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飛輪海小説『ステップアップ!』第十九話~アミン篇

      第十九話「ヴァネスのプロポーズ、日月潭の花火」~アミン篇

 日月潭に来てから何日たったんだろう。 ペンションの食事の準備を手伝いながら、他の時間は湖畔や林の中をのんびりと散歩する毎日に、すっかり慣れきっていた。 

 
 宿泊客の若い女の子は誰もがヴァネスに関心があるみたいだった。 中にはヴァネス目当てで泊まりに来ている女の子もいるくらいだ。 

 食事の時間、ウエイターをつとめるヴァネスに対する女の子たちの熱い視線に、

「ハーイ!」とウインクや投げキッスでこたえるヴァネス。 昔のヴァネスからは想像できない。

 
 そんな話をヴァネスの妹のメロディーにしていると、ヴァネスが横やりを入れてくる。 


「ジェラシーって言うんだよ、そういうの。 大丈夫! アミンを一番愛してるよ!」

 
 ヴァネスはハグをしようと両手を大きく広げてわたしにむかってくる。 

「兄さんったら、そんな調子じゃアミンはおとせないわよ!」

 
 わたしはメロディーが経営している、台中市内のカフェに来ていた。 次の小説のことをヴァネスに話したら、自慢の4WDの車をとばして連れてきてくれたのだ。 雰囲気もよくて次回作のカフェのモデルにうってつけお店だった。 街の様子からお店の外観、内装の細部まで、いったい何十枚シャッターを切ったことだろう。 写真を撮っている間は亦儒のことも忘れて無心になれた。      

 
 そして、今まさにこのカフェに来ている女の子たちも、ヴァネスを見て色めきたっている。 タンクトップ姿のヴァネスの鍛えた体はどこへ行っても注目の的にちがいない。 

 

 この間三十歳になったばかりのヴァネス。


「まだ嫁をもらわない息子にペンションはまかせられない!」とヴァネスのお父さんはため息をついていたっけ。 


「ねえアミン、母さんがこの前電話してきたわよ! 兄さんの嫁候補が現れたって!」


「それって誰? どこに?」


「アミンのことに決まってるじゃない! 料理もできて器量よし! 言うことないって~」


「オレはいつでもOKだよ。 アミンとの約束を信じてずっと待ってたんだからさ! どうか結婚してださい!」

 
 ヴァネスが胸に左手をあて、もう片方の手を広げて大げさにプロポーズのまねごとをする。 ヴァネスの軽口にも、すっかり慣れてしまった。 いちいちむきになって相手をしていたら日が暮れてしまう。  


「それより、アミン! ジャックはちっとも別荘に来てくれなくなったわね。 やっぱり飛輪海って人気があるから忙しいのよね?」


「飛輪海? なんだそれ? ジャックとなんの関係があるんだ?」


 “ジャック”は弟のアメリカ時代の英語名だ。 弟は幼い頃、前のお父さんの仕事の都合でアメリカで暮らしていた。 

 
 弟は高校生のときや、大学に入ってからも、デビューまではよく友達と一緒に別荘に泊まりに行っていた。 食事はペンションで食べていたらしいので、ヴァネスたちと知り合っていた。 

 
 どうやらヴァネスは飛輪海を知らないみたい。  


「兄さん、ホントに知らないの? 飛輪海ってすごく人気のあるアイドルなんだから! 炎亞綸って名前、聞いたことない? ジャックったら前より断然素敵になっちゃって! あ~炎亞綸に会いた~い!」


「生意気なガキだったぞ。 “兄貴”って呼ばせてウエイターに使ってたけどな。 だけどジャックがいると泊まりに来てる女の子はみんなあいつに夢中で面白くなかったな。」


「アミンは当然一緒に住んでるんでしょ? 血の繋がらない姉弟ってどんな感じ?」

 
 メロディーは興味津々な顔で聞いてくる。 返答に困る。 なんとも思わないと言ったら嘘になるからだ。 初めて会った十二歳のころから弟はみんなが振り返るくらいの美少年だったし、わたしの高校の同級生たちがこぞってうちに遊びに来たがったくらいだ。 

 
 十年たって慣れたとはいえ、今だって弟に上半身何も着ない姿で部屋をうろうろされると、ドキドキしてしまう。 なんとも思わないふりをしているけれど・・・。  


「あのなメロディー・・・、あんなガキの一人や二人、アミンの理想からは程遠いぞ。」


「アミンの理想って?」


「もちろんオ・レ!」


「はいはい! もう勝手に言ってて! ねえ兄さん、そういえば今夜花火大会でしょ?」

 
 今度ばかりはヴァネスのナルシストな軽口に助けられたかも。


「宿泊客満室でしょ? あたしペンションの手伝いに行こうか? アミンにばかり手伝わせたら悪いもの。」


「あぁ、そうそう言い忘れてた。 いつも花火大会に泊まりに来るツーリングの奴らが、昨日の宿泊先で食中毒になったらしくてさ、今朝電話があったんだ。 だから五部屋キャンセルだ。」


