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飛輪海小説『ステップアップ!』第20話~東雪篇

20話「台北の長い夜」~東雪篇  :大東  ピンク:櫻雪(ユンシュエ)

 大東と会えなくなってから19日目の朝を迎える。台南ロケから始まって、今、大東はは香港で撮影している。約束してくれていたほど、大東は電話をかけてくれない。それだけ映画に集中しているんだと理解してるつもりだけど・・・。

 でも今夜、ようやく香港から大東が帰ってくる。台北で明日から二日間だけ撮影して、すぐに日本へ行ってしまうから、会えるのはほんの少しの時間。でも今夜は会うつもりはない。だってまず初めにお母さんとすごすべきだと思ったから。大東は私に一番に会いたいと言ってくれていたけれど、私のあまりの頑固さに、根負けしたみたい。

 楽しみは明日までとっておくほうがもっともっと素敵な時間になりそうだと、私は信じている。

 翌日、事務所に出勤すると、スタッフたちが慌ただしく出て行った。大東が台北にいる短い時間に、取材、写真撮影など、たくさんの仕事をこなさなければいけないからだ。

「櫻雪、今日はもう戻らないからよろしくね!」

 最後にヤンさんがそういい残して出かけて行く。

 夕方、託児所にお迎えに行くと、いつもは走って出てくる偉偉(ウェイウェイ)が、莉莉(リーリー)の手を握ってゆっくりと歩いて出てくる。

「どうしたの? 何かあったの?」

「櫻雪・・・偉偉ね、少し熱があるみたい。昼までは元気だったのに、さっき急に様子がおかしくなって・・・昨日、一人インフルエンザの子が出たから心配なの」

「そう・・・莉莉、ありがとう。しばらく様子をみてみるわ。偉偉、今日はタクシーで帰ろうね」

「ママ・・・今日は大東が来てくれるんだよね?」

 どう答えればいいかとまどってしまう。インフルエンザかもしれない偉偉を、大東に会わせるわけにはいかない。

「偉偉・・・わかってほしいの。大東には大事なお仕事があって、もし大東が病気になってしまったら、たくさんの人たちに迷惑をかけてしまうわ」

「じゃあ、ママだけが会えばいいんだよ!」

「櫻雪、7時からならあたしが偉偉を見ていられるから大東と会ってきてよ」

 偉偉と莉莉の気持ちはすごく嬉しかった。でも・・・。

「私もうつってる可能性があるわ。だから会わないほうがいいの。偉偉がインフルエンザじゃないって、はっきりわかれば明日会えるから大丈夫よ」

 うちに着いて、偉偉を西太后ベッドに寝かせると、すぐに眠ってしまう。さっきよりも熱が高くなっているみたい。

 大東に電話しなければいけない。なんて話そう・・・そう思ったときに携帯が鳴る。大東からだった。私はためらいながら電話に出る。

『櫻雪? 仕事が早く片付いたんだ! 今からタクシーを拾ってそっちに向かうからな!』

 大東のはずむような声。

「大東・・・偉偉が熱を出したの」

『え!? 大丈夫か? 病院にはもう連れてったのか?』

「今は眠ってるわ。様子を見て、高熱が続いたら病院でインフルエンザの検査を受けようと思うの」

『とにかく行くよ』

「それはダメよ。うつったらどうするの」

『会いたいんだ、会いたくて仕方ない』

 こんなにストレートに思いを言葉にしてくれる大東に、胸がキュンとなってしまう。私だって会いたくて仕方ないって言いたい。でも・・・。

「検査をして陰性だったら明日会いましょう」

 感情をムリに抑えたせいで、まるで学校の先生みたいな言い方になってしまう。

『なんでそんなに冷静なんだよ!』

 冷静なんかじゃない。どんなに今日という日を心待ちにしていたか!  

