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飛輪海小説『ステップアップ!』第23話~亞綸篇

23話「unusuallyな夜」~亞綸篇

 今夜はunusuallyのセカンドライブがある。1月のファーストライブが大好評で、サポートしたいという“T”の女社長が名乗り出ているくらいだ。

 だけどヒロは二人のソロデビューを考えているみたいだ。この前禹哲はオーディションを受けたらしい。

 大東は急遽、追加ロケのために日本へ行ってしまった。ヒロは昨日一日かけて衣装をそろえてアシスタントに任せたようだ。明日には日本へ追いかけて行くんだろうけど。

 ボクは今、ボイトレと、ずっとさぼっていたギターの練習を再開している。禹哲には負けていられないから。

 でもヒマがあればBaTに来ている。ここはボクなんかに興味を持つ人間が少なくてラクなんだ。最近は姉さんのとこより、ここに来ることのほうが多くなっている。

 昨日、ヴァネスは台北に来ていたみたいだけど、ボクに会うことなく今朝、日月潭に帰って行ったらしい。ヴァネスはBaTに何しに行ったんだろう。

 相変わらず独身のままのヴァネスに、おじさんはついにペンション経営を任せたって聞いている。だからと言って、おばさんはヴァネスの嫁取りを諦めたわけじゃないらしい。姉さんのことはさすがに諦めただろうけどね。

 なんだかまわりはいろいろ変化しているのに、ボクだけは同じ場所に留まっている気がする。なんだか取り残された気分だ。いいや、そんなことはない! ボクだって努力してるんだ! 少しずつでも前進してるはずだよね?

 誰もそれに気付いてくれてない気がするけれど・・・。時々、誰もボクを認めてくれてないんじゃないかって不安になることもある。

 ヒロだってそうだ。最近は禹哲ばかりで、ボクのことなんか忘れてるって感じだ。そりゃあ独立して、うちの事務所とは関係なくなったから仕方ないんだろうけど、元専属スタイリストだったら、少しは気にかけてくれてもいいはずだ。

 携帯が鳴る。ヒロからだ!

「ヒロ! 何? 久しぶりだね!」

『亞綸、今夜ライブに来るわよね?』

「うん、そのつもりだけど。どうしたの?」

『実はね、オーディションを受けたレコード会社の上層部が、今から禹哲に会いたいって言うの。だからライブの開始時間に間に合うかどうか・・・。お願い! 莉莉をレコード会社に連れてきて! こっちでスタイリングするから。それで莉莉を連れて帰って先にリハーサルを始めていてほしいの!』

「う、うん、わかった!

 電話を切ると、すぐに託児所へタクシーをとばす。莉莉を乗せてそのままレコード会社へ向かい、ヒロがスタイリングを済ませるとすぐに莉莉とタクシーでBaTへ向う。

「ねえ、亞綸! あたし今夜一人で歌うの? そんなことないよね?」

 莉莉は不安げだ。どうして莉莉はそんなに“一人”を恐れるんだろう。いつもの気の強さが嘘みたいだ。莉莉はまたあの薄汚れた巾着袋を握り締めていた。

「大丈夫。リハーサルはボクが付き合うから。本番には禹哲は間に合うよ、きっと」

 本当のところはわからない。でも不安そうな莉莉を前にしたらそう言うしかなかった。

 そのとき、突然タクシーは急ブレーキで後輪が大きく振られて止まった。心臓が飛び出るかと思うほどビックリした。気付くとボクは莉莉を守るように抱きしめていた。

「お客さん大丈夫ですか!? 今、バイクが飛び出して・・・」

  莉莉の体が震えている気がして、思わず抱きしめていた腕にギュッと力が入る。

「莉莉大丈夫か?」

「うん・・・」

「こわかっただろ?

「うん・・・でも亞綸がこうしてくれてると安心する・・・」

 ボクはちょっと照れた。こんなキザなこと、現実世界ではめったにすることじゃないからさ。ずっとドラマという虚構の世界でしか恋愛をしていなかったせいだ。

 今日の莉莉もかなり可愛くて、近くにいるだけでドキドキするくらいだ。

 ヒロってホントすごいよ。莉莉の魅力を最大限に引き出しているんだから。

 

 タクシーから降りてドアを閉めるとき、後部座席の下に何かが落ちていたように見えた。薄暗くてはっきりはしないけど。でもボクはそれどころじゃなくてあまり気にしなかった。だけど、ふとタクシーのバンパーがボコボコにへこんでいるのが目に入り、ゾッとした。この運転手、いつもさっきみたいな事故と背中合わせの運転してるんだ・・・。

