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飛輪海小説『ステップアップ!』第21話~東雪篇

21話「ロミオとジュリエット」~東雪篇   ピンク:櫻雪  青:大東

 あれから大東とは幾度か簡単なメールのやりとりをした。私は会えなかったことのお詫びのメール、大東からは電話をかけられないというお詫びのメール。

 そして旧正月の大晦日の今日、大東は日本から帰ってくる。私たちはBaTで会う約束をしていた。今、私たちのあいだに、わだかまりがあるのかないのかわからない。すべては会ってからだと思っていた。大東もそう感じているのかもしれない。

        *         *         *

 BaTのカウンターで大東を待つ。偉偉はまるで遠慮するみたいに部屋で待つと言い張った。偉偉は見たいテレビがあるからだなんて言っていたけど。

 なんだか落ち着かない。初めの第一声をどんな言葉にすればいいのか迷っていた。

 弟は私の様子を察したのか、お客から聞いた笑い話や噂話で気を紛らわせようとしてくれていた。

 店のドアが開く音がした。ちょうど約束の時間だ。薄暗い店内をこちらに向かって歩いてくる大東を出迎えようと、スツールから降りて彼を待つ・・・違う・・・大東じゃない。5メートルほど離れた場所に立ちどまった男性は大東ではなかった。でもそれは過去に、よく・・・とてもよく知っていた人だった。陳建州(チェン・ジェンジョウ)・・・懐かしさのあまりに声も出ない。なんて声をかければいいのか・・・テレビで活躍するタレント黑人(ヘイレン)としての姿を見ることはあっても、私たちはもう16年も会っていなかったのだから・・・。

 オレは入り口近くで偶然会ったヒロと范瑋琪(ファン・ウェイチー)と共にBaTに入る。一緒に来ていた黑人は、女二人のおしゃべりに閉口して先に店に入ってしまっていた。

 それにしても、さっきまで日本からの飛行機で一緒だったヒロと、またこんなところで会うなんて・・・。

「大東、櫻雪と久しぶりに会うんじゃない? 邪魔はしないから安心して」

「大東のいきつけなの? このお店、ヒロから聞いてずっと来てみたかったのよね。映画はクランクアップしたんでしょ? 今夜は私と黑人がおごるから」

 范瑋琪は黑人と婚約している。彼女はおおらかで気さくなアネゴ肌的なところが魅力だ。本来のミュージシャンとしての活動の他に、黑人とチャリティー活動に力を入れている。そんな二人に、亞綸のお母さんが感銘を受けて影響されたくらいだ。

 ちょうど約束の時間だ。バーカウンターの前の櫻雪がこっちを見て立っていた。久しぶりに見た彼女の姿は遠目からでもやっぱり綺麗だ。パープルのセーターの下に、白いシャツ、下は細身のスキニーでウェッジソールのパンプスというカジュアルな服装だった。一刻も早く駆け寄って抱きしめたい衝動にかられる。だけど櫻雪の視線はオレを見ていない気がした。櫻雪はオレの前で立ち尽くしている黑人を、驚いた表情でみつめている。

 なぜだか黑人はゆっくりと櫻雪に近づいていく。そして次の瞬間には櫻雪を抱きしめていた。黑人の巨体で、スリムな櫻雪はすっぽりと覆われ姿が見えないくらいだ。そして櫻雪の両手はゆっくりと黑人の背中にまわり、彼の着ていたスカジャンを強く握り締めた。オレがやるべきことをなぜか黑人がやっている。オレはそんな二人をただ見てるしかない。

 それなのに隣に立つ范瑋琪の様子をうかがうとなぜか笑顔だ。

「どういうことなんだ范瑋琪・・・婚約者があんな・・・。あんたは平気なのか!?

「やっと会えたのよ。ロミオとジュリエットが」

「は?」

「もしかして大東の彼女?」

「あ・・・ああ・・・」

「大東。今だけは許してあげて。あ~二人の劇的な再会に立ち会えて嬉しいな~」

 范瑋琪の言ってる意味がまったく理解できないでいた。再会って?