「ごめんなさい・・・また明日連絡するわ」

『わかったよ・・・じゃあな』

 大東は無愛想にそれだけ言うと電話を切ってしまった。

      *          *          *

 偉偉の熱はそれほど上がらず、翌朝にはすっかり下がり食事もとれるようになっていた。どうやらインフルエンザではなかったようだった。莉莉は仕事が休みだからと、今日は偉偉の面倒を見てくれることになったおかげで、私は仕事を休まずにすむ。

 大東に会えるとしたら、仕事が終わってからだ。事務所についてからすぐにメールする。

“おはよう。熱が下がったからもう大丈夫。仕事へ行くからそのあと会いたいの。うちに来られそう? 櫻雪”

 そうメールをうつと、すぐに返事がかえってくる。もう起きてたのね。

“偉偉元気か? 熱が下がってよかった。オレも日没までは仕事だ。今夜9時半の便で日本へ行く。それまで一緒にすごしたい。 大東”

“偉偉はとっても元気よ。大東に会いたがってる。待ってる。私も早く会いたい。櫻雪”

 電話すれば早いのにこんなメールのやりとりを数回してしまう。昨日、ちょっとケンカみたいになってしまったから、照れくさいせいもあるのかも。それに話すのは会うまでお楽しみ。

 受付の仕事に集中しなければいけないのに、時々大東のことを考えてぼんやりしてしまう。

 お客様が目の前に立つまで気付かず、ハッとすることもしばしばだ。今、またそんな状況で少し慌ててしまう。

「いらっしゃいませ・・・」

「社長さんいる?」

 なんだか少し礼儀に欠けるタイプのようだった。スーツでなく、ラフなシャツを着た、30歳くらいの年齢に見える男性だ。

「お約束はございましたか?」

「いるの? いないの? どっちなの?」

 少しどころか、まったく礼儀のない横柄な態度にとまどう。名刺を見ると、どうやら写真週刊誌のカメラマンのようだった。

「確認いたします。少しお待ちくださ・・・」

 私が言い終わらないうちに、その男は写真を一枚差し出した。

「お嬢さん、これ見たらそんな悠長なこと言ってらんないよ」

 その写真には、暗がりだけどあきらかに大東とわかる人物が写っていた。大東と誰かがまるで抱き合ってるような・・・そしてその相手は私のよく知っている女性に似ていた。

「この女、調べたら炎亞綸の姉貴だっていうじゃないか。ってことは、つまり辰亦儒の嫁さんってことになるよな? これっていくらなんでもまずいんじゃない?」

 顔から血の気が引いていくのが自分でもわかった。

 写真の日付は1月24日・・・昨日だ。

 私はすぐに社長室に連絡し、迎えに降りてきた秘書に伴われ、カメラマンはエスカレーターをあがっていく。心臓がドキドキしてくる。気分が悪くなりそうだ。

 

