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飛輪海小説『ステップアップ!』第25話~亞綸篇

25話「壊れたハート」~亞綸篇

 目が覚めると、隣のベッドに莉莉の姿がない。飛び起きて腕時計を見るともう7時半すぎだった。

 昨夜はなかなか眠れなくて、莉莉の寝言を何回も聞かされた。ボクの名前を呼んだりするのは嬉しかったりするけど、「あのワンちゃん・・・おいしそう・・・」ってのにはちょっとビックリさせられた。それに「プリン食べたい」って言ったときなんかは、あんまり言葉がはっきりしていたから、本当に買いに行こうかと思ったくらいだ。ボクもおなかすいてたし。だって何も食べてなかったんだ。昨日の昼から。

 

 莉莉を捜しに行こうと靴を履いていると、そこへ莉莉が戻ってきた。おいしそうな匂いのするモスの袋と、スーパーの買い物袋ともう一つ紙袋を持っている。

「おなかすいたでしょ? バーガー二つくらい食べられるよね。この病院すごいのね。モスがあるなんて。スーパーもあったし」

「莉莉は食べないのか?」

 袋には二つしか入ってなかった。

「あたしは病院食があるからそれを食べなきゃ。食べ物は粗末にできないもん」

「そうだな」

 莉莉の道徳観念には、いつもドキっとさせられる。ボクが忘れかけている当たり前のことを、莉莉は思い出させてくれるんだ。

「ねえ亞綸。朝食が済んだら付き合ってほしい場所があるの」

 莉莉に連れられていった場所は、小児病棟だった。食後の子供たちが、遊び場のホールで、本を読んだり、ゲームをしたり、思い思いに遊んでいた。莉莉はホールの隅に立てかけてあったギターを持ってくると、かぶっていた埃をティッシュで丁寧にふき取り、曲を弾きだした。

 子供たちの視線がいっせいに莉莉に集まった。莉莉のギターに集まってくる子供たちは、初めは表情のない子でも、だんだんと目を輝かせ、笑顔になっていく。なんだかボクまでワクワクしてくる。そのうち子供たちからは「何か歌って!」という声が上がり始めた。ボクが莉莉のそばへ行くと、年が上の子供からは「お姉ちゃんの彼氏?」とひやかされたりする。中には「あれって炎亞綸?」という声も聞こえたけど、「こんなとこに来るわけないじゃん。亞綸のほうがもっとかっこいいって」なんて否定されていた。

 ボクが莉莉にアイコンタクトを送ると、莉莉はにっこり笑ってうなづいた。ボクたちがあの曲を歌い始めると、子供たちは、まるでワンダーランドにでも迷い込んだように興奮したような表情になっていく。このホール、音響がすごくいいんだ。ボクと莉莉のハーモニーがもっと共鳴して増幅していくようだ。そのうち、メロディーを覚えた子供たちまで一緒になって歌いだす。もうボクがいなくても大丈夫だね、莉莉。 

 ボクは莉莉にジェスチャーで退院の手続きへ行くことを告げ、輪の中からそっと抜け出して、キャップを深くかぶり直す。

 階下へ降りても、莉莉と子供たちの歌声がフロアー中に優しく響いていた。天使たちの歌声・・・。そういえば、最近、莉莉の悪魔はすっかり、なりを潜めている。“秘密の花園”で思い出を語り合ってから? 今じゃ悪魔な莉莉が懐かしいくらいだ。

 

 支払いは禹哲から預かったお金で済ませた。ここはボクがでしゃばるわけにはいかないことくらいボクにだってわかる。禹哲の顔をたてるべきだってね。もちろん特別室料金でなく、普通料金にはなったけどね。そこのとこは、ボクのおかげ・・・というか父さんのおかげだけど。

「小霖!」 

 え!? 母さん!!

