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飛輪海小説『ステップアップ!』第十六話~アミン篇

       第十六話「大東の献身、亦儒の嫉妬」~アミン篇 

 亦儒のお母さんと、婚約披露パーティーの料理を一通り試食してみたけど、ビュッフェの三十種類もの料理を全部食べると、さすがにおなかがいっぱいだ。 パウダールームで化粧直しをしながら鏡で横からの姿をチェックしてみる。 この後、ドレスの仮縫いの試着なのに、ウエストサイズが心配になる。 ちょっとおなか出てるみたい。 

 そういえば今日は一度も亦儒から電話がない。 たまにはわたしから電話してみようかな。

「もしもし、亦儒? あのね、今終わったから事務所に向かうね。 亦儒はもう着いてる?」

「うん。 じゃ、後で。」

 亦儒はそれだけ言って電話を切ってしまった。 こんなそっけなくて短い電話は初めてだった。 最後に必ず言ってくれていた愛の言葉も今日は聞けなかった。 きっと忙しかったんだよね。

 亦儒のお母さんと別れ、事務所に向かうタクシーの中で、明日からの三泊四日の一人旅のことをあれこれ考えた。 行き先は台中で、次の小説の舞台は台北と台中に決めていたから、下見も兼ねている。 台北でカメラマンをやっている男と台中でカフェをひらいている女の遠距離恋愛の話。 遠距離恋愛の経験なんてないけれど、あまり会えなくて電話が多いわたしと亦儒の関係に、少し似ているかもしれない。 時々、普通のカップルみたいに、映画に行ったり、夏は花火を見に行ったりしてみたいって思ったりもする。 そんなことを考えていると、すぐに事務所に着いてしまった。

 

 事務所に来るのは初めてで、受付で少し困ったことになった。 わたしがヒロの友人で、約束があると言っても、飛輪海のファンだと疑われているようで、なかなか取り次いでもらえない。 どうしてヒロは受付に言っておいてくれなかったんだろう。 仕方なく、炎亞綸の姉であることを告げると、かえって怪しまれることに。 苗字が違うって言われても、この受付の人、“炎亞綸”が本名だと思ってるの? これじゃ辰亦儒の婚約者だなんて言ったらストーカー扱いされてしまいそう・・・。 ヒロの携帯にかけても出てくれない。 亦儒の携帯にかけよう・・・そんなこんなしているうちに、不審者扱いで警備員がやってきた。 もうどうすればいいのかわからない。

「これ以上こちらにいらっしゃるようですと、警察を呼びますよ。」

 強面の警備員に腕をつかまれた時、誰かが私の名前を呼んだ。

「呉香明?」

 大東だった。 ロビーの真ん中にあるエスカレーターから、颯爽と降りてくる大東は救世主に見えた。  

「警備員さん、こいつが何かしたんですか?」

「いえ、あの、お知り合いでしたか?」

「全然! どうぞ連れてってください。」

 前言撤回、大東をにらみつけて腕を振り上げる。

「うそうそ! あ、警備員さん、こいつちゃんとヒロにアポとれてるんで、オレが連れて行きますよ。」

 大東がさっさと一人でエスカレーターに乗ってしまう。 わたしは後を追って、うしろから文句を言う。

「もう、ひどい! 最低! 本当にあせってたんだから!」

「わざわざ待ってて、助けてやったのにその言い草はないだろ。」

「・・・それは感謝してるったら! ・・・え? わたしが来るの待っててくれたの?」

「そう言っただろ? 十分くらいだけどな。」

「・・・十分? じゃ大東、わたしが困ってるところずっと上から眺めてたわけ?」

 ここのロビーは二階の天井までの吹き抜けになっていて、二階のフロアから一階ロビーが見下ろせるようになっていた。

「ちゃんと助けたんだからいいだろ。」 

「全然よくない! 偶然通りかかったみたいな顔してたくせに!」 

「この間のエレベーターのことも礼の一つもないしな~。 今度めしでもおごれよ。」

「エレベーターのことはもうチャラでしょ! キスにはキスでちゃんと返したから!」

「オマエ、またでかい声でそういうこと言うなよ!」

 エスカレーターが二階に着いたとき、一瞬フロアの角を曲がる亦儒のうしろ姿が見えたような気がしてドキッとした。 見間違いだと思うけど・・・。 

「こっからはエレベーターだけど、七階まで階段使うか?」

「うん・・・そうする。 大東はエレベーター使ってね。」

「オレも付き合うよ。 いい運動になるだろ。」

 なんだか、前より素直で優しい大東に、少しとまどう。 でも、わたしは決めたのだ。 大東をまっすぐ受け止めると。 

「なんならおんぶしてやろうか?」

「それだけはお断り!」

 いくらなんでもそこまでは受け止めきれない。 でもこうやって冗談言い合ったり、思いやりあったり、心地よい関係を築けたことがただ嬉しかった。

 大東の案内で、ヒロが待っている衣裳部屋に入ると、ヒロが不思議そうな顔をする。

「あれ? 大東が連れてきてくれたの?」

「聞いてよヒロ! わたしが不審者に間違われて困ってるのを大東ったらこっそり見てて笑ってたんだから!」

「痛っ・・・肘で突くなよ! 誰も笑ってないだろ! オマエが自分の力で窮地を切り抜けられるかどうか見守っててやったんだよ。 結局オレがいなかったらつまみ出されるとこだったけどな~。」