「うそ! 五部屋も? じゃ一年で一番忙しい今日が暇になっちゃったんだ!」


「だからこんなところで油うってるんだろうが。」


「こんなところで悪かったわね!」

 二人を見ていると漫才みたいであきない。 こういうなんでも言い合える兄妹ってちょっとうらやましい。

            *    *    *

 台中から日月潭へ戻る車の中で、ヴァネスとの会話が途絶えたときだった。


「今夜、一緒に花火を見ないか? あのベンチで。」

 
 どうしたんだろう。 いつも勝手に現れて勝手に去っていく気ままなヴァネスなのに。


「どうしたの? そんなあらたまって。」


「そのとき返事を聞かせてくれないか。」


「何の返事?」


「プロポーズの。」

 
 まさか本気だったの? 全部冗談だと思ってた・・・。 運転しているヴァネスの横顔は真剣だった。 行きの車の中では、前もろくに見ないでわたしに向かってちょっかいばかりかけていたヴァネス。 今はウィンクもハグも軽口もない。 どう答えていいのかわからなかった。


「小説はここでだって書けるだろ。」


「でもわたしには・・・」


「アミンを泣かせてばかりで迎えにも来ないヤツのことは関係ない。」

 
 わたしが毎日湖畔のベンチで泣いているのをヴァネスは知ってたんだ・・・。  


「このままじゃ日月潭がオマエの涙でしょっぱくなっちまいそうだ。」

 
 外の景色は山林が続いている。 次々と過ぎ去っていく木々。 窓から入ってくる風が冷たくて気持ちいい。 ヴァネスは本気だ。 

             *    *    *

 太陽が沈み、花火の打ち上げが始まった。 ヴァネスは数少ない宿泊客の給仕と片付けを終えてから駆けつけると言っていた。 ひとり湖畔のベンチの近くで花火を見ながらヴァネスを待っていた。 

 
 夜空は漆黒のスクリーンとなって花火を鮮やかに映し出す。 月の姿はない。 今夜が新月だということにはもちろん気付いていた。


 ヴァネスのこと、亦儒のこと・・・抱えきれなくなりそうで不安になる。 最近のわたしは新月というだけで気持ちが落ち込んでいってしまう。 そんな時にいつも助けてくれた亦儒はいない・・・。 携帯も、亦儒からかかってこないことを確認したくなくて電源を切ったままだった。 そんな後ろ向きな自分がイヤになった。 


 涙が頬をつたう。 日月潭がしょっぱくなるって言ったヴァネスを思い出し、口元が緩んだ。 まだ思い出し笑いができるんだ。 そう思うと少し元気がでてきた。 ヴァネスのおかげだね。 いつまでも新月のせいになんかしてられない。


 うしろから小石を踏む足音が聞こえる。 ヴァネスがやってきた。 ちゃんとヴァネスの気持ちにこたえないと。 わたしは涙をふき、振り返らず、花火の音に負けないように、大きな声でまっすぐ日月潭に向かって叫んだ。 


「わたし、もう泣かなーい! 明日台北に帰るー! 彼の気持ちを取り戻せるように頑張るからー!」


 叫び終わると同時にうしろから抱きしめられる。 

 

 

 

 

 

 
 それがヴァネスでないことはすぐにわかった。

 

 

 

 

 

 
 
  亦儒・・・。
 

 

 

 

 どうしてここに? 

 
 車をとばしても四時間はかかるのに。 

 

 すごくすごく会いたかった。

    

 

 でもなんて言っていいか、言葉がみつからない。

 

 
 
 わたしたちは、ただだまって花火を観ていた。

 

 最後にあがった大きな花火の火の粉がすべて消えてしまってからも、わたしたちは名残惜しむようにしばらくそのままでいた。 


 それから亦儒は抱きしめていた腕をほどくと、わたしの右手を恋人つなぎみたいに握ってゆっくりと歩き出した。

 

 そばにとめてあった亦儒の車に戻ると、フロントガラスのワイパーに、メモがはさんである。

 
”明朝四時、ここに集合! 時間厳守よ! 
 私達はペンションに泊まるから。      ヒロ

 安全運転のため睡眠八時間厳守! 同室厳禁!     庚霖“

 
 メモにはそう書いてあった。 ”庚霖”は弟の本名だ。 ヒロと弟も来てくれてることを初めて知る。


「八時間厳守ってなんだよ! アイツ、オレにもう寝ろってか?  同室厳禁ってどういう意味だよ!」


 久しぶりに聞いた亦儒の第一声がこんな言葉だったから、おかしくて仕方ない。 


「笑ったな。 アミン。」


「そういう亦儒も笑ってる。」


 笑顔でいられること。 つないだ手があったかいこと。 今はそれが何よりも嬉しかった・・・。

   第二十話「亞綸の孤独」~ヒロ篇につづく・・・
    目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

   目次と登場人物~大東&亞綸篇

   目次と登場人物~SP          日月潭の画像はコチラ

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