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飛輪海小説『ステップアップ!』第十七話~リンク篇

 第十七話「暗闇の中で・・・呉尊の沈黙、ヴァネスとの再会」~リンク篇

                    緑:ヒロ篇青:アミン篇                                     

 アミンも帰ってしまい、残されたドレスとタキシード。 この二着の衣装の行く末は、いったいどうなるんだろう・・・。 まさかの展開にただ呆然としてしまう。

 でも私は二人を信じて準備をすすめるしかない。

 アミンに少し強く言いすぎたかな・・・。 ショックを受けているアミンを、あんなふうに突き放すべきじゃなかった。 でも今日のアミンと大東は、以前と違って見えた。 亦儒の気持ちを思うとなんだかイライラしてしまって・・・。 

 他の仕事を済ませたら、ドレスを職人さんに仕立ててもらうため、知り合いのアトリエに持っていくことになっていた。

 しばらくして、ヤンさんがやってきた。

「呉尊の海外が急に決まったの。 悪いんだけど午後九時以降なら呉尊がホテルの部屋に戻ってるだろうから、パスポートとスーツケースに着替え詰めて届けてくれない?  頼むわね。」

 呉尊が直接電話してくれればいいのに・・・。 忙しいだろうから仕方ないけど。 私、呉尊に会えない日が続いて少しナーバスになってるのかな。 でもやっと会えるんだ。

 アトリエの職人さんとの打ち合わせが長引き、MRTに乗れたのが八時過ぎだった。 マンションに早く戻って荷物の準備をしないと・・・。 今日は疲れたな・・・。 アミンは今どんな気持ちでいるんだろう。 明日からの旅行の前に、亦儒と仲直りできていればいいんだけど・・・。

 

            *    *    *

 

 日月潭の湖畔の白いベンチ・・・。 ここはわたしのお気に入りの場所だった。 日月潭に来るのは十六年ぶりだ。 ママが入院するまでは、毎年シーズンに一度はここの別荘で家族三人すごしたものだ。 特に夏の間は、忙しい父だけ一足先に帰り、ママと二人で二週間滞在するほど、日月潭はママとわたしのお気に入りの場所だった。 ママが亡くなってからは父が行きたがらなくなり、わたしも行きたいとは言えなくなった。 それでも父は別荘を売らずに、親戚や病院の職員に貸したり、弟は高校生のときに友達と何度か泊まりに来たりしていた。

 夕日が沈んでゆく日月譚の湖畔は美しいはずなのに、今のわたしの心にはそう感じる余裕がないみたい。

 でも、どうして日月潭に来てしまったんだろう・・・。 明日、台中に行く予定だったのに、事務所から家に戻ると、頭の中はすぐ日月潭に行くことしか考えていなかった。 書き置きには“今日出発することになりました。 いってきます。”とだけ書いておいた。

 ここにどうして来たのか、何を考えればいいのか、頭がぼんやりとしていてよくわからない。 体もなんだかだるくて本当に疲れきっていた。 わたしは夕日が沈んでからも湖畔のベンチに、ただ座り続けていた。

            *    *    *

 幼い頃の記憶をたどり、別荘はすぐにみつけることができた。 築二十年くらいになるはずだから、わたしの思い出より、随分古びたように見える。 何より、少し奥まった場所にある林の中の別荘は不気味にも思えた。 家から持ってきた鍵で玄関から入り、電灯のスイッチをオンにしてみたけれど電気がつかなかった。 ブレイカーが切ってあるみたいだ。 この夏は、まだ誰もこの別荘を使っていないからだろう。 

 確かボイラー室にブレイカーがあったはずだ。 玄関に備え付けてある懐中電灯を持ち、別荘の外にあるボイラー室を探す。 日暮れでどんどん暗くなっていく中、懐中電灯の灯りだけを頼りにボイラー室をみつけドアを引いてみたけど、鉄で出来たドアは硬くて重い。 やっとの思いでドアを開けて中に入ると、暗くて狭く、すえたような臭いが鼻につく。 

 わたしはなんだか急に怖くなってきた。 子供のころ何度か入ったことがあったはずだ。 怖い気持ちを抑えて、ブレイカーを探す前にまず小窓を開けることにした。 ところが慌てていたために、わたしは手に持っていた懐中電灯を、小窓を開けた瞬間に外側に落としてしまった。 そしてそれと同時に、急に風が通ったからだろう、重たいはずの鉄のドアが大きな音をたててバタンと閉まったのだ。 

 突然、ボイラー室は暗闇に包まれる。 小窓からは光などまったく入ってこない。 いそいで鉄のドアを力いっぱい押してみたけれど、その古くて重い扉はびくともしなかった。 心臓が早鐘のように打ち始める。 息を吸っても吸っても足りない気がする。 苦しい! 怖い!

