« 飛輪海小説『ステップアップ!』第18話~亞綸篇 | トップページ | 飛輪海小説『ステップアップ!』第20話~東雪篇 »

飛輪海小説『ステップアップ!』第19話~東裕篇

19話「大東と禹哲」~東裕篇   青:大東 オレンジ:ヒロ

 台南ロケは日々、手探り状態だ。娘役の小紅(シャオホン)は、偉偉(ウェイウェイ)と同じ6歳で、幼いながらも女優根性がスゴイ女の子だ。泣いたり笑ったり変幻自在で、気持ちの切り替えも早い。それにかなり大人びていて扱い方が難しい・・・。

 そんな小紅にある相談をした。

「今の6歳くらいの男の子って、お土産とかに何が欲しいんだろう?」

 小紅は大きくため息をついてこう答えた。

「男の子って本当にガキなんだもん! いったい何が欲しいかなんて、わたしにはわかりっこないわ!」

 

 小紅とは、始終そんなふうで、なかなか距離が縮まらない。役的にも、初めは慣れてない父親という設定だから、今のところは問題ないが、台南ロケ終盤には、親子らしさを出していかなければならいのが悩みの種だ。

  その点、ヒロは小紅と気が合うのか仲良くやっている。ときどき二人がグルになってオレにイタズラをしかけてくるからまいるが・・・。

 

 とまどいながらも、日々、撮影は進んでいく。この監督は、ほぼストーリーどおりの進行で撮影していくタイプだから感情面ではやりやすいが、逆に体力面ではかなりきつい。同じ撮影場所をまとめ撮りをしないため、行ったり来たりの往復で、かなりの時間的ロスがあるからだ。

 だが、待ち時間が長いからと言って自由な時間が多いわけじゃなかった。セリフを覚えるか、疲れきって寝てしまうかのどちらかで、櫻雪に電話することもままならない状況だ。

 櫻雪と話すことで、不安定な感情が安定することを避けるために、あえて電話しないこともあった。今のこの父親は、とまどい、苛立ち、自己否定のどん底にいるからだ。

 そして小紅と平行線のまま、数日が過ぎていった。役に入り込みすぎてどんどん気が滅入っていく。櫻雪の声が無性に聞きたかった。

 

 だがある日、小紅に変化が訪れた。それまで意思疎通などできないとあきらめかけていたが、彼女のほうから悩みを打ち明けてきたんだ。

「わたし、パパがいないの」

 小紅の母親はいつもべったりとそばについていて、そういった類の話をしにくかったんだろう。今日はその母親が出かけているのか、現場で姿を見ていない。

「オレにも父さんはいないよ」

「大東もなの?」

「一緒だな」

 小紅は子供らしい、はにかんだような笑顔でうなづくと、いきなり抱きついてきた。突然のことでとまどったが、しっかりと抱きしめてやる。今の小紅は女優でもなんでもない、父親とのハグに憧れるただの少女だ。

 小紅も偉偉と同じく、離婚で父親と離れて暮らしているらしい。母親を気遣って、父親に会いたいとは言えないようだった。偉偉もそうなんだろうか・・・。

 それからというもの、オレと小紅との関係は良好だ。撮影のほうも比例するように、自然な親子らしさを出していけるようになっていく。

 だがもうすぐお別れだ。ストーリー上、この先父親は、ワケあって一人香港へ去っていくからだ。次に娘と出会う場面では、子役の小紅でなく、二十歳ぐらいの若手女優だ。14年の歳月を経ての再会となる父と娘。電話や手紙などのやり取りのない14年間をすごす父親になりきるため、香港滞在中の数日を、オレ自身も会いたい人に会えない状況を作って演じていかなければいけないと決意していた。櫻雪との約束を守れないとしても。

 ついに台南での撮影が全て終了した。小紅との涙の別れのシーンは、自分でも信じられないくらいに涙があふれ出た。

 先にクランクアップした小紅に花束を渡し、抱きしめようと腕を広げると、小紅の視線はオレのうしろのほうへと釘付けになっていた。そして彼女は「パパ!」と叫ぶとオレの横を通り過ぎて行く。

 振り返ると、小紅は父親らしき男と抱き合っていた。離婚した父親が会いに来たんだとすぐにわかった。

 オレ、また泣きそうだ。

 よかった・・・よかったな小紅・・・。

「大東、また泣いてるの? 涙もろくなったのね」

「だってさ、ヒロ・・・父親と1年会ってないって言ってたからさ・・・」

「誰が?」

「小紅が」

「え? そんなはずないわよ。撮影初日に両親そろって挨拶してみえたから、会ってないのは10日ほどじゃない? 大東は初日でナーバスになってワゴンにこもってたみたいだから声かけなかったけど」

