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飛輪海小説『ステップアップ!』第6話~大東篇

第6話「天国と地獄」~大東篇

 今日は事務所に集まってから撮影場所に向かうことになっている。エスカレーターで二階へ上がると、エレベーターに唐櫻雪(タン・ユンシュエ)が一人で乗り込むのが目に入る。滑り込みセーフでギリギリ飛び込むオレに、彼女は驚いている。

「・・・おはよう!」

「おはようございます・・・」

 彼女は気まずい様子だ。

「あの・・・昨日・・・」

「あ、わかってる、誰にも見たことは言わないから」

「え? ・・・あの・・・サインをありがとうございました」

 あ、そっちのことか。彼女はさらに気まずい表情だ。しまった、オレ何やってんだ。言わなくていいことをわざわざ・・・。

7階について扉が開くと、唐櫻雪は会釈して逃げるように、先にスタッフルームへ入って行った。

 あの香りを残して。

「大東、おはよう。これで三人とも揃ったわね。櫻雪、今日は私と一緒に撮影についてきて。今日のカメラマン、香港在住のイギリス人なのよ。英語しか話せないらしいわ」

 え? ヤンさん、まじか?

「ヤンさん、5時までには戻れますか?」

「そうね・・・大丈夫だと思うわ。三人の頑張りによるけれど」

「櫻雪、ボクは頑張るからね!」

 亞綸、調子のいいやつめ! 唐櫻雪、今日も5時あがりか? またあの男と会うためじゃないよな・・・。

「呉尊です。よろしく」

「唐櫻雪です。よろしくお願いします」

 

唐櫻雪と呉尊は、移動用のバンに乗ってからもずっと二人で話しこんでいた。オレの入る隙なんてない。波長が合うのか? やけに楽しそうに見える。話している内容は大したものじゃない。どこどこのレストランがおいしかったとか、クラムチャウダーならあの店だとか、裏メニューのハンバーグがおいしい隠れ家的焼肉屋がどこにあるとか、今まで観た映画で何が好きだとか、大半がグルメの情報交換だった。だが、オレが一生懸命聞き耳たててるのに、亞綸がやけに話しかけてくるせいで、聞き取れやしない。

「ねえ大東! 聞いてるの!」

「あ?」

「だからさぁ! 昨日は何時まで亦儒のとこにいたのってさっきから聞いてるだろ!」

「さぁ・・・何時だっけか?」

「もういいよ!」

 なんだよ亞綸のヤツ。

「ねえ呉尊! 亦儒のマンションに何時までいたんだよ」

「う~ん・・・9時すぎだったかな。阿布(アブー)も誘ってほしかったのか?」

「9時すぎ? ボクが送って行ったのが9時半だから・・・な~んだ、心配して損したよ」

 コイツさっきから何を言ってんだか。

 スタジオで撮影が始まっても、呉尊は自分の撮影時間以外はたいてい唐櫻雪のそばに行って談笑していた。唐櫻雪が唯一オレのそばにいるのは、カメラマンとオレの通訳をするときくらいだった。呉尊と亞綸は通訳なしでもいけるが、オレはそうはいかない。このカメラマン、いちいち注文が細かいんだよ! 表現も比喩が多くて訳がわかんねえ。そんなカメラマンの執拗な注文を、唐櫻雪は丁寧に通訳してくれていた。

「大東、“人質から解放されたときの心境を表現して”」

 そんな経験あるわけないだろ! 心なしか唐櫻雪も笑い混じりだったような・・・。

「大東、“寒さに震える子犬を抱くように”って・・・」

 ん? こ、こうか?

「大東、“成就しなかった昔の恋を思い出すような表情で”」

 “成就しなかった昔の恋”・・・阿明・・・。

「OK!」

カメラマンの声で我にかえる。無意識のうちに撮られていた。どんな表情をしていたのか自分でもわからない。カメラマンの満足そうな表情。唐櫻雪は緊張感から解放されたからか、泣きそうな笑顔だった。始めのうちは彼女も撮影の雰囲気に慣れてないせいか、堅くなっていたが、途中から絶妙なタイミングで聞こえてくる彼女の澄んだ声に、オレは操られていてような感じがした。