「母さん、何? どこか悪いの?」

「チャリティーのことで来たんだけど、ねえ阿明から聞いたわよ。お友達の入院に付き添ったんですって?」

 姉さん、そこまで正直に言わなくても・・・。仕事で泊まりだとか適当なことを言っておいてほしかったよ。姉さん嘘つくの苦手だから仕方ないか。

「どのお友達なの? 芸能界のお友達? もうお元気? 挨拶したいわ」

「もう、彼は帰ったんだ。ボクはこれから仕事だから、じゃあね」

 

 危な・・・。まだ莉莉を母さんに紹介する段階じゃない。なんて紹介すればいいのかよくわからないんだから。

 それに、母さんはどう思うんだろう、莉莉のこと。姉さんが亦儒と付き合い始めたときは手放しで喜んでたっけ。家柄もよくて、会社を継ぐことが決まっていた亦儒。でも莉莉は・・・。

 それにしても母さんって時々ミーハーなんだよな。呉尊一筋じゃなかったのかよ。

 莉莉を迎えに小児病棟へ戻ると、莉莉は子供たちに「また来てね」「あの歌大好き」と口々に言われながら別れを惜しんでいた。泣いてる子もいる。あ、莉莉まで泣きそうだ。それでも笑顔でいようとムリしてる莉莉の表情に胸がキュンとなる。それからドキドキが止まらない。莉莉は昨日と同じ、ヒロがライブ用にスタイリングした衣装だから、今日も極限的に可愛いんだ。でも可愛いからだけじゃない・・・これってやっぱ、いわゆる“恋してる”ってことなんだと思う。

「亞綸、なんかヘン。タクシーの中でもそわそわしてて。仕事遅刻しそうとか?」

「べ、別に・・・。仕事は午後からだから全然時間あるよ!」

 思わずヒマだってことをアピールしてしまう。ボクは莉莉の部屋の前まで来ていた。今は時間あるけど、実は午前のボイトレ、無断欠席しちゃったから明日怒られそうだ。

「じゃあお昼ごはん、食べてってね。材料たくさん買って来ちゃった」

「え? う、うん」

 部屋の前での急な誘いにボクは抵抗できない。と言うより、誘われることを期待していた。そのためにわざわざタクシーを降りて、荷物を持ってあげることを口実にここまで送ってきたんだから。

 早く気持ちを伝えたくて落ち着かない。莉莉の喜ぶ顔が想像できるし。

 

 部屋に入ると、女の子っぽい部屋にさらにドキドキしてしまう。姉さんのナチュラル系の部屋とは雰囲気が違う。それに禹哲の言ったとおり、一緒に住んでる様子はまったくない。

「作ってるあいだ、先にシャワー使ってて」

 え!? 

「はい、これ下着。病院のお店で買っておいたから」

 なんだか、同棲してるみたいだ・・・。

 昔、ヒロと呉尊が一緒に暮らしてるのを見て、どんなにうらやましかったか。別にヒロとってことじゃなくて、すごく思い合ってる二人が幸せそうに生活してる雰囲気に憧れたんだ。いつかボクもそんな相手と同じ時間と空間を共有できたらって思わずにはいられなかった。ヒロと呉尊もまたそうなればいいのにな・・・。

 シャワーを浴びながら、そんなことを思い返していた。

 

 ボクが服を着て脱衣所を出て行こうとしたとき、莉莉が上着を脱ぎながら入ってきた。

「煮込んでるあいだにシャワー浴びちゃうね。亞綸お鍋見てて」

 あんまり自然に入ってくるからホントに同棲してるみたいだ・・・。ボク的には心臓が飛び出るんじゃないかってくらいにかなりドキッとしたけどさ。

「シチューかな・・・」

 鍋の中をのぞくと、ジャガイモやニンジン、タマネギなんかが入っている。

 それにしても、どのタイミングで伝えようか・・・。食べる前か食べた後か・・・。雰囲気とタイミングしだいだよな・・・。ボクはドライヤーで髪を乾かしながら「好きだ」って言うシチュエーションをいろいろ考えていた。

「亞綸?」

「え!?

 莉莉が思ったより早く出てきて正直あせる。というより、なんでタオル巻いただけで出て来るんだよ! 普段子供っぽい莉莉も、そんな格好で濡れた髪だとなんだか・・・。

「ちゃんとお鍋見ててくれた?」

「え? あ、うん・・・料理はあとでいいから早く服着て髪乾かせよ。風邪ひくぞ」

 このままだと莉莉を直視できない。

「じゃあ亞綸、乾かして」

 莉莉はパーカーだけ羽織ると、ボクの前に背を向けてすわる。

 ボクは莉莉の髪を乾かしながら昔、ヒロにペンションの部屋のベッドでこうやって乾かしてもらったことを思い出していた。仕事柄、人に髪を触られるのは慣れっこだけど、特別な思いがある相手に、二人きりの部屋で髪を触られるのって、けっこう・・・エロティックな気分なんだよな・・・。莉莉はどう感じてるんだろう。そう思うだけでもボクのほうは平常心ではいられない。

