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飛輪海小説『ステップアップ!』第七話~ヒロ篇

   第七話「亞綸の疑い、阿旭とあの場所で」~ヒロ篇

 昨日の出来事がまるで夢のように感じられる。 でも私の現実として、仕事は山積みだ。午前中はショップまわり、午後からはずっと衣裳部屋にこもり、亞綸の衣装のサイズを直すため縫い物をしていると亞綸が入ってきた。 緊張で体が固まる気がしたけど、それをごまかすために自分の肩を叩きながら言う。

「亞綸ちょうどよかった、着てみてくれない?あ~肩凝っちゃった・・・。」

 亞綸の目を見ることができない。 すると亞綸は私の後ろにまわり、肩をマッサージし始めた。

「ホントだ、すごく凝ってるよ。 ヒロ、ボクのためにいつもありがとね。」

「どういたしまして。 昨日はお邪魔様でした。 アミンとおばさんの料理、相変わらずおいしかったわ。 久しぶりで楽しかったな~。 亞綸ったらあのまま寝ちゃってたね。 風邪ひかなかった?・・・」

 私はとにかくしゃべり続けた。 私がだまると、亞綸が何を言い出すかわからなくて恐かったから。 亞綸に背を向けていられるのは幸いだ。 私がどうでもいいような話を続けていると、亞綸が私の肩から腕へ、腕から手へマッサージの手を移動させて、私の目の前に座った。 気まずくて目を合わせられない。 亞綸はただ、私の手のひらをマッサージし続けた。 私の心臓は爆発しそうな勢いだ。 あきらかにいつもと様子の違う亞綸・・・。何を話していいかわからなくなる。

「ねえ、ヒロ・・・昨日の電話さ・・・」

 亞綸がそう切り出したときだ。 内線電話のベルが鳴り響いた。 なんてグッドタイミングだろう。 私は亞綸の手を軽くふりほどいて壁にかかっている電話の受話器をとりに走った。 電話に出ると、

「ヒロに電話よ。 友達みたい。」

 スタッフはそれだけ言ってつないでしまった。 そして次に聞こえてきたのは懐かしい声だった。

「もしもしヒロエ?」

 阿旭だった。 突然すぎて返事ができない。 亞綸が聞いている。

「・・・ええ。」

 それだけ答えるのがやっとだ。

「今夜会いたいんだ。 あの場所で七時に待ってる。 来るまで待ってるから。」

「そんな! ムリよ・・・私行けない・・・」

 思わずそう答えてしまう。

「待ってるから。」

 阿旭はそれだけ言うと電話を切ってしまった。 私はゆっくりと受話器を置いてそのまま立ち尽くしていた。

「行かないよね? あの人のとこなんか・・・今日は呉尊、帰ってくるよ! 行くわけないよね! ヒロ!」

 亞綸はそう言って私を背中から抱きしめた。 痛いくらいに・・・。 なんて答えていいのか、どうしたらいいのかわからない。

「呉尊を裏切らないでよ! ボクは呉尊が相手だから認めたんだ! 呉尊じゃなきゃ許さないよ! あの人と会ったりしないでよ! あの人選ぶくらいならボクでもいいだろ!」

 私は心臓が止まるかと思うほどだった。 亞綸のことは可愛い弟のように思っていたし、大好きだ。 亞綸は複雑な家庭に育ったため、ちょっとナイーブなところもあったけど、その反面甘え上手で、誰からも好かれている。 連れ子同士のため血のつながりのないアミンに対して、どこか壁をつくっているのは、気持ちの裏返しからだということにも私は気がついていた。 アミンに対して出せない感情を、今、私にぶつけているようにも思えた。

 私は一度深呼吸をしてから落ち着いたような声をよそおって言う。

「バカね亞綸。 私がどうして呉尊を裏切るの? またいつもの冗談みたいなお芝居して。さっきの電話はスタッフがムリな仕事を頼んでくるから断っただけよ。 呉尊が帰ってくるから何かおいしいもの作らないとね。」