今も耳にのこっている彼女の「大東」と呼ぶ声・・・。彼女がオレのためだけに通訳してくれていることに、妙な興奮を覚えた。

「お疲れ様でした!」

 唐櫻雪がタオルと飲み物を差し出す。高揚した様子の彼女の香りにクラっとしそうになる。

「わたし、ちゃんと通訳できてた? あなたの役にたててた!?」

「あぁ、もちろん・・・」

「本当に!? わたし今までアルバイトもしたことなくて・・・。こんなわたしでも、誰かの役にたてるのね! 仕事をするって、充実感があって素晴らしいわ!」 

オレの心臓がバクバクいっている。見た目はクールビューティーなのに、まるで少女のようにはしゃいでいる唐櫻雪。自分で自分をコントロールできない。オレの手は、彼女の手をつかむと同時に引き寄せていた。

「きゃっ!」

「なにやってんの!」

 マーキーが血相をかえて飛んでくる。気付くとオレの衣装はこぼれたジュースがかかっていた。唐櫻雪は持っていたタオルで、懸命にオレの衣装を拭いてくれている。マーキーがヒステリックに叫ぶ。

「もう! 気をつけてくれなくっちゃ! まだスリーショットの撮影が済んでないのよ~!」

「マーキーさん、すみません。わたしがちゃんと渡さなかったから・・・」

「いや、オレの不注意だ・・・」

 今日も最悪だ・・・オレって、彼女の前でかっこ悪いところばっかだ・・・。

      *          *          *

「大東、彼女がんばってるよな」

 呉尊が意味ありげな口ぶりで笑っている。亞綸の撮影中、オレが彼女の仕事ぶりを目で追っているのを気付かれたか?

「さあな・・・」

 とオレは彼女から目をそらす。

「大東、彼女の趣味とか知りたくないか?」

「言いたいなら言えばいいだろ」

 正直彼女の情報ならなんだって知りたい状況だ。

「なんだよ、誰のために情報収集したと思ってるんだ?」

 ・・・そういうことだったのか。呉尊、やっぱ、いいヤツだな。

「彼女は映画と小説が好きみたいだ。映画はなんでも観るらしいが、作家は誰のファンだと思う?」

 呉尊はもったいぶって聞いてくるがそれくらいは知っている。

「アミ・・・明日香(ミン・リーシャン)だろ」

「なんだ、昨日知りあったばかりのわりには情報通だな。つまり、おまえと彼女は“阿明つながり”ってことだな」

 やめてくれ、ここで阿明のことを引き合いにだすのは。

「食べ物は和食が好きみたいだぞ」

「あぁ、日本生まれの日本育ちだからな」

「大東、本当によく知ってるな。でも最近よく行く店はスカイラークとかのファミレスみたいだ」

 お嬢様だけど庶民的な店にも行くってことか。なんか安心したな。オレは高級レストランは苦手だからな。それよりも・・・

「で呉尊・・・年齢は?」

「ん・・・年齢か?」

「なんだ、聞いてないのか?」

「女性に年齢は聞けないだろ、普通」

 そりゃそうだ。

「でも大東・・・多分・・・多分だけどな」

「なんだよ、早く言えよ!」

「・・・ボクより二つ上だ」

 呉尊より二つ上? ・・・二つ下の間違いじゃないのか? 

「呉尊、二つ上ってことはないだろ!」

「いや・・・多分だからな。ボクが高校一年の時に観た映画を、彼女は高校三年の時に観てるんだよ」

 呉尊は31歳だろ。・・・ということは唐櫻雪は33歳ってことになる・・・。いくらなんでもそれはないだろ! オレより四つ上ってことになるぞ!

「大東、彼女は何歳だろうが魅力的だろ? 年齢なんか関係ないよな! おまえがそんなことにこだわるヤツじゃないのはわかってるぞ」

「あ、当たり前だろ!」

 そうは言ったものの、多少の動揺はある。25歳ぐらいだと踏んでただけに・・・。じゃあ、昨日の中年男はもしかして・・・

「まさか結婚してるとか・・・」

「それはないだろ、指輪はしてなかったから」

 そうだよな、よかった・・・いや、よくないぞ! 33歳で不倫なんて、先が見えなさすぎるぞ! やっぱりオレが彼女を救うべきだろ? オレのテンションは上がり続ける。こんなふうに気持ちが高揚するのは久しぶりだ。オレはまだ恋愛できるのか? 今、オレはまた恋をしてるのか? 

 

 唐櫻雪の姿をみつけた。よしっ!  

