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飛輪海小説『ステップアップ!』第7話~東雪篇

第7話「櫻雪と呉尊、大東の矛盾」~東雪篇 

                 青:大東  ピンク:櫻雪(ユンシュエ)

頭が痛い・・・。飲みすぎたか・・・。昨夜は飲まずにはいられなかった。なんだったんだ、昨日って一日は! オレにとって生涯で一番ムダな一日だったにちがいない。この行き場のなくなった気持ちをどうすりゃいいんだ!

       *         *         *

午前中は二日酔いをかかえたままラジオ収録。午後からは行きたくもない事務所に顔を出す。昨日、うっかり撮影用の高価なアクセをつけたまま帰ってしまったから仕方がない。

地下駐車場にバイクを停めると、車の陰からいきなり何かが飛び出してきた。

「大東!」

「オマエ・・・偉偉(ウェイウェイ)?」

驚くじゃねえか!

「ボクの名前、覚えてくれたの!?」

「オマエ、また託児所を抜け出したのか?」

「そんなことより大東! 大変なんだよ! ママが!」

 ママ? 櫻雪(ユンシュエ)か!?

「ママがどうした? 何があった!?」

 全力疾走したくらいにオレの心臓が鼓動する。櫻雪の身に何が起きたんだ!

「ママを知ってるんだよね? ボクのママ、きれいでしょ?」

「ああ、すごくきれいだ! それでママがいったいどうした!?」

「ママが阿光(アーグァン)に連れてかれちゃうよ! 大東!」

は?・・・阿光って呉尊のことだよな・・・。連れてかれるって、どこにだ?

「ママ、昨日阿光のことばかり褒めるんだもん! 阿光はホントはいい人だって! ママは阿光にだまされてるんだ! 前からママはそうなんだ! きっと好きなんだよ! ボクは大東ならいいけど、阿光はこわいからやだよ!」

「・・・・」

 昨日のその会話の一部始終を聞いていたオレとしては、再度蒸し返されて複雑な思いだ。

「偉偉、あのな・・・」

 こんな子供に「あれはドラマで作り事だから心配ない」とは言っていいものなのかどうなのか・・・。

 それに、櫻雪が呉尊に好意を持っていることがさらに明白になったわけだ。

 いや、待てよ・・・。

「おい偉偉、オマエのパパはどうした? ママを守るのはパパだろ、普通」 

「パパとママはリコンしたんだ! それにあんなのパパじゃない! ママを泣かせるヤツなんてボクが許さないんだ!」

 泣かせる? カフェで会っていた男が父親か。じゃあ櫻雪は一応独身ってことなのか!?

「パパは“シンケン”ってのがほしいんだって。禹哲(ユージャ)兄ちゃんがこっそり教えてくれたんだ。パパよりお金持ちの人がボクのパパになってくれれば、ボクはずっとママと一緒にいられるみたい。でも阿光はいやだ! ねえ大東助けてよ! ママを阿光とパパから守ってよ! ボクは大東がいいんだよ!」

 つまり、呉尊に向いている櫻雪の気持ちをオレに向けさせろってことなのか? そんなことを可能にできるほど、今のオレに、呉尊以上に誇れるものは何もない気がする。第一、オレにコブ付きは荷が重過ぎる。

それに、別れた旦那との裁判沙汰まで抱えてるみたいだ。

相手は子供だ、適当にあしらえばいいさ。

「わかった。呉尊が・・・阿光がママに近づかないように見張っててやるからもう帰れ。先生たちが心配するだろ」

 それまで口を真一文字に結んで必死な顔をしていた偉偉の表情が緩んでいく。

「うん! ありがとう大東! やっぱり大東はすごいよ!」

「そ、そうか?」

「ね、ママにはこのこと内緒だからね」

 偉偉はそう小声で囁く。こんな時、父親ならこの前の若い男みたいに、子供と同じ目線までしゃがんで、頭の上に手をポンっとのせて・・・ってそんなマネ、オレには出来ない。それにしてもあの男は誰だったんだ? 確かユージャとかいう・・・

「じゃあね大東! また来るね!」

「え? あ、おい!」

 偉偉は猛ダッシュで帰っていってしまった。オレが聞きたかったことは消化不良のままとなった・・・。

 昨日の痛手が消えぬ間に、今日の新たな展開・・・オレの頭も心も整理が追いつきやしない!

