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飛輪海小説『ステップアップ!』第11話~東雪篇

11話「聖夜のモノローグ」~東雪篇  青:大東 ピンク:櫻雪(ユンシュエ)

「大東、こっちのほうが近いわ」 

 櫻雪は路地のほうを指差す。オレはもう少しクリスマスムードの街の中を歩きたかったが、そうもいかないことはよくわかっている。

 オレたちはいつの間にか三人で手をつないで歩いていた。偉偉(ウェイウェイ)を真ん中にして。欲を言えば櫻雪と手をつなぎたかったが。

「大東オンブしてよ~ ボク疲れちゃった・・・」

「よし!」

 オレは偉偉を背負うと、その分櫻雪に近づいてみる。そして互いの腕が触れるか触れないかくらいの距離で歩き出す。

「わーい! 楽チンだ~!」

「ありがとう大東。重いでしょ?」

 櫻雪の言葉にドキリとする。“子持ちは荷が重い”と思っていたことを見透かされたわけじゃないよな。

「・・・これくらい平気だ」

 体力的には。・・・多分、精神的にも・・・。

       

      *         *         *

「偉偉、寝ちゃったの?」

 そう言えば偉偉のヤツまで静かになっちまったな。

「眠ったのか?」

「そうみたい。大丈夫? 寝てしまうと重いでしょ?」

「大丈夫だ」

「本当に? ムリしてない?」

「オレの鍛えた体、見たことない?」

 顔をのぞきこむと櫻雪は恥ずかしそうにうつむいた。

「なんなら見てみる?」

「もう! からかわないで!」

 楽しい時間はあっという間だ。もう櫻雪の住むビルの前に来てしまった。

 櫻雪は何も言わず先に階段をあがっていく。オレはそのあとをゆっくりついていく。どうする? このまま櫻雪の部屋にあがりこむのか?

 部屋の鍵をあけた櫻雪が、「おもちゃとか散らかっていて・・・」と言いながら先に中へ入っていく。オレは戸口で迷い続けていた。奥のほうから櫻雪が呼びかける。

「大東どうしたの? こっちの部屋にベッドがあるの。早く来て」

 なぜだかツバを飲み込む音がゴクリと鳴る。ためらいながらもスニーカーをぬいで、ゆっくりと中へ入っていく。なんでこんなにドキドキしてるんだ、オレは! ただ偉偉を寝かせに入っただけにすぎないだろうが・・・。

 隣の部屋に入ると、そこには意外すぎるくらいでかいベッドが一つ置かれていた。プロレスができそうなくらいデカイ。オレのノドは、櫻雪に聞こえるんじゃないかというほどまたゴクリと鳴った。

「大きすぎてビックリしたでしょ? 弟がリサイクルショップですごく安かったからって引越し祝いに買ってくれたの・・・昔は天蓋がついていたらしいわ」

 “天蓋”ってお姫様ベッドのカーテンつきみたいなやつか?

「でもあんまり安かったらしいから、何かイワクつきのベッドかもって心配なの・・・弟は“西太后のベッド”って勝手に呼んでるけれど、部屋のほとんどがベッドになってしまって困ってるの」

 櫻雪も意識しているのか、早口でしゃべり続ける。

「ごめんなさい大東! 重いでしょ? 早く偉偉をベッドにおろして!」

 オレは偉偉をゆっくりとベッドにおろそうとするが、偉偉がしっかりとオレのダウンをつかんでいたせいでオレはファスナーを下げて、ダウンごと偉偉をベッドにおろす。ダウンを脱ぐと、Tシャツ一枚になってしまった。

「ライブを楽しみにしてたのに・・・よく眠っていて起きる気配もないわね・・・」

 そう櫻雪は言いながらオレの脱げてしまったダウンを、偉偉の手の指をほどいて取り返してくれる。

「ボク、まだ眠たくなんかないよ~!」

 偉偉は突然目をあけ、起き上がったのだ。こいつまさか寝た振りしてたのか!?

「偉偉! 眠ってたんじゃなかったの!?

「じゃ、ボク先にお店に行ってるね~!」

 偉偉はそれだけ言うと部屋を飛び出していった。残されたオレたちは“西太后ベッド”を目の前にして唖然とするしかなかった。

 あいつ、よりにもよってこんな場所で! 

「大東、ごめんなさい! あの子ったらどうしてこんなマネ・・・後でちゃんと叱っておくわ」

「いや、別に叱るほどのことじゃ・・・」

 もしかして偉偉のやつ、二人きりになるチャンスを作ってくれたのか?

