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飛輪海小説『ステップアップ!』第4話~大東篇

第4話「偉偉の笑顔、櫻雪の涙」~大東篇

 唐櫻雪(タン・ユンシュエ)は英語と日本語堪能な才色兼備のお嬢様なのか? いやいや、別にタイプでもないし、コンプレックスだって感じる必要なんてないさ。 

 それにしてもなんで彼女みたいなコがこの事務所の受付なんてやる必要があるのか? 金持ちのきまぐれか? それとも社会勉強の一環か?

 ちっとも台本を読み進めやしない。もう唐櫻雪のことは忘れろ! 

 オレは明日香(ミン・リーシャン)の原作を実はまだ読んでない。映画が決まった頃はドラマの撮影中で、その役に没頭していたからだ。それに、もともとオレは明日香の小説を読むことを避けていたせいもある。明日香=阿明(アミン)・・・どうしてもその公式がある以上、阿明の心のうちを覗き見るような気がして、なんとなく気がひけるからだ。

        *         *         *

 何だよ・・・涙が止まらない・・・。台本読んで泣いたのはこれが初めてだ。本当にオレはこの父親を演じなきゃいけないのか? このオレが? できるのか? 父親の気持ちなんて経験ないし、父さんに聞くことも、もう出来ないってのに・・・。

「あの、失礼します・・・あっ・・・」

 うわっ唐櫻雪! 号泣してるところを見られちまった! ボックスティッシュを探すが見当たらない。

「どうぞ」

 ポケットティッシュを差し出す彼女・・・。最悪だ。このオレのどこが“クール”だよ・・・。

「サンキュ・・・」

 仕方なく受け取り、鼻をかむ。

「やっぱり台本も泣けちゃうんですね。映画もすごく楽しみになってきました」

 おいおいオレにプレッシャーかけるなよ。

「あの・・・一つお願いしてもいいですか?」

「え?」

「午前中に“オレにできることがあったら言ってくれ”っておっしゃたでしょ?」

 聞こえてたのか。亞綸でなくオレに“お願い”ってなんだ?

「ああ、何?」

 内心嬉しかったのにクールを装うオレ。 

「サインいただいてもいいですか?」

 サイン?

「誰の?」

「あなたの」

 なんだよ、やっぱりオレのファンなのか。てっきり亞綸かと思ってた。オレには興味ないって顔してたくせに、もっと早く言ってくれよ。彼女の差し出した色紙にサラサラっとサインを書いてから、“唐櫻雪へ”と付け加える。その瞬間、彼女は「あっ」と小さな声をあげた。 

「何?」

「いえ、ありがとうございます。時間なのでお先に失礼します」

唐櫻雪はオレから色紙を受け取ると、嬉しそうに色紙を抱え足早に去っていった。あの香りだけを残して・・・。

時計を見るときっかり午後五時。

つい立の隙間から、彼女がスタッフに挨拶をしてまわり、慌ただしく帰っていくのを見届ける。

お嬢様は残業する気はまったくないみたいだな。もしかしてデートか? いくらオレのファンだからって、彼氏がいないわけはない。いったいどんな男と付き合ってんだろうか・・・。

       *         *         *

地下駐車場のバイクにまたがり、フルフェイスのヘルメットをかぶる。

 唐櫻雪が帰ったからオレも帰るってわけじゃない。断じて。とりあえず台本を読み終えたからにすぎない。 

 去年、念願のバイクの免許を取り、最近ではバイクで移動することも多い。フルフェイスのヘルメットだから顔もバレないからけっこう便利だ。でも、一度ヘルメットのままコンビニに入ったら、店員に強盗と間違えかけられたこともあったけど。

そうだ、せっかく今日みたいに時間のあるうちに、亦儒のマンションに行っておくか。阿明に台本の感想伝えたいしな。それにはまず裕惠(ユーフイ)へのプレゼントだな。

バイクを発進させ、地下駐車場の出口から出ようとしたときだった。薄暗い歩道に何かが飛び出すのが一瞬目に入り、とっさにハンドルをきる。車体は斜めにかたむき、片足で地面をふんばり、なんとか横転せずにすみ、ホッと胸をなでおろす。

 

 なんだ? よく目を凝らすと、紺色のダッフルコートを着た小さな子供が呆然と立ち尽くしていた。

 あっぶねえ! 危うくガキをひくところだった・・・。注意してやろうとヘルメットを脱ぐ。

「大東だ! 大東だ! ダートンだあああ!」

 そのガキはオレの顔を見るなりそう叫び、オレの手をにぎるとブンブンと振り回した。

「汪大東! ずっと会いたかったんだよ! 今日は小雨(シャオユー)にも会えたんだよ! すごいよ! すごいよ!! ねえ龍紋鍋見せてよ~!」

 なんなんだ、この子供は・・・。もしかして大昔のドラマのことを言ってんのか? なんでこんな子供が?