 偉偉とあんな約束しちまったけど、いったいどうすればいいんだ! 櫻雪が呉尊のことを、マジで好きなんだとしたら? 呉尊だって櫻雪をあれだけ褒めてたんだからキライなわけないよな。それをオレが邪魔するのか?

 オレはそんなことを堂々巡りで悩んでいるうちに、エスカレーターで二階のフロアーまで来てしまう。そして数メートル先のエレベーターの扉が開いていることに気付く。とっさに駆け出そうかと思ったが、そのエレベーターに櫻雪が一人で載っていることに気付いたオレの心臓は鼓動を速めるものの、足は逆になぜか動かない。

 扉が閉まりかけるとき、櫻雪がそんなオレに気がついたようだった。だがそのまま扉は閉まり、オレはその場に立ち尽くしていた。

 オレには絶対にムリだ。櫻雪に全力でぶつかろうとしていた昨日のオレにはもう戻れそうもない。心と体がバラバラで、どうすればいいかわからなくなっていた。

 オレは櫻雪がいそうなスタッフルームには顔を出さずに、衣裳部屋へと直行した。だがマーキーの姿はなく、そこには呉尊が一人でコーヒーを飲みながら台本をめくっている。よりにもよって呉尊かよ・・・。

「あ、大東! マーキーならショップに行ったよ。アクセを返しにきたのか?」

「ああ、失くしたら弁償よ!っておどされてさ・・・呉尊、明日から日本だったな」

「そうなんだ・・・まだ日本語のセリフが覚えきれてないのにさ」

 呉尊の台本をのぞくと、セリフが日本語と英語の両方で書かれていた。もちろん日本語にはルビがふってある。日本のドラマに出るってのは並大抵の努力ではできないことだろうな。

「お弁当ここに一つまだ残ってるぞ、大東食べるか?」

「ああ・・・オレはいいよ。ちょっと食欲なくてさ・・・」

 昨日のショックと二日酔い、それにさっきのことが重なって、ますます食欲不振だ。

「じゃあ、ボクがもらっておくよ。帰ってから食べるからさ」

それから呉尊はトイレに行くといって衣裳部屋を出て行った。

 オレが櫻雪をきっぱり諦めるにはどうすればいいんだ? このままじゃ仕事に集中できそうにない。いっそのこと早く誰かが櫻雪をモノにしてくれればオレも諦めがつくかもしれないのに・・・。誰がだ? 呉尊か? やっぱり呉尊しかいないだろ? 呉尊は経済力も包容力も充分すぎる。櫻雪が呉尊に好意を持ってるんだから話は早い! 悪いな偉偉、許せヒロ!

 オレは思わず内線電話の受話器をとり、スタッフルームにかけていた。鼻をつまんで、

「マーキーだけど唐櫻雪いる? 今すぐ衣裳部屋に来るように言ってちょうだい」

 偽電話をかけ、受話器を置き、オレはすぐに衣装部屋を出ようとしたが、誰かがノックする。

「唐櫻雪です。入ります」

 げ!? いくらなんでも早すぎるだろ! オレはとっさに靴をぬいで手に持ち、試着室に隠れる。

「失礼します・・・・あら呉尊いないのね。お弁当、一つ残ってるけど勝手に片付けちゃってもいいかしら」

 櫻雪、呉尊は持って帰りたいらしいぞ! 呉尊がくいしん坊なのを知らないみたいだな。

 そこへ呉尊が戻ってきたようだ。

「あ、櫻雪。そのお弁当、余ってるなら貰って帰ってもいいかな?」

「ええもちろん」

二人きりにしてやろうと思ったのに、なんでオレまでがこの場にいなけりゃいけないんだよ!

「あれ? 大東は? さっきまでいたんだけどな。会わなかった?」

「いいえ、私は会ってないわ」

「あいつ、すぐに戻ると思うから少し待ってみる?」

「え? 大東を? どうして?」

 櫻雪のそのリアクション、ビミョーに傷つくな・・・。それよりオレがもう戻らないことをメールしておかないといい雰囲気になりづらいか・・・“用があるから帰ったからな。あとはごゆっくり”っと・・・送信!

 呉尊の携帯が鳴り響く。

「ん? 大東からだ・・・“用があるから帰ったからな。あとはごゆっくり”? わざわざこんなメール、なんかヘンだな・・・」

 いつになくするどいな! そんなにヘンか?

