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飛輪海小説『ステップアップ!』第16話~亞綸篇

16話「出口なき迷宮」~亞綸篇

 新年を迎え、仕事始めは事務所での挨拶と打ち合わせだった。明日は西門でイベントがある。

 年末を最悪の気分ですごし、部屋に引きこもっていた。2日に里帰りしてきた姉さんと裕惠(ユーフイ)にさえ、ほとんど顔を見せることができなかったくらいだ。

  そして、久しぶりに日本に帰っていたヒロからの電話とメールをことごとく無視し続けたボクの新年はお先真っ暗だ。

 明日までに気持ちを立て直すことが出来るのかな・・・。

 いったい何に対してブルーになっているのか自分でもよくわからないでいるのだから、解決策を見出せないでいた。原因が莉莉であるということだけは漠然とわかっているけど・・・。

 事務所のロビーに重い足取りで入っていく。

 受付には、櫻雪が一人座っていて、ボクに微笑みかけていた。・・・そうか、前の受付のコ、先月末でやめたんだっけ・・・。

「あけましておめでとうございます」

 櫻雪はなんて爽やかなんだろう。そうだよね、その様子だと、きっと最高のクリスマスの夜をすごしたんだろうね、櫻雪は・・・。大東をうらやましいと思ったのは初めてかもしれない。

「亞綸、どうしたの?」

「え? なんでもないよ。あけましておめでとう、櫻雪。今日から受付に一人だね」

「そうなの。少し緊張しちゃうわ」

 そう言いながらも楽しそうだ。

「大東は今日から映画の仕事だっけ?」

「ええ。大東ったら昨日から緊張してたのよ」

「大東はホント、幸せものだよ。櫻雪がいてくれて」

「もう亞綸ったら! からかわないで!」

 そうだ・・・櫻雪なら全てを知ってるよね・・・。

「あのさ、禹哲の・・・」

「いやだ、私ったら初日から! 亞綸にさっきお客様がみえて、待ってらっしゃるんだったわ!」

「え? 誰?」

「それは会ってからのお楽しみよ! あなたの衣裳合わせがあるってマーキーから聞いていたから、衣裳部屋にお通ししたの。早く行ったほうがいいわ」

 いったい誰だろ? 禹哲と莉莉のことはまた後で聞くことにしよう。

 衣裳部屋へ行くと、最悪なことに、そこで待っていたのはヒロだった。

「ヒロ! なんでここに!?

 絶対に怒ってる! どうすればいい?

「なんでじゃないでしょ! 何度も連絡したのに無視してるくせに!」

「帰ってきてたんだ~日本のお土産でも持ってきてくれたの?」

 ごまかしちゃおうかな。

「お土産は、そこにある生八橋よ! もうマーキーがおいしいって言って半分くらい食べちゃったけど」

「うわ~おいしそうだね! ボクも食べようかな! 三色あるね。緑のは何?」

「これは抹茶で、こっちの茶色いのはニッキ・・・そうじゃなくて!!

 やっぱりごまかしきれないよね・・・。

「亞綸! 頼んであったピアスはどうなったの!」

「・・・ゴメン! ゴメンナサイ!」

 ボクは日本語で平謝りしてみせる。

「ゴメンじゃわかんないでしょ!」

「わかったよ! 話すよちゃんと・・・。禹哲は返してくれなかったんだ。ヒロが取りにこないと返さないってさ」

「もう! 男なら奪い返してきてよ!」

 頭ごなしにムリばっかり言うヒロに不満が爆発しそうだ。

「なんだよ! ヒロ! じゃあ自分で取りに行けない理由を言ってみろよ!」

「え!?・・・」

 ヒロは口ごもる。言えるわけないよね。

「ボクは知ってるんだ! 一時の気の迷いとは言え、会ったばかりのヤツとよくキスなんかできるよな! 呉尊を裏切るなんて信じられないよ!」

 こんな言い方するつもりじゃなかった。でもヒロにあたってしまうことは予想できていた。だからずっとヒロを避けてたんだ。モヤモヤしていたものが、さらに真っ黒い塊となってボクの体の中を渦巻いていくようだ。とっくに別れた呉尊のことまで持ち出して、ボクはサイテーだ。

