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飛輪海小説『ステップアップ!』第9話~大東篇

第9話「月夜のミステイク」~大東篇

「ただいま~!」

「おお、偉偉(ウェイウェイ)、姉貴、遅かったな・・・」

 バーカウンターに立っている男がグラスを磨きながら偉偉に話しかける。こいつが櫻雪(ユンシュエ)の弟・・・か・・・!?

 男の顔はたしか見覚えがある・・・そうだ、あの若い男だ! 偉偉を迎えに来たいけ好かない男! 禹哲(ユージャ)兄ちゃんだ!

「オマエ、汪東城・・・いったいなんの用だ」

 いきなりこのご挨拶かよ!

「禹哲! 失礼でしょ!・・・もしかして二人はもう知り合いなの?」

 オレもあいつも顔をそむけたままだ。別に櫻雪を困らせたいわけじゃないが・・・よりにもよってこいつが弟とはな。

「禹哲、偉偉がケガをしたの。それで大東が私を病院まで送ってくれたのよ」

「は? ケガ? 大丈夫なのか偉偉!?」

「平気だよ! ボクは車より強いんだ! マ・・・じゃなくて母さん! 早くオムライス作ってよ!」

「じゃあ偉偉も手伝ってくれる?」

「うん! 楽しみにしててね、大東!」

「禹哲・・・大東は私の紹介のお客様だから、失礼のないようにもてなしてね」

「もちろんだよ、姉貴」

 

 二人が出て行くと、それまで笑顔を見せていた禹哲はガラッと表情を変える。

「あんた、この名簿に適当に書き込んどけよ」

「・・・なんだよこれ」

「この店は完全紹介制の会員だけの店だ。あんたは一応姉貴の紹介だから入れてやるって言ってんだよ」

 こいつ・・・櫻雪の弟でなけりゃ・・・!

「ずいぶん偉そうな店だな。なんだ? この“B”と“T”ってのは?」

「“B”はボトム、“T”はトップだ。あんたは“B”のほうに丸をうっておけよ」

「“ボトムってどういう意味なんだ?」

「この店に来る客は二つに分けられる。努力してトップにのぼりつめた成功者と、這い上がろうと努力しているアーティストだ。努力と才能だけでは成功することができない世の中だ。この店でトップの連中はボトムの中から気に入ったアーティストを見つけ出し、支援する。つまりスポンサー、パートナー、パトロン・・・呼び方はいろいろだが支援者になるってわけだ」

 店内を見回すと、絵やら彫像やら、アートっぽい作品が並べられている。ステージにはグランドピアノやギター、ドラム・・・いろんな楽器が置かれていた。

・・・? 

「なんでオレが“B”のボトムの方なんだよ! オレは“T”だろうが!」

「は? あんたがいったい今まで何を残して来たってんだ? まだアイドル時代の過去の栄光にすがっていたいのか?」

「オレのどこが過去の栄光にすがってるっていうんだ!?」

「じゃあ今のハンパな状態に早く見切りをつけたらどうだ? 役者なのかミュージシャンなのかどっちつかずで、どちらのトップにも成り切れていないだろうが」

・・・返す言葉が浮かばない・・・。こいつとこれ以上一緒にいたくはないが、櫻雪がオレのためにオムライスを作ってくれてるから帰るわけにはいかない。カウンターを握り拳で一回叩いてからオレは薄暗い店内の壁に掛けられ、照明で浮かび上がっている絵のほうへ向かう。禹哲はそれ以上は何も言わず、グラスを磨き続けている。

 小一時間はたっただろうか・・・。櫻雪と偉偉はなかなか戻ってこない。かなり腹が減ってきたぞ。一点一点じっくりと観ていたアート作品も、これ以上は観ていられないというくらいに観賞し尽くした・・・。

 仕方なく、誰も座っていないカウンター席に戻りスツールに腰掛ける。

 客足も増えて来たが、誰もオレのことを気にする素振りも見せない。

禹哲がジンジャーエールを目の前に置く。オレがバイクなのを確認済みってわけか。

「あんた、姉貴のことをどこまで知ってる?」

「は?」

「姉貴はずっとお嬢様育ちで二ヶ月前まで料理も家事もほとんどしたことがなかったんだ」

 お嬢様育ちでセレブの奥様だったのは予想はついていたが、そういえばこいつは弟のくせに櫻雪とは対照的だ。育ちのいいお坊ちゃんには到底見えない。

 いったいこいつは何が言いたい? 櫻雪がお嬢様だったらどうだっていうんだ!

