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ショートストーリー『海でのはなし、』

 遥か向こうから男性らしき人影が、ゆっくりと近づいてくる。

 期待と緊張で私の頭と心臓と胃の中は爆発しそうだ。

 冷たい潮風が吹きすさぶ二月のこの海岸には、私とその人影以外は見当たらない。

 今日は私の三十歳の誕生日。それぞれの道に進むため、大学卒業と同時に別れた元カレと再会を約束した日なのだ。もしお互いに独りなら、結婚しようと…。

 こんな寒い日のこんな場所だから、きっと元カレに違いない。私の期待がふくらむ。

 ぼんやりとだけど顔が見えてくる。ちょっと痩せた?メガネ?背が伸びた?え?あれ???

「寒っ…澄香さんいつからおるん?」 

 首をすくめながらジャケットの襟を立てるその男は、元カレなんかじゃない。昔バイト先の後輩だった大沢洋介だ。 

「え?なんで大沢くん?散歩?」 

「アホ!家から五十キロも離れた海に誰がわざわざ散歩に来るんや、このクソ寒いのに」

「じゃ何しに来たのよ、わざわざ!」

「元カレ、まだ待つ気なんか?」

「うん…元気やった?会うの五年ぶり?」

「そう、澄香さんに新しい彼氏できて、連絡してこなくなってから五年だよな。あの時はずいぶんなぐさめてやったのに、薄情なもんやな。」

「それはそっちも同じでしょ!」

「ま、立ち話もなんやからとにかく座って」 

 大沢くんは私を海岸沿いに続く二段のコンクリートに座らせ、着ていたダウンジャケットを私にかけてくれる。

 あったかい…優しいね、あ、涙出そう…涙をこらえながら、隣を見ると大沢くんはリュックからもう一枚ジャケットを取り出して袖を通している最中だった。

 用意周到なヤツ!でもそんなちゃっかりしていて生意気なところがかわいくて、いつもバイトが楽しかったっけ。

「オレは来ないほうに賭けとったよな」

「よく誕生日覚えてたと思ったらそういうこと!」

「勝ったほうのいお願いなんでもきくんだったよな?」 

  大沢くんはそう言いながらリュックから賭けの証明用紙とおにぎりを出した。

「そのリュック、四次元ポケット?どうせならカイロとか入ってないわけ?」

「あ、忘れとった」 

 大沢くんは突然私の手を握り、そのまま私に着せたジャケットのポケットにつっこんだ。

 ポケットの中はすごくあったかい。

「カイロ入れといたんやった」

 私の心臓はこれ以上早くはならないほどにドキドキしている。大沢くんの手は少し痛いくらいに私の手を握り続けている。
 
 結局元カレは現れなかった。

 でもそれでよかったのだ。

 あの冷たい潮風の誕生日からちょうど一年。

 私は大沢澄香になるべく、神父の前に立っているのだから。

                                                     Fin.

                               2007年5月21日 Byミント
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