 私がそう取り繕うと、亞綸は抱きしめていた腕をほどいて、私に合わせるように言う。

「ボクの迫真の演技、どうだった? 今度のドラマはこんな感じで頑張っちゃうよ! ほらヒロ! 仕事おしつけられないうちに早く帰って、呉尊のごはんつくんなよ!」

 亞綸はそう言って私の背中をドアに向かって押した。 お互い顔を合わせないまま、私と亞綸は別れた。

         
*    *    *

 
スーパーで買い物をしながら、どうしても阿旭のことを考えずにはいられない。 今は六時をまわったばかりだ。 呉尊は八時には帰ってくる。 それまでに夕食の準備をしないといけない。 阿旭は“あの場所で七時に待ってる”と言っていた。 “あの場所”・・・私たちの思い出の家のことだろう。 一緒に住んでいたあの家。 阿旭は引っ越した後も解約しないでいたんだ。 そう考えると胸が苦しくなる。 二年前、私はケンカをきかっけにあの家を勝手に出て行ったのだ。 阿旭が大陸での撮影のため、一週間ほど留守にしているあいだに・・・。 ケンカの内容は取るに足らないことだったけど、私にとってこの先の見えない関係が、ただ不安だったんだと思う。 

阿旭の人気は国際的なものになり、綺麗な人気モデルとの噂がマスコミを騒がせていたときだったから、私は心の中に押し込めてた不安や疑いの気持ちを一気に爆発させてしまった。 阿旭を信じきることができず、私はあの家を出て、携帯の番号も替え、一人になってやり直すことにしたのだ。

 あの時は私もまだ若かったし、まだ台湾芸能界のからくりや、マスコミのことをよくわかっていなかったのかもしれない。 今ならわかる。阿旭とその人気モデルの噂が作り上げられたものだったと。 でも今さら遅いのだ。過去は忘れて前を見なければ。

 買い物袋をさげ、呉尊のマンションに向かった。 買ったワインが重いせいか足取りまでも重く感じる。 “あの場所”は反対方向だった。 阿旭はもう待っているのだろうか。

来ない私をいつまで待ち続けるんだろうか・・・。 もしかして二年前からずっと私を待ち続けていてくれたのかも・・・。 そんなことばかりが頭をよぎってしまう。 

 タクシーをひろって乗り込む。 運転手に行き先を告げ、走り出してすぐ渋滞につかまる。 反対車線はこちら側をあざ笑うかのようにスムーズだ。 事故でもあったのだろうか。 苛立ちでクラクションを鳴らし続ける人もいる。 私も早く帰りつきたかった。 迷いが生じる前に・・・。
 やっと次の交差点までたどりついた時だ。

「お客さん、こりゃなかなかムリそうですよ。 ここで引き返して回り道してもいいですかね?」

 運転手がそう切り出した。 私は反対車線をみつめながら、心の奥底から湧き上がる言葉が自分の声になったのを聞いた。

「すみません、引き返して行天宮まで行ってください・・・。」

“行天宮”は、三国志で有名な関羽を祭った建物で、二年前暮らしていた“あの場所”にほど近いところだった。 占い横丁などもあり、観光客で賑わっている所だ。

 自分で口にしたとはいえ、激しい動揺を隠せず、指先が少し震えていた。 私は阿旭に会うのだろうか・・・。 でも何を話せばいいのかわからない。 彼が何を話したいのかも・・・。 

 今、目の前に“あの場所”である一軒屋がある。 少し古い時代の建物をリフォームしたもので、中華と西洋が合わさったようなノスタルジックなイメージを気に入っていた。 阿旭と付き合い始めてすぐに彼が探してくれた物件で、彼は実家とこの家を、週に半分の割合でわけて暮らしていた。

 部屋の灯りはついていない。 まだ来ていないのだろうか。 鉄の門扉を開けると“ギギギ”というさび付いた音がした。 石畳をゆっくりと踏み進む。 庭の手入れは庭師の手できちんとされているようだった。 ドアの前に立ち、緊張からかノドがカラカラになる。 ドアノブに手をかけると、鍵がかかっていないことがすぐにわかった。 ためらいながらもドアノブを引く。 中に入ると懐かしいにおいがした。 定期的に風を通しているのだろう、カビっぽさなど少しもなかった。 

一番気に入っていた部屋は、入ってすぐ右の、庭に面して出窓のある十畳ほどの部屋だった。 いつの間にか緊張も、心臓のドキドキも収まっている。 ただ、懐かしく、切ない気持ちでいっぱいになった。 その部屋のドアを開けると、出窓に腰掛けている阿旭のシルエットが目に入った。 ちょうど今夜は満月で、阿旭は昔のように電気をつけず、月をみつめていたのだ。 私はこの時ようやく阿旭の言った“あの場所”とはこの出窓だったことに気がついた。 