 すると次は内線電話が鳴り、呉尊が受話器をとったようだ。

「もしもし。・・・え? うん櫻雪ならここにいるけど。・・・マーキーが?・・・OK」

 やばい! さっきオレのかけた偽電話を受けたスタッフからか・・・。

「おかしいな・・・」

「どうしたの? 誰か私を捜してるの?」

「マーキーがね。でもマーキーはもう一時間くらい前に出かけていて、しばらく戻らないはずだから・・・」

 呉尊はそう言ってからしばらく黙り込む。何を考えてる? まさかバレてないよな?

「櫻雪、Could you help me?  I want to practice this scenario. I want you to perform Taiwanese's lover's post. OK?

「え? ええOK!  If it is good in me・・・」

 は? 急に英語でなんなんだよ!? なんて言ったんだ?

 

「今まで言えなかったけど、ボクはずっとキミだけを見てきたんだ・・・」

 何!? 呉尊、突然すぎるぞ! それに昨日会ったばかりだろ!?

「・・・本当に? 私もよ。ずっとあなただけだった・・・」

 やっぱり呉尊のことを好きだったのか!?

「ボクが日本へ行ってしまっても、待っていてくれるか?」

 おい、大げさすぎるだろ。たった二週間だぞ!

「私の気持ちは永遠にあなただけのものよ・・・」

 櫻雪・・・そんなに本気だったのか・・・ 

「キミを抱きしめたい・・・」

 嘘だろまさか、こんな急展開ってありかよ!? 

オレは耐え切れず試着室のカーテンのすきまからのぞき見ると、ちょうど呉尊が櫻雪を抱きしめようと腕を伸ばして・・・

 呉尊がゆっくりと私の腰に腕をまわした。私の心臓はもう早鐘がこわれるんじゃないかと思うほどだ。見上げると呉尊の瞳があまりにもまっすぐに私をみつめてくるから体の力が抜けそうになる。だって、こんなにきれいな顔した人に、抱きしめられて、みつめられてるんだもの、なんだか信じられない・・・。そんな私の体を呉尊はしっかりと抱きしめ支えてくれている。

 えっと・・・この後は・・・もしかしてキス? 私、どうすればいいの? このまま本当に呉尊とキスしてしまうの? 昨日出会ったばかりなのに? 

 私がうつむくと、呉尊は人差し指と親指で、私のあごを軽く持ち上げる。こんなキス、ドラマでしか見たことない・・・それから呉尊は、少し頭を傾けるようにしながら少しずつ顔を近づけてくる・・・呉尊の唇がゆっくりと私の唇に・・・私は思わずギュッと目をつぶった・・・大東!

・・・私が無意識にそう心で叫んだときだった。

「やめろーーー!」

 私のうしろから誰かの叫び声と共に、ブチブチブチっというすさまじい音がして、寸前のところで呉尊がキスをやめたのだ。

 私が振り返ると、そこには大東が呆然として立ちすくんでいた。

 手には試着室のカーテンが握られていた。そのカーテンは引きちぎられた後のようで、カーテンレールは曲がり、半分がぶら下がった形になっていた。

 どうして大東がここに? どうしてカーテンを持って立ってるの? 「やめろ」って叫んだのは大東なの? どうして・・・何が起こったかのかよくわからず頭が混乱する。

 こんな状況でも、なぜか呉尊は落ち着いている。まるですべてお見通しと言わんばかりだ。そして私にニッコリと微笑みかけてから、ゆっくりと私から体を離し、大東に向かって言った。

「大東、のぞきとは悪趣味だな。どういうつもりだ?」

 大東は口をパクパクさせ、何かを言おうとしたみたいだったけれど、言葉にならないようだった。

 呉尊は振り返り、私に平然とした口ぶりで話しかけてくる。

「櫻雪、キミの演技力には驚いたよ。何か演技の経験でもあるみたいだね?」

「いえ・・・そんな大したことはやってなかったわ・・・ただ高校のとき、演劇部だっただけで・・・」

「やっぱりね。明日、日本にたつ前に、空港で今のシーンの撮影があるんだ。櫻雪のおかげでイメージが沸いてきた。助かったよ、ありがとう」

「そんな・・・」

 私は手に持っていた台本を呉尊に返す。呉尊演じる台湾人スナイパーが、日本へ旅立つ前に愛する女性に思いを伝えるシーンだった。

呉尊が感謝してくれて、とっても嬉しいけれど、大東に見られていた恥ずかしさが先にたつ。

大東は私たちの話を聞きながら、まだ呆然としたままだった。

「大東、オマエいったい何を考えてる。ボクと櫻雪をくっつけてなんのメリットがあるんだ? どういう了見だ」

え? 大東がそんなことを? どうして?