「じゃ、離婚したってのは・・・」

「離婚!? あれ見てよ。あの親子、どう見ても円満よね」

 三人は嬉しそうに和気あいあいとした雰囲気だ。

 だまされた・・・。完全に小紅の演技にだまされたんだ。参ったよ・・・。オレのため? 映画のため? どっちにしても、オレが父親らしく演じられたのは小紅のおがけだ。

 とにかく彼女の女優魂は本物だということだ。

 オレも負けていられないな。

 オレが自信を持たなければ、守りたいものも守れない。

 明日からはいよいよ香港だ。香港では一日だけオフの日がある。

 香港でなら、あの香水をみつけられるかもしれない。

 オレにはある計画があった。

 もし香水がみつかったなら、その計画を実行するつもりだ。

     *          *          *

 香港ロケはアシスタントに任せて、私は一旦台北に戻ることになった。衣装を一部台北で選び直したかったことと、禹哲の様子を見るためだった。禹哲の様子が少しおかしいと、莉莉がメールしてきたからだ。

 夕方、台北に戻りBaTに寄ってみる。“準備中”の札がノブにかけられていたけどドアには鍵がかかっていた。禹哲の部屋がこのビルの2階にあることは知っていた。だけどそこを訪ねるのにはちょっと抵抗がある。それでも携帯の番号を知らないから訪ねるしか方法はない。莉莉からのメールには、禹哲は日中はダンスレッスンとボイトレ、夜は店に立つという寝る時間を削っての生活がずっと続いていると書いてあった。それなのにいつも元気すぎるくらい元気でハイテンションらしいのだ。

 禹哲の部屋のベルを鳴らすけど出てこない。外出中? ノブをそっと回すと鍵がかかってないことがわかる。

「禹哲? いるの? ヒロだけど・・・入るわよ・・・」

 ドアを開けると人の気配はなく静かだった。シンプルなモノトーンの部屋。いかにも男の一人暮らしって感じだ。それなのにこの部屋には不似合いな、アライグマの可愛いスリッパが一足ラックにかかっている。莉莉の? それとも彼女用? 莉莉が禹哲にとって、ごく身近な存在であることは間違いなかった。

 靴を脱いで部屋にあがると、死角になっていた場所で何かにつまづきそうになる。

「キャっ!」

 心臓が止まるかと思った。禹哲がリビングの床にうつ伏せで倒れていた。

「禹哲! 禹哲!」

 呼びかけても目を開けない。禹哲の口元に耳を近づけてみる。よかった・・・息してる・・・ってもしかしてこれって寝息じゃないの? 寝不足で倒れるように眠ってしまっただけみたい。でもこの寒いのに、このまま放ってはおけない。だけどどうやってベッドまで? ムリよね。仕方ないからそのままの状態で布団をかぶせてみる。

 しばらく寝顔を見ていると、妙にあどけない表情で可愛く見えてしまう。でもちょっと痩せたかな。顔色もあまりよくないみたい。そんなになるまで頑張るなんて、キャラじゃないでしょ? それとも本当はそういう熱い人なのかな。クールを装ってるだけ? なんだかそう思うと急に愛おしさがこみあげてきた。

 いやだ、私ったら禹哲のことそんなふうに・・・。また出直そう。そう思って立ち上がろうとしたとき、突然腕をつかまれる。

「寝顔だけ見て、ただで帰れると思うなよ」

「禹哲、寝たふりなんて趣味悪いわね」

「あんたのせいで目が覚めたんだ。布団かけるならもっと優しくかけろよ。女らしい気遣いに欠けてるんだよ」

「減らず口は、弱っていても相変わらずね」

「何しに来たんだ。もう夕方の6時か・・・店に行かないと・・・」

 禹哲は腕時計を見て起き上がるとふらついた。

「ダメよ。今夜くらい休めばいいじゃない。莉莉が心配して連絡くれたのよ。ずいぶんムリしてるみたいね。・・・ねえ、ちょっと冷蔵庫、開けるわよ」

 冷蔵庫をのぞくとほとんど何も入ってない。

「ちゃんと食べてるの?」

「ほっとけよ。どうせ料理もできないんだろ?」

「お店の鍵貸して」

「何する気だ?」

 私は鍵を受け取ると、部屋を出てBaTへ向かった。

 まずノブの札を“本日休業”に替え、鍵を開けてお店に入る。電気をつけて厨房に入り冷蔵庫をのぞくと充分な食材が揃っていた。それをいくつか袋に入れ禹哲の部屋に持ち帰り、禹哲の嫌味を無視して料理にとりかかった。

 禹哲はそんな私の様子を、途中からは黙ってソファに横になって見ていたようだ。料理をテーブルに並べると、呼びもしないのに禹哲は席につく。

 そして何も言わず“いただきます”のポーズをとるとおもむろに食べ始めた。そして一口食べると私の顔をじっと見る。もう一口食べてうなづくと、そこからは一気に食べつくしてしまった。私がまだ半分も食べていないのにだ。