 しばらくしてそのカメラマンは帰っていった。見送りに降りてきていた秘書を捕まえ、トイレに行きたいと言って受付を代わってもらう。そして私は社長室へと向かった。

「失礼します」

 ノックしてから返事もないのに社長室に入っていく。

「キミ、いきなり何のようだ!」

 プロデューサーの問いかけを無視して社長の前へ立つ。

「キミは受付の唐櫻雪だね? わたしに何か?」

「さっきのカメラマンとはどのような結論になったんでしょうか?」

「今、汪東城は撮影中だ。本人と相談後、すぐに連絡すると伝えたが、おそらく明後日発売の週刊誌に載ることになるだろう」

「お願いがあります。大東には伝えず、この件は私に任せてもらえませんか?」

「キミなんかにどうにかできることじゃないだろう!」

 プロデューサーが横槍を入れてくる。まず、彼から説得しないと。

「今、このことを大東が知れば、映画の撮影に影響が出ます。それでもいいと言うんですか?」

「そ、それは困るが・・・だからと言ってキミごときに・・・」

「私は台北第一銀行の馬傳一(マー・チュアンイー)をよく存じ上げています」

「台北第一銀行? 馬傳一? 君が? そんなわけないだろう!」

 プロデューサーは頭ごなしに否定する。

「唐櫻雪。つまりこの出版社のメインバンクである台北第一銀行の副頭取の一言で、このスキャンダルはもみ消すことができると言いたいんだね?」

 社長は冷静に聞いてくれたようだった。

「はい、その通りです」

「キミにはそれができると?」

「自信があります」

「ではキミに任せよう」

「ありがとうございます」

 社長室を出ると、急に脚がガクガクと震えだす。自信なんて本当はない。後先考えずにとっさに行動に出てしまっただけだった。

 でもやり遂げなければいけない。阿明と亦儒のためにも、大東のためにも・・・。

      *          *          *

 午後7時をまわる。もう二時間も台北第一銀行の応接室で待たされていた。莉莉と大東にはそれぞれに“仕事で遅くなる”とだけメールして携帯の電源を切ってある。

 現れた馬傳一は笑顔だったけど、目は決して笑っていない。

「意外すぎるお客様で、聞かされたときには驚いたよ。すまないね、会議や約束の来客が続いたんだよ」

「いいえ、急に押しかけたのは私のほうですから。お忙しいのにお時間をとってくださってありがとうございます」

「堅苦しい挨拶なんて、ボクたちの間で必要ないだろう、櫻雪。それで本題は?」

「この出版社の明後日発売の週刊誌の記事を差し止めてほしいんです」

 あのカメラマンの名刺を傳一に差し出し、タレント事務所に勤めていることと記事の内容を手短に話した。

「なるほど。事務所の大切なタレントと、キミの友人である呉香明(ウー・シャンミン)をスキャンダルから守りたいというわけか。それでその見返りは?」

 やっぱりそう来た。

「その記事の代わりのネタを用意しています。ですから出版社に損はさせません」

 私は社長から、差し替えのスクープネタを用意してもらっていた。それは人気ベストセラー作家明日香(ミン・リーシャン)の正体に関してだ。つまり元飛輪海のドラマや映画の原作者は、メンバーの姉であり妻だということだ。

 これは阿明が、大東の映画の宣伝に使ってほしいと言って、社長に一任したものだった。宣伝やイメージのためのスキャンダル偽装工作を、大東にさせないという交換条件つきで。

 

「・・・それだけではボク自身に直接的な恩恵は感じられないな」

「では、困ったときにはなんでも力になるとおっしゃっていたのは嘘だったんですか?」

「慰謝料さえ受け取らなかったキミの言葉とは思えないな」

「わかりました。おっしゃってくだされば、できるだけのことをします。私の弱みにつけこみたいのならどうぞご自由に」

「まあ、そう悲観的にならなくてもいいだろう。ボクだってキミを困らせたいわけじゃない。俊偉(ジェンウェイ)の親権を譲れなんて条件をだすほど、汚い男じゃないと信じてほしいな」

 よかった・・・思ったとおりの反応だ。アマノジャクなところ、変わってない。ああ言えばこう言う人なのだ、昔から。

「俊偉に決めてもらうということにしてはどうだ? それならフェアーだろう? そのかわり、週に一度、俊偉と食事くらいさせてくれ。一ヶ月でいい。それからどちらを選ぶかは俊偉次第だ。いいね? 櫻雪」

「それでけっこうです。お手間をとらせて申し訳ありません。それでは失礼します」

 意外なほどに生ぬるい条件だった。偉偉は私を選ぶに決まっている。

「そうだ櫻雪・・・その記事の男・・・なんていったかな? ああ、汪東城か。元飛輪海の・・・。キミと俊偉はずいぶん彼と親しくしているそうじゃないか」

 クリスマスの日に偉偉から聞き出したのだろうか。それとも誰かに調べさせた? 彼の余裕さえ感じさせる笑顔に言いようのない不安を感じる。

「偉偉は元々彼のファンですから。彼の親切はファンサービスにすぎないわ」

「汪東城と呉香明との関係は気にならないのか?」

「偉偉との食事はあなたのスケジュールにあわせますので秘書から私の携帯に連絡してください」

 私は彼の言葉を聞き流した。一刻も早くこの場を去りたかったから。

 外に出てから携帯の電源を入れ、着信を確認する。大東から数回の着信があり、最後のメールには“もう空港へ向かう時間だ。何かあったのか? 連絡がつかず心配してる。9時半発の飛行機に乗る。 大東”と書いてある。

 今8時15分。行っても着いた頃には大東は出発ロビーか飛行機の中だ。莉莉に電話しないと・・・。

『櫻雪! 今どこ!?

「莉莉ごめんね。今仕事が終わったの。偉偉は?」

『大東があなたに会えずに帰っちゃったから偉偉ったら泣いてたの。今は泣き疲れて眠ってる。それより早く空港へ行って!』

「ううん、もう間に合わないからすぐ帰るわ。莉莉、もうしばらくだけ偉偉をお願い。本当に今日はごめんなさい」

『そんなこと謝らないでよ! あたしなんかより、ちゃんと大東に謝ったの!?