 ・・・にしてもどうすればいいんだよ。オレがとまどっているうちに、櫻雪は立ち上がり、着ていたロングコートを脱ぎ始めた。この状況で、脱ぐという行為は、たとえコートでもドキドキさせる・・・。コートを脱いだ櫻雪は、この前と同じシャツワンピースを着ていた。オレは普段と違うこの格好の櫻雪に結構そそられる。今日はずっと翻訳の仕事をしていたとか言ってたな・・・オレがそんなことを考えながら見とれていると櫻雪は顔を赤くして何か意を決したように切り出した。

「大東・・・私・・・」

 櫻雪はそう言いながらシャツワンピの胸元のボタンをはずそうとしている。

 なんなんだ、この急展開は! さすがにオレもそこまではまだ期待もしていなかったことだぞ! まだ早いだろそれは!? 心の準備が・・・なんて男のオレが言ってる場合か! オレが年下だからってリードされたくはない!

「着替えたいの! こんな部屋着でライブに行けないでしょ? 早くしないとライブが終わってしまうわ!」  

 は?・・・またオレのフライングだったか・・・ってまだその一歩手前でよかったか・・・。オレはあわてて立ち上がる。でかいベッドで狭くなっているせいで、部屋から出ようと思うと、櫻雪の横をムリにすり抜けていかなければならない。オレはかなりあせっていたせいだろう。櫻雪とすれちがった時に、板張りの床に落ちていた自分のダウンジャケットで足をすべらせてしまい、そのまま櫻雪ごと抱き合うようにしてベッドに転倒してしまった。

 私の体の上に覆いかぶさるように横たわっている大東。ドクンドクンと響いてくる心臓の音がどちらのものなのかわからない。私は息を殺すようにして身を硬くするしか、すべがなかった。倒れてきた大東を思わず支えようとしたときに、まるで抱きしめるようにして一緒に倒れこんでしまっている。大東の腕のたくましさに、息をのむ。体が密着しているから、Tシャツ一枚の大東の鍛え上げられた体が、意識しなくても伝わってくる。

 ・・・突然、数日前に強引な行動に出た大東を思い出してしまう。でも今の大東はただ足をすべらせてしまっただけ。事故のようなもの。・・・だけどキスくらいなら許してもいいかも・・・。だって今日の大東は偉偉を心配して、すぐに駆けつけてくれた。どんなに心強かったか・・・。

 キスだけなら・・・キスだったらしてもいいのに、大東ったらどうしてこういうときに限って何もしないの? 大東の顔が見えなくて、何を考えてるのかちっともわからない。 

「香りがしない・・・」

それまで黙っていた大東が耳元で何かつぶやいた。

「え?」

「いつもの香水、今日はつけてないんだな」

 大東は肘をついて上半身を持ち上げ、私の顔を見ながら不思議そうな表情をしている。私の香水のことまで気付いてるなんて・・・。 

「・・・今日は朝からずと翻訳の仕事をしてたからつけてないの・・・」

「そうなのか・・・」

 目の前にある大東の唇の動きをじっと見てしまう。大東の唇ってすごくセクシーなのね・・・キスしたらどんな感じなのかな・・・私がこの前あんなことを言ったから、もしかして警戒している?

“子供みたい”“あせらないで”・・・あんなこと言わなければよかった・・・。大東、どうして今日はそんなに冷静なの? もうキスしたくないの?

 目が合うと大東は「ごめん」っと照れくさそうに言い、急いで私の体の上から反転するように横へ体をどかせる。

 私も上半身を起こし、めくれあがったシャツワンピのすそをあわてて直しながら横座りする。

「どうして香水を気にするの?」

 なんでもないふりをしながらも、目が合わせられない。私ったらあんなこと考えてたなんて。

「初めて会ったときから気になってたんだ・・・なんか落ち着く香りというか、懐かしいっていうか・・・」

「大東も?」

「ん?」

「私にとっても、懐かしくて落ち着く香りなの。その香水、父が若い頃に母に贈ったもので、母が気に入ってつけていたものだから。母の形見なの」

「形見? おふくろさん、亡くなったのか」

「両親を一緒に亡くしてるの。もう15年も前のことよ」

「15年? 弟はまだ小さかったんじゃないか?」

「ええ・・・10歳だったわ・・・」

 大東にどこまで話していいのかわからない。両親の事故死から、私たちの生活は一変した。元々傾きかかっていた父の会社は倒産し、莫大な借金を父の親友が肩代わりしてくれた。そして高校生だった私だけ引き取られ、大学まで通わせてもらったのに、禹哲(ユージャ)は施設で育ち、大学へ行けなかったことが、私の中でずっとわだかまりになっていた。

 

 ただのお嬢様かと思っていたが、それだけじゃなかったんだ。櫻雪の様子を見ていると、それ以上は聞いてはいけない気がした。それに、この前禹哲が妙なことを言っていたのが気になる。

