« 飛輪海小説『ステップアップ!』第14話~東雪篇 | トップページ | 飛輪海小説『ステップアップ!』第16話~亞綸篇 »

飛輪海小説『ステップアップ!』第15話~裕綸篇

15話「聖夜の忘れ物」~裕綸篇   オレンジ:ヒロ 緑:亞綸

 閉店まで飲んで、しゃべり明かし、私はクリスマスナイトを思いっきり楽しんだつもりだ。

 亦儒の昇進を祝えたこと、櫻雪(ユンシュエ)と親しくなれたことも今夜の収穫。彼女は大東を追いかけて行ってしまってから、結局戻ってこなかった。二人が上手くいったんだとしたら、私も嬉しい。

 私と大東は男女を意識しない真の友達だからそう思えるのだろう。阿明と大東は、そういう意味では友達になりきれていないところがあるはずだ。だからいつもは飲まない阿明が飲んだのかもしれない。

 もうすぐ大東の映画の仕事が始まる。私にとって、初めての映画作品のスタイリストとしての仕事だ。衣装のイメージは阿明の脚本を読んでからずっと頭を駆け巡っている。大東のためにも、阿明の“思い”のためにもいい仕事をやり遂げるつもりだ。

 いつの間にか帰ってしまった亞綸は、今度お説教しないといけない。エスコート放棄は大人の男として失格だ。

 タクシーの中でそんなことを考えながら、何気なく右耳に触れる。 え? ない! 右耳のピアスがない! いつからないんだろう・・・。

 タクシーを止めてもらって、タクシー中を捜してみたけどピアスは見つからなかった。あのピアスは呉尊からの初めてのプレゼントなのに・・・。

「すみません、さっきのお店に戻ってもらえますか?」

 

      *          *          *

 店のドアは開いていた。店内はほとんどの照明が落ちているけど、カウンターには灯りがついていた。

 人の姿はなく、膝をついてカウンターの周りの床を捜しまわるけどみつからない。

「これだろ? あんたの捜し物は」

 男の声に慌てて起き上がるとスツールで頭をぶつけてしまう。

「痛ッタ~イ・・・」

 思わず日本語が出てしまう。カウンターの中にいたのは櫻雪の弟だった。

「アンタ、日本人なのか?」

「そうよ・・・それ・・・拾ってくれてたのね。ありがとう」

 ピアスを受け取ろうと手を伸ばすと、禹哲(ユージャ)は手をさっとひっこめた。

「男からのプレゼントだろ?」

「だったらどうなのよ。返して」

「この名簿にまだアンタの名前がない。記入してくれたら返すよ」

 腹がたったけど、ピアスのためだから仕方がない。なぐり書きして禹哲に名簿を突きつけた。

「桐村裕恵・・・スタイリスト? アンタがあのHIROなのか。ふ~ん・・・」

 そう言って禹哲は私をまるで品定めするように眺めまわす。

「“T”だな」

「それはど・う・も!」

 “T”の意味はわかっていた。以前からこの店、“BaT”のことは阿明から聞いていたから。だけど少しも嬉しくなんかない。そいういえば亞綸は“B”の判定に不満顔だった。

「見込みのありそうな“B”のアーティストがいたならサポートしてやってくれ」

「そういうアナタはどっちなのよ」

「オレは両方だ」

「え?」

「この店の経営者としては成功しているつもりだ。だがアーティストとしてはまだなんの結果も出していない」

 他人だけでなく、自分にも厳しいんだ、この人。

「そうね、一人いたわ。“見込みがある”じゃなくて、“改造しがいのある”って意味で」

「名前、わかるのか?」

 私は禹哲の鼻先を指差しながら言う。

「唐禹哲・・・あなたよ」

 禹哲はしばらく私の指先をみつめていたけど、突然笑い出す。

「何がおかしいのよ!」

「アンタ、オレのこと狙ってたのか。それでわざとピアスを落としていったってわけか?」

「馬鹿言わないで!」

「オレをどう調教するつもりだ?」

「そ、そんなこと言ってないでしょ! あなたのファッションセンスを改造してあげるって意味よ! 歌の雰囲気と莉莉(リーリー)とのバランスが全然合ってないじゃない!」

「オレたちのスタイリストになるってことか」

「私じゃご不満?」

「いや・・・ありがたくその申し出、受けさせてもらうよ」

 禹哲は意外にも謙虚にそう答えるとピアスを差し出した。私はピアスを受け取ろうとしてカウンターに身を乗り出す。すると禹哲の指は私のあご先をつかみ、軽く持ち上げたかと思うと次の瞬間には唇が重なっていた。私は驚きのあまり大きく後ずさりして口を手で覆った。

「な、何? なんなの、これ!」

「何って単なる感謝の気持ちだ」

「か、帰る!」

 店を飛び出し、待たせていたタクシーに飛び込む。

 心臓のドキドキが止まらない。あいつなんなの! 信じらんない!