 店は開いていて、もう“B”のバイトが三人、仕込みを始めていた。

 最近禹哲は、料理人の卵を3人“B”の会員にしたんだ。特に今夜みたいなライブのときは彼らの出番だ。

 修行から帰ってきたばかりのイタリアンの高(カオ)。台湾に活躍の場を求めてやってきた日本料理のフジオカ。中華はアメリカ出身ABCのウィルバー。

 イタリアンの高は名前のとおり背が195センチもあって、よく厨房の入り口で頭をぶつけている。髭ヅラで見た目は無骨だけど、料理の味は繊細で、フレンチの修行もしたことがあるって噂だ。

 対照的に、フジオカは料理人にしとくにはもったいないくらい美形で、ちょっとくやしい。少女マンガ家志望の鬼鬼(グイグイ)なんかは、いつもカウンターから厨房をのぞいては「ステキ❤」なんてはしゃぎながら必死に彼をデッサンしていたりする。でも彼はシャイだからほとんど厨房から出てこない。それなのに彼女はすぐ横にいるボクのことなんかは邪険にして目もくれないんだ。でもこの前、鬼鬼のスケッチブックをこっそり見たら、後ろのほうのページにはボクらしき絵が何枚も描かれていたんだ。女の子って本当に矛盾だらけの難しい生き物なんだ。

 中華のウィルバーは、料理の腕前はもちろんだけど、すごいのはヒップホップのダンスだ。歌って踊れる料理人を目指してるらしい。彼はいつもヘッドフォンで音楽を聴きながらリズムにのって料理しているくらいだ。

 ボクたちはステージの準備をしてから、音響を確認してみる。そして照明をつけて初めてボクは莉莉の顔色が悪いことに気付いた。

「莉莉、気分悪いのか?」

 莉莉は首を横に振る。やっぱり禹哲がいないのが不安なのかもしれない。ボクじゃ頼りにならないのか・・・。

 莉莉はさっきから何かを捜しているようだった。

「何か機材足りない?」

「違うの・・・お守り・・・」

「ああ、あの巾着袋? どうしてあんな汚い袋を大事にしてるんだよ。今度はブランドのポーチをプレゼントしてやるよ」

「ブランドものなんていらない! あれじゃなきゃダメなの! 亞綸にはわからない!」

 なんだよ! 本当は禹哲にもらったんじゃないのか? ボクはあんなものあげたりしない!

 莉莉はやっぱりボクより禹哲のことを・・・

 そのとき、莉莉が急に苦しそうに咳き込み始めた。顔色はもっと悪くなる。そしてステージ上に倒れこんでしまった。咳は止まらない。

「莉莉! 莉莉!

 莉莉の咳は激しくなる一方で、呼吸ができてないみたいだ! それなのに、ボクは体を抱きしめることしかできない!

 誰か! 助けて! 莉莉が死んだら、ボクは・・・ボクは! どうすれば・・・

「亞綸、どくんだ!」

 ボクは夢を見ているのかと思った。現れたのは亦儒だった。うしろで姉さんも心配そうな顔で立っている。

「どうしよう! 莉莉が死んじゃうよ! 助けて亦儒!」

 なぜかボクは亦儒ならなんとかしてくれるんじゃないかって確信したんだ。

「黄莉莉、バッグの中を見るからな」

 亦儒は莉莉がいつも斜めがけにしているショルダーバッグの中身を逆さにして全部出してしまった。

「へんだな、吸入の薬がない・・・阿明! 厨房で白湯をもらってきてくれないか。あとクッションを一つ」

「わかったわ」

「亞綸、これはぜん息の発作だ。普通は吸入の薬を携帯しているはずなんだけど・・・」

 もしかしてあの巾着袋!

「さっきタクシーで巾着袋を落としたんだ・・・その中だ、きっと・・・」

「亦儒! 白湯とクッションを持ってきたわ」

「ありがとう」

 亦儒は莉莉にクッションを抱かせると、ボクを横にすわらせて、莉莉の体を支えるように言った。

「亞綸、背中をゆっくりさすってやって」

「え? こ、こう?」

 ボクは苦しそうに咳き込む莉莉の背中をおそるおそるさすってみる。

「もっとゆっくりと強く・・・声をかけてあげて・・・」

 亦儒が指示を出してくれる。亦儒の言うとおりにしていれば大丈夫っていう安心感があった。ボクはいつだってそうやって亦儒に支えられてきたんだから。

「う、うん・・・莉莉、大丈夫だよ、すぐ治るから・・・」

 そして少しおさまると亦儒は莉莉にマグカップのお湯をゆっくり一口ずつ、咳がおさまるたびに飲ませ続け、お湯が冷めてしまう前に、姉さんは温かいお湯の入った新しいマグカップを亦儒に手渡す。そうやって繰り返すうちに莉莉の症状は徐々に落ちつき、顔色が幾分もどってくる。

