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飛輪海小説『ステップアップ!』第一話~ヒロ篇

          第一話「呉尊と朝食、ハプニング」~ヒロ篇

 私が台湾に来たのは五年前の二十歳の時。大阪のスタイリスト養成学校を卒業し、運よく紹介してもらった仕事が、台湾で活躍しているスタイリストの“アシスタント”だった。

 日本では、まして関西でスタイリストの職につける人なんてほんの一握り。台湾だろうがアフリカだろうがいっこうにかまわなかった。 知ってる中国語なんて「ニーハオ」くらい。

 そんな私が飛びこんだこの台湾で、私は五年間、いろんな出会いと別れと経験を繰り返した。 つらい時期もあったけれど、私はもうすぐ結婚という幸せをつかむんだ。多分・・・

                    *    *    *  

 小鳥のさえずりと朝日を浴びて、彼の隣で目覚める朝。どんなに睡眠時間が少ない日でもしっかりと朝食をとりたい彼のために、私は毎朝きっかり六時には起きて朝食の準備をしている。

 そんな私を気遣ってくれた彼が、小鳥のさえずりのCDが流れるようにセットしてくれている。 そして自動的に開くカーテン。

 彼に腕枕されてる私だけが見ることの出来る寝顔。この寝顔を独り占めできることに幸せを感じずにはいられない。 いつまでも見ていたいけど、私は彼の腕の中からそっと抜け出そうとした・・・それなのに彼に引き戻されて抱きしめられてしまう。

「あと一分だけこうしてたい・・・。」
 
 こうなったらいつも五分は放してもらえない。 力で勝てるわけないので抵抗するだけムダ。

「ねぇ、今朝のジュースは何がいい? バナナ? キウイ・・・」

 そしてキス攻めにあう。 答えてくれないから勝手にバナナに決定!
 

                    *    *    *

「ねえ、私、どうしても仕事をやめないといけないの?」

 朝食が終わろうという時に、私は前々から確認したかったこのことを、やっと切り出すことができた。

 ちなみに今朝のメニューはサーモンとチーズのベーグルサンド。 コンキリエとアボカドのサラダ。 ほうれん草と厚切りベーコンのスクランブルエッグ。 キウイ入りの手作りカスピ海ヨーグルト。 そしてハチミツ入りバナナジュースだ。

 彼は飲んでいたバナナジュースのグラスを置き、私の目をしっかりと見つめなおしてから答えた。

「ヒロ、ボクはプロポーズしたときにキミに話したよね?」

「そうだけど・・・」

「一年後解散したら、ボクは台湾とブルネイを半年周期で仕事することになる。ヒロがスタイリストの仕事を続けたら、ブルネイで一緒に暮らせなくなるじゃないか。」

「それは嫌だけど・・・」 

 返す言葉がない。 今、私は彼が新しく購入したマンションで一緒に暮らしている。まだ世間には発表はしていないけど、事務所の承諾は得ている私たちの関係。 幸せだけど、やっとスタイリストとして独り立ちしたところだった仕事への未練・・・。

「早く父さんにヒロの作った日本料理を食べてもらいたいな。父さんもボクらのことを喜んでくれてるよ。」
 

 そう言うと彼はテーブルの向こう側から身を乗り出し、私にキスをしてから、にっこりと笑い、バナナジュースを飲み干して席を立った。 いつもこういう肝心なときに、キスと笑顔ではぐらかされているような気がする・・・。

 彼の名前は呉吉尊。世間的には「呉尊」という名前で有名なアジアの人気アイドルだ。だから私は、彼の”アイドル“としての仕事をしてる間は日陰の身。 絶対に知られてはいけない。 以前は彼のスタイリストの”アシスタント“だったけど、マスコミ対策で今は亞綸の”スタイリスト“に昇格し、充実した仕事をしている。
 

                  *    *    *

 
  ある日、事務所に顔を出すと、スタッフのみんなが何か騒いでいた。

「聞いてよヒロ!すごくない? 呉尊があの言承旭と共演だって!」

 その言葉に私の心臓は締め付けられる。 呉尊が阿旭と共演・・・
 

 阿旭と私はもう二年は会っていない。 呉尊が阿旭と仕事をすることが今までなかったから、私は阿旭と顔を合わせずに済んでいた。 そう、阿旭と別れてしまってから、もう二年もたったんだ・・・ 

 私と阿旭が一緒に暮らしていたことは、誰にも知られていなかった。もちろん呉尊にも。 

 私が台湾に来て、初めてアシスタントとして担当したのが阿旭だった。 あの頃、右も左もわからなくて、スタイリストに叱られてばかりいた私に、阿旭はこっそり優しくしてくれていた。 

 泣きそうな私を笑わせようと、スタイリストの背中越しに変顔をして見せたり、砂糖を大量に入れたコーヒーを差し入れてくれたりして、彼なりのちょっとおかしな励ましに、どんなに救われたか。 そんな彼と話したくて、私の中国語はどんどん上達したんだと思う。 

