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飛輪海小説『ステップアップ!』第22話~東雪篇

22話「満月のバースデー」~東雪篇 ピンク:櫻雪 青:大

 

  旧正月の連休が明け、仕事が始まった。大東は昨日までお母さんとスペイン旅行で、連休中は一度も会えなかった。

 大東は“仕事が詰まっていて明日も会えそうにない”と昨日メールで知らせてきた。私は内心がっかりしたけれど、“お仕事頑張ってね!”と返信しておいた。

 今日はバレンタインデーなのに・・・。

           

 昨夜遅くまで翻訳の仕事をしていたせいで、徐々に眠気に襲われていく。新年の仕事始めだっていうのに・・・。

「コホン」

 誰かの咳払いで一瞬にして目が覚める。慌ててまわりを見渡すと、受付カウンターの横に大東が立っていた。ロビーには他のスタッフが数名、立ち話をしていて、大東と親しげに会話できる状況ではない。「どうしてここにいるの?」と小声で聞くと、大東はカウンターの上に黙って一枚のメモを置いた。

 そのメモには、4日後にせまった私の誕生日の日付が書かれていた。

 “218日午後7時、BaT待ち合わせ。バイクに乗れて、あったかい服装にて。靴は歩きやすいもので”

 これってもしかして、デートのお誘い? 私の誕生日を知ってたの? 無表情で「OK?」と小声で聞く大東に、私も囁くように「OK」と答えた。そして大東は何事もなかったようなポーカーフェイスでスタッフと去っていく。こっそり振り返って「居眠りするなよ」と口パクする大東に、赤面してしまう。やっぱり気付いてた? そしてまた振り返り、今度は投げキッスする大東に、もっと赤面してしまう。投げキッスされたのなんて初めての経験かも・・・。ファンの気持ちがわかる気がした。こんなにドキドキするなんて・・・。

 でもどうしよう。デートの夜、偉偉を一人にはできないし・・・。そう思うと同時に携帯に着信が入る。莉莉からだった。

“誕生日デートの日、偉偉はあたしに任せてね❤ 偉偉も了承済みよ”

 大東が莉莉に頼んでくれていたのね。  

 大東のサプライズに、一人、顔が緩んでしまう。

 それにしても“靴は歩きやすいもの”だなんて、まるで小学生の遠足のお便りみたい。いったいどこへ連れて行ってくれるつもりなんだろう。考えるだけでウキウキしてしまう。初めてのデートなのだから。

 ふと陳建州を思い出した。誕生日を教えたのは彼にちがいない。そして、このデートプランの行き先は猫空(マオコン)だと気付いた。

 高校生のとき、私は猫空の夜景の初デートに憧れていた。大好きな恋愛小説に、そんな場面があったからだ。

 それを知っていた建州は、「バイクで猫空へ行って夜景の見える場所で告白する」と、バスケ部員や友達に言っていたらしいのだ。結局、彼のバイクに乗ることも、猫空の夜景も、告白も夢のままで終わってしまったけれど・・・。でも、まさかこの年になってその夢が叶うなんて思いもしなかった。それに誕生日が待ち遠しいなんて、30歳を過ぎてからは初めてだった。

 大東に出会えて本当によかった。生きてきた中で、今が一番幸せだって心から思えるのだから。

 結局今日は最高のバレンタインデーになってしまったみたい。

        *         *         *

 腕時計を見ると午後6時45分。オレはBaTで7時に櫻雪と待ち合わせている。

 今日は櫻雪の誕生日だ。櫻雪の晴れ女パワーのおかげなのか、さっきまでの雨は止み、きれいな丸い月が出ていた。

 丸い月を見ると、阿明のことを思い出してしまう。櫻雪の誕生日だって言うのに・・・。満月の夜は恋愛面で空回りすることが多い気がする。だが今夜ばかりは成功させてみせる。

 今夜はこれからオレのバイクで猫空の夜景を見に行く予定だ。

 陽明山でなく、猫空を選んだのにはわけがある。大晦日に黑人から聞いた話によると、櫻雪は高校時代、猫空の夜景初デートに憧れていたらしいのだ。猫空のレストランで食事をしたあと、二人で夜道を歩いていき、夜景を眺める。二人きりになれる、穴場スポットも、しっかり調べてあった。デートプランをたてるなんて、高校以来のことだ。