「友達にぜん息持ちがいてね。対処法を習ったことがあるんだ。二度その友達が発作おこしたことがあって実践したから覚えていたんだ。もう大丈夫だ」

 亦儒の言葉にボクはホッとしたのかなんなのか、まだよくわからずにいた。ただ涙がとめどなく溢れてくる。

「亞綸・・・泣いてるの? もう大丈夫だってば・・・」

 そう莉莉が言うもんだからもっと泣けてきた。

「小霖ったら子供みたい」

 姉さんもそう言いながら涙ぐんでる。

 ボクは恥ずかしさもあって莉莉の背中を抱きしめながら顔を隠して泣くしかない。

「まったく・・・医者の息子とは思えないあわてぶりだったよな。莉莉が死んじゃう!ってさ」

 亦儒にそうからかわれても言い返せない。事実だから仕方がない。ボクだけじゃどうしようもなかったから。

「莉莉、大丈夫だとは思うけど、念のために病院へ行こう。タクシーを呼んだから・・・。ライブは残念だけど中止にしたほうがいい」

 ボクも亦儒の意見に賛成だ。亦儒はいつも冷静で、ちゃんと先を考えて行動している。ライブのことなんてボクはすっかり忘れてたし・・・。

 ボクはあとのことはウィルバーに頼んで病院に付き添うことにした。あとから聞いた話では、ウィルバーのやつ、せっかく来た客のために自分のステージパフォーマンスを見せたらしい。ちゃっかりしてる、本当に。

 

 父さんの病院で莉莉が診察を受けている途中に、オーディションを終えた禹哲とヒロが駆けつけた。

 姉さんがヒロに電話したようだった。ボクはそんなことも忘れていた。姉さんがヒロになんて話したのか、そしてヒロがそれをどう禹哲に伝えたのかはわからないけど、禹哲はいきなりボクを抱きしめて「炎亞綸! おまえがいてくれてよかった! おまえのおかげだ! ありがとう! ありがとう!」と人が変わったように感謝してきたんだ。本当は亦儒のおかげだって言おうとしたんだけど、禹哲のうしろで亦儒がシーって人さし指を立てて止めるもんだからそのままになってしまった。

 莉莉は念のため一泊入院することになった。病院へ来る前に、姉さんから父さんに電話してあったみたいで、特別室が用意されていた。そこには付き添いのベッドがあって、驚いたことに禹哲はボクに付き添いを頼んできたんだ。あんなにボクを莉莉から遠ざけたがっていた禹哲が、病院とはいえ、今ではお泊りを許してるんだから。

「炎亞綸。言っとくが、俺と莉莉は同棲なんかしてないからな」

「え!?

「オマエどうせ勘違いしてただろ? 面白いからそのままにしといたが」

 面白いから? 内心ちょっとムカついたけどスルーしておいてやった。

「俺と莉莉は、兄妹のようなもんだ。同じ施設育ちだからな」

 ボクは・・・そんなこと全然知らなかった。莉莉に対してはなんとなく感じていたけれど、禹哲が施設にいたなんて・・・。櫻雪と禹哲は姉弟なのにどこか違う匂いがするとは思っていたけれど、二人の生い立ちには何か深い事情がありそうだ。・・・ってもしかして知らないのはボクだけだったりして。ここのとこボクだけ萱の外のような気がする。

 昨夜もBaTで何かあったに違いない。姉さんと亦儒が、なんだか前と雰囲気が違うんだ。ラブラブなのは変わってないんだけど、それだけじゃなくって前よりもっと信頼しあってるっていうか、言葉がなくても通じ合ってるみたいな・・・。 

「そういえば誰か姉貴に連絡してくれたか?」

 落ち着きを取り戻した禹哲は、櫻雪と偉偉が現れないことに気がついた。

 ボクはこのとき・・・いやボクだけじゃない。ここにいるみんなも、日本へ行った大東も、櫻雪の身に起こった出来事を、誰も知らないでいたんだ・・・。

第24話「unusuallyな恋」~亞綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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