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飛輪海小説『ステップアップ!』第8話~東雪篇

第8話「偉偉の功名」~東雪篇     青:大東 ピンク:櫻雪(ユンシュエ)

 あれから一週間以上がたつ。その間、事務所に顔を出すことは一度もなかった。

 別に避けていたわけじゃない。たまたま大陸や、香港での仕事が続いたせいだ。

 その間、彼女のことを頭から追い出して、なるべく考えないようにしていた。だがそうすればそうしようとするほど、彼女を思い出させるようなことが起こる。

 あれは香港の空港での出来事だ。ファンに囲まれ、身動きがとれなくなったとき、ふとあの香りに気がついた。唐櫻雪(タン・ユンシュエ)の香りだ。

 彼女がこんなところにいるわけないことはわかってる。だけどその香りがするほうへと引き寄せられていった。誰だ? どの子だ? その香水の名前を知りたくても、もう唐櫻雪には聞きづらい状況だから、どうしても見つけ出したかった。

結局、その香りの主はみつからなかったが、それからまた櫻雪のことがちらついてどうしようもない。

 今日は台北市内での仕事を終え、バイクを走らせているうちに事務所の近くへ来てしまう。信号待ちで時間を確認すると5時ちょいすぎだ。このまま事務所の前を通ると、もしかして唐櫻雪に遭遇するってこともあり得るわけだ。

 道を変えるべきか? オレは彼女に会いたくないのか? それとも会いたいのか? 自問自答してバイクを走らせているうちに事務所の前の交差点でまた信号にひっかかってしまう。歩道に往来する人影はほとんどないが、黒っぽいパンツスーツのスラッとした女がタクシーを止めようとしているのが目に入る。

・・・唐櫻雪か? ヘンだな、すぐそばの託児所に迎えに行く時間のはずなのにタクシーを拾うなんて。だがなかなか止まってくれるタクシーがないようだった。そして急に櫻雪はその場にしゃがみこみ、顔を覆った。

は? どうした? まるで泣いているように見える。

 ダメ! タクシーがつかまらない! どうすればいいの! 脚が震えて歩けない。

 泣いても仕方ないのはわかってる。でも、もうどうすればいいのかわからない。

「どうした! 具合でも悪いのか!?

 誰かにそう声をかけられ、顔をあげる。

 フルフェイスのヘルメットをかぶったバイクの人だった。

「オレだ」

 そう言ってその人はヘルメットの目元を開けた。

 ・・・大東!

「子供が・・・事故で病院に運ばれたって・・・意識がないって連絡が・・・」

「偉偉(ウェイウェイ)が!?

「え!? どうして名前を?・・・」

「いいから早く乗れよ! どこの病院だ!?

 私は言われるがままにバイクのうしろにまたがり、病院を告げる。

「しっかりつかまってろ! ノーヘルで悪いが、警察に捕まらないことだけを祈ってろ!」

「はい!・・・」

 バイクに乗るなんて初めてで、少しこわかったけれど、大東の腰に腕をまわしてしっかりつかまっているとすごく安心した。どうして大東が偉偉のことを知っているかなんて、今はどうでもいい・・・どうか偉偉が無事でありますように・・・。

 夜間救急の入り口脇にバイクを止め、大東に手を貸してもらってバイクから降りるけど、脚がガクガクして力が入らない。

「しっかりしろよ! 走るぞ!」

 大東はそのまま私の手をギュッと握り、走り出す。

 長い廊下を走りぬけ、突き当りを曲がるとそこに莉莉(リーリー)が立っていた。大東が私の手を離す・・・。私は莉莉のそばへ駆け寄る。

「莉莉! 偉偉は!?

「櫻雪! 今、治療室なの。本当にごめんなさい! あたしのせい・・・」

 莉莉が言い終わらないうちに治療室のドアが開く。

「ママ!」

 偉偉は笑顔でちゃんと自分で立っていた。そして私の元へ駆け寄ってくる。

「偉偉!」

 私は両膝を床について思いっきり飛び込んできた偉偉の体を受け止めた。ギュッと抱きしめても抱きしめたりないくらいに強く。

「ママ! ボク全然大丈夫だよ! だから莉莉を怒らないであげてね!」

「本当に心配したんだから!」

「あ! 大東! 大東も来てくれたんだ!」

 偉偉はそう言って大東の元へ走って行き、彼の脚にしがみついた。

「ごめんなさい櫻雪! 偉偉が抜け出して大東に会いに行ってたこと黙ってて!」

「え? 莉莉どういうこと?」

「あ~あ! 莉莉姉ちゃんはやっぱり女だからダメだな~ 大東は男と男の約束だからちゃんとママに内緒にしてくれてたのにさ!」

 じゃあ大東はすべて知っていたということ? いつから? でもそれなら納得できる。彼が急に態度を変えたこと・・・。

 オレの脚にしがみつく偉偉のことを、どうすればいいのかオレはわからないでいた。父親だったらこういうときどうすればいい? いや、オレは父親じゃないし・・・。

 クソっ! そんなことはどうでもいい、オレはオレらしくオレなりでいいだろ!

