボクに任せると言ってくれていた。でも正直、どうすることが一番いいのか・・・正解なのかがわからないでいた。莉莉がお母さんの死を受け止めることができたかどうかも・・・。

「亞綸・・・大丈夫だから。あたし、今夜は一人でがんばってみる!」

 気丈に振舞う莉莉のことが、かえって心配になる。そばにいてやりたい。それに今夜、家に帰らないほうがいいかもしれない。父さんと母さんを二人きりにしてあげたいとボクは思っていた。

「わかった。じゃあボクは隣の部屋にいるから・・・つらくなったら絶対に我慢しないでボクを呼べよ」

 莉莉は天使の笑顔で嬉しそうに「うん」と言った。そして病院からずっと握り締めていたお守りを持った手を振り「おやすみ」と言って部屋に入って行く。

 ・・・なんだ、それだけか・・・。そう気落ちするや否や、もう一度ドアが開く。そして莉莉は飛びつくようにしてボクの首に腕を巻きつけると可愛くこう囁いたんだ。

「ワ・ス・レ・モ・・・」

 ボクは莉莉が言い終わらないうちに唇を重ねていく・・・。

 気持ちが本当に通じ合ってからの初めてのキスは、今までと全然違ってる・・・。

・・・なんだか新鮮で、それでいて呼吸が合ってるっていうか・・・何度も何度も唇を重ね直しながら、ボクたちの気持ちは高まっていく。

 こんなに幸せなキスってあるんだな・・・って心底思わずにはいられなかった。

 

 莉莉が部屋に入ってからも、しばらくドアの外でキスの余韻に浸っていた。時間を計ってたわけじゃないけど、最長記録は達成したかもしれない。

 時々顔がにやけてくるのを抑え切れなくて、すぐには隣の部屋へ行けそうにない。

 あのまま部屋になだれ込んでしまおうかと、本当はどんなに思ったか・・・。でもそうしなかったのは、この“幸せなキス”の思い出を、大切にしたかったからかもしれない。きっと莉莉も同じ気持ちのはずだ。

「お邪魔しま~す」

 ボクは、隣の部屋にあがりこむ。禹哲は濡れた髪を拭きながら歯を磨いているところだった。

「おい! なんのつもりだ炎亞綸!」

「今夜泊まってくから、よろしく!」

「バカ言うな! オレは明日、正真正銘の最終面接なんだ! ゆっくり寝かせろ! 頼むから自分の家に帰ってくれ!」

「何言ってんだよ~ 本当はボクに感謝してるくせにさ。お礼に泊めてよ。ね、いいだろ禹哲~」

「おまえキモいぞ! ・・・ったく・・・それで?」

「それでって?」

「だから莉莉の様子はどうなんだってことだろ!」

 禹哲はボクから顔をそむけるようにしていたけど、実は目が泣きはらしたかのように真っ赤だってことにボクは気付いてしまっていた。

「うん。大丈夫だって元気に言うから、とりあえずボクはここで待機する」

「そうか・・・勝手にしろ。シャワー禁止だ、早く寝てくれ」

 禹哲はそう言って、ブランケットをボクに投げつけると、灯りを消してしまった。ボクは仕方なくソファに横になる。まだ10時だってのに!

 

 耳をすますと、隣の部屋から莉莉の音が聞こえる。莉莉が発してるってだけで、生活音もやすらぐ音楽みたいだ。あっ・・・もしかして今、シャワー浴びてる? 前言撤回だ。・・・“やすらぐ”どころじゃないかも・・・。なんか妄想をかきたてられて眠れなくなりそうだ・・・。

「禹哲・・・」

 禹哲は答えない。無視?

「禹哲!」

「なんだよ!」

「・・・認めてくれる? 莉莉とのこと・・・」

「・・・とっくに認めてるさ」

「そっか・・・」

 そうなんだ・・・。認めてくれたんだ。

「禹哲、あのさ・・・」

「まだ何か用か!」

「明日ヒロも行くの?」

「あいつは俺の保護者じゃねえ! 俺一人で充分だ」

「・・・好きなんだろ?」

「・・・追い出されたくなかったら黙って寝ろ」

「禹哲のこと応援してやりたいけど、呉尊を裏切れないからさ」

「なんだと!」

 禹哲が叫びながら起き上がる。しまった!

「今なんて言った? 呉尊だあ?」

 ヒロごめん! 百万回言っても足りないくらいごめん!

「え!? そんなこと言ったっけ?」

「ごまかすな! あいつの忘れられない元カレって、あの“呉尊”なのかよ!」

「あれ~そうだったような全然違うような・・・」

 元カレっていうか、元婚約者だなんてことは口が裂けても言えないよ。

「ダメだ完全に目が冴えてきた・・・もう眠れそうにない・・・覚えてろよ炎亞綸!」

 かなりマジなんだな・・・。禹哲とヒロか・・・あ、二人がキスするとこ想像するだけで、なんかムカつくかも・・・。やっぱダメだ! 許せるのは呉尊だけだ!

 一人そんなことで葛藤していると、禹哲がパチンと指を鳴らす音が聞こえた。

「待てよ・・・相手があの呉尊なら、逆にまだチャンスがあるかもな・・・台北に年に半分もいない人間だし、キレイな女が周りに五万といるだろうしな。それにしても俺のまわりの女たちはどいつもこいつも飛輪海が相手かよ!」

 どこまで前向きなんだろ。でも禹哲は全然わかってないよ。呉尊が惚れる基準は見た目じゃない。

「でもさ、ヒロが今、イキイキしてられるのは、案外禹哲のおかげかもね」

「・・・そうか?」

「うん・・・あ、でも期待しないほうがいいよ。望みうすいから」

「ああ、かなり頑固だからな。一度言い出したら貫き通すタイプだ」

「そうそう、融通きかなすぎ。もっと周りを見ろってんだよ!」

「おまえも見向きもされなかったってことか」

「そうだよ! ・・・でもヒロにはボクが必要だったはずだ。無意識のうちにボクに甘えてるんだ、ヒロは。ボクになら何言っても大丈夫だって・・・。わがままや本音をぶつけられる存在でいられれば、ボクはそれでいい」

「そうか・・・そんな愛もありかもな」

「でもそろそろお役御免かな。よければその役、禹哲にゆずるよ。禹哲しかいないって言うか・・・もうすでに禹哲に引き継いじゃってる気もする」

「ああ、かなりな・・・」

 禹哲はそれから何も言わなくなった。ヒロのことを考えてる? 

 きっとヒロは禹哲には言いたい放題なんだと思った。男並みに頑張ってるヒロの、甘えられる先が増えたのはいいことだ。ボクの肩の荷も、少しは降りたかな。

 でも・・・やっぱり、呉尊と戻れれば、それに越したことはない・・・。

 午前0時を過ぎても、莉莉は現れもしなければ電話もかけてこない。もう眠れたのならいいんだけど。

 ボクは禹哲と話すことでだいぶ気が紛れた。もう寝たのかな? 明日の最終面接、上手くいくといいけど・・・。本当はヒロからちょっと聞いてるんだ。禹哲の26歳って年齢がネックになってるって。レコード会社の担当者はオーディションからずっと気に入ってくれてるけど、上層部は二の足踏んでるらしい。

 たしかにデビューとしては遅咲きかもしれないけど、新しいことに挑戦するって意味では、大東だって今29歳だし、亦儒の転身も28歳だった。

  だからちっとも遅くない。それにボクだってこれからだ。歌が大好きだって気持ちは誰にも負けない。ボクも新たな挑戦への第一歩を踏み出そうとしていた。

第30話「最後の審判」~東雪篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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