“姉貴は本当の恋愛を経験しないまま結婚しちまったんだ。オレのために”・・・禹哲はそう言っていた。

 オレがそんなことを考えていると、櫻雪はベッドの横にあるドレッサーから小瓶を取ると、手首に吹きつけ、両手首をこすり合わせるようにしてから、今度はその手首を首すじに軽く押し付けた。そのしぐさがあんまり色っぽくて、またノドがゴクリと鳴りそうだ。櫻雪からあの香りが立ちのぼる。オレは頭がぼーっとして酔ったかのように彼女をみつめてしまう。そんなオレに気づいたのか、櫻雪は頬を紅潮させ急にあれこれ話し始める。

「ほら見て。もうこの香水、あと少ししか残ってないの」

 彼女が目の前に差し出した小瓶を覗き込むと、数ミリほどしか入っていないのがわかる。

「だからなるべく大事なときにしかつけないようにしてるの。私のお守りみたいなものだから。父がプロポーズするときに母に贈ったもので“Moon”っていう名前らしいの。捜したんだけど今はどこにも売ってないみたい。でも働くのが初めてで緊張してたから、頑張らなきゃって休みの日以外は毎日つけてたからこんなに減ってしまって・・・」

 早口で一生懸命しゃべり続ける櫻雪を可愛いと思った。それにいつもにも増して・・・

「きれいだ・・・」

 彼女の手から小ビンがするりと落ちる。オレは心に思ったことを、いつの間にか口にしていた。彼女はさらに頬を紅潮させる。オレまで顔に血がのぼる。

「あ、えっと、違うんだ、いやこの香水のビンがさ・・・」

 オレは何を言い訳してるんだ。男らしさのかけらもない。さっきからいい大人がベッドの上で何をやってんだか。

“子供じゃないんだから”・・・櫻雪の言葉がよみがえる・・・そうだ、オレは子供じゃない! あせっているわけでもない!

「オレは・・・」

 そう言いかけたときだった。櫻雪の細い腕が伸びてきて、オレの腕に触れた。

「ここのところ、すりむけて赤くなってる・・・ちょっと血が滲んでるわ・・・」

 どうやら倒れたときに、天蓋の名残りの柱に腕をぶつけたようだ。だが痛みは感じない。それよりも櫻雪のひんやりとした細い指が触れていることがオレの欲望をかきたてる。

「Tシャツの袖に血がついてる・・・すぐに洗えば落ちるわ。脱いで!」

「は!? 今ここでか?」

「偉偉がよくケガして血を付けちゃうから慣れてるの。大東早く!」

 オレは言われるがままにTシャツを急いで脱いで櫻雪に差し出すと、それを掴みとった彼女は部屋から出ていってしまう。オレは唖然として彼女が戻るのを待つしかなかった。

 櫻雪はしばらくすると絆創膏とTシャツを持って戻ってきたが、上半身裸のオレを目の前にして、いっそう紅潮した顔でベッドの前で立ち止まっていた。

 年上の櫻雪の純情さがあまりに可愛すぎて、顔が緩みそうになる。それまでのオレの気負いがどこかへ吹き飛んだようだ。

「その絆創膏、偉偉にするみたいにオレにも貼ってくれるんだろ?」

 大東の言葉にハッとなる。いやだ、私ったら・・・。それをごまかすように、平静を装いながら大東のそばに座り、偉偉にやってあげるように、すりむけた傷口に息をフーフーと二度吹きかけてから絆創膏を貼る。彼の上半身が視界に入るから落ち着かない。彼は「サンキュ」と私の耳元で囁くと私の髪を触り始めた。

「キレイな髪だな・・・どうしていつも結んでる?」

 髪を触られると体の力が抜けそうになり、言葉も浮かばない。この先どうなってしまうのかを考えるだけで体が熱くなった。

「もうTシャツ着ていいかな? けっこう寒いんだけど」

 私は耳を疑った。今度は顔だけが急に熱くなる。私ったら一人で何を想像してたの!

「オレ、先に店に行ってるから着替えてから来いよ」

 ・・・大東はそれだけ言うと、Tシャツを着てあっさりと部屋から出て行ってしまった。

 もう訳がわからないでいた。大東の行動にはいつも驚かされるけど、今の大東には本当に拍子抜けだ。

 彼の気持ちがわからない。私のために駆けつけてくれたのは、単なる人道的なものだったの? 

 こんなふうに二人きりになっても、大東にとってはなんでもないことだった?

 急に自信がなくなってくる。この前みたいに、やっぱり私みたいな面倒な女に関わらないほうがいいと思い直したのかも・・・。

 ・・・ううん、大東はそんな人じゃない。出会ってから間もないけれど、私たちは深く関わってきたからわかってるつもりだ。

 

 だけど、やっぱり自信がない・・・。

第12話「聖夜の奇跡」~東綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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