 BaTのドアを開けると、聞き覚えのある笑い声が聞こえてくる。あの声をオレが聞き間違えるわけがない。

 店内のカウンターで楽しそうに笑っていたのは、やっぱり阿明だった。だがどう見てもおかしな光景だ。ヒロや亦儒と一緒ならわかるが、阿明は一人で来ているようだった。そんな阿明の相手を禹哲がしている。

 禹哲はオレに気付くとカウンターから出てきてオレの肩をつかむ。

「おい、あんたがなんとかしてくれ。泣いたり笑ったり命令したり大変なんだ・・・とにかく任せたぞ」

 禹哲はそれだけ言うと厨房へと逃げていった。

 阿明はさっきまで笑っていたはずだが、今は眠そうにカウンターにつっぷしている。左手にはカラのグラスを、右手には携帯を握り締めながら。

「どうした・・・一人で来たのか?」

 阿明の横に座り声をかける。

「だあと~ん・・・? あのね~ヒロに電話したけど~繋がらないの・・・だから一人で来ちゃった・・・」

 完全に酔っ払ってる。こういう阿明を見るのは二度目だ。

「裕惠はどうした?」

「実家よ~」

「亦儒はここにいること知ってるのか?」

「亦儒? きっとわたしのことなんか・・・どうでもいいのよ・・・」

 阿明はそう言ったかと思うと突然泣き出した。

「おい、どうした!? 何かあったのか!?

 阿明は泣いてばかりで答えない。そういえば先月からどこか様子がおかしかった。あれは撮影場所に差し入れを持ってきた日だ。元気がなくボーっとしていて自転車にひかれそうになったんだ。

「とにかく亦儒に迎えにきてもらうからな」

 亦儒の携帯に電話すると、阿明の手に握られていた携帯が鳴り出した。

 オレ、間違えて阿明にかけたのか? いや、そんなはずない。・・・ってことはそれが亦儒の携帯なのか? 阿明はその携帯に出るとポツリポツリと話し出す。

『亦儒ったら・・・携帯を忘れていったの・・・勝手に出るのはよくないってわかってたのよ・・・でもね、ずっとずっと鳴ってたから・・・何度も何度も鳴るから・・・李って人から・・・だって最近亦儒ヘンだったの・・・だから心配で・・・心配で出ちゃったの・・・』

 李!? 思い出した! 先々月だったか、亦儒の携帯に“李”という苗字だけしか表示されない相手からの電話がかかっていたことを・・・。あのとき亦儒は慌てて席を立ち、別の部屋で携帯に出ていた。亦儒にかぎってありえないとは思っていたが、阿明のこの様子はただごとじゃない。

 オレは阿明が話しやすいようにと、背を向けてからそのまま携帯電話で話しかける。

「李ってヤツと話したのか? どんな用だったんだ?」

『女の人だった・・・“ハニー、今夜は早く帰ってきて”って・・・“ごちそうつくって待ってるから”って・・・』

 オレはそれを聞いてもまだ信じられないでいた。亦儒が浮気をしてるってことなのか? っていうかそれ以外考えようがない。亦儒を呼び出して真相をつきとめたいが携帯を持ってないんじゃ連絡しようもない。

 どうなぐさめればいいのか迷っているうちに、また阿明は泣き出した。

「大東・・・大東・・・わたし亦儒を信じたいのに信じられない・・・どうしたらいいの・・・もうわからない・・・」

「・・・阿明!?

 そう呼んだのは櫻雪だった。そうだ、オレは櫻雪と待ち合わせをしていたんだった! そして今から彼女の誕生日を祝うべく、初デートに出発・・・したいがどうすればいいんだオレは!!