 街のイルミネーションを眺めながら気持ちを落ち着かせようとしてもドキドキは収まらない。

 キスしちゃった・・・久しぶりのキス・・・呉尊との最後のキス以来・・・違う! 違うったら違う! あんなのキスのうちになんか入らないんだから! 呉尊のキスはもっと・・・いやだ、私ったらリアルに思い出しちゃった・・・。もう忘れなさい! 未練がましいぞ!

 もう二度とあの店になんか行くもんか! そう思ったのもつかの間、大事なことを思い出す。・・・ピアス・・・。

 

 なんて最悪なクリスマス・・・。

      *          *         *

 携帯のアラームで目が覚める。もう朝か・・・。なかなか眠れなかったうえに、イヤな夢を見た。

 思い返したくもないけど、莉莉の夢だった。ボクのことを「好きよ」と抱きつく天使の莉莉と、「サイテー!」とののしる悪魔の莉莉。二人の莉莉が交互に現れボクを翻弄する夢・・・。ん? ・・・7時? 

「やばっ、時間ないよ」

 ベッドから飛び起き、Tシャツを脱ぎながらシャワールームに向かう。

 

 熱いシャワーを浴びながら、いつの間にか昨夜聞いた歌を口ずさんでいる自分に気付く。すごく歌いやすいんだよな。全部莉莉が作った歌だって偉偉が言ってたっけ。・・・ああーっ! もう莉莉のことは忘れろ! シャワーですべてを洗い流せればいいのに・・・。もうあの店に行かなければいいだけのことだ。昨夜のことも超二重人格女のことも記憶から完全消去だ! 

 シャワールームを出ると、携帯電話が鳴っていた。ヒロからだ! 絶対に怒ってるぞ! 電話に出て開口一番で謝るしかない!

「昨日はゴメン!・・・え? ・・・うん・・・ええっ!!

 

 ボクは電話を切ってからしばらく呆然としていた。ヒロからの電話で、ボクはなぜだかあの店にまた行かなければいけなくなった。

 ヒロが落としたピアスを、ボクがかわりに取りに行って欲しいというヒロからの頼み・・・というより命令だ。昨日、ヒロを置いて帰ってしまったことをそれで帳消しにしてくれるらしい。あのピアス、やっぱり大事にしてたんだな、ヒロ。

 でもまたあそこに行くことになるなんて、まだ悪夢から醒めてないみたいだ。

「へクシュン!」

 さむっ! 服着るの忘れてた・・・だけど、このまま風邪で寝込むほうが百倍よさそうだ。

      *          *          *

 望んでもいないのに、今日の撮影は順調に終わってしまった。4時半すぎ・・・。この時間、莉莉は託児所に違いない。そう願いながらボクはBaTのドアを開ける。

 店内は薄暗く静かだ。カギが開いてるんだから準備中なのかな。

 暗がりに目が慣れず、ゆっくりと足音をたてずに入っていく。

 唯一、照明があたっているステージをよく見ると誰かがいる。

 禹哲? いや、違う・・・莉莉だ・・・。

 莉莉はスツールに腰かけ、脚を組み、ギターを抱えていた。だけど歌い始める様子はない。昨日のライブ同様に巾着袋を胸のところで握りしめて動かない。

 ボクはその静けさと、張り詰めた空気に息をのむ。莉莉の歌声をもう一度聴きたいと切望している自分に驚きながら・・・。

 莉莉は巾着袋を譜面台に置くと大きく深呼吸した。ボクもつられて深呼吸する。

 心地よいギターの音色で始まり、それまでの緊張感が解きほぐされていく。

 昨日の曲じゃない。でもどこかで聴いたことがあるような気がした。

 だけど歌い始めた莉莉の声は、かすれ、震えている。歌詞がないのか、“Lalala”と悲痛な表情で歌い続けてる・・・。ボクまで心臓をつかまれたように苦しくなる。昨日の温かで包まれるような天使の歌声はどこへ行ったんだろう。しだいに声がとぎれだし、サビに入りそうなところで歌声が消えそうになる。

 がんばれ莉莉! ボクは心の中でそう叫んでた。 

 そのときだった・・・。

「Lalala・・・」

 ボクの口から自然とメロディーがあふれ出す。

 

 あぁこの歌だ・・・この歌だったんだ・・・。ボクは歌い続ける。

 莉莉は泣きそうな顔でボクをみつめながらギターを弾き続けてる。

 でもさっきまでとは違う。莉莉の瞳は輝き、苦しみから解き放たれたようだ。

「Lalala・・・」

 莉莉は再び歌いだす。初めはボクの声と、呼吸を感じ取るように合わせながら。しだいに溶け合っていく二人の声。なんて心地いいんだ・・・。これがボクの声?