 髪がまだ乾ききらないうちに、莉莉は振り向いてキスをしてきた。昨日よりも展開が早くて、もうボクのほうが押し倒される格好になる。だけどこうなる前にちゃんと言いたかった。

「莉莉・・・ちょっと待った・・・聞いて欲しいんだ、ボクは・・・」

「何も言わなくていい・・・」

 莉莉は強引にキスしてくる。まるでボクの口を塞ぐように。

「聞けよ莉莉・・・ボクは・・・」

「言葉なんていらない! 何も聞きたくない!」

 莉莉はパーカーを脱ぎ捨てる。早く・・・早く伝えないと・・・

「莉莉! ボクは、ボクはちゃんと好きなんだ。いつの間にかこんなにも好きになってたんだ!」

 ボクの告白は、無残にもこんな形になってしまった。そして莉莉は喜ぶどころか、悲痛な表情を浮べている。そしてボクの上から起き上がると同時にボクの腕を引っ張り上げた。

「もう亞綸なんて必要ない。消えていいよ。あたしの前からさっさと消えてよ」

 そう言う莉莉からはもう悲痛な表情は消え、まったくの無表情だった。

 ボクはわけがわからず、呆然としてしまう。莉莉はそんなボクの腕を引っ張っていき、背中を強く突き飛ばす。そしてボクは抵抗できないまま部屋の外に追い出されてしまった。

 

 ボクはしばらくその場で動けなくなっていた。何がどうなったのか、何がいけなかったのかもわからずにいた。

 悪魔がとりついたときの莉莉は、ボクの愛なんかじゃどうにもできそうにな気がした。

「どうしたんだ、炎亞綸」

 気がつくとBaTのバーカウンターの前に立っていた。

「営業時間外だぞ。まあいい、俺の休憩に付き合え。コーヒーでも飲むか?」

 禹哲は何か察したんだろうか。いつもより優しい気がした。

「禹哲・・・教えてよ・・・莉莉のことならなんでもいいからさ・・・」

「莉莉に好きだと告白でもしたか?」

「好きなんだから好きだって言って何が悪いんだよ!」

「莉莉にとっては地雷だな、その言葉は」

「どういうことだよ!」

「俺は忠告しておいただろ。おまえに莉莉は扱えないと。俺は別におまえが嫌いで言ったわけじゃない。あいつに近づいて、おまえが傷つかないように忠告しただけだ。今まで、何人もの男にそうやってきた。バカな男たちは俺の忠告に耳も貸さずに、おまえと同じ目に合ってきたんだ。でも昨日、おまえなら莉莉を変えられると思ったんだ。おまえにかけてみようって・・・。だがムリだったみたいだな」

「どうして莉莉は拒絶するんだろ・・・」

「莉莉は愛されることがこわいんだ。愛し合ってる相手に捨てられることを極度に恐れてる。トラウマなんだ、母親に捨てられた・・・。生まれたときから父親がいなかった莉莉は、母親と身を寄せ合って生きてきた。それなのに“大好きよ。愛してる。一生私の大事な娘よ”そう毎日のように言っていた母親に突然捨てられたんだ。7歳だぞ! 捨てられたことを嫌というほど理解できる年齢だ! おまえが医者の息子で、何不自由なく育ったことを、あいつは昨日初めて知ったんだろうな。そんなおまえに優しくされて、不安になったはずだ。自分は釣り合わないって。おまえの思いが強くなればなるほどあいつは怖くなるんだ。自分から突然去っていく日が来ることばかり考えてさ。だから愛される前に嫌われようと、急に暴力的になったりする。今までだってそうだったんじゃないのか?」

 莉莉がときどき悪魔に豹変するのは、愛されないようにするための自己防衛・・・そんなこと今さら聞かされても後の祭りだ。もうボクは後戻りできないくらいに莉莉を好きになってしまってる。

 それにボクだって何不自由なく暮らしてきたわけじゃない。金銭的には恵まれてきたけど、母さんの離婚と再婚で不安定になる時期があったんだ。だから莉莉がボク以上に、ボクとは比べものにならないくらいの子供時代をすごしていたことに、胸をかきむしられる思いだ。