「姉貴、ちょっと・・・」

 ちゃっかり話を聞いていたのか、禹哲が櫻雪に事情を耳打ちしているようだ。オレの頭の中は、櫻雪とすごしたいという気持ちと、阿明のそばにいてやりたいという気持ちとの葛藤で、今にもパンクしそうだ。

 櫻雪はキャメルのライダースジャケットにスキニーのジーンズ、靴はヒールの低いブーツをはいていた。禹哲からどこまで聞いたのかはわからないが、オレのそばにやってくる。

「櫻雪・・・オレは・・・」

「大東・・・まさか阿明を見捨てて出かけようなんて言わないわよね?」

 オレはすぐには答えられずにいた。櫻雪が何を言おうとしてるのかよくわからない。

「亦儒が浮気なんて何かの間違いだと思うけど、今、阿明はとってもつらいはずよね。私も経験あるもの。気持ちがなくても夫の浮気はつらいものよ。だったら阿明はなおさらつらいはずだわ・・・」

「ああ・・・」

「だから今夜はそばにいてあげて」

「だけど・・・今日は櫻雪の・・・」

「大東。私の誕生日はこの先何回でもあるわ。でも阿明のつらい夜は今なの。私はちゃんと理解してるから。あなたと阿明のこと」

 オレはなんか感動していた。櫻雪は・・・オレの彼女はなんて“いい女”なんだ。かっこよすぎて思わず惚れ直しだ! 

「櫻雪・・・ハッピーバースデー・・・」

 オレは禹哲が見ていようが関係なく櫻雪を抱きしめる。抱きしめずにはいられなかった。

「ありがとう・・・私は偉偉と莉莉を追いかけて、一緒にファミレスで食事してくるから。バイバイ大東」

 笑顔で去っていく櫻雪を、オレも笑顔で手を振り見送った。

 思わず安堵のため息をついてしまうオレ。

 阿明を見るといつのまにか眠っていた。

 さっきまでのつらそうな表情とは違い、あどけない寝顔にホッとする。

 それにしても・・・櫻雪のいい女っぷりを見た後だから余計に思うのかもしれないが・・・阿明は・・・

・・・なんて可愛いんだ!!

 やっぱり男ってやつは、甘えられたり頼られたりすると張り切る生き物なのかもしれない。阿明がオレを頼りにしてくれることが嬉しかったりする。不謹慎だが・・・。

 それにしてもどうする? 今すぐ亦儒と話をつけたいが連絡しようがないしな・・・。

「阿明!」

 は? どういうことだ!? なぜだか亦儒が店に飛び込んできた。どうしてここに?

「俺がさっき会社に電話したんだ。奥さんが緊急事態だと言ったら秘書が辰亦儒の出先の番号を教えてくれた。悠長に人間ドック中だったがな」

 なるほどな。今回ばかりは禹哲の機転に感謝するしかない。

「酔っ払ったからか、泣き疲れたからなのか、今眠ったとこだ」

「大東、断じて浮気はしてないぞ!」

「じゃあどういうことなのか説明しろ。李って女のことをさ」

 禹哲は黙ってオレたちの前にミネラルウォーターのグラスを置く。亦儒はそれを一口飲んでから話し始めた。

「李は女性じゃないんだ」

「本当か? あいつは確かに女だったって・・・」

「うん、電話の女性は淑芳といって40過ぎの女性なんだ」

「40歳!? 10歳も上だろ!?

「そうだな・・・。彼女はボクのファンだったんだ」

「まさかストーカーなのか?」

「違うよ。彼女は阿明のお父さんの病院の入院患者でね。外出なんて許されていない」

「電話だけでも立派なストーキングだろ! どういうことなのか、もっとわかるように説明しろよ!」

「李っていうのは心療内科の李先生なんだ。義父の親友で、ボクは李先生から頼まれたんだ。彼女の夫のふりをしてほしいと」

「夫のふり?」

「彼女は今、ボクと結婚していると思い込んでいてね。だから電話で彼女の夫のふりをして話をするんだ。はじめはボクのほうから時間のあるときだけ電話するという約束だったのが、ある日彼女が李先生の携帯で勝手にかけてきたんだ」

「オレがオマエのマンションに行った日か?」

「そうだ。あのときは正直あせったよ。オマエもあやしいと思ったんだろ?」

「ああ、ちょっとな」

「彼女は末期のガンで余命は少なくてね。今は好きなときに電話をかけてくるんだ。もちろんボクも了承してる。今日は人間ドックの日でずっと検査を受けていたから、携帯を忘れていったことに気付かなかったんだ。それでこんなことになってしまった。迷惑かけて悪かったな大東」

