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飛輪海小説『ステップアップ!』第十五話~ヒロ篇

  第十五話「呉尊、愛してる。亦儒の苛立ち」~ヒロ篇

 パーティーから抜け出し、亞綸と事務所に一度戻ってから着替え、十時ごろ帰宅する。 呉尊に遅くなることはメールしてあった。 部屋に入ると、リビングの灯りがついている。 呉尊のほうが早く帰ってるみたい。 だけどリビングに呉尊の姿はない。 寝室を覗くと、よっぽど疲れていたんだろう、スタンドの灯りをつけたまま眠っていた。 枕元にはドラマの台本が開いたままになっている。 きっとセリフを覚えながら私の帰りを待っていてくれたんだ。 台本をそっと閉じ、灯りを少し暗くしてから呉尊の寝顔をしばらく眺めながら、幸せを実感する。 

呉尊と付き合い始めて、三ヶ月になる。 ほぼ同じ頃から同棲もしているのだけれど、普通は一緒に暮らしていれば、お互いに嫌なところや、我慢できない部分が出てくるはずなのに、そんなこと一度だってなかった。 私は一緒にいればいるほど、彼のことを好きになっていく気がする。 阿旭のことで一瞬でも気持ちが揺れた自分が許せない。 上唇の上にあるホクロをそっとつついてみたけど目覚める気配はまったくない。 私はチャンスとばかりに呉尊の唇にキスをする。 呉尊が起きているときに、自分からキスをしたことは今まで一度もない。 台湾人やブルネイ人の女の子がどうかは知らないけれど、やっぱり日本人だからかな、自分からキスすることにためらいがあって・・・。 呉尊がいだいているかもしれない大和撫子のイメージをこわしたくなかったし。 だからいつも眠っている呉尊の唇をこうして奪っているのだ。 

呉尊に仕事のこと、いつお願いしようかな・・・。 今度こそ、はっきりと伝えないと。 でも今、撮影つづきで忙しくて疲れてるのに、そんなこと言えない。 やっぱり、アミンと亦儒の婚約パーティーの後くらいがいいかな・・・。 

 だけど、こうやって呉尊の寝顔を見ていると、仕事のことなんてどうだってよくなっていく気がする。 いつまでもずっとずっとそばにいたいから。

 今夜はパーティーでの出来事のせいで気分が高揚しているのか全然眠くない。 せっかくだからアミンのドレスのデザインでも考えてみようかな・・・。

             *    *    *

 翌朝目覚めると隣に寝ているはずの呉尊がいない。 昨晩遅くまでデザインを考えていたせいで、寝過ごしたのだ。 急いでダイニングに行くと、もうテーブルには一人分の朝食の用意がされていた。 呉尊はもう出かけるところなのかキャップをかぶっていてバッグを手に持っている。 

「おはようヒロ。 よく眠れた?」

「おはよう。 どうして起こしてくれなかったの?」

「ヒロ、昨日帰りが十時ごろだっただろ? 帰ってからも仕事してたみたいだったし。 たまにはゆっくり寝たいだろうからね。」

 呉尊はそう言ってウインクする。 私は一瞬、思考が止まった。 呉尊ったらどうしてそれを知ってるの????

「・・・もしかして呉尊、私が帰ったとき起きてたの?」

「寝たふりしてると、いつもご褒美が味わえるからね。」

 いつも? いつもって一体いつから? 呉尊ったら・・・。 顔が熱い。 私、真っ赤になってるにちがいない。

「もう出かけないと。 今日は夜のシーンのロケがあるから帰りは深夜になると思う。 先に寝てていいからね。」

 呉尊はかぶっていたキャップをとり、言葉を失って立ち尽くしていた私に、いつもより時間をかけてキスをする。

「昨日のキスのお返しと、今夜キスできないお詫びの分だよ。」

「もう! 呉尊ったら!!」

 私が腕にパンチすると、呉尊は笑いながら逃げるように出かけていった。 そんな呉尊を見送ったあと、自然と湧き上がってきた思いがあった。 「呉尊、愛してる・・・」私はそう小さくつぶやいていた。  

そういえば、昨日パーティーに出たこと話しそびれちゃったな・・・。

            *    *    *

 

 昼から事務所に顔を出すと、スタッフのみんながいっせいに私のまわりに集まってくる。 

「ねえ! この新聞の記事ホント? このスタイリストってヒロなんだってね!」

「何? なんのこと?」

 スタッフの一人が芸能新聞を広げて指をさしたところの見出しが目に入る。

「林志玲絶賛の日本人スタイリスト・・・?」

 よく見ると、昨夜の林志玲が私の手直ししたドレス姿で写真に写っている。 その記事の隣にはMakiyoの写真もあり“Makiyoも見ていた一部始終”という見出しでMakiyoのコメントまで載っていた。

 まさかこんな大ごとになるなんて思いもしなかった。 どうやら林志玲は、あの後の囲み取材で私のことばかり褒めてくれたみたいだ。 ブランドのプレスも、私のアレンジにとても好意的なコメントを発表していた。 もちろん嬉しいけれど、呉尊に話していなかったことが気がかりだった。 新聞に私の名前までは出ていないから、呉尊の耳にすぐには入らないだろうけど。 どうしてスタッフのみんなは私だってわかったんだろう。 きっと亞綸がしゃべったにちがいない。 その亞綸の姿はもうないみたいだけど。