 

 怖い! 助けて! ハッとして目覚める。 心臓がドクドクと音が聞こえそうなほどに鳴っている。 私、いつの間にか眠っていたみたいだ。 怖い夢でも見たのかな・・・。 全然覚えていない。 ただ真っ暗闇の中にいた気がする。 そしてちょうど動物園駅に到着するアナウンスが流れていた。 

             *    *    * 

 マンションに着いたのは八時半すぎ。 急いでスーツケースの中身を詰めて、パスポートを持って呉尊の宿泊しているホテルへと直行した。 

 ヤンさんから聞いている部屋のドアをノックしたけど、なかなか出てこない。 留守なのかと思い、呉尊の携帯に電話しようとしたとき、ようやくドアが開いた。

 数日ぶりに呉尊の顔を見た。 嬉しくて抱きつきたい気持ちを抑える。

「ヒロ・・・どうしてここに?

 呉尊は困惑したような表情だ。 様子がいつもと違う気がした。 それに顔が少し赤い気もする。

「ヤンさんに荷物とパスポートを届けるように頼まれたの。 呉尊、連絡くれないから心配してたんだから。 調子でも悪いの?」

 そう言いながら、呉尊のおでこに手を当て、熱がないか調べてみる。 

「熱、ないみたいね。 よかった~。 ・・・すごく会いたかったんだから・・・。」

 私がそう言い終わるか終わらないうちだった。 いきなり私は壁に押し付けられ、荒々しく強引にキスされる。 私はそのキスで呉尊がお酒を飲んでいたことを知る。

 ドアが自然に閉まると、部屋の中は間接照明がついているくらいで薄暗く、呉尊の表情がわからない。 いつもと違う様子の呉尊に少し驚いたけれども、しだいに暗がりでの激しいキスに酔いしれていく。 そして呉尊の唇がしだいに私の唇から首筋へと移り・・・。

「シャワー浴びてもいいでしょ? 今日、暑かったし・・・」

「必要ないさ・・・。」

 呉尊に私は軽々と抱き上げられてしまう。

「いやよ! 呉尊おろして! おろしてったら!」

 私はベッドの上に投げ出され、呉尊はそのまま私の上に倒れこむようにのしかかる。

 こんなふうに扱われたことなど、今まで一度もなかったから、私は気が動転した。 まだ暗さに目が慣れなくて、呉尊の顔はよく見えないけれど、たしかに呉尊なのだ。 でも私の知っている、私の愛している呉尊なのだろうか。 私は少し怖くなり、身を硬くする。

「ごめん・・・怖がらせて・・・ごめん・・・」

 呉尊のささやくような悲痛な声に胸がしめつけられる。

「呉尊どうしたの? 何があったか話して欲しい・・・」

「・・・ボクを信じてくれる? ボクが決めたことは正しいと・・・。」

「信じる・・・私はいつだってあなたを信じてるわ。 これからも、ずっと・・・。 だから教えて・・・。」

 呉尊は答えてくれなかった。 ただ何か苦しみから逃れたがっているように、私の体を強く抱きしめる。 どうして私にその苦しみを話してくれないんだろう。 私は分かち合いたいのに。 何が呉尊をこんなふうにしてしまったのか、そう考えるだけで、胸が張り裂けそうだ。  

 だけど今、私にできることは、そんな呉尊を抱きしめてあげることだけなのかもしれない・・・。

            *    *    * 

 

「怖い! 助けて! 亦儒!」

 そう叫んだときだ。 その重たい鉄の扉が突然開き、懐中電灯の灯りがわたしを照らした。 そして誰か男の人の声が聞こえた。

「大丈夫か? キミ、誰? こんなところで何をしてるんだ?」

 力が抜けて座りこんでしまったわたしの体を、その人は力強く抱き起こしてくれる。

「わたし・・・呉香明といいます・・・この別荘の・・・。」

 そう答えるだけで精一杯だった。

「アミン? アミンなのか? ドクターウーのところの、あのおチビだったアミン?」

 その人はそう言いながらブレイカーをあげて、ボイラー室の電灯をつける。

 どうしてわたしの愛称と父を知ってるの? 誰なの? 