「いや・・・オレは別に迷惑なんて思ってないさ」

「どうして話してくれなかったの・・・」

 眠っていたはずの阿明が、カウンターにうつぶせたまま言った。涙声だ。

「阿明・・・起きてたのか?」

「だってあなたの声が聞こえたんだもん・・・もっと早く話してくれればよかったのに・・・亦儒のバカ・・・李おじさまもひどい・・・」

「阿明、悪かったよ。李先生にもお義父さんにも、阿明には言わないでほしいとボクが頼んだんだ」

 亦儒は阿明の背中をそっと抱き、諭すように優しく語りかける。

「わたしが嫌がるとでも思った?」

「ボクが他の女性と話すのを見たくないって言ってただろ?」

「それとこれとは場合が違うわ。ちゃんと話して欲しかった・・・」

「ゴメン・・・百万回言っても足りないくらいに愛してるよ・・・

 亦儒の胸に阿明が飛び込む。とたんにオレはこの場のお邪魔虫へと成り下がる。

 まあ仕方ない・・・腕時計を見ると8時をまわっていた。今からファミレスに迎えに行けば猫空の夜景に行っても今日中には帰ってこれそうだ。偉偉が待っている櫻雪を午前様にはさせられないからな。 

「なんだ、もう泣き止んだのか?」

 そう声のするほうを見ると見知らぬ男が立っていた。

「ヴァネス?」

 阿明がそいつを見て驚いた表情だ。ヴァネス? どこかで聞いた名前だ・・・。

「どうして台北に?」 

 亦儒も知っているのか?

「ヴァネスったらいつ来たの?」

 阿明はすっかり酔いが醒めたようだ。

「いつ来たのじゃないだろ。一時間くらい前に電話したら泣きながらBaTにいるって自分で言っただろ。ジャックに場所を聞いてやっとみつけたよ。看板が出てなくてずいぶん迷ったけどな」

 ジャック? 亞綸のことか? 子供の頃の英語名はジャックだったはずだ。

「ヴァネス、ペンションはどうしたの?」

「旧正月も終わって客の予約のピークが過ぎたからな。今日は台北の旅行代理店まわりしてたんだ。うちのペンションの宣伝と新商品の提案をだな・・・ってそんなことはどうだっていい! 阿明、どうして泣いてたんだ?」

 思い出した! 日月潭のペンションの男だ。いつか、阿明が旅行へ行ったまま帰らなくて騒ぎになったとき、脅迫メールを送りつけてきた男だ。阿明の初恋の相手だって亞綸から聞いたことがある。オレが会うのは初めてだ。

「まさか阿明が泣いてたから取り戻しに来たとか言わないですよね?

 亦儒がひきつったような笑顔でヴァネスという男に聞いた。取り戻すってなんだ? 阿明をか?

「そういう約束だっただろ? まさか浮気が原因で泣いてたんじゃないだろうな?」

「そのまさかですよ。何かお作りしましょうか?」

 禹哲が余計な口を挟む。せっかく丸く収まろうとしていたのにまたややこしいことになってきた。

「ビールでいいよ。じゃあゆっくり話を聞かせてもらおうか? 辰亦儒!」

 ヴァネスの登場でオレはまたこの場を離れられなくなってしまった。やっぱりこのバースデープランは一年後に延期だな。

 今年に入ってからというもの、どうも邪魔ばかりはいって櫻雪と一緒にいられない。

 オレの運はやっぱり尽きてしまったのか・・・。ふと壁に貼ってあるチラシで、禹哲と莉莉のセカンドライブが明日であることを知る。もうこのさい場所なんて選んでられない。この店でいいから明日こそ、櫻雪と長く一緒にいたい。偉偉もだ。あいつにも寂しい思いをさせてきた。そんなことを考えながらオレは阿明を見守ることに徹するのだった。

 そこへ携帯が鳴る。ヤンさんからだ。

「はい。・・・え!? 撮り直し? 日本で?・・・明日から!?

 櫻雪とオレはこういう運命なのだろうか・・・。この先もずっと・・・。 

第23話「unusuallyな夜」~亞綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

参照:第二十一話「亦儒と別荘で・・・」~アミン篇

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