            *    *    *

 ここ数日、結局呉尊はマンションに戻っていない。 夜遅くの撮影が続いたことや、急な地方での仕事が入ったらしく、あれから一度も会っていないのだ。 なぜか電話もない。 マネージャーに頼まれて、呉尊の着替えや必要なものを用意して渡しただけ。

 そんなこともあって、私は家での時間をたっぷりとアミンのドレスのデザインにあてられた。

 そして今日は、事務所でアミンと最終打ち合わせして仮縫いまですることになっている。 婚約披露パーティーは十日後に迫っていた。 アミンは今頃、亦儒のお母さんと一緒に、パーティー会場で料理の打ち合わせ中。 終わりしだい事務所に来てくれることになっていた。 

 午前の仕事を終えた亦儒が先に事務所の衣裳部屋に現れた。 

「亦儒のタキシード、もうしばらくしたらマーキーが届けてくれると思うから待っててね。 タイの形はどれにする? 三種類用意したから選んでね。」

 亦儒の返事がない。 何か考え込んでいる様子だ。 大きな声でもう一度呼びかける。 

「辰亦儒!」

「わっ! なんだよヒロ、大きい声で・・・。」

「だから、タイをどれにするか選んでって言ってるの! あれ? その雑誌、アミンの連載のよね。 今日発売日だっけ。 最終回楽しみにしてたの! 後で読ませてね。」

「うん・・・。 あ、このグレーのクロスタイがいいかな。 タキシードはグレーだっけ?」

 うかない顔の亦儒が少し気になったけれど、私はアミンが来る前にやらないといけないことが山ほどある。 そこへ今度は大東が現れた。

「ヒロ、何やってるんだ? これ女物? ついに亞綸も女装か? オレや呉尊よりは似合いそうだなアイツ。」

 大東は逆にハイテンション? 大東の女装ってもしかしていつかのナース服? ドラマでナースのコスプレをしていたのを思い出す。

もう! これはアミンのだってば! 大東、忙しいから邪魔しないでね。」

「あ~そういえば婚約披露、来週だっけか。 何を着たって幸せならなんでもいいよな、亦儒?」

 そう言いながら大東が亦儒の肩に手を乗せると、驚いたことに亦儒はその手をうるさそうに払いのけて、何も答えずに出て行ってしまった。 あんな苛立ったような様子の亦儒を見たのは初めてかもしれない。 

「なんだよ亦儒のヤツ。 もうマリッジ・ブルーか?」

 そう言うと大東も出て行ってしまった。 大東だってかなり変だ。 なんか吹っ切れた感じというか、割り切って見える。 もしかして亦儒は大東のアミンへの気持ちを知っていたんじゃないか、そんな気がした。 ふとテーブルに、アミンの連載雑誌が置いてあることに気付く。 亦儒が置いていってくれたんだろう。 最終回が気になってついつい手にとって読みふけってしまった。 

             *    *    * 

 意外だった。 主人公が前回までとは違って、生まれ変わったように生き生きとしていた。 それまでのしがらみから開放され、自分の感情をさらけだしたり、大胆な行動に出たり。 その自由さが私にはうらやましいくらいだった。  

 でも、この前アミンの部屋でちらっと見てしまった書き出しと、まったく違っていた気がする。 アミンはあれから書き直したということになる。

「それ、読んでもいいか?」

 大東も読みたくて戻ってきたのかな。 大東に雑誌を渡して、私は作業に戻る。 作業をしながらも時々、大東の様子が気になった。 大東は表情を変えずに読んでいたけど、読み終えた後の表情はどこか嬉しそうに見える。

「大東、あれからアミンと会ったの?」

「あれから?」

「だから、アミンの家で泥酔して帰った日からよ。 言いたくないならいいけど。」

「会ったよ。 二回。」

 案外あっさりと自白するから拍子抜けだ。

「わかった、もうそれ以上は聞かないでおく。」

 パンドラの箱を私が開けるわけにはいかない。 私はアミンが幸せになるためのドレスを作ってるんだから・・・。

「オレとアイツはこれまで通り、オレとアイツだ。 誰と結婚したって何も変わりはないだろ?」

「大東、人と人との関係はどんどん変わっていくのよ。 特に結婚は、関係のなかった人たちを突然結びつけたり、それまで関係があった人たちを切り捨てていかなければいけなかったりするものなの。」

 そう言いながら、私が一番そのことを切実に感じることになると思った。 日本には独身の今だってほとんど帰っていない。 お正月くらいなもの。 結婚すれば、ブルネイに親戚が増え、日本の親戚に会うことはほとんどなくなるだろう。 親の死に目にだって会えるかどうか・・・。

「女は難しく考えすぎなんだよ。」

 大東はちっともわかってない。 でも仕方がないのかも。 結婚で犠牲になるのは大抵女のほうだから。

   第十六話「大東の献身、亦儒の嫉妬」 ~アミン篇につづく・・・

   目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

   目次と登場人物~大東&亞綸篇

   目次と登場人物~SP

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