「唐櫻雪!」

 オレはカメラマンやスタッフのドリンクを準備している唐櫻雪に声をかけた。彼女の名前を呼ぶのは始めてだ。

「さっきは本当にすまなかった・・・オレのせいでアンタまで叱られて・・・」

「いえ・・・そんな・・・わたしこそ・・・」

 彼女はうつむいて、それだけ言うと黙ってしまった。もしかしてオレが抱きしめようとしたことに気がついたのか? 心なしか、彼女の顔が赤い気がする・・・。

あ・・・まつ毛、長いんだな・・・年上になんて全然見えない・・・ってみとれてる場合じゃない。勢いのあるうちに言うべきことは言わないと。もうあの男に逢わせたくないんだろ!

「あのさ、もし悩みがあるんだったら、オレなんかで・・・」

「大東!」

 なんだよ炎亞綸! いつもタイミングの悪いやつだな。邪魔するなよ!

「撮影場所変えるってさ! ここの屋上って緑化してあるらしくってそこに移動だって! ほら急いでよ!」

 オレっていつも肝心なところで邪魔が入るんだな・・・。

      *          *          *

撮影が少し長引き、事務所に帰り着いたのは5時半すぎだった。結局あれから二人きりになれるチャンスはなく、唐櫻雪は一旦7階まであがり、タイムカードを押すと、挨拶もそこそこに帰っていった。

オレは彼女のことがどうしても気になって、やってはいけないことと知りつつも、ダウンジャケットのフードを深くかぶり、彼女をつけることにした。尾行なんて生まれて初めての経験だ。

彼女は昨日のカフェとは逆方向に走っていく。彼女の長い束ねた髪がサラサラと揺れ、鳴り響くハイヒールの靴音。彼女が角を曲がる。十メートルほど離れての尾行だ。ここで見失ったら意味がない。オレも急いで角を曲がる。

 彼女の姿がない・・・。どこかの建物に入ったとしか考えられない。だけど、そこにある建物といったらただ一つ・・・。

「エンジェル託児所?・・・」

 託児所といったら、子供を預ける場所に他ならない。

 オレが呆然と立ち尽くしていると、彼女の凛として澄んだ声が中から聞こえてくる。とっさに電信柱に身を隠す。

「先生、ありがとうございました」

「先生、さようなら!」

「さようなら偉偉(ウェイウェイ)

 偉偉? 昨日のボウズか!? なんで唐櫻雪と? まさか・・・。 オレは尾行を続ける。

「ねえ、今日も大東に会えた?」

 いきなりオレの話題かよ。このボウズ本当にオレのファンなんだな。

「え? ・・・会えたわよ。今日は一緒に仕事したの」

「すごい! すごい!」

「それより、今日は呉尊に初めて会えたのよ」

 “それより”って・・・慌てて話題変えたのが呉尊の話か?

「呉尊って阿光(アーグァン)? ボク、阿光には会いたくないよ。怖くなかった?」

「ううん、本当の阿光はとってもいい人だったわよ」

「ふ~ん、本当はいい人なんだ・・・。イケメンだから?」

「そうね~近くで見ても、びっくりするくらいイケメンだったわよ」

 呉尊の話題はもう充分だ。

「でもボクは大東のほうがイケメンだと思うよ! サインくれたもん」

 こいつ、“イケメン”の意味わかってんのか? ん? サイン?  

「そうね、サインくれたからイケメンよね」

「うん! ボクの一生の宝物だよ!」

 昨日のサインは、このボウズのためだったってことか?

「偉偉、夕飯何が食べたい?」

「スカイラークのハンバーグ!」

「ん~それはこの前食べたでしょ? 外食は月に一度って決めたよね? 今夜はおうちで食べようか」

「じゃあ、麻婆豆腐! ママの麻婆豆腐おいしいもん!

「本当に? ママ、嬉しいからたくさん作っちゃう!」

・・・ママ・・・? まさかの予感的中ってことか? 33歳、子持ち、既婚!?  

「やったあ! ね! 禹哲(ユージャ)兄ちゃんと莉莉(リーリー)姉ちゃんもよぼうよ!」

禹哲兄ちゃんでも莉莉姉ちゃんでも、勝手によんでくれ・・・。オレの足は止まり、尾行終了。

オレはいったい何やってんだ・・・。一日で天国と地獄を味わった気分だ。

第7話「櫻雪と呉尊、大東の矛盾」~東雪篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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