「ねえ范范。どういうことか教えてよ」

 さすがのヒロも、この状況を読み取ることはできないようだ。ヒロに連れられ、オレたちは中二階にあるV.I.P.ルームで話を聞くことになる。抱き合う二人のことが気が気じゃないまま・・・。

「大東。あなたと彼女の付き合いって長いの?」

 范瑋琪はあんな場面を見たばかりなのにどうして余裕でいられるんだ。

「いや・・・まだ出会って二ヶ月もたってない」

「彼女のご両親が事故で亡くなったことは知ってる?」

「詳しいことは知らないが、16年も前のことだろ?」

「そうよ。二人はその事故を境に引き裂かれてしまったの。黑人の父親は加害者側で彼女の両親は被害者側だったから」

「だから“ロミオとジュリエット”なのね。櫻雪と黑人は付き合っていたの?」

 オレが一番気になっていたことをヒロがストレートに聞いた。

「彼女、“櫻雪”って名前なのね。彼はわたしには“オレのジュリエット”ってちゃかしたように話していたから。当時二人は高校の同級生だったそうよ。バスケ部のスター選手だった黑人と、演劇部でアイドル的存在だった彼女は、全校の注目のカップルだったんですって。これは黑人の言うことだからオーバーな気もするけど」

「それじゃやっぱり二人は付き合っていたのね」

 ヒロは念をおす。やっぱりそうなのか? 禹哲は櫻雪のことを“恋愛バージン”とか言っていたが。

「いいえ、まだ付き合ってはいなかったの。彼女は黑人の試合は必ず応援に行っていたし、黑人は彼女の出演する舞台を観に行ったりするよい友人関係ではあったみたい。・・・でもあるバスケの大会で優勝したら、黑人は彼女に告白しようって決めていたらしいの。あれでけっこうロマンチストなのよ。告白の場所や方法なんかのシナリオをちゃんと考えていたんですって。黑人は告白することをチーム内で豪語していたせいで、全校生徒の間でもその話題で持ちきりだったみたい。だから告白のことは彼女の耳にも入っていたと思うわ」

 私はバスケ大会の準決勝で祈るような気持ちで応援していた。そして後半残り一分での逆転劇に、どんなに胸が高鳴ったか・・・。

  翌週の決勝戦に勝てば建州が私に告白するという噂を信じていたから。

  彼が私を思っていてくれてることはなんとなくわかっていた。

  旧正月の連休前、彼が家まで送ってくれたとき、彼は名残惜しそうにしてなかなか帰らず、私たちは家の前で二時間も話していた。

 私も彼のことが好きだった。豪快な面が目立ってはいたけれど、大きな体に不似合いなくらいシャイでチャーミングなところもあって、思いやりのある優しい男の子だったから。

 彼からの告白を心待ちにしていた私にとって、あの事故は私の人生すべてを壊してしまった悪夢のようなできごとだった。

  彼のお父さんもその事故で亡くなり、彼は大会を欠場し、ポイントゲッターを欠いた我が高校は決勝で敗れてしまった。

 そして私をとりまく環境も一変した。私と建州は以前とは違った意味で注目の的となってしまっていた。“ロミオとジュリエット”、“悲劇のカップル”みんなは口々に私たちをそんな形容で噂していた。

  彼の父親が操縦していた航空機に両親は乗っていた。そして空港での着陸に失敗。帰らぬ人となったからだ。

 当時の父は会社の経営が悪化し、その建て直しのために、日本支社と台湾を行ったり来たりしていた。そんな最中の両親の事故死で会社は倒産。のこされた多額の借金を、父の親友だった馬(マー)おじさまがすべてを肩代わりしてくれた。

  馬おじさまは大銀行の頭取で、息子の通う学校にも多額の寄付をしていた。息子の馬傳一(マー・チュアンイー)は私の同級生だった。彼は優等生で生徒会長をつとめていたけれど、学校一の人気者だった陳建州に対して、日ごろから敵対心を持っていたようだった。