「まだ電話してないの」

『もう何やってんの! 早くかけてあげてよ! もう切るね!』

 莉莉にしかられてしまった。莉莉みたいになんでもストレートに言えたらどんなにいいか。私は大東に電話するのさえためらってる。声は聞きたい。でも今の私は素直に謝ったり甘えたりできそうにない。あんなパパラッチの撮った写真を気にするなんて馬鹿げてるって思ってるのに。「阿明と何があったの?」・・・そう聞ければどんなにいいか・・・でもあの写真を撮られたことを大東は気付いていない。聞きたくても聞いてはいけないことだ。今は大東の撮影の妨げになるようなことはしたくない。

 二人の間に、何か特別な繋がりがあるんじゃないかってクリスマスライブのときからなんとなく感じていた。でも阿明は亦儒を心から愛してるはずだ。大東だって私を・・・。

 だけど大東が昨日不機嫌に電話を切ったあと、阿明と会っていたのは紛れもない事実。

“成就しなかった昔の恋”・・・ふと撮影のときのカメラマンの言葉に、大東がせつない表情を浮かべたことが思い出される。あのときの大東は阿明を思っていたんだと私は確信した。

 私の面接の後、阿明があの手ごわいプロデューサーを説得するために、懸命に交渉していた姿が思い出される。

 阿明は大東に対して尽力を惜しまないところがあった。「亦儒と私の親友だから」と言っていたけど、それ以上の思いがあってのことのような気がする。あのときはまだ大東とは出会っていなかったから気にならなかったけれど、今思えば阿明にとっても、“成就しなかった昔の恋”の相手が大東だったんじゃないかって思えてならない。

 タクシーに乗り込んですぐに携帯が鳴る。大東だった。私は携帯の電源を切る。

 今、出てしまえば、わけのわからない気持ちをぶつけてしまいそうだったから・・・。

    *         *          * 

 櫻雪に一度も会うことなくオレは日本へ向かう飛行機の中にいた。櫻雪に何度も電話したが一度もつながることはなかった。運は仕事で使い果たしてしまったのかもしれない。偉偉とも落ち着いてすごすことも出来ず、オレは今回のつかの間の帰国で何をしていたんだろう。唯一、母さんの夕食を食べることができたことくらいだ。

 今度台北に戻るのは一週間後の大晦日だ。それまでまた櫻雪と会えないことに加え、旧正月は母さんとの海外旅行を8日間も予定していた。去年は日本だったが、今年はスペインで、母さんはすごく楽しみにしていてくれる。計画した頃は、まだ櫻雪と出会う前だった。

 まさかこのまま櫻雪と一ヶ月以上も会えないんだろうか。大晦日か元日に会えなければそうなるだろうな。

 もう一つ気にかかるのは阿明だ。昨日の阿明は様子が変だった。撮影の終わる頃に、差し入れを持って現れたのはいいが、どこかいつもと違っていた。二人でタクシーを待っていたときも、あいつは歩道でぼーっとしていたせいで危うく自転車とぶつかるところだった。オレが気付かなければ、ケガしていたに違いない。・・・あのとき、阿明を守ろうと、思わずあいつを抱きしめてしまった。あいつはしばらくオレの腕を強く掴んで、胸に顔をうずめていた。一瞬、泣いているのかと思ったが、タクシーが来るとすぐに体を離して、まるで何事もなかったかのような作り笑顔であいつはタクシーに乗っていった。

 

 なんだか眠くなってきたな・・・、短い滞在のはずが、ずいぶん長く感じられた・・・久しぶりの台北だったのに、リフレッシュするどころか、気をもむことばかりだったし・・・香港での撮影はかなりきつかったし、そのうえ香水が置いてありそうな店を何件もまわったからだろうか、その疲れが今になって出てきたようだ。

 結局、捜していた“Moon”という香水はみつからなかった。店員には見たことも聞いたこともないと言われてしまった。あとはネットの書込みに期待するしかないようだ。オレは、自分の後援会のサイトを中心に、あちこちに“Moon”の情報を募る書き込みをしておいた。もちろん、オレの書き込みだとばれないように、女の名前でだ。

 先月香港の空港で、確かにあの香水の匂いを感じたからだ。オレのファンの中に、あの香水をつけていた子がいたはずだ。

 やばい、マジに眠い・・・日本に着くまで眠っておこう・・・。せめて櫻雪と夢で逢えたらな・・・。

第21話「ロミオとジュリエット」~東雪篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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