「オマエ、亞綸・・・小雨にも会ったのか?」

「うん! でも莉莉(リーリー)姉ちゃんが強すぎて、小雨はボクを助けてくれなかったんだ」

 さっぱり状況がわからないが、亞綸は女に負けたわけだ。それにしても、日が落ち暗くなってきたのに、こんな小さな子供が一人でウロウロしてたら危ないだろ。親はどうした?

「ママはどこだ? 送ってってやるからさ」

「偉偉(ウェイウェイ)!」

 突然、男が現れた。父親か? オレより若く見える。しかも父親らしからぬファー付きの黒いロングコートを羽織った男だ。ピアスやアクセをジャラジャラつけた、水商売風。ホストか?

「禹哲(ユージャ)兄ちゃん!」

「オマエな~! 託児所に迎えに行ったらオマエがいないって騒ぎになったぞ! 莉莉が多分ここだろうって言うから・・・よかった、みつかって」

 “禹哲兄ちゃん”は、しゃがんで子供に目線を合わせると、頭を押さえつけるようにしてクシャクシャとなでる。父親ではないらしいが、父親ってやつはこういう行動に出るんだろうな。

「大丈夫だよ! 今度はコート着て来たからさ!」

 ガキは自慢げだ。そういう問題か?

「ほら! 大東だよ!」

 “禹哲兄ちゃん”はオレを斜にかまえてチラっと見る。

「あの、こいつがなんか迷惑かけました?」

 なんだよ、なんか偉そうだな。

「いや、別に」

 ここで文句言おうものなら、あとでどんなことを言いふらされるかわかったもんじゃない。一応人気商売だからここは穏便に済ますのが鉄則だ。

「じゃ、俺らはこのへんで。帰るぞ偉偉」

 なんか感じ悪いぞ。芸能人に会ったっていう反応はまったくなしだ。

「ええー! せっかく大東に会えたのに~!」

 そう言わずにさっさと帰ってくれ。

「じゃあ大東、またね!」

 もうこれっきりにしてくれ。満面の笑顔で手を振る偉偉にオレは一応作り笑いで手を振り返す。去っていく二人の会話が聞こえてくる。

「禹哲兄ちゃん、このことママには黙っててよ!」

「よし! 馬俊偉(マー・ジェンウェイ)! 男と男の約束だな! でも莉莉や他の先生も心配するから、もう脱走はするなよ」

「うん! わかった!」

 “男と男の約束”か・・・。オレも子供の頃、父さんとそんな約束したような気がする・・・。

       *          *          *

 オレは、事務所から程近い、女の子が欲しがりそうな雑貨がたくさん売っている店の前にバイクを停める。裕惠へのプレゼントはいつもここで買っている。つまり裕惠御用達の店だ。ヘルメットを脱ぐとすぐにニット帽をかぶり、黒縁眼鏡をかけ一応変装をする。そのとき、ふいに隣のカフェに目をやると、驚いたことにそこにはガラス越しに唐櫻雪の姿があった。見知らぬ男と一緒だ。外が暗くなっているため、明るい店内は外から丸見えだ。

 やっぱりデートだったのか・・・。男はスーツを着ていてビジネスマン風。三十代半ばには見える。ずいぶん年上の男と付き合ってるんだな・・・。

 だが唐櫻雪はまったく楽しそうじゃない。男が必死に頼んでいる風なのに、首を横に振るばかりだ。何を話してるんだ? まさか不倫相手の男から別れを切り出された? 首を横に振るってことは彼女のほうは別れる気がないってことか? 不倫なんて馬鹿なまねやめて別れるべきだろ! そんな男より、ふさわしい男はいくらだっているさ! さっさと別れちまえよ! 

 唐櫻雪が席を立つと男は彼女の腕をつかむ。その手を振り払い、唐櫻雪は店の出入り口へ向かう。店から出てきた彼女の目に光るものがあった。泣いているのか? そんなにあの男のことが好きなのか?

 あ・・・。  間の悪いことに、オレは出て来た唐櫻雪と目が合ってしまった。その距離5メートル。

 彼女は一瞬足を止め、少し何か言いたげな表情をした。うわ・・・どうすればいい? なぐさめるべきか? でもなんて? 「オレがいるだろ」って抱きしめるとか? いやいや、まだそんな段階じゃないだろ! ドラマのワンシーンじゃあるまいし・・・。 

 だけど彼女はそのまま何も言わずに走り去っていった・・・。

 ・・・オレ、何やってんだ? っていうか何も出来なかった・・・。

だが彼女もさっきサインをもらったばかりのオレに見られて気まずかったにちがいない。 

今日はおかしな日だ。お互いに見られたくないようなシチュエーションの涙を見られてしまった。

オレは気もそぞろながら、裕惠御用達の店でプレゼントを買う。クマのぬいぐるみだ。

それにしてもなんなんだ、このモヤモヤ感は? 唐櫻雪に男がいたからか? 当たり前のことじゃないか。

だが、あんな不貞男のためなんかに涙を流した唐櫻雪のつらそうな表情が頭から離れない。どうしてだ・・・。

第5話「疑惑の亦儒」~東綸篇へつづく・・・

目次と登場人物~大東&亞綸篇

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