「だからなんだよ?」

「オムライスを一品作るだけでも、慣れてないから時間がかかるんだよ。それにサラダだスープだなんて作ってたら、二時間はかかるだろうな」

嘘だろ・・・まだ一時間は待たないといけないのか? 限界だ・・・。

「それともう一つ忠告だ」

 禹哲はそう言うと真剣な顔してオレを見据えて言った。

「姉貴はバージンだ」

オレは飲んでいたジンジャーエールを吹き出しかけて咳き込んでしまう。

「は? 何言い出すんだ、そんなわけ・・・じゃ偉偉は・・・?」

「あんたバカか。もののたとえだ。偉偉は正真正銘、姉貴の子だ。当たり前だろ。姉貴は“恋愛バージン”って意味だ」

「オマエ、よく真顔でそんなはずかしいこと言えるよな」

「いいからよく聞け。姉貴は本当の恋愛を経験しないまま結婚しちまったんだ。オレのために」

どういうことだ? 

「俺が何を言いたいかわかるか? 姉貴は恋愛の免疫がないんだよ。おまえみたいなのに適当な気持ちでウロウロされたら、あっというまに感染しちまうってことだ。手遅れになる前にさっさと消えろ」

こいつ人をウイルスみたいに言いやがって!

オレが言い返してやろうと思ったその時、ドアが開いて偉偉が入ってくる。

「大東お待たせ!」

 偉偉はサラダボウルをかかえながら開けたドアを背中で押さえている。それからオムライスを二皿持った櫻雪が現れる。

「遅くなってごめんなさい! あの・・・スープを作る時間がなくて・・・」

「だってボク、もうおなかすいちゃったんだもん! スープなんかいらないよってボクが言ったんだ。・・・いいよね? 大東?」

「あ、ああ、オレもオムライスとサラダがあれば充分だ」

 だけどオムライスは二皿しかないのはどうしてだ?

「大東・・・あの・・・材料が足りなくて、二人分しか出来なかったの・・・。わたしはいいから気にしないで偉偉と食べて」

「姉貴、なんか作ってやるよ。待ってな」

「ありがとう禹哲・・・」

 禹哲が厨房へ消えると、櫻雪がカウンターの中で、慣れない手つきでサラダを皿に分けたりグラスにミネラルウォーターを注いだりと忙しく動き回っている。しかもいつものビシッとしたパンツスーツじゃなくて、袖を折り返した少しルーズな白のシャツワンピース姿の彼女はかなり新鮮だ・・・。

「大東、そんなに見ないで・・・緊張するから」

 ハッとする。オレは腹がへったのも忘れて、スプーンを持ったまま彼女をみつめてしまっていたらしい。やばい、オレかなり重症かも・・・。彼女に指摘され思わず赤面だ・・・。

 偉偉はオレの隣でオムライスにがっついていて、今はオレと櫻雪のことは眼中にないようだ。・・・よかった。

「今日は本当にありがとう・・・」

「あ、いや別に・・・」

 オレはもっと気の利いた会話とか出来ないんだろうか・・・櫻雪とどんな会話をすればいいのかわからない。気持ちを言葉にすることの難しさを痛感する。先週の呉尊との一件を謝るべきなのかもわからない。思い出したくもない醜態をさらしたんだから、今さらむし返すのも気がひける。

「姉貴、お待たせ。ペペロンチーノでよかった?」

「もうできたの? おいしそうね! 禹哲って本当に手際もよくってうらやましいわ」

「姉貴も慣れてくればできるようになるって。ペペロンチーノは材料を切る手間がはぶけるから時間がないときには最適だろ?」

 得意げな禹哲の笑顔がなぜか勘にさわる。

「そういう気まわしができるところもさすがよね。禹哲の彼女は幸せなんじゃない?」

「今、彼女いないよ俺」

「え? 去年のクリスマスのときに紹介してくれた彼女は?」

「ああ、あれからすぐに別れた」

・・・そんな姉弟の会話に入っていけずにいるオレ・・・。そんなとき、偉偉がオレのわき腹をつつくもんだから体をくねらせて笑いそうになる。

「なんだよ偉偉! くすぐったいじゃねえか!」

「大東、せっかく連れてきてあげたのに、何やってんだよお。あとでママ・・・母さんと二人きりにしてあげるから、がんばってよね!」

 偉偉のヤツ、見てないふりしてしっかり見てやがったな。こんなガキに心配されてるオレってかなり、情けないよな・・・。

「ただいま~! あ! 偉偉! どう? どっか痛くない? 気分は!?」

 さっき病院で会った莉莉(リーリー)って保育士が、どうやら仕事を終えて帰ってきたようだ。いったいどういう知り合いなんだ? 「ただいま」ってことは、みんなこの店の上に住んでるのか?