 莉莉の声と一緒になるとこんなに優しく響きわたっていく。

 ボクたちはサビのメロディーを何度も何度も繰り返し歌い続けた。

 

 ラスト一回を告げるように莉莉の伴奏が転調し、心のこりのないようボクは全身全霊でラストを歌いきる。

 莉莉はスツールにギターを置くと、ステージから飛び降り、キラキラした笑顔でボクのところへまっすぐに駆けて来る。

 呆然としたままで動けないでいたボクは彼女の背中に天使の羽を見た。・・・気がした。

「亞綸! 亞綸!」

 飛びつくように抱きつく莉莉を抱きとめきれずにしりもちをつき、その痛さに目が醒める。

「痛いよ、莉莉!」

 莉莉はボクの脚の上にのっていることなんかおかまいなしだ。

「亞綸! 思い出してくれたのね!」

 え? 歌のことだよね? 

「う、うん・・・」

 その勢いに思わず返事をしてしまう。

「亞綸大好き!」

 莉莉はボクを押し倒すようにキスをする。

「わぁ! や、やめろよ・・・」

 横をむいて抵抗するけど莉莉は強引に引き戻し再び唇は重なる。

 これは夢だよね・・・きっと悪夢の続きだ・・・莉莉のキスはボクの感覚を麻痺させていく・・・。

 ボクはキスしたまま、上に乗っていた莉莉の体を、回転させるようにして、今度は莉莉の上に覆いかぶさる。

 

 

 店内の灯りがついた気がした・・・。

「そこまでだ」

 男の声がした。ボクはハッとして目を開け唇を離す。

「禹哲・・・」

 莉莉の唇がそうつぶやく。

 え!? 今度は莉莉の体の上から飛び起きる。

「莉莉、託児所へ行く時間だ・・・今日は遅番だろ? 部屋に帰って準備しろ」

 禹哲は淡々とした口ぶりだ。莉莉は体を起こすとボクのほうを懇願するような目でみつめた。ボクは目をそらしてしまう。

「莉莉、早く行け」

 禹哲の淡々としながらもどこか威圧的な口調に、莉莉は黙って店を出て行く。

「炎亞綸・・・なんのつもりだ」

 そう聞かれても返す言葉がみつからない。ボクだってわからない。

 成りゆきだって言える雰囲気でもない。

「答えられないか? じゃあ質問を変える。何しに来た」

「・・・ヒロが落としたピアスを・・・取りに来たんだ」

 禹哲は軽蔑したように少し目を細めると、大きくため息をついた。

「彼女、案外度胸がないんだな・・・。がっかりしたよ。彼女に伝えろ。自分で取りに来ない限り返すつもりはないってね」

「どうしてだよ! あれはヒロの大事なものなんだ! 返せよ!」

「そんなこと知らないさ。でも彼女はオレとの約束を守るためにまたここへ来る必要があるんだ。そのときでも遅くはないだろ」

「なんだよ、その約束って!」

「オレのスタイリストになるってさ。それにオレたちキスまでした仲だしね」

 嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ! 

「ヒロは・・・あんたなんかとそんなことするはずがない! 愛もないのに!」

 禹哲は笑い出す。

「炎亞綸、じゃあ聞くがオマエは莉莉のことを“愛してる”のか?」

 ・・・ボクは自分の失言に気付かされ顔が一瞬にして熱くなる。 

「愛なんてものなくてもキスなんていくらでもできるだろ? もう帰れよ。オマエは莉莉を傷つけるだけだ。どっちにしろオマエなんかには莉莉を扱えるわけがないしな」

 禹哲は捨てゼリフを言うと、店を出て行ってしまった。

 “腹わたが煮えくりかえる”ってこういうことを言うんだな。ボクは気が治まらず、思わず禹哲を追いかけていく。地下からの急な階段を上がり、外へ出ると、もう日が落ちていた。禹哲の姿は見えない。このビルにあいつは住んでいるはずだ。ビルの入り口から階段を駆け上がり、2階の廊下を見ると奥の部屋のドアが開く。ボクはとっさに身を隠す。そっと覗くと、出てきたのは禹哲と莉莉だった。

「莉莉、帰りは夜中なんだからタクシー使えよ」

「あのね禹哲・・・さっきのこと・・・」

「聞きたくない」

「禹哲、聞いて!」

「遅刻するぞ。行けよ」

 ボクはそれだけ聞くと、階段を駆け下りる。

 

 なんなんだよ、今の! あの二人、一緒に住んでる!?

 ビルを飛び出し、ボクは路地を走り抜ける。

 

 向かい風は冷たくて、ボクの頭を冷やすには充分すぎるほどだった。

第16話「出口なき迷宮」~亞綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

|

« 飛輪海小説『ステップアップ!』第14話~東雪篇 | トップページ | 飛輪海小説『ステップアップ!』第16話~亞綸篇 »

飛輪海小説『ステップアップ!』東綸篇」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 飛輪海小説『ステップアップ!』第14話~東雪篇 | トップページ | 飛輪海小説『ステップアップ!』第16話~亞綸篇 »