私が立ち尽くしていると、阿旭がゆっくりと振り返った。 月明かりに照らされた彼の表情は、昨日とは打って変わって穏やかだった。

「こっちへおいでよ、ヒロエ・・・。」

 目が慣れてくると、部屋の様子は昔と少しも変わっていないことがわかった。 ためらいながら近づき、阿旭の隣の“私の場所”だった出窓に腰掛ける。

「月を見ていたんだ・・・。 前と少しも変わらない、きれいなままだ・・・。」

 阿旭が微笑みながらみつめてくる。

「私は少しは変わったでしょ? これでも独り立ちして成長したのよ。 以前の子供だった自分が恥ずかしいくらい。」

 私は過去の感傷に浸るのを避けるように、明るく弾んだような声色を使った。 私のことを“きれい”と言ってくれてるのかもと考えるだけで顔が紅潮してくる。 ふいに目をそらして月を眺めるふりをした。

「日本に帰ってしまったのかと思っていたから、まさかこの台北で会えるなんて・・・本当に驚いたよ。」

 阿旭の声は落ち着いている。 少しほっとした。 もし抱きしめられたりでもしたら、あらがうことができないかもしれない。 それなのにどうしてこの場所に来てしまったのだろう。 もしタクシーの運転手が「引き返す」と言わなければ、あのまま呉尊のマンションへ帰ったはずだったのに。 いつもは渋滞しないあの道が、どうして今日に限って渋滞したのか、偶然なのか必然なのか・・・私は阿旭の元に戻るべきってこと? そんなことをつい考えてしまう。

「何を考えてる? 心配しないで、強引で無茶なことはしないから。」

 心を見透かされたようで恥ずかしかった。

「あれからどうしていたか話してくれるかな? ヒロエのこの二年間を知りたいんだ。 いつから今の事務所に?」

 私はこの二年間のことを、思い返しながら、ゆっくり確かめるように阿旭に話して聞かせた。 アシスタント仲間のアンディに相談して、アンディのゲイ友達であるマーキーを紹介してもらったこと。 そしてマーキーのアシスタントになったけど、センスの違いで苦労したという笑い話の数々。 今では炎亞綸のスタイリストとして頑張っていること。最近は自分でデザインもするようになったこと。 結婚する友達からドレスのデザインを頼まれたこと・・・。 次から次へとこの二年間、がむしゃらに生きてきたことを話し続けた。

 阿旭はそんな私を、微笑みながら、みつめている。昔のように・・・。 月明かりに浮かぶ阿旭の姿は以前に増して綺麗だった。

「仕事の話ばかりだね。 今の生き生きしてるヒロエを見ていればわかるよ。 どんなん仕事が充実しているのか。」

「私から仕事をとったら何が残るの?って感じよ。 去年ヘアメイクも勉強し直したの。だっていつか女性タレントの担当もしたいもの・・・」

 ふと急にその先の言葉が続かなくなってしまった。

「どうした?ヒロエ?」

 私はついこの前まで、夢にむかって前進し続けていた。 阿旭のことを忘れようと必死に仕事を頑張っているうちに、本当にスタイリストとしての生きがいを感じるようになっていた。それなのに呉尊に恋してしまい、夢を諦めることになったのだ。

 呉尊と両思いだと知り有頂天になって付き合い始めたけど、まさかこんなすぐに結婚の話を切り出されるなんて思いもしなかった。 呉尊のことを思い出すと、急に罪悪感が押し寄せてきた。 今、何時だろう・・・呉尊は帰っているのだろうか。

「私、そろそろ帰らなきゃ・・・明日の仕事が早いから・・・。」

 阿旭の目を見ることができない。 結婚のことも、呉尊のことも話さないのは、事務所との約束だからじゃない。 阿旭に知られたくないだけ。

「また、会えるかな? 来月の満月の日に、また会いたいな、この場所で・・・。」

 阿旭のせつない表情を見ると、思わず抱きしめてあげたい衝動にかられた。 でもそれはできない。 次に会う約束も出来るはずがなかった。

「ごめんなさい・・・」

 それだけ言って部屋からかけ出した。 私は閑静な住宅区域からにぎやかな行天宮まで走りぬけた。 涙が止まらない。阿旭が追いかけてくれなくて、よかった・・・泣き顔なんて見られたくなかったから。

   第八話 「エレベーターで大東と」~アミン篇につづく・・・

   目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

   目次と登場人物~大東&亞綸篇

   目次と登場人物~SP

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