「捨てられたって・・・どんなふうに?」

「2月だったらしいから、ちょうど今頃だな。買い物にでかけたはずの母親が帰ってこなかったんだ。莉莉はアパートの部屋で一人、寒さに震えながら、母親が愛用していたギターにしがみついて何日も何日も母親の帰りを待っていた。何も食べずに、母親がよく歌っていた歌を歌い続けていたんだ。莉莉が発見されたときは衰弱しきってたのに、消えそうな声で歌ってたって・・・」

 ボクは涙が止まらない。禹哲は淡々と話し続ける。

「結局母親は帰らず、莉莉は施設に送られた。俺もちょうど同じ頃に入ってさ・・・。施設の院長は厳しい人で、幼い子でも、なんでも一人でさせたんだ。施設を出れば、誰も助けてくれない。一人きりで生きていく方法を俺たち孤児は叩き込まれたんだ。眠るときだって、狭い個室で一人で眠ることを強いられた。オレは幼いあいつが一人で眠れず泣いていたのを見かねて、よくこっそり一緒に寝てやってたんだ。わかるか? 一人で何日も母親を待ち続けたときの孤独を。そのときの莉莉には歌うことだけが気持ちの支えだったんだ。だけど、それがトラウマで、今でも一人で眠れない夜もあるし、一人で歌えないんだ。だからあいつが寝付くまで一緒にいてやったり、あいつがステージで歌いたいと言い出したから、ユニットを組むことにした。いつまでもこのままではあいつの為にならないことはわかってるさ。正直、ヒロとおまえのおかげで、俺も妹離れをマジで考えるきっかけになったかもな」

 そうやって禹哲が莉莉を守り続けていたんだ・・・。

 母親は莉莉をどうして捨てたんだろう・・・。いったい今はどこで何をしているんだろうか。

「莉莉は母親のことを恨んでる?」

「さあな・・・それは俺にもわからん。母親のことは話したがらないからな。デビューすれば母親が名乗り出るかもしれないと、あいつなりに考えていたみたいだが、それがただ母親恋しさなのか、文句のひとつでも言いたいのか、捨てた理由を聞きたいだけなのか・・・」

 莉莉はどんな理由であれ母親に会いたがってる・・・会えば何かが変わるのかもしれない。だけどなんの手がかりもない。

「ぜん息になったのも、母親に捨てられてからなんだ。昨日、心療内科の李って医者にも言われたよ。心因性のぜん息じゃないかって。昨日の発作は、ライブ前にオレが一緒にいてやれなかったせいだ・・・昨日が・・・昨日があいつの母親が出て行った日だってことを・・・俺は、レコード会社のお偉いさんに呼ばれたってだけで舞い上がっていて忘れてた・・・」

 禹哲はそう自分を責める。ボクだって莉莉を安心させて守りきることができなかった。

「不安そうだった・・・。顔色も悪くてさ。でも一番の原因は、いつもの巾着袋がなくなったからだと思う・・・。あれにはぜん息の吸入器が入ってたんだろ? だから不安になって・・・」

「なくしたのか・・・。莉莉はあの袋を大事にしていたからな。考えてみれば、あの袋をお守り代わりに持つようになってからかもしれない。あいつがこの1年大きな発作を起こさなかったのは・・・。あれはおまえが初めてプレゼントしたものなんだろ?」

 なんのことだかわからなかった。ボクがあの巾着袋を莉莉に? 覚えてないよ。でも・・・そうだ、解散コンサートの日だ! 入り待ちのファンの子に、のど飴の入った巾着袋をもらったのは覚えている。ちょうどノドの調子が悪くて、すごく助かったから印象に残っていた。あの日、打ち上げのあとの秘密の花園でのことは酔っていてあまり覚えてないけど、きっと莉莉にあげたにちがいない。

「どうして女は初めてもらったプレゼントにこだわるんだろうな。莉莉といい、ヒロといい・・・」

 禹哲が何かつぶやいていたが、ボクは莉莉の巾着袋のことで頭がいっぱいになっていた。タクシーに忘れてきたのは間違いない。でもどこのタクシー会社かなんて全然覚えていなかった・・・。

 ボクは莉莉のために何をしてあげられるんだろう・・・。

 莉莉の壊れたハートのかけらを、ひとつひとつ拾い集めるしか方法はないのかもしれない・・・。

第26話「蜜月の縁(エニシ)」~大東篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇 

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