「ねえ大東! 車なんてへっちゃらだよ! ボクの力で車をふっとばしたんだから! すごいだろ! ボクもKO-1になれるよね!?」

 偉偉がそう言ったとたん、オレの中で怒りがわいてくる。オレは思わず握り拳をつくって偉偉の頭のてっぺんにその握り拳を強く押し付けていた。

「イタっ! 痛いよ大東! 急に何すんだよお!」

「おまえ調子にのるなよ! 櫻雪がどんだけ心配したと思ってんだ! 人に母さんのことを頼む前に、自分で守るくらいの気持ちを持たないでどうすんだ! 母さん一人を守れないようで何がKO-1だ!」

大東・・・。

私は泣き出しそうな偉偉に駆け寄りたい気持ちをおさえて、二人の様子を見守ることにした。

今、大東が初めて「櫻雪」と名前で呼んでくれたことに、私はすぐに気がついてしまった。こんなときでも私の胸はキュンとしてしまうなんて、母親として失格?

「偉偉、おまえまさか泣くんじゃないだろうな?」

「うるさい! こんなことでボクが泣くもんか!」

 偉偉が必死に涙をこらえてる・・・いつもだったらすぐに泣いてしまうのに・・・。

 治療にあたった先生に呼ばれ、私は診察室に入った。莉莉には託児所に戻ってもらい、大東に偉偉を任せて・・・。

偉偉は軽く頭をうって、脳しんとうを起こしたけれど、CTの結果良好で、家で様子を見てしばらく安静にとのお話だった。車がよけてくれたおかげで、倒れた拍子に地面についた手首をねんざした程度ですんだようだ。私はホッと胸をなでおろす。

 

 中待合に戻ると、偉偉が嬉しそうに私に駆け寄ってくる。

「ねえ母さん!」

 え? “母さん”?

「な、なあに?」

「今夜の夕食はママの・・・じゃなくて母さん特性のオムライスにしてよ!」

「オムライス? いいわよ、じゃあとびっきりおいしいのにしましょうね」

「やったー! 大東、いいってさ! ママのオムライス、おいしいんだよ!」

 え!? もしかして・・・? 大東の顔はどう見ても困った表情にしか見えない。

「何言ってるの偉偉。大東は忙しいからご迷惑よ」

「大東、迷惑なの?」

 偉偉が甘えたような悲しそうな表情で大東を見上げ、大東の腕をひっぱる。そんなことされたら“迷惑”だなんて誰も言えないことを偉偉は子供ながらに知ってるんだと思う。

「・・・迷惑とかそんなんじゃないけどな・・・あのな、偉偉・・・」

「大東・・・おなかすいたでしょ?」

「腹は減ったけど・・・」

 大東が私の顔をチラッと見た気がした。もしかして私次第ってことなの?

      *           *           *

 外に出ると、もう完全に日は落ち、空にはちょっと丸くぼんやりしたような不思議な三日月が浮かんでいた。病院から家まで歩いて15分くらいの道のりを、なぜか3人で歩いて帰ることになっていた。大東はバイクをひきながら。

 風が冷たくて、思わず肩をすくめると、急にうしろからダウンジャケットをかけられる。

 あったかい・・・。大東・・・

「ありがとう・・・」

「自分のコートはどうした?」

「事務所に忘れてきたみたい」

「バイク、寒かったんじゃないか?」

「ううん、全然・・・それどころじゃなかったもの・・・」

 それに大東の背中があったかかったから・・・そんなことは口に出しては言えないけれど。

「偉偉、どうしたの? 気分でも悪いの?」

そう言えばさっきから偉偉のヤツ、何もしゃべらないでいる。オレに怒鳴られてしょげたか? でもさっきは元気だったじゃないか。

しかしオレはバカだ・・・。こんな小さな子供相手に無性に腹をたてたりして、大人げなかったよな・・・。今さらへこんで来たぞ・・・。

「ううん・・・あのね、ボクはいないと思って! だから気にしないで二人で話してていいよ」

 ・・・なんだよこいつ、6才なのにヘンな気をつかいやがって・・・。

「もう偉偉ったら!」

 櫻雪はそう言ったっきり何も話さなくなった。

オレも、何か話さないとと思えば思うほど、何を話せばいいかわからなくなる。頼む偉偉、何かしゃべってくれ・・・。

「あそこだよ!」

「ん?」

 偉偉が指差すほうを見ると、少し古びて味のあるビルがある。まるで映画にでも出てきそうだな。

「あのビルの地下に弟のお店があるの。ちょっと変わったバーよ。私たちの部屋は3階にあるんだけれど、オムライスを作っている間、お店のほうで待っててもらえるかしら?」

「あ、ああ。わかった・・・」

 そりゃそうだよな・・・。 櫻雪の部屋にあがりこもうなんて・・・少しは期待したがまだ早いだろ、やっぱりそれは・・・。

 それにしてもこんなところにバーが? 看板も出ていない。いわゆる隠れ家的な店か。

 

 せまく急な階段を慣れた調子で偉偉が駆け下りて行く。 

 オレはつられるように偉偉のあとをついて行く

第9話「月夜のミステイク」~大東篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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