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飛輪海小説『ステップアップ!』第二十四話~ヒロ篇

第二十四話「最後のキス」~ヒロ篇

 披露パーティーが終わり、大東は用があると言って先に帰って行った。 きっと一人で飲みなおすに違いない。  


 控え室には、私と呉尊、亦儒とアミン、そして亞綸の五人が残っていた。

「亦儒のサプライズには本当に驚かされたよ。」

 呉尊が亦儒の胸に軽くパンチを打ち込む。


「呉尊だけ連絡つかないから困ったよ。 大東と亞綸はきのうのうちに相談できたんだけどね。」


「ボクが反対するわけないだろ。 アミン、おめでとう。 疲れたんじゃないか? 大丈夫?」


「ありがとう。 この前まで時々気分が悪くなることがあって変だなって思ってたんだけど、今は安定期に入ったみたいだから平気よ。 呉尊、忙しいのに帰国してくれたんでしょ?」


「ああ、明日にはまた大陸に戻るよ。」


「そうなの!? でも今夜はマンションに帰れるのよね?」

 私がそう聞いても呉尊は返事をしてくれない。 そしてみんなに向かってこう切り出した。


「実は、ヒロはフリーのスタイリストになることになったんだ。」

 呉尊ったら、今そんな話をしなくても・・・。


「それってもしかして林志玲が関係ある? 林志玲からオファーがあったんだね!」

 亞綸は少し興奮気味だ。


「ヒロ、すごいじゃない!」


「ヒロのセンスを林志玲も認めたんだな!」

 アミンと亦儒も手放しで喜んでくれる。


「林志玲の仕事だけじゃない。 この先たくさんのオファーがあると思うんだ。 
そうなるとヒロは事務所をやめることになる。 亞綸はそれでもいいか?」

 呉尊の問いかけに、亞綸は神妙な顔つきになる。


「うん。 ボクはヒロがやりたいことをやってほしいから、それでもいいよ。」

 亞綸・・・。 

「それから・・・。」

呉尊はそう言って一呼吸置いた。 

「ボクとヒロは婚約を解消することにしたんだ。」

 何?  呉尊、今、なんて言ったの? 


「呉尊、おまえなんの冗談だよ?」 

亦儒は冷静だった。 私もある意味冷静だった。 まるで自分のことではないような感覚で、みんなの様子を見ている余裕があった。


 隣にいたアミンは真っ青になって立ち尽くしている。 亦儒はアミンをゆっくりと椅子に座らせる。 アミンは私の腕を強くつかんで何か言いたげな瞳で私を見上げる。 私は小さな声で「大丈夫だから。」とだけ言う。


「冗談なんかじゃない。 ボクたちはお互いに別々のやるべきことがある。 それぞれの道を歩いたほうがいいってことに気がついたんだよ。 ボクはヒロにはふさわしくないし、ヒロはボクの理想の妻にはなれない。」

 呉尊、それがあなたの“決めたこと”だったの? 考えないようにしていたけれど、呉尊がこんなことを言い出すんじゃないかってどこかでわかっていた気がする。


「呉尊! なんだよそれ! ヒロがそんなこと思うわけないだろ! ヒロがどれだけ呉尊を思ってるか、ボクは知ってるんだ! いくら呉尊でも、ヒロを傷つけると、ボクが許さないぞ!」

 
 亞綸は呉尊に殴りかかりそうなくらいの勢いだ。 亦儒は二人のあいだに入るけど、口を挟む様子はなく、成り行きを見守っている。 


「呉尊はヒロが他の男と結婚しても平気なのか! ボクは呉尊だから、呉尊が相手だから諦められたのに・・・。」

 
 亞綸・・・?


「亞綸・・・ヒロを幸せにできるのはボクじゃなかったんだ。 ボクは自分のことばかりで、ヒロの幸せを考えようとしていなかったことに気がついたんだ。 ヒロをもっと理解しようとしていなかった。 亞綸のほうがボクよりヒロを幸せにできるのかもしれないな・・・。」


「バカ言うなよ! そんなわけないだろ!」

 
 亞綸はそう叫ぶと、荒々しくドアを開けて走り去っていった。

   

 私と呉尊は亦儒の配慮で、このホテルのリザーブしてあったスウィートルームで話し合うことになった。 部屋のテーブルには“陳奕儒様・呉香明様 ご結婚おめでとうごさいます”というカードが置いてあり、綺麗なフルーツ盛りが用意されていた。

「ボクはわがままだから、ヒロをずっとそばに置いておきたいと思ってしまうんだ。 仕事をしていいと、最初はものわかりのよい夫を演じながら、きっといつかはヒロを苦しめることになる・・・。 ボクにはずっとそばにいてくれるような、従順で家庭的な妻が、キミには自由を与えてくれる器の大きい男が必要なんだ。 わかってくれるね?」 

呉尊がこうと決めたら意見を変えないことを、私はよくわかっていた。 


 私を思っているからこその苦渋の決断だとも、よくわかっているつもりだけれど、冷静に私をさとす呉尊を見ていると、その自信さえもなくなってくる。

もう私を必要としていない。 もう私を愛してない。 もう私を抱きしめてもくれない。

もうキスも・・・。

  

「最後にお願いがあるの。」

 私はそう言ってから、自分で“最後”と決断した自分に少し驚いた。


「私・・・」

言葉にしてお願いすることにはためらいがあった。 でも私はもう今さらヤマトナデシコなんてイメージ、どうでもいいと覚悟を決めた。

 
 私は呉尊の肩に手をのせると、少しずつ背伸びをして、呉尊の唇にゆっくりと自分の唇を重ねた。

 
 自分の心臓の音が呉尊に聞こえるんじゃないかと思うくらいドキドキしている。 呉尊は、始めはとまどっていたと思う。 だけど振袖姿の、しかも草履で背伸びして不安定な私の体を、帯のところでしっかりと支えてくれていた。 


 そして呉尊のほうからの、堰を切ったような情熱的なキスに、私は迷うことなく応え続けた。 


今までで一番激しく、せつない呉尊のキスを一身に受け、心から思った。

呉尊が今この瞬間、私を愛してくれてなくてもいい。

たとえ、呉尊が他の人と結婚してしまってもかまわない。

そしていつか私のことを忘れてしまってもいい。

でもこの“最後のキス”だけは永遠に覚えていて欲しいって・・・

      
   第二十五話「珈琲の香り、月夜の夢」~ヒロ篇につづく・・・


   目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

   目次と登場人物~大東&亞綸篇

   目次と登場人物~SP

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