「料理はできるみたいだな。オレより料理のうまい女は初めてだ」

「初めて素直に私を褒めたわね。まともに作ったのは久しぶりよ」

「男と別れたら料理する気もなくなったんだろ?」

「そんなところね」

「ふうん。やっぱり今はフリーか。別れた相手はピアスの送り主だろ?」

「そうよ」

「未練か? いつまでも別れた男のピアスをつけてるなんて」

 私は禹哲の言葉を聞き流してお皿を洗おうとシンクに立つと、禹哲は残りのお皿を運んでくれる。そして私がスポンジで洗ったお皿を手際よく水で洗い流してくれる。

「俺が忘れさせてやるよ、その男のこと」

 洗いながら禹哲の顔が近づいてくる。私はその顔の前に洗いかけの包丁をつきつける。

「うわ、冗談だって。この前みたいに泣かれるよりは包丁のほうがましだけどな。だけど俺を心配して帰ってきたんだろ? じゃなきゃ今頃香港のはずだ」

「残念ながら仕事の都合で帰ってきたのよ。だからこっちが“ついで”ってこと」

「まあいい、そういうことにしておいてやるよ」

「そんなに心配して欲しい? 私でなくても電話一本でかけつける女の子がたくさんいるんじゃない?」

「今の俺には、そんな女たち必要ない。・・・あんた一人で充分だ」

 禹哲の言葉に躍らされるほど、もう子供じゃない。またからかわれていることくらいわかってる。でもなんだか胸が高鳴ってしまう。禹哲が私に好意を持ってるはずなんてないのに。そう思いながら禹哲の顔を見ると顔が真っ赤になっていた。

「顔が真っ赤よ! 熱があるんじゃない?」

「鈍感にもほどがあるな・・・全部あんたのせいだ・・・俺がこんなふうになったのは・・・」

 禹哲は強く私を抱きしめた。今までとは全然違ってる。これまでにもキスされたり押し倒されたりもしたけれど、こんなふうに抱きしめられたのは初めてだった。

「俺じゃだめなのか? 俺はあんたの言うとおりにしてるだろ? あんたの選んだ服を着て、言うとおりに毎日ボイトレにもダンスレッスンにも通ってる。仕事だって手を抜かない。俺とのキスはイヤじゃなかったんだろ? それなのに、どうして俺を拒絶する! そんなに前の男がいいのか!」

 禹哲のせつなすぎる声が胸を締め付ける。そんな彼に惹かれないわけがない。今だって確実に急速に・・・。

「・・・あなたは私が言うからオーディションを受けるの? 私のために? それじゃあいくら頑張ってもムリよ。もうやめたほうがいい。そんな甘い世界じゃないから・・・。私はあなたが本当にやりたがってるって思ったことに、少しだけ力を貸そうとしただけよ」

「はぐらかすなよ! それじゃあ質問の答えになってない」

「・・・禹哲。私は諦めが悪いの。あなたのことを好きになりたくないの。彼のことを諦められないし愛し続けていたいから」

 これまでこんなふうにはっきりと決意していたわけじゃなかった。でも今、言葉にして初めてわかった。これが私の本心だってこと。私は呉尊を思い続けることで頑張れてるんだって。

「俺はフラレたんだな・・・」

「そうよ」

「ずいぶん簡単ではっきりしてるんだな」

「・・・オーディション、受けなくていいわ。あなたが本気じゃないってわかったから」

「いいや、俺は受けるよ。あんたにも、プロになることにも本気だって証明してみせる。俺もかなり諦めが悪いほうでね」

「それはあなたの自由よ。私にできることは限られてる。でもできるだけのサポートをするつもりよ」

 私は禹哲の背中に腕を回してギュッと抱きしめた。私の“本気”を伝えたくて。私を抱きしめていた禹哲の腕にも力が入る。

「俺から逃げないんだな?」

「逃げない・・・だからちゃんと食事をとることも約束してほしいの。お店もたまには休むか、“B”のバイトの子たちに任せればいいじゃない。じゃなきゃオーディションまでもたないでしょ」

「わかったよ。・・・香港へはいつ発つんだ」

「明後日。大東も頑張ってるわよ」

「主演映画か・・・。“T”昇格は結果次第だ。俺に先を越されないように精々がんばれって伝えといてくれ」

 

 大東と禹哲・・・案外いいライバルかも。本人たちは気付いてないみたいだけれど、きっといつか親友になる。そんな気がした。

第20話「台北の長い夜」~東雪篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

|

« 飛輪海小説『ステップアップ!』第18話~亞綸篇 | トップページ | 飛輪海小説『ステップアップ!』第20話~東雪篇 »

飛輪海小説『ステップアップ!』東綸篇」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 飛輪海小説『ステップアップ!』第18話~亞綸篇 | トップページ | 飛輪海小説『ステップアップ!』第20話~東雪篇 »