「元気だったか? うん、元気そうだ! ハグさせてくれ!」

 いきなりのハグの嵐になすがままになる。 

「もう忘れたのか? そうだな十何年ぶりだもんな。 ヴァネスだよ、わかるか?」

 ヴァネス? ペンションに住んでた英語を話すヴァネスお兄ちゃん?

「嘘! だって中国語そんなに上手なはずないもの!」

「バカだな、あれから上達したんだよ。 今じゃ台湾人と同じくらいうまいだろ? アミンこそ、チビだったのにずいぶん成長したな。」

 ヴァネスはそう言いながら、わたしを頭のてっぺんから足先まで眺め回す。 

「すっかり大人の女だな。」

 なんだかわたしの思い出の中のヴァネスとは随分印象が変わった気がする。 初めて会ったとき、わたしは六才でヴァネスは十才だったと思う。 最後に会ったのがわたしが十才、ヴァネスが十四才の夏。 あれから十六年ぶりの再会だった。 

 

 ヴァネスはアメリカ生まれで、十才のときに家族と台湾に移り住んできた。 そしてこの日月潭で、彼の両親はペンションを経営するかたわら、別荘の管理を引き受けていた。 四才年上のヴァネスは、別荘滞在中のわたしを、かたことの中国語と流暢な英語で、よく面倒をみてくれていたのだ。 大好きだったヴァネスお兄ちゃん。 

「どうして連絡もなしに来たんだ。 たまたま通りかかって扉の閉まる音に気がついたからよかったものの・・・。 子供のときもここに一時間も閉じ込められたのを覚えてるか?」

 そうだ・・・、わたしの閉所と暗所恐怖症はここでの体験からのトラウマだったんだ。 あのときもみつけてくれたのはヴァネスだった。 

「なかなか泣き止まなくて大変だったよ。 やっと泣き止んだと思ったら“大人になったらヴァネスお兄ちゃんと結婚する!”だもんな。」

「うそ、わたしそんなこと言った?」

「とぼけるなよ。 もしかしてその約束を果たしに来たのか? まあとりあえず、今夜はうちのペンションに泊まれよ。 ここは明日空気の入れ替えと掃除して、ベッドメイキングもしないとな。 OK?

             *    *    *

                

 早朝の朝もやのかかる日月潭は、昔と変わらずおだやかで美しかった。 今朝は昨日よりも気持ちに余裕がでてきたのかな。 美しいって感じることが嬉しかった。

 昨夜はヴァネスのおかげで、ペンションレイクサイドの清潔なベッドでぐっすり眠ることができた。 おじさんとおばさんも元気そうで安心した。 おばさんは、ママのことを懐かしそうに話してくれた。 目に涙をうかべながら・・・。  

 湖畔のこのベンチは、昔からわたしの特等席だった。 ここでママとすごしたり、ヴァネスのおもしろい話を聞いたり、夏は花火を見たりした。 思い出がたくさん詰まった場所だ。 昨日は気づかなったけれど、この木製の白いベンチ、よく見ると修理した跡がある。 ペンキもきれいに塗りなおされていた。 

 腕時計を見ると、六時少し前。 亦儒に初めてもらったプレゼントがこの男物の腕時計だった。 わたしの細い腕にはちょっと不似合いなこの腕時計。 「これを見て一日に何度もボクのことを思い出してほしいから」そう言って笑っていた亦儒を思い出すと、胸の奥がチクッとした。 それと同時に涙がこみ上げ、熱い涙が次々に頬をつたう。

 

 ドアが閉まる音で目が覚める。 私は泣いていた。 なぜだかとても哀しかった。 この感情が私のものなのかわからない。  ただ、きれいな湖の夢を見ていたような気がする。  隣に呉尊はいない。 時計を見ると、まだ朝の六時だ。 私を置いてもう出かけてしまったのだろう。 どこの国へ行くのかさえも告げずに・・・。

   第十八話「ヒロの迷い、亞綸の心配」~ヒロ篇につづく・・・

  目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

  目次と登場人物~大東&亞綸篇

  目次と登場人物~SP

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