  この頃から傳一は私を好きで、事故を理由に父親の力を利用して、目障りだった建州を転校させたという噂がまことしやかに流れていた。

 両親の事故死と弟との離別だけでも耐えられないくらいだったのに、私は同時に恋も失ってしまったのだ。

 その事故のことはオレもよく覚えている。当時中学生だったオレは、ニュースにうつる遺族たちの泣き叫ぶ姿に涙した。

  オレも父さんを亡くしたばかりだったから・・・。

 その映像の中に櫻雪もいたのかもしれない。

 16年ぶりの再会で、二人はどんな話をしているんだろうか。

 別に二人きりなわけじゃない。他にも客はいるだろうしバーカウンターには禹哲もいるだろう。嫉妬するなんてみっともないことはしたくない。

 だが明日の元日は母さんとすごし、あさってからは母さんが楽しみにしているスペイン旅行の予定だ。今夜を逃すとまた数日櫻雪に会うことはできなくなってしまう。

 オレの葛藤は納まらない。

「大東、気持ちはわかるけど、今夜は諦めて帰ったほうがいいんじゃない? お母さんも待ってるでしょ? 大晦日なんだから」

 ヒロの大人な意見はもっともだ。范瑋琪みたいに堂々と相手を信じ待つことが容易でないオレは、なんて小さい人間なんだろう。だけど今、櫻雪の元へ行けば、お互い気まずい思いをすることは目に見えている。

「私がうまく櫻雪に言っておくから」

 ヒロに任せればすべてうまくいく気がした。今のオレは黑人への嫉妬で冷静さを欠いている。オレはこのまま櫻雪に会わないで帰ることを決意した。

 部屋を出るとそこには櫻雪が立っていた。予想外の展開にオレはうろたえる。

「弟が・・・V.I.Pルームに大東がいるって言うから・・・」

「・・・いいのか? もう・・・」

「え?」

「黑人と積もる話があるんじゃないのか・・・范瑋琪から聞いた・・・」

「だって、今日は大東と約束していたのよ! 久しぶりなのに帰るつもりだったの?」

「黑人とは16年ぶりなんだろ? それに比べればなんでもないさ」

 オレはどんな表情で、どんな口調でこんなことを言ってるんだろうか。寛容な大人の男を演じ切れているのか? 

「嘘! なんでもないって感じじゃないわ! 建州とはまた今度会うことにしたからいいのよ」

「また会うくらいなら今日全部済ませろよ! オレがいいって言ってるんだ!」

 オレが精一杯強がって大人ぶってもお見通しってことか? 黑人を本名で親しげに呼ぶ櫻雪に苛立ちを覚えた。

 自分でもよくわかっている。こんなガキみたいなこと言えばケンカになるってことは。櫻雪にまた呆れられるってことも。 

 櫻雪は毅然とした表情のまま何も答えない。

 オレの目をそらすことなく、みつめている。

 そしていきなり櫻雪はオレの首に腕を巻きつけるようにして抱きついた。

「いやよ、私は大東と一緒にいたいの・・・」

 

 完全に意表をつかれた。

 それまでの嫉妬が嘘のように消えていく。

 久しぶりの櫻雪の香りと、耳元での甘えるような声に体中の血が沸き立つようだ。

  

 大東は強く私の肩を引き寄せると唇を重ねた。体が震えそうになるくらい甘美な衝撃が走る。

 言葉なんかいらない。

 私がどんなに会いたかったわかるでしょ?

 彼がどんなに私を求めていたか・・・わかりすぎるくらいに伝わってくる。

 大東は私と建州のハグを見ていたらしい。禹哲がそう教えてくれた。

 どんなシュチュエーションであれ、好きな人が別の誰かと抱き合えば嫉妬する。私だって大東と阿明のこと、嫉妬してしまったから・・・。

 でも今の私にはわかる。大東と阿明が抱き合っていたのには何か事情があったはずだと。

“成就しなかった昔の恋”・・・私と建州、そして大東と阿明。

 今でもあの時のことを思い出すと切なくなる。何も言わずに去っていった陳建州の気持ちを考えるだけで・・・。

 大東にも、そんな思い出があるはずだ。いつかの撮影のときの、あの表情・・・。きっと大東は阿明との切ない思い出を大事にしている・・・。

 そんな大東だから好きになったんだと、私は思った。

 建州は范瑋琪と、阿明は亦儒と幸せになったように、私と大東にもいつかそんな日が訪れるのかな・・・。

「大東、もうそのへんにしといたら?」

 ヒロの声に私たちは慌てて体を離す。ヒロはイタズラな笑みを浮かべ、范瑋琪は

「素敵! 映画を観てるみたいだったわ!」

 ・・・と感嘆の声をあげ・・・建州はなぜだか泣きそうな子供みたいな顔をして立っていた。

 建州は私たちのところへズカズカと近づいてくると、いきなり大東を抱きしめた。

「大東! 櫻雪を・・・櫻雪を幸せにしてやってくれよな!」

 建州ったら! 何を急に言い出すの!?