「大丈夫だよ莉莉姉ちゃん! なんともないから心配しないで!」

「おまえな莉莉! なんで俺に連絡しないんだよ!」

「禹哲ごめんね~ だってパニックで禹哲のことすっかり忘れてたんだもん。櫻雪、偉偉のこと、本当にごめんなさい!」

「莉莉ったら、もういいから。悪いのは全部偉偉なのよ」

「莉莉、腹が減っただろ? おまえにもすぐ作ってやるよ、特性のにんにくたっぷりのぺペロンチーノを」

「ラッキー! 禹哲のパスタってどれも最高だもんね!」

「じゃあ、できるまでボクが莉莉の話し相手になってるから、母さんは大東を見送ってあげなよ!」

 結局、店では櫻雪とろくに話もできず、オレは帰ることになってしまった。

 偉偉は約束どおり、なかば強引だが櫻雪をオレの見送りに差し向けてくれた。

「大東、借りたダウンを部屋に取りに行ってくるから待っててもらえる?」

 櫻雪はそう言って階段を駆け上っていく。オレは少しの距離も惜しくて、2階の踊り場あたりまであがって待っていた。窓から満月の光が差し込んでいてやけに明るい。ん? 病院から帰るときは三日月だったような? 

「キャっ!」

 ダウンジャケットを抱えて駆け下りてきた櫻雪が、踊り場にいるオレの存在に気付かずいきなり胸に飛び込んできた。ふわっと彼女の香りがした。

 櫻雪は階段をあと一段のこした位置にいたせいで、ちょうどオレの顔と彼女の顔は同じ高さにある状態だ。このダウンジャケットさえ間になければ、完全に抱き合ってキスでもしてしまえるシチュエーションだった。

 言葉なんてどうでもいい。さっきまで言葉や会話にこだわっていたことが馬鹿らしくなってくる。こんな間近でみつめあえていることのほうが、数倍気持ちが伝わるはずだ。

 潤んだ櫻雪の瞳。月明かりで、彼女の頬が赤く染まっていくのがわかる。

オレはゆっくりと確かめながら彼女との唇の距離を縮めていく・・・あと一センチ・・・

「イヤ!」

 櫻雪がかかえていたダウンをオレの顔に押し付けた。

え!? なんなんだ! この雰囲気はあきらかにキスOKだったはずだろ? いつかの悪夢がよみがえる。阿明とも昔、同じようなことがあった・・・。

彼女はうつむき、少し上目遣いで言う。

「さっきペペロンチーノ・・・食べたばかりだから・・・」

「は? ・・・オレがそんなこと気にするかよ!」

「私は気にするの!」

 

一瞬、禹哲の不敵な笑みが浮かぶ。 

何が“材料を切る手間がはぶけるから、時間がないときには最適だろ”だ! 絶対にオレたちを邪魔するためにニンニク料理にしたにちがいない! ニンニクが予防接種のワクチン代わりってわけか! だからってここで引き下がれるかよ!

「オレがいいって言ってんだからいいんだ!」

 ダウンジャケットを振り払い、櫻雪を壁に押し付ける。

「子供みたいなこと言わないで!」

 櫻雪のその一言に脳天を打ち抜かれた思いだ・・・子供・・・!? 確かにオレは年下だ。だからってガキ扱いされたくない。完全に戦意喪失だ・・・。

 ダウンジャケットを拾い上げ、

「悪かった・・・」

 オレはそれだけ言うと彼女に背を向け階段を駆け下りた。

「お願い、あせらないで! まだ出会ったばかりよ!」

 櫻雪の声が薄暗い階段に響き渡る。誰があせってるって? いや、確かにあせってるかもしれない。呉尊が台湾にいないうちに・・・櫻雪との距離を縮めたいというあせり・・・。

第10話「聖夜のプロローグ」~東綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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