「そんなことより、ロビーで亦儒に会わなかった? アミンを出迎えに行ってもらってたんだけど。」

「え? ううん、亦儒には会ってないけど・・・。」

 そう言いながら、二階のフロアで亦儒を一瞬見た気がしたことが脳裏をよぎる。 もしかして、亦儒はロビーでのわたしと大東の様子を上から見ていたんじゃないだろうか。 でもどうして声をかけてくれなかったんだろう。

「オレたち、階段を使ったからエレベーターの亦儒と入れ違ったんだろ? そのうち来るんじゃないか。」

「そんなこと言わないで捜してきてよ! まだロビーでアミンを待ってるかもしれないから。 どっちにしても大東、もう出て行って。 アミンに仮縫いのドレスを着せてみたいから。」

「ったくヒロは人使い荒いからな。」

 大東はブツブツ言いながらも亦儒を探しに行った。

「ヒロ・・・ここに来る前に亦儒に電話したんだけど、なんだかいつもと様子が違う気がして・・・。 ヒロはどう思った? 何か知らない?」

「うん・・・そうね、仕事で何かあったんじゃないかな。」

 ヒロはわたしにドレスを着せながら、そう言葉を選ぶように答えた。 

「アミン! すごくきれいよ! やっぱり淡いパープルにして正解ね! 肌の色にもよく合ってるし・・・あれ・・・でもちょっとウエストサイズ間違えたかな? 少しきつくない?」

「違うの、さっきちょっと食べすぎちゃって。 ビュッフェの料理、すごく種類が多くって。」 

「それならいいけど。 当日までに幸せ太りしないように気をつけてよね!」

「亦儒が細いから、わたしが少し太っただけでも目立つのよね。 ホント、気をつけないと。」

 机の上に目をやると、わたしが連載している雑誌が置いてある。

「読んでくれたんだ。 どうだった?」

「それ、亦儒が置いていったの。 うん、すごくよかった。 ラストにふさわしい内容だった。 ・・・でも・・・ちょっとびっくりしたな、受ける印象がだいぶ変わってたから。 それがよかったんだけど・・・ねえアミン・・・何かあったの?」

 そのとき、ドアのノックがして亦儒の声で「ヒロ?入るよ。」と聞こえた。 亦儒は入ってくるなり、

「さっきマーキーからタキシード預かったんだけど・・・ここにかけておけばいい?

 ・・・と、まるでわたしの姿が見えてないかのように、ヒロにだけ話しかけてすぐに出て行こうとした。

「ちょっと待って亦儒! あなただってそのタキシード試着してくれなくちゃ! それにほらアミンに何か言ってあげてよ。 まだ仮縫い状態だけど。」

 わたしは亦儒から、あきらかに無視されていることにとまどった。 

「ああ、いいんじゃない?」

 亦儒は一瞥してからそっけなく言う。 そんな亦儒に対してヒロが何かを言おうとしたとき、開いていた戸口から大東が飛び込んできた。

「辰亦儒!  いい加減にしろよ! そんな言葉しか浮かばないのか? オマエ婚約者だろ! 」

「じゃ、代わりに大東がほめてやってくれよ。 ボクの婚約者だけどな!」

 亦儒はそう吐き捨てるように言って出て行ってしまった。 あまりにもいつもと違う冷淡な態度に、胃のあたりがぎゅっとつかまれたような感覚を味わう。 気分が悪くて立っているのがつらい・・・。

「あいつ、なんなんだよ!」

「大東、思い当たることあるんじゃない?」

「は? なんのことだよ。」

「もういいから大東も出て行って!」

 そう言ってヒロは大東を戸口から外へ押し出して、ドアを閉めて中から鍵をかけてしまった。

「アミン、もしかして亦儒はあなたの小説のせいで様子がおかしくなったんじゃないかな。 反対に大東はご機嫌になってる。 それに亦儒みたいに周りに気をつかう人が、アミンと大東の変化に気付かないはずないよね。 私が気付くくらいなんだから・・・。  いいからドレス脱いで、今日はこのまま帰ったほうがいい。 明日から台中に旅行だったよね。 気をつけて行ってきて。」

 ヒロの言葉ひとつひとつが重く心に響いてくる。 わたしはヒロの言うとおりにすることにした。 今は自分ではどうすればいいのかまったく想像もつかなかったから。 あんな亦儒を今まで一度だって見たことがなかった。 いつも優しくて、寛大だった亦儒が、あんなふうになってしまうのは、よっぽどのことだ。 大東とのことで亦儒を傷つけていたんだとしたら・・・。 すべてわたしが悪いんだ。

第十七話「暗闇の中で・・・呉尊の沈黙、ヴァネスとの再会」~リンク篇につづく・・・

  目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

  目次と登場人物~大東&亞綸篇

  目次と登場人物~SP

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