 彼との恋愛、そして別れを思い出すと、いまだに苦しくなる。 だからまだここでは語れない。

 呉尊と阿旭の共演が決まったからと言って、私が阿旭に会うことはないのだから、なんの問題もないと自分に言い聞かせた。 

 だけど、やっぱり動揺してるかも。 今日呉尊が韓国に行っていて、マンションに戻って来ないことに少しホッとしていた。 そこへ、

「ねえヒロ! 呉尊が言承旭とドラマって聞いた?」
 
 何も知らない亞綸が無邪気な笑顔でやって来た。

「聞いたわ。すごいことよね。」
 
 私はつとめて平静をよそおった。

「ヒロ、呉尊に連絡した? 今日は韓国でしょ?」

「マネージャーがするんじゃない?」

「ほら、ヒロが電話しなよ~愛しの呉尊に♪」

 亞綸はそう言いながらうしろから私の肩に手をのせた。 これが亞綸の小悪魔な一面だ。 さりげないボディタッチと人の心をかき乱す言動。 三つも年下の亞綸に翻弄されることは少なくないかも。

「はい、ヒロの携帯!」

 亞綸はいつの間にか私のバッグから携帯を取り出していた。 仕方なく携帯を開くと、待ち受け画面が亞綸のおすまし顔の画像にかわっていた。

「もう亞綸ったら!」

 私が右手を振り上げて叩くまねをすると、亞綸は小悪魔な笑顔でひょいっとよけた瞬間、ちょうど部屋に入ってきた亦儒とぶつかってしまった。

「イッテテ、亞綸、急になんだよ・・・あ、そうそう今夜アミンとお義父さんいるかな?」 

 亦儒は亞綸のお姉さんのアミンと婚約を発表したばかりだった。 それまではおおっぴらには会えなかった二人は、晴れて堂々と会えるようになったのだ。 

 呉尊と亦儒は仲もよかったし、考えも似ている。 だけど慎重派の呉尊と、思いたったらとことん実行派の亦儒とでは同じ時期に婚約を決めても、そのあとの行動は真逆だった。 

 すぐ婚約発表をし、結婚後も小説の仕事を続けられるアミンのことが少しうらやましくもあったけれど、多くのCM契約を抱えている呉尊の責任感と、彼の家族思いを理解していたから彼の決めたことを尊重した。

 「何? 亦儒うちに来るの? じゃあ、いない。姉さんも父さんもいない。」
 
 最近の亞綸は小さいだだっ子みたい。 シスターコンプレックス? 大好きなお姉さんをとられるみたいでさみしいんだと思う。 私がなぐさめ役になることも多々。

「なんだよ、おかしなこというヤツだな。おまえ最近へんだぞ。」
 
 亦儒はそんな亞綸の複雑な気持ちにまったく気付いていないみたい。

「ヒロ、今夜一緒にごはん食べに行こうよ! 呉尊、帰って来るの明日でしょ?」
 
 亞綸に甘えられると弱い。 だけど立場上、プライベートで亞綸と二人で出かけるわけにも行かないし・・・。

「亞綸、ヒロが困ってるぞ。 おまえとパパラッチされたら後がややこしくなるからムリに決まってるだろ。 呉尊の留守に面倒おこすなよ。 おまえはオレとうちに帰るの!」

「じゃあ亦儒、亞綸をよろしくね! 私は次のイベントでの衣装探しに行かないといけないから。 バイバイ!」

 私は逃げるように出て行った。 少し一人になりたかったから。 

 阿旭のことが頭から離れない。 二年がたってようやく思い出さない日が増えていた。 テレビで姿を見ることはあっても、もうだいぶ平気になっていたはずだったのに、今日の私はおかしいかも。 

 呉尊と阿旭が親しくなってしまったらどうすればいいんだろう。 阿旭に婚約を知られたくないし、呉尊に阿旭との過去を知られるのもイヤ。 そんなことばかりが頭をグルグルとかけめぐる。

                    *    *    * 

 
  呉尊と阿旭主演のドラマの会見の日がやってきた。 呉尊の衣装は当然、彼の担当のスタイリストのマーキーが選ぶ。 その衣装を昨日見たけれど、私だったらその色は選ばなかったと思う。 呉尊は白が似合うのに・・・。
 

 呉尊は別の仕事場からマネージャーのヤンさんと会見会場に向かうことになっていた。スタイリストのマーキーは衣装をカバンに詰めて事務所から出かけていった。 

 しばらくして、ヤンさんから電話がかかってきた。 その日はスタッフみんな出払っていて私が電話に出たのだ。 電話のむこうのヤンさんは何かあせっているようだった。

「ヤンさん、何? 落ち着いて! どうしたの?」

「もしかしてヒロなの?よかった! あのね、マーキーの車が事故で来られなくなったの!
マーキーは軽傷みたいなんだけど衣装がトランクから出せなくなっちゃったらしいの! 今すぐヒロが別のを選んで持ってきてくれない?」 

 私は衣裳部屋に走った。 私だったら呉尊に着せたいと思っていた衣装と靴をさっと紙袋に詰めこんで、タクシーを拾い、マーキーが通ったであろうルートは事故の後処理で渋滞しているだろうから別ルートを選んで運転手さんに伝えた。

 十五分後には会場に到着し、控え室に向かって走った。 廊下を走り角を曲がると、むこうから懐かしい顔の人が歩いてくる。 私の心臓と時間が止まったように感じた。 その人は目を見開くようにして私を見つめている。 次の瞬間、私は体のバランスをくずし、前へ倒れこんでいた。

       第二話 「亞綸とわたし、そして亦儒」~アミン篇につづく・・・

   目次と登場人物~ヒロ&アミン篇

   目次と登場人物~大東&亞綸篇

   目次と登場人物~SP  

    

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