「そのくせ肝心なところで邪魔だてして、馬鹿にもほどがあるな」

「うるさい・・・」

 大東はやっとそれだけ言うとまた黙って横を向いてしまった。

 

私は大東という人がわからなくなってきた。知り合ってまだたったの3日なのだからわからなくて当たり前だけれど、昨日の彼と今日の彼が、あまりに違いすぎて・・・。

 昨日の大東は、すべて私の思い違いだったのかもしれない。昨日、私がカメラマンのサポートや雑務をこなしているときに、彼からの視線をすごく感じていた。目が合いそうになるたびに、あわてて目をそらしていた大東。あれは私の勘違いだったの?

 それにあのとき・・・私が飲み物を渡そうとしたあのとき・・・私の手をつかんだときの大東の表情が忘れられない。そして抱きしめられるんじゃないかって思ったあの瞬間を思い返すたびにまた胸がキュンとなる。

 私のことを何か心配してくれているのも伝わっていた。きっと別れた夫とのカフェでのやりとりを見られていたんだと思う。

 それなのに、さっきのエレベーターでも、大東は私に気がついたように見えたけど、まるで避けるように足が止まっていた。あれは気のせいじゃなかったのね。

 でもどうして急に私と呉尊を取り持とうなんて考えたの?

「大東、ここで二人で話すといいよ。ボクはもう帰って、明日からの日本行きの準備でもするから。   じゃあ櫻雪、さっきは本当にありがとう」

 呉尊はそう言うと衣裳部屋を出て行ってしまった。

 残された私たちはどうすればいいの? 二人きりにされても、何を話せばいいのかわからない・・・。

 私がバツ一で子供がいて、元夫と親権を争っていることを告白すればいいの? そんなことを大東に話さないといけないの? 私たち、そんな話をするような関係じゃないのに。

 大東みたいな人気者が私なんかを相手にするはずなんてない。弟が週刊誌の受け売りで言ってたように、“共演者キラー”でその場限りのゲーム感覚な恋愛しかしない人には思えないけれど、私とは住む世界が違うということだけはわかってる。

 でも、この前、明日香(ミン・リーシャン)の脚本をポロポロと涙をこぼしながら読んでいた大東を思い出すと、また私の胸はキュンとなる。

 この気持ちがなんなのかわからないけど、今の私は偉偉を守ることだけを考えて生きていかないといけないはずだ。

 二人で何を話せっていうんだ! どっちにしろ櫻雪は呉尊のほうに好意を持ってるんじゃないのか? オレ一人がどうあがいたってどうしようもないだろうが!

 櫻雪の様子を伺うと、うつむいていてよく表情が読めない。きれいな横顔・・・口元にホクロがあることに今初めて気がついた。

 急に彼女が顔を上げ、オレを涼やかな眼差しでみつめた。

「大東・・・、私たちに話し合うことなんて何もないはずよね?」

 櫻雪・・・。彼女の落ち着き払った、それでいて何か決意を持った口調に、それまで空回りしっぱなしだったオレの脳みそと心臓までもが冷めていく。

「そうだな・・・。何もない。 ・・・・悪かった、ヘンなことに巻き込んで・・・」

そのとき、ちょうどマーキーが戻ってきた。これをグッドタイミングというんだろうか。

「あら大東、アクセをちゃんと返しにきてくれたのね~。今度から気をつけてちょうだいね!」 

「ああ、すまなかった」

「あら? あたしのお弁当は? 一つとっておいたはずよ」

「え? あの・・・」

「呉尊ね! あの子ったらもう!」

オレはマーキーが騒いでいるのに乗じて、何も言わずに衣裳部屋を出た。櫻雪に別れの言葉を言わずに済んだことにホッとしながら・・・。

第8話「偉偉の功名」~東雪篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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