「は!? あ、ああ・・・もちろん・・・」

 大東は建州の勢いに押された成り行きでそう返事をしたのだろう。少しとまどっているように見える。そして小さな声で「参ったな・・・」と言った気がした。

「櫻雪みたいな子は、幸せになんなきゃいけないんだよ! これまでの苦労を全部大逆転するような幸せにさ・・・頼むよ大東!!

 建州はBaTに来る前から范瑋琪と呑んでいたらしい。そのうえ、さっきバーカウンターで禹哲にウォッカを勧められて呑んだせいでさらに酔っ払っているようだった。

「一緒に呑もうぜ兄弟!! 今夜はここでカウントダウンだ!!

 建州は肩を組むようにして大東をカウンターへ連れて行ってしまった。

「邪魔しちゃってごめんなさいね、櫻雪さん。あの人、よっぽど嬉しかったのね。本当にあなたのこと、ずっと心配していたのよ」

「いいえ、いいんです。私も、彼があなたみたいな素敵な人とめぐり合えたこと、心から祝福していました。幸せになれて本当によかった・・・」

「弟さんのお店、素敵なコンセプトね。とても気に入ったわ。私でも会員になれるかしら?」

「もちろん大歓迎よ! ヒロ、あなたの紹介でいいわよね?」 

「うん、オーナーが多少偏屈でよければ是非会員になってよ范范。あ、ごめん櫻雪」

 ヒロが舌を出して笑う。

「いいわよ、弟が偏屈なのは本当のことだから」

 私まで笑ってしまう。そして范瑋琪も「イケメンなんだから偏屈でも許されるわ」と言って一緒に笑っている。

「ねえ、櫻雪。莉莉は?」

 ヒロが店内を見渡しながら聞く。そういえばヒロに会うのも久しぶりだった。彼女も大東と一緒にさっき日本から戻ったばかりのはず。

「莉莉は託児所よ。大晦日でも年中無休だから」

「じゃあ亞綸も来てないのね・・・亞綸、最近ちっとも連絡してこないってことは頑張ってる証拠ね、きっと」

「ええ、ボイトレやギターの練習に力を入れだしたみたい。プロデューサーも驚いていたわ。莉莉と何か関係あるの? 莉莉はなんだか楽しそうだし、禹哲は人が変わったようにレッスン漬けだし」

「櫻雪、心配しないで。禹哲にとって今が一番の正念場だから」

 禹哲の変わりようには本当に驚いている。ヒロのおかげだ。ヒロがこのままずっと禹哲を支えてくれればいいのに。仕事だけでなくプライベートも・・・。そう願わずにはいられない。禹哲を本気にさせたのはヒロだけだから。

「私、そろそろ帰るわ。偉偉をいつまでも一人にしておけないから」

「大東はいいの?」

「あれじゃ仕方ないわ。もう私のことなんか忘れてるみたい」

 階下のテーブル席で、大東と建州は酔っ払って大盛り上がりしていた。

 あんなに酔っ払ってる大東を偉偉に合わせるわけにはいかないし。

 偉偉になんて話せばいいのだろう。

 でも大丈夫。偉偉はムリを言ってだだをこねたりするような子じゃないから。大人の男同士の付き合いが大事だって話せばわかってくれるはずだ。

 

 部屋に戻り、“大人の事情”をもっともらしく説明すると偉偉は黙って聞いていた。そして「うん、それじゃあ仕方ないね。ボクもう寝るね」とだけ言ってさっさと“西太后ベッド”にもぐりこんでいった。

 大晦日なのに、偉偉が早く寝てしまって、なんだか私のほうが少し寂しくなってしまう。

 それに加え、明日は偉偉を馬傳一に預けることになっていた。旧正月の元旦を指定してくるなんて彼らしい。

 でも約束は約束だ。一ヶ月の間、週に一度だけのこと。それくらいなら耐えられる。

 このことは誰にも言ってない。

 大東にさえも。

 

 この時の私は、自分と大東のことばかりで、偉偉の本当の気持ちに気づいていなかった。

 それがわかったのは、もう少しあとになってからだった・・・。

第22話「満月のバースデー」~東雪篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇 

黑人 生日快樂!

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