 ヒロはほとんど表情を変えずにボクの言葉を聞いていた。そして何も言わずに部屋を出て行った。

 それからの打ち合わせや仕事をボクは無感情に淡々とこなしていった。事務所を出たのは夕方6時すぎ。受付の櫻雪はもちろん帰ってしまっていた。

 ボクの足は自然とBaTへと向かっていた。あの店に行きたくない理由はボクもヒロも同じだ。そんなヒロの気持ちを一番わかっていながら、あんな言い方してしまった自分を恥じていた。

 

 店のドアを開けると、ギターの音が聴こえた。莉莉の音だ。禹哲の歌も聴こえてくる。二人の関係が気になって仕方ない。ボクを好きだって言いながら、莉莉は禹哲と暮らしている。禹哲はヒロとキスしたくせに、莉莉とボクのことに干渉してくる。

 店内に入って行くと、そこに信じられない光景をボクは見た。

 ステージ上の莉莉と禹哲は、クリスマスライブのときとは雰囲気が違っていた。莉莉はオーバーオールじゃなく、綿麻のナチュラルな格好で、ブーツはベージュのムートンを履いていた。髪は頭の上に大きくシニヨンを結っている。メイクも前までの簡単適当でなく、しっかりナチュラルメイクだ。禹哲も以前のような水商売風とは違っていて、深めのVネックの長袖Tシャツにビンテージのデニム姿で、腰には赤系のチェックのシャツを巻いていた。アクセは皮のバングルのみ。足元は黒のコンバットブーツだ。

 ステージ下にはたくさんの洋服を抱えたヒロが立っていた。

「週末の単独ライブはこのイメージで行くから。それと、禹哲はMCも担当して。客席や莉莉に自然に話しかけるようによ。莉莉はうなづいたり、首を振ったりして、表情や身振り手振りだけでリアクションしてね。声を聞かせないことで観客の歌声に対する期待感が高まるから」

 ヒロはスタイリストという枠を越えて、まるでプロデューサーみたいだ。だてに林志玲(リン・チーリン)のそばにいるわけじゃない。彼女を取り囲むもの全てを吸収してたんだ。

 

 禹哲がボクに気がつき一瞥する。

「炎亞綸、よく顔を出せたもんだな。・・・開店前だからオレは失礼する」

 ヒロが振り返り、莉莉は立ち上がる。

「亞綸!」

 莉莉がステージから飛び降り駆けてくる。ボクはとっさに身構える。

「ねえ、どう? この格好かわいいでしょ?」

 莉莉はにっこり微笑み、ボクの前でくるっと一回転する。

「う、うん。可愛いよ・・・」

 あービックリした・・・。またキスされるかと思った・・・。

「よかったわね、莉莉。亞綸が褒めるなんてあんまりないことよ」

 本当に可愛くてびっくりした。パッと見ただけでも可愛いし、じっくり見ても可愛い。

「いつまで莉莉に見とれてんの、亞綸」

「そ、そんなんじゃないよ!」

 ヒロが機嫌よくボクに話しかけてくれた。もう怒ってないってこと?

「莉莉はとってもいい子よね、亞綸。私好きよ、あの子」

 ヒロは意味ありげにボクに目配せして言う。ヒロは知らないんだ。莉莉にはもう一つの顔があるってことを・・・。

「でも禹哲はホント嫌なやつ!」

 それは同感だ。・・・でもヒロ、それって本心? 目をそらして言うところがなんだか怪しい。

「びっくりしたよ、まさかこんな展開になるなんてさ」

「気付いたのよ私。禹哲と二人きりにならなければ、なんの問題も起こらないってこと。亞綸に疑われることも!」

「それはゴメンって言っただろ! それにしても行動早いよヒロは」

 気持ちの切り替えも早いし。ヒロらしいけど。

「あれから受付で櫻雪に莉莉の携帯番号を聞いて帰ったの。莉莉を通して禹哲とスケジュールを合わせていけば必要以上にアイツと話さなくてもいいでしょ?」

「大東の映画の撮影も始まるんだろ? 両立できるの?」

「大丈夫、台南ロケはライブのあとだから。両立させてみせるわ」

 本当にヒロはたくましいよ。ますます男なしでも生きていけますって感じだ。

 ヒロの耳には呉尊にもらったピアスが光っていた。返してもらえたんだな。ピアスのために頑張ったんだから、やっぱり可愛いところものこってるんだ、ヒロってさ。

 ヒロは衣装を片付け、次の仕事があるからと言って帰っていった。

「亞綸はまだ時間あるの? まだ一緒にいてくれる? もっと一緒にいたいな」

 ボクたちはステージの端っこの床に並んで腰掛けて話し始めた。こんな天使のほうの莉莉だったら一緒にいても楽しいんじゃないかって思えてくるから不思議だ。莉莉の手には、また古びた巾着袋が握られている。前から気になっていた。

「莉莉、その巾着袋みたいなのって何? いつも大事そうに持ってるけど」

「亞綸・・・この巾着袋、覚えてないの?」

 ・・・また莉莉の雲行きが怪しくなってきた。悪魔に変わる前ぶれだ。

「お、覚えてるよもちろん!」

 いったいボクと莉莉はいつどこで会ったことがあるんだ!? あの歌をボクはどうして知ってたんだ? 誰でもいいから教えてほしいよ!!

「嘘つき!」

「わ、わかったよ。正直に言うから怒らないって誓える?」

「誓う。嘘よりはずっといい。あたしに嘘はつかないでほしいから」

「・・・何も覚えてないんだ」

「じゃあどうしてあの歌は覚えてるの?」

「それはボクにもわからない。二年位前から鼻歌で歌ってたんだ、いつの間にか。姪っ子の裕惠(ユーフイ)に子守唄代わりに歌ってやったりさ」

「阿明のところの? 裕惠って可愛い? 亞綸の血が入ってるんだもん可愛いに決まってるよね! 会ってみたいな~」

 ・・・姉さんと血が繋がってないこと、知らないんだな。でも知らなくていいこともある。

「莉莉、子供が好きなんだな。だから保育士に?」

「・・・子供を捨てる母親がいるから・・・」

「え?」

「捨てる人がいなくなるように、ちゃんと世話してあげたいの。無認可の託児所は絶対に必要よ。夜に働くシングルマザーは大勢いるから」

 莉莉のこんな表情、初めて見た。そりゃ知り合ったばかりだからだろうけど、天使でもなく悪魔でもない、決意に満ちた顔・・・。

「あたしこれから仕事だから。亞綸、ライブ観に来てね!」 

「あ・・・うん・・・」

「絶対よ! バイバイ!」

 莉莉はステージから降りると笑顔で手を振って去っていく。

 あ・・・また聞けなかったよ、ボクたちの出会いのこと。どうしてあの歌をあんなに苦しそうに歌っていたのか・・・それに、禹哲とのこと・・・。

「まだいたのか炎亞綸」

 唐禹哲が厨房から戻ってきた。

「会員なんだから文句ないだろ!」

 莉莉との関係を知りたくても禹哲には聞きたくない。

「言っとくが莉莉は熱しやすいが冷めやすい。本気になっても馬鹿をみるだけだ。莉莉を理解できるのは唯一オレだけだからな」

「べ、別に、誰が本気になんてなるもんか。勝手にじゃれてくる子犬と変わんないよ莉莉は!」

 そうだ、唐禹哲との関係が気になるのも、単なる興味本位にすぎない・・・はずだ・・・。それより・・・

「唐禹哲・・・どうして莉莉は一人で歌わない? 知ってるんだろ? 唯一理解してるんならさ!」

「“歌わない”じゃない、“歌えない”んだ。だが理由を知ってどうする? オマエに教えたってどうにもならないだろうが」

「アンタだってどうすることもできないんだろ!」

「オレはアイツと一緒に歌ってやることはできる。一緒に眠ってやることもな」

 そう意味ありげな笑顔でボクを見る禹哲。一瞬にしてカッと顔が燃えるように熱くなる。ボクがあのとき、二人が部屋から出てくるのを見ていたことに気付いてたんだ・・・。

「関係ないよ! ボクには!」

 ボクは逃げるようにその場を立ち去ることしかできない。

「ライブは土曜の8時からだ! 炎亞綸!」

 禹哲の挑戦的な言葉が背中に突き刺さる。ボクには関係ない! 面倒なことはごめんだ! ボクには関係ない! ・・・ボクは頭の中でそう繰り返し叫び続けていた。

 まるで出口のない迷宮に迷い込んだみたいに・・・。

